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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第一話 邂逅

お待たせしました。やっと第二章の開幕となります。
今回は最初の話なのでキールのことなど説明多め、量も少し大盛りです。
7442年4月14日

 皆は今朝帰途についた。もう俺は一人だ。取り敢えず剣だけを腰に下げ、今日一日はキールをぶらついてみよう。はじめての都会だからきょろきょろとおのぼりさん然としてしまうが、それは仕方ないだろう? とにかく、宿代は10日分も払ってあると言うし、あちこちゆっくりと見て回ってみよう。

 ぶらぶらと中央通りを見て回る。露天商もいくつかあるようだ。店先を冷やかしてみるが、主に生活必需品を売っているようで、さほど目に止まったものはなかった。ああ、そうだ。折角だから鍛冶屋とか見てみたいなぁ。武器なんかも置いているのだろうか? それとも武器屋とかあるのかな? あと、出来れば魔道具とか売っている店があればそこにも行って見たい。そういえば兄貴が買い物をするなら騎士団の紹介を受けろと言っていたっけ。

 俺がグリードを名乗り、ステータスを見て貰えば信用出来る店を紹介してくれるはずだと言ってたな。今から騎士団の屯所だか詰所だかに行くのも面倒だ。うん、じゃあその辺は明日でもいいか。今日くらいはゆっくりと都会の香りを楽しみたいしな。

 いくらキールが都会と言ってもちらほらとしかない露天商を冷やかしながら中央通りを通るのに30分もかからなかった。そりゃそうだ。日本でだってそんな町ありゃしない。また別の道を通って宿近くまで帰ってもまだ午前7時くらいじゃなかろうか。

 もっと、こう、沢山の人がいて、露天商も隙間なく並び、店も沢山あるものだと勝手に思っていた。そんなことあるわけないよな。時間も腐るほどあるし、騎士団に顔を出して店を紹介して貰うか。同時に冒険者向けの依頼があるようならそれも紹介して貰ってもいいかもしれないな。

 一度ビンス亭に戻り、財布に金貨を2枚補充してから騎士団へと向かう。騎士団の屯所に着くと、今度は門番みたいな兵隊に誰何された。顔パスなのは親父だからだろうし、向こうは一度来た位の俺なんか覚えてるわけもないだろうから当たり前か。

 俺は丁寧に名乗り、新人の冒険者向けの依頼があるかどうか確認に来たことと、他に名前も知らないのでセンドーヘル・ウェブドス騎士団長に挨拶がしたいと言うと、念のためと言われながらステータスオープンを使われた。身元の明らかでないものを敷地に入れるわけには行かないだろうし、こちらとしては言うこと言ったら黙って指示に従う他はあるまい。

 ゴムのおかげか兄の威光かは知らないが、10分ほどで迎えが来た。迎えの従士に案内され、騎士団の建物に入った。ここ二日泊まっていたビンス亭同様に石造りの立派な建物だ。入り口からすぐの応接らしい部屋に通され、暫く待てと言われたので黙って待つことにした。部屋は8畳間ほどの広さで真ん中に四人がけのテーブルと椅子があった。

 ついついサラリーマン根性を発揮し、椅子には触れず、壁に飾ってあるウェブドス騎士団の団旗を眺めて暫く過ごしていた。すると、数分で従士を伴ったセンドーヘル騎士団長が部屋に現れた。女性の従士はどうやらお茶汲みのようでテーブルにお茶を二つ置くとすぐに下がった。

「ご無沙汰しております、ウェブドス卿、本日は急な訪問にもかかわらずお会いいただけて光栄です」

「ああ、シャーニの結婚以来だね。まぁ掛けなさい。一昨日から君の事は聞いているよ。冒険者になるんだってな。次男なら仕方ないな。頑張りなさい」

 テーブルを挟んでセンドーヘル騎士団長の向かいに座る。

「はい、それで、今日はご挨拶とお願いに参りました。既にお聞き及びかも知れませんが、私は生まれてこのかたバークッド村を出たことがない田舎者です。そこで信頼できる鍛冶屋をご紹介いただければと思いまして、不躾ながら恥を忍んでこうしてまかり越しました」

