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企画提出作品集(短編中心)

アルビナと氷の竜

作者: 長谷川

      挿絵(By みてみん)



 これは、遠い遠い北国のお話。


 とある小さな森の村に、アルビナという女の子が暮らしていました。


 アルビナは、とてもさみしい女の子でした。

 なぜならアルビナは、生まれつきかみも肌も真っ白。

 おまけに赤いひとみのせいで、村の子どもたちから「魔物まものの子!」といじめられ、

 仲間はずれにされていたのです。


 それはとある冬のこと。

 その日もアルビナはひとり、泣きながら森の中を歩いていました。



挿絵(By みてみん)



 目指したのは、森の奥にある小さな湖。

 その湖はまるでかがみのようにまわりの景色けしきうつすことから、

 村の人々に「鏡湖かがみこ」と呼ばれていました。


 アルビナは悲しいできごとがあると、いつもこの鏡湖へやってきます。

 なぜなら鏡湖をのぞきこむと、そこにはもうひとりのアルビナがいて、

 いつもアルビナをなぐさめてくれるからです。


「どうしたの、かわいそうなアルビナ。

 ああ、今日もいじめられて泣いているのね」


 鏡湖の中のアルビナはどんなときもにこにことして、

 アルビナにやさしい言葉をかけてくれました。


「だいじょうぶよ、アルビナ。だってあなたはなんにも悪くないんだから」


「悪いのはみんな、あなたをいじめる悪ガキたちの方」


「だからあなたが悲しむことなんてなんにもないのよ、アルビナ」


「あいつらにはいつかきっと、神さまが天罰てんばつをくだしてくださるわ」


 アルビナは湖に映った自分の言葉に、にっこり笑ってうなずきます。


 その次の日も、そのまた次の日も、アルビナは鏡湖へかよいました。

 森には雪がふり、木も道も真っ白。

 アルビナが吐く息も白く染まって、冷たい北風の中へ消えてゆきます。


 けれどもその日、アルビナはおどろきました。

 なぜなら鏡湖へつづくけもの道に、あおい水たまりができていたからです。

 その水たまりは、鏡湖とはちがう方向へ点々とつづいていました。


「なんてふしぎな水たまりかしら。

 まわりはこんなに寒いのに、ちっとも凍ってないなんて」


 アルビナが昨日森へきたときには、こんな水たまりはありませんでした。

 ふしぎに思ったアルビナは、その水たまりをたどって森の中へと進みます。


 すると、なんということでしょう。

 森の奥ではアルビナが見たこともないほど大きな生きものが、

 体を丸めて眠っていました。


 頭からのびた二本の角に、長いしっぽ。

 たくましい一対のつばさと、馬のように生えた銀色のたてがみ。


 けれどもっともアルビナの目を引いたのは、

 その生きものの全身をおおう氷色のうろこでした。


「なんて美しい生きものだろう。まるで氷の化身けしんのようだわ」


 と、アルビナは思います。


 その生きものは、おとぎ話の中に登場する「竜」という生きものでした。

 しかし、こんな近くで本物の竜を見たのはアルビナもはじめてです。


 アルビナは竜の体があまりに大きいので、こわくなって木かげに隠れました。

 ところがよくよく目をこらせば、

 なんとその竜はおなかから碧い血をながしています。


 そう、アルビナが碧い水たまりだと思ったものは、

 竜の傷口からあふれた血だったのでした。

 それも小さなアルビナの身長と同じくらいもある、とても大きな傷口です。


「まあ、大変。この竜さん、ひどいけがをしているのだわ」


 そう思ったアルビナは、急いで竜にけ寄ろうとしました。

 ところがそのとき、アルビナの足音に気づいた氷の竜が目を覚まし、

 ぐんと長い首をもたげます。

 おどろいて足を止めたアルビナを、竜はギロリと見下ろしました。


「近寄るな、人間。それ以上私に近づいたら、丸飲みにしてしまうぞ」


 氷の竜は、低くおそろしい声で言いました。

 大きな口にはするどい牙がずらりと並び、

 アルビナなど本当にひと飲みにされてしまいそうです。


 それを見たアルビナは、竜のことがますますこわくなりました。

 けれど、こんなに美しい生きものがひどいけがをしているのに、

 見すごすことなんてできません。


「だいじょうぶよ、竜さん。わたしはあなたの敵じゃないわ。

 それより、おなかの傷をみせてほしいの」


 竜はけもののようにうなりました。


「そんな言葉にはだまされないぞ。

 どうせおまえも私の額の石が目当てなのだろう」


「額の石? なぜ?」


 アルビナはあらためて竜を見上げました。

 なるほど、竜の額には大きな青色の宝石が輝いています。

 その宝石があんまりきれいだったので、アルビナはつい見とれてしまいました。

 竜はそんなアルビナを用心深く見つめます。


「この石には、くだいて飲めばどんなやまいもたちまちなおす力がある。

 だからおまえたち人間は、私をねらっているのだろう」


「そうなの? そんな話、はじめて聞いたわ」


「いいや、うそだ。おまえはそれを知っているはずだ。

 私は、そんなうそにはだまされない」


「なら、わたしはこれ以上竜さんに近づかないわ。

 でもね、この森の奥には、鏡湖って呼ばれる湖があるの。

 その湖の水はとってもきれいで、かればどんな傷もなおしてしまうのよ。

 そこへ案内してあげるわ」


 アルビナはそう言って、鏡湖のある方角を指さしました。

 実はアルビナは、ほとんど毎日のように鏡湖へ通っているので、

 けがをした森の動物たちが、

 ときどきあの湖で傷をやしていることを知っていたのです。


 しかしそれを知らない氷の竜は、なおもアルビナをうたがいました。

 このむすめはきっとうそをついていて、その湖のそばでは、

 人間の仲間が武器ぶきを持って隠れているにちがいない、と思いました。


 ですが、おなかの傷はじくじくと痛み、とてもがまんができません。

 そこで竜は言いました。


「わかった。そこまで言うなら、おまえについていってやる。

 でも、もしもその言葉がうそだったり、

 おまえの仲間が私をまちぶせしていたら、

 そのときはおまえを丸飲みにしてやるからな」


 アルビナはこくんとうなずいて、竜を湖へ案内しました。

 鏡湖は今日もうつくしく、しんと静まりかえっています。



挿絵(By みてみん)



