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魔女と吸血鬼
作:秋山らあれ



11.エディラスジーナ






 「ウィードは、一度も結婚した事は無いのですか?」
 「無い」
 「お子さんは?」
 「いる様に見えるか?」
 「400年も生きていれば、いてもおかしく無いでしょう?」
 「俺の知らない処にいるかもな」
 「........」
 「本気にするな」
 「恋人は?」 
 「そんなもん、多過ぎていちいち覚えてられるか」
 「........」
ウィードが端整な顔を上げた。
 「そんな事聞いてどうするんだ?」
 「別にどうもしません」
向かい側に座っていたジャスリンは、開いていた魔道書に目を落とした。

 午後の図書室、珍しくもジャスリンがウィードに倣って本などを開いているのである。珍しい事もあるものである。そんなジャスリンに紺碧の瞳を向けたまま、ウィードは頬杖をついた。
 「お前は?」
 「えっ?」
ジャスリンが顔を上げて首を傾げる。先日届いたばかりの深緑の天鵞絨ビロードのドレス姿に、頭には共布のヘアーバンドを付けている。ヘアーバンドはイエニーからのプレゼントだったそうであるが、内心それが気に入っているウィードであった。
 
 「私は結婚した事はありませんよ」
 「だろうな」
 「子供もいませんよ」
 「生娘にガキがいるわけも無いだろうよ」
その瞬間ジャスリンは、ボンっという音こそしなかったものの、真っ赤になった。耳まで赤い。はたまた首までも赤くなっている。
 「ななななっ、何故そんな事っっ!」
分かったのかと尋ねようとして、ジャスリンははっと息を飲む。
 「まっ、まさかっ!やっぱり血液の味で分かってしまうのですか!?」
 「阿呆か、そんなの見てりゃ誰でも分かる」
ガーン...という効果音が聞こえそうな程に、ジャスリンは深刻にショックを受けた。
 「だっ誰でも....そっ、そんな....」
 「嫌なのか?」
 「やですぅ〜!恥ずかしいではありませんかぁ〜」
ジャスリンは半べそ状態である。
 「なら、さっさとやっちまえ。そうすりゃ分からなくなるだろうよ」
 「やっ、やっちまえ!?」
 「俺がいつでも頂戴してやるぜ、お前の純潔ってやつ....」
ウィードはにやりと笑い、悪魔の様な声で囁いた。

 その時、断末魔の様な悲鳴が響いた。2人ははっとして目を見合わせる。
 「ルっ、ルヴィーですわっっ!」
ウィードが素早く立ち上がり、そして舌打ちする。
 「嫌な奴が来やがったぜ」
忌々し気に言うと、窓辺へ駆け寄り窓を開けた。
 「俺は暫く留守にする」
 「えっ?えっ!?ルヴィーは!?ウィードっ!?」
窓から飛び出そうとするウィードに、ジャスリンが慌てて呼びかけた時、乱暴に扉が開いた。
 「逃げようったって、そうはいかないよっ!もう来ちゃったもんねーっ!!」
そう言って両手を腰にかけながらケラケラ笑っているのは、波打つ様な漆黒の髪を背に揺らした、何とも妖艶で豪奢な美女であった。

 ウィードは無言のまま目を見開いている。一応、彼なりに驚愕しているらしい。その証拠に、窓枠に片足をかけたまま固まっている。
 「逃げるのは諦めな。手遅れだよ、アレスウィード」
そう言うや美女はウィードに歩み寄り、その胸ぐらを荒々しく掴んで引っ張ると、深紅の唇をウィードに押し付けた。どこにって、無論彼の唇にである。長身の美女は、余裕でウィードの首に両手を回して濃厚な口付けを施す。ジャスリンは、目の前で繰り広げられている情事に硬直していた。

 「あぁ〜、ウィード様ぁ〜」
いつの間にか、硬直するジャスリンの隣に来ていたルヴィーが弱々しい声を上げる。ジャスリンはそのルヴィーの顔に、目をそれこそ飛び出す程に見張った。何せ顔中赤のキスマークだらけなのである。どうやらルヴィーも、あの美女の熱烈な口付けの洗礼を受けたと見える。