「ああ、店の紹介の件だね、聞いているよ。今日一日時間が取れるなら従士に案内させるが、都合はどうかね?」

「ええっ? それは願ってもないことですが、宜しいのですか?」

 従士にだって訓練や仕事があるだろう。それを邪魔したくはない。

「ああ、構わないよ。君はシャーニの義弟なのだからね。私の息子のようなものだ。それに、団長ならこの程度の公私混同くらいは許されるさ」

 そういうものなのか。確かに新人などのお味噌に近い従士であれば大したことじゃない。その後は世間話や、団長の知っている現役の冒険者の紹介など取り留めのない話を少ししていたが、そろそろ時間も限界のようだ。

「では、私は片付けねばならん案件がいくつかあるので、これで失礼させてもらうよ。ああ、冒険者向けの依頼は門の傍に受付があるからそこで聞いてみるといいだろう。そうそうは無いかも知れんが、月に1件くらいは魔物退治の依頼があると思うよ。すぐに案内の従士を寄越すから、それまでこの部屋で待っていてくれ。じゃあ、元気で頑張ってくれ」

 センドーヘル騎士団長はそう言いながら礼を言う俺の手を握ると、部屋を出ていった。魔物退治の依頼が月に1件もあるのか。バークッド村は10日に一回くらいは親父を中心にパトロールに出て魔物退治をしていたから、わざわざ退治の依頼を出す必要がなかったのだろうが、それは親父やお袋が元冒険者で魔物相手の戦闘に慣れていたからだ、と聞いたことがある。

 義姉さんもバークッドは田舎にあるのに魔物の被害が全くと言っていいほど無いことに驚いていたっけ。ほかの村などでは結構魔物退治に金がかかるということも聞いたことがある。報酬がどのくらいなのかは知らないが、ウェブドス侯爵領には30以上の村や街があるから、自前で魔物退治を出来ないか、できても人的被害を考えて、自らしたくない村か街の数もそれなりにあるのだろう。

 こんなことを考えながら数分も待つと、俺と同年代だろう若い女性の従士が部屋に入ってきた。俺と同年代という事はやはり新人かそれに近い立場なのだろう。若い女性の従士というところが少し残念だったが、お互いに自己紹介をし、騎士団の敷地を出て最初に案内して貰うのは保存食を扱ってるような食料品店にして貰った。キールを出るときには必ずお世話になる店だしな。

 次は鍛冶屋に連れて行って貰った。鍛冶屋は街中ではなくちょっと外れた場所にあった。常に火を使うから街中から外れた所にあるのだろうか。

 鍛冶屋は「金属製品なら何でも来い」みたいな感じかと思っていたのだが、騎士団が勧める店だけあって武具系が豊富な感じだった。在庫も剣が10本ほどあったし、金属製の鎧まで置いてあった。ほほう、こいつが重ね札の鎧(スプリントメイル)ってやつか。初めて見た。ちょっと鍛冶屋の職人と話をしてみたが、この店には俺の希望するようなものは置いていないし、作れそうもないことが分かり、少し落胆する。

 別に今更武具が欲しかったわけではない。どちらかと言うともっと生活に密着しているものが欲しかったのだ。例えば細い針金や、小さなバネなどだ。そう言ったものはバークッドで作ろうと思っても道具もないし、頑張って作るにしても手間がものすごくかかるので量産を諦めていた。治具から作らなければいけないであろうことは想像していたが、もしこの店で治具を見ることが出来れば参考になるかと思っていたのだ。

 だが、こういった小さな金属製品は鍛冶屋である程度の大きさにした材料を金細工師の店に卸してそこで加工を行っているらしいことがわかった。なるほど金細工師か。拙いとは言え金や銀を加工した装飾品があることは知っていたし、そういう職業が存在することも判っていたのだが、俺の場合はバークッドから出たことがなかったことと、まず量産が頭にあったことがいろいろと視野を狭めていたのだろう。

 職人に丁寧に礼を言い、今度は金細工師の店に案内してもらった。金細工師の店は中央通りにあり、先程はちらっとだけ見て「装飾品には興味がないな」と素通りしてしまった店だ。店に入るとたくさんの装飾品でもあるのかと思っていたが、店自体が工房のようなもので、商品サンプルとでも言うような完成品は隅っこの棚に数える程しか置いていなかった。装飾品に興味があって来たわけではないのでそこはどうでもいいが、もう少し量があるとどういったものが作れるのかわかるのに、と勝手に不満を感じていた。

