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深淵少女エメラルド 作者:雨宮ヤスミ

[二]「インガ」の交差点

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2-7

「使えないヤツ」
 

 先手必勝とばかりに、アキナさんがジャンプしました。わたしは風を操り、その体を鳥型まで届けます。一拍遅れて水島もその後を追いました。

 挟撃を受けた鳥型でしたが、さすがに上手く飛んでかわしました。上昇したそれを追わせずに、二人を鉄塔の上に着地させ、わたしもそちらに向かいました。

「ちょっと、こんな、高いとこ、怖いんだけど……」
「我慢しろ」

 鉄塔の端にしがみつく水島を見て、そういうぶりっ子はよそでやれ、とわたしは白けた気分でした。今も鳥型は頭上を旋回していてこちらを狙っているというのに、思い込みだけの恐怖症なんて引っ張り出してきている場合ではないのです。

 鳥型は一旦大きく距離を取り、そこから勢いをつけて突進してきました。アキナさんはわたしに体を寄せ、水島をつかむよう指示します。わたしは左手にアキナさん、右手に水島を抱いて空中に飛び出しました。右側から派手な悲鳴が聞こえましたが、無視して風をあつめます。合計三人分でしたが、わたしの風の力も上がってきているのか、楽に飛ぶことができました。

 鉄塔にぶつかった鳥型は、すぐに体勢を整えてこちらを追ってきました。くちばしや足の爪による攻撃を、右に左に上に下にと避けます。

「ちょっと、ゆら、揺らさないで!!」
「叫んでばっかだな!」
「叫ぶよそりゃ!」

 水島が何か言っていますが、わたしは回避に専念していました。わたしにできるのは防御と回避と、牽制程度の少しの攻撃だけなのですから。鳥型を落とすような大技は、わたしの腕の中の二人の仕事です。

「できるだけ運動公園の敷地内で飛びまわってくれ。どれだけ揺れても構わない」

 さっき鉄塔が折られてしまいました。これ以上破壊されると厳しいかもしれません。

「揺らすのは、勘弁して……」

 やめてくださいとわたしが懇願してもやめなかった癖に。元より気にするつもりもありませんでしたが、この一言で水島の悲鳴を完全に無視できるようになれました。

 そうなると大胆な回避手段を取れるようになり、宙返りで鳥型の後ろにつけることができました。

「いいぞ、ミリカ!」

 アキナさんが褒めてくれたので、右側で目を回している女は、お菓子の空き箱くらいの存在になりました。投げ出してもいいとすら思えました。

「この距離ならいけるか……」

 投げ出せ、という指示は左から来ました。わたしは少しスピードを上げて、鳥型よりも高い位置につけて、そこからアキナさんを投下しました。

 わたしの風の助けもあり、アキナさんはうまく鳥型の背中に飛び移りました。

「落とす!」

 高らかに宣言して、炎の拳を打ち込みます。あの「ディスト」の独特の叫びが上がりました。アキナさんは更に二発、三発と打ち込んでいきます。

 そこでわたしはあることに気が付きました。前の牛型や巨人型の時は、炎が瞬時に燃え広がったというのに、今回は火が点きません。アキナさんがただのパンチを放っているのか、と思いましたが、その拳には確かに赤い光が宿っています。

 アキナさんもおかしいと思ったのか、首をひねっています。その時、鳥型が大きく上昇しました。背中にいたアキナさんは、転げ落ちそうになりながらも、何とか尾羽をつかみました。地面への激突は避けましたが、危険な状態は変わりありません。

 わたしは抱え直していた水島に急いで話しかけました。こんな女の背中に抱きつくのも話しかけるのも嫌でしたが、アキナさんのピンチです。背に腹は代えられません。

「まずいんじゃないのアレ、なんとかしなよ葉山さん!」

 わたしにできないから話しかけたのに、何と頭と察しの悪い女でしょう。わたしは手早く、しかし丁寧に、抱えて飛んでいる間はロクな攻撃手段がないと説明しました。

「じゃ、じゃあどうすんのさ?」

 決まっていますそんなこと。バカにしているのでしょうかこいつは。

「水島さん、お願い、攻撃してください」
「え? ちょ、あたしにばっかりそんなこと言われても」

 ばっかりって、そんなわたしが何もしていないような言い方はないでしょう。というか、わたしは今あなたを抱えて飛んでいるんですけれども。ここでもめても仕方ないので言いませんでしたが、わたしは心中穏やかではありませんでした。イラついていました。風使い的な表現をすれば、暴風雨でした。

 鳥型はアキナさんを振り落とそうと大きく旋回したり宙返りしたりと、揺さぶりをかけています。アキナさんは両手で尾羽をつかみ、必死に耐えていました。しかしそれでも、落とされるのは時間の問題のようでした。

「飛んでんのあんたなんだから、あんたがなんとかしなさいよ!」

 なんとかしろ、しかないのでしょうか。ギャーギャーギャーギャー、こいつを消しておけばよかった、いや三人全部消しておけばよかった、ならここで落っことしてしまおうか、と暗い考えが頭を駆け巡ります。

