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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[二]「インガ」の交差点

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2-3

「ミリカは絶対怒らしちゃダメだと思ったわ」
 

 キミちゃんとは学校でもしゃべるようになりました。隣のクラスと合同の体育の時、わたしが余っていると助けてくれたりしました。わたしは相変わらず、自分のクラスで一人でしたから。

 わたしは自分のクラスの誰も信じられない、と考えていたからです。キミちゃんがわたしのクラスにいたら、かつてのわたしを助けてくれたとは思いませんが。

 ただ、×××××を消し、もう一人が死んだ今、わたしのクラスのイケニエは別の子にスライドしたようで、わたしの周囲は風使い的な表現をするならば凪のようでした。

 イケニエは、生き残りの推定「ディストキーパー」が目を付けた子で、現状無視されています。わたしの経験では、そろそろ恥ずかしい写真を撮られたり、お金を盗られたりするころでしょうか。

 同情はしないし、助けようとも思いません。いい気味です。自分だってヒエラルキーが下のクセに、わたしを見て指さして笑ってたような女です。「羽カッター」で首をはねられないだけましだと思うことです。

 そう言えばあの時撮られた写真――何が写っているのかは、もにょもにょです――はどうなったのでしょうか。データが残っていたら強請られるかもしれません。

『写真のことなんだけどね、調べてみたよ』

 パサラに相談すると、即日調べて来てくれました。テレパシーでもいいはずなのに、わたしの家までわざわざやってきてくれました。この毛玉は妙にわたしにだけ甘いような気がして、それはもう大好きになってしまいそうでした。

『元データは君が消した女の子と一緒にこの世から消滅したよ。別の端末に転送されていたようだけど、元がなくなったからコピーも一緒に消えたはずさ』

 本人の存在が消えれば、身の回りの物品も巻き添えになるようでした。

「多分、コピーを持っていたのは――」

 生き残りの女の名前を告げると、『そうだったのか』とパサラは体をふるふるさせました。

『うん、その子も「ディストキーパー」になっているよ』

 ねえ、とパサラはわたしの膝の上に乗り、黒い瞳で顔を見上げてきました。

『そのいじめられていた分の「インガ」を弄ってはいけないかな? ミリカもつらい目に遭った記憶は、ない方がいいだろう?』

 わたしは首を横に振りました。絶対にそれは嫌でした。自分の中に「絶対」なんていう感情が残っていることに驚きながらも、首元まで上ってきた熱をぶちまけるように、わたしはパサラに語りました。

「嫌なんです、それは。あの子が、そういう人間だってことは、ずっと覚えておきたい。簡単に人の大切な部分を傷つけて、笑っていられる。今味方だとしても、関係ないんです。わたしがやられたことは、消えてほしくない」

 パサラはしばらく考えてから、『分かった』と耳をぴこりと動かしました。

『だけど、一つだけ私と約束してくれ。私闘や復讐はしないって』
「分かってます」

 うなずきながらも、実際そんなことは考え付きもしていませんでした。大体まず「ディストキーパー」同士で戦うことに、利点が見出せないですし。

『一応言っておくと、彼女は君をいじめていたことを覚えていない。「インガ」を操作した時、一緒に記憶が消えてしまったようだ』

 無責任な話だ、とわたしは思いました。同時に今更ながらに、「インガ」を弄ることの恐ろしさを知ったような気がしました。

『ともあれ、君とその彼女――「サファイア」は極力かち合わないように……』

 途中でふとパサラは口をつぐみました。わたしがいぶかしんで見下ろすと、ふわりと膝から浮き上がりました。

『「ディスト」が出た。「トパーズ」と合流して、迎え撃ってほしい』



「最近多くない?」

 出現場所近くの公園で合流したキミちゃんは、そう口を尖らせました。

『君たちは仲がいいからね。そういうコンビでやってもらった方が円滑だろう?』

「じゃなくて、『ディスト』の出現」

 『確かにそうだね』とパサラはテレパシーで同意しました。その端で、わたしが胸を撫で下していたのは内緒です。キミちゃんに「ウザい」と言われたら、わたしはもう「羽カッター」で首を切るしかないでしょう。

「で、今度はどんなの?」

 辺りを探るキミちゃんを見て、わたしも辺りに目をやりました。すべり台やブランコ、ジャングルジムといった色とりどりの遊具が並べられているこの公園も、「インガの裏側」では灰一色でした。

 前のコイや牛のような、巨大な影は見当たりませんでした。

「誤報じゃない?」

 キミちゃんはテレパシーで呼びかけましたが、パサラからの応答はありません。もう一か所にも「ディスト」が出現しているらしく、そちらの対応に忙しいようでした。

 パサラ自身は「インガの裏側」に入ってきません。入れないのだそうです。ただ、テレパシーを介してある程度こちらの状況を把握することはできるようでした。

「パサラがこっちに構わないってことは、そんな強い奴じゃないのかもね」
「だといいね」

 戦い始めて一か月半ほどになりますが、ピンチらしいピンチに陥ったことは今のところありませんでした。これならば、×××××を消す前の方が辛かったぐらいです。あの戦いでは、決してわたしに攻撃する番が回ってきませんでしたから。

 無論、「ディスト」は不気味で恐ろしいと思うこともありましたが、誰かのためと思えば、体はすくまずによく動きました。これは新しいわたしの発見でした。

 ふと、視界のはじを黒い何かがかすめました。そちらに目をやると、五つのでっぱりのある何かが宙を漂っています。ちょうどクリスマスツリーのてっぺんに飾る星に似ていましたが、真っ黒でした。

