ニートVS吸血鬼
ごめんなさい
年間の行方不明者数がスゴイ。
なんでも、毎年数万人の行方不明者がいるそうだ。
捜索願が出された人数だけでも8万人近くいるらしい。
借金などで自ら姿をくらます人がいる。
ただの家出もいる。
何らかの事情で名前を変えて新生活を送っている人もいればホームレスになっている人もいるだろう。
ヤクザにコンクリート詰めにされて東京湾に沈められる人もいれば、UFOにアブラクられる人もいる。
異世界に召喚されたり、変なゲームにログインして帰れなくなった状態のままエタったりして帰って来れないなど、さまざまな行方不明者がいる。
だがしかし、8万人は多すぎるのではないだろうか。
せいぜい7万五千人くらいなのではないだろうか。
じつはこの年間の行方不明者の中の2千人ほどは、吸血鬼に政府公認で食料として狩られているのだ。
あれ計算が合わない。
……だが、まぁいい。
何はともあれ、吸血鬼は実在する!
なぜ断言できるかって?
目の前にいるからさ! さらに丁寧に食糧についてもレクチャーしてくれている。
「香水とか整髪料とかな。ああいうのをベタベタつけているのは旨くない。わかるだろう、臭い食べ物なんか食いたくないって事。ラーメンとかハンバーガーとかああいう化学調味料が入った食べ物で育った食べ物も旨くない。やはり天然物がいいんだよ。わかるね?
母親が丹精込めて無農薬野菜で育ててくれたゆうすけ君?
部屋から一歩も出ることなく、腹筋ばかりして過ごしてきたゆうすけ君?
君は本当に食べられるために生きてきたような素晴らしい食材だよ!」
三軒隣のヨシコ(13)ちゃん。この子が二階の窓をノックして俺の部屋に入ってきた時は何このエロゲ俺の時代始まったと興奮するエロゲ脳と、双眼鏡で覗いていたのがバレたのかと血の気が引くチキン脳の脳内血圧の差が酷かった。血が上ったり下がったりが激しくて、冗談抜きで視界がぐにゃりと歪んだ位。そんな時でも、ああ視界が歪むのってこういうことか漫画みたいだってテンション上がっちゃうのはオタクなんだなぁと思う。
いや、オタク趣味のせいにするのはヤメよう。他人事なんだ全部。自分の体調がおかしくなって、まっすぐ立ってられなくて倒れても。虐められて不登校になってそのまま引きこもっていても。同学年の連中がとっくに就職したり結婚したりしていても。ぜんぶ他人事。自分がこのまま過ごしてどうやって生きていくのかとか、全部逃避してた。
今だってそうだ。窓から入ってきたヨシコちゃん(13)の、丸襟ブラウスにフレアスカートの上にマントを羽織るという格好に興奮するばかりで、内容が頭に入ってこない。
「……というわけで、ゆうすけ君。君は狩場にも近寄らないし、クランの名簿にも載っていなかった。双眼鏡の反射で居場所を教えてくれたおかげで、私はこんなご馳走にありつけるというわけだ。先ほど説明したように、日本政府との取引により、決められた人数までは狩りが認められている。君は行方不明として扱われて事件にはならない。保険にも入っていた事になり親の老後も安泰だ。だから安心して私の食事になって欲しい。
肉や果実は腐りかけがうまい。
人間もまた同じだと思う。性根の腐ったような君ではあるが、あくまで『ような』であって、まだ完全に腐りきったとは言えない。
ならばそれは腐る寸前……熟成したと言い換えてもいいはず。今が一番うまい時。旬。わかるかね?
私はぜひとも君を手に入れたいのだ。
さて、ここまでで何か質問はあるかな?」
ごめん、半分以上聞き流してた。難しい話わからないし。でも、最初に君が欲しいとか言われて前屈みになって、直後に実は私は吸血鬼でと言われて、そこまでは覚えてる。そのあとはなんか飛んだ。
どう考えても、俺も混ぜて欲しい位のワクワクする設定なのだが、眼を見た瞬間にこの言葉が全て本当だと理解してしまったのだ。
「支配者の魔眼を使っているから無駄とは言え、逃げも暴れもしようともしないというのは珍しいのだが、特に冥土の土産も要らないということで良いのだな?」
ヨシコちゃん(13)が俺の肩を押してベッドに倒し、俺の腹の上に馬乗りになり、俺の胸に手をついて、俺の顔の上に黒い髪がはらりと俺の俺の!