 店の主人は先ほどの鍛冶屋同様、壮年の山人族ドワーフの男で、最初は気難しそうな感じの表情でいたが、俺たちが客らしいことがわかると途端に相好を崩し商売モードになった。あまりの態度の変わりように苦笑いが浮かぶが、丁寧に針金やバネが作れるか聞いてみる。俺の説明でも理解出来るだろうか? 例えばバネでも板バネはいしゆみも存在するから知っているだろうがコイル状のバネについての知識がないとわかりにくい可能性があるからな。

 案の定コイル状のバネについての知識は持っていないようで、コイル間を一定の幅に巻いた圧縮バネと、コイル間を完全に接触状態にしている引張バネについての説明からしなければならなかった。だが、鉄を針金状に加工する点については多分可能であろうとの返答は貰えたが、それをコイル状に加工するのは難しいらしい。

 理由は熱を加えつつ曲げるのが大変すぎるとのことだった。さもありなん、魔法で出した金属ならともかく、鉄鉱石から精製した普通の鉄を魔法で加熱するのは非常に魔力(MP)を食う。俺は、てっきり魔法とか関係なく炉に針金を突っ込んで柔らかくなったところを別の丸い鋼材などに巻きつけて作ればいいのでは、と安易に考えていたが、そんな高温の炉は鍛冶屋しか所有していないそうだ。

 金や銀を中心とする装飾品が主な生産品であれば金銀を溶融させる程度の温度でいいから、そこまで高温の炉は必要ないのであろう。キールでは一般の鍛冶屋と金細工師は店自体分かれているが、王都まで行けば総合的な鍛冶屋もあるだろう。職人が納得さえすれば全く作れないことはなさそうだ、ということが解っただけでも収穫はあった。コイルバネがあれば大型のものならば車両のサスペンションに使えるだろうし、小型のものであればバネ秤など応用範囲は広くなる。もっと小さくて丈夫なものが作れるのであれば……。うん、今はいい。

 ゼンマイについても確認してみたが、こちらは概念からの説明になりそうだったので早々に諦めた。俺は職人に丁寧に礼を言い、小さいが上品なブローチを銀貨5枚で購入した。この店なら大丈夫だろうと言うことと、ある程度崩す必要もあったので金貨で支払った。いささか高い買い物になったが、これは案内をしてくれた従士にあとで礼としてあげるつもりだ。

 その後、従士が薦める安価だが量のある店で二人で昼食を取り、下着や服を購入出来る店に連れて行ってもらった。服は複数あるので当座は困らないが、靴下や下着は欲しかったのだ。特に今まで靴を履いた経験があまりなかった事もあって靴下は持っていなかった。編み上げブーツを履いてはいたものの下は裸足だったから、切実に靴下が欲しかった。連れて行ってくれた店は、やはり騎士団でもブーツの下の靴下の需要があるのだろう、ある程度の在庫があった。多分出入りの業者ではないだろうか。早速靴下を六足、一週間分購入し、恥ずかしかったがすぐに履いた。

 その時、従士は初めて俺のブーツに気がついたようで、珍しそうに見ていた。飾りではなく、完全に紐で編み上げるブーツは存在しないのだろう。靴底もエボナイトと硬質ゴムをふんだんに使い、つま先も踏みつけられる事を考慮してエボナイトで固めてある。二重の豚革の断面や縫製の穴にもゴムを塗りつけてあるため、防水性に優れている反面、通気性は最悪に近い。蒸れた足の臭いに気づかないといいなぁ。あ、水虫は毎日治癒魔法をかければ防げるので大丈夫だから心配しないでくれ。今後の成長も考慮してつま先にボロ布を突っ込んで大きめに作ってあるブーツからブーツのサイズと比べて小さい足が出てきたので少し吃驚したようだ。

 次に案内をお願いしたのは日用品をいろいろ扱っているという雑貨屋だ。何か俺の知らない便利なものであれば購入しておこうと思ったのだ。だが、大して欲しいものは見当たらず、この店では何も買うことはなかった。多分いまの時間は14時を少し過ぎた頃だろう。あ、そうだ。時計の魔道具は欲しいな。灯りの魔道具と並んで時計の魔道具は魔道具の中でも安価なものの1、2を争うと聞いていた。安価とは言え魔道具だからそれなりに値が張るのだろうが、あまりにも高ければ購入を諦めればいいだけのことだ。

