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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[二]「インガ」の交差点

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2-4

「正義が足りているなら、ピンチに陥ったって自力で脱出できるはずだよ?」
 

「で、誰が来ると思う?」
「群れって言っておいたから、多分トウコさんかな」

 銃口を向けて引き金を引いた相手に、光速の弾丸を叩きこむトウコさんにかかれば、この厄介なヒトデの群れも入れ食いの漁場でしょう。

 その時、風の唸る音の隙間から異質な音が聞こえてきました。それは、あまりわたしの好きな音ではありませんでした。

「雷……?」

 キミちゃんにも聞こえているので、空耳ではないようでした。「インガの裏側」にも気象の変化があったのでしょうか。一度雨の日に出撃しましたが、こちらは水滴の一つもなかったように思います。空を見上げると、黒い雲がこの公園の上に集まり始めていました。

「……あいつか!」

 キミちゃんがどこか強張った顔で言いました。わたしも聞いたことがありました。「アメジスト」の名で呼ばれる、雷を操る「ディストキーパー」のことを。

 目のくらむような光と同時に、激しい音が降り注ぎました。物を叩き壊すような強烈な雷の音。思わず身をすくめてしまい、集中が乱れて竜巻を止めてしまいました。

 しかし、ヒトデが襲い掛かってくる気配はありません。「終わったよ」というキミちゃんの言葉に目を開いて見渡すと、ヒトデの姿はなく、その破片であろう黒いものがところどころに落ちているばかりでした。

「やっぱりあいつだった……」

 ジャングルジムの上に、一人の女の子が立っていました。こちらに背を向けて、腰に手を当てています。衣装は白地に紫のラインで、スカートは膝より上、背負った槍と頭の右側でくくった髪、それ以上に妙にフリフリした衣装が印象的でした。

「危ないところだったね」

 もったいぶった動作で、「アメジスト」はくるりと振り返り、勢いをつけてジャンプして地面に着地しました。いちいち大仰な人だな、とわたしは早速苦手意識を持ちました。

「でも、ボクが全部倒してあげたから」

 恩着せがましい言い方も、女の子なのに「ボク」なのも、イラつかせてくれます。少なくとも、わたしとはそりの合わないタイプだと思いました。

「その上から目線、相変わらずだねスミレ」

 キミちゃんにしては珍しい、皮肉っぽい言い方でした。

「そう言うキミちゃんこそ、正義が足りないみたいだね」

 正義というのは足りなくなったり、余ったりするものなのでしょうか。この篠原スミレの言っていることは、今でも意味がよく分かりません。

「正義が足りているなら、ピンチに陥ったって自力で脱出できるはずだよ?」

 根性があるなら、とかの精神論を更に嫌な言葉に置き換えただけのようでした。それだけは分かります。

「それで、そっちの子は?」
「ああ、葉山ミリカだよ」

 キミちゃんに紹介されて、わたしは小さく会釈をしました。

「噂の『エメラルド』ちゃんか。さっき一瞬見えた竜巻も君?」

 何が噂になっているのかを考えると、経験上嫌な予感しかしませんでしたが、わたしはうなずきました。

「まあこれぐらいで苦戦しているのなら、知れているかな。君も正義を高めることだね」

 何を一体どうしたら、それが高まったり足りたり、あるいは余ったりするのでしょうか。こういう根拠のないことを言う輩が、わたしは本当に苦手なのでした。

 そんなことより、とわたしは黒い破片を払って、「羽カッター」を盾に戻しました。これに張り付いていたヒトデもさっきの雷で死んだようでした。

 スミレの攻撃力は確かにとんでもないもので、公園にあれだけいたヒトデが今は一匹もいません。ただ、あの肌を刺すような気配が消えていませんでした。わたしがきょろきょろとしていると、キミちゃんがそれに気付いたようで声をかけてくれました。

「どうしたの?」
「まだ、『ディスト』いるよ」

 肌を針でつついたような空気の震えについて同意を求めましたが、キミちゃんはきょとんとしています。そこで、わたしはこの気配察知が風特有の能力なのだと気付きました。

「いいなあ、便利だなあ……」

 自分の能力を「ハズレ」と言っていたキミちゃんを傷つけたような気がして、わたしは慌てて謝ろうとして、それもどうだろうと踏みとどまりました。わたしとしては空気を読んだ自重だったと思います。敵の気配は読めても場の空気はなかなか読めないものです。

「まあ、ボクが来たからには何が来ようと大丈夫だけどね」

 自信に満ちた口調でした。あの大きな攻撃力が根拠なのでしょうが、それにしたって自信満々過ぎるように思えます。

「ボクが守ってあげるからね、さあどこからでも……」

 それは一瞬の出来事でした。だからわたしがフォローできなかったのは仕方がないことです。気配が分かると言っても、どこからやってくるかまでは分からないのですから。

 スミレの背後に巨大なヒトデが出現したのです。わたしやキミちゃんが声を上げる前に、ヒトデは体の中心にある白い五つの目を見開き、そこから放った光線でスミレの背を焼きました。

