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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[六]終末の十字架

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6-4

(責任を取らなくては! やったことに、自分の力に――)
 

 変わり始めていた世界の歯車の間に挟まったのは、予期せぬ稲妻の穂先だった。

 背中から刺し込まれ腹から抜けたそれは、オリエの体の中で刃に変わった。その目を見開いた時にはもう遅い。切り離された上半身は、地上に落下していた。

 振り向く間もない。七〇の「インガの輪」で強制的に切り離していたこの世の「インガ」が、巻き戻って行く。

 どうしてスミレが? そう思う反面、やっぱりそうかと安堵にも似た感情を抱いていた。

 それこそ、「インガ」応報というものだ。スミレを不幸にしたのはわたしなのだから。

 エリオと逃げた男の家へやってきた少女――篠原スミレ。両親の逐電により寄る辺をなくし、親戚の間を転々として、ようやく落ち着いた先ではいないものとして扱われる。

 大本まで辿ってみれば、その不幸の原因はわたしだ。オリエがスミレの宝石袋に石を詰めたのだ。かつて「何となく」「よかれと思って」願った「世界平和」が、エリオの世界を壊し、スミレのものも壊したのだ。

 だからわたしは、「何となく」を憎む。ぼんやりした意識の集合が、動かしている世界が嫌い。そのシステムを走らせる「エクサラント」を恨む。そして何よりも、その一端を担ってしまった自分に怒りを覚える。

 こんなことを繰り返してはならない。戒めとして心に刻むのだ。確固たる意志をもって、自分で世界を回すのだ。

 それまで、あと一歩のところまで来ていたのに。

 この世に神がいるのなら、スミレと引き合わせてくれるほどに、わたしを愛してくれていたのかもしれない。だからこそ、わたしは古い世界への断固たる決別として、あの子を十字架へかけたのだ。ぶれない意志を持つ「怪物」となるために。

 けれど、もうご破算。「エクサラント」は「人間界」への干渉力を取り戻し、また繰り返されるのだ、歪んだ秩序、「ディストキーパー」の歴史が。

 このまま死ぬのは仕方がない。もう楽になりたかった。だけど、もっと壊してやりたかった。壊してやりたいんだ。スミレがわたしの娘ではない、間違ったこの世界を。

 そうか、とオリエは内心うなずいた。ようやく気付いた。新しい世界よりも、古い世界を壊す方がわたしにとって大事だったんだ。結局わたしも、一貫性がなかった。ならば破壊だけを主眼に置けばよかったんだ。それだけが心残り――

 近くに落ちた雷、その光に照らされた姿を見て、オリエの顔に笑みがこぼれた。

 そうだ。まだ、いたじゃないか。誰かに責任転嫁しなければ何もできない、「何となく」「ぼんやり」の権化。知恵も心も勇気もない、古い世界の悪しき象徴。

 わたしが負けたところで、この世界の正当性が証明されたわけではない。せいぜい滅茶苦茶になればいいんだ。



 わたしはともかく、オリエ先輩の上半身を探しました。水島が「穴だらけにしないと死なない」と言っていたので、体が半分になったぐらいでは死んでいないかもしれません。

 屋上を見渡しても、黒焦げのスミレとオリエ先輩の下半身しかありません。そこでようやく屋上から落ちた可能性に気付きました。

 転がった下半身近くの柵から下を見下すと、いました。ゆるいウェーブのかかったロングヘアの上半身。生きているのか死んでいるのか、ここからでは判断できません。わたしは意を決して、屋上から飛び降りました。

 足音を立てて近づいても、オリエ先輩は動きませんでした。死んでいるのかを確認するため、わたしは眠るように目をつぶっているオリエ先輩に顔を近づけました。

 まぶたがゆっくりと持ち上がりました。目が開いた? そう思った時、わたしは地面に倒され、仰向けに抑え込まれてしまいました。オリエ先輩は上半身だけでしたが、すごい重さです。暴れても、はねのけることはできませんでした。