 早速、案内して貰うが灯りの魔道具も時計の魔道具も揃って銀貨20枚が最安値だった。家にあった時計の魔道具はシンプルなもので、鑑定による価値は12000くらいだったと思うので結構高い。仕方ない、諦めるか。そう言えば母さんが魔道具屋では魔石を売れると言っていた。明日にでも価値が異なるものを何種類か持ち込んでみるか。どうやって価値を測るのかも知りたいしな。

 従士を騎士団の詰所(本部と呼ばれているらしい。じゃあ支部はあるのかと聞いてみたら、無い、とのことだった。なにそれ?)まで送ると、今日一日、時間を使わせてしまったお礼だと言ってブローチを贈った。恐縮しつつも嬉しそうな従士に重ねて礼を述べ、ビンス亭に帰る。今日購入した荷物を置いたらビンス亭の番頭だかに安酒場を聞いてみるつもりだったのだ。目的は酒ではなく、情報収集だ。忘れちゃいけない。キールでの滞在の最大の目的の一つ、べグルの始末だ。

 ビンス亭の番頭は不在だったが丁稚のような小僧に、冒険者崩れやごろつきが行くような危ない場所に近寄りたくないから教えてくれ、と尋ねるとすぐに教えて貰えた。本当に危険だというスラムのような場所にある酒場が二軒。あと、飯屋が一軒。どちらも安価だが、本当にごろつきが多く、新参が一見で入るには些かハードルが高いらしい。また、スラム地区からは外れた場所にある酒場兼飯屋が一軒。ここはあまり危なくはないし、一般人の客も多いらしい。まずはここに行ってみるか。一度部屋に戻り、財布から残りの金貨を抜き出し、銀貨3枚と銀朱2つ、銅貨を数枚だけにした。所持金4万円弱。これだけあれば飲食には問題ないだろう。



・・・・・・・・・



 教えられた中央川セントラルリバーの川沿いの場所に行くと一軒の店が既に営業している。東南アジアの飯屋のような雰囲気の店だった。間口が広く、店の中にテーブルが幾つかと店の外にもテーブルが幾つかあり、雑多な雰囲気ではあるが少し離れた場所から窺ってみても客層はそれほど粗野な感じはしない。うん、店の名前も合っているし、今日はここで暫くクダを巻いてみるのも良いかも知れない。

 そうしてパッチワークで『酒・料理の店ビンスイル』と書かれている暖簾(!)をくぐると空いている席に座った。きょろきょろと店の中を見回すがメニューはどこにも書かれていなかった。こういう感じの店なら日本の居酒屋宜しくメニューが壁に貼ってあると思っていたんだがな。

 まだ16時くらいだろうと言うのに店の席の半分近くが客で埋まっている。客層は畑仕事をしているような土で汚れた農民はいないみたいだから都市圏の住民専用の店なんだろう。農民なら暗くなる寸前まで畑仕事をしているだろうし、わざわざ街中まで移動するのにも時間がかかるはずだから、外で食事はしないだろうから当たり前か。

 俺が席に着くと愛想のいいおばはんがいそいそと注文を取りに来た。酒類は何があるのか聞いてみるとビール、エール、ワインというお馴染みの醸造酒のほか、麦焼酎のような蒸留酒もあるらしい。酔っ払うのが目的ではないのでここはビールを頼み、肴としてどういったものがあるのか聞いてみると何でも注文に応じて作るとのことだ。今日入荷した食材の一覧はなんとかという魚が2種類と豚肉、野菜類が何種類か口早に言って来た。豚肉の肉野菜炒めと煮魚を頼んでみる。

 煮魚はその店の味を知る大きな手がかりだからな。前世でも俺は煮魚が好きだった。若い頃はつまらない食べ物だと思っていたが40歳を超えた頃から急に旨く感じだした。砂糖はともかく、日本酒や醤油がないオースではもう二度と食べられないと思っていたがここで食えるとは感激だ。ビールと肉野菜炒めはすぐに出てきた。この店では代金は料理が出た時に払うらしい。おばはんに言われた通りの代金を銅貨で払うと早速肉野菜炒めをつつきながらぬるいビールを喉に流し込み、周りの会話に耳を澄ます。

