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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

5章.騎士と勇者の物語

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31. わたしだけの勇者様

前話のあらすじ:

シラン参戦
   31


 柔らかな唇が、手の甲に触れた。

 場所が場所とはいえ、女の子に口付けされて気恥ずかしさを感じなかったのは、これが神聖なものだと感じられたからだろうか。

 騎士と勇者の誓いの口付け。

 他の誰とも違う、おれとシランとの間だけにある関係性がここに生まれる。
 触れている一点を通じて、喜びの交歓があった。

 しかし、おれと彼女の関係性はそれだけに留まらない。
 希薄だったパスの感覚がこれまでになく深まり、行為は次の段階に進んだ。

「……ちゅ、ん」

 押し付けていた口で、シランがおれの手の甲を吸う。
 これには、さすがになにも感じないとはいかなかった。

 浮かせた唇が、また落ちては湿った音を立てる。
 冷たい口付け。
 腱と腱との間を辿るように唇が触れるのは、垂れた血液を追っているからだ。

 アンデッド・モンスターが魔力を補充するための、血液の摂取。
 特におれの体は、シランにとって『ご馳走』だ。

 思い返せば、一度目は正気を失っていたし、二度目は無理矢理だった。
 シランが自分の意志で求めるのは、これが初めてのことだった。

 そのためか、行為はたどたどしく、それでいてどこかに懸命さが垣間見えた。
 何度も何度も、彼女は小鳥が啄むようにした。

 そのたびに、ぞくりと腰の浮くような感覚が生まれた。

 そんなおれの様子に気付いた様子もなく、シランが顔を上げた。

「ぁ、ふ。……んくっ」

 口の中にあるモノを飲み下して、喉を鳴らす。
 その音がいやに生々しく耳に残って、おれはどうにも落ち着かない気持ちにさせられた。

 笑みの形になった少女の唇から、満足そうな吐息が漏れた。

「んふ。美味し……です」

 わずかに舌っ足らずになった口調で言って、赤く濡れた唇を舌が舐め取る。
 その仕草に艶があった。

 食欲、睡眠欲、性欲。
 いずれにせよ、ヒトの欲求は快楽と繋がっている。

 アンデッド・モンスター一般にもこれが当て嵌まるのかどうかは不明だが、少なくとも、シランの場合、欲求の解消はある種の陶酔を伴うようだった。

 とはいえ、これで満足とはいかない。

 とろんとしたシランの顔に、羞恥の感情が差した。

「……申し訳ありません、孝弘殿。もう少しいただけますか」

 こんなふうに、素直に甘えられるようになったのは、吹っ切ったからか。
 それでいて、慣れない行為には恥じらいを捨てきれないらしい。

 ……まずいな、と思った。

 思った以上に、これはまずい。

 端的に言えば、いまのシランはとても魅力的だった。
 普段、凛々しい女の子が甘えを見せているだけでも破壊力があるのに、こんな可愛らしく恥じらわれては、なんというか、困ってしまう。

「孝弘殿?」
「ああ、うん。悪い」

 名前を呼ばれて、反応が遅れていたことに気付かされる始末だった。

「アサリナ」
「サマッ」

 おれの求めに従って、アサリナの牙が掌を浅く裂いた。

 これでよしと。
 思ったところで、思いのほか早く、血液が指に滴った。

「あっ」

 赤い滴が地面に落ちかけるのを見て、シランが声をあげた。
 もったいないとでも思ったのかもしれない。

 そこで動けたのはさすがは騎士の反応力と――これは、褒め称えるべきか否か。

 口をつけるだけではこぼしてしまうと、咄嗟に判断したのだろう。
 血の滴る指先を、シランはかぷりと咥えたのだ。

「ぉ、う」

 不意打ちで、指をぬるりと舐め回されて、思わず動揺の声が漏れた。

「……ぁ」

 指を咥えたままのシランが固まったのは、その声を聞いたためだっただろうか。
 あるいは、動揺した指が跳ねて、絡めた舌を掻き分けるようにしたのを、咥内で感じ取ってしまったためかもしれない。