 竜は用心深くまわりの様子をたしかめると、おそるおそる湖へ入りました。


 するとふしぎなことに、竜の傷からはたちまち白い湯気ゆげが上がり、

 痛みがすうっと引いていくではありませんか。


「どう、竜さん? 少しは痛くなくなった?」


 遠くからそうたずねてくるアルビナを見て、竜はうなだれました。

 アルビナの言葉が本当だったことを知って、

 それを信じられなかった自分が、とてもはずかしくなったのです。


「ありがとう、人間のむすめよ。

 どうやら私は、とてもひどいかんちがいをしていたようだ」


「いいのよ、竜さん。あなたもきっと人間にいじめられて、

 とても悲しい思いをしたのね」


 アルビナは自分も村の子どもたちにいじめられ、

 とてもつらい思いをしたので、竜の気持ちが分かるような気がしました。

 竜もそんなアルビナのやさしい気持ちを感じ取り、

 それからはアルビナに心をゆるすようになったのです。


 それから数日後。

 アルビナはその日も鏡湖へ足を運びました。


 けれどもアルビナの足取りは軽いのです。

 なぜなら鏡湖では、あの氷の竜がアルビナを待っていました。

 竜の傷はあまりに大きく、深く、

 その傷をなおすには、何日も湖の水に浸かっている必要があったからです。


「こんにちは、竜さん」


 アルビナが笑顔であいさつすると、竜も笑って言いました。


「こんにちは、アルビナ」


 この数日の間に、ふたりはすっかり仲のいい友だちになっていました。

 アルビナにとっては、生まれてはじめての友だちです。


 おなかの傷がなおるまで湖を出ることができない竜は、

 アルビナが毎日おみまいにきてくれるお礼に、いろいろな話をしました。

 竜は遠い遠い西の大陸から空を旅してやってきたので、

 いろんな国のいろんなお話を知っていたのです。


 アルビナは毎日毎日、竜の話を聞くのが楽しみでしかたがありませんでした。

 毎日森が暗くなるまで竜のそばにいて、

 もっとたくさん話を聞かせてほしいとせがみました。


 けれどもある日、そんなアルビナに竜が問いかけます。


「アルビナ。君は毎日私のところへおみまいにきてくれるけれども、

 村でいっしょにあそぶ友だちはいないのかい?」


 竜のその問いかけに、アルビナは暗い顔をして言いました。


「友だちなんていないわ。

 わたしとあそんでくれる友だちは、竜さんただひとりだけ」


「どうして? 村には同じ年ごろの子どもがいないのかい?」


「子どもは他にもたくさんいるわ。でも、みんなわたしをいじめるの。

 わたしの目が赤いから、魔物の子どもだと言って、

 みんなで仲間はずれにするの。

 わたしだって、好きでこんな色の目に生まれてきたわけじゃないのに……」


 話しているとなんだか悲しくなって、アルビナはぽろぽろ泣いてしまいました。

 そんなアルビナを見ていると、竜も悲しい気持ちになりました。

 大事な友だちであるアルビナが傷ついて涙をながすのを、

 竜はだまって見ていられなかったのです。


「ねえ、竜さん。やっぱり竜さんも、赤い目なんて変だと思う?

 わたしのこと、気味が悪いと思う?」


「そんなことはないよ、アルビナ。むしろ君の目はとてもきれいだ。

 まるではるかかなたの大海に沈む夕日のようだ。

 それに、その真っ白な髪も、とてもきれいだよ。

 私ははじめて君を見たとき、雪の妖精ようせいかと思ったのだから」