 時間が悪いのか、客は一般人ばかりのようで、当たり障りのない会話ばかりだ。早く煮魚来ないかな。手づかみで料理を口に運び、ぬるいビールでそれを流し込みながら楽しみに待っていると、客が一人入ってきた。俺と同じ黒髪黒目で日本人を彷彿とさせる男だ。年代も一緒くらいだろう、若い男は店の隅の空いたテーブルに座るとおばはんに「いつもの」と言った。常連なのだろう。鑑定してみたい誘惑に負け、つい鑑定してしまった。

【クロフト・バラディーク/11/6/7440 クロフト・バラディーク/13/4/7429】
【男性/14/2/7428・普人族・ロンベルト王国ウェブドス侯爵領登録自由民】
【状態:良好】
【年齢:14歳】
【レベル:4】
【HP:70(70) MP:12(12) 】
【筋力:10】
【俊敏:13】
【器用:10】
【耐久:10】
【固有技能:誘惑Lv.3】
【特殊技能:小魔法】
【経験:13827(18000)】

 レベルは年齢相応より少し高いくらいだ。だが、筋力などの各種能力はレベルよりかなり高い。何より【固有技能:誘惑Lv.3】だと!? こいつは、俺と同じ転生者か!?

 俺が驚愕の表情でじっと少し外れた方向を見つめている(鑑定ウインドウを、だが)のに気がついたのだろうか、彼もこちらを注視した。少し見つめ合ったが、どちらともなく視線を外す。べグルの情報収集の予行演習に来たつもりが、とんでもない外道の大物を釣り上げてしまった気分だ。おそるおそる視線を戻すと彼もこわごわとした感じで俺に視線を戻していた。

 いやいや、こんな店に出入りしているくらいだ、格好自体はボロではあるが充分に一般的で俺が勝手にイメージするごろつきのように不潔そうではないが、この店は冒険者崩れも出入りする店だと聞いている。最悪、戦いになっても負けるとは思わないが他に厄介な仲間がいる可能性もある。取り敢えず正体のわからない固有技能のサブウインドウを開いてみよう。

【固有技能:誘惑;使用者と同種族の異性を誘惑する。誘惑の対象となった相手は使用者に対して性愛的な好意の感情を持つことが多い。効果時間はレベルの二乗と同じ日数の間持続する。効果時間内に再度誘惑をかける事も可能。その場合、持続していた効果時間は無効化され、新たな誘惑として効果時間は積算されない。また、誰かを誘惑中に別の相手に誘惑を使用することも可能。魔力中和、又は無効化の影響範囲内に対象者が完全に入ることで効果時間中でも誘惑の効果は解除される。誘惑の対象者は効果時間が終了しても効果時間中の記憶はその感情とともに覚えている。なお、誘惑の効果を及ぼすためには使用者は対象の周囲1cm以内に近寄り、対象の注意を自分に引きつけた上で対象の理解可能な言語で自己をアピールする必要がある。同時に技能の使用を明示的に思い浮かべる必要がある。アピール内容によって誘惑の効果による心理的な影響はその深度が変わる。この技能の効果に囚われた対象者は自己の精神が何らかの魔法的な影響下に置かれている、又は置かれていたことを認識しない】

 なんじゃこら。すげぇ固有技能だけど、使いどころがイマイチよく解らんな。俺には効果なさそうなのでそこは一安心だが。あ、情報を取ったり、単純にナンパするのなら便利か。男として非常に羨ましい技能ではあるが、無害に近い。それに、技能のレベルが上がっているとは言え、大したレベルではないし、あまり乱用していなかったのではないだろうか。少なくとも能力の検証に使ったくらいで自己を戒める精神を持ってはいるのだろうという事は理解できる。更に開いた技能の経験値のサブウインドウでも経験値は74(80)となっているから、70回以上は使ったのだろうが。

 お互いに相手をちろちろと窺ってはいるものの、決定的な事態には到らず、会話することもなかった。そして、煮魚が運ばれてきた時に俺は更に仰天した。

「お待ちどうさま」

 そう言って煮魚を運んできたウェイトレスは黒髪黒目だった。またか! こんなウェイトレスは今までいなかった。店の奥にいたのだろうか?