 「あらっ?あらら?」
美女が、初めて呆然と立つジャスリンの存在に気付き、歩み寄って来た。ウィードはというと、壁に片手を付き、こちらに背を向けて激しく脱力している模様である。
 「あらぁ〜!」
美女がジャスリンの顔を覗き込む様に見る。
 「かぁ〜わい〜いっ!!」
にこっと笑うと、美女はジャスリンにまで濃厚な口付けの洗礼を施した。
 「!*X?☆%$〜!!」
意味不明の絶叫と共にジャスリンは飛び退り、ルヴィーはそのジャスリンの後ろに隠れて、彼女の影から恐る恐る美女に目を向けた。怖いもの見たさという心境であろうか.....。
 急に室内の温度が下がった。何やらおどろおどろしい空気が広がっている。その出所でどころらしい方を見てみれば、ウィードが瞳を紅く染め、軽くかかげた掌に小さな稲妻まで光らせて立っていた。
 「あらら、怒ったの?この娘にキスしたからかい?ただの挨拶じゃないか。そうかっかしなさんなキスくらい、減るもんじゃなし」
 「減る!!」
言い様、ウィードが己の掌に生み出した稲妻を美女に向けて放った。

 美女は、間一髪で軽やかに逃れる。ピシっ!ガラッ!ドシャっ!!という轟音と光をまともに食らったのは、その後方で目を剥いて倒れたジャスリンであった。ちなみにルヴィーも素早く横手へと避難していた。
 「あ〜らら、かわいそ。ちゃんと介抱しておやりよ、ウィード。あたしは長旅で疲れてるから、夜まで寝るよ、じゃ〜ね〜」
美女は嵐の様に現れ、そして嵐の様に姿を消した。ご丁寧に手をひらひらと振りながら...。
 「あの女.....、いつか殺してやる....」
ウィードは、拳をきつく握りしめた。

 「ジャスリン!しっかりして、ジャスリン!!」
床にのびて目を回しているジャスリンに、ルヴィーが必死に呼びかけている。ウィードは跪きジャスリンの上半身を抱え起こすと、その頬をぴしゃぴしゃ叩いた。
 「おい!起きろ、ジャスリン!」
彼女はふにゃふにゃ言いながら、目を回したままである。ウィードはチッと舌打ちすると、おもむろに彼女に口付けた。効果覿面、ジャスリンは一発で覚醒し、ウィードの背中をばしばし叩いた。にも拘らず...、というよりも、だからこそウィードは先程の美女よりも、もっと濃厚な口付けを暫くの間止めようとはしなかった。傍らのルヴィーがぽかんと口を開けていたのは言うまでもない。



 美女の名を、エディラスジーナという。吸血鬼の眷属であった。女のジャスリンの目から見ても、ずば抜けた美貌の持ち主であった。そもそも人型をとる魔族というものは、概して美しい容姿をしているものであったが......。
 (きっと、ウィードの恋人の内のお一人ですね...)
ジャスリンは勝手にそう思い込んでいる。誰がどう見ても、ウィードはエディラスジーナを避けたがっている様子がありありとしていたにも拘らずである。
 「何しに来た?」
 「久しぶりに会ったってのに、ごあいさつだねぇ、あんたと久々に肌を合わせに来たに決まってるじゃないか、ウィード」
真紅のドレスに身を包んだ美女は、ソファーにゆったりと身体を預けて婉然と笑う。その向かい側にはジャスリンと、ジャスリンにしっかり抱きついているルヴィーが座っており、美女とウィードのやり取りを大人しく聴いていた。ウィードはというと、何故か座らずに居間の戸口近くの壁に寄りかかって、苦虫を噛み潰した様な顔で腕組みしている。

 それより...と言いながら、エディラスジーナはジャスリンの隣に座を移動する。ルヴィーもジャスリンもソファーの端へと反射的に動いた。ジャスリンと美女の目が合う。
 「んふふふ〜っっ」
横座りに座り、ソファーの背もたれに肘をつきながら、エディラスジーナは喉の奥で笑う。目を細めてジャスリンを観察でもするかの様に見詰める。ジャスリンは居心地が悪くなり、もじもじと俯いた。
 「んふっ、可愛い!赤くなった」
エディラスジーナはウィードに視線を投げ掛ける。
 「何処で手に入れたんだい?この娘」
 「お前の知ったこっちゃ無い」
 「あんた好みが変わったねぇ、ウィード。魔族の女に興味は無いもんだと思ってたのにさ....。人間臭いところがいいのかい?ん?」
ウィードはふいっと顔を逸らした。恐ろしく不機嫌である。
 「まあ、いいさ。あーお腹減った。食事しに行って来るよ」
エディラスジーナは立ち上がった。
 「町人達には手を出すな、夫婦喧嘩が増える」
 「独りもんならいいだろう?」
 「お前なんぞに取り憑かれた日には、嫁の来手が無くなるだろうが」
 「無茶お言い出ないよ、じゃどうしろってのさ?」
 「教会へ行け」
 「ドードかい?もう良い年だろう?あの神父も...、美味く無いよ、きっと」
エディラスジーナは不満気である。
 「もう一人、お前好みのがいる」
 「へえ、神父かい?」
 「悪魔払いだ、ついでに払われて来い」
 「んっふっふっふっ」
満足気に笑うエディラスジーナの姿を、ルヴィーはジャスリンの身体の影から見上げていた。間違いなく、恐いもの見たさの心境であった。



