第1話
「原因不明ですか!?」
小五郎は医師の言葉に驚きの声を上げた。
「ええ……。これまで、考えられるだけの検査をしたのですが、コナン君の症状の原因がまったくわかりませんでした」
「っ!わからないって…そんな」
「たった、一つだけ言えるのが、今の状態は普通じゃないということだけです」
半ば呆然とした表情を浮かべる小五郎に対し、医師は率直に切り出した。
コナンが幸島篤史という男に銃弾を受けてから、約二ヶ月半。退院予定からすでに二週間が経とうとしている。
傷口は順調に塞がり、後は退院を待つばかりだった。しかし、それは起きた。
コナンが急激な発熱に襲われ、倒れたのだ。
それは誰が見ても尋常ならざる状態だった。
「コナン君の今の状態は、毛利さん、あなたも知っている通りです。急激な発熱は、常に四十度をこえ、しかも体中に痛みを伴うらしい。痛みに耐えきれず、ベッドの上で暴れる彼を、大人二人がかりで押さえこまなければ注射もできない。しかもその高熱は前触れも無く起こる。平熱から、瞬時に四十度までの体温上昇、これは明らかに普通じゃない」
医師は持っていたカルテから顔を上げると、おもむろに小五郎に向き直る。
「検査結果はすべて正常。どこも体に悪いところはないはずなのに、コナン君は発作を起こします。どうやら、発作の間隔も短くなっているようです。はっきりって、私はこんな症状を見たことがありません」
「……先生」
心臓が脈打っている。途中から医師の声が遠くで聞こえていた。原因不明の症状、病名も分からない。
自分は……コナンはこれからどうすればいいというのか。
「原因が分からないことには手の施しようがありません。私達にできることは、ただ痛み止めを投与し、コナン君の苦しみを少しでも和らげてあげることだけです」
本当に申し訳ないことです。と、医師の話はそれで終わった。
小五郎は軽く礼を言い、部屋を後にする。
「…原因がわからねえだと?つまりは治る見込みがねえということだろうが…くそっ…はっきりと言いやがって」
小五郎は自らの拳を壁に打ち付けた。鈍い音が響く。眉をひそめ足もとの床を睨みつける。
やり場のない怒りに翻弄される自分が無性に腹立たしかった。打ちつけた拳がジンジンと痛みだす。
何もかもがむなしく感じた。
「っきしょ…」
「なんや、おっちゃん。えらいあれてんなあ」
「…こんにちは、毛利のおっちゃん」
「…おまえら」
不意にした声に顔を上げる。そこには平次、和葉の二人が立っていた。
「おう、来たったで。なんや、あのガキ退院のびてるって聞いてなあ、和葉連れて見舞いに来たんやけど。あいつ何処や?」
「ちょお、平次。もうちょっと声小さあせんと、廊下中に響いてるで。ここロビーやのうて、入院病棟やねんから」
和葉が小声で平次をとがめる。確かにこの静かな廊下では、平次の声はひどく目立った。声というよりもその大阪弁にだが。
「ああ、わかってるて。で、あいつは?前おった病室には、しらんやつおったで?まさか今日退院したって言わんやろうな」
「……ああ、それは」
小五郎は二人を先行して歩き出す。平次達はコナンが病室が変わった事を知らなかったのだ。
「個室に変わった〜?あのガキ贅沢しよって、今、個室ってごっつう高いんちゃうんか」
「そやけど、なんで?コナン君、もうすぐ退院やったんちゃうの」
和葉の無邪気な問いに小五郎はどう言えば分からなかった。
「……なんや、しけた面して、なんかあったんか?」
いつもの小五郎と違う。その表情から何かを感じ取ったのか、頭一つ高い小五郎の背中を平次は見上げた。
丁度廊下の角を曲がった時だった。一番最初に目に飛び込んできた病室の扉が勢いよく開かれる。
そこに現れたのは蘭の姿だった。
「お父さん!!」
蘭は小五郎の姿を認め、訴える。眼に涙をため、ただならぬ様子に和葉は蘭の元へ駆け寄った。
「蘭ちゃん!?どないしたんっ」
「コナン君、コナン君がっ!」
「!」
開かれた扉の中から漏れ聞こえて来るうめき声に血の気がひいた。
また、始まったのだ。
「コナン!」
病室に駆け込み、小五郎はベッドの傍らにひざまずく。
「うっ、あっ」
苦しいのか、コナンは歯を食いしばり、シーツをかたく握りしめていた。
目は見開かれたまま、天井をまっすぐに見ている。
「蘭っ!ナースコールは!?」
「う、うん」
「っく、あ、ああっ!」
のどの奥からしぼり出された叫びが、その場を一瞬にして、凍りつかせた。
「コナンっ!しっかりしろ!」
コナンの小さな体が弓のようにしなり、痙攣する。それを押さえようと、小五郎はコナンの体に覆いかぶさった。
おそらく痛みが全身を駆けめぐっているのだろう。つかんでいたシーツは今や、引き裂かれんばかりだ。
「なんやのっ、一体…」
目の前で繰り広げられる光景に、和葉は戸惑いを隠せなかった。
コナンは呻き、体を痙攣させている。それを止めようと、小五郎がコナンの体を抱きしめる。そして、その傍らで蘭が肩を震わせていた。
今まで見たこともない彼らの様子に、言葉もでない。
平次はというと、自分と同じく言葉が出ない様子だった。ただ、事の成り行きを凝視している。和葉にはそう見えた。
(工藤……!)
