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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

5章.騎士と勇者の物語

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05. 群青兎討伐

(注意)本日2回目の投稿です。











   5


 翌日から、おれたちは森に分け入って、群青兎の討伐を開始した。

 討伐に参加しているのは、おれ、リリィ、ローズ、シラン、ケイ、リアさんに加えて、弓の得意な村のエルフたちが十名だ。

 ガーベラとあやめには、村で留守番をしてもらっている。
 ここまで来た道中と同じく、ロビビアがついていてくれているので、心配は要らないだろう。

 ちなみに、シランの幼馴染のヘレナも不参加だ。
 彼女は剣は上手だが、弓はあまり得意ではないらしい。

 総員十六名で、おれたちは森に踏み入った。

 森の案内は、リアさんをはじめとしたエルフたちが行ってくれた。

 シランとリアさんの索敵、リリィの鼻の三重の警戒態勢で、慎重に森を移動していく。

「そろそろ接敵します。準備はよろしいですか?」
「ああ」
「オッケー」
「問題ありません」

 標的に近付いたあとは、主力を任されたおれたちの仕事だ。

 鼻の良いリリィを先頭に、最後の距離を慎重に詰めていく。

「……見付けた」

 抑えた声で、リリィが言った。

 彼女が指差す先に視線を向けると、おれにも群青兎の姿が確認できた。

 群青兎は、体長四十センチメートルほどの、ウサギの姿をしたモンスターだ。
 焦げ茶色の毛並みには、ごつごつとした青い石がいくつも埋まっており、ややグロテスクな印象がある。

 数は四匹。

 リリィがこちらに視線を向けた。

 おれは頷いて、ローズと一緒に駆け出した。
 と同時に、背後に残ったリリィの魔力の気配が高まった。

 群青兎が、ぴくりと身を震えさせる。
 リリィの魔力を感じ取ったのだろう。

 が、遅い。

 リリィはすでに魔法を発動させていた。

 属性は風。
 性質は無数の鋭い刃。

 逃げる暇など与えない。

 風が吹き荒れ、血飛沫と悲鳴があがった。

 不意を打った先制攻撃は、完璧に決まった。
 だが、これで終わりとはいかない。

 速度を重視して展開したリリィの魔法は、せいぜい第二階梯程度。
 おまけに、複数の標的を攻撃するために、範囲を広げてしまっているので、威力が落ちている。

 群青兎の耐久性は、矮躯の見た目通り、さほどではないが、致命傷に至った個体は一匹もいなかった。

 魔法の風が収まり、群青兎は不意打ちの衝撃から立ち直る。

 その瞳の奥に、敵意が宿る――その直前に、おれとローズは攻撃を仕掛けていた。

「ぉおおっ!」
「シィッ!」

 あくまで先程のリリィの魔法は牽制だ。
 距離を詰める時間を稼ぎ、体勢を崩して隙を作ることが目的のものだった。

 これが、本命。

 作戦の性質上、戦闘時間は最短で、可能な限り一撃で決めなければならない。

 それを可能とするだけの力が、いまのおれたちにはあった。

 剣が閃き、斧が唸る。

 おれの一刀が群青兎の首を刎ね、ローズの一撃は埋まった石ごと兎の体を真っ二つにした。

 これで、残りは二体だ。

 もちろん、敵もただやられてばかりではない。
 飛び退って逃げた生き残りの二体が、それぞれ、おれとローズに体を向けた。

 次の瞬間、兎の体に埋まった青い石が光を発した。

 魔法陣が展開する。
 発動したのは、第一階梯の水魔法だ。

 水の弾丸が、おれの顔面を貫こうとする。

「っ、ぐ!」

 それを、前面に回した盾で受け止めた。

 どんと重い音がして、左腕に衝撃が伝わった。

 左半身がのけぞりそうになる衝撃を、身を低くして、右手を地面に突くことで堪える。

 盾の表面で、水の弾丸が砕け散った。

 魔法攻撃は防ぎ切った。
 だが、こちらが防御のために足をとめている間に、群青兎は更にうしろに跳び、距離を取ろうとしている。

 その鼻面を――拳大の石が打ち据えた。

「よし……っ」

 おれが地面に突いた手に装備した、ローズ謹製の手甲『アサリナの籠手』。
 そこに仕込んである、地属性の模造魔石に流し込んだ魔力が、地面から石の弾丸を撃ち出したのだ。

