挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[五]琥珀の時間

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

24/31

5-2

「葉山さんが弄ばれることもなかったかもしれない」
 

「何で、こんなことをする?」

「何度も説明したでしょ? わたしは新しい世界を創る、って」

「『エクサラント』に頼らない、か。そんなもんがうまく行くとでも思ってるのか?」

「今よりはマシにするわ」

「どうだかな。仲間殺しの言うことは信用ならん」

「水島さんを殺したのはわたしじゃないわ」

 傍らの、穴だらけになった水島の死体を琥珀の中に収めながら、オリエ先輩はわたしに視線を向けました。

「それに、仲間殺しならアキナ、あなたも同じでしょう?」

 あの夜、オリエ先輩から聞いた話を思い出されました。アキナさんはかつて仲間だった四人を殺した、そう言っていました。そして、アキナさんのその記憶は、琥珀にしてオリエ先輩が持っている、とも。

「その通りだ……。だけど、そうであってもあんたを信用する理由にはならない」

 あら、と初めてオリエ先輩に動揺の色が見えました。

「受け止めたのね。予想外だわ」

「だからこうやって追って来てるんだろうが。お前の撃ち込んできた琥珀のお陰で、全部思い出したよ。あたしのやったこと、かつて仲間だった四人のことも」

「あら、あの時のように動けなくなるかと思ったけれど。わたしが思っているよりも、あなたは強かったのね」

 アキナも誘えばよかったわ、とオリエ先輩は首を横に振りました。

「冗談。誘われて、乗るとでも思ってんのか?」

「どうかしら? あなたの知らないことをわたしは知っていて、だからこんなことを企んだのだとしたら? あなたもそれを知れば、こちらにつくのではなくて?」

「御託はいい」

 アキナさんは拳を構えてオリエ先輩を鋭い視線で見据えます。後ろにいても、今にも殴り掛かりそうな気配が感じられました。溜めた右足に力が入ったのが分かります。

「待ちなさい」

 そんなアキナさんを、トウコさんは手で制しました。

「言わせればいい。この世界に疑問を感じているのは、あなたも同じはず。一方的に打ちのめす資格はないわ」

「だけど――!」

「聞いて、その上で決めねばならない。これは必要な手続きよ」

 その目はアキナさんを見ていましたが、わたしにも言っているように聞こえました。トウコさんは見通しているのです。わたしがオリエ先輩に賛成か反対かを表明していないことを。選べと言うのでしょう、わたしがどちらにつくかを。

 アキナさんはもう一つ舌打ちをして、一旦拳を下ろしました。オリエ先輩はにっこりと、本当に嬉しそうに笑って、隣に横たわるスミレに琥珀を落としました。

「そうね……まず、『エクサラント』について。あそこがどういう所か、あなたたちは知っている?」

 どういう所、と言われても。毛玉がたくさん住んでいる国なのでしょうか。いや、でもパサラは前にあの毛玉の姿は「人間界」でのものだと言っていたように思います。

「結論から言えば、『エクサラント』なんて国はどこにも存在しないの」

「はあ? 現にパサラはそこから来たって……」

「正確に言えば、あなたたちが想像するような国、国家がないということ」

 そう説明されても、ピンときませんでした。アキナさんもそれは同じようでした。

「『エクサラント』から来たパサラ。それは方便に過ぎない」

 オリエ先輩の言葉を継いだのはトウコさんでした。

「あら、あなた知っていたの?」

「パサラに聞けば答えてくれる程度の話。得意ぶって話すことでもない」

 ちくりと嫌味を言って、トウコさんは説明を続けます。

「『天使』『御使い』『善のジン』『精霊』『天部』『仏の使い』『化身』『来訪者』……さまざまな名前、さまざまな姿をパサラたちは持っている。その国や地域の風俗習慣、宗教、神話などによって『エクサラント』の使いは、いいえ『エクサラント』そのものも、『天国』や『彼岸』『浄土』、『精霊界』『外宇宙』など、たくさんの名前を持つ。そうやって多くの名を使い分けながら、人間の歴史を見守ってきた」

