挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

5章.騎士と勇者の物語

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

139/213

12. 見逃していたすべて

(注意)本日2回目の投稿です。(4/28)











   12


 ――シランの身にまつわる今回の騒動について、疑問点はふたつある。

 ひとつは、彼女がなにを隠しているのかということ。

 もうひとつは、なぜそれを隠しているのかということだ。

 一番ありそうなのは『気を遣って』という理由だが、これは考えづらい。
 昨日それで失敗したばかりなのに、また同じ失敗をしたというのは、あまりにも不自然だからだ。

 それでは、なぜなのか?

 サルビアは、いまのシランに対して、おれにしてやれることがあると言っていた。

 こんなことになる前に、対処は可能だったということだ。

 それなのに、相談を持ち掛けてこなかった理由がわからない。

 結果として、リアさんやヘレナの前に秘密を晒す羽目になったのだから、尚更だった。

 今回の事態は、回避可能なものだった。

 冷静に考えることさえできれば、どうすべきだったかは、誰の目にも明らかだ。
 あのシランなら判断を誤るような場面ではない。

 あのシランなら。


 ……そんなふうに考えていたからこそ、ここに至るまでのすべてを、おれは見逃してしまったのだった。


 おれが見付けたとき、シランはひとり、深い森のなかで座り込んでいた。

 端的に言って、危険な状況だった。

 なぜなら、ここは世界で最大の危険地域、数多のモンスターが蔓延る樹海だ。

 三層に分類されるうちでは最もマシな、表層部と呼ばれる領域とはいえ、命の危険があることには変わりない。

 そんな場所にひとりでいるのに、シランには自分の現状に頓着する様子もなかった。

 それは、精強で知られる同盟騎士団の元副長であり、樹海北域に限れば最高の騎士と謳われた自負から来る、余裕の表れだろうか?

