27. 竜の救援
前話のあらすじ:
『喋れない仲間』の突然の裏切り。
やけ食いに走ったあやめの未来はどっちだ。
27
――可能性については、考えていた。
サディアスは『意思持つ特別なモンスター』の一族のひとりであり、『おれとパスを繋げることができないモンスター』だ。
それに対して、同じ一族のなかでも、はぐれ竜だけは意思を持たない。
そういう意味では、はぐれ竜は『特別なモンスター』ではなく、『通常のモンスター』だと言える。
けれど、だったらはぐれ竜が『普通のモンスター』なのかと言えば、それは少し違っている。
なぜかといえば、はぐれ竜はサディアスに準ずる力を持っているからだ。
それは、おれたちがこれまでレア・モンスターと呼んできた特別な存在だ。
そして、はぐれ竜が『サディアスがそうであるような意味で特別なモンスター』ではなく、『通常のモンスター』なのだとしたら、『パスが繋がらない要因もまた存在しない』可能性が出てくる。
繋がったというのはそういうことで、だからこそ、いまおれは全力で森を走っていた。
起き抜けに突然のことだったのもあり、野営場所を飛び出すかたちになってしまったが、疾走する足をとめるつもりはなかった。
腰を落ち着けて事情を話して、同行者全員の理解を得る――そんな時間さえ惜しかった。
そして、それでも別段、問題はなかった。
うしろには、なにも聞かずともついてきてくれている、リリィとガーベラの気配があったからだ。
「どうしたのだ、主殿!」
追いついたガーベラが尋ねてくる。
移動しながらということもあり、おれは端的に答えた。
「はぐれ竜を見付けた!」
「なんと」
赤い目を丸めたガーベラだが、状況は把握したらしい。
走るおれの腕を掴むと、ぐっと引き寄せた。
一瞬の浮遊感のあと、おれはガーベラの腕のなかにいた。
「掴まっておれ」
おれの体を横抱きにして、ガーベラは駆け始めた。
八本足を駆使した立体的な機動が、道なき森を踏破する。
まだ樹海にいた頃、ガーベラとふたりで探索をしていたときのことを思い出した。
あの頃と同じ速度は、おれがまだまだ到達できない遥か高みにあった。
「この方向でよいのかの?」
「ああ。そのまま……ずれたら、その都度、指示を出す」
「あいわかった。もう少し速度を上げるぞ」
更に一段。
以前は、おれの体を気遣っていた分も速度に回して、蜘蛛は森を駆け抜けた。
さすがにリリィが遅れ始めるが、彼女には鋭敏な鼻がある。多少遅れても、追いかけてくることは可能だろう。
いまは、とにかく速さが重要だった。
「しかし、どうしてわかった?」
尋ねてくるガーベラに、おれは舌を噛まないように気を付けながら答えた。
「ガーベラと出会ったときの逆だよ」
「む?」
「初めて会ったときのこと、覚えているか?」
ガーベラとのファースト・コンタクト。
おれは、よく覚えていた。
巨木に叩きつけられて血の華を咲かせるファイア・ファング。
そこに舞い降りた白い蜘蛛は、こう言ったのだ。
――見付けた、と。
そんな言葉が出たのは、おれを探しに出てきていたからで、彼女はおれが近くにいるとわかっていたということになる。
近くにいるとわかったのは、すでにパスが繋がっていたからだ。
つまり、直接、顔を合わせるよりも、パスが繋がるほうが先だったということになる。
「パスが繋がるのに、直接、顔を合わせる必要はない。だから、おれもあのときにガーベラがしていたのと同じことができるんじゃないかと思っていたし、注意はしていた。もちろん、はぐれ竜と首尾よくパスが繋がってくれればの話だが……実際、こうして位置を特定することもできたわけだ」
「なるほどの」
ガーベラの顔に理解の光が点り、それはすぐさま険しい表情に取って代わられた。
「待てよ、主殿。それでは、こうして急いでいるのは……?」
「そういうことだ」
おれは頷きを返した。
