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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第六話 売り込み

7442年4月17日

 俺は宿に帰り、今日話した内容について整理してみる。

 ……。殆ど俺の持ち出しじゃねーか。と一瞬だけ思ったが、キールでの常識などかなり参考になる話も聞けたから『ダックルトン』に払った42600Zについては完全に無駄になったわけではない。あ、賄賂で10000Z余分に払ってた。これはまぁいいや。それにあの二人との距離も多少は近づいたろうから、今日のところはこれで満足しておいた方がいいだろう。

 あと、あれな。最後のデザート。あれは美味かったなぁ。

 勿論、オースにも菓子は存在するが、今まであんな手の込んだ洋菓子のような菓子は食べたことがなかった。寒天で固めた果物とか羊羹みたいなやつとか、あとはパンケーキの出来損ないみたいなのがせいぜいだ。オースにもあんな美味い菓子があるなんて思ってもみなかった。フルーツババロアの上に表面だけ寒天で固めた甘酸っぱいムースが乗っており、その周りに生クリームのようなものでデコレーションしてあった。クローもマリーも見ただけでため息をついていたし、俺も声が出そうになっていた。

 前世ではあまり洋菓子を好んではいなかったので滅多に食べなかったし、よくは知らないのだが、『ダックルトン』のデザートは確かにコンビニのスイーツ類にも劣るとは思う。だが、あのような美味い菓子はそれこそ前世を通じて初めて食べたような気がして一瞬ではあるが確かに天にも昇るようなえも言われない気分になった。ああ、思い出すだけで唾が溢れてくるわ。

 おっと、食い物の件はこのくらいにしておこう。あの二人を仲間に引き込みたいが早々には無理くさい。冒険者に対する忌避感が強すぎるからな。いっそのことそれなりの給料で雇うということも選択肢に入れておくべきだろう。王都の近くにあるという迷宮に入って出てこられるなら戦利品でものすごく稼げるというしな。まだとても力不足で無理だろうけどさ。

 いろいろな領地でトップクラスと言われている冒険者のグループもかなりの人数が挑戦し、そして返り討ちにあい、何割かは戻ってくると言うらしい。戻ってきた奴らのうち更に何割かは一生安楽に暮らせるくらいの財宝や魔石を得ているとも言う。

 俺もそれを狙うのだ。何度も挑戦し財を成し、それを元手にしてどこか外国で国を興すのだ。聞いた話じゃ東の方にあるコーラクト王国は100年くらい前に冒険者出身の王が建国したらしいし、似たような国は沢山あるって話だしな。それに各国の間の国境線なんて曖昧なものなので、隙間を狙って建国を宣言し、少し離れた国に国家であることを公認してもらって、軍事的に周りに睨みを効かせられれば大抵なし崩しに国家として認められるっぽい。

 ロンベルトの近隣諸国も結局はそうやって建国されたものが多いらしい。田舎で集められる程度の情報を元に推測しているだけなのでこんな簡単ではないだろうが、確かに昔の日本の豪族の発生も似たようなものだったはずだ。最終的に天皇に「お前にその領地を任せる」とか言わせれば勝ちだし、言われなくても土豪から大名になった奴らは沢山いた。力を持っていれば、まぁなし崩しに国になっちまったと言っても過言ではあるまいよ。

 何にしても先立つものは金か。ゴム製品の販売で蓄財できる量はたかが知れている。せいぜい田舎の士爵領がそれなりに潤う程度だ。ゴムノキの作付面積を何百倍にでも出来れば別だが、そんなの何十年かかんだよって話だ。俺が生きているかも怪しいぜ。

 だから生き急がなくてならない。

 その為には金が必要だ。勿論力も。焦って短絡思考に陥り失敗するのだけはみっともないからそこは用心が必要だし、慎重に辛抱強く少しづつ進まねばならない時も多いだろう。勿論時には大胆に大きな一手を狙う必要もあるだろう。うん、考えることは多いよな。今日はもう寝ちまうか。



