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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[六]終末の十字架

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6-3

「最期に、わたしの本当の名前を教えてあげる」
 

 体の芯を貫くような、強烈な熱さと痛み、まぶしさが去ったのを感じてアキナは目を開いた。背中の感触からして、ここはどこかアスファルトの上らしい。落雷の音が遠い。ここは十字型が暴れているところから少し離れたところのようだった。

 腕や足に異常がないか確かめようとして、その感覚がないことに気付く。

 まさか。少し首を起こして見てみると、右腕は肘から先が、左腕と腰から下はすべてなくなっていた。

 あの光線のせいか。歯噛みしてアキナは、気付く。トウコは? 確かワープして助けに来てくれていたはず。

「気が付いたのね」

 前かがみになってよろめきながら近づいてくるトウコは、左の脇腹が大きくえぐれていた。装甲板「シェル・リフレクター」も二枚しか残っていない。

「この状態でも生きているなんて……『ディストキーパー』は恐ろしい。さすがは怪物」
「お前、そのお腹……」
「あなたの方が重傷よ」

 意に介した風なく言って、トウコはアキナの上に覆いかぶさるようにした。

「お、おい……!」

 あの変質者とのことが一瞬脳裏をよぎって、アキナは身じろぎした。

「回復するわ」
「回復、って言ったってお前……!」

 トウコの顔色は青く、消耗しているだろうことが一目で分かった。傷のせいだけではない、能力を使い過ぎたのである。

「これ以上やったら、死んじまうぞ……」
「いいわ、あなたが生き残るなら」
「何を言って……!?」

 トウコのかざした手が、指の先から光の粒子になってアキナの肩口や肘の先など、失った部位のあった場所に降り注ぐ。

「わたしの『インガ』をあなたにあげる。一緒に背負うなどといって、別の荷物を載せてしまうことを許してほしい」
「おい、つまりそれって……」

 トウコの体が光になって降り注ぐに従い、四肢の感覚が戻って行くのがアキナには分かった。自分の体を、あたしにくれるっていうのか。

「わたしは消えてしまうけど、『インガ』はあなたの中で生き続ける」

 いつかあなたに、こうすることを予感していた。トウコの背に残った二枚の装甲板も、光の粒子となってこぼれ始めた。アキナの背中に何かが生えてくるような感触があった。

「『プログレスフォーム』にまで達した『ディストキーパー』二人分の力。それがあれば、あの『ディスト』にだって勝てる」

 それがわたしの出した最適解。光の粒子の中で、トウコは微かに笑った。

「何笑ってんだよ、バカ野郎……! 消えるって、そんなこと! 二人で生き残るのが、最適だろうが!」

「相変わらずの熱血。そういうの、嫌いなのよ」

 そう言いながら、トウコは目を細めた。微笑は笑顔になった。それがアキナの見る、彼女の最初で最後の笑顔だった。

「でも、あなたのことは好きだった」

 アキナは完全に生えた新たな腕で、もう胸より上しか残っていないトウコを抱きしめた。そして腕の中で光になり、自分の体に溶けて消えていく彼女を見た。

「最期に、わたしの本当の名前を教えておくわ」

 覚えておいてほしいから。彼女が「インガ」の彼方に消したその名を、アキナは呼んだ。消えてしまうまで、何度も呼んだ。満足そうに、その名を持っていた少女は溶けていった。

 自分の身を抱くようにして、うつむいていたアキナが再び立ち上がるのに、それほど時間はかからなかった。

 白基調だったコスチュームは黒地に赤のラインに変わり、背には機械の翼が生えていた。そして髪の色も赤色に光沢のある白が混じる。

 生かされたんだ。握りしめた拳を見つめ、アキナは思う。

 すぐに顔を上げ、十字型をにらんだ。背中の翼が光を放ち、アキナの体は十字型の目の前に一瞬にして到達した。トウコの「ショートワープ」の能力であった。

 拳を振り上げる。まとう炎も大きくなり火力も増しているようだった。一撃、叩きつける。次は左。また右。怒涛のラッシュを浴びせかける。

 表面の結晶にひびが入り、割れていくのを感じた。あれだけ苦労した装甲だが、菓子を砕くかのようだった。「ディスト」の揺らめく輪郭がさらに激しくぶれ、押し戻されていく。