 いや。そうではないだろう。

 そもそも彼女はそうしたタイプではないというのもあるが、それ以前の問題として……余裕などという言葉は、いまのシランの状態からは縁遠かったからだ。

 少女が現状を気にしていない理由は、ただひとつ。

 それどころではないからだった。

「……ない。……がらない」

 耳を澄ませば、少女がつぶやく声が聞こえた。

 ぶつぶつと、延々と、壊れたラジオのように。

「つながらない。つながらない。つながらない」

 泣きそうな声で。
 青白い顔に、虚ろな絶望の表情を浮かべながら。

「つながらない……!」

 取れてしまった左腕を、シランは必死で繋げようとしていたのだった。

 けれど、いくらやっても無駄だった。
 手を離せば、左腕は接着することなく、地面に落ちてしまう。

 シランはそのたびに、同じ行動を繰り返した。

 ぽとりと落ちた腕を、また拾い上げては繋げようとする。

 何度も。何度も。
 まるで壊れた機械のように。

 こんな徒労を、どれだけ繰り返したのだろうか。

「……駄目」

 ついにシランは、ぴたりと動きをとめた。

「つながらない」

 呻いて、ゆらりと少女は立ち上がった。

「魔力が、足りない」

 焦燥感に擦り切れそうな声だった。

「モンスターを、探さないと……」

 眼帯に隠されていないほうの目には、追い詰められた者に特有の、狂気に近い光が宿っていた。

「大丈夫。まだわたしは、大丈夫」

 自分に言い聞かせるように、繰り返す。

 そんな姿こそが、まったく尋常なものではないことに、当人だけは気付かない。

「モンスターを探して、食べて、そうすれば……」

 言葉が途切れた。

 正面に立っていたおれのことに、ようやく気付いたからだった。

「孝、弘殿?」

 唖然とした声が漏れた。

「リリィ殿に、ローズ殿も」

 隻眼が、おれのうしろに控えるふたりを捉えた。

 追い詰められていたせいで、まともに動いていなかった頭が、事態を正しく認識していく。
 その過程が、ありありと読み取れるようだった。

「……ああ、追いかけてきてくれたのですね亅

 呆然としていた顔に、笑みが浮かんだ。
 ほんの数秒のうちに、先程の追い詰められた様子は、欠片も残さず掻き消えていた。

「ありがとうございます、孝弘殿。どうも、ご迷惑をおかけしてしまったようです」

 穏やかな声であり、落ち着いた物腰だった。
 先程の追い詰められた様子など、夢幻であったかのように。

「逃げるように飛び出してしまって、申し訳ありません。突然の事態に、動揺してしまいました」

 そう言って、シランは律儀に頭を下げた。

 動揺から失敗してしまって、迷惑をかけたから謝罪する。

 潔く、誠実に。
 まさに騎士らしい振る舞いだ。


 ……さっきまでの彼女を見ていなかったら、そんなふうに思えたかもしれない。


 ああ。本当に、自分の愚かさに吐き気がする。

 どうしてシランが事情を伏せていたのか。
 その理由。

 先程の光景こそが、その答えだった。

 シランは追い詰められていた。
 絶望があり、恐怖があった。

 それらは、これまでおれが想像もしなかったものだった。

 シランは高潔な騎士であり、揺るがぬ信念を持ち、芯のある強い人間だと思い込んでいた。

 いや。事実そうなのだ。

 しかし、おれが思い込んでいたほど、それは絶対的なものではなかった。

 当たり前のことだ。
 シランにだって、弱いところくらいあるだろう。

 そう。
 そんなの当たり前のことなのに、これまでおれは、それに気付いてやることができなかったのだった。

 だから、これはおれのミスだった。

 その責任は、取らなければならなかった。

 おれは拳を握り締めた。

 すでにサルビアからは、『シランがなにを隠しているのか』について、話を聞いていた。

 おれにしかできないことというのが、なんなのかも。
 それが彼女にどのような影響を及ぼしうるのかということも。

 知らされていたし、だから『覚悟』はできていた。

「孝弘殿?」

 不穏なものでも感じ取ったのか、訝しげにシランがこちらを見た。

 けれど、もう遅い。

 おれは、背後のリリィとローズに命じた。

「シランを取り押さえろ」

 下された命令を聞いたふたりに、動揺はなかった。
 速やかに前に出ると、シランの体に手をかける。

「た、孝弘殿……?」

 まったくと言っていいほど、シランは抵抗しなかった。

 唐突な展開に戸惑うばかりで、まともな反応ができていない。
 やはり本調子ではないのだろう。

 片腕がなく、魔力不足で弱った体では、リリィとローズのふたりがかりに敵うはずもないが、抵抗がないに越したことはない。

 彼女が戸惑っているうちに、すべてを終わらせてしまうべきだろう。

 おれはシランに歩み寄りながら、腰の剣を抜いた。

 仰向けに押さえ付けられたシランの両脇に膝をつく。

「なにを……!?」

 さすがに動揺するシランの目に、おれの掲げた白刃の煌めきが映り込んだ。

 ――旦那様。もしも、あなたがシランさんを救いたいというのなら……。

 真摯な声が、脳裏に蘇った。

 ――あなたは、あの子を壊さなければならない。その覚悟が、あなたにあるかしら?

