幕間 第二話 上野真由里(事故当時23)の場合
何だか昨日投稿した幕間の第一話について厳しいご感想を頂戴しております。
ですが、既に転生者全員ではないですがそれなりの人数の幕間を書いてしまっています。
当然死ぬ人もいます。
でも、前書きで不快な表現もあるし嫌な感じがしたら戻ってと言っているのであまり気にしないで書いていこうと思います。
あ、今回は不快なことはないと思います。多分。
初稿: 2013年 09月 16日
(さて、少し時間もあるし本でも読もうかな)
上野真由里は昨晩ネットでダウンロード購入した小説を読むために空いた電車の座席に座ると電子パッドを取り出して読書用のアプリケーションソフトを起動する。小気味良い滑らかな反応で起動すると同時に、昨晩の読みかけの部分を表示してくれる。先輩社員に頼まれた商品サンプルが鞄から転げ落ちないようにしっかりと鞄の底にある事を確かめると、改めて小説に熱中する。
読み始めて数十分も経った頃だろうか、乗っていた電車が急停止するようにブレーキをかけるのが感じられる。
それなりにスピードが乗っていたところに急ブレーキを掛けたのだろう、制動による慣性で真由里も抱えていた鞄や電子パッドごと宙を舞う感覚にとらわれた、と思ったそばから車両の先頭、乗車していたのは先頭車両なので、列車の先頭と言うべきだろうが、とにかく運転席のある先頭部分に向かって飛んで行く。
(うわっ、なに? 何が起きたの?)
そう思っている間に充分に慣性のついた真由里の体は頭から運転席後部の壁に衝突すると、致命的なダメージを受け、真由里の意識は消失した。
・・・・・・・・・
(うーん、なんだか苦しいなぁ、今、何時だろう)
目が開いた感じはしないのに視界の右上に『14』という緑色の数字が現れた。え? 一体何だこれ? 確か私は電車に乗っていて、それで……。
そこまで思い出し、ああ、あれは事故だったんだろうなぁ、ついてないなぁと思うと途端に悲しくなり泣き出してしまった。緑色の数字はいつの間にか消えていたが、真由里は何故急に悲しくなったかについて混乱しながら考えたが、どうせ今は病院かどこなのだろう、と思い直すと、状況を確認したくなり泣くのをやめて声を出す。
(あの、すみません)
「うぎゃ、うぎゃああ」
ああ、何だか変な感じだし、体がだるいなぁ。この様子なら大怪我もしているのかも知れない。顔に傷が残ったら困るなぁ、と考えているうちに寝てしまった。
再度目が覚めた時に、また今、何時だろうと考える。すると、ぼんやりとした視界の右上に『18』とくっきりとした緑色の数字が浮かんでいた。あれは何なのだろうか? よくわからないが、急に空腹感を覚えるとそれが我慢できなくなる。誰かにこの苦しみを訴えて何か食べさせてもらえないかと声を張り上げる。
すぐに自分のそばで反応があった。看護婦だろうか、真由里を優しく抱きしめると、口になにか柔らかいものが含まされた。きっと流動食かなにかだろう。真由里は夢中で吸い込むが、薄い牛乳のようで、お世辞にも旨いものではない。ただ、重傷を負った自分には今はこれが精一杯の食事なのだろうことは想像に難くない。とにかく飲むことに専念した。飲み終わったら寝てしまった。
数日で事態は判明する。
時間を確かめようと思うと視界の隅に浮き上がる数字が、時間だと気付いた時だ。それまでは『08』とか『16』などの表示だったので意味不明だと思っていたのだが、あるときに『06:04』というように変化したのだ。そして、その後に眠るととんでもない夢を見た。
夢には神だと名乗る存在が現れ、事故について謝罪したかと思うと、転生だの、異世界だの、いまは赤ん坊だのと訳の分からないことを続けざまに言って来たのだ。何一つ信じられない、家に返して欲しいと懇願しても、既に上野真由里は死んでいるので無理だと言う。そして第二の人生を生きろと言った。
同時に神は真由里の時間を表示する能力(?)のことを『時計』の固有技能だと言い、あの事故の犠牲者39人がこの世界に転生し、それぞれ別の固有技能を持っていることと、意識と記憶が連続していることを説明していた。
まったく理解しがたい状況だ。神が現れたのは事故の後目覚めて数日後だったからだろうか、まだいろいろと精神状態が混乱しており、こちらがろくに文句を言う間もなくぺらぺらと喋っていた。質問も受け付けてくれたが、混乱した真由里は転生した世界について殆ど重要な質問をすることなく、やっと就職できた会社のことや、両親家族、付き合っていた彼氏の状況などに大きな時間を費やして時間切れとなったようだ。何しろ僅か20分しか質問は許されなかったのだ。
当然、20分程度で納得できる情報を収集できたわけではないが、目が覚めると目の前に文字が浮かんでいたので、これが現実なのだと理解できた。