 スミレは派手な悲鳴をぶちまけて、うつぶせに倒れました。そこにのしかかりに行くヒトデを、キミちゃんがハンマーを振り上げて阻みます。

「大丈夫!?」

 地面に突っ伏したスミレは、小刻みに震えていました。近づくと、鼻をすするような音が聞こえました。泣いているようでした。わたしなんて性格が悪いので、正直いいざまだと思いました。

「ああ……また泣いたか……」

 キミちゃんは呆れたように首を振りました。これまで三度、スミレと一緒に戦ったことがあるそうですが、その三度ともで攻撃を受けて泣き出したのだそうです。

「いつものことなんだったら放っておかない?」

 我ながら酷い物言いですが、キミちゃんは同意してくれました。何せ、大きいヒトデは少し距離を取ったとは言え、まだ目前にいるのですから。

「これぐらいの大きさなら、何とかなるかな?」
「的が大きい方が、あたしはやりやすいよ」

 大きいヒトデと小さいヒトデの関係はよく分かりませんが、結論から言うと大きい方が出てきたのは失敗だったと言わざるを得ません。やりやすい、という言葉通り、キミちゃんはヒトデを二回重くして地面に伏せさせ、ハンマーでバラバラに砕きました。さっきまでの苦戦はなんだったのか、と言いたくなるくらいの瞬殺でした。

 破片を放っておいて、またあの小さいヒトデになられてはかなわないので、ここからはあのコイの時のように、地道な解体作業に突入するかと思われました。

「面倒くさくない?」

 キミちゃんの意見は身も蓋もないものでしたが、わたしも同じ気持ちでした。

「アキナとか見てるとさ、焼いたりしたら結構簡単に消滅する感じじゃん?」
「方法はあるの?」

 うずくまっているアレを、キミちゃんは指しました。未だに泣いているらしく、しゃくりあげる声が聞こえます。確かにこの子の雷を使えば、一瞬で終わる話ではありました。

「使い物になるの?」

 わたしにしては自分のことを棚に上げた発言でしたが、この時は相応にイラ立っていたのです。

「すぐ泣くけど、泣き止むのも早いんだって。この子、泣いてるか笑ってるかだから」

 情緒不安定なようでした。往々にしてそういうものなのかもしれません。キミちゃんはスミレに近づくと、その耳元でささやきます。

「ほら、倒せそうだよ。とどめささなきゃ」
「無理だよ……。背中が痛いよ……」

 特に焦げたような跡もありません。何を甘ったれたことを、とやはりスミレに対するわたしは棚の上から物を言ってしまいがちでした。

「大丈夫だって、ほら、背中さすってあげるから」

 さすったぐらいでどうにかなるのか、と思いましたが、羨ましかったです。

「はやくやって帰ろうよ。ね、一発撃つだけでいいんだからさ」

 確かに急いでほしいところではありました。ヒトデの破片が本当に小さいヒトデになるかは分かりませんでしたが、それでも可能性があるなら潰しておきたいのです。

「お願いだよ、スミレにしかできないんだから……」
「ボクにしか、できない……?」

 わざとらしい、溜めの入った動作で立ち上がりました。自分が何かの物語の主人公のつもりなのでしょう。反吐が出ます。反吐をかけてやりたいです。

「仕方がないな……ボクがいないと駄目なんだから」

 赤い顔と目で鼻をすすりながら言っても何の説得力もないのですが、とりあえずやる気になったようでした。その傍でキミちゃんは脱力していたので、わたしは「お疲れ様」とねぎらいました。

「ホント、扱いやすいんだか扱いにくいんだか分かんないわ」

 前にキミちゃんがスミレと組んだ時も、こんな感じだったのだそうです。その時は、スミレとよく組んでいる「アンバー」が慰めていたのだとか。

「オリエ先輩の励まし方を見ておいてよかった……」

 こちらのやり取りに気を留めることもなく、スミレは槍の穂先に雷を集め、物言わぬ破片に目掛けて振りぬきました。

「ジャッジメント、サンダー!!」

 元気です。技名らしいカタカナを叫んでいます。わたしは一層げんなりしました。トウコさんは実力があるから許されるんだな、と改めて思います。

「どうだ、『ディスト』め!」

 得意げです。最初から最後まで全部自分一人でやったと言いたげでさえあります。わたしはキミちゃんと目を見合わせて、力なく笑い合いました。

 二度とこいつとは組みたくないな、というのは至極当然の感想でしょう。「サファイア」だけでなく、この子ともかち合わないようにしてほしいと、心底思いました。
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