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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[六]終末の十字架

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6-2

「さすが、正確だな」
「あなたがおおざっぱすぎるの」
 

「邪ッッ!」

 拳に生成した炎の刃をアキナは十字型の中心付近に突き出す。巨大なその体は身じろぎもせず、ダメージが通っているのか定かではない。炎が燃え移る様子もない。あの鳥型の時のように、ある程度ダメージを与えねば燃やせないようだった。

 一方、トウコはアキナとは逆側で拳銃「エクリプス」を構えていた。彼女が「プログレスフォーム」となった時に出現した六枚の装甲板は、十字型の上空に取り囲むように展開している。トウコが「シェル・リフレクター」と呼ぶこれらは、基本的は相手の攻撃を防ぐための盾であったが、「エクリプス」の光の銃弾を増幅して反射することができた。六枚をうまく反射すれば、通常の六四倍の威力となる。

「食らえ、『ヘキサ・ブラスト』!」

 六枚の「シェル・リフレクター」をジグザグに反射し、大きさを増した光の弾丸が十字型の、左の横木の付け根を穿つ。ぴしり、と表面の紫にひびが入ったのをトウコは見逃さなかった。

「もう一撃!」

 引き金を引こうとした瞬間、ざわりとした気配を感じた。光の「ディストキーパー」だからこそ分かるこの感覚。雷が、来る。

 トウコは自分の体を光の塊に変え、アキナの下へ飛んだ。すぐに人の姿に戻り、攻撃を続けようとするアキナの肩を有無を言わせずにつかむと、また自身を光に変えてその場を離れた。同時に、十字型の周囲に何条もの落雷が起きた。

「あっぶね……」

 少し離れたマンションの屋上からその様子を見ながらアキナは一つ息をついた。十字型はどうやら雷を放つにはある程度の「溜め」の期間が必要なようであった。その隙に近づいて攻撃を加え、雷の気配をトウコがキャッチしたら光になってアキナと一緒に離脱する。そういうヒットアンドアウェイ戦法を取っていた。

「しかし、硬いな。まだ火がつかない」

 ボヤくように言って、肩で息をするトウコを見下す。

「大丈夫か? ワープ、消耗激しいんだろ?」
「平気。あと三回はいける」
「そりゃキツいな」

 今の手ごたえでは、後三回同じことを繰り返しても倒せるとは思えなかった。

「とりあえずワープは要だ。お前はそっちに専念して、攻撃はあたしに任せろ」
「そうさせてもらうわ」

 素直にうなずくトウコを、意外そうにアキナは見た。

「意地を張っている場合ではないもの。それに、『アメジスト・オン・ゴルゴタ』に弱点を作ってやった」

 名前付ける余裕はあるのかよ、と呆れながらアキナは弱点について尋ねた。

「左の横木の付け根。同じ一点を攻撃し続けたおかげでひびが入った」
「さすが、正確だな」
「あなたがおおざっぱすぎるの」
「だな。サンキュ、そこ狙うわ」

 アキナは一つうなずくと、屋根を伝って十字型の方へ向かって行った。


 アキナの背を見送りながら、トウコは昔の記憶を思い返していた。
 トウコが「最初の改変」によって、「成田トウコ」を名乗るようになる前から、彼女はアキナのことを一方的によく知っていた。それはやはり、「お手柄! 空手少女」の新聞記事のためである。この町内に、現実に悪と戦う同年代の少女がいる。その事実がトウコの胸を躍らせた。

 トウコは空想の好きな少女だった。学校にテロリストが攻めてきた時の対策に余念はなかったし、自分の隠された力が開花するのを心待ちにしていた。

 そういう「設定」を、ノートに書きためたりし始めたのは中学に上がってからだった。

 「成田トウコ」というキャラクターもその時に生まれた。闇の力を帯びた天涯孤独の拳銃使い。冷静沈着で、群れることを嫌い、どんな時でも最適解をはじき出す。ちなみに「トウコ」という名前は、当時の彼女の名前の読み替えであった。