 そんな竜の言葉を聞いたアルビナは、びっくりして竜を見上げました。

 なぜなら自分の髪や瞳のことをそんな風に言ってもらえたのは、

 生まれてはじめてだったからです。


 アルビナはそれがとってもうれしくて、

 うれしくてうれしくてまた泣いてしまいました。

 ところが、それを見た竜はあわてます。


「あ、アルビナ、どうして泣くんだい?

 今の言葉で君を傷つけたのなら、あやまるよ」


「ちがうわ、竜さん。わたしはうれしくて泣いているのよ」


 アルビナは、やさしい竜のことがますます好きになりました。

 竜もそんなアルビナをいとおしく思うようになりました。


 ところが、そんなある日のこと。

 アルビナの暮らす村に突然、王さまのいるみやこからおふれが届きました。


 なんでも今の王さまが重い病にかかっていて、その病をなおすために、

 竜の石を手に入れたものには金銀財宝のほうびをおくるというのです。


 そのおふれに書かれている「竜の石」とは、

 竜の額についているあの大きな宝石のことだと、

 アルビナにはすぐに分かりました。


 けれどもあの石は竜の命そのもので、

 石をなくすと竜はたちまち死んでしまうのです。


 そのことを氷の竜から聞いて知っていたアルビナは、

 村の人たちが鏡湖の竜に気がついてしまったらどうしようと、

 とても心配になりました。


 竜の傷はもうだいぶ癒えていましたが、

 また自由に空を飛べるようになるには、もう少し時間がかかりそうなのです。


 アルビナはそのことを氷の竜に伝えなければと思いました。

 けれどもその次の日の朝、アルビナはお父さんに言われます。


「アルビナ。昨日の王さまのおふれを見て、

 この村にも竜をさがす人々があつまっている。

 その中にはこわい人もたくさんいるから、しばらく外に出てはいけないよ。

 おまえの赤い目を見たら、その人たちがなにをするか分からないのだから」


 アルビナは困りました。

 自分を心配してくれるお父さんの気持ちは分かりましたが、

 それでは竜に危険を知らせることができません。


 そこでアルビナはその日の晩、両親がすっかり眠ったころを見はからい、

 こっそり鏡湖へ向かいました。

 夜の森は暗く不気味ぶきみで、アルビナは足早に湖までの道を急ぎます。



挿絵(By みてみん)



「竜さん、竜さん」


 と、湖へつくなり、アルビナは竜を呼びました。

 その声を聞きつけた氷の竜は、湖の中から長い首を伸ばします。

 竜はその日、毎日湖へあそびにくるはずのアルビナが

 すがたを見せなかったので、心配して眠らずに待っていたのです。


「アルビナか。よかった。

 今日はすがたが見えなかったから、なにかあったのかと心配したよ」


「ごめんなさい。実はね、今日はね……」


 と、アルビナは昼間のうちに会いにこれなかった理由を話そうとして、

 不意に思いとどまりました。

 その日は空がよく晴れていて、

 満天の星と月の光が、地上を明るく照らしています。


 そしてその光が鏡湖に自分のすがたを映すのを、アルビナは見たのでした。

 湖に映ったもうひとりのアルビナは、本物のアルビナを見るなり、

 ニタリとあやしい笑みを浮かべます。


「ああ、やさしいアルビナ。

 あなたは氷の竜を心配して、おふれのことをおしえにきたのね。


 だけど、本当にそれでいいの?