・・・・・・・・・



7442年4月18日

 朝からビンスイルの店に行く。クローとマリーに魔法の修行法を教えるためだ。勿論日の出前後は朝食準備と店に沢山客が来て忙しいだろうから8時か9時くらいに行くようにすればいい。それまではランニングでもして汗を流そう。あ、クローは今日明日は仕事でいないのか。

 二勤一休って風俗嬢のような働き方だよな、どうでもいいけどさ。え? 何でそんなこと知ってるかって? 皆、俺の前世の職業は営業マンだったことを忘れてるんじゃないか? 会社に言えない接待だってしてたんだ。知らない訳無いだろ。

 8時過ぎにビンスイルの店に着いた。マリーはいるようだな。俺はいつもクローが座っている端っこのテーブルについて朝食セットを頼む。すぐにマリーが朝食セットを持ってきてくれた。

「昨日はご馳走様。とても美味しかったわ。あんな食事をしたのなんて何十年ぶりっていう感じよ」

「そうか、喜んでくれて良かったよ。で、今時間あるなら魔法の修行のこと、教えられるけど、どうする?」

 昨日の別れ際と違いにこにこと言うマリーに、早速約束を切り出した。

「今ならいいけど、どのくらい時間がかかるのかしら? あまり長いと昼の仕込みもあるから……」

「ん? 最初は数分からせいぜい長くても数十分ってとこだな。それに一回教えればあとは自分一人でもやろうと思ったらいつでも出来るようになるぞ」

 俺の発言を聞いたマリーは身を乗り出してきた。

「そんなに短いの!? なら教えて、今すぐ!」

「飯くらい食わせてくれよ。あと、昨日言った通り、やり方は二種類ある。どっちがいい?」

 マリーは少し考えて言う。

「結果が早くわかる方がいいわ」

「そうか、じゃあ、いらない細い木の棒でも用意しててくれよ。さっさと食っちまうから」

 マリーは「さっさと」から後を聞く前に席を立ち、厨房へと駆け出していった。後ろ姿にも期待に胸を膨らませている様子が窺える。パンを噛みちぎりながら、そう言えばマリーのMPはいくつだったっけ? と、厨房の竈に向かってしゃがみこんだ背中を鑑定する。16か、最初にしちゃ充分すぎる。あ、耐性(毒)の解説も見といた方がいいかな?

【固有技能:耐性(毒);耐性技能の一種。摂取または何らかの要因により体内に入った毒物に対して抵抗または恐怖心を抱くことによって発動する。故に、本人が毒物と意識しないか、毒を受け入れる心境にある場合には技能は発動しない。また、抵抗可能な毒物は自己の体内に入る以前より毒物でなければならない。体内とは、体表以内を指す。すなわち、自己の体内において生成された毒物に対しての効力はない。この技能の効果が及ばない範囲の毒物全般に対しては通常の対毒物への処理となる。技能が発動しても毒物の効果は無くなることはなく、毒物の効果が弱められる形で技能の効果が発揮される。レベル0で毒物の効果は55%減じられ、以降レベル上昇と共に5%ずつ減少の度合いは大きくなる。最大レベルでは100%減じられることになる。また、毒の生成が体内・体外を問わず、体内に蓄積することで悪影響を及ぼす形式の毒物であった場合、その分解・排出の効果も発揮する。レベル0で効果発動より最大20日間で完全に分解・排出され、以降レベル上昇とともに分解・排出までの時間は1日づつ減少する。ただし、こちらも毒物に対する抵抗または恐怖心を抱くことで技能は発動する。なお、本項目で言う毒は無機物有機物を問わず、技能保持者の生命活動に何らかの阻害的な影響を与える物質の総称であるため、他の生物では選択毒性があってもこれを考慮しない】

 へー、確かにすごいな。本人が意識さえすればおよそ全ての毒物に対して無敵に近くなれるのか。自分が摂取した毒の強さとかわかるのかね? これは大したことない、とか、これ食らったら普通死ぬ、とかさ。