 パサラがやって来た時、ついに自分の隠された力が目覚めたか、と嬉しくなった。ただ、その気持ちはパサラの話を聞くたびにしぼんでいったが。

 それでも『どんな改変でもできるよ』というパサラの言葉に気を取り直した。その改変で自分を「成田トウコ」にしてしまえばいいと気付いたのである。

 こうして彼女の上に「成田トウコ」が上書きされた。天涯孤独という設定の余波で両親の存在が消えたが、設定上他人が消えたにすぎないので何の感慨もわかなかった。ただ、自分の属性が「光」なのは気に食わなかったが。

 そして、あのアキナが「ディストキーパー」としてトウコの前に現れる。このことに彼女は運命を感じざるを得なかった。何故なら「成田トウコ」のライバルとして設定していたキャラは、アキナを勝手にモデルにした炎の空手家だったからである。

 どんな戦いも、自分の空想が現実になったとしか思えなかった。どんな「ディスト」が襲ってこようとも、冷静に冷徹に戦いをこなす。たとえ戦いで死ぬ時がこようとも、受け入れられるのだろうなという確信があった。それが、彼女の望んだ成田トウコなのだから。


 トウコがつけたというひびは、すぐに見つかった。十字型の表面は紫色をした半透明の、ごつごつした結晶のような物質に覆われている。ひびはそこに入っていた。「プログレスフォーム」でも短い距離しか飛ぶことができないアキナは、十字型の側面に組みついて、右の拳に炎の刃を作り出し、ひびに突き刺した。

 がりがりと音がして、炎の刃が中に侵入していく手ごたえがあった。行けるか。炎を更に強く送り込み、大きさを増した刃で振り上げるように切り裂いた。

 十字型がその巨大な体を揺らし、「ディスト」特有の名状しがたい悲鳴を上げる。刃でついた傷は十字の中央部分にまで達していた。

 ど真ん中をぶち抜いてやる。アキナは結晶のでっぱりを利用して器用にのぼり、一旦空中に跳んで、両手に生成した炎の刃を傷に叩きつける。ガラスの割れるような大きな手ごたえと共に、中央部分の表面が割れた。

 よし、このまま! 空中で拳を握りしめたアキナの目に、十字型の中央部分、カバーが割れ露出した中身が映る。奈落のような深く黒い穴が開いていた。

 そこに紫色の光の玉が収縮していく。その耳をつんざくような高い音と共に、アキナの中の「勝負勘」とでも呼ぶべき本能が警鐘を鳴らした。

「ヤバッ!?」

 アキナが声を上げるのと、光となったトウコが彼女に追いつくのと、十字型の中心から極太の光の束が照射され、二人を飲み込んだのは同時であった。


 「インガの裏側」の中も、決して安全ではありませんでした。

 そこら中に「ディスト」のあのブレた輪郭線が、にょきにょきと立っているのが見えます。わたしが初めて遭遇した巨人型が多いようでした。

 ただ、それを倒すために出撃したのでしょう、他の地域の「ディストキーパー」のものと思しき、炎や氷や雷が灰色の世界に色彩を与えていました。

 今、「エクサラント」の指揮系統はどうなっているのでしょうか。オリエ先輩は「『エクサラント』と『人間界』を切り離した」と言っていましたが、こうして戦っている人たちがいるということは、別の地域のパサラにあたる存在が指示しているはずです。

 多分、まだ仕組み的なものは作り替えられていないのでしょう。オリエ先輩の「インガ」改変がどういうものかは分かりませんが、かつてパサラが人間を一人消した時のほどには簡単にはいかないようでした。

 「ディスト」に見つかると厄介なので、できるだけ低空を飛ぶことにしました。このトウコさんから託された「エクリプス」という拳銃しか、わたしに武器はないのですから。

 弾は九発だ、という確信がありました。初めて変身した時に背中の布に風を集めるのだと分かったように、「ディストキーパー」の装備品は手にしたら使い方が分かるようになっているのでしょう。

