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私が私になりうるまでに

作者:榎木ユウ
五十鈴スミレ様主催「決められた婚約者企画」参加作品です。掌編ではありますが、お納めください。
 私には婚約者がいる。

「ふん、お前と俺なんぞ、男爵と子爵の身分の釣り合いで婚約したからに過ぎないからな」
 そう私にいつも吐き捨てるのはハドレー子爵家嫡男クライディップだ。
 因みに彼が言ったように、リヨン男爵家令嬢である私、ルネとは婚約関係であり、来年早々に式を挙げることも決まっている。
 クライディップは23才。対する私は16才なので、まあ、良くも悪くも無難な組み合わせだろう。

「この俺の婚約者が、お前のようなどこにでもいそうな平凡顔の女だとはな」
 彼の暴言は婚約が決まったときからずっとで、いつも彼は私の平凡顔をバカにする。
 どこにでもありきたりな茶色の髪に、同系色の瞳の色。肌はごくごくふつうの色で、顔立ちも普通。化粧をしたら絶世の美女になるってことは、まあ、ありえない。

「まあ、お前の唯一の取り柄は、その風邪さえ引いたことのない丈夫な身体だろうが」
 唯一、クライディップがほめることと言えば、そんなことぐらいだ。
 事実、私は風邪を引いても1日寝ていれば治ってしまう頑丈な身体の持ち主で、自分としてもそれは良かったな、と思う。

「お前のような女は、間違っても王子に見初められることもないだろうしな」
 鼻で笑うクライディップに、私も愛想笑いで返す。
 確かにこの国の王子様はすでに妻帯者で、側室を拒むほど、王子妃にゾッコンだ。
 近隣の国にも私と年があいそうな王子などおらず、私が誰かに見初められるシンデレラストーリーなどないだろう。

「お前は俺と結婚できることを、せいぜい感謝するんだな」
と、いつもクライディップは最後に言うので、私も「ありがとうございますー」と話半分で返すだけだ。
そんな私に対して、私の友人たちは何とも言えない顔で同情を寄せてくる。

「確かに身分も釣り合うし、何も障害のない相手だけど、だからってあんなにルネを愚弄する相手と結婚しなくてもいいと思うのよ?」
 親友のマリアナはそう私に言うけれど、だからと言って親の決めた婚約者を反故にするほどの相手がいるわけでもない。
 私の相手は、ずっと、小さい頃からクライディップに決まっている。

 このまま、この人と結婚して、死ぬまで暴言吐かれて、それを聞き流して生きていくんだろうな、と思っていたら、ある日、私の乗っていた馬車が、道を踏み外して橋の下に落ちた。

 私は強かに身体を打った。

 そのとき見た不思議な夢が4個。

 1個目は、私はどこかの国の王女様だった。ずいぶん、シンデレラストーリーだなと夢の中だと言うのに、鼻で笑った。
 王女様な私は、庭師の男と恋をした。
 だけど、王女と庭師。
 そんな恋は報われない。
 王女と庭師の恋は、バレたら最後。
 王女は無理やり他国に嫁がされ、庭師は死刑。
 そんなのあんまりだと思ったけれど、王族と恋に落ちること事態が罪深いのだと、その身分の差を呪った。

 2個目の夢の私は、踊り子だった。随分、様変わりしたなと思ったら、今度は絶世の美女。ボンキュッボンのナイスバディに、お人形のような顔とか、いつまでも鏡を見ていたい感じだった。踊り子は同じ楽団の楽士と恋人だった。
 だけど、とある国を訪れたとき、その国の王に見初められてしまった踊り子は、王様の妾になってしまう。恋人だった楽士は未練が残らぬように殺された。踊り子は自らの美貌を嘆き自殺した。

 2個でお腹が一杯だというのに、私の夢はまだ続く。3個目の私は、病室のベッドで本を読む少女。見たこともない異世界で、見たこともない綺麗な本を沢山読んでいた。私は自分のお見舞いにきてくれる図書委員の男の子と恋人同士で、彼から借りる本をいつも楽しみにしていた。
 だけど、これもお約束と言えばお約束。
 病弱な私の命は儚いもので、私は長く生きられない自分の体を恨めしく思いながら、死んでいった。もっと本を読みたかったな。もっと図書委員の彼とお話ししたかったな。未練はゆっくりと降り積もる。