 厨房で焚付か何かに使っていたのであろう細い木の棒を持ってすぐにこちらに向かって来た。んじゃ、やるとしますかね。

「よし、……と、見ての通り今火をつけた。この両側に掌をかざして、手の間に魔力を通すんだ。成功すれば炎が揺らめいて無魔法の習得完了ってことだ。いきなりだとどうしたらいいかわからんだろうから最初だけ手伝ってやる」

 そう言ってマリーがかざし始めた手の外側に俺の両手を当てて魔力を流す。流れを感じたマリーは「ひゃうっ」と声を上げるが目は風に吹かれるように揺れた炎をしっかりと見つめていた。

「いまの感覚を自分で起こせるようになれば完璧だ。だけど、あんまり頑張ってると魔力を使いすぎて魔力切れになるから気をつけてくれ。そうだな、マリーなら午前中に10回、午後に10回くらい練習してみたらいいと思う。魔法の才能が高いと数回で出来るようになる。だけどコツが難しい。低いとすごく時間がかかるからな。明日また来るからその時までに出来ないようなら普通のやり方でやってみよう」

「……うん、わかった」

 俺が飯を食い終わるまでにはマリーは炎を揺らすことは出来なかった。魔法の修行に夢中になっているマリーを見ていても仕方ないので、店を出た。店を出ると物陰から店の料理を窺っていたであろう低所得者達が一斉に目を伏せる。働けば食えるよ。そう高くないし。



・・・・・・・・・



 はてさて、特段やることもないが、一つだけやらねばならないことがある。ビンス亭に戻った俺はシャワーを浴び、着替えを済ませて身だしなみを整えると丁稚を捕まえて、兄のメモに書いてあった『リットン』という店の場所を聞いた。

 口笛を吹きつつ『リットン』に向かいながら、ポケットに入っている兄弟の絆を確かめ、どう攻略したものか考える。最初は出来るだけ上位の人間を捕まえたほうがいいだろう。程なく目的地に着くと、思っていたほど豪華な建物ではなかったことに少し落胆した。一階が石造りで二階が木造のようだ。豪華ではないが建物の周りは綺麗に掃除されており、塵一つ落ちていない。うむ、従業員の教育には力を入れているようだな。

 堂々と胸を張って入口のドアを開けて中に入ると目の前にカウンターがあった。その両脇に伸びているであろう廊下は黒いカーテンのような布で隠されている。カウンターには上着を着た紳士然とした中年の男性が姿勢よく立っており、こちらに気がつくと丁寧に頭を下げ「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。俺は「ここは初めてなんだが、評判を聞いてね」と言って右手を差し出した。

 紳士はそっと俺の右手に自分の左手を重ねるとステータスオープンをかける。うむ、店構えなどから予想していた通りだ。良かった。紳士は俺のステータスを確認すると品の良いうっすらとした笑みを浮かべ「ようこそ当店へいらっしゃいました。グリード様。どなたからのご紹介でしょう」と聞かれたので、少しでも印象を良くしておきたかった俺はそっと義姉から貰ったプレートを見せた。

 紳士はちらっとだけプレートを見ると、全て相分かった、とでも言うように無言で頷き、俺を左側のカーテンの奥へと案内した。カーテンの奥は予想通り廊下になっているようだが、数メートル先にはまた同じようなカーテンが先を塞いでいる。紳士は俺の脇をすり抜けると廊下の左側のドアを開け、頭を下げた。入れと言うのだろう。

 俺はドアを抜け、談話室のような部屋の奥の椅子に腰掛けた。「しばしお待ちを」と言い残して紳士は姿を消す。うむ、流石プレートの威力か。VIP扱いだな。10分も待ったろうか、ドアがノックされて開けられた。さっきの紳士が丁寧にドアを開け、後ろに居た人物がゆっくりと室内に入ってきた。期待に胸が張り裂けそうになりながらその人物を見る。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 おっと、あまりの出来事に脳が停止していたようだ。