 あなたが本当のことを話せば、竜さんは遠くへいってしまうわ。


 竜さんは、あなたのたったひとりのお友だち。

 その竜さんとはなればなれになるなんて、あなたは本当にそれでもいいの?」


 アルビナは言葉を失いました。

 まったくもうひとりの自分の言うとおり。

 今ここでおふれのことを話せば、氷の竜は身を守るため、

 アルビナを置いていってしまう。そう気がついたのです。


「竜をさがして村にあつまった人たちには、明日、

 青い竜がずっと向こうへ飛んでいくのを見たと言えばいいわ。

 そうすればみんなそれを信じて、すぐに村を出ていくはず。

 あなたも竜さんとはなればなれにならずにすむのよ」


 もうひとりのアルビナは、ゆらゆら揺れる水の中から、

 なおもアルビナにささやきつづけました。


 けれど、たしかにその声の言うとおり、

 アルビナが村のみんなにうそをつけば、

 これからも氷の竜といっしょにいることができます。


「どうしたんだい、アルビナ?」


 アルビナがそんな考えにとらわれ、何も言えずに立ちつくしていると、

 氷の竜が心配そうに尋ねました。

 その声でハッとしたアルビナは、とっさにうそをついてしまいます。


「あ、あのね、なんでもないの。

 ただ今日は、お父さんとお母さんに家の手伝いをさせられて……

 もうすぐ雪が深くなるから、村ではそのための準備をしなきゃいけないの。

 だから、もしかしたらこれからは、昼間はこられなくなるかもしれないわ」


 それを聞いた氷の竜は、「そうなのか」と、少しだけさみしそうに言いました。


「アルビナに会えないのはさみしいが、そういうことならしかたがないね。

 私は氷の竜だから、寒いのなんてへっちゃらだが、

 人間はそうもいかないからね」


「うん、うん、そうなの。だけど夜はなるべく会いにくるようにするから」


「ありがとう。だけど、あまりむりをしてはいけないよ。

 夜の森はとても暗くてあぶないのだから」


 心配する氷の竜に、アルビナは「だいじょうぶよ」とうなずきました。

 竜にうそをついてしまったことは気がとがめたけれど、

 それよりも竜が自分と会うのを楽しみにしてくれていることが

 とてもうれしかったのです。


 その晩、アルビナはいつものように竜とたくさんおしゃべりをして、

 楽しい気持ちで村へかえりました。


 ところが、その翌朝よくあさのこと。

 アルビナはお父さんに呼び出され、きびしい顔でこう言われたのです。


「アルビナ。あんなに外へ出てはいけないと言ったのに、

 おまえは昨日の晩、ひとりで森へ行ったそうだな。

 村のはずれにいる森番もりばんが、夜中、おまえが森へ入るのを見ていたんだ。


 しかもこっそりあとをつけたら、なんと鏡湖に竜がいたと言うじゃないか。

 おまえはその竜のことを知っていたんだな。

 なのにどうしてそのことを言わなかったんだ?」


 氷の竜のことを問いつめられて、

 アルビナはサーッと体が冷たくなるのを感じました。

 森番が竜のすがたを見たということは、

 きっともう村中に氷の竜のことが知れ渡っているにちがいありません。


「王さまの病をなおすには、どうしても竜の石が必要だ。

 今朝早く、腕ききの戦士せんしたちがその石を求めて、鏡湖へと出かけていった。

 おまえが言葉をかわしていた竜のことは、もう忘れなさい。

 そして二度とあの湖へ行ってはいけない」


「だめよ、そんなの!」


 アルビナはさけびました。

 鏡湖に村の戦士たちが向かったと聞いたとたん、

 アルビナの胸ははりさけそうになりました。


 竜をさがしてあつまった戦士たちはみな、

 すぐれたけんや弓のわざを持っています。

 そんな戦士たちにいっせいにおそわれたら、

 けがをした氷の竜はひとたまりもありません。


 アルビナはお父さんが止めるのをふりきって、急いで家を飛び出しました。

 雪のつもる森を抜けて、走って走って、必死で鏡湖へ向かいます。


 するとやがて遠くから、竜のほえる声が聞こえてきました。

 まるで大地をふるわすようなおそろしい声です。


