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モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

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38. 未来を見て

(注意)本日2回目の投稿です。











   38


「考えていたんだ。これから先、どうするべきかってことを」

 マルヴィナが、おれたちに見た可能性。

 それをどのように具体的なものにしていくか。
 彼女から話を聞いてから、ずっとそれを考えていた。

「おれは、この世界でひっそりと生きていければいいと思っていた。だけど、マルヴィナの話を聞いて、それだけじゃ足りないんじゃないかと思った。少なくとも、そこを目標にしていては駄目なんじゃないかと」

 かつての勇者と甲殻竜マルヴィナの身に起きた悲劇を、思い返してみればいい。

 これまでおれが目標としていた生活を、過去の彼女たちは実現していた。
 そのうえで、取り返しのつかない災厄に見舞われた。

 不幸な偶然とすれ違いが、かけがえのないものを永遠に奪い去り、残された者たちを閉じた世界へと追いやった。

 そうした過去を、おれたちは知っている。
 だからこそ、別の可能性を模索することもできるはずだった。

「マルヴィナたちのように、すれ違いと不理解による不幸が起こらないように……どうにかして、おれたちの存在を受け入れてもらえる場所を作る。目標にするなら、それくらいでないといけないんじゃないか?」
「ですけど、先輩。それは……」
「わかってる」

 なにか言いかけた加藤さんを、繋いだままの手に軽く力を込めることでとめた。

「言うまでもなく、これは難しいことだろう。実現できるかどうかは、怪しいものだと思う。ましてや、絶対に成し遂げてみせるなんて無責任なことは、口が裂けても言えない」
「先輩……」
「だけど、不可能だとは、おれは思わない」

 実際、シランや団長さんなど、おれたちの存在を受け入れてくれた人たちはいたのだ。

 彼女たちがいなければ、くぐり抜けられない危難もあった。
 そうした事実を忘れてはならない。

「目指す価値はある。それに、なにより……」

 そっと加藤さんの手を離して、ロビビアに視線を向けた。

「そうなれば、もうマルヴィナたちだって、こそこそする必要はないだろう?」
「あ……」

 赤褐色の瞳が、理解とともに大きく見開かれた。

「そしたら、里のやつらとも会えるようになる……?」
「ああ」

 希望に輝く幼い顔に頷きを返してから、おれは、その場のひとりひとりに目をやった。

「当然、リスクもあるだろう。可能性を求めれば、良くも悪くもなにかが起こる。あらゆる最悪を想定しつつ、悲観的になり過ぎもせず、慎重にことを進めて……それでもなお、避けられない理不尽が襲い掛かってくるかもしれない」

 そこで一度、言葉を切り、かぶりを振った。

「もっとも、それは、なにもしなかったところで同じことだ。結局のところ、リスクをゼロにはできないんだ。そして、もしもなにもしなかったのなら、なにかあったときに、おれたちを擁護してくれる者はいないだろう。マルヴィナたちのときのように、すれ違いの悲劇は繰り返されることになる……」

 おれは、拳を握り締めた。

「そうならないためには、相応の行いが必要だ。そのせいでリスクが生じるのなら、それを乗り越えるだけの強さが要る」

 幸せを手に入れるために。

 理不尽に抗う力が。

「そのためになら、おれは、この能力を深めることを躊躇うつもりはない――」

   ***

 ――そう。躊躇うつもりはない。

 ただ、不安がないわけでもなかった。

「にしても、どうしてこんな場所に……」

 ひとりおれは、洞窟を歩いていた。

 足音が、暗闇のなかに吸い込まれる。

 広い洞窟だった。
 これまで洞窟で暮らしたこともあるおれだったが、これほどの大きさのものは、テレビ以外で見たことはない。

 大きいのは当然と言えば当然で、ここは理性なき竜であった頃のロビビアが、閉じ込められていた洞窟なのだった。

 いまでは打ち捨てられた場所だと聞いている。
 近いうちに、嫌な思い出ごと崩してしまう予定らしいが、ドラゴンでもそう簡単には崩せないくらいに硬い地盤であるために、いまのところ放置されているらしい。