 方便、とトウコさんが言った意味が何となく分かりました。この国で「異世界から来たかわいい生物」という体で現れたのは、テレビアニメなんかの影響が強いからでしょうか。

「では、そのわたしたちが『エクサラント』と呼んできたものはなんなのか」

 それはご存知? と問われてトウコさんはどこか得意そうにうなずきます。

「『エクサラント』とは、この星のすべての人間の願望の集積地帯。パサラの言う『インガの改変』とはすなわち、多数派が『何となくこうなったらいい』と思っている方向に世界を舵取りするということ」

 願望、といっても、それはぼんやりとした思いなのだそうです。多くの人間が何となく持っている「将来的にこうなったらいい」という薄らとした期待、それがたどり着く場所が「エクサラント」なのだ、とトウコさんは言います。

「そう。そんなぼんやりとした考えが、ここまでこの世界を回してきたの。おかしな話だと思わない? 道理で間違いだらけのはずだわ。だから二回も大きな戦争があって、数えきれないくらいの紛争が起きて、人は進まないままなのよ」

 憎々しげに言い放ち、オリエ先輩はまたスミレの上に琥珀を落としました。

「あなたはどう思った? トウコ。その話を知って」

「別に。特に何も」

 いつも以上に平坦な声音でした。言っている内容以上のものがまったくない、薄っぺらな九音の言葉でした。

「あなたはいいわね。無感動で無感情、そんなキャラクターを自分に上書きしたのだから。でも、わたしは違うのよ。中学生が紙に書いた、幼稚な絵空事の『あたしの考えたかっこいいヒロイン』じゃないから」

 トウコさんが上書きしたのは、この人が考え出したキャラクターだったようです。ものすごく納得できました。本人は無表情にお返しの嫌味な暴露を受け止めていましたが。

「アキナ、あなたはどう? 腹立たしく思わない? あの変質者に襲われたのだって、そうやって『ぼんやり』『何となく』で世界が進んできたからではなくて?」

 そう来るか、とわたしはアキナさんの顔をうかがいました。強く歯を噛んで、アキナさんはオリエ先輩を見つめています。

「もっと確固たる信念で、世界が回っていたならば」

 芝居がかった動作で、オリエ先輩は大きく両腕を開きました。

「浅木さんのおうちがやっている会社は、傾かなくて済んだかもしれない。
 人間同士の関係はもっと進歩して、水島さんのように人間関係に悩むことはなかったかもしれない。トウコも空想の中に逃げ込まなくてもよかったかもしれない。
 責任ある人間が増えたなら、スミレのように両親に見捨てられる子もいなかったかもしれない。あるいは――」

 思わず、体が震えてしまいました。オリエ先輩があの大昔の未知の力を封じたような瞳で、わたしを見ているのです。

「葉山さんが弄ばれることもなかったかもしれない」

 そうでしょ、と念を押されたような気がして、わたしは逃げるように目を伏せました。

「わたしが創りたいのはね、そういう世界なの。確固たる意志と目的を持った大きな存在が、愚昧な『ぼんやり』『何となく』を導く。石ころばかりを放り込まれた、『過剰に不幸な人間』なんていない。これが、正しいあり方なのよ」

 本当にそんなことができるなら。そうわたしは下を向きながら思いました。

「あなたがその、大きな存在になると?」

「正確には、わたしと、この『インガ』の詰まったたくさんの琥珀たち」

 琥珀に閉じ込めた多くの「インガ」によって、個人では処理できないようなことも何とかしてしまえる。それがオリエ先輩の立てた見通しでした。

「それに、わたしのやり方ならば、『ディストキーパー』を作る必要もなくなる。そう、あなたたちは『ディストキーパー』という存在に違和感を覚えたことはないかしら?」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