挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

5章.騎士と勇者の物語

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

138/213

11. らしくない

前話のあらすじ:

   ~優しい世界イフ~


夜の倉庫にて、ヘレナとの会話。

ヘレナ「うちの村では、兎を生食する文化があるんですよ」
孝弘「ああ。なるほど。刺身と一緒か」


 文化の違い。


※フィクションです。
   11


「きゃああああっ!」

 甲高い悲鳴をあげたのは、リアさんだった。

 口元を押さえた彼女は、その場に尻餅をつく。
 驚愕に目は見開かれ、強張った顔面はかすかに痙攣していた。

 その反応を大袈裟だと、切って捨てることはできないだろう。

 談笑をしていて、ふとなにかが落ちる音がしたと思って振り返れば、そこに人の腕が転がっていたのだから。

 恐怖と混乱に陥って、当然。
 人によっては、気を失っていてもおかしくない。

「シ、シラン。あんた……そ、その腕!?」

 それ以上は、言葉にさえならなかった。
 彼女と一緒に談笑に興じていたケイとヘレナも、小さく悲鳴をあげたきり、表情を蒼褪めさせている。

「……」

 彼女たちの視線の先、シランは落ちた自分の腕を見下ろしていた。

 いつもは騎士らしく引き締められた顔には、呆然とした表情が浮かんでいる。

 そうして五秒ほど、彼女は凍り付いていた。

 酷くぎこちない動きで、眼帯に半分隠れた顔が持ち上げられる。

 そこで初めて、自分に集まる視線に気付いたかのように、びくりと肩が跳ねた。

「あ……」

 その瞬間、彼女がなにを思ったのかはわからない。
 失敗したとは思っただろうし、まずいとも思ったかもしれない。

 うしろにいたおれからでは、彼女の顔は見えなかったから、そこは想像するしかない。

 ただ、彼女が酷く動揺していたことだけは、間違いなかった。

 なぜなら、次にシランが取った行動は、どうにも彼女らしからぬものだったからだ。

「……っ」

 落ちた腕を拾い上げたシランは、道脇の森のなかに身を翻したのだ。

 まさかそんな行動を取るとは思いもしなかったおれは、完全に虚を突かれてしまった。

 数秒の意識の空白。
 はっと我に返ったおれは、車にブレーキをかけた。

 耳障りな音が鳴り響き、振動が尻を浮かせた。

 減速が停止に至る数秒さえもどかしく、おれは御者台から飛び降りた。

「シランッ!」

 焦りが胸中を焼いていた。

 いまのシランの行動は、どう考えても失敗だった。

 思いもよらないアクシデントに混乱したのかもしれないが、逃げ出したところで問題が解決するわけではない。
 意味がないし、むしろ軽率でさえある。

 すぐにでも、連れ戻さなければならなかった。

「ご主人様! わたしもお供いたします!」

 ローズが追い掛けてくる気配があったが、待ってはいられなかった。

 混乱するリアさんと、立ちすくむケイ、強張った顔をしたヘレナの傍を通り抜け、シランが消えた茂みのなかに勢いよく飛び込む。

 道を一歩外れれば、そこは深い森のなかだ。

 立ち並ぶ木々が邪魔になって、シランの姿はすでに見えない。

「っ! そっちか!」

 かすかな物音が聞こえた気がして、おれはそちらに駆け出した。

 広がる枝葉を掻き分けて走る。
 しかし、すぐに足をとめることになった。

「……くそっ」

 シランの姿を見付けることができなかったのだ。

 咄嗟におれは、感知能力のある『霧の仮宿』の魔法を使用することを検討した。

 しかし、あれはそれなりに高度な魔法だ。
 サルビアの補助があるにせよ、魔力を練り上げるのには相応の時間がかかってしまう。

 その間に、シランは効果範囲内から抜け出してしまうだろう。

「ご主人様!」

 振り返れば、こちらに駆けてくるリリィとローズの姿が見えた。

「シランさんはどうなりましたか?」

 先に到着したローズが尋ねてくる。