「何あれ、ヒトデ?」

 キミちゃんがそうつぶやきます。手の平ぐらいの大きさのヒトデは、黒い輪郭を揺らしながら、わたしたちの周りをゆっくりと旋回しています。

「これが『ディスト』ってこと?」
「多分」

 応じながらわたしは「羽カッター」を盾から取り外しました。キミちゃんもハンマーを構えます。

「でやっ!」

 キミちゃんのハンマーをヒトデはひらりと避けました。そこをわたしが「羽カッター」で狙います。隙を突いたようになって、ヒトデは簡単に両断されました。

「ナイス、ミリカ!」

 キミちゃんがまた、頭を撫でてくれました。わたしより頭半分以上は大きいキミちゃんが、何だかお姉さんのような気がしました。

「で、これで終わりなのかな?」
「……そうはうまくいかないみたい」

 公園を改めて見回して、わたしはとても自分に似つかわしいセリフを口にしました。公園の隅の方から、さっきのヒトデが何十、何百と群れを成してこちらへ漂ってきているのが見えたからです。

「すごい数! 行くよ!」

 言うが早いか、ハンマーを構え直したキミちゃんは、ヒトデの群れに向かってそれを振り下しました。ヒトデは左右に散開し、それを避けました。

 群れはまるでひとつの生き物のようでした。取り回しづらいハンマーでは分が悪いと、わたしは再び「羽カッター」を投げました。するとヒトデは避けるどころか飛ぶカッターに張り付いていきます。その重さに、わたしはコントロールを失い、カッターは地に落ちました。

「まずい!」

 ヒトデの群れは武器を失ったわたしの方に殺到してきました。どうにも、弱い方から狙う作戦のようです。正解です。キミちゃんがハンマーや腕を振り回して追い払おうとしてくれましたが、何せ数が多く間に合いません。

 体当たりそのものは大したことありませんでしたが、肩や腕、胸や頭に張り付いてきます。ヒトデが一匹くっつくたび、わたしという風船から空気が抜けていくようでした。

 その内に立っていられなくなりました。もう体に三十は張り付いています。お腹にびっしりと十匹ぐらい重なるようにくっついていて、わたしは悲鳴を上げそうになりました。膝をついたところに、さらにヒトデが押し寄せてきます。

「ちょ、ミリカ!」

 キミちゃんが肩のヒトデに手を掛けましたが、張り付く力は強くはがれないようでした。その内に、ついに頬に張り付いてきました。ついで目の上にもう一匹。口を覆われたら、呼吸ができなくなるかもしれません。それ以上に、吸われて突っ張るような感覚が不快でたまりませんでした。

「ダメだ、取れない……!」

 キミちゃんはハンマーを使うのを躊躇っているようでした。砕くチャンスではあるのですが、そういうことができる子ではありませんでした。だから、自分で何とかするしかない。そのことは、分かっているのです。

「キミちゃん、離れて……」

 え、という顔をして、キミちゃんはわたしから距離を取りました。

 もう五十匹はくっついているでしょうか。うつぶせに地面を転がりながら、わたしは強く風をイメージしました。ヒトデを振り落として、背中の布がはためきます。能力の発揮はイメージでした。わたしが飛ぶ前にかかとを鳴らすのも、「空を行く」イメージを呼び起こすためのルーチンなのです。

 わたしが思い描いたのは竜巻でした。大平原を蹂躙する、巨大な渦巻く柱。家を吹き飛ばし、地図にない場所まで運んで行く、魔法の竜巻です。もちろんそんなところに行ったことはありません。昔好きだった、童話のイメージなのです。

 最早口も塞がれて呼吸も怪しい中、わたしはわたしの縁を意識します。世界と接している小さな表面積、そのわずかな隙間に、風の渦を、竜巻を起こすのです。

 叫びました。動かない口で。引き絞って。今まで出してきたどの声よりも大きな音で。獣の悲鳴のようでした。わたしを中心に立ち上った大きな渦は、張り付いていたヒトデを引きはがし、周りを旋回する群れをも吹き飛ばしました。

「はあ、はっ……!」

 ばらばらと落ちたヒトデの一つを踏みつぶして、わたしはまた黒い雲のように群れを形成し始めたヒトデをにらみました。

「ミリカは絶対怒らしちゃダメだと思ったわ」

 ヒトデからかばうように、キミちゃんはわたしと背中合わせに立ちました。

「それで、どうする……?」

 わたしは風を集めて、また竜巻を作りました。今度はわたしとキミちゃんを守るような、防壁の渦です。ヒトデはさっき手痛くやられたのを警戒してか、渦の中には突撃してこないようでした。

「どうにも相性が悪いね」
「パサラに、連絡してみる?」
「だね。援軍よこしてくれるかも」

 それが一番いいように思いました。キミちゃんが呼びかけようとした時、折よくパサラからテレパシーが入りました。

『誤報じゃないよ、確かにその辺りにいるはずだ』
「いつの返事よ!」

 まったくその通りです。のん気な毛玉は『何か問題でも?』と尋ねてくるので、久々にパサラに殺意が湧きました。

「ちょっと相性悪くてヤバいんだけど!」
『どんな「ディスト」が出たんだい?』
「ヒトデの群れ!」
「張り付いてくるし、数が多くて……」
『分かった。向こうも交戦中だが、一人くらいなら寄越せるだろう』
「早いとこ頼むよ」
「お願いします」

 これで後は持久戦でした。ヒトデは仕掛けずに、ぐるぐる周りをまわっているだけでした。わたしは風を絶やさないよう気を張っていました。
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