「さっき一瞬、悲鳴みたいな思念が飛び込んできた」
現在、はぐれ竜は助けを求めている。
パスが繋がったのは、まさにその瞬間だった。
もともと、おれの力は他者を強く求めたときに発現したものだ。
ゆえに当然、そうした場面で最も強く力を発揮する。
それでも、成立した繋がりは本当に細いものだった。
これは単純に、距離があるせいだ。
おれだけが辛うじてその訴えを聞くことができたのも、効力が届くか届かないかのぎりぎりだったため、パスの根本であるおれにまでしか声が届かなかったと考えるべきだろう。
助けを求められてから向かったのでは、間に合うかどうかわからない。
取るものも取り敢えずおれが飛び出してきたのは、そうした事情だった。
「はぐれ竜は現在、危険な目に遭っておるというわけだな。しかし、いったい、なにが?」
「わからない。パスだとそこまでは読み取れないからな」
おれはかぶりを振って、目を細めた。
「……ただ、予想は付けられるが」
そのときだった。
ガーベラが、ぴくりと眉を寄せた。
「これは……竜の鳴き声かの?」
「本当か?」
「うむ。しかし、なんなのだ、これは」
怪訝そうに言う。
「はぐれ竜のもの……にしては、複数の鳴き声があるぞ」
「……」
それはつまり、おれの予想が当たっているということだった。
「主殿よ。正面、急な斜面になっておる。舌を噛まぬように気をつけよ」
言って、ガーベラは跳躍した。
視界が広がり、浮遊感が全身を包む。
急な斜面から宙に飛び出して、自由落下――おれは、目を見開いた。
「いた!」
眼下に見渡すことのできる広い視界のなか、見えたのはドラゴンの一群だった。
まだ距離があるが、目に見える限りで七体。
いや、違う。八体だ。
他の七体に取り囲まれる八体目のドラゴンの姿が、一瞬だけ見えた。
直感する。
あれが、はぐれ竜だろう。
周囲にいるのは、サディアスと同じ竜淵の里のドラゴンに違いなかった。
捕縛のために動いていた彼らが先に、はぐれ竜を見付けてしまっていたのだ。
この光景を予想していたおれは、それでも苦い気持ちを噛み締めた。
確かに、そういう可能性もあった。
だからこそ、おれは急いでいたのだから。
急いだのにというべきか、急いだからこそというべきか……はぐれ竜に辿り着いたのは、ほぼ同時だったようだ。
はぐれ竜は滅茶苦茶に暴れているのか、集まっているドラゴンの一角が引っ繰り返った。
続いて、絶叫が響いた。
初めて聞くドラゴンの鳴き声の判別など付けられるはずもないが、はぐれ竜のものだとわかった。
パスを通して、痛みが届いたからだ。
反撃を喰らったらしい。
痛みにのたうち回り、はぐれ竜はますます暴れ回る。
現在進行形で、事態はどんどん悪化しているようだった。
「……」
一族のなかでは、人間の介入を招いてからでは遅いからと、はぐれ竜の処分もやむをえないという意見も出ているのだという。
望まずして、ドラゴンは互いに殺し合う。
あまりにも痛々し過ぎて、吐き気がした。
だってそれは、まるでおれたちの……。
「……やらせるか」
ぎり、と歯軋りする。
覚悟は決まった。
「投げろ、ガーベラ!」
「ふぁ!?」
間抜けた声を出すガーベラに、重ねて言う。
「早く!」
「な、あっ、う! わかった!」
こと戦闘においては、白い蜘蛛の理解は速い。
急斜面を落下していたガーベラの蜘蛛の足が、斜面を噛んだ。
ぐっと身を沈めて、蜘蛛は水平方向に跳躍する。
「シャアァアア――ッ!」
距離を稼いだガーベラは、勢いがなくなる寸前で、抱えていたおれを放り投げた。
「……づぐっ、ぁ」
瞬間的に体にかかった負荷に、苦鳴が漏れる。
とはいえ、ちゃんと加減はしてくれたのだろう。
姿勢を制御することはできた。
木々が足の下で流れ、おれは弾丸のように空中を突き進んだ。
壁のような風圧が吹き付けてくる。
それがブレーキになって速度は減衰するが、まだ足りていない。
