挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
モンスターのご主人様 作者:ショコラ・ミント/日暮 眠都

4章.モンスターと寄り添う者

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

104/213

15. ありえない光景

(注意)本日2回目の投稿です。











   15


「なんのために、どういう人が、幻惑の術による攻撃を仕掛けているのか……」

 水島さんが去った扉を見詰めながら、おれは小さくつぶやいた。

「アサリナは、どう思う?」
「ワカラナ?」
「だよな……」

 手の甲から顔を覗かせたアサリナの言葉に、肩を落とす。

 現時点ではわからない。
 だが、考えないわけにもいかない。

 おれは溜め息をついて、目の前に伸びてきたアサリナを指先でつついた。
 つつくたび、アサリナはぐねぐねと全身を波打たせる。

 楽しいのだろうか。
 おれはちょっと楽しい。

「いや。現実逃避してる場合じゃないな……」
「サマ?」
「考えてみるとな、確かに『どういう人が』……というか、『どういう存在が』幻惑を仕掛けてきているのかっていうのは、大きな問題なんだよ」

 水島さんの口にした疑問は、もっともなものだった。

「あのガーベラが幻惑の術を喰らってるんだ。『敵』はどんな化け物だ……?」

 樹海深部に君臨した白い蜘蛛は伊達ではない。
 以前にガーベラは、クイーン・モンスターであるアントンの幻惑にも、まったく惑わされなかった実績がある。

 それ以下のクラスでは、幻惑自体が通用しないだろう。

 同格のハイ・モンスターなら、幻惑にかけること自体は可能かもしれない。
 だが、攻撃を仕掛けていることさえ気付かせないとなると、どうだろうか。

 長い年月を樹海で生き延びてきたガーベラは、危機感知能力に優れている。
 敵意には敏感だ。

 そんな彼女相手に、気付かれずに幻惑を仕掛けるなんて、チート持ちだって可能かどうか……。

 しかし、現実に彼女は幻惑の攻撃を喰らっている。

 不思議ではあるが、実際にそうである以上、『敵』はそうした存在なのだと考えるべきだろう。

 これは、かなりまずい状況といえる。

 唯一、幸いなことがあるとしたら、いまのところ、この『敵』はおれたちを幻惑にかけただけで、危害を加えてくる様子がないことだろうか。

 これもまた、考えてみれば、不思議なことではある。
 幻惑にかけたのなら、さっさと攻撃を仕掛けてくればいいはずなのだから。

 その結果が、現状の奇妙な膠着状態というわけだった。

 だが、それだっていつまで続くかわからない。

 この『敵』が攻撃を仕掛けてきた目的がわからない以上、いまが無事だからといって安心なんてできるはずがなかった。

「かといって、警戒を続ける以外に方法がないのが歯痒いところだな」
「ゴシュ、サマ?」

 唇を噛んだそのとき、おれの腕にアサリナがしゅるりと巻きついてきた。

「どうした、アサリナ?」

 考え込んでいたおれは、緑色の相棒へと視線を落とした。

「ミンナ、キケン……キヅク。チガウ?」

 なにか思い付いたことがあるのか、アサリナは一生懸命な様子で言葉を紡いだ。

「えっと、どういう意味だ?」

 しかし、おれには彼女がなにを言いたいのかが理解できない。

「キケン、ミンナ……キヅクノ!」

 軋んだ声で、同じ言葉が繰り返される。
 やっぱり、よくわからない。

「いや。気付いていないだろう?」
「チガウ。キヅクノ……」
「違うのか?」
「サマー……」

 ぐにゃんとアサリナが萎れた。
 違うらしい。

 アサリナの言葉はわかりづらい。
 当たり前のことだが、言葉が話せるからといって、意図が伝わるとは限らないのだ。

 困って頭を掻いたおれの前で、アサリナがぴくんと頭をもたげた。
 何事かと見守っていると、開け放たれた窓に向かって、するすると伸びていく。

「外になにかあるのか?」
「サマー」

 あるらしい。

 おれはアサリナを追って、窓際に近付いた。

 窓の外を見下ろすと、そこにはシランとケイのふたりがいた。
 ふたりとも木剣と大盾を手にしている。

 どうやらシランがケイに稽古をつけてやっているようだった。

 もう長い時間やっているらしく、ケイは汗みずくになっていた。
 シランの肌は少しだけ汗ばんでいるが、こちらはまだまだ余裕がありそうだ。

「……」

 また、頭痛だ。

 多分、これはシランのほうだろう。
 この違和感にも慣れ始めたおれは、片眉をしかめただけでやり過ごした。

 そうする間も、眼下では木剣の打ち合わされる音が響いている。

「そこ、踏み込みが甘いですよ」
「は、はい!」

 ケイの本気の打ち込みを盾で受け止めて、シランは落ち着き払った声で指摘する。

 シランが攻撃に出ると、ケイは必死でそれに対応しようとした。
 あるときは盾が間に合い、あるときは間に合わずに寸止めされる。

 どうやらシランは、ケイに反応できるぎりぎりのラインで剣を繰り出しているらしかった。

「……やっぱり、すごいな」

 シランが剣を振るう姿を見るのは、久しぶりのことだ。

 彼女が剣を持つことは、最近なかった。
 なにか理由があった気がするのだが、それは思い出せない。

 久しぶりに目の当たりにしたシランの剣捌きは、美しいの一言だった。
 チリア砦で初めて見たときもそうだったが、惹き込まれるものがあった。

 おれがシランの剣に魅入られているうちに時間は過ぎ、最後は、防具をつけた胸部を突かれたケイが引っ繰り返って、稽古は終わった。

「今日はこれで終わりです」

 少しだけ息をあげたシランが告げる。
 地面に大の字になったケイは、息も切れ切れにこれに応えた。

「あ、りがと……う、ござ……ます」
「よく頑張りました」

 訓練の厳しさとは打って変わって、やわらかな声で言うと、シランは水筒と汗拭きの布を持ってくる。
 その間に息を整えていたケイは、少しふらふらしながらも身を起こした。

