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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第十五話 土屋良太(事故当時51)の場合

今日も胸糞悪いよ。ごめんね。
 その日は忙しかった。午前中に自分が経営している病院で手術を一件。午後は母校の学会に出席することになっていた。いつもなら車で移動するのだが、今日に限っては余裕のないスケジュールのため、電車での移動を余儀なくされていた。確実に遅刻しないためには駅まで車で送ってもらい、そこから電車で移動することを選択したのは自分自身だからそこに文句はない。

 それに、電車なら暫く眠ることもできるだろう。最近忙しくて睡眠不足が続いていたし、数十分でも休めることは俺にとってでかい。

 寝ている間に何故か子供時分から今に至るまでの夢を見た。内容は切れ切れで連続はしていなかったが、夢を見ながら、ああ、これは夢なんだなぁとぼんやり考えていたことを覚えている。小さな頃遊んだ幼馴染の女の子や、小学生の時に出会った悪友。中学生の初恋の相手。必死に勉強した高校生の頃。晴れて大学へ入学したのはいいが、勉強に追いまくられた6年間。インターンで行った救急病院での寝る間もろくになく、目も回るほどの忙しさ。結婚。息子と娘の誕生。彼らの成長を見守る自分と妻。



・・・・・・・・・



 ああ、まるで走馬灯のようだなぁ、と思っていたら本当に走馬灯だったとはお釈迦様でもご存知あるまい。いや、あるのか? 

 とにかく、最初は一体どうしたのか、何が起こったのかすら把握出来なった。あれを把握できるようなら、それは人間を超越した何か別の存在だろう。いや、単に私が眠っていたから把握出来なかっただけなのだが。先頭車両に乗っていた私は、車両の減速時のスキール音と慣性で目が覚めたと思ったら同時に横腹に衝突してきた別の乗客に気を取られていた。その直後何かにぶつかって死亡したことまでは認識していた。体を貫く大きな金属を目にした時には、まず助かりそうも無いことだけは解っていた。

 しかし、この状況は助かったのだろうか?

 声を上げようにも、言葉にならず、呻き声の様な、泣き声の様な甲高い叫び声にしかならず、視界はぼんやりと靄がかかったようにぼやけている。体も上手く動かせない。聴こえてくる言葉も聞きなれない外国語のようだ。だが、英単語も混じっているように聞こえるから英語でコミュニケーションも取ることは可能だろう。まともに喋れないし、妙に眠い。どうせ怪我人なのだ、普段休めない分、こんな時くらい寝てしまってもバチは当たらないだろう。



・・・・・・・・・



 数日から一週間ほどで状況は把握できた。とても信じ難い事だが、私は意識と記憶を保ったまま他人の体にいるようだ。多分新生児だろう。冷静にあの時の状況を思い出してみる。

 キキーッ! と大きく響くスキール音と体に掛かった制動時の大きな慣性によって私の体は腰掛けていた電車の椅子の端に押し付けられた。そこに幾つか隣(進行方向に対しては私より後ろになる)に座っていた乗客が慣性に耐えられなかったのだろう、私の横腹に頭から突っ込んできたのだ。

 あの突っ込み方や制動時にかかった慣性から考えて時速60~80kmくらいの速度からの急減速でもあったのか。勿論自分の体感でどれくらいの慣性がかかったかなんて覚えているはずはない。隣に座っていたと思しき人までの距離とその人の体格を普通の大人と仮定した時の体重などから計算したに過ぎない。

 あの勢いで急制動をかけるのであれば何か緊急事態だったのだろう。線路上に立ち往生した車との衝突回避だろうか? しかし、結果的には衝突は回避されず、モロにぶつかったと思われる。何しろ、私が覚えている最後の光景は電車か車の構造材であろう板状の金属板によって、丁度私の二の腕くらいの高さで左側から胸の中心くらいまで切り裂かれていた光景だからだ。