「サマ!」
左手から伸びたアサリナが、一本の木に絡みついた。
左腕が引っ張られて、速度が一気にがくりと落ちる。
すでにアサリナは左腕に巻き付いて、強化外骨格としての機能を果たしている。
強化された左腕は、最後まで過重に耐え切った。
木に絡みついていた蔓の体が引き千切れる。
「――ッ」
そうしておれは、ドラゴンの頭上に飛び出していた。
直下、何体ものドラゴンが暴れたために、木々がへし折られてできた広い空間に、十メートル級のドラゴンの集団があった。
竜の巨体はサディアスと同じく、背中や四肢の一部が、微妙に色の異なる甲殻に包まれており、いかにも頑丈そうだ。
おれの目は、そのなかの一体に引き寄せられた。
やや小柄で、体長は他のドラゴンの三分の二ほどだろうか。
酷い怪我をしていた。
赤褐色の甲殻には全身の各所でひびが入り、左右の被膜の翼は破けて血を流している。
全身からぶすぶすと煙をあげているのは、何度となく炎のブレスを浴びたからだろうか。
たくましい左脚は深く傷付けられて、尾はへし折られたのか動きがなかった。
間違いない。
これが、はぐれ竜だ。
つい先程まで自我がなかったのだから仕方のないことではあったが、手が付けられないくらいに暴れたのだろう。
他のドラゴンを見れば、手足の一部の肉を食い千切られたのか、酷く血を流しているものもいた。
取り押さえるためには、手荒な真似をするしかなかったのだろう。
いまもはぐれ竜は、拘束していた一体の顔面に翼を叩き付け、後ろ足で蹴りつけて逃げ出そうとしていた。
即座に横合いから一匹のドラゴンが体当たりを喰らわせ、すでに皮膜の破けた翼の根元に噛みついた。
もはやそのまま引き千切るほかないと、頑強な顎に力が加えられて――
「やめろ――ッ!」
――その寸前、おれはその場に割り込んだ。
現在、この場に翻訳の魔石を持っている者はいない。
ただ、制止のニュアンスが伝わらなくとも、大声はただそれだけでドラゴンの気を引いた。
唐突な闖入者の登場に、ドラゴンたちが殴られたかのようにこちらを振り仰いだ。
その驚愕は、いかほどのものだっただろうか。
こんな人里離れた場所に、人がひとりでいるだけでも想像だにしないことだろうに、それが自分たちの頭上に飛んできたというのだから。
これが理性なき獣であれば、余計なことは考えなかったかもしれない。
あるいは、戦闘経験豊富なおれの眷属たちなら、即座に対応したはずだ。
けれど、竜淵の里のドラゴンたちは、そうではなかった。
思考が停止する。
その一瞬の停滞に、おれは新しく得た力を発動させていた。
「『霧の仮宿』」
それは、おれが唯一使える魔法。
精霊使いとなったことで得た力。
ここまでの旅のなかで、どうにかその端緒におれは手をかけていた。
全身から、白い霧が溢れ出す。
ごっそりと魔力が失われる感覚とともに、濃い霧が周辺を覆い尽くした。
一気に視界が悪くなり、数メートル先の物さえ見えなくなる。
「グラァア!」
これが眼潰しだと気付いたのだろう。咄嗟にドラゴンが翼を羽ばたかせた。
吹き荒れる風は、しかし、霧をかき混ぜるだけだ。
これは、ハイ・モンスター『霧の仮宿』の力の一端、魔力を帯びた魔法の霧だ。
ただの目潰しであるはずがなく、この程度で晴れるほどに脆弱なものではなかった。
おれは、地面に着地した。
勢いを殺すためにごろごろと転がる。
そこに、ドラゴンの前足が襲い掛かってきた。
「グルァラァア!」
着地した際の物音から、位置の大体の目星を付けたのだろう。
大雑把な攻撃ではあったが、体が大きいだけに攻撃範囲も広い。
地面を抉って迫る攻撃の的は、おれを捉えていた。
直撃してしまえば、戦闘を続行することは難しいだろう一撃だった。
濃い霧のなか、それを視認することは難しい。
いきなり数メートルの距離に現れた前足の一撃を回避することなどできはしない。
――普通なら。