 アルビナが鏡湖についたとき、そこでは氷の竜と戦士たちが戦っていました。

 竜を囲んであちこちから矢をかける戦士たちに対し、

 竜は長いしっぽでやり返したり、つばさで突風を起こしたりしています。


 しかしやがて追いつめられた氷の竜は、大きな口をぐわりと開けて、

 のどの奥から氷の息を吐き出しました。

 すると、まるで吹雪ふぶきのように冷たい竜の息は、

 剣をかまえた戦士をたちまち凍らせてしまったではありませんか。


 とたんにアルビナはおそろしくなりました。

 だって、あんなにやさしかった氷の竜が、

 今はいかりでわれを忘れ、人を氷づけにしているのです。


 アルビナはそんな竜のすがたを見ていられなくなって、

 木かげから飛び出しました。


「やめて、竜さん! もうやめて! これ以上だれも傷つけないで!」


 アルビナはいつものやさしい竜に戻ってほしくて、そうさけびました。

 ところがそんなアルビナを見た竜は、たちまちいかりをあらわにします。


「人間め。やはり私をうらぎったのだな。

 今日まで私にやさしくしていたのは、

 油断ゆだんさせて仲間におそわせるつもりだったからだな。

 やはり、人間を信じた私がおろかだった。

 もう二度とおまえたちのことなど信じるものか!」


 竜は悲しい声で一声そうさけぶと、大きなつばさを広げました。

 そうしてあたりにつよい風をまきおこし、大空へ飛び立ってしまったのです。


 アルビナは必死で氷の竜を呼びましたが、竜はまったくそれにこたえず、

 傷ついた体でどこかへ飛んでいってしまいました。

 氷の竜はアルビナが戦士たちをけしかけたのだとかんちがいしたまま、

 アルビナの前からいなくなってしまったのです。


 アルビナはそれが悲しくて悲しくて、声を上げて泣きました。

 それからも毎日湖へ通い、氷の竜が戻ってきてくれるのを待ちました。


 しかし、どんなに待っても竜はもう戻ってきません。

 アルビナは深い悲しみに暮れたまま、湖をのぞきこみました。


「ああ、かわいそうなアルビナ。

 あなたはついにたったひとりの友だちにもうらぎられてしまったのね」


 そのとき、湖面こめんに映りこんだもうひとりのアルビナが笑いながら言いました。


「でも、しかたのないことよ。あなたはなんにも悪くないわ、アルビナ。

 悪いのはぜんぶあの竜よ。

 だって、あなたがあんなに親切にしてあげたのに、

 あいつはその恩をあだで返したのだから。


 うらぎりものはあの竜の方。あなたはちっとも悪くないの。

 だから、あんな恩知らずのことは忘れましょう。


 あんなやつ、もうどうなったっていいじゃない。

 いいえ、むしろあなたを傷つけて、悲しませたあの竜には、

 きっと天罰がくだるはずだわ。

 そうしてもっとひどい目にあってしまえばいいのよ。

 あんなやつ、あんなやつ……」


 湖に映ったもうひとりのアルビナは、そう言ってアルビナをなぐさめました。

 けれどもアルビナの頭には、

 氷の竜といっしょにすごした楽しい思い出が次から次へよみがえってきます。


 とたんにアルビナは涙をながし、決然けつぜんと立ち上がりました。

 そうして足元の石を拾い上げ、

 あまい言葉をささやくもうひとりの自分へ向けて、その石をふり上げたのです。


「ちがう、ちがうわ! あなたはまちがっている!

 だって、わたしは竜さんにうそをついた。

 竜さんが遠くに行ってしまうのがイヤで、

 竜さんがあぶない目にあうと分かっていたのに、そのことを伝えなかった!

 わたしがそんなずるいことをしたから、竜さんは傷ついたのよ!

 竜さんはなにも悪くない! 悪いのはうそつきのわたしの方よ!」


「あら、ひどいじゃない。せっかく人がなぐさめてあげているのに。

 それに、あなたがいまさらそんなことをさけんだところで、

 もう竜さんはいないのよ。

 きっと竜さんはあなたをうらぎりものだと思いこんで、

 一生うらむにちがいないわ。

 そんなやつ、もう友だちでもなんでもないじゃない。

 なのにどうしてあいつをかばうの?」


「あなたは相手が自分の言いなりにならなかったら、

 それは友だちじゃないというの?