 こんなところにおれが足を踏み入れているのは、ガーベラから呼び出しを受けたからだった。

 大事な用があるから、ここで待っていると。

 なんでまた、こんなところで……と、思わなくもなかったが、恐らく、他に人のいない状況で話したいことでもあるのだろう。

 すでにガーベラは来ているらしい。
 蜘蛛の繭に赤い炎を宿した照明が、道しるべのように吊り下げられていた。

 ガーベラは、夕食を終えてすぐに出て行ったのだが、どうやらこうした準備をしていたらしい。

 おれは、素直に灯りを辿っていった。

「……ガーベラ?」

 百メートルほども歩いただろうか。
 洞窟の突き当たり、小さな運動場ほどもある場所に出た。

「おお。主殿か、こっちだ」

 せり出した岩壁の向こうから、声がした。

「ちょっと来てくれんかの」
「わかった」

 しかし、なんの用だろうか。

 歩を進めながら、おれはちらっと考える。

 思い当たる節はないが……まあ、なんでもいい。

 この機会に、さっきあの場にいなかったガーベラにも、自分の身に起きていることと、これからのことについて話をしてしまうことにしよう……。

「……」

 そんなことを思ったところで、ふと不安を感じた。
 それは先程、みんなに話をしたときにも感じていたものだった。

 もちろん、みんなの前で口にした言葉に嘘はない。

 おれは、一緒にいてくれるリリィたちがなによりも大事だ。

 彼女たちと穏やかに暮らす未来を掴むために、自身の能力の行使を躊躇うつもりはない。
 たとえ、それで失われるものがあったとしても。

 だけど、そうした喪失におれ自身がどこまで堪えられるかというと……そこには、少し自信がなかった。

 加藤さんのいう通り、元の世界の日々もまた、おれにとっては大事なものだ。
 失うことは、当たり前に怖い。

 それでも、得たいものがあるというのなら……。
 これからおれは、喪失の恐怖と戦っていかねばならないのだろう。

 だけど同時に、おれは知っている。

 真島孝弘という存在は、あまりにもちっぽけで弱い。
 英雄にも怪物にもなれはしない。

 喪失の衝撃に、果たしてたえられるだろうか。

 そんな不安を胸に抱きつつ、おれは、せり出した岩壁を回り込んだ。


 ――その先に、自身が張った蜘蛛の巣に捕らわれた、蜘蛛の姿があった。


「よく来たな、主殿!」

 その呼び掛けは、あたかも勇者を迎え入れる魔王のごとく。

「待ちわびたぞ!」

 豊かな胸を弾ませて、不敵に笑ったガーベラの体は、強靭な蜘蛛の糸によって、完全に拘束されてしまっていた。

「は?」

 目が点になった。
 考えていたことが、根こそぎ全て吹き飛んだ。

 それくらいに、目の前の光景は衝撃的だった。

 ガーベラの下半身の蜘蛛の体は、頑丈な岩壁のくぼみを利用して張られた蜘蛛の巣のなかにあった。
 八本ある脚は、関節のひとつひとつが無駄に丁寧に蜘蛛糸で縛り上げられている。

 上半身の人間の体は簀巻きにされていて、あれでは両腕ともに使えまい。

「……え?」

 目の前の光景の、意味がよくわからなかった。

 誰かこの状況を説明してほしい。

 どうしてガーベラが、よりにもよって、自分の糸で拘束されているのか。
 それでいながら、どうしてああも自慢げな様子なのか。

 さっきまでの割と深刻だったはずの空気は、いったい、どこに行ってしまったのか。

 それらすべての疑問に答えを出すべく、伝説にも謳われる白き蜘蛛は、いまこそ高らかに宣言する――!


「さあ、主殿! 子作りだ!」


 ……展開についていけない。

 しかし、そんなこちらの困惑を気にした様子もなく、ガーベラは続けた。

「マルヴィナの話によれば、妾たちにも子が成せる可能性があるという。これは、うかうかとしておれぬ。いますぐにでも試行錯誤せねばならん。だが、妾は主殿といまだ抱き合うことさえままならぬ。それどころか、受け身でおることすらできないという有様だ。これはいかん。……そこで、妾ははたと気付いたのだ!」

 雄弁に語るガーベラは、高い鼻をつんと上に向けてみせた。

「昼間のロビビアの言葉を覚えておるか? 『いっそのこと、手足を縛ってしまえばいいんじゃないか』とかなんとか、言っておっただろう? それを聞いたときに、ぴんときたのだ! 己の身を拘束してしまえば、主殿を潰してしまう可能性はないのだと!」

 どうだ、この素晴らしいアイディアは?
 と、ガーベラは全身でアピールする。

 輝かんばかりの笑顔だった。

「これで思う存分、乳繰り合えるという寸法だ!」
「ああ。なるほど、そういう意図か」

 ようやく全容が理解できた。
 できたのだが……なんだか頭が痛くなってきた。

「わかってくれたか、主殿! どうだ、この案! 素晴らしかろ!?」
「そうだな。うん。まあ、言いたいことはたくさんあるんだが……」

 痛み始めたこめかみを、軽く手で押さえて、尋ねる。

「これ、『終わったあと』はどうするんだ?」
「む?」
「お前が抜け出せない拘束だ。おれひとり加わったところで、どうしようもないぞ?」

 雁字搦めの蜘蛛の巣を指差した。

「どうやって、拘束を抜けるつもりだ?」
「あ……」

 小さな声をあげたガーベラが、赤い目を他所に逸らした。
 考えていなかったらしい。

「それは、ほら。あれだ。……リリィ殿あたりを呼べば、拘束を解くことは可能なのではないかの?」
「全部が終わったあとで呼べっていうのか。それは、気まず過ぎるだろう……」