「あ、ああ……。有難う。幾らかな?」

「1400ゼニー」

 何とか答えて煮魚の皿を受け取った。煮魚だけかなり高いな。銀朱で払う。すると、ウェイトレスも俺の顔を少し注視したあと、例の黒髪の男の傍まで行き、此方を盗み見ながら何か話している。おい、お釣りは? あの男は常連のようだから知り合いなのも頷けはする。ウェイトレスの鑑定も忘れ、煮魚を指でつつきながらビールを飲むが、落ち着けたものではない。煮魚も当然といえば当然だろう、日本酒や醤油で煮たものではなく、何かのブイヨンとでも言うのだろうか、出汁で煮て塩で味付けしてある、洋風なものだ。しかし、この出汁はなんだろう? 鰹節や昆布なんかキールに有るはずもないがどことなく日本を思い返すような出汁だ。

 ふと気がつくとウェイトレスが此方に近づいて来る。煮魚に注意を取られ、ウェイトレスが男のテーブルから立ち上がったのに気がつかなかった。何だろう? ああ、お釣りか。ちょっと話ができると嬉しいんだがな。

「お釣りよ」

 そう言うと銅貨を11枚、俺の前の料理の脇に置く。そして、そっと箸を出してくる。釣り銭をしまうと、箸を受け取り、煮魚をつつく。

 箸? 箸だと!?

 一瞬流しそうになったが、すぐに気づいてウェイトレスを見上げる。大きく目を見開いていたかも知れない。

『ありがとう』

 そう日本語で答えると、

『どういたしまして』

 案の定、日本語で帰ってきた。

『少し話がしたいのだけど、時間はあるかな?』

 一応聞いてみる。

「向こうの席に移って相席してくれるかな。テーブルを開けたいの」

 ウェイトレスが指定したのはあの男のテーブルだ。確かバラディークとか言ったな。店の席が半分も空いているというのに相席を言ってくるということはOKと取ってもいいのだろう。

「わかった」

 そう言ってビールのジョッキと少し残っている肉野菜炒めの皿を持ち上げると、ウェイトレスは煮魚と箸を持って来てくれた。

 男の向かいに座り、何を話したもんかな、と思いながらビールを飲もうとするがジョッキは殆ど空に近く、すぐに気まずい思いをしてしまった。

「ビールでいいの?」

 多分ウェイトレスは俺のジョッキが空に近いことに気づいていたのだろう。

「あ、ああ、お願いします」

 すぐにジョッキを下げるため、俺からジョッキを受け取ると席から離れていった。相席の男はこちらを窺うばかりで何も言わない。仕方ない、ここは俺から話しかけるか。そう思って口を開こうとした時、男の方から話しかけてきた。

「あんた、名前は?」

「え? ああ、アレイン・グリードだ」

 俺の言葉に頷きながら、

「そっちが先か、俺は小島正志、こっちじゃクロフト・バラディークだ」

 そういう事か。

「ああ、すまん。川崎武雄だ」

「やっぱり日本人だったな。日本語は不用意に喋らないほうがいい。ここらじゃ解る奴はいないが、外国語を喋れるインテリもいないから変に思われかねない。もっと人が少ないならあまり気にしなくてもいいんだけど」

 なるほどね。

「お待ちどうさま。200ゼニーよ」

 ウェイトレスがビールを持ってきた。ジョッキは3つある。一つは俺の分だろうが、あとはこいつらが飲むのだろう。と言うことはやはりこのウェイトレスも転生者だろうな。後で鑑定してみよう。