 どう考えても心臓は破壊されているし、よしんば心臓が無事だったとしても左肺は完全に使い物にはならず、大動脈など重要な血管は切り裂かれていたはずだ。手の施しようがないことはすぐにわかる。

 唸るほど沢山の未練はあるが、仕方ない。私は死んだのだ。あの場に医療関係者が駆けつけてくるまで早くても10分以上かかるだろう。運良く病院のまん前だったとしても大した違いはない。五体満足な私が充分な医療器具を持ってあの場にいたとしてもあの状態の私を助けられるとはとても思えない。

 オカルトじみてはいるが輪廻転生や、憑依など過去に世界中で報告されていたような不思議なことが起きたのか。ひょっとしたら研究すら出来るかも知れない。何しろ、それを証明する最高の証拠が私なのだから。

 小児医療は専門外なので詳しくは分からないが、いろいろと脳の発達や、身体組織が未発達な状態で新生児は生まれてくる。勿論、完成形に近いのではあるが、完全に発達は仕切っていない。これは発育とはまた別の問題で、生後半年くらいまでは実は新生児は完全な人間になる一歩手前くらいの状態だと言っても過言ではない。

 喋ったり、見たり、感じたりなど、脳や神経系などが完全に発達し切っていないため、上手く体を動かせないのだろう、と見当をつけた。これは貴重な体験だ。本当は全てにおいていちいち記録をつけたいくらい大変に重要で貴重な経験だ。特に医者である私が経験出来ているというのも素晴らしいことではないだろうか。



・・・・・・・・・



 半年ほどが経過し、随分と思い通りに体を動かせるようになってきた。傍に誰もいない時にこっそりと喋る訓練もしてみたが、そろそろ声帯への神経系は発達しているはずなのにまだ上手く喋ることができないのがもどかしい。全く喋れないわけではないが。何故だかは分からないが感情も上手く制御できない。今のところそれ程手のかからない赤ん坊以上ではないだろう。

 母親であろう痩せた女性の母乳を吸いながら、そろそろ離乳食の時期だろうか? と考えてみる。最近、なんとなくではあるが乳の出が悪いような気がするので離乳食の時期に入りつつあることが想像できた。



・・・・・・・・・



 更に一月くらい経過した頃だろうか。私は大変なことに気がついた。気がついたときには大声を上げて泣き出してしまった。家の中に人ではない何者かが侵入していたのだ。いや、ぱっと見には人だ。だが、頭には動物の耳のようなものが見えるし、尻尾らしきものまである。それが痩せた父親と会話していた。母親に抱かれてリビング(?)へと移動した時に見かけたのだ。

 なんだ? これは?

 最初は今流行りのコスプレかとも思った。いい年した大人が何をやっているのだと思った。だが、あの尻尾の動きは猫そのものだ。耳にはカチューシャのようなものなど付属しておらず、頭の本来耳があるはずの場所には何もなかった。その男(?)は髪を短く刈っていたのでよくわかったのだ。耳がないからもみあげもない。刈られた毛が生えているだけだ。そして、どう見ても耳は頭から生えている。

 興奮し、触りたかった。尻尾を動かすという感覚を聞いてみたかった。だが、興奮した私は泣き声をあげるばかりだった。その男(?)が落ち窪んだ眼窩で泣いている私を見て父親に申し訳なさそうな顔をして何か話しかけているのが印象的だった。

 なお、私には正常な位置に正常な形の耳があることは確認済みだ。当然障害を負って生まれてきたわけでも無さそうなことも確認してある。だから、私は人間だろう。



・・・・・・・・・



 今日は昼の授乳を忘れたのだろうか?
 流石にそろそろ母乳も出ないだろうし、いい加減に離乳食にして欲しい。



・・・・・・・・・



 母親が私の顔を見て泣きそうな表情で乳を吸わせてくれる。
 乳の出は悪い。



・・・・・・・・・



 まずいな、これは。
 今日は朝から何も腹に入れてもらっていない。
 夕方に少しだけ乳を吸わせてもらう。
 出は非常に悪い。
 だから、もう乳はいい。
 離乳食に切り替えてくれ。