「喜びなさいな、葉山さん。この最悪の古い世界は守られてよ?」

 両腕は押さえつけられていて、拳銃は撃てそうにありませんでした。

「もっとも、主義も主張もないあなたには関係も関心もない話かもしれないけれど」

 オリエ先輩の千切れた断面は、どういうわけか植物の根のような形になっていて、わたしの足をがっちり押さえつけています。

「これがあなたの結末。『ぼんやり』で『何となく』で、決断できないまま、変化を避けて生きてきた、無為無策無知無能で厚顔無恥なあなた自身が選んだ」

 上半身を大きくよじらせて、オリエ先輩はわたしに顔を近づけます。そしてわたしの唇に、自分のそれを重ねました。舌で唇と歯を押し開けて、唾液と共に何か固いものを送り込んできます。

 琥珀でした。いくつもの、何十もの、いえ何百何千もの琥珀が口から次から次へと、のどを通して胃ではない場所へ染みわたって行きます。

 オリエ先輩が唇を離すと、唾が糸を引いて切れました。

「わたしの琥珀を全部あげる。さあ、『ディスト』を産みなさいな。最悪なこの世を壊す、最凶の『ディスト』を」

 そういう役があなたには似つかわしいのよ。これまでオリエ先輩が何かを語る時にしてきたように、腕を大きく広げました。

「だってそうでしょう? 自分で物を考えられない人間が、何かを守れるはずなんてないわ。偶然であっても、誰かを殺してしまったなら、竜巻が過ぎ去るまで家の中で引きこもっているわけにはいかないのよ。責任を取らなくては! やったことに、自分の力に! 世界をどうこうしていいのは、それができた人だけ。あなたにはできないでしょう? 考えたこともないでしょう? だから新しいか……」

 オリエ先輩ののどを、光の弾丸が貫きました。そのまま一気に、残りの八発を。のどと胸と額に合わせて九つの穴を開けたオリエ先輩は、仰向けに倒れました。

 終わったのです。あまりにあっけなく。戦いとはそういうものかもしれません。

 わたしは何とか立ち上がって、拳銃を見つめました。役割を終えたということなのでしょうか、光の粒子になって、流れていきました。

 ふと、急激に体が冷えた時のように震えが襲ってきて、思わず腕を抱きます。地面が回っているかのように感じました。そこへ背後から誰かがわたしの名を呼びました。

「ミリカ!」

 アキナさんでした。その赤い髪に白い色が混じっています。十字型は倒せたようですが、トウコさんの姿がありませんでした。

「トウコは、死んだ。あたしに『インガ』をくれて……」
「そう、ですか……」

 悔しそうにうつむいたアキナさんの顔を見たくなくて、わたしも目を伏せました。

「まあ、でも、何とか止められたみたいで、よかったよ」

 泣きそうなわたしの頭を、そう言って撫でてくれました。温かくてホッとするようで、だからお腹の辺りからとても冷たいものが駆け上がって来るのが強く感じられました。

「ミリカ!?」

 口を押さえてうずくまったわたしに、アキナさんは緊迫した声を上げました。大丈夫、と言いたいところでしたが、突きあがってくる気持ち悪さがそれを阻みます。

「お前、その腹……!」

 見れば、わたしのお腹ははちきれんばかりに大きく膨らんでいました。間近で見ているからかもしれませんが、あの時のスミレより大きくなっているようでした。

「何だ? 何があったんだ? おい! ミリカ!」
「オリエ……せ、ぱ……琥珀……入れ……」

 お腹で何かが暴れ回っていました。それはどんどん大きく膨れて、下へ下へと降りていきます。あるところまで下りた時、更なる激痛がわたしの脳天を貫きました。小さな傷口にスイカをねじ込まれたような、痺れて響き渡る痛みでした。

「また、『ディスト』が産まれるって言うのか……!?」

 アキナさんがうろたえていました。この人にも、どうしていいのか分からないのです。あの十字型以上のものが産まれてきてしまったら?

