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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[二]「インガ」の交差点

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2-1

「助かった、ありがとう。ミリカも強くなってんだな」
 

 「ディスト」との戦いは、多くて週に三日ほどのペースで、夜に呼び出されることがほとんどでした。

 「ディスト」が出現するのは、たくさん「インガクズ」が出ているということで、「インガクズ」は出るということは、パサラたちが「インガ」を改変しているということです。

 この世界は、そんなにも普段からたくさん「インガ」を改変する必要があるのか、と意外な忙しさにわたしは驚きました。

『と思うでしょ? 実は、それほどでもないんだよ』

 パサラは何だか芝居がかった口調で説明を始めました。

『私たちの改変で一番多いのが、人類にとって有益な未来をもたらしたり、その地域のバランスに欠かせなかったりする人物が、不慮の事故で死ぬのを防ぐことだね』

 それは、裏を返せば一般人の運命にはまったく干渉していない、ということでもあるそうです。すべての「インガ」に干渉するのではなく「選ばれた人間」、いえ「選んだ人間」だけを助けているということなのでしょう。

『逆に、殺したりもするんだけど、まあこういうのは気分がよくないね』

 なけなしの良心アピールのように聞こえて、「ふーん」と無関心に返事をしてしまいました。パサラに気にした素振りはなく、やってしまったわたしは少しだけ安心しました。

『「インガクズ」が人間の「袋」に入らないように放逐しているのが、あの

「インガの裏側」でね。これがあそこで積み重なって「ディスト」になるんだ』

 「インガクズ」は「インガの裏側」にたまって、それが一定量を越すと「ディスト」が出現するようでした。ある地域の分だけで、ということではなく、例えばフランスで貯まった修正クズから生まれた「ディスト」が、アメリカに出現したりするのだそうです。

『だから、別にこの地域だけでたくさん修正することがあるってワケじゃないんだよ』



 一回目の戦いからしばらくの間、わたしはトウコさんとよく組むことになりました。トウコさんの「光速の銃弾を撃ち出す」能力と、わたしの「守りの風」の相性がいいから、ということだそうです。

 トウコさんが前に出て、わたしが風で後ろからサポートするのが基本でした。

 なるほど、サポートに回ればわたしの風はなかなか有用でした。何度か戦う内に、風にトウコさんを乗せて飛ばしたり、一気に強風を吹かせて相手を転ばせたりと、応用も利くようになってきました。

 トウコさんはクールぶった仏頂面で、機嫌がいいのか悪いのか判断しかねるところがありましたが、折に触れて色々なことを教えてくれました。教えたがりのようでした。

「『ディストキーパー』のコスチュームには、法則性がある。ベースの色は白か黒で、それにパーソナルカラーのラインが入る。後衛は膝丈のスカート、前衛はショートパンツ。わたしのようにどっちもできると、膝上の短めのスカートになる」

 こういうあまり役に立たなさそうな無駄知識が多かったのですが、聞いて不快な話ではないし、トウコさんも得意げに語ってくれるので、わたしは「はあはあ」と関心半分くらいでうなずいていました。

「葉山、あなた『コーザリティ・サークル』はどこ? 腿の内側? 足を一歩前に出して『ホーキー』をさすと、がに股にならなくて済むのでは?」

 多少役に立つことも教えてくれました。正直、当時のわたしにとって「変身時がに股問題」は大きな悩みだったので、これ幸いとこの方法をとるようにしました。ええ、何事も気分というのは大事なものなのです。

「武器に名前は付けないの? わたしは拳銃を『エクリプス』と呼んでいるわ。モチベーションアップにはいいことよ。いい? 無理? なら、付けてあげましょう」

 こうしてわたしの盾は「バーナルブリーズ」になりました。「春風」という意味だそうです。中の「羽カッター」は「テンペストスピン」と名付けられました。どちらも会心の出来らしく、いつもの無表情に得意の香りを乗せるトウコさんでした。正直な話、わたしが武器の名前を呼んだことは一度もないのですが、何故か強烈に覚えています。

「怪我してる。見せて。大丈夫、わたしの『エクリプス』は治癒の光も撃てるから……」

 トウコさんはベテランだからか、能力がもう一つありました。それがこの「癒しの光」でした。銃口から放つので、最初わたしはひどく怯えました。しかし効果はてき面で、また少しトウコさんを見直しました。

「怪我をしたら頼るといい。死んでいなければ治してみせる」

 前線という一番怪我しそうなところにいるトウコさんに言われて、後ろの安全圏で戦っているのにわたしはやっぱりダメだなあ、と情けない気持ちになりました。人と話していると、こういう思いもよらない罠が待ち受けているので、ますますわたしは口を閉ざしがちになっていくのです。