「っぐ、おぉ!」
強化された身体能力で地面を蹴る。
高く跳躍することで、おれは迫りくる大質量の一撃を回避することに成功していた。
手品のタネは、この霧にあった。
周囲五十メートルほどを包みこんだこの霧は、『霧の仮宿』の一部だ。
それはすなわち、サルビアの一部と言い換えてもいい。
自身の裡で起こることだ。
サルビアはすべてを把握している。
パスを介して、彼女はそれをおれに伝えてくれているのだった。
いまの攻撃が来ることは、竜が前足を振り上げたそのときからわかっていた。
大雑把ではあるが、こちらに迫りくる攻撃の軌道も読めていた。
ある種の感知魔法と言ってもいい。
問題点は、霧の濃さによって『敵の視認阻害効果』および『感知魔法の効果』が左右されること。
そして、あまりに燃費が悪過ぎるせいで、ほんのわずかな時間しか霧を濃い状態で維持できないことだ。
五秒もせずに、霧が晴れ始める。
しかし、それだけあれば、はぐれ竜のもとまで辿り着くには十分だった。
そう踏んでいたからこそ、おれは単身でこの場に乗り込んだのだ。
「グラァアアア!」
だから、はぐれ竜に辿り着く直前に、先程攻撃を仕掛けてきたドラゴンがこちらに追いすがってきたとき、おれは意表を突かれた。
視界の悪いなか攻撃を行ったせいで、ドラゴンは体勢を崩していた。
追いつけないと判断したのだろう。咄嗟に炎のブレスで攻撃を仕掛けてきた。
その行動には、執念めいたものがあった。
人間に対する大きな敵意と、ある種の怯えが感じ取れた。
そしてなにより、確固たる決意があった。
それが、おれの予想を覆したものだった。
パスがなくても、言葉なんて通じなくても、気持ちはわかった。
このドラゴンは、ただ里を守りたいだけなのだ。
不幸なすれ違いだった。
それがわかるからこそ、おれは彼らをとめなければならなかった。
振り返ったおれは、こちらに迫る竜の炎に左手を向けた。
その腕を鎧うのは、ディオスピロの町でローズから贈られた『アサリナの籠手』だ。
黒色の籠手は、左は青色と黄色、右腕には赤と緑の飾りが施されている。
そこに、魔力を流し込んだ。
途端、左の籠手が青色に輝いた。
そう。これはただの防具ではない。
ローズ謹製の魔法道具なのだ。
すでにローズは基本属性魔法の模造魔石を完成させていた。
それを組み込まれた魔法道具が『アサリナの籠手』だった。
その用途は、攻勢防御。
魔石は決まった威力と性質でしか発動しないために応用性に欠ける。
だが、用途を限定してしまえば、そこはさしたる問題にはならない。
また、通常の魔法に比べて魔力の消費量が多めなのは欠点だが、その代わりにおれのように魔法が使えない人間でも魔法を使うことができた。
発動したのは、第二階梯相当の水魔法。
性質は弾丸。
ドラゴン相手に手傷を負わせるにはやや力不足だが、単に攻撃を迎撃する目的なら、ある程度の効果を見込むことができる。
水の弾丸が炎のブレスに激突するのを待たず、おれは右腕の魔石にも時間差で魔力を流し込んだ。
右の籠手が緑色の光を宿す。
風の第二階梯魔法が発動した。
「おぉおおお!」
風を纏った右手の剣を、水魔法で勢いを衰えさせたブレスに叩き込む。
「ぐっ」
迫る炎のかなりの部分が散ったが、竜の炎はさすがに凄まじい。
残った火勢が肌を焼こうと襲い掛かってくる。
その寸前、おれの周りを温かな力が包み込んだ。
おれ自身、その現象に少し驚いたが、懐に入れていたもののことを思い出して納得した。
懐に入れていたのは、ローズから贈られた『薔薇の懐剣』だった。
守り刀である『薔薇の懐剣』の効果は、魔力の籠った攻撃を、属性に関わらず減衰させることだ。
それなりのダメージを与えるはずだった竜の炎は、迎撃のために振るった剣を握る手に軽い火膨れを作っただけで霧散した。
この程度なら行動に支障はない。