 問われるまでもない。

 おれは、躊躇いなく剣を閃かせた。

 鋭い刃が、肉を裂いた。

「……え?」

 唖然とした声があがった。

「た、孝弘殿……?」

 シランの青白い肌に、対照的な朱の色がぱたぱたと散った。

 それは、鮮血だった。
 おれの左手から、零れたものだった。

 このために、もともと手甲は外していた。
 ローズ謹製の剣の切れ味は素晴らしく、滑らせた一瞬で、掌は真一文字に裂けていた。

 鋭い痛みが走ったが、覚悟はしていたので表には出さない。
 おれは無表情のまま、その手をシランに差し出した。

 更に数滴、血液がシランの頬を赤く彩った。

 普通なら、なんの意味もない自傷行為。
 けれど、この場面に限っては、そうではなかった。

「……ぁ」

 現実に、ようやく認識が追いついたのか。
 シランが小さな吐息を漏らした。

 変化は劇的なものだった。

「ぁ、アァ……」

 大きな眼帯に隠されて、半分だけ露わになったシランの顔に、飢えが色濃く浮かび上がった。

 あたかも、おれの体に流れる血液が、呼び水であったかのように。

 いいや。事実、そうなのだろう。
 これこそが、シランの隠していたモノなのだから。

   ***

 シランの体は魔力不足に陥っており、そのせいで不具合が出ている。

 モンスターを食べることで、魔力を得ることができる。

 ここまでは昨日、シランが語っていたことであり、紛れもない事実だ。

 だが、そうして得られる魔力は微々たるものだ。
 魔力不足に陥った体には、それではまったく足りていない。

 どうせ摂るなら、もっと魔力に溢れた『食材』でなければならない。

 それがつまり、おれのことだった。

 サルビアにこの話を聞いたとき、おれは深く納得した。

 たとえば、アサリナ。
 おれの左手の甲で発芽した彼女は、突然変異のユニーク・モンスターとして、この世に生まれることになった。

 それは、この身が転移者のものだからだ。

 圧倒的な速度で敵を討ち、光の剣でモンスターの群れを焼き払い、神々しくも巨大なドラゴンに変化し、あるいは、パスを繋いでモンスターと心を通わせる。

 それらの力が、どれも魔力によって行われていることを考えてみれば、転移者の血肉がモンスターのそれより遥かに上等な魔力源であることは、疑いようのないことだ。

 実際、以前に工藤陸はここに目を付けて、転移者を喰わせることで、配下のモンスターの強化を狙ったことがある。

 付け加えて、おれとシランとの場合、相性の良さも関係している。

 おれと眷属たちを繋ぐパスは魔力による繋がりであり、眷属たちの魔力がおれに流れ込んできていることは、知っての通りだ。

 ならば、逆もまた然り。
 関係のない転移者の血肉を喰らうよりも、おれのものを口にしたほうが、魔力の摂取効率は格段に良いものになるだろう。

 そして、この方法には実績もあった。

 シランがまだ、アンデッド・モンスターになったばかりのときのことだ。

 グール状態で暴走する彼女の理性を取り戻そうとしたおれは、パスの繋がりを強化するために、彼女に肉体的な接触を試みて、肩口に喰いつかれてしまった。

 それ自体はパスを強化するのに役立ったのだが、ここで取り上げたいのはそこではない。

 重要なのは、シランがおれに喰らいついていたということだ。

 あのとき、シランはおれの血液を舐め取っていた。

 ぴちゃぴちゃと、子猫がミルクを飲むように。
 あるいは、娼婦の淫靡さを以ってして。

 彼女らしからぬ蕩けた表情を、妖花のような雰囲気を覚えている。

 あれはどういうことだったのか、いまならわかる。

 モンスターの肉なんて、その場しのぎの代替品に過ぎない。
 真島孝弘の血肉こそが、彼女にとっては最高の『食材』なのだった。

 ゆえに、シランは抗えない。

「ァ、アァア……」

 死に至る寸前の飢えに苛まれていたところで、目の前に極上の食事を用意されたようなものなのだ。

 理性など、軽く吹き飛んでしまって当然と言える。

「アァ……」

 半開きになった口許。
 茫漠とした目。

 シランは首を伸ばすと、差し出された手に滴る血液を舐め取ろうとして――

「――駄目、です」

 その寸前に、ぎりりと白い歯を噛み締めた。

「シラン。お前……」

 さすがに、これはおれも予想外だった。

 まさかこの状況で、理性を取り戻すとは。

 理性を吹き飛ばすほどの飢えが、常時どれだけの苦痛を彼女に与えているのかを考えれば、生半可な精神力で為せることではない。

 あるいは、それほど、この行為をおぞましいものとして嫌悪しているのか。

 モンスターとしての体は、それだけ彼女を苦しめていたということなのか。

 以前、チリア砦を出たばかりの頃、立ち寄った開拓村での出来事が、おれの脳裏に蘇った。

 ――……考え直してください、孝弘殿。

 あの夜、シランはおれの体に起こっている変化を指摘した。

 ガーベラと同じ魔力を持つようになったことに触れ、このままでは人間ともモンスターともつかないものになってしまうかもしれないと警告し、もう剣を握るべきではないと諭し……それをおれが退けると、彼女らしくもなく激高した。

 あれはどういうことだったのか。
 変化を恐怖していたのは、本当は誰だったのか。

 いまならわかる気がした。

「……やめてください、孝弘殿」

 力ない口調だった。
 懇願するような視線が、こちらを見上げた。

 衰弱死寸前に、弱った様子だった。

 実際、その印象は間違いというわけではないだろう。

 これまでの経緯を思い返してみる限り、このまま放っておけば、近くシランは体を維持できなくなる。

 モンスターを喰らうのは、あくまで対症療法でしかないのだ。
 場当たり的なものであり、衰弱を喰い止める効果はあっても、回復を促す類のものではない。

 これだけ弱ってしまえば、もはや効果は望めない。

 彼女を救いたいのなら、血を飲ませるのは必要な行為だった。

 たとえそれが、彼女を深く傷付ける行為だったとしても。

「……悪い、シラン」

 おれは血に濡れた左手を、シランの口許に近付けた。

◆更にもう一度、更新予定です。

見直しをしてから投稿しますので、夜の予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