新一の苦しんでいる姿には、見覚えがあった。
平次は、何度か同じ場面に遭遇していた。尋常ではない発熱、痛み、そして子供<コナン>の姿から大人<新一>の姿への変身。
今まさに、それが目の前で再現されようとしていた。
(やばい…!?)
平次は焦りを覚えた。このままではコナンの正体が工藤新一だと知られてしまう。
これだけ人がいる状態では、なす術がなかった。コナンが元の姿に戻るのは時間の問題だ。
新一の痙攣は止むことなく、さらに激しさを増している。
「あっ、あっ、あっ」
「コナンっ!しっかりしろっ、もうすぐ医者が来るからな」
バタバタと廊下を駆ける音が近づく。そして、看護師が医師を連れ、病室に現れた。
「先生、また発作だ!止めてやってくれ!」
病室が騒然とする中、平次は違和感を感じた。
(違う……?)
あれとは違う。
以前起きた変化が、一向に訪れる事はなかった。
小五郎に代わり、看護師が新一の体を押さえこむ。腕を固定し、医師が注射器を取り出した。
「一時しのぎにすぎないが…」
幾度となく繰り返された光景に、蘭は思わず目を背ける。にじみでている涙を見て、小五郎はそっと娘の肩に手を添えた。
「お父さん」
蘭の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「お父さん、どうしてコナン君なの……?」
蘭は小五郎の体にすがりつき、そう呟いた。
「どうしてコナン君がこんなに苦しまなくちゃいけないの?」
「蘭……」
「−−−お父さん、見つかった?」
「……!」
蘭の言葉に小五郎は声を失う。蘭の言いたいことは分かっていた。
「まだ、見つからないの?コナン君のお父さん、お母さんは」
コナンが銃弾に倒れた時、小五郎は一度連絡をつけようと考えた。
しかし、その時になって初めて気が付いたのだ。自分は相手の連絡先も居場所も知らない事に。万が一の為の連絡手段など考えてもいなかった。
迂闊だった。外国を転々としていると言うことは聞いていたのに。
それでも最初は何とかなるだろうと考えていた。探偵という職業柄、連絡をつける方法はいくらでもある。そう思っていた。でも、それは間違いだった。
どんな手段を用いてもコナンの両親を捜し出す事ができなかったのだ。
「……すまん」
「お父さん!」
背広をつかむ手に力がこもる。
「コナン君の両親は何をしているのよっ!コナン君、あんなに苦しんでいるのに、何でここにいないの!あの子まだ七歳よ?お母さん、お父さんがいなくて不安で仕方がないはずなのに…どうして!」
「蘭」
「心細いはずなのよ。辛くないわけがないの。……なのに、あの子何も言わない。…私、いままで何も考えてなかった。子供が親元を離れるって言うこと…すごく大変な出来事なのに。コナン君があんまり、しっかりした子だからそんな事、気付きもしなかった。……私、……私!」
「………」
「コナン君ね、笑うの」
「……笑う?」
俯いていた顔をあげ、蘭は寂しげな笑みをこぼした。
「お父さん…あの子笑うのよ?発作が起きた後にね『なんでもないよ、蘭姉ちゃん』って、笑うの。……まるで大人みたいね、お父さん」
「!」
「コナン君、誰にも頼ろうとしていないの。いつも一人だったんだわ。いざという時は、いつも、いつも一人で……」
誰も信用できなかったのかなあ。蘭はポツリとつぶやいた。
(笑うだって?)
小五郎はベッドの方へと視線をやる。
そこには苦痛に顔を歪め、体を硬直させているコナンの姿があった。とても、信じられなかった。
「私っ……、もう見ていられない…!」
「蘭ちゃん」
和葉は、両手で顔を覆いうつむく蘭に、そっと近づいた。そして、その肩に手を添える。こころなしか、和葉の瞳も潤んでいるようだった。
今まで見たこともない蘭の姿に、和葉は戸惑っていた。
「蘭ちゃん、落ち着いて。な?泣かんといて?な?」
「……和葉、ちょお外に連れてったれや。いい空気吸うて、気分転換してき。お前もな」
「せ、せやね。な?蘭ちゃん外行こ?おっちゃん、あたしらちょっと外行ってくるわ」
小五郎は軽くうなずいてみせる。
平次にうながされ、和葉は蘭を連れて病室を後にした。
「で、コナンの奴大丈夫なんか?」
平次は問いかける。
「とりあえず、いつも通り、即効性のある鎮痛剤を打ちました。これで、だいぶ症状が落ち着いてきています」
……ですが、と、医師は新一の傍を離れ、小五郎に歩み寄った。
「このまま、薬を使い続けるのは難しい。…彼はまだ小さな子供ですから」
医師は言う。
「この薬が効いているうちはまだ良いです。…が、効果がなくなってくると、もう対処のしようが…。今は、体の痛み、発熱だけですんでいますが、これからもそうなのかと言われると、疑問でしかない。原因がわからないから、次に何が起こるのか分からない。…恥ずかしながら、適切な処置ができないんです」
「……」
「……毛利さん、あの、コナン君のご両親は呼んでいただけたのでしょうか?」
「……近いうちに必ず連れて来ますよ」
小五郎は内心歯噛みしながら答えた。
「そうですか。…では、また何かありましたら呼んでください。失礼します」
まただ。また、…分かってるよ。それぐらい。
何度同じ事を問われただろう。
「……!ちょおっ、おっちゃんまで、どこ行くねん!?」
小五郎はいたたまれなくなり、その場を後にした。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。