 鼻面を打ち据えられた群青兎が、空中で体勢を崩し、引っ繰り返った。

 追い打ちをかけようと、おれは地面を蹴った。

 しかし、すぐに足をとめた。
 先んじて駆け寄ったローズが、振りかぶった斧を叩き付けていたからだ。

 おれに魔法を放ったのとは別の個体がローズを攻撃していたのだが、そちらはすでに倒されている。

 おれは視界の端でその光景を見ていたが、ローズは強烈な振り降ろしで水の弾丸を一刀両断にすると、敵を瞬く間に撃破していた。

 惚れ惚れとするような、豪快な一撃だった。

 抵抗を正面から打ち破った振り下ろし。
 踏み込みに、身のこなし。
 それらすべてが、シランの指導によって身に付いた技術に支えられていた。

 リリィほどの飛躍は望めないものの、ローズも着実に成長しているのだ。
 おれも模擬戦ではいい戦いができるようになってきたのだが、まだまだ実戦では及ばないようだった。

「差し出がましい真似をいたしました」

 長大な刃を持つ大斧バルディッシュをぐるりと振るい、血糊を払ったローズが、こちらにやってきた。

「いや。確実に仕留めなければいけないからな。さすがはローズだ」
「ご主人様こそ、見事な立ち回りでした」

 生真面目に言ったローズの目が、おれの身に着けた手甲に向いた。

 ふわりと、雰囲気が緩んだ。

「お贈りした武具も使いこなしていただいているようですね」

 表情はそれほど大きく変わらないが、とても機嫌が良さそうな様子だった。
 自分の作った魔法道具が役立っているところを見ることができて、嬉しいのだろう。

 ローズのこうした純真なところは、見ていて微笑ましい。

 そんなふうに思いながら、控えめな笑みを眺めていると、ふとローズがなにかに気付いた顔をした。

「おや、ご主人様。お顔が……」
「ん? ああ」

 頬に手で触れると、ぬるりとした感触があった。

 どうも返り血で汚れたらしい。

「あ。駄目です。お拭きいたしますから、動かないでください」

 エプロンの前ポケットからハンカチを取り出すと、手早くローズはおれの頬を拭った。

「お手を失礼します」
「ああ」

 続いて、おれの手を取ると、返り血に不用意に触れて汚れてしまった指を、一本一本拭い始める。
 丁寧な手付きが、少しこそばゆかった。

 そうしてローズが血を拭い終わったところで、からかい混じりにリリィが声をかけてきた。

「ほらほら、ご主人様、ローズ。いちゃついてないで、撤退するよ」
「ああ、そうだな」

 戦闘の余韻で過敏になった精神を、いい具合に冗談でほぐしてくれようとしているのだろう。
 少々気恥しくも感じられたものの、その気遣いはありがたいものだった。

 ただ、生真面目なローズは、その言葉を額面通りに受け止めてしまったらしい。
 覿面に狼狽した。

「ね、姉様。わたしは、いちゃついてなど……!」
「いいからいいからー」

 笑いながら、リリィはローズの抗議をあしらう。
 その笑みが、どことなく意味深なものに思えて、おれは内心で首を傾げた。

「うふふー。いちゃついててもいいじゃない」
「ね、姉様……」

 ローズはちらちらと、こちらを気にしていた。

 さっきまで、あんなに豪快だった指先が、落ち着かなく侍女服のスカートをいじっている。

 なんだかおれまで変な気持ちになってきてしまった。
 さりげなく視線を外すと、リリィと目が合った。

「うふふー」

 にこにこと笑う表情は、いかにも上機嫌なものだった。

 ともあれ、いまは撤退である。

 話をする間も手をとめることはなく、おれたちは手分けして、倒した群青兎を回収した。

 群青兎の肉は食用にできるし、体に埋まった石は顔料に加工できるからだ。

 やるべきことを終えると、おれたちは速やかにその場を離れたのだった。

   ***

 エルフたちと合流したおれたちは、群青兎の生息地域から少し離れた場所に移動したところで、休憩を取ることにした。

「孝弘さん。これ、お水です。どうぞ」

 腰を下ろしたところで、ケイが水筒を持ってきてくれた。

