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第3話
 小五郎と目暮が話し込んでいる頃、新一は目を覚ましていた。
 鎮痛剤を打たれ、目覚めた時のこのけだるさにも、もう慣れた。
 こんな時はいつも目を開けることすら億劫で、ただただベッドの上で時間が過ぎるのを待つ。しかし、そうしてると今自分がおかれている状況、これからの事、黒の組織、体を蝕む毒、考えたくない不安ばかりが脳裏をよぎり、なんとも言い難い気分になった。

 新一は静かに目を開く。
 薄汚れた天井がその瞳に映った。そして、じっと天井を見つめる。何をするのではなく、体を起こすこともせず、ただ、じっと見続ける。
 毎日がその繰り返しだった。

 俺はこれから……どうすればいい。

 発作が起きても、元の体に戻るわけでもなく…ただ痛みに耐える毎日。

「……」

 新一はそっと腕を伸ばす。
 横目で赤黒く変色した部分に視線をやり、苦笑した。 

 情けない。

 薬で発作の痛みを緩和するまでの数時間を除けば、いたって健康体。普通に会話する事も走る事さえもできるから、たちが悪い。
 このまま、何も起こらず、元の生活に戻れるんじゃないかと思う度に、それはいつも裏切られた。
 苦痛に耐える間の絶望感といったらなかった。

 心が折れそうになる自分を何度奮いたたせたことか。

 誰にも心配をかけたくなかった。
 自分の心は弱いのかと思いたくはなかった。
 
 だけど−−−

 もうこれまでなのかと…次に目覚める時がくるのかと…考えずにはいられなかった。

(蘭、泣いていたな)

(おっちゃんもとまどっているみたいだ…)

 新一は無意識にベッドに爪をたてる。

(ごめん…ごめんな蘭、何も言う事ができない俺を許してくれ)

 その瞳から一筋の涙がこぼれおちた。
 頬をつたい、枕をぬらす。

 一度流れ出した涙は止まることを知らず、静かにその頬を濡らし続ける。

(涙……?)

 悲しいんじゃない、体がつらいのでもない。
 この涙は何だというのか。……一体何だと……。

 ああ…それにしても
「のどが……渇いたな」

「工藤!」
 声に驚き、新一は肩を揺らした。
「……工藤」
 もう一度名を呼ばれ、顔だけそちらに向ける。
「服部?」
「子供の姿で泣いても、かわいいだけやで」
 そう言うと平次はベッドの傍まで歩み寄った。
「のど、渇いたんやろ?冷蔵庫ん中入ってるか?」
 しゃがみこみ足元の小型冷蔵庫を開ける。
「なんで…東京に、いるんだ」
「見舞いやないか」
 わざわざ来てやったんやから、もっと感激せえっちゅうねん、と平次はわざと明るくふるまった。
 冷蔵庫の扉を開ける手がかすかに震えていた。
(驚いた)
 まだ寝ていたら悪いだろうと、入口のドアをそっと開けると、一人涙する新一に出くわした。
 衝撃だった。
 あの工藤新一が涙を流すなど、想像もつかなかった。
「……水、あったわ。これでええか?」
 ベッドから起き上がりながら新一は差し出されたペットボトルを黙って受け取った。
 ふたをあけ、まず唇をしめらせる。そして、水を一口含み、ゆっくりと飲み込んだ。

 冷たくてうまかった。

 そしてもう一口。時間をかけ、ペットボトルの半分くらいまで飲みほし、ようやく体が落ち着いた。
寝ている間に失われた水分が潤った気がする。
 それを見届けた平次はおもむろに声をかけた。
「工藤」
「……何」
「いい加減その涙止めろや」
 手を伸ばしぽろぽろと流れ落ちる涙を親指で軽くぬぐう。その行動に今度は新一が驚くばんだった。
「気になってしゃあないわ」
 水を飲んでいる間中、止まることのない涙が、平次の心をずっと揺さぶり続けた。
 何も言うことなく、泣き叫ぶのでもなく、ただ無表情のまま涙をこぼし続ける様は、ひどく悲しかった。
「どっか、痛いとこあるか?さすったろか」
「……痛くない」
 時々、自分の事を本当に子供だと思っているのではないかと感じる時がある。今もそうだ。高校生の姿だったら、涙など躊躇なくふきとるものか。
 自分が子供の姿だから。
(単純な男だ)
 心配そうに覗き込んでくる顔が、何故かおかしくて、ふと笑みがこぼれた。

 



 


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