 そんなの、本当の友だちじゃないわ。

 友だちはあなたにつかえる奴隷どれいじゃない。

 たとえ竜さんがわたしをゆるしてくれなくても、

 竜さんはわたしの大事な友だち。

 その竜さんを悪く言う人は、ぜったいにゆるさない!」


 アルビナはきっぱりとそう言って、もうひとりの自分へ石を投げつけました。

 投げた石は湖に吸いこまれ、波紋はもんが広がり、

 次に湖をのぞいても、もうそこにもうひとりのアルビナはいません。


 アルビナは決意けついしました。

 たとえ氷の竜が自分をゆるしてくれなくとも、

 うそをついて傷つけたことを、ちゃんとあやまりにいこうと思いました。

 氷の竜のことが本当に大切だから、そうしたいと思ったのです。


 その日から、アルビナの長い旅がはじまりました。

 アルビナは氷の竜が、もしもけががなおったら、

 仲間のいる西の大陸へかえりたいと言っていたことをおぼえていました。

 あの日飛び去った氷の竜は、きっとそこにいるにちがいありません。



挿絵(By みてみん)



 春の海を超え、



挿絵(By みてみん)



 夏の砂漠を渡り、



挿絵(By みてみん)



 秋の荒野を横切って、



挿絵(By みてみん)



 ついに竜のすむ山へ。


 気づけばアルビナが故郷こきょうの村を旅立ってから、

 ちょうど一年がたっていました。


 季節はめぐり、ふたたび冬。

 竜たちが暮らしているという岩山は冷たい雪でおおわれています。


 しかし、アルビナはひるみませんでした。

 ここまでの長くけわしい旅で、小さかったアルビナは、

 ひとまわりもふたまわりもつよく成長していたからです。


 アルビナは意を決して、吹雪の岩山をのぼりはじめました。

 つえをつき、歯をくいしばって、急な山道を一歩一歩進みます。

 吹きつける風は冷たく、油断するとがけから落ちてしまいそうでしたが、

 どんなに苦しくともアルビナは負けませんでした。


 ところがそのとき、ゴウッとひときわつよい風がアルビナの頭上で吹きました。


 おどろいて顔を上げてみると、

 なんとそこにはあの氷の竜がいるではありませんか。


「竜さん!」


 一年ぶりに氷の竜と会えたよろこびに、アルビナは思わず声を上げました。

 ところが大きな岩の上にり立った氷の竜は、

 じっとアルビナを見下ろしたままなにも言いません。


 もしかして竜さんは、わたしのことを忘れてしまったのかしら?