「ヨ、ヨシコちゃん、吸血鬼って事はもしかしてホントは凄く長生きだったり、すすすするの?」
冥土の土産よりメイド服着て欲しいとかお願いしたいけど、あんまり無茶言うのもなんなので、とりあえず会話だけでも。あ。母親以外で女性と会話したの初めてかもしれない。
「殺される間際に聞くことではないだろうが。まぁいい、教えてやる。お前の母親が生まれる前から生きているよ。これで満足か?」
ロリババア! 本物のロリババアだよ小学校に通ってたよこのロリババア。22センチの上履き履いて週末に自分で洗ってたよこのロリババア。パンツも子供用だったよ! 全国一億六千万の紳士諸君、いいぞ吸血鬼の餌! 魔法使いになるよりずっとはやーい!
「あ、あと最後に一つだけ!」
「なんだ?」
「自分の事『わらわ』って言って下さい。そして俺の事を『お兄ちゃん』でひとつ」
「なんというかおかしな奴だな。いつの時代も変わり者はいたが、その中でも格別におかしいぞお前。生命力も気力も薄いから腹は満たされぬだろう。だが格別の健康体だ、味は極上だろう。お前は嗜好品としてはこの十年で最高の味だろうよ、大事に吸ってやるからわらわの血肉となれよ、おにいちゃん。
逃げる必要も何もない。ついこの間まで赤いランドセルを背負っていた君が俺の首筋に唇を寄せるとか。妄想の中ではいろいろと汁だくな目に合わせた間柄だけど、NOタッチの精神を貫くつもりだったのにこんなご褒美があるなら殺される位なんてことないです! むしろ殺して下さい、殺されるのもご褒美です! ぶひぃぃぃぃぃっ!
無精ひげの伸びた頬に石鹸の匂いのする額が押し付けられて、首筋に白い小さな歯が食い込み、舌が皮をグイっと押し上げる。
何にもしないで、なにも頑張らないで、誰にも勝たないで生きてきてよかったなぁ。
嫌な事全部逃げてネットでエロ画像集めて、お袋が扉の前に置いてくれるメシ食べてウンコして。それだけの人生だけど趣味が高じていい思いできてるし。
唯一気になっていたというか、罪悪感を感じてたお袋も、政府と手を組んでる吸血鬼集団の計らいで保険金どっさり支払われるらしいし。
ご近所の人に「ゆうすけ君お仕事は何されてるんでしたっけ」とか言われて、別のご近所さんが慌ててヒソヒソして虚ろな目をする母親を、もう窓から見なくていいし。正月に親戚のおじさんが扉の前で「小学生までは神童とよばれていたのに、どうしたんだ。さいきんみかけないけどしっかりやってるのか」とか騒がなくなるし。
誰も損をしないまさしくWIN-WINの関係だよね。
なぜかちょっとだけ涙が出てくる。噛まれてる首が痛いからかな?
必死で自分に言い聞かせる。諦めてよかったって。だって無駄なんだもの、なにやったって。
あの時、消しゴム投げられて笑われて、学校に行くのを諦めて。
テストの点が低くて答案を隠して、でも勉強して良い点取るのも諦めて。
卒業証書が送られてきた時、頑張って表に出ようと思ったけど雨が降ってたから出るのを諦めて。
腹筋もあと五回って思ったけど疲れたから諦めて。
今だって、抵抗すれば体重差なんて三倍くらいありそうなんだからなんとかなりそうなのに。
生きるのを諦めて。良かったな。ウレシイナ。
そう思わないとさ。おかしくなりそうじゃないか。なんで俺、少しくらい、どこかで頑張ってたら変わってたのかな、いやなことばかりで。
もう、頭も回らない。いや、もともと回ってはいなかったけれど、耳元でゴクリゴクリと喉を鳴らす音が響くたびに、頭の奥が冷えていく。
「うん。まったりとしてコクがありシャッキリポンとした、この……」
飲んでるんだなぁ、俺の体液。俺の上にのしかかるヨシコちゃん(13)の喉がゴクリと鳴る。その音を聞くと、思わずエレクチオンした愚息も……上に乗っているヨシコちゃん(13)を押しのけてヘソにビタンと叩きつけられた。
あれ?なんでヨシコちゃん(13)退いたの?