「……見失った」

 答える声は、苦いものになった。

「リリィ。追跡を頼む」
「うん」

 数秒遅れで駆け付けたリリィの表情も冴えない。

 状況は悪かった。

 おれたちの事情を詳しく知らないリアさんやヘレナに、まずいものを見られてしまった。

 昨夜は病気だと言って誤魔化すことができたが、今回はそれも難しいだろう。
 今頃、加藤さんあたりが言い繕ってくれているだろうが、それで誤魔化し切れるものでもない。

 腕がもげたことの言い訳なんて、どうやったって利くものではないのだから。

 そして、問題はそれだけではなかった。

「ご主人様。シランさんの身に、いったい、なにが起こっているのでしょうか」

 鼻を使って追跡を始めたリリィのあとをついて歩き出すと、最後尾を行くローズが、どこか戸惑ったような口調で尋ねてきた。

「あのように唐突に腕が落ちるなどとは……わたしのような人形の身でもあるまいし、なにか尋常ならざる事態が起こっているように思えますが」
「正確なところは、おれにもわからない」

 前に進む足はとめることなく、おれは答えた。

「ただ、あの腕の傷は、チリア砦で十文字に切り落とされたものだった亅
「十文字というと、チリア砦でご主人様と敵対した、探索隊の?」
「ああ。そうだ。……そういえば、ローズはあの場にいなかったんだったな」

 チリア砦襲撃事件の際、ローズは直前に大きな損傷を負っていた。
 十文字とも顔を合わせておらず、当然、シランがアンデッド化したときのことも目撃していない。

「以前にシランは、十文字に左腕を切り落とされたことがあるんだ。そのあと、アンデット・モンスターになったことで、切り落とされた腕は繋がったんだが……さっき左腕がもげた位置は、どうやらその切り落とされた箇所のようだった。ただの偶然とは考えづらい」
「それではご主人様は、シランさんがアンデット・モンスターの体を維持できなくなっていると?」

 およそ全容を把握したローズが、しかるべき結論に辿り着いた。

「お待ちください。確か昨日のお話では、アンデッド・モンスターのものであるシランさんの体は、魔力によって維持されているということでした。とすると、原因は……」
「魔力不足だろうな。それも重度の」

 魔力で動いている以上、それが不足すれば、活動を維持できなくなるのは道理だ。

 昨日もシランはそう言っていたし、現在の状態もそれで説明がつけられる。

「だけどさ、ご主人様」

 今度はリリィが声をあげた。

 前を行く彼女は、ちらりと振り返って、尋ねてきた。

「昨日、シランさんからは『もう大丈夫だ』って確認を取っていたよね。なのに、どうして、そんなことが?」
「それは……」

 もっともな疑問だったので、おれは少し考え込んだ。

「……普通に考えるなら、あれでは足りていなかったということだろうな」

 目の前に飛び出す枝を払いながら、おれは答えを返した。

「実際には、もっとたくさんの魔力が……モンスターを食べることが必要だったんだろう」
「うん。わたしもそこは同意見。だけど、だったらシランさんは、どうしてそれを昨日の時点で言わなかったのかな?」
「それは……必要な数が増えれば、負担も相応のものになるからじゃないか? シランのことだ。気を遣っておれたちに隠していたとしても、おかしくは……」

 言いかけたところで、おれは眉を寄せた。

 言葉が、舌の上を滑るような感覚があったのだ。

 なにか妙だと思った。

 シランが気を遣って、自分の不調を隠していた。
 平時であれば、なるほど、ありそうな話だと思っただろう。

 しかし、シランは昨日、そのせいでヘレナに異様な行動を目撃されたばかりだ。

 それなのに、今日もまた、同じような失敗を繰り返した……?
 シランは、そんな軽率な人間だっただろうか?

 いくらなんでも、それは不自然ではないか?

「……」

 気付けば、おれは足をとめていた。

 一度気付いてしまえば、違和感は膨れ上がるばかりだったのだ。

 そもそも、一回目の失敗である昨日の件にしたところで、おかしくはないだろうか?