「マリー、アレイン・グリードだそうだ。俺たちは自己紹介が済んだ」

 クロフト・バラディークが隣に座ろうとしているウェイトレスに言う。

「あら、そう。私は須藤弥生よ。オースではマリッサ・ビンスイル」

「川崎武雄だ。こっちではアレイン・グリード。アルでいい」

「そうか、じゃあ俺のことはクローと呼んでくれ」

「私もマリーでいいわ」

 互いに自己紹介を行う。さて、初対面の儀式も済んだことだし、出来れば相手の人格が解かるような話がしたいが、まずは情報交換が先かもしれない。ここは出方を窺うか。

「じゃあ、アル。キールでは見かけなかったけど、隊商かなにかでキールに来たのか?」

「俺は侯爵領の田舎にある村で生まれ育った。村から出たのは生まれてこのかた初めてだよ。当然キールも初めてだ」

 出来るだけ俺の情報の露出については控えたい。嘘はつきたくないが、相手がどういう人間かはまだ何もわからないのだ。

「俺と一緒だな。俺はバフク村の出だ。二年位前にキールに来た」

「私は生まれも育ちもここ。この店の娘だからね」

 そうか、やはり同じ場所には転生しないんだな。

「ああ、すまん、いい忘れた俺の村はバークッド村だ」

「バークッドってどこかで聞いたような……あ! ゴム作ったのってあなた?」

「そうだ。村の傍にたまたまゴムノキがあったからな」

「サンダル使ってるわ」

「へぇ、そりゃどうもありがとう」

 俺とマリーで話が弾んだ。

「大分儲かってるみたいだな。格好でわかる。その服も高そうだしな」

 クローが俺を値踏みするように言う。ボロではあるがそっちだってちゃんと洗濯しているみたいじゃないか。

「家を出るにあたって少し金が貰えたからな。キールに着いてから新調したんだ」

「家を出たって……家出じゃないだろうし、どういうこと? キールに仕事でもあったのか?」

 クローが不思議そうに聞いてきた。

「いや、俺には兄と姉が一人づついてね。兄が結婚して子供も生まれたから家を継ぐんだ。だから邪魔者の次男は冒険者を目指そうと思って小金を貰って家を出たんだ。姉はもう三年くらい前に家を出てるしな」

 俺がそう答えるのを聞いた二人は互いに顔を見合わせると、くすくすと笑い出した。何か変なことを言ったのだろうか? 冒険者がおかしいのか? いや、親父もお袋も冒険者だったし、俺が暫くは冒険者をやると言っても全く反対された覚えはない。兄貴も義姉さんも反対はしなかった。何が可笑しいんだ?

「? 何か変なことを言ったかな? 俺には何故笑われているのかよく解らない」

「あ? ああ、いやごめん。俺も冒険者と言えば冒険者なんだよ。な、マリー」

「ええ、そうね……でも……ぷっ。あ、ごめんなさい、男の人は皆冒険者を目指すものなのね。私はもともとそういうのに興味はなかったから考えたことすらなかったけどね」

 やはり「冒険者を目指す」と言う部分が笑いの対象になったらしい。騎士団長や、今日案内してくれた従士も冒険者を目指すということを聞いてもピクリとも反応しなかったことを比較して反応が違いすぎる。なんだか急に心配になってきた。

「田舎から出てきたばかりで良く知らないから、何とも言えないんだが、俺の両親は元冒険者だった。今日、ウェブドス騎士団の騎士団長に会って冒険者を目指すということを「「はぁぁ!? 騎士団長に会ったぁ?」」

 なんでそんなに食いつくかな。

「? ああ、そうだ。3~4年くらい前まで兄貴はウェブドス騎士団にいた。そこで騎士団長の娘と知り合ってその後騎士団を退職して結婚したんだ」

「ああ、私はそれ聞いたことあるかも。騎士団長の娘って侯爵の孫ってことよね。それにお兄さんが騎士団にいたって……あんた貴族なの?」

 なんだか貴族が嫌いなようだな。

「貴族っちゃ貴族と言えなくもないが、家は士爵だから貴族とはいっても最下級だし、俺も次男で家督なんかないから、平民と一緒だぞ? 家なんか古くてあちこち痛んでるし、部屋が足りないから最終的に俺は土間の物置で寝起きしてた」

 多少は苦労話っぽく聞こえたらいいんだけどな。

「土間の物置って、俺より悲惨じゃねーか。流石に俺の家でも床くらいあったわ……ああ、俺のもともとの階層は農奴だったんだが、アルも相当苦労したんだな」

 いや、全く悲惨じゃなかった。毎日ちゃんと飯は食えたし、着るものだって困ったことはなかった。住環境もきっとクローが考えているほどひどくはない。だが、無理に誤解を解く必要もないし、生活環境に同情してくれるならそれでもいい。