俺の上に乗っていたはずのヨシコちゃん(13)は、さっきまでの余裕ぶったニヤニヤ笑いではなく、瞳からはハイライトが消え完全に精気の消えた表情をしている。漫画とかで見たことのある眼だ。
身体をそっと起してみると、俺の鎖骨に掛けていた細い手がポトリと力を失い床に落ちる。そのまま燃え尽きた線香みたいに粉になる。見おろしてみると、ヨシコちゃん(13)の下半身は既になくなっている。何も映さないままの瞳を俺に向けて、何も言わず、ただめんどくさそうに首をかしげて。
そのまま首が取れた。
床に落ちる前に粉になって消えたので、音もしなかったけれど。
つい5秒前まで俺に噛みついていた絶対支配者様は、俺の血を一口飲んで死んでしまった。
ナンデ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の生活は一変した。
動画で見たことのある、内角低めの……なんだっけ。なんとか大臣みたいな威圧感ある人に呼び出された。黒服着たSPとか初めて見た。
色々説明されてよくわからなかったけど、日本が大きく動いたらしい。
長らく世界を影から支配していた吸血鬼達の弱点が見つかったのだとか。それが、俺らしい。
吸血鬼は長生きしているだけあって物凄い頭いい連中が多くて、それに財力がヤバいらしい。当たり前のことらしいんだけど、寿命が無いやつが100年以上前から定期預金とか預けてたら利息がどんどん増えていく。土地も金も超能力も、権力者に永遠の命を授けてやることもできる連中が、遊びで株とかFXにも手を出してるらしい。実際に存在するお金以上の数字を動かすだけで、戦争とかするまでも無く国が終わるとか。
「すいません、よくわからないのでゲームとかギャルゲーで例えてください」
ここまでで質問あるかと言われてので聞いてみたら、なんかこめかみマッサージ始めた。
「ヒロイン攻略するのに必要なステータスが、カンストしても届かないみたいな感じ」
黒服のSPさんが耳元で小さな声で教えてくれた。
それで、物凄い権力を持っている吸血鬼を何とかしたかったけど、太陽と銀という二大弱点がだいぶ前から克服されているんだそうだ。
太陽光の方は、紫外線がキモなんだけど、製薬会社に出資してUVカットとかいろいろ普及してから、吸血鬼は大手を振って表を出歩いているらしい。銀の方は、昔はコボルトとかいう銀を腐らせる妖精を飼って対策していたらしいけど、今では鉱脈とか加工会社が抑えられていて、吸血鬼が触れても大丈夫な成分が添加されているとか。添加物が身体に悪いっていうのとは違うよね?
で、弱点以外で不死の化け物を殺す方法は自殺してもらうしかなくて。
寿命を持たない吸血鬼は、『満足する』『諦める』この二つの手段で生きることを辞めると灰になるんだそうな。
血をごく少量飲むことで栄養も得ているらしいけど、血と一緒に魂とか感情とかそういうものの味を楽しむことで生の実感を得ているんだそうな。だから俺というクズの血を飲んだ事で『諦める』という感情に引きずられて、ヨシコちゃんは死んだ。
「君の血は吸血鬼特攻。ソシャゲで言うならイベント期間だけボスに5倍ダメージとかのウルトラレアみたいな感じで」
聞いてないのにさっきの黒服さんが囁いてくれる。この人、きっと良い人だ。
俺は日本とアメリカが共同で立ち上げた対吸血鬼対策班に協力することにした。なんか、かっこいいとか漫画の主人公みたいっていうのもあるけど、表向きには国家公務員って事になるらしいんだよ。就職だよ就職。それに噛まれるだけの簡単なお仕事だから、肉体労働も頭脳労働もしなくていいらしいんだ。給料も多いしボーナスも出してくれるって。吸血鬼と戦ってる時以外の勤務時間はネットしててもいいよって言ってくれたし、
いや、そういう楽な事っていうのより。大事なのは。
俺にもできる事があるっていう事。必要とされたって事。無駄じゃなかったんだ。色々諦め続けてきた俺だからこそ、吸血鬼を殺す毒になれた。夢みたいだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本当に吸血鬼が殺せるのか不安で不安で、少し吐いたりもしたけれど、日本最古の吸血鬼の一人とかいう人の所に月イチの生贄として連れていかれて、無事に灰にすることに成功した。