 真夜中、草木も眠る何とやら......、ジャスリンはすやすやと夢の中であった。
 「てへっ...てへへっ....可愛いです....ウィード......水玉ピンクの....おリボンが.....てへっ....じゃあ...頭にも.....むにゃ」
 ........一体、どんな夢の世界の中にいるのであろうか....、そこにウィードが登場しているのは間違いない模様であるが、しかし......。
 「じゃあ....今度は....この虹色..ピカピカ..おリボン.....付けてあげましょう....ね......むにゃむにゃ...」
何と分かりやすい説明的な寝言であろうか.....、ウィードが聞いたら何と言うか...、まあ表向きは間違いなく怒るであろうが......。
 
 突如扉が開き、バタバタと誰かが駆け込み、扉は閉まった。がちゃりと鍵のかかる音。楽しい夢の中にいるジャスリンの安眠をおもんばかる余裕など、まるで感じられぬその慌ただしさ。侵入者が、まっすぐにジャスリンの寝台の中に潜り込んで来た。
 「ん?...えっ?」
夢から呼び覚まされたジャスリンは、びっくりして半身を起こそうとする。
 「えっ!?ルヴィーですか?ひょっとして?」
反対側からももう一人、寝台に乱入する者があった。
 「えっ!?ウィードまで!?」
 「ここで寝せろ」
言いながらウィードはジャスリンを押し倒し、抱きつく。
 「僕も」
反対側からルヴィーが抱きついてきた。
 「あっ、あの....」
 「あの淫乱女が夜這いに来やがった。朝まで戻らないと思って、油断したぜ...くそっ」
 「恋人なら、良いではありませんか.....」
ウィードがぴくりと動いた。
 「お前は、俺に喧嘩でも売ってるのか?」
押し殺した声が、何やら怖い。
 
 こんな状況では、とても寝られたものでは無いと思うジャスリンである。
 「お部屋なら、他にも沢山ありますのに....」
 「お前の側が一番安全な気がする」
 「僕も.....」
ルヴィーがいるので、さすがにウィードもいけない事に走るつもりは無いのであろうが、でも....、とジャスリンは思う。
 「あの女、絶対にいつか消してやる.....」
 「僕、怖いよう、ジャスリン」
 
 何処からか、エディラスジーナの艶のある高笑いが聴こえて来た。


 
 この月夜城で一番早起きなルヴィーが目覚めた時、首にはジャスリンの両腕がしっかりと絡み付いていた。まるで縫いぐるみでも抱きしめるかの様にルヴィーを抱きしめて、くすんだ金髪の魔女はすやすやと寝息をたてていた。ちなみに、天使の様なジャスリンには、漆黒の髪の魔族が腕を絡めて静かな寝息をたてている。
 ルヴィーは幸福な気分で、暫くの間ジャスリンの腕の中にいたが、やがてそっと彼女の腕をほどいて寝台から抜け出した。

 次に目を覚ましたのは、当然ジャスリンであった....かと思いきや、ジャスリンがぱっちりと、けぶるスミレ色の瞳を開いた時、息がかかる程の至近距離には、夏の夜空の瞳があった。
片肘をついて頭を支えるウィードは、もう片方の手でジャスリンの髪を弄んでいた。白い夜着の前がはだけている様は、男のくせに何やら艶めいている。
 「やりたい......」
ウィードがぽつりと呟いた。
 「は....?」
ジャスリンが言葉の意味を把握する前に、ウィードは覆い被さりジャスリンの唇を奪っていた。そして手は....、手は...、ジャスリンの控えめな胸のふくらみに...(以下自主規制)。

 踏みつけられた猫の様な悲鳴が上がった。ジャスリンは、ウィードを押しのけ寝台を飛び出した。
 「どどどどどこ触るんですかぁ!?ウィードのえっちーっっ!!」
顔を真っ赤にして、胸を押さえているジャスリンに、ウィードはくすくすと笑いながら、寝台にぽすっと背を沈めた。