 察しのいいリリィのこと、状況には確実に気付くはずだ。

 しかも、見方によっては、かなりアブノーマルなシチュエーションと言える。

 どんなプレイだと言いたい。

 リリィのなかにいる水島さんにも、どう思われることか。

 本当に頭が痛かった。

「ガーベラ。お前ってやつは、本当に……」

 後先考えないにしても、ほどがある。

 おれは溜め息をついて……そこで不意に、込み上げてくるものに肩を揺らした。

「ふ、ふふ……」
「主殿?」

 こんなの、笑うしかないだろう。

 さっきまであれこれ考えていたことが、全てどこかに行ってしまっていたのだった。
 暗い気持ちも、乱暴なまでに押しやられて、その影をなくしていた。

 それがおかしくて、また、幸福なことに感じられた。

 ……そうだ。
 うしろ向きになっていても仕方ない。

 穏やかで幸せな未来のために、おれは覚悟を決めたのだ。
 だったら、悪いことばかりを考えて、暗くなっていても仕方ない。

 この竜淵の里で知れた事実は、これからおれが直面するだろう障害の存在を知らしめた。
 けれど、知ることのできたのは、それだけではない。

 明るい可能性だって、教えてくれたのだ。

 未来には、光を見なければならない。
 ガーベラのように。

 一直線に前を向いて、常に前進し続ける彼女の存在は、おれにとって、救いのひとつに違いなかった。

「ど、どうした、主殿?」
「いやなに」

 不思議そうな顔をするガーベラに、おれは告げた。

「……本当に、お前は可愛いなと思って」
「へあ?」

 目を丸くしたガーベラが、固まった。

「い、いいいい、いきなり、なにを……」

 白磁の頬に、瞬く間に血が昇った。
 首元から、耳の先まで真っ赤になる。

 これじゃあ、白い蜘蛛ではなくて、赤い蜘蛛だというくらいに。

「いや。いきなりというか、いつも思ってはいたんだけどな。……そういえば、あまり、直接は言ったことがなかったか」

 言いながら、愛しい女の子に近付いていく。

「まあ、こういうときだし、大事なことは口に出しておくべきだろう」
「ま、待て。主殿!」

 じゃり、と地面を踏む音を聞いて、ガーベラは覿面に狼狽した。

「ちょっと待ってくれんか! なにやら、ものすごく恥ずかしい!」
「こんな状況を作っておいて、今更、なにを……」

 おれは、呆れた顔になった。
 もちろん、足はとめない。

 加速度的に、ガーベラの混乱も進んでいく。

「こっ、ここ、心の準備が……おおおお!? 手足が縛られているせいで逃げられん!? なぜだ!?」
「落ち着け」

 羞恥に身悶えするガーベラの前に立った。

 蜘蛛糸に吊り下げられるかたちになっている間抜けな彼女だが……控えめに言って、くらりとくるほど可愛らしい。

 両腕を縛られているせいで、露出の多い服が引っ張られて、蠱惑的な体のラインが露わになっている。
 近付くおれから逃げようとして、上半身をのけぞらせているせいで、ただでさえ大きな胸が強調されてしまっていることに、本人は気付いているのかどうか。

 正直、理性がぐらぐら揺れている。

 当然といえば、当然か。
 この身も心も、とっくの昔に、蜘蛛糸に捕らわれているのだから。

「……」

 こちらに突き出されて動けなくなっている蜘蛛脚の一本が目に付いた。
 ふと思い立って、白い毛で覆われたその足先に触れる。

 びっくりしたのか「にゃぎゃあ」と変な声があがった。

 きちきち、ぎちぎちと、ばたつく蜘蛛脚と、張り巡らされた蜘蛛の巣が悲鳴をあげる。

 落ち着かせようとしたのだが、失敗らしい。
 下手になにもしないほうが、むしろ彼女のためなのかもしれない。

 そう思って、おれは手を引いた。

 というか、おれ自身が割とそろそろ限界だった。

「なあ、ガーベラ」
「な、なんだ、主殿」
「約束を覚えてるか?」

 さらに一歩近付いて。
 それで、距離はゼロになった。

「や、約束って、なんの……」
「キスをしようって。お前が言ったんじゃないか」

 白い蜘蛛の糸に、身も心も捕われた日のこと。

 ――そ、それでは、そのときには、せ、接吻っ! 接吻をしよう!
 ――キス?

 そのやりとりを覚えている。
 感じていた愛おしさもまた、いまでも薄れることはなく。

 おれは、ガーベラの美しい体を抱き寄せた。

 これからも、苦難は襲い掛かってくるだろうけれど。
 負けることなく、穏やかで幸せな未来に辿り着こう。

 そんなことを思いながら、おれは、愛しい彼女と唇を合わせた。
◆第4章はこれにて幕となります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
お気に入り登録・評価をしてくださった方には、重ねて感謝申し上げます。

第5章も引き続き、お楽しみいただければ幸いです。
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