「……う」

 行動したあとになって、シランは自分がなにをしたのかに初めて気付いたらしい。

 一瞬、唇を離しかける。
 けれど、そこで新たに垂れてくる赤色に気付いて、再び固まった。

 大胆な行動ではあったにしろ、効率の面で言えば、彼女の行動は間違いではない。

 迷いはしたようだが、結局、観念したようにシランは瞼を落とした。

「ん、ちゅ……ちゅく……」

 いまは羞恥を押さえ付けて、新たに零れ落ちる赤色を逃さず飲み込むのに集中することにしたらしい。
 こぼさないように、丁寧に、シランは指を咥え込んだ。

「はぁ、ふ……」

 そうするうちに、どんどん彼女が夢中になっていくのがわかった。
 舌の這う動きが、大胆なものに変わる。

 甘く指先を吸い、口の中の赤色を唾液とともに嚥下する。

 くらりときたのは、血の気と魔力とを失っていることだけが理由ではなかった。

 無意識なのか、たまに甘噛みでもするように、並びの良い歯が肌に浅く食い込んだ。
 じんと指先が痺れて、その痺れが理性にも伝播するように感じられた。

 無骨な指を咥える少女の繊細な唇は、あまりにも目に毒だった。

 ある種、暴力的な光景から、おれはそっと視線を逸らした。

 ただ、これは失敗だったかもしれない。
 見えない分、むしろ指先に感覚が集中してしまったからだ。

 理性のタガが、物凄い勢いでぐらつくのがわかった。
 真面目だなんだと言われてはいても、おれも健全な若い男だということか。

 いや。これはそれだけではないか。
 相手が特になんとも思っていない女の子なら、おれはもうちょっと冷静でいられたに違いない。

 平静でい続けるには、おれのシランに対する好意は大き過ぎたし、いまの彼女は普段にもまして魅力的で、この行為はちょっとばかり刺激が強過ぎたのだ。

「……ぷはっ」

 そうして、長いようでいて、短い時間が過ぎた。
 ようやくのこと、シランが唇を離した。

「ふう」

 魔力の補充の甲斐あってか、死を直前にした病人のようなやつれた顔ではなくなっていた。

 艶々しているというか、艶めいているというか。
 血液と魔力を吸われて、さすがにおれは戦えるコンディションではないが、代わりにシランが復活したのなら、これは悪くない取引だろう。