「邪ッッ!」

 大きく振り抜いた一撃で、その巨体は後ろへ吹き飛んだ。

 アキナは両手を祈るように組み合わせて胸の前に突きだした。

(今度、あたしの技の名前も付けてくれよ)

 かつてトウコと出会ったばかりの頃、交わした会話が思い出される。トウコは最初、それをにべもなく断った。何で、と問うと「あなたの技、ただのパンチやキックじゃない。それじゃあイメージできないわ」と言う。

(デカいビームみたいなヤツ、そんな感じのを、あたしができるようになったらさ。その時に頼むよ)

 トウコは「考えておく」と応じた。後に伝えられたその名は、しかし今まで使わずにいた。トウコのような趣味はないが、どれもその名を付けるのにふさわしくないような気がしていたのである。

 思えばそれは、今この瞬間のためだったのかもしれない。

「『レディアント・ルビー・ノヴァ』!!」

 アキナの両腕から発生した巨大な火球が、薄暗い辺りを太陽のように照らしながら、十字型の真ん中に炸裂し燃え上がった。

 燃え落ちて行く十字型を見下し、アキナは大きく息を吐いて地上に降り立った。強い脱力感が彼女の体を襲い、「プログレスフォーム」が解けてしまった。

 終わった。そう独りごちてすぐ、まだだと気付く。

 そうだ、ミリカ。ミリカはどうしただろうか。オリエを止めることはできたのか。それとも、既にこの世は新世界に……?

 行かなくては。ぐずぐずしている時間はなかった。アキナは頬を叩いて気合を入れ直し、学校の方へと走り出した。



 篠原スミレが両親の下から引き離されたのは、今から七年前、小学二年生の時だった。何故両親と離れなくてはならなかったのか、その理由をスミレは知らない。

 スミレを引き取ったのは、父親の兄夫婦であった。つまり、スミレから見れば伯父にあたる。彼らはスミレを虐げこそしなかったが、歓待もしなかった。ドラマのような「これから家族になるのよ」というようなやりとりもなかった。初めて会った時、伯父夫婦と二人の従兄から能面のような顔で見下されたことを覚えている。

 いつかその面は取れるのだろう。始めの内、スミレはそう考えていた。だが、一週間経とうと、一か月経とうと、一年経とうと変わらなかった。食事は与える、衣服も与える、学校にも行かせる、暴力は振るわない。だが、それ以上のことをしない。

 連絡はほとんどメモでなされた。一緒に食卓を囲むこともなく、あてがわれた階段の下の薄暗い部屋の中で、いつも一人で食べた。従兄たちも関わってこようとしなかった。「いないものとして扱え」と伯母が彼らに言い聞かせているのを一度盗み見たことはあった。

 伯父夫婦が何を考えているのか、スミレには分からなかった。どうしたらあのお面は取れるのか、そんなことばかりを思っていた。

 自分が息子でないから駄目なのだと考え、「ボク」と言うようにした。お手伝いをしないから駄目なんだ、と家事を手伝った。勉強も必死にやった。けれど、何の反応もない。手にした掃除機を無言で取り上げられただけだった。成績表には見向きもしない。

 次にスミレは「悪い子」になろうとした。泣いて気を引こうとしたり、家族のものを隠したりした。近所のスーパーで万引きまでやった。だが、それでも伯父夫婦は何も言わない。どこで泣きわめこうと、同級生をぶとうと、ものを隠そうと、万引きをしようとも、淡々と店や警察に謝るだけで、スミレを叱ることはなかった。

 自分はいらない子なんだな。そのことがようやく分かったのは、中学に上がってからだった。育ち盛りの二人の息子を抱えている中で予期せぬもう一人を預からねばならなくなったこと、帰省や旅行の時はいつもスミレが置いて行かれることなどを考えれば、成長するにしたがって、おぼろげにその理由は察することができた。

 同じなら「いい子」でいた方がいい。結論はそうなった。正しくあればいつか、誰かが必要としてくれるかもしれない。本当の両親が迎えに来てくれるかもしれない。ただ、小学校のころからスミレを「親なし」とからかってきた少女たちの攻撃が、中学に上がって苛烈さを増したのは辛かったが。

(大丈夫よ、スミレ。わたしはスミレを必要としているわ)