かつて『ご主人様をお守りするために自分は存在する』と語った少女の想いが込められた数々の魔法道具に守られて、おれは最後の数メートルを走破した。
はぐれ竜のもとに辿り着いた。
焦げ付いた鱗の体に触れた。
痛ましいが、いまはどうすることもできない。
「大人しくしていろ」
声をかける。パスが繋がっている以上、これで伝わったはずだ。
はぐれ竜を背後にして、おれは振り返った。
そこにいたのは、七体のドラゴン。
さすがに、現在のおれではこれをどうしようもない。
先制攻撃の優位は失われた。
魔力は大部分を吐き出してしまい、切り札だった『霧の仮宿』の魔法は、いまのおれでも維持できる程度に薄まっている。
感知能力は低下し、視認妨害効果はほとんどない。
実はこの霧には第一階梯程度の幻惑魔法の効果もあるのだが、それは最初からこのレベルの相手には効果のないものだ。
ここまで、おおよそ十秒。
それだけの時間稼ぎが、おれにできるせいぜいのことだった。
……というのは、正確な言い方ではないか。
現在のおれ自身の戦力を考えれば、これは順当な結果だった。
本来なら貴重なはずの魔法道具を揃えて、身を固めていたこと。
これまでずっと、回避と迎撃、防御を重視した戦い方を鍛えてきたこと。
そんなおれが自分の得意分野で、後先のことを考えずに全力を出し切ったからこそ、ドラゴンを相手にして十秒もったというのが正しい。
やれることはやった。
言い換えるなら、これは当初から考えていた通りの状況だった。
ここまでやれば、もう十分だった。
「待たせたの、主殿」
おれとドラゴンたちの間に白い蜘蛛が降り立ったのは、次の瞬間だった。
どしゃりと、蜘蛛足が大地を噛む。
粘りつくような殺意が、竜の足をとめた。
「さてと。ここから先は……妾の仕事かの」
血のように赤い目が睥睨すると、ドラゴンたちに怯えが走った。
理解せざるをえなかったのだろう。
この白い蜘蛛を相手にしては、自分たちのなかに死者が出かねないと。
それでも、強靭なドラゴンが七体もいるのだ。
被害を度外視して正面から蹂躙すれば、勝利することは可能だったはずだ。
もちろんそれは……こちらも、白い蜘蛛一体だけであったならの話だが。
「お待たせ、ご主人様」
もうひとり側面に現れたのは、白いスカートを翻すリリィだった。
見た目は華奢な少女の姿は、巨大なドラゴンに比べればいかにも頼りない。
しかし、その実体は白き蜘蛛にさえ迫る力を獲得したモンスターであることをおれは知っている。
槍を持たない左の腕を横に伸ばし、口元に微笑みを湛えた少女は力を行使した。
「部分擬態。――モード『悪魔ノ腕』」
その左腕の肘から先が、怪物のものに変化した。
剛毛の生えた熊のような腕。
指は長く伸びて、一本一本がカマキリの大鎌に変わる。
その刃先からは毒々しい色の粘液が滴り落ちて地面を焼き、広い掌には牙が乱杭歯に生えた口腔がぽっかりとあいていた。
かつて抱いていた恐れを克服した彼女は、怪物としての自分を隠すことはもうしない。
ゆえに、獲得した能力は十全に発揮される。
いくつかある部分擬態の組み合わせのなかで、一番凶悪なものを選んだのは一種の威嚇行為だろう。
悪魔のような禍々しさと、少女の可憐さが同居した存在を前にして、ドラゴンたちは動けなくなった。
この二体の存在が、自分たちと互角か、それ以上の力を持つことを察したからだろう。
戦いになれば、お互いに洒落にならない被害が出ることは明らかだった。
結果として、状況は膠着する。
それは、足留めが目的であるおれたちにとって好都合な展開だった。
サディアスの竜の鳴き声が少し遠くから聞こえてきた。
ベルタに先導されて、置いてきた同行者たちがやってくるまで、そう時間はかからなかった。
◆しかも、さりげに出遅れてるあやめちゃん。踏んだり蹴ったり。
という、前話のあらすじの話。
◆少しずつではありますが、着実に主人公も強くなっているようです。