 俺の脳のOSは防大にあったVAXマシン並に再起動に時間がかかった。俺の脳内のVAXstation 3100はなんとかVMSを起動出来たようだ。

 今テーブルをはさんで向かいにゆっくりと腰掛けようとしている人物はまさに地上の生物ではあるまい。絹のようなゆったりとした衣を纏い、光り輝くような微笑を浮かべ、こちらを見つめる一対の水色の瞳は思慮深そうな輝きを発し、俺の体の中身まで透視しているかのような錯覚すら覚える。紳士は音を立てないよう扉を閉め、すでにここにはいない。

 これから数十分、いや事によったら数時間もの間、この相手に戦いを挑むのだ。これは聖戦だ。俺は一度だけ瞑目すると、再び正面から相手を見つめた。さて、聖戦はここで繰り広げられるのだろうか、はたまた戦場を移動するのか。その時、相手の口が開いた。

「ようこそいらっしゃいました、グリード様。私は当『リットン』のオーナー、ヨシルミル・ハリタイドです。本日はどのような事をご要望でしょう?」

 地獄の釜の蓋が開いたような声だ。目の前の人物はガマガエルのように横幅の広い口を開き、ぶつぶつとした肌の頬を揺らして喋った。ああ、ここまで不摂生で醜い人間を見たのは初めてだよ。ジャバ・ザなんとかを髣髴とさせるわ。どうしてこうなった? 畜生。俺は、俺はさ、期待してたんだよ。なにこれ? ドッキリなの? 早く看板持ってきてよ赤ヘルさ~ん! 本当に予想外の事態に混乱する。兄貴~、助けてくれぇ! おにぃちゃ~ん! あにき? あ、そうだ。

「あ、あの、あのですね。ここここ、ここでご採用頂きたい品がありましてですね。本日はそのご紹介に上がらせて頂きました」

 多少あわてたものの、何とか取り繕って喋りだす。トップ営業だった力を見せてやるぜ。

「ほう、侯爵のプレートをお持ちとお伺いしたので、まずオーナーである私がご挨拶に、と思ったのですが……」

 そう言ってハリタイドは指を鳴らした。指を鳴らした拍子にまた彼の頬が揺れた。

 すぐに戸が開き紳士が「さぁ、顔を見ていただきなさい」と言い、廊下に控えていたらしい幾人かの女性たちを招き入れようとした。しかし、ハリタイドは再び口を開いた。

「ああ、いい。セバスチャン。女達を下がらせろ。あと飲み物を二つ用意してくれ」

 ま じ か よ。
 大失敗じゃねぇか。何がトップ営業だよ。俺なんかうんこまみれがお似合いだ。

「さて、どのような品でしょうか? 当店では大抵のご要望にお応え出来るよう、各種用品の品揃えは完璧に行っているつもりですが……」

 俺は泣き出したくなるのを鋼鉄の意志で堪えながら、何とか平静を装ってポケットからコンドームを取り出した。テーブルの上に置き、にこやかに説明を始める。

「こちらでは、その、社交を求めておいで頂いた紳士達と店の従業員が恋愛関係に陥ることがあると聞きます。それも紳士達が魅力的なのでしょう、かなりの確率で恋愛に囚われる従業員も多いとのお話です」

 じっと俺の手元のコンドームを訝しげに見ていたハリタイドが、俺の心を見通すような視線を俺に向けると口を開く。

「ふぅむ。グリード様はとても上品な表現をなさる。ですが、その表現は素晴らしいですな。確かに、当店を訪れる紳士方は魅力的なのでしょうなぁ。従業員が夢中になることもあるようです」