 と、アルビナはちょっぴり不安になりました。


 けれどアルビナは勇気をふりしぼり、吹雪の中で必死に竜へ呼びかけます。


「竜さん、わたしよ。アルビナよ。

 わたしたちがおわかれしてから、

 もうずいぶん長い時間がたってしまったけれど、おぼえているかしら?」


「ああ、もちろんおぼえているとも」


 竜の低い声がひびき、アルビナはぱっと笑顔になりました。

 けれども竜は岩の上から、冷たいまなざしをそそいできます。


「いまさらなにをしにきた、人間よ。

 ここはおまえのようなやつがやってきていい場所ではない。立ち去るがよい」


 次にふってきた竜の言葉は、アルビナをさげすみ、

 追い払おうとするものでした。


 アルビナはそれを聞いて、とても悲しくなりました。

 氷の竜は、やはりうそつきだった自分をゆるしてはくれないのだと思いました。


 でも、アルビナはそれでもよかったのです。

 だって、氷の竜は今もアルビナの大事な友だち。

 だからこうして一目会えただけで、アルビナはとてもしあわせだったのです。


「あのね、竜さん。わたし、あのときのことを謝りにきたの。

 あの日、わたしはたしかにあなたをうらぎったわ。

 本当はあの湖にいては危険だと竜さんに伝えにいったのに、

 せっかくお友だちになれた竜さんとおわかれするのが悲しくて、

 とっさにうそをついてしまったの。

 そのせいで、竜さんをとても傷つけた……本当にごめんなさい」


 アルビナが本当のことを告げて謝っても、竜はなにもこたえませんでした。

 けれどもアルビナは笑って、こんどこそちゃんとおわかれを言います。


「ねえ、竜さん。竜さんはわたしのこと、ゆるしてくれないかもしれないけど……

 それでも竜さんは、わたしの大切な友だちよ。

 この赤い目のこと、きれいだって言ってくれて、とてもうれしかった。

 こんなわたしと友だちになってくれてありがとう」


 そのときでした。

 突然地鳴じなりのような音が聞こえ、

 アルビナは岩山がブルブルふるえるのを感じました。


 あっと思って顔を上げたときには、

 山の上から雪の津波つなみが押し寄せてきます。

 雪崩なだれが起きたのです。


「きゃーーーっ!」


 アルビナははげしい吹雪の中で逃げることもできず、

 雪崩に巻きこまれてしまいました。

 あっという間に目の前がまっくらになり、アルビナは気を失ってしまいます。


 それからどれくらいのときがながれたのでしょうか。

 アルビナは雪に飲みこまれたはずの自分の体が、

 ふしぎとあたたかいのを感じて目をさましました。


 もしかして、わたしは死んでしまったのかしら。


 そう思いながら目を開けてみると、

 なんとそこには氷の竜がいるではありませんか。


「竜さん?」


 気づけばアルビナは、

 吹雪の届かないどうくつの中で氷の竜に抱かれていました。

 竜の体は冷たそうな色をしているのに、ふれるととてもあたたかいのです。


 氷の竜はアルビナがぶじに目をさましたことを知ると、

 涙をながして言いました。


「ああ、アルビナ。ぶじに目をさましたんだね。

 よかった。本当によかった……」


 氷の竜はなんどもそう言って、ぽろぽろと涙をこぼしました。

 アルビナが雪崩に飲みこまれたあと、氷の竜は必死でアルビナをさがし、

 すっかり冷たくなってしまったアルビナを見つけて悲しみにくれていたのです。


「竜さん、あなたがわたしを助けてくれたのね。どうもありがとう。

 でも、どうして? 竜さんはわたしのことをうらんでいたんじゃなかったの?」


「そうだよ、アルビナ。私はこの一年、ずっと君のことをうらみつづけていた。

 だけど君がこのけわしい雪山をのぼって、私に会いにきてくれたのだと知って、

 私はようやく気がついたんだ。

 あのとき君はたしかにうそをついたかもしれないが、

 私をだまして命を取ろうとしたわけではなかったのだと……


 なのに私は君をうたがい、君にひどい言葉を投げつけた。

 私は自分がかわいかったのだ。

 君のことを友だちだと言いながら、本当は自分の方が大事だった。

 だから君を悪者にしたてあげ、自分だけを守ろうとした。


 なのに君は、そんな私にもう一度会うために、

 命がけでこの山をのぼってきてくれた……

 私はそれがうれしかったのだ。

 身勝手みがってな話だね。

 本当にごめんよ、アルビナ。ごめんよ……」


 氷の竜はそう言って、なおも涙をながしつづけました。

 けれどもアルビナは、そんな氷の竜におこったりはしませんでした。

 ただ大きな竜の体を抱きしめて、にっこり笑ってこう言ったのです。


「いいのよ、竜さん。だってあなたはこうしてわたしを助けてくれたんだもの。

 たとえけんかをしたって、竜さんはわたしの大事な友だち。

 それは今も今までも、これからだって変わらないわ」


 氷の竜はアルビナに感謝かんしゃしました。

 一年のときをて、アルビナと氷の竜は、

 こんどこそ本当の友だちになれたのです。


 それからアルビナは竜たちの村にむかえられ、

 おばあさんになるまで氷の竜といっしょに暮らしました。


 ふたりはどんなことがあってもおたがいに支え合い、

 ずっとしあわせに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。



       挿絵(By みてみん)


                           (イラスト:偽尾白様)


 

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[良い点] 素敵なお話ですねーーっ! イラストも、とっても綺麗でした!!
[良い点] すてきなお話、ありがとうございました! 仲直りできてよかった。
[一言]  独りぼっちでありながら友達の竜のために懸命に旅を続け、彼に想いを伝えるアルビナの一途さに心打たれるお話でした。 美しく分かりやすい文章と、美麗な挿絵が読む者の心を温かくしてくれる美しい童話…
2018/01/01 17:01 退会済み
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