 たまに強力な「ディスト」が現れると、トウコさんとアキナさんが共同戦線を張ります。

 援護するのは大抵わたしで、パサラによると「支援能力のある『ディストキーパー』が少ないため」なのだそうです。

 その時は大きな牛の「ディスト」でした。そり立った角に白い単眼、大きな体は小山ほどもあるように思えました。

「デカいなあ。パンチ通るかなあ」

「どっちが仕留めるか勝負」

「いいよ。じゃあ、とどめを刺した方が勝ちな」

 わたしなんかはもう最初からぶるってしまっていて、アキナさんもトウコさんも、よくあんな自然な感じでアレの前に立てるなあ、と呆れたように思いながら二人の背中を見ていました。

 二人を風で飛ばし、コントロールするのがわたしの役目でした。

 牛は飛びまわる二人に目を奪われて、わたしから注意を外しました。ここはもう少し大胆に行こう、と二人を乗せたのとは別の気流を準備します。

 トウコさんの弾丸が牛の角に風穴を開け、アキナさんがそれを折りました。牛は大きく暴れて蹄を踏み鳴らしますが、今度は足を撃たれます。

 あの、とても文字には表せないような異質な叫びをあげて、牛が転がりました。いくつかの建物を押しつぶしたようですが、構わずにアキナさんがそのがら空きの脇腹に突きの連打を見舞います。

 ぶるぶるの輪郭にオレンジの火がともり、やがて牛の体を嘗め尽くしていきました。

「あたしの勝ちだな」

「足を撃った時点で勝敗は決していた」

「とんだ屁理屈だな……」

 トウコさんはいつも潔くないというか、少し子どもなのでした。

 二人を地面に降ろすと、燃える牛に背を向けてわたしの方に歩いてきます。わたしは二人を迎えながら、しかし嫌な感覚がありました。あの肌をちくちく刺すような「ディスト」の気配が、止んでいなかったのです。

 また、あの人にはマネできない異様な叫びが聞こえました。次の瞬間二人の姿がかき消えました。横に吹き飛んだのです。

 牛でした。どういう体の構造なのでしょう、燃える体から「ろくろ首」みたいに首を伸ばして、片方だけ残った角で二人を薙ぎ払ったようでした。視界の外れで灰色の砂ぼこりが巻き上がっています。

 牛の頭はわたしに狙いを定めたようでした。白い単眼と目が合いました。わたしは一瞬逃げ出そうとしましたが、そこで三本目の気流を用意していたことを思い出しました。

 長く高く首を伸ばした牛から目を離さずに、わたしは盾から扇風機の羽のようなものを取り出しました。トウコさん命名「テンペストスピン」、もとい「羽カッター」です。

 牛の突進とほぼ同時に、わたしは気流の上に「羽カッター」を乗せて飛ばしました。アキナさんたちを飛ばす時よりも強く、速い風にしました。

 牛の頭がわたしに到達するよりも早く、「羽カッター」はその角を切断しました。牛は大きく首をひねってまた上空に戻り、改めてわたしを狙います。

 わたしは慌てていませんでした。逃げるつもりもありませんでした。わたしの風はまだ「羽カッター」と一緒にあって、今風向きを変えてこちらに戻ってきているのですから。

 戻ってきた「羽カッター」は、追い抜きざまに牛の頭を切り裂きました。ちょうど鼻の真ん中で両断された牛の頭は、白い目を見開き、あの奇声を上げて霧散していきました。

 わたしは盾をかざして「羽カッター」を中に収めます。途端にがくん、と膝が崩れて尻餅をつきました。腰が抜けたのです。今になって、あの牛の視線が蘇ってきて、わたしは肩を抱きました。

「ちえっ、油断大敵」

 その声に目をやると、吹き飛ばされた二人がこちらに歩いて来ていました。無事なようでした。少しばつ悪げに、アキナさんがわたしに笑いかけ、手を伸べてくれました。

「助かった、ありがとう。ミリカも強くなってんだな」

 珍しくわたしの心はこの言葉をストレートに受け止めました。自然と頬が緩むのを押さえなくて済むのは一年ぶりぐらいでしょうか。アキナさんの手をつかんで立たせてもらうと、胸の奥が何だか暖かいようでした。

「さすがは『テンペストスピン』、素晴らしい切れ味。葉山も、わたしが鍛えただけのことはある」

 鍛えてもらった覚えはありませんが、トウコさんのこの言葉も嬉しく感じられました。

「つまり今回のことはわたしのお陰。だから勝負もわたしの完全勝利」

「いやいや、師匠ぶるんだったら弟子の手柄にしてやれよ……」

 やっぱりどこか子どもみたいなトウコさんでした。
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