・・・・・・・・・



 意図的に私に食事を与えないようにしているのだろうか?
 ひねた見方は良くないが、折角貴重な経験をしているのだ。
 是非、栄養失調など起こさせないように気を配って欲しいものだ。
 この体験を学会で発表できたら飛びついてくる医療ジャーナリストは大勢いるのだから。



・・・・・・・・・



 意図的に食事を与えられていないようだ。
 まずい。
 自力で何らかの行動ができるほど発育していない。
 何か訴えてみるしかないだろう。
 日本語、よし、たどたどしくはあるが問題なく喋れる。
 英語、OK。I can speak english... ah, well, NOP.
 この世界の言語。なんとか。腹が減っていることを訴えるくらいの語彙はある。

 泣き声をあげる。これですぐに母親が来るはずだ。

 ……来ない。

 思い切ってこの世界の言語で母親を呼ぶ。

 ……来ない。

 日本語で呼んでみる。

 ……来ない。

 英語だ。

 ……来ない。

 何故意図的に食事を与えられないのだろうか。
 自分なりに原因を考えてみるが、貧しくて自分にまで回す程の余裕がないのだろうという、救いようのない回答しか得られない。

 恐らく、母親も乳が出なくなったのでどうしようもないのではないだろうか?

 急に抑えられないほどの恐怖感がこみ上げてくる。

 泣き出した。腹が減った。



・・・・・・・・・



 もう何日も放って置かれている気がしないでもない。多分一日くらいだろうけれど。

 声を上げてみても反応はない。

 仕方なしに体力が尽きる前に移動を試みる。

 何か口に入れられそうなものでも見つけられれば良いのだが。

 そう簡単に見つけられる訳もなかった。

 すぐに両親に見つかりもといた部屋に連れ戻されてしまった。

 両親は泣いていた。

 これは……やはりそういうことだろうか!?

 使える限りの言語で腹が減ったことを訴えようとしたのだが、感情が爆発して泣き出してしまう。



・・・・・・・・・



 眠ったあとでまた泣き声をあげる。

 体力を使い過ぎたのだろうか。

 声に気力が伴わない。

 まだ体が動くうちに部屋から脱出する必要がある。

 !

 扉が開かない。

 扉に手をついて立ち上がり、ハンドルを捻っても扉は開かない。

 扉の向こう側に荷物でも置いているのか。



・・・・・・・・・



 体がだるい。

 栄養失調の初期症状だ。

 脱水症状も併発しているようだ。

 赤ん坊はタンパク質と糖分がまず必要だ。

 それ以前に水。

 食べるものを与えることが出来ないならばいっそ殺してくれ。

 扉の向こうに叫んでみる。

 このまま干涸らびて死ぬのは勘弁してくれ。

 糞。

 本当に勘弁してくれよ。



・・・・・・・・・



 体を動かす気力が湧かない。

 扉の向こうを誰かが通るたびに思い切り声を張り上げる。

 もう意味のある言葉を言うことも疲れた。

 目眩が止まらない。



・・・・・・・・・



 目眩は収まったが、天井は回っている。

 ああ、収まった訳ではないのか。

 これが餓死するということだろうか。

 せめて殺してくれ。

 なぜこんなに苦しませる必要がある?

 もう声も出せない。



・・・・・・・・・



 目がぼやけてきた。

 腕一本動かすのにも大量に気力を必要とする。

 ああ、これで終わりか。

 静かになった俺と俺の部屋を感知したのか、今頃になって項垂うなだれた両親が部屋に入ってきた。

 父母に抱かれ、リビングらしき部屋へ行った。

 泣きながら私を抱きしめる母親も栄養状態が悪いのだろう。

 そこまで理解して私の意識は途切れた。

 
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