 最後の夢で、私は平凡な靴屋の平凡な娘になった。私の好きになった人は、靴職人の弟子。私たちはゆくゆくは店を継いで小さな靴屋を営んでいくはずだった。
 それなのに、たまたま靴を壊してしまった隣国の王子が、靴を直しに入った私の靴屋で、何をとちくるったのか、私に恋をした。私は必死に断ったけれど、世間はやれシンデレラドリームだ、やれ玉の輿だと、祝福するばかり。結局、私は好きでもない王子の嫁になった。王子なんて大嫌いだと泣いた。

 どの夢も禄でもない夢だった。
 夢なら少しぐらい、幸せになってハッピーエンドでいいじゃないかと思うのに、どの夢でも私と私の恋人は不幸で、どの夢でも悲しい終わりに、私は夢だというのに泣いてしまった。



 そんな私の目じりを拭う誰かの手。
 半覚醒の状態だといっていいだろう。
 ぼんやりと頭だけがはっきりしている状態で、私は動けない体で現状を知る。

 そうだ、私は馬車ごと道から落ちたのだ。
 死んでしまったのだろうかと思ったが、聞き慣れた声で、自分がまだ生きていることを知る。

「対等の身分を手に入れた……」
 聞こえてきたのはクライディップの声だった。

「お前はどこにでもいる平凡顔の女に生まれた」
 言われなくても分かっていることを、寝ている私に言うとは、ひどい話だ。

「お前はその丈夫な身体だけが取り柄だ」
 今、死にそうなのか分からないけど、まあ、こうして声を聞き取れるのだから、どうやら生きているのだろう。

「お前を見初める王子など、どこにもいない」
 そうですね。私を見初める王子様なんていない。

 そこで、ギュッと強く手を握られた。痛い、と感じるほど、強く手を握られて、次に聞こえてきた言葉に、私は耳を疑う。

「やっと……やっと、お前と一緒になれる未来を手に入れられたんだ。頼むから死なないでくれ……」
 それは、初めて聞く、クライディップの震える声だった。泣いているのがわかるほど、かすれた鼻をすする声に、私は驚き、そして戸惑う。

「頼む、死ぬな……死なないでくれ。俺は今度は何を呪えばいいんだ?」
 問いかけるクライディップの言葉に、私は心の中で返す。
 今度は事故に合わないように?
 そんなこと、呪ったところで、どうしようもないときもあるのにね。
 人生は一度きり。
 繰り返しもやり直しも出来ないことを私は知っている。

 パチリ、と私が目を開くと、グシャグシャに顔をゆがませて泣いていたクライディップの顔がそこにはあった。
「……っ!」
 クライディップは私が気がついたと知るやいなや、慌てて顔を逸らし、手を離して立ち上がる。
「ふ、ふん、どんだけお前は頑丈な身体なんだ!」
 そう吐き捨てられた言葉に、私はただやんわりと微笑んだ。

 結局、馬車ごと道をはずれた割には、私は大した怪我もなく助かった。
 あの時、クライディップが言った言葉の意味とか、4個の不思議な夢とか、一体どんな意味があるのか知らないが、私は私以外の何者でもないので、どうしようもない。

 ただ、結婚式の日、それまで散々人に文句を言っていたクライディップが、花嫁姿の私を見たその時だけ、
「綺麗だ」
 と呟いてくれたのは、後々、孫にまで言うほど私にとって嬉しかった一言だったとは告げておく。


 私の人生は私の物だ。
 だけど、私が私になりうるまでに、沢山の誰かの願いが託されたのかもしれない。
 沢山の想いがそこにはあったのかもしれない。
 そのことを忘れずに、毎日を大切に生きた私の人生が、ハッピーエンドだったことは、言わずもがな。


 口は悪いけど、それでも私を愛してくれたクライディップと、私、ルネは、末永く、幸せに暮らしたのです。

めでたし。めでたし。

お読みいただき、ありがとうございました!

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