職場の人達は泣いて喜んでいたし、臨時ボーナスも……なんか偉い人のポケットマネーから出してもらえた。
初任給で両親にプレゼントするとか、なんか凄いマトモなシャカイジンになったみたいだ。A5ランクとかいう高い牛肉をどっさり買って食べたのも旨かった。あと、親戚の集まりがあったので顔を出したら、有名大学に受かった子の自慢ばかりする叔母さんが凄いジトっとした眼で見てきた。ジト眼はBBAにやられてもうれしくない。二次元のロリに限るな。
「まぁまぁ、ゆうすけ君そんな仏頂面するなよ。おじさんはな、君はホントはやるやつだってずっと思ってたよ。なんか凄い研究が認められて国家的なプロジェクトに関わってるんだって?」
偉そうなことばかり言ってた伯父さんが馴れ馴れしく肩組んでビールを注いでくる。あれ、その事って一般の人には秘密にされてるんじゃなかったっけ。たしか伯父さんはテレビ局に勤めているはずだから、事情通だったりするのかな。
ビールは飲めないから断ってるんだけど、また酒くらい飲めないととか偉そうな事ばかり言われる。酒で体調崩すと吸血鬼が嫌がるから健康には気をつけないといけないんだって事を伝えてビールを断ると、なんか根掘り葉掘り聞かれた。知ってるんじゃなかったのかな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後、テレビで特番が組まれてた。
吸血鬼が支配者だってことは、情報を扱う職業なんかの一部の人には知らされていた事だったらしいけど、倒す方法が発見された事と既に日本で二体が始末されたって事は秘密だったらしい。
対策班の人たちも、あの黒服SPを連れた偉い人も頭を抱えていた。いろいろ機密とか口外禁止の事とか叱られたけど。
そんなの耳に入らなかった。テレビをつけるたびにニュースで大騒ぎしている、これ、俺の事なんだぜ。鼻の穴が膨らむのが止められない。
政府が影から牛耳られていたのだ!とか、そういう事を問題にする人もいたけど、ありきたりの陰謀論と同じで面白くなかったからかな、そういうのは盛り上がらない。
そんな事よりも、その恐るべき吸血鬼を倒す方法がある。それはたった一人の日本人男性による快挙だっていう事。新型の薬品が作りだされたみたいな話になっているけど、話題になっている英雄は俺なんだ。ふひひひ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「『諦め』が我々を殺すという事はわかったよ。非常に面白い意見だった」
そのお方は紅く輝く瞳で俺を見つめたまま、白いハンカチで口元を拭う。二次元の年齢低めのあれにしか興味ないはずの俺なのに、ドキドキする。ダンディなおっさんとか、そもそも男じゃん。なんで俺こんな嬉しいの。ずっと待って新作ゲームの箱開けるときより興奮してるし、ヒロインの攻略コンプリートした時より達成感ある。嬉しい、ふわふわする。この人にもっと、もっと血を吸って貰いたい。
「だがね。君のどこに諦めがあるのかね。安い感情だ。大抵の我々の獲物というのはね、最期には諦めるものなのだよ。家族を殺しても手足を千切っても、わざと逃がしてから追いつめても。まぁ、大体はたかが知れている。恐怖も憎悪も一定の味よりは濃くならない。我々は人間の感情を食らうし影響も受けるが、引きずられて自死する程の濃い諦めという物には出会った事がない」
これって、あれかな。ヨシコちゃん(13)が言ってた支配とかそういうヤツかな。吸血鬼のいろいろある超能力のうちの魔眼とかいうヤツ。俺、魅了されてんのか。おっさんに。おえぇ。でもステキ抱かれたい。
「同胞を殺して見せた事は許そう。このまま帰すからぜひもう一度その諦めを再現して戻ってきなさい。私はグルメなんだ」
血を吸われて身体が重いはずなのにフワフワする。期待されてると嬉しい。
だけど期待に応えられる気がしない。対策班の人達も、両親も、世界中の人も。吸血鬼様本人ですら、俺の感情に期待している。
だからそれを叶えられない絶望は感じているけれど、諦めるのは無理だ。
だって、一度満たされちゃったもんな。
もう無理だ。
現代物の別な作品書いてて、吸血鬼とかのファンタジー要素を削ったので、削った部分だけかき集めてみたらこうなった。
吸血鬼視点で1000年掛けて弱点一個っつ潰してく話とか、俺には書けなかったんや……