 おれたちに話を通してさえいれば、シランが『モンスターを狩らなければならないこと』は、たいした問題ではなかった。
 それなのに、ひとりで抱え込んで、ヘレナに正体がバレかけるという失態を演じた。

 さっきローズも言っていたが、シランらしくもない判断ミスだった。

 あれは本当に、単なる判断ミスだったのだろうか?
 今更ながら、そんな疑問が胸に浮かんだ。

「ねえ、ご主人様」

 同じことを考えたのだろう。表情を曇らせたリリィが口を開いた。

「昨日のシランさんの話は、本当だったのかな?」
「……シランが嘘をついていたっていうのか」
「そこまでは言わないけど。ひょっとしたら、話していなかったことがあったんじゃないかなって。だって、ただ気を遣っていただけなら、いくらなんでもシランさんがこんな失敗をするなんて思えないもの」
「……」

 反論の言葉は出てこなかった。

 むしろ、リリィの言葉を聞いたことで納得したところもあった。

 さっきのシランの行動についてのことだった。

 腕が落ちたあと、シランはその場を逃げ出した。
 混乱から、咄嗟に体が動いてしまったのだろうと解釈していたが、考えてみれば、あれもシランらしくない失敗だった。

 らしくもないミスを三度も繰り返したというよりは、逃げ出すに足るような事情があったというほうが、確かに説得力があった。

 けれど、それが正しいとすると、おれは途方に暮れるしかなかった。

「シランはなにを隠しているんだ……?」

 心当たりがまったくなかった。

「どうして話してくれない?」

 これでは追い付いたところで、どうしてやればいいのかわからない。

 なにもできないだけなら、まだいい。

 不用意な言葉をかけてしまえば、なにかを隠しているシランに、更に負担をかけてしまう懸念さえあった。

 迂闊に動くこともできない現状に、おれは奥歯を噛み締める。

 そのときだった。

「旦那様」

 虚空に霧が生まれ、その霧が人の形を取った。

 あっと言う間に、目の前に、濃い金褐色の髪を揺らめかせる妙齢の女性の姿が現れた。

「……サルビア?」
「少しいいかしら」

 普段のおっとりとした雰囲気を少し険しいものにして、サルビアは口を開いた。

 竜の里以来、彼女が顔を出すのは久しぶりだ。
 ここで彼女が出てくるとは思わなかったので、おれは虚を突かれた気持ちになってしまう。

 しかし、本当に驚くのはこれからだった。

「シランさんのことについて、ちょっと話があるの」
「……なに?」

 サルビアが切り出した話に、おれは目を見開いた。

 まさかと思いつつも、尋ねる。

「シランの事情について、サルビアはなにか知っているのか?」
「ええ」

 これに、サルビアは首肯を返した。

「旦那様の推測通り、彼女は隠し事をしているわ」

 断言さえしてみせる。

 どうやら本当に、彼女はなにかを知っているらしい。

 それほどシランとの関わりがあるわけでもないサルビアが、どうしてそんなことを知っているのか。
 気になることはあったが……それらはすべて後回しだった。

「教えてくれ」

 おれは一歩、サルビアに詰め寄った。

「シランの身になにが起こっている? おれに、なにかできることはないか?」
「あるわ」

 これもまた、肯定で返された。

「むしろ、旦那様にしかできないことがある」
「……なに?」

 予想外の返しに、おれは戸惑った。

「おれにしかできないこと?」
「ええ。旦那様だけが、いまの彼女をどうにかできるかもしれない」

 引っ掛かる物言いをしたサルビアは、更に続けて言った。

「ただし、シランさんはそれを望んでいないかもしれないけれど」
「それは、どういう……?」

 ますます困惑するおれを、サルビアは厳しい眼差しで見詰めた。

「旦那様。もしも、あなたがシランさんを救いたいというのなら……」

 真摯な言葉が紡がれる。

「あなたは、あの子を壊さなければならない。その覚悟が、あなたにあるかしら?」
◆お待たせしました。

本当はもうちょっと前に更新したかったのですが、きりのいいところまでが長くて、今日になりました。

今日中に、3回更新予定です。
見直しの都合上、2回目は午後4時の更新になります。


◆宣伝です!

『モンスターのご主人様』6巻は本日発売です。
加藤さん×ローズSSや、飯野×水島美穂SSなど、今回も書き下ろしがありますので、お楽しみに!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