「ああ。わざわざ、ありがとう」
「いえ。お疲れ様でした」

 柔らかい微笑みが向けられる。

「順調ですね」
「ああ。シランから提案されたときはちょっと不安でもあったんだが、力足らずでなくてよかったよ」
「わたしは、心配なんてしていませんでしたよ」

 ふふっとケイは笑った。

「姉様は、孝弘さんの強さを信頼して任せたんだと思います」
「そうかな。だとしたら、期待に沿えるように頑張るよ」

 おれも、笑みを返した。

「うしろのことは頼んだぞ」
「もちろんです」

 ぐっと握り拳を作ってみせる姿は、年相応に愛らしい。

 だが、そんな見た目とは裏腹に、この集団のなかでのケイの戦闘能力は、上位に位置するものだ。

 そもそも、同盟騎士団の騎士見習いだった彼女は、最近では、おれやローズの模擬戦形式の稽古にも混ざって、めきめきと腕を上げているのだ。

 おれが『うしろを頼んだ』と言ったのは、決して口先だけのことではなかった。

「それじゃ、失礼しますね」

 ぺこりと頭を下げると、ケイは少し離れたところで休憩を取る村のエルフたちのもとに戻っていった。

「……」

 ああしてケイはこれまで通りに接してくれているのだが、その一方で、村のエルフたちには、畏れ多いとばかりに、ちょっと距離を取られてしまっていた。

 少し残念だが、自分の身の上を思えば、これは仕方がないことではある。

 こうして行動を一緒にするうちに、少しでも打ち解けられればいいのだが……と思いながら、おれは渡された水筒の水を呷った。

 ほんのわずかにだが、林檎に似た果実の風味があった。

 風味付けに、わずかに果実酒を混ぜたのだろう。
 直前に魔法で冷やしたらしく、爽やかな風味だった。

 このあたりの開拓村では、樹海でよく育つ珍しい種類の果樹を育てているのだと、昨日の夕食の席で聞かされた。

 この果実は町に運ばれてそのまま食べられることもあるし、果実酒の形で、ときには帝国まで運ばれることもあるのだという。

 また、村では祝い事のときなどに、これを使ったお菓子を作る風習があるのだそうで、以前にケイが言っていたシランの好きなお菓子というのも、これを使ったものだと聞いていた。

 いまは時期ではないということだが、いずれ食べてみたいものだ。

 そんなことを考えつつ、喉を潤したおれは、ふうと息をついた。

 群青兎の討伐に手を付けてから、今日で四日目。
 作戦は順調に進んでいた。

 シランの進言に従って、危うげなく討伐できるタイミングを探して移動を繰り返し、十分な休憩を摂り……と、慎重に事を進めているが、それでも百匹近い群青兎をこれまでに仕留めた。

 もちろん、こんなのは大繁殖した群青兎の群れの一部分に過ぎないが、村の近くまで溢れつつあった群れに限っては、かなりの部分、押し返すことができたはずだった。

 昨日までで、必要なだけの成果はすでに挙げられている。
 これ以上は巣穴が密集している地域に足を踏み入れなければならなくなることもあり、討伐作戦は今日で終わりの予定だった。

 最後まで気を抜かずにいなければ……と、気合を入れ直したところで、声をかけられた。

「お疲れ様です、孝弘殿」

 精霊を従えたリアさんが、こちらに歩み寄ってきていた。

「シランが偵察に出ましたから、お伝えにまいりました」
「わかりました。おれになにかできることはありますか?」
「孝弘殿は休んでいらしてください」

 リアさんは苦笑をこぼした。

「我らと違い、直接、群青兎と戦っていらしたのですから。お疲れでしょう」
「これくらいなら、どうってことありません。シランのほうが、余程大変ですよ」

 この討伐作戦において、シランは襲撃可能な群青兎を探し出す斥候の役目を果たしている。

 精霊を利用したシランの索敵能力は、やや融通が利かないところがあるものの、純粋に敵を感知することにかけては非常に優れており、また、体に多少の問題を抱えているとはいえ、依然としてローズと同程度のレベルを保つ戦闘能力が、樹海での単独行動を可能にしているからだ。