 でも、今はそんなことをしている場合ではないのです。それではこの女と同じです。仕事に私情を挟まないのが、プロなのだとトウコさんも言っていました。

 鳥型がまた大きく叫んで身をよじりました。尾羽の辺りが燃えています。何ということでしょう、あの状況でもアキナさんは敵を攻撃することを忘れていないのです。あの人の敵を倒すという執念は剣のように鋭いのです。

 ただ、今の状況ではそれはもろ刃の剣でした。ようやく発火した鳥型の体でしたが、尾羽が先に燃え尽きてしまったのです。それにつかまっていたアキナさんは、空中に投げ出されてしまいました。

 わたしはすぐさま加速して、アキナさんに右手を伸ばします。アキナさんも片手で炎を吹き出して体を浮き上がらせ、どうにか合流できました。右手にぶら下がりながら、アキナさんは呼吸を整え、照れたように言います。

「はあ……ちょっと無茶だったかね」

 無茶すぎですよ、とわたしが言おうとした時、わたしたちの真上を黒い影が覆いました。

 鳥型でした。燃え尽きたのは尾羽だけのようでした。翼も体も無傷、健在でした。わたしたち目掛けて急降下してきます。

 避けきれない。そう判断してすぐに風を集めましたが、思うように行きません。二人を乗せての長い飛行や急加速などで、息切れ気味なのです。

 貧弱な風の結界は突き破られ、もろに体当たりを受けたわたしたちは地面まで真っ逆さまでした。後ろへ強烈に引っ張られる感覚の中で、わたしの頭は妙に冷えていました。

 このまま地面に叩きつけられたとして、一番まずいのは何か。誰が傷ついたら鳥型を倒せなくなるか。わたしはアキナさんを抱き寄せて自分の背中でかばいました。

 激突。
 体がバラバラになるような衝撃でした。肺から空気が一気に漏れたようで、目の前がちかちかします。アキナさんは無事のようでした。ついでに水島も。二人とも、力を失ったわたしの腕から離れ、立ち上がっていました。

「ちっ、墜落するなんて……」

 水島が吐き捨てるように言って、わたしを見下します。

「使えないヤツ」

「おい」
 アキナさんが水島の胸を突きました。

「かばってもらっといて、その言い方はないだろ。ミリカが下にならなきゃ、三人とも死んでたかもしれない」
「でも守るのがこいつの仕事っしょ? 落ちてたら意味ないし」
「だったらお前もお前の仕事をしろ」

 アキナさんは運動公園の中ほどに横たわる鳥型をアゴでしゃくりました。さっきの体当たりは鳥型にとっても決死の自爆攻撃だったようです。力なく翼を垂らし、頭だけもたげてこちらを威嚇していました。

「また飛び上がらない内に、倒してしまうぞ」
「……りょーかい」

 不機嫌そうに言って、水島はサーベルを指揮棒のように振るいました。すると、水島の周りに水が集まって、手にしたのと同じサーベルが十本ほど出現しました。聞くところによれば、「空気中の水分を集めて武器を何本も作り出す」という能力だそうです。

「行け!」

 水島が手に持ったサーベルを振るうと、水で作った剣はミサイルのように飛び立ち、左右に均等に分かれて、鳥型の羽にそれぞれ突き刺さりました。

 悲鳴を上げる鳥型に、アキナさんは一気に間合いを詰めてその脳天へ拳を振り抜きます。

「邪ッ!!」

 今度こそ、鳥型の体から大きな炎が上がりました。あの書き表せない奇声と共に燃え落ちていきます。地面に落ちればあっけないものでした。

「終わったよ。立てるか?」

 アキナさんが肩を貸してくれて、どうにかわたしは立ち上がりました。全身の痛みは和らいでいて、どんどん小さくなっているのを感じました。これが「ディストキーパー」の再生力というものでしょうか。

 水島は、じっとこちらをにらむような目で見ています。この薄暗い目つきは、わたしがよく知っている水島ランのものでした。教室で、校舎裏で、トイレで、この視線を向けられてきたのです。

「何なんだよ? 何かあんのか?」

 わたしと水島の顔をアキナさんは見比べます。あると言えばありますが、それはもう最初からなかったことになっています。少なくとも、水島ランの中と、わたしと水島の間には。わたしの中には、まだ残っていて確かに「ある」のですが。

「らしくないぞ、ラン。何か今日、はっきり言って性格悪い」
「わたしが……?」

 ぱちぱちと、水島は何度か瞬きしました。どうにも、自分の今までの発言が自分の意思から出たわけでない、そんな様子でした。

「かもしんない」

 何だか怖いものでも見たように、水島は体を揺らして視線を落としました。どうにも自分の中で制御できない部分があるようでした。

「何でだろうね。葉山さんのこと、何にも知らないのに、変にイラついちゃって……」

 ごめん。
 絶対に言わなかったであろう言葉を口にしました。何となく新鮮な気分でした。それでわたしの中の感情が、すべてどうなるというものではありませんが。
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