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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[四]生き方の二択

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4-2

「古い世界を徹底的に壊してからの方が――素敵でなくて?」
 

「オリエ先輩、どうして止めないんですか!? まさか先輩も、こんな虐殺がアキナと同じことをしてるだけなんて、言うつもりじゃないでしょうね!?」

 やはり「ディストキーパー」に変身済みのオリエ先輩は、大きく息を吐きました。今度はやれやれ、と言うように首を振ります。

「同じだなんて言わないわ」
「だったら……!」

「わたしたちの方が、より崇高な理念に基づいて行動しているもの」
 ねえ、とオリエ先輩はスミレの頭を撫でます。

「そうだよ。小手先の『世直し』なんて正義が足りないんだよ。だってボクのこと、助けに来てくれなかったし」

 何を言っているのでしょうか。本格的におかしくなったとしか言いようがありません。いえ、おかしく「された」のかもしれません。そこで微笑んでいるオリエ先輩に。

「崇高な理念って……あんたら!」
「ともかく聞いてくれるかしら? 何も聞かずに攻撃するなら、それこそあなたの言う虐殺と何ら変わらないでしょう?」

 キミちゃんはハンマーを少し下しました。わたしはまだ警戒を解かずに、風を少しだけ集めて足元に溜めていました。オリエ先輩が攻撃してくるとは思っていませんでしたが、スミレが何をしでかすか分からなかったからです。

「まず一つ、謝らなければならないことがあるの」

 ウソをついていた、ととても小さな過失についてオリエ先輩は話します。

「わたしは『ディストキーパー』になって一年。そう言っていたけれど、本当は違うの。もっと長い。そうね――二十年以上やっているかしら?」
「はあ?」
「パサラは最初に言ったでしょう、『ずっと「ディスト」と戦い続けなければならない』って。いつか『ディスト』に殺されるまで、わたしたちは同じ時に留り、繰り返さなくてはならないの。別の『ディストキーパー』を作るよりも、『インガ』を歪めてでも経験ある『ディストキーパー』をずっと使い続けた方が、効率がいいそうよ」

 「信じられない」というより「何を言っているんだ」という顔をキミちゃんはしました。わたしも同じ気持ちでした。大体、そのこととこの惨状や「崇高な理念」とやらが、どこで繋がるのでしょうか。

「加えて、『アンバー』の『ディストキーパー』は希少。だから、パサラはわたしがずっと少女でいるように『インガ』を改変した。それ以降に加入する『ディストキーパー』と生活時間を合わせるためだけに」

 中学を卒業すると、パサラが「インガ」を改変して、また中学一年生に戻される。そのサイクルを六回以上繰り返してきた、とオリエ先輩は言います。

「最初の十年ぐらいはよかったんだけどね、だんだんと虚しくなってくるでしょう? わたしは家族とも引き離されて。同い年だった子やわたしの妹も、就職したり結婚したりしているのに。それなのに、わたしには未来がないのよ」

 それだけじゃないわ、とオリエ先輩は肩をすくめます。

「一四四人。それだけの数の仲間が、わたしを通り過ぎていった。でも『ディスト』との戦いは終わらない。よほどの聖人かバカでなければ、嫌気がさして当然ではなくて?」

 あなたたちに想像できるかしら、とオリエ先輩は口元だけで笑いました。

「わたしが安定させた『インガ』の上で、みんなのうのうと暮らして。そのクセわたしのことを誰も覚えていない。『インガの裏側』を訪れるたび、この灰色の空間がわたしの生きる場所なんだって、思い知らされるの」

 辞めたい、とパサラに言ったこともあったそうです。しかしパサラの返答は『「最初の改変」の時にずっと戦ってもらうと説明しただろう』と取り付く島もなかったとか。

「じゃあ、どうしたら辞められるのか。次の十年はそれを試行錯誤する日々だった。その中で気付いたわ。わたしも『インガ』を改変できる、その可能性に」

 オリエ先輩は琥珀を一つ手に取りました。

「この中には知っての通り、『ディスト』の破片や死んでいった『ディストキーパー』の記憶、切り取られた『インガクズ』が詰まっている。言わば、『インガ』の断片ね。その力を借りて、わたしは攻撃したりバリアを張ったり、傷を治したりしているの。それも言いかえれば、『インガ』の改変よね?」

 多かれ少なかれ、「ディストキーパー」はそうやって「インガ」を歪めているのだそうです。何もないところに風を吹かせたり、炎や雷を出したり、物を重くするのも、確かに「インガ」を改変していると言えるでしょう。とりわけ「アンバー」にはその風とか炎といった属性に縛られないという利点がある、ともオリエ先輩は言います。

「わたしの背中にある、この『インガの輪』はね」

 オリエ先輩は背中の大きな輪っかを示しました。よく見ると、その表面には琥珀がたくさん張り付いていました。

「『インガクズ』のエネルギーを増幅する力があるの。これと琥珀をうまく使えば、もっと大規模な『インガ』のコントロール、つまりパサラのようなことができるんじゃないか。自分たちで『インガ』をコントロールできるようになれば、パサラや『エクサラント』は必要なくなるんじゃないか。そう気付いたの」