 よし、掴みはOKだ。

「そして、恋愛関係に発展した場合、無視し得ない問題があるでしょう」

「ほう? 無視し得ない問題……どういうことですかな?」

 その時、控えめなノックと共に例の紳士が盆にお茶を載せて部屋に入ってきた。丁寧に茶の用意をすると、また音を立てないように扉を閉め、部屋から出ていった。

「紳士や従業員が望まない人口問題や、一部の不心得な紳士が持ち込むという、恋以外の病です」

「ほほう、なるほど。ですが、そういう問題を回避するため当店では最上級の品を用意しておりますぞ。当店で用意しております品は全て前日に屠殺された物の中でも健康なもののみを使用し、乾燥やカビなどの心配もない高品質なものばかりです。品質の保証をするために屠殺場が休場の翌日の営業も控えるほど徹底しております」

 ハリタイドは自信すら滲ませながら言った。

「なるほど、音に聞く『リットン』ならば確かにそうでしょう。ですが、本日私の持参いたしました、この製品をご使用になられてからも同じ事を仰られますでしょうか?」

 ここが押しどころだ。兄貴の為にもここで引くわけにはいかん。

「む、かような物の言い様、当店の用意する品の品質に対する挑戦ですかな?」

 面倒くせぇ、ジャバ・ザなんとかは片方の眉を吊り上げながら俺を見る。怖いよ。

 俺は自分に用意されたカップの茶を飲み干し、コンドームの袋に手を伸ばした。

 そして、袋の封を切る。と言っても端っこを爪で無理やりちぎっただけだけどさ。

 中に封じられている海藻ローションが少し溢れ、俺のカップにこぼれたが、まぁいいや。そのためにカップを空にしたんだ。

 そしてローションと一緒に収められている10個の絆のうち一つを切り口からむにゅっと押し出すと、それを取り出した。

「これはゴムと言う材質で作られています。ゴムはご存知でしょうか?」

 不満げな表情だったジャバは「勿論存じておりますよ。最近出回っているものですな。私も履物とクッションを購入しましたよ」と言って少し自慢げにする。ゴム製品は高価だから所有しているだけである程度のステータスなんだろう。特にクッションはかなり高価だから自慢げにするのも頷ける。

「これはゴムで作った衛生用品です。どうぞお手に取ってご覧下さい。ああ、その液体は体に害のあるものではありません。場合によっては……そうですね。気分の乗りにくい従業員の方でもすんなりと紳士を受け入れられるように潤滑性が高く、ぬめりがあるように作られた完全に無害なものです。原料は食品なので口に入れて飲み込んでしまっても何の害もありません」

 ジャバは正体不明の液体にまみれ、丸く巻かれた衛生用品を気味悪そうに見つめていたが、俺の手に乗ったそれに、恐る恐るといった感じで手を伸ばしてきた。俺に向かってくる芋虫のような指を見ながら吐き気を抑えつつ、俺は続けた。

「これは殿方が装着しやすいように丸められております。このように装着します」

 芋虫につままれた衛生用品を受け取り、ジャバの手に生えた人差し芋虫と中芋虫にくるくると装着していく俺。なんだか嫌な図だな、と思いながらも笑みを絶やす事を忘れてはいない。当然だがぶかぶかだ。

「さぁ、このゴムの厚さや耐久性についてご理解いただけますか? なにか触ってみてください。ゴムを引っ張ってみても結構です」

 ローションにまみれたまるまるとした指を気持ち悪そうに眺めていたジャバは、指に衛生用品を被せたままカップに触れた。すると驚いたような表情を浮かべ、テーブルの表面を触れたり、持ち手ではないカップの表面を触れたりした。また、反対の手に生えている芋虫で触って感触を確かめたり、引っ張って強度を確かめるような事まで始めた。いたく興味を惹かれたように見える。

「うむ……これは……温度も非常に良く伝わるな……しかもこの薄さはどうだ……しっかりと感触が残る……ふぅむ……よく伸びる……そしてちぎれる事もない、か……」

 いろいろな物を触りながらブツブツ言い、しまいにはコンドーム越しにカップをもて遊びながら考え込んでしまった。ここでもうひと押しだな。

「ハリタイド様、私は常々思うのですよ。一流の店には一流の品揃えが必要なのでは、と。勿論貴店が超一流であることは既に自明の理と言えましょう。店員を始めとする従業員の教育や従業員自体の容姿も、これは当たり前のことですが重要なポイントです。当然お客様である紳士も一流のサービスを受けられる、と思えばこそ、貴店の扉を叩くのです。この商品は他店にはまだ紹介しておりません。一流の店と思えばこそ、最初に貴店に持ち込ませて頂いたのです」