 デミ・リッチ化に伴う戦闘能力の低下と連戦への不安から、いざというときを除いては、直接戦闘はしないことになっているものの、それ以外の面で十分に活躍しているのだから大したものだった。

「おれは大丈夫ですから、リアさんたちこそ、十分に体調に気を配ってください」

 気遣いはありがたかったが、どちらかといえば、樹海で長く過ごしていたことのある自分のことよりも、村のエルフたちのほうが心配だった。

「樹海に踏み入ることは、ただそれだけでも精神を削ります。調子が悪ければ、すぐに言って……どうしました?」
「いえ。本当に、シランやケイの言っていた通りの方なのだなと思いまして」

 口元に手を当てて笑うリアさんの言葉に、おれは頬を掻いた。

「シランたちが、なにか言っていましたか? 悪いことでなければいいんですが」
「まさか。強くてお優しい方なのだと褒めておりましたよ」
「……助けてもらってばかりですよ、おれは」
「そんなことはありません。少なくとも、シランたちはそうは思っていないようでしたよ?」

 苦笑混じりにおれが言うと、リアさんはかぶりを振った。

「ケイはあなたに憧れているようです。大事なもののために戦う術を身に着けるあなたの姿を、眩しいものだと言っていました。そうした感情は、あの子にとって、良い方向に働いているように思います」

 リアさんは、視線を森の木立の奥に向けた。

「シランもそうです。まさかあの子が、自分が剣を捧げるべき勇者に出会っているとは思いませんでした」
「……剣を捧げる?」

 どこかで聞いたような言い回しだと思った。

 記憶を探って、思い当たった。
 あれは、そう。チリア砦の最寄りの開拓村での出来事だった。

 ――孝弘殿は、我ら騎士がどのような存在かご存知でしょうか?

 宿屋の部屋で、団長さんから言われたのだ。

 ――我らが己の剣を捧げるのは、ただ正義の理念と弱者の救済に対してのみ。それはつまり、この世界では救世の勇者という存在に集約されます。

 ――無論、騎士にもそうではない者もおります。己の栄達が第一という者も、堕落した者も、昨今では、血に飢えた戦闘狂さえいると聞きます。しかし、シランはそうではない。

 ――あれは騎士です。それをどうか、孝弘殿には覚えていていただきたいのです。

 怖いくらいに真剣な面持ちで、団長さんは言ったのだった。

 ――どうか、これからもシランをよろしくお願いします。孝弘殿。

 そう頼まれたのを覚えている。

 ……戸惑ったことも、また。

 今更確認するまでもなく、シランは高潔な騎士だ。
 揺るがぬ信念を持ち、しっかりと自分の為すべきことを見据えている。

 自分は騎士だという自負と誇りが、強固な芯として彼女を強く立たせているのだろう。

 弱みを見せたのなんて、せいぜい、団長さんが拘束されたときくらいのもので、それだってすぐに立ち直っていた。

 そんな彼女に、おれなんかが力になれるようなことがあるのかどうか。

 そもそも、おれは勇者ではない。

 真島孝弘は、英雄にも怪物にもなれない。
 リアさんは知るはずもないが、剣を捧げられるに値するような存在ではないのだ。

 ただ、だからといって、団長さんに言われたことを忘れたことはなかった。
 これからも、忘れるつもりはない。

 たとえ、おれが勇者ではないとしても、シランが大事な仲間であることに変わりはないのだから。

「……おや」

 リアさんがぴくりと身を震えさせた。

「シランが帰ってきたようですね」

 シランと同じく精霊使いである彼女は、シランのいない間、周囲を警戒してくれている。

 程なくして、シランが現れた。

「次の標的が見付かりました。移動をお願いします」

 シランの報告に、おれたちはすぐに腰を上げた。
◆もう一度、更新します。

あと一息。
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