3人がちょうど昼食をとっている頃に、エディラスジーナは伸びをしながら現れ、「おはよ」と言いながらテーブルについた。
 「おはようございます...」
挨拶を返したのは、ジャスリンだけである。気のせいか室内の気温が下がった。ジャスリンがウィードに目を向けると、全開で不機嫌オーラをまき散らしている。
 「ちょっとウィード、冷気を発するのはお止め、寒いだろうが」
 「なら今すぐ消えろ」
部屋の温度を下げているウィードは、じろりと美女を睨みつけた。
 「その前に、俺の部屋とルヴィーの部屋、なんとかしろ」
 「ああ、あれね」
エディラスジーナは、ウィードの不機嫌などどこ吹く風でけらけらと笑う。
 「あたしは扉しか壊してないよ、残りはあんたが壊したんじゃないのさ」
 「お前が悪い!部屋を直したら、さっさとその存在自体を消せ」
 「何さ、つれないね、ウィードちゃんたら」
ルヴィーが怖がるので。ジャスリンがエディラスジーナの為に紅茶を入れて差し出す。笑顔で「ありがと」と言って、美女はそれに口を付ける。

 「お前、血が繋がってる事、忘れてないか?」
 「覚えてるさ、安心おし」
けろっと答える美女に、ウィードは剣呑な瞳を向けた。
 「実の姉に手を出さなきゃならん程、俺は飢えて無いぞ」
 「何、魔族らしく無い事言ってんだい?ウィード」
 「えっ?」
ジャスリンはびっくりして思わず口を挟んだ。
 「あ、あの...、エディラスジーナさんはウィードのお姉さんなのですか?」
 「そうよ〜ん、ジャスリンちゃん」 
 「腹違いのな」
エディラスジーナの明るい声と、ウィードの忌々し気な声が対照的であった。
しえぇ〜っ...と、驚くジャスリンにエディラスジーナは妖艶に笑う。

 「こいつと血を分けてるって事だけが、俺の人生の唯一の汚点だぜ」
 「血は水より濃いんだよ、知ってるかい?」
 「その言葉を知ってるなら、ここへ来る度に俺の寝込みを襲うな、淫乱」
 「ルヴィーはいいのかい?」
ウィードの瞳が紅く光った。対してルヴィーの顔色は蒼くなっている。
 「まあ、ルヴィーはあと30年くらい待った方が良さそうだね」
 「だっ、だめです!僕の童貞はジャスリンにあげるんです」
一瞬、皆の動きが止まった。ルヴィーの爆弾宣言であった。

 「...却下」
ウィードがすげなく言った。
 「ダメですか?ウィード様ぁ」
 「ダメ」
ルヴィーはしゅんとした。
 「ル、ルヴィー、そのお気持ちだけで充分ですよ」
そう言って、肩を落とすルヴィーの頭を撫でるジャスリンの笑顔は引きつっていた。
 「安心おしルヴィー、あたしが頂戴してやるから」
 「いっ、嫌ですよぅ」
ルヴィーがジャスリンに縋り付く。
 「嫌と言われりゃ、余計に欲しくなるね。30年後が楽しみだ」
そう言ってけらけらと笑い出す美女は、言う事がまるでウィードだと思うジャスリンでありましたとさ。



こんにちは、インタヴュアーの秋山らあれです。アレスウィードさんが、先程からぶつぶつと何か呟いております。ちょっと、マイクを向けてみましょう。

 「あの女、いつか殺してやる」

おやおや、穏やかではありませんねえ.....。あら、これは、ドードさんじゃないですか。

 「ウィードの様子を見に来たのじゃ。エディラスジーナにからかわれて、さぞ不機嫌じゃろと思ってのぅ」

はい、随分と剣呑な事を呟いてます。

 「ウィードをからかうのが、エディラスジーナの憂さ晴らしなんじゃよ」

憂さ晴らしですか?

 「ま、あの男もエディラスジーナの前じゃ形無しじゃ。ああ楽しいのぅ。ひゃっひゃひゃっ」 

ドードさん、ひょっとしてアレスウィードさんの不幸を楽しんでますか?
 
 「勿論じゃ。こんな楽しい事はそうそう無いからのぅ」

はあ...そうですか、何とまあ.....。皆さん、エディラスジーナさんは、暫くハレンガルに滞在するんだそうです。アレスウィードさんの不機嫌は、当分続くものと予想されます。それでは、皆さん、ごきげんよう!






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