 ジャバははっとしたように俺の顔を見ると頷いた。

「グリード様、グリード様の仰りよう、このハリタイドめは非常に感銘を受けました。一流の店には一流の品揃え、一流のサービスのご提供、なるほど全くその通りです。是非この製品を購入させていただきたい。いかほどですかな?」

 落ちた。さて、ここからが本番だ。

「いえいえ、ハリタイド様、一流の店のオーナーであればそのような性急なご判断は鼎の軽重を問われます。本日お持ちしたこの袋を試供品サンプルとして進呈いたします。既に封は切っておりますが、中に水が入らないよう、氷水に漬けておけばあと2日程は全く問題なく使用可能です。その間においで頂いた貴店の上得意様にご使用頂き、ご感想をお伺いになるのが先でございましょう。またはハリタイド様ご自身でご使用頂き、その性能を確かめていただくのも宜しいかと存じます。私は明後日の夕方また参ります。価格などはその際にでも……」

 ハリタイドは目を見開いて俺の言葉を聞いている。高価なはずのゴム製品をひと袋とは言え、ロハで進呈すると言ってから目玉は更に大きく開き、顧客の感想を聞くあたりでは見開きすぎて目ん玉がこぼれ落ちそうになっていた。超初歩のマーケティングに感銘を受けたようだ。違うかも知れんけど。

「おお、そのような事までご心配頂けるとは、このハリタイド、必ずやグリード様のご期待に添えますよう、お試しいただく殿方は厳選致します。また、機会を見つけ次第私も試させていただくことを約束致しますぞ」

 完全に落ちたな。この聖戦を制したのは俺だ。

「どうかお気になさらないで頂きたい。これも一重に貴店が一流店であるとの証を立てるお手伝いをしたいという気持ちの表れと取って頂きたいだけなのですから」

 あとはさっさと退散するべきだろう。ここでこれ以上話してもあまり意味はない。

 ハリタイドは手を鳴らしてセバスチャンを呼ぶと俺を丁重に送るように言いつけた。

 深々と頭を下げるセバスチャンを見て涙が滲みそうになるが、それをぐっと堪え、ビンス亭に戻った。



・・・・・・・・・



 ベッドに顔を埋めながら「なにあれ? すげーいい女いたじゃん! 俺なにやってんの?」とか思って転げまわっているうちに腹が減っていることに気づいてビンスイルの店に行った。

 相変わらず少し離れた場所から店を窺っている低所得者共をよけながら店に入り、席について麦焼酎を頼んだ。機嫌の悪そうな俺の表情を見たのかマリーは近寄ってこなかった。

 今日の酒はほろ苦く、後悔の念に包まれた。

 上客の振りして義姉さんに貰ったプレートなんか見せるんじゃなかった。

 やっぱりつまらないことに使うのだけは二度としない。

 酔っ払いながらビンス亭に帰った俺はそう心に誓ってベッドに倒れこむ。

 あ、別の店行きゃいいじゃんか。でもなぁ、チラっと見えたあの子、好みだったよなぁ。

 今更別の店行ってもあのレベルの女がいないと不満だよなぁ。

 どうせ明後日の夜にはまた行くんだ。そん時でもいいか。

 
この話(小説全体のことです)を書くにあたり、いくつか象徴的なエピソードのプロットを書いていました。今見ると50個くらいあります。
その中で、小道具としてゴムを使うと決めたあと、最初に考えたエピソードを使ってみました。つまんなかったらごめんなさい。
あ、当然お気づきとは思いますが、別にアルは『リットン』にのみ卸すとは言っていません。
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