 最初は、ごく小規模な改変から始めたのだそうです。それは見事に成功して、パサラにも感知されなかった。それから実験を重ね、ついにオリエ先輩はたどり着いたのです。

「この世界を丸ごと書き換えてしまう大規模な改変。『エクサラント』を消して、わたしたち自身がすべての『インガ』の行く末を決められる、そんな世界にする方法に」

 わたしは思わずキミちゃんの顔を見上げました。キミちゃんは目を見開いて、オリエ先輩を見ていました。言っている意味が分からない、といった感じでした。

「七〇人。理論上、それだけの『アンバー』の『インガの輪』が必要だったわ。でもさっきも言ったように、この能力は希少なもの。発現している人たちも、わたしと同じように何度も同じ人生を繰り返させられている子もいて、一筋縄ではいかなかった」

 だから苦労したのよ、とオリエ先輩は背中の輪を手で示します。

「七〇人全員を殺して、琥珀とこの『インガの輪』を奪うのは」

 事もなげに言い放たれた言葉に、キミちゃんはぎりりと歯を噛みしめました。

「何言ってんの? そんなのパサラにバレるんじゃ……」
「改変したのよ。『ディスト』との戦いで戦死した風に」

 感知されなかった実験とは、このことだったのでしょうか。いや、もっとリスクの低いことから試してみたのでしょう。例えば通行人とか、学校の人とか。アキナさんの記憶を奪ったのも、あるいは実験の一環だったのかもしれません。

「そうしたら『エクサラント』はどうしたと思う? 他の人間の『インガ』を改変して、『アンバー』の『ディストキーパー』をでっち上げたのよ? そんなことができるんなら、どうしてわたしの人生を奪ったのかしら」

 オリエ先輩の顔の下半分は柔らかい笑みの形をしていましたが、その瞳にはどうしようもない憎しみの黒が溢れているようでした。琥珀を中から食い破って、古代の大きな昆虫が出てくるとしたら、こんな震え方をするのでしょうか。

「計画を打ち明ける相手は慎重に選んだわ。それで見つけたのが、この子」

 スミレの肩に手を置いて、オリエ先輩は続けます。

「『完璧に正しくありたい』。そんな願いを持つスミレは、わたしの描く新しい世界にぴったりではなくて?」

 くすぐったそうに、無邪気な笑みをスミレは浮かべました。同性から見ても、かわいらしい顔です。同じ表情を、人を槍で何度も刺していた時にしていたのを知らなければ。

「……方法とかさ、せっかく説明してくれても、よく分からないんだけど」

 キミちゃんは鋭い目で二人をにらみながら言いました。

「世界改変ができるようになったんだったら、こんなことしてないですぐに書き換えちゃえばよかったんじゃないですか?」

 確かにその通りです。こうして暴れたりしたら、わたしたちに見つかって止められてしまう可能性があります。それを考えられないオリエ先輩ではないはずです。

「そうよ。そうそう。本当はその通りなのだけれど、やっぱりね……」

 オリエ先輩はスミレから体を離して、両手を広げて見せました。

「古い世界を徹底的に壊してからの方が――素敵でなくて?」

 狂ってる。キミちゃんはそう吐き捨てました。

 その傍で、わたしは何となく納得できるような気もしていました。古い世界に合わせることを強いられてきたオリエ先輩としては、自分に合う新しい世界を創る前に、同じだけ古い世界を痛めつけてやりたいのでしょう。わたしも、感情的には理解できます。

 ただ、そうするとこうやって見つかるリスクも増えるわけで。だからきっと、新しい世界を創るよりも、古い世界を壊すことの方が大事なんだろうな、と思いました。

「狂ってないよ、正しいよ」

 反論してきたのはスミレでした。

「狂ってるって思うのは、古い世界の常識に照らしてでしょ? 新しい世界ではこれが正しいんだよ。だって、新しい世界の方が正しいんだから」

 分かるよう分からないような、やっぱり意味不明なような。その辺りはやっぱりスミレだなあ、とわたしは呆れました。

「ともあれ、キミちゃんは反対なのね」
「事情は分かるけど、やり方が気に食わないね」
「きっとそう言うと思っていたわ」

 ぽん、とオリエ先輩は胸の前で手を合わせました。

「あなたは優しいもの。他人に共感して、その立場で物を考えられて、だけど自分の芯はぶれない。アキナが一目置くのも分かるわ。だから――」

 オリエ先輩がそう言った瞬間には、キミちゃんのすぐ目の前、つま先が触れるぐらいの位置にスミレが槍を構えて立っていました。目にもとまらない一瞬の移動、風を展開させる余裕もありませんでした。


「邪魔なのよ」


 スミレの槍の穂先は、キミちゃんの胸の装甲を貫いて背中から顔を出していました。
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