 シランから水筒を受け取ると、喉を潤す。

 ぷはっと息をついたケイが、口を開いた。

「姉様。もう少し稽古、お願いできませんか?」
「無理はいけませんよ」

 シランが諭すと、ケイは少しむくれ顔になった。

「だけど、孝弘さんはもっとぎりぎりまで頑張ってます」
「孝弘殿の姿勢は立派ですし、それを見てもっと頑張ろうと意気込むあなたの志は褒められるべきものです。しかし、あなたはまだ体ができあがっていません」

 むくれるケイに、シランは穏やかな調子で言い聞かせた。

「あまり無理をし過ぎると、心にも体にも悪い影響を残しかねません。……背が伸びませんよ?」
「……そ、そんなことないもん。嘘だもん。わたしくらいの年の頃の姉様の訓練は、すごかったって聞いてるけど、姉様、背は高いし、スタイルもいいもん」
「なぜあなたがそれを知って……ああ、先輩騎士の誰かですか。マーカスあたりですね、まったく、あの人は……」

 嘆息したシランに、ケイは拗ねと甘えが半々の声で訴えかける。

「わたしは、姉様と同じくらいになれたらいいんだもん」
「わたしと同じではいけませんよ、ケイ」
「だけど……」
「あなたはもっと、本当の意味で強い騎士にならねばなりません」

 言いながら、シランは手を伸ばした。
 むくれながらも、素直なケイはその手を取ろうとする。

 しかし、手を差し出そうとするシランの動きは、その途中で不自然に固まった。

「姉様……?」
「……いえ。なんでもありません」

 シランが改めて手を伸ばすと、不思議そうにしながらもケイはその手を取った。

 騎士として鍛えられた膂力で、シランは軽々とケイを立ち上がらせる。
 そして、その勢いのままケイを引き寄せて、両腕で抱き締めた。

「ね、姉様?」

 戸惑うような、ケイの声があがった。

「ケイ。あなたは……」

 おれのところまで聞こえるか聞こえないかの穏やかな声で、シランが言った。

「あなたはいずれ、素晴らしい騎士になるでしょう。同盟第三騎士団はなくなってしまいましたが、アケルには護国騎士団があります。帝都から団長が帰ってきたら、そのあたりの話をしてみましょうか」

 おれの位置からは、シランのうしろ姿しか見えない。
 どんな表情をしているのかもわからない。

 ただ、穏やかな空気が流れているのはわかった。

「本当に……本当に姉様は、わたしが姉様みたいな立派な騎士になれると思う?」

 抱きしめられたケイが問い掛ける。

 シランはあまり器用とはいえない手つきで、ケイの頭を撫でた。

「ええ。あなたはあの兄様の娘で……わたしの、自慢の姪なのですから」
「姉様!」

 叫んだケイが、ぎゅっとシランの体に抱きついた。

「嬉しい、姉様! ……でも、どうして急にそんなことを?」
「どうしてでしょうね。なぜだか、この機会を逃したら駄目だと思ったのです」

 ……幸せそうなふたりを、これ以上こっそり見ているのも悪い。

 おれは窓際から離れた。

 目にした光景の温かさと、結果的に覗き見をしてしまった後ろめたさを胸に抱きつつ、小さく嘆息する。

 そして、一拍遅れて、気付いた。

「ああ、これは明らかにおかしいな」
「サマ?」

 いまのは、絶対にありえないことだ。

 もちろん、シランがケイを抱きしめることを言っているのではない。
 いいや。それもひょっとするとおかしなことなのかもしれないが、少なくともおれが気付いたおかしさはそこではなかった。

「おれが見ていたことに、あのシランが気付かないはずがないものな」

 シランには、契約精霊がいる。
 覗き見なんてできないことは、彼女に出逢ったそのときには知っている。

 これは、おかしい。
 しかし、本当におかしいのはそこですらなかった。

「……どうして今回に限って、おれはなにがおかしいのかわかった?」

 なにかおかしいことはわかっても、なにがおかしいかはわからない。
 それが、おれの現状だったはずだ。

 つまりは、これはイレギュラー。
 なにかが違った、ということだ。

 なにが違ったのかはわからない。
 ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。

 ――なんのためにどういう人が、そうしているのかな?

 精霊の感知が効かなかった結果、おれはシランとケイの姿を覗き見することになった。
 だったら、この『敵』は見せたかったのだ。

 幸せそうな、シランとケイの姿を。

「だが、どうして……」

 おれは、更に考えを進めようとした。
 しかし、それは叶わなかった。

「主殿!」

 次の瞬間、大きな音を立てて、扉が開け放たれた。
◆もう一回更新します。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