 おれは、差し出していた手を引っ込めた。
 拳を握り込んだのは、指先がてらてらと濡れているのが目に付いて仕方がなかったからだ。

 行為が終わったことにほっとすると同時に、頭のどこかで名残惜しいように感じてしまっていた。

 ……馬鹿なことだ。
 勘違いをしてはならない。

 おれはシランの勇者で、シランはおれの騎士だ。
 これはその誓いを果たすために必要な行為であって、それ以外の意図はない。

 おれは軽くかぶりを振って、昂った気持ちを追いやった。

 とにかく、これで補充は完了した。
 気持ちを切り替えなければならない。

 と、おれは思った。

「……え?」

 これで終わったと思っていたし、油断していた。
 だから、ふらりと踏み込んできたシランに、まるで反応することができなかったのだ。

「孝弘殿……」

 浮ついた声。
 まるでそれは、いつかのチリア砦での彼女のような。

「ん……っ!?」

 次の瞬間、唇に柔らかい感触があった。
 鼻と鼻の触れ合うくすぐったさ。

 口付けされていることに気付いたのは、唇を塞がれてから数秒後のことだ。

 視界には、大写しになったシランの顔。
 ひとつきりの蒼い瞳の奥で、理性は完全に蕩け切ってしまっていた。

 反射的に逃げ出そうとしたところで、がっちりと後頭部を固定した両腕に妨げられる。
 これでは逃れることもできず、それどころか……。

「……んんっ!?」

 口をこじ開けて、少女の舌が咥内に侵入した。

 敏感な粘液同士の接触であるために、冷たい小さな舌の存在感は鮮明だった。
 舌が絡まり、歯列をなぞる。

 唇を吸われる。

 なにが起こっているのかわからない。
 どうしてシランはこんな行為に出たのか。

 あまりにも熱烈な口付けに、ぼうっとしてきた頭で考えて……。

「……んくっ」

 シランの喉が上下したことに気付いた。

 ……そういえば。
 アンデッド・モンスターの体は定期的な魔力の補充が必要で、シランにとって最高のご馳走が、パスで繋がっているおれの血肉だった。

 血と肉。
 血液というのは、要するに、体液だ。

 しかし、体液はなにも血液だけではない。

 おれが勘違いしていただけで、これはそういうことなのか。
 無論、効率は違うのかもしれないけれど。

 だとすれば、それはどちらかといえば、アンデッド・モンスターというよりも……。

「……」

 硬直していたおれの体から、ゆっくりとシランが離れた。

 絡まっていた舌がほどける。
 銀色の滴がお互いの唇を繋いでいるのが、なんだかとても淫靡な感じがした。

 ぷちりと銀色の糸が切れる。
 きっとそれと入れ替わりに、理性の糸が繋がったのだ。

「……あ!」

 目を見開いたシランが、ばっと唇を両手で押さえた。

「た、たたた、孝弘殿っ、いまのは、その……っ」

 こうも狼狽したところは、初めて見たかもしれない。
 普段は落ち着いているけれど、こうしてうろたえたところはケイに似ていた。

「あー……その、いいんだ」

 思いっきり動揺した様子のシランに、おれは掌を向けた。

 正直、おれ自身もかなり動揺しているが、涙目になっているシランを前にしては、うろたえてなどいられなかったのだ。

「わかってるから。いまのは、なんでもないんだってことは」

 以前とは違って、いまのシランには意識がきちんとある。
 けれど、理性の箍が外れるのに、意識の有無は関係ない。

 というより、『される側』でしかなかったおれ自身、理性を保つだけでいっぱいいっぱいだったのだ。『する側』であり、飢えを満たされ、行為に夢中になっていたシランは、その比ではなかったはずだ。

 理性なんて紙より簡単に吹っ飛んで当たり前。

 だから、これはおれのミスだ。

 と、思ったのだが、シランの反応は違っていた。

「なんでも、ない……?」

 妙なところで、引っ掛かる様子を見せたのだ。

「あ、ああ。さっきのは『食事』だったんだろう? だから、おれは気にしてない」
「気にしていない……?」

 シランの行動に理解を示したつもりだったが、あまり反応は芳しくなかった。

 シランはちょっと、むっとしたような顔をしたのだ。

 そして、そんな自分に気付いたように瞬きをした。
 不思議そうに、ぺたぺたと自分の頬に触れた。

 その指先が、艶やかさを取り戻した唇をなぞった。

 まるで先程の口付けの感触を反芻でもするかのように。

「ああ」

 納得の吐息が漏れた。

 穏やかに微笑む。
 なにか大切なものを見付けたかのように、彼女は言ったのだ。

「わたしは、孝弘殿に恋をしていたのですね」
「……え?」
「本当に、わたしはにぶいですね。こんな簡単なことにも気付けないだなんて」

 驚きに固まったおれの仕草さえ愛しげに見詰めて、シランは続けた。

「結局のところ、わたしは騎士だった。それは事実。とはいえ、女の子である事実もまた消えるわけではありません。それでは、騎士としてのわたしにとって孝弘殿が勇者様なら、女の子としてのわたしにとってはなんなのか……」

 シランは目を瞑ると、自分の胸に手を当てた。
 そこにあるものを確かめるような仕草だった。

「ふふ。簡単なことです。ひとりの女の子であるわたしにとっても、やはり孝弘殿は勇者様なのです。ああ、やっとわかりました」
「シラン……」

 あまりにも唐突過ぎる告白に、おれは反応を返せない。

 目を開けたシランは、そんなおれのことを見て、くすりと笑った。

「そこで驚くのは酷くはありませんか。わたしだって、人を好きにくらいなりますよ」
「いや。だがな……」
「なんて、自分の気持ちに気付かなかったわたしが言えることではありませんが」

 そう言って、シランははにかんだ。

 いかにも恥ずかしげに、けれど、ひとつきりの瞳はおれを映し出して逸らされることはなく。

 騎士であり女の子でもある彼女が、この世でたったひとりだけに見せる表情を浮かべて、まっすぐに告げた。

「好きです、孝弘殿」

 そう告げる彼女は、これまで見せたなかで一番に魅力的だった。

 同時にそれは、もっとも強い表情でもあったのだ。

「行きましょう、孝弘殿。あなたの敵は、わたしがすべて切り払います」

◆開幕から飛ばしています。

シラン参戦です。

◆本日、また更新します。
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