 パサラがいたら、そのことも確かめられるのでしょうが、生憎と死んでしまいました。パサラ。優しい毛玉。色々なことが続きすぎて、何かを思い出そうとするとそれらが芋づる式に顔を出して、わたしの心の表面を穴ぼこだらけにするのです。

 キミちゃん。水島。わたしが殺して。スミレは生きている? わたしはまたこれから殺して。わたしは首を横に振りました。これ以上穴を開けたらこの拳銃で自分の頭を打ち抜きたくなります。死にます。水島のように。体に穴の開いた。

 ダメなようでした。気分転換にしたって、変えるのが苦手なわたしなのです。何とか、何とか飛ぶことだけは忘れずに、学校につくことだけは忘れずにいなければ。

 わたしは「エクリプス」を抱き寄せました。「葉山、行きなさい」というトウコさんの声が蘇ってきました。「頼んだぞ、ミリカ」というアキナさんの言葉も。頼まれたのです、あの人に。それは誇らしくて恐縮でもにょもにょで、もにょもにょなのでした。

 倒れてきた「ディスト」をかわし、戦闘の音を聞き流しながら、わたしは学校にたどり着きました。「インガの裏側」の学校は、二つあるどちらの校舎も健在で、その辺りは連動していないのだなあ、と今更ながらに思いました。

 風を大きく集めて、校舎の壁に沿って上昇し、わたしは屋上に降り立ちました。当然ですが、誰もいません。オリエ先輩が「インガの裏側」に引きこもっていたら嫌だな、と一瞬思ったのですが、そうはしていないようでした。

 屋上から一旦校舎に入り、その鉄の扉の前に立って一つ息をつきます。「ホーキー」を胸元から外し使おうとして、わたしは思い止まりました。

 ここからのこのこ出て行っても、返り討ちにされるだけではないか。しかし、屋上の出入り口はここしかないのです。向かいの校舎から狙撃する? それだけの腕がわたしにあるでしょうか。トウコさんの銃弾が必ず当たるのは、光の能力のお陰なのです。わたしは風、風に光が制御できるでしょうか。

 少し考えて、わたしは下の教室の窓から出て、空を飛ぶことでオリエ先輩との間合いを詰め、間近から拳銃を撃とうと計画しました。うまく行く気はしていませんでしたが、やるしかないのです。自信がないのはいつものこと、変に「できる」と思う方が、わたしにとっては毒なのです。

 下の階に降りましたが、鍵の開いている教室はありませんでした。当然です、こちらは特別教室棟、しかも資料室なんかの普段使わない部屋が密集しているのですから。

 結局トイレの窓から出ることにしました。ドアじゃないから無理かもしれない、と思いましたが、「ホーキー」をかざすと「コーザリティ・サークル」と同じ形の鍵穴がちゃんと出現しました。

 鍵を差し入れて回し、トイレの窓からわたしは「人間界」へ飛び出します。一気に上昇して、屋上のオリエ先輩目掛けて突進しようとしました。

 その時、強い雷が近くに落ち、わたしは一瞬目がくらみました。やがて光が去って、視界が戻りましたが、見渡す屋上にはオリエ先輩の姿はありませんでした。

 スミレはいました。倒れていたはずですが、座って自分の槍をお腹に突き差し、黒こげになって動かなくなっていました。多分、死んでいるのでしょう。その周囲に煙が上がっているので、さっきの雷に打たれたのでしょう。

 ではオリエ先輩は? 逃げたのかとスミレの周りを探すと、ショッキングなものが転がっていました。こういう事態が続いたのが今日という日でしたが、さすがに声を上げてしまいました。

 見覚えのある下半身でした。足が伸びきっていてお尻を上にしているので、立っているところを背後から斬られたのだろうと推測できます。誰に?

 もちろん、その近くにいるスミレがやったのでしょう。

 下半身は膝下のスカートをはいていました。この長さは補助型のものです。


 間違いなくオリエ先輩のものでした。
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