 いや、わたしにそもそも産めるのでしょうか。「ディスト」と言ったって、壊れてしまっているわたしのトンネルを抜けることができるのでしょうか。

 不意に賑やかな気配が近づいてきました。アキナさんの後ろから、わたしたちのよく知っている格好の、見知らぬ一団がやって来たのです。

「あんたらは?」
「応援の『ディストキーパー』です。巨大『ディスト』誕生の報を受けて参りました」

 リーダーらしい赤い衣装の女の子がはきはきと述べました。

「おい、あれ! 『ディスト』産みかけなんじゃないか!?」

 傍らにいた、勝気そうな黄色の衣装がわたしを指差します。

「なるほど、まだ産まれていなかったのですね」
「違う、あれは……!」

 アキナさんが止める間もなく、黄色の人が手にドリルのようなものを装備してこちらに向けて構えました。何て連中でしょう。遅れてやって来たのはともかく、勘違いして攻撃を仕掛けてくるなんて。

「あたしらはベテランでね。こういう状況には慣れてる……。ああなったら、仲間でも始末しなきゃまずいんだよ! 行くぜ!」

 アキナさんの制止を振り切り、ドリルを振りかざして、突進してきます。

 やられる! 痛みにもうろうとする中、無意識の内にわたしは風を呼んでいました。

 結果として、その切っ先はわたしに届くことはありませんでした。

「!? あ……ああっ!? あ、あたしの腕が……!」

 黄色の人が悲鳴を上げました。向かい風の中へ突き出した右腕が、ドリルごと砂に変わってこぼれ落ちたのです。風は黄色の人の体を取り巻き、その悲鳴ごとすべてを砂の山に変えてしまいました。

「何だ!? ミリカ、何をした!?」

 遅れてきた援軍たちにどよめきが走ります。でも答えることはできませんでした。わたしが「ディストキーパー」となってから抱え続けてきた傷に、行き場を失った大量の「インガクズ」が流れこんできて来ているのです。

 孕んだ過剰な「インガクズ」は「ディスト」となって産まれ出る。

 けれど、出産できない体だったら?

 傷から入った「インガクズ」は全身に回っていくようでした。骨はねじられるようにきしみ、体がめきめきと大きくなっていくのを感じます。視界はどんどん高くなり、アキナさんや援軍の一団はおろか、屋上のスミレの黒焦げの死体すら見下すほどになりました。

 大きくなるにつれ、風がどんどん吹き上げてきます。人を砂に変える風。「守り」でも「反撃」でもない、「破滅の風」。それが校舎に吹き付け、その外壁や柱を砂に変えていきます。

 産まれなかった「ディスト」の力が、わたしという風船を中から膨らましていました。産めなければ、自分がなるしかないのです。変わってしまうことを避けた、代償として。

「撤退! 一時撤退! あなたも、ほら、来て!」

 援軍の人たちに引っ張られるように、アキナさんが連れていかれました。アキナさんは、最後までわたしのことを見ていてくれました。


(忘れるな、深淵をのぞくものは等しく深淵に見返されているのだ――)


 トウコさんの言葉がぐるぐると頭を巡ります。


(責任を取らなくては! やったことに、自分の力に――)


 同時によみがえってくるのは、オリエ先輩の今わの際の言葉でした。


 これがわたしに課された責任なのでしょうか。

 責任というものが、やってきた分だけ重たいのであれば、わたしはどれだけのことをしたというのでしょう。どれだけのことを、しなかったのでしょう。

 足は爪のある獣、体は冷たいブリキで、頭は藁の帽子の形をしていました。背中にはコウモリのような大きな翼が四対生えました。それを大きく動かして吠えると、鱶ヶ渕中に、あの「破滅の風」が吹き渡っていきます。

 砂の中に崩れ去って行く建物を、木々を、人を、街を、わたしは涙も流せずに眺めるしかありませんでした。


 こうして怪物退治の「ディストキーパー」は、怪物となったのです。
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