「まぁ、俺自身は苦労とは思ってないけどね」

「そうか、いや、冒険者を目指すって本気なのか……。俺は挫折したようなもんだしな……。いくつか教えられることも無いことはないけど、俺個人ではちゃんとした依頼をきちんと出来たことは無いからな……」

「笑ったことは謝る。でも、アル、私からの忠告だけど冒険者なんて夢は捨てて普通に働いたほうがいいと思う。成功する人は全体の中でもひと握りで、皆実力……と言うか魔物を退治出来るようなすごい力を持っているのよ。貴方は自信があるようだけど、正直な話、私はお勧めはしないわ」

 クローは積極的には賛成しないが好きにしろって立場のようだし、マリーは定職に就いたほうがマシだと言う。そうそう仲間になってはくれないか。転生者ならレベルアップの能力の伸びは常人の3倍なんだし、冒険者とか向いてると思うんだがな。「転生者はレベルアップの時いろいろボーナスがあるらしいじゃないか」と言うと「それはそうかも知れないけどレベルアップするようなものは固有技能しか持ってないし、魔法はまだ使えないから魔物を相手するなんて冗談じゃない」と言われた。魔物と戦うのなんて相手を選べばそんなにきつくはないと思うんだが。あ、そうだ、マリーも鑑定してみよう。

【マリッサ・ビンスイル/24/6/7429】
【女性/14/2/7428・普人族・ロンベルト王国ウェブドス侯爵領登録自由民】
【状態:良好】
【年齢:14歳】
【レベル:3】
【HP:65(65) MP:16(16) 】
【筋力:8】
【俊敏:13】
【器用:11】
【耐久:10】
【固有技能:耐性(毒)Lv.8】
【特殊技能:小魔法】
【経験:7082(10000)】

 なんだか二人共しょっぱいな。いや、俺がおかしいだけか。だけど、マリーの固有技能のレベルは高いな。毒への耐性なんてどうやって磨いたんだろう? サブウインドウで確認するとその経験はもうMAXレベルに近い。

「あ、そうだ。ちょっと話しにくいんだけど、もし知っていたら教えて欲しい。この街で……そうだな、非合法な組織の元締めみたいな感じだと思うんだが、べグルって奴を知らないか?」

「べグルならここらあたりでは有名人だ。そうだな『日本風に言うと暴走族とかチンピラ集団というか、やくざというかそういうのの頭、まぁいわゆるDQNのリーダー』みたいな感じだ。ただ、頭もそれなりに切れる。……アル、お前、べグルの組織に入りたいのか? もしそうならもう俺たちには関わらないでくれ」

「そうよ。悪いけど出て行ってくれるかな……」

 クローは一部日本語で強調していた。相当する言葉が見つからない、と言うより誰かにしゃべっている内容を聞かれたりしたらことだ、という感じだ。二人共べグルとは関わりたくないらしい。なるほどね。

「いや、勘違いさせて悪かった。そんなつもりはないから安心してくれ。ちょっと小耳に挟んだから、そんな奴の縄張りには近づきたくないなと思っただけだ」

 それからは当たり障りのない話をしながら、時間が過ぎた。俺は転生者なら気になるであろう固有技能についての質問や話題を二人が避けていることに気付いたので、そこには触れないように気をつけた。多分、この二人くらいに親しくならない限りはお互いに腹を割って話すのは難しいだろう。俺も自分の固有技能をどう説明したものか困るし、考える時間がある方が良い。適当に飲み食いしながら時間が過ぎていった。クローは今日は仕事が休みらしいが、明日明後日は仕事でキールを離れるそうだ。マリーに明日もまた来てもいいか聞くとOKとのことなので、暫くこの店を根城に情報収集してもいいか、と思った。



・・・・・・・・・



 ビンス亭に戻ると番頭が言付け品があると言う。今日の夕方以降に渡して欲しいと預かったものだそうだ。

 俺にはキールに知り合いなんかいるはずもない。一体どういうことだ、と思い誰が託けたのか聞いてみると兄貴だった。なんだよ、もう、直接渡せばいいじゃんかよ。しかし、何だろうと思いながら品物を受け取ったらヘナヘナと腰が崩れそうになった。10個入りのゴム製品のパックが10パックだった。あとはメモ書きに多分店の名前だろう、単語が一つ書かれていたものが同封されていた。兄貴……









 ……本当にありがとうございます。

 
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