 オリエと出会ったのはその頃だった。階段下の小部屋の中に、突然姿を現した彼女は「ディストキーパー」だと名乗った。「平たく言えば正義の味方」で、人知れず「ディスト」という怪物と戦っている。正しい者の味方だからスミレの下を訪れた、とも言った。

 スミレはオリエに、「ディストキーパー」に憧れを抱いた。どうしようもない日常を塗り替えてくれるような出会いに思えた。

(ええ、もちろんスミレもなれるわ。誰よりも正しくあれるなら)

 ほどなくして、パサラが現れた。スミレはオリエの言った通り、「ディストキーパー」のことは初めて聞いたふりをして、「誰よりも完璧に正しくなりたい」と願った。

 もう正しくなったんだったら。スミレは思う、学校になんて行かなくていいよね。この頃からほとんど学校に顔を出すことはなくなった。伯父夫婦は勿論、担任すら何も言わなくて「やっぱりボクは正しいんだ」と確信を深めた。

 「ディストキーパー」になってからも、スミレのよりどころはオリエだった。

(パサラは『エクサラント』の住人だから、人間の事情がよく分かっていなくて、しょっちゅうおかしなことを言うわ。だから、わたしの言うことを聞いておけば大丈夫)

 アキナの「世直し」を目撃したのも、オリエの指示であった。

(今夜、面白いことがあるの。偶然のふりをして、駅前に集まる子たちに合流なさい。ええ、塾帰りとでも言っておけばいいわ)

 そこでアキナの所業を目にし、スミレは心震えた。そうだ、こうすればいいんだ。どうしてオリエはボクに「悪人を殺せ」と言ってくれなかったんだ。

 翌日尋ねると「あれはその場しのぎでしかないのよ」とオリエは眉をしかめた。

(結局、あんなやり方は、痛みを先延ばしにしているようなものなのよ。弱い心が振りかざす正しさでしかないの。スミレは違うでしょ? 本当の正しさを持っているでしょ?)

 そして、「もっといい方法を準備しているわ」とオリエは計画を明かしてくれた。

 古い世界を壊して、新たな世界を作り上げる。自分を必要としてくれるオリエの世界なら、今よりずっといいに決まっている。

(古い世界を徹底的に破壊するの。それが正しいやり方でなくって? ええ、もちろん大暴れすればいいわ。全部全部、間違っているのだから――)


 スミレは目を覚ました。何だか昔の夢を見ていたような気がした。

 両手足に力を入れる。トウコに撃たれた箇所は再生していたが、あの大きな「ディスト」と一緒に、体の中にあったはずの確かな何かが抜けてしまったような気がしていた。

 槍を杖代わりにようやく身を起こす。辺りを見回すと、オリエが自分に背を向けて立っていた。遠くに、あの大きな「ディスト」の影が見え、そちらの様子をうかがっているようだった。

 スミレがよろよろと立ち上がっても、オリエは気付く素振りはなかった。「生きていたのね」も「よかった」もなかった。手を貸してさえくれなかった。そこに何よりも大事なものが入っているかのように、自分のお腹に両手を添えていた。

 立っているのが辛くなって、スミレはぺたんと座り込んだ。股の間が何だかぐちゃぐちゃして気持ち悪かった。肩で息をするスミレに、まだ気づかない。

 何か言ってよ。荒い息の隙間でそう訴えたが、聞こえないようだった。届かないようだった。何もないフリをしているのだ。スミレにとってはよく知っている扱われ方だった。

 ただ、オリエにだけはその態度を取ってほしくなかった。

 ボクはもう必要なくなったの? あの十字を産んだらもういらないの? 何をそんなに大事そうに抱え込んでるの? それはボクよりも大切なの?

 そんなもの、壊れちゃえばいい。ボクより大事なものなんて、オリエには必要ないだろう? スミレは槍を握り締めた。十字型の雷に紛れて、もう一つの電撃が爆ぜる。

 そうそう、不思議なことがあるんだよ、オリエ。どうしてだか、オリエはボクの本当のお母さんに顔とか似ている気がするんだ。こうしてボクを、最後には置いてきぼりにしようとするとことも、同じとは思わなかったけどさ。

 スミレはそっと槍を構える。そこからは音よりも速かった。
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