「ある意味でここからがこの世界での人生の本番です。未だこの入口にすら辿りつけていない人もいますが、貴方は39人中最初にスタートラインを踏み越えているのです。これから先、何をするのも貴方の自由です。
また、もう二度と転生はありませんので、後悔だけはしないような人生を送ることを勧めます。最後に、貴方の固有能力から最初に私に会うのは貴方ではないかと予想していました。未だ事故の記憶が鮮明な状態で私に会ってしまったことはお気の毒だとしか言えませんが、それもまた運命です」
あまりに人を食った内容に真由里は大いに憤慨し、泣き喚いたが、すぐに腹が減ってきたので、別の意味で泣き喚き始めてしまった。
・・・・・・・・・
6年後、上野真由里、ではなく、ネイレン・ノブフォムは元気に育っていた。あのあと暫くは憤慨したり、哀しみに暮れたり、諦めたり、また憤慨して最初に戻ったりしていたが、もういい加減に腹がくくれた。
ジタバタしても何にもならないことはすぐに理解できたので、とにかく周りを観察し、生き延びることに専念したのが良かったのだろう、と思うことにして、それなりに新しい人生を楽しむことにしたのだ。
驚いたことに自分は人間ではなく、一般的にはノームと呼ばれる種族らしい。矮人族という呼び名もあるそうだ。ノームと言ったら白雪姫と七人の小人だったか? いや、あれはドワーフという別の小人だったような気もする。
小人と言うより大人になっても身長は150cm程にしか成長しない小型の人間、という感じがする。ネイレンが住んでいる村には普人族と呼ばれる人間や、精人族と呼ばれるエルフ、山人族と呼ばれるドワーフに小人族と呼ばれるハーフリングなどいろいろな人種が住んでいた。
殆どが農奴階級だったが、ネイレンの生まれたノブフォム家は自作農の平民階級であり、村では名士のうちに入っていたので、かなり安楽に暮らせていたのも運が良かったのだろう。特に大きな病気や怪我などをすることもなく、健康体で成長できたのは嬉しい限りだ。
固有技能の時計には技能のレベルがあった。
こんな感じだ。
Lv0 現在時
Lv1 現在時・分
Lv2 現在時・分・秒
Lv3 現在日
Lv4 現在月日
Lv5 現在年月日
Lv6 総合表示(カレンダー・スケジューラー機能付き)
Lv7 アラーム(自分だけに聞こえる)
Lv8 ストップウォッチ(1000分の1秒単位)
Lv9 アラーム(対象選択1人まででその人にしか聞こえない)
Lv9になった時点でステータスオープンでのレベル表示はMaxになっているのでこれ以上時計のレベルは上がらないのだろう。あんまり役に立たない技能だ。それに、あまり時計の固有技能を使うと眠くなってしまうので最近では必要以上には使わないように心掛けている。
時計は日時計があるし、厳密に時計で図るような生活なんか誰もしていない。太陽の角度や方向で推測できれば十分だし、魔石を使えば触った人にしか判らないがちゃんとした時計だってある。触れば魔石に込められている魔力を少し消費するので、滅多に使われないけど。
カレンダー機能は結構役に立つけど、これもキューブ型の万年カレンダーが普通に存在するので、今が何月何日か分からなくなるなんてことはまずない。だいたいスケジューラー機能なんて、こんな未開地の農民達に必要になるとは思えないし、ストップウォッチなんて一体何の役に立つというのか? アラームは全く役に立たない、という事もないが、普通に寝起きするだけならまず使わない。
ネイレンは他の平民の子供達とよく遊んだ。新しい遊びを作り出すのが上手く、リーダーシップもあったので、大人たちからは子供達の面倒を見させるのにちょうどいい人材として見られていることも計算して立ち回っていたので、村中から「よくできた利発で頭のいい子」という評価を貰っていた。
(うーん、でも一生ここで手作業の農業をやるなんて嫌だなぁ)
成長したとは言え、精神年齢でまだ30前の女性だ。それはそうだろう。
(家はお兄ちゃんが継げばいいし、私はどうせこんな世界に生まれたなら大人になったら旅にでも出ようかなぁ、でも一人は怖いしなぁ)
最近は魔法にも興味がある。最初は何か得体が知れない感じがして距離を置いていたが、村の外に出ることを考えると習得は必要なことのような気もしてくる。なにしろこの世界にはモンスターとか魔物とか呼ばれる怪物が跋扈しているらしいのだ。ある程度身を守る技術は必要だろう。とにかく成人したら魔法の得意なエルフが村の子供に魔法を教えてくれるのだ。早く魔法を習いたいが、成人前に魔法を習っても体内にある魔力量の関係でろくな修行もできないうちに昏倒してしまうらしいので、今は我慢するしかないのだろう。
焦ってもしょうがないと思い、今は子供達と楽しく遊んで過ごす。
でも、近いうちにきっと……。