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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第一部 幼少期~少年時代

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第五十一話 習得

7442年1月14日夜

 いきなり帰って来たミルーは、帰還の理由を「ある意味で正騎士に叙任したご褒美」と説明した。第一騎士団は所属自体名誉だし、ましてそこで正騎士の叙任を受けたなどといったら出身地では最高の誉れに近い。そういったことから、第一騎士団では正騎士の叙任を受けた直後にだいたい一月半くらいの休暇を与えられるそうだ。ウェブドスの騎士団では構成員の殆どが領内出身者で占められているのでそんな制度はなかった。だから、そんな気の利いた制度があるなんて当家の誰も知らなかった。

 また、騎士の叙任を受け、正騎士となった団員は団を離れて行動する際には必ず従士が護衛としてつけられるらしい。何十年だか何百年だかわからないほど昔、団を離れて単独行動をした騎士が多数の野盗に襲われて落命し、騎士団の紋章の入った装備品とともに打ち捨てられていたという、非常に不名誉な事件があったことが護衛をつける習慣につながったらしいが、それ以上の集団に襲われたら意味ねぇじゃねぇか、と思ったが大人なので黙っていた。多分、護衛をつけることで襲う側の心理や数に制限をかけたいというのが本音の部分だろうしな。

 護衛を伴ったものものしい帰還の理由についてミルーは説明を終えると、ついに本題に触れた。そうだ。何故ミルーがこんなに早く正騎士になれたのか? 勿論誰もミルーが見栄を張って嘘をついているなんて思っていやしないが、念のため従者にもお茶を振舞うという口実で食事の後に食堂へ来て欲しいとソニアに言付けた。うん、ミルーが勘違いしている可能性も否定できないしな。

 俺が馬を厩舎の馬房に入れて食堂に戻って来たら、こんなことを話していた。従者二人と俺の分の椅子を追加で三つ用意し、食卓は本当にギリギリになった。食事を終え、食卓に現れた従士達にお茶を勧めて長旅をねぎらうと、恐る恐るといった風にヘガードはミルーの話の裏づけを取るべく確認した。従士達は非常に礼儀正しく、話をすべて肯定したばかりか、ある程度詳しい事情まで説明してくれた。ちなみに、従士達が食堂に現れてからミルーの口調は登場時のものに戻っており、ミルーとは思えないほどしっかりとした丁寧な喋り方になっていた。

 従士達が説明してくれたミルーについての話はどれもこれも信じがたく、だんだんと全員の顔に困惑の表情が浮かびはじめた。困惑しなかったのはミルーとの付き合いの浅かったシャーニ義姉さんと甥と姪くらいだ。ちなみに今は甥のゼットも姪のベッキーもミルーの両腕に抱えられている。もうすでにかなり大きくなっているから一時的ならともかく、抱えたままというのは辛いのではないだろうか。別にいいけど。

 従士の二人はミルーの為人ひととなりや、騎士団での評価などを話しているうちに我々が困惑の表情を浮かべ始めたことに気づいたのだろう「何か腑に落ちない内容がございましたか?」とヘガードに伺いを立てるものの、ヘガードは「あ、いや」とか「う、いや」とか言葉に詰まっていてまともな返事を返さないので説明は続けられた。

 控えめに言っても彼らのミルーの評価は非常に高かった。俺は彼らのほうがミルーより明らかに年上であることと、従士の一人はミルーの先輩でもあるらしいことに疑問を持った。何故彼らはミルーに対して嫉妬の感情をかけらも表さないのだろうか。従士とは言え第一騎士団に所属している限りは彼らも元々は騎士だったはずだ。それも一角ひとかどの。当然、自信やプライドもあるはずだろう。それがこんなぽっと出の田舎の小娘に抜かされたのだ。悔しいと思いこそすれ、高評価を与えるようなものではないのではないか?

 俺の中で疑念が高まっていく。よほど口を挟んでやろうか、と思い始めた頃に従士達の話は終わった。簡単に話をまとめると、

・入団試験での実技成績は飛び抜けたものではなかった。だが、魔術行使のスピードが尋常なものでは無く、且つ複数の魔術を行使できることが確認されたため合格となった。

 うん、これはいい。納得できる。他の家族たちもここまでは頷いていた。良く知らなかったシャーニ義姉さんだけが少し吃驚した位だ。逆に驚かない俺たちについて従士達は拍子抜けのような表情を浮かべていた。

・最下位の従士(第六位階第五位と言うらしい)からスタートし、元騎士であった他の同期の従士達より頭ひとつ抜きん出ていると判断されるにはさほどの時間はいらず、僅か一ヶ月ほどで第六位階第四位となった。

 皆良く解らないのでそれを代表してだろうか、ファーンが「普通はどの位の期間で位が上がるのか」と質問した。従士達は「通常三ヶ月ほどです」と答えた。何故こんなに早く昇進の判断がなされたのだろう? 皆の疑問を代表してシャルが「なにか基準があるのか」と尋ねたところ、「第六位階第三位までは毎月希望者に対して行われる試験に合格すれば昇進できる」との返答だった。

 昇進試験としては初回になる第四位挑戦の試験内容は騎士の心得と座学で学んだ内容から出題されるペーパーテストらしい。この時点でまた全員が困惑に包まれる。勿論シャーニ義姉さんもだ。実技なら兎も角、ペーパーテストによって試される、心構えだとか知識についてミルーがまともに答えられる訳など無い、と思っていたのだ。

 ところが、従士の一人(面倒だ、これから名前で呼ぶわ。こいつは従士グロホレツだ)が「試験は必ず座学の範囲から出題されます。グリード卿は座学でも非常に優秀でした。典範の内容はおろか座学のテキストの内容について第四位までの内容を全て一月でそらんじてしまわれました。勿論、最終的には出来る様にならねばなりませんが、一月間でというのはなかなか出来る事ではありません。しかしながら、実際には出来るのでしょうね。過去にも同様の例は幾つもあります」と答えるに及んで、皆からため息が漏れた。

 俺はここまではまぁ納得できる。普通の騎士が三ヶ月かけて暗記するような内容を一月で、というのは一見難しそうだが、丸暗記ならそれが得意であれば充分に可能だろうと思ったからだ。前世にも理解は兎も角、丸暗記だけなら大得意なんて奴は多くは無かったが、それほど珍しくなかったしな。俺個人の考えだが、暗記しなければならない量自体も大した量ではなかったのではないだろうか。このオースだと幾らなんでも前世の受験生より覚えなければならないことは圧倒的に少ないはずだ。ミルーは若いし、歳を食ったほかの従士たちよりは暗記は得意だろう。

・その後夏前には第六位階第三位の試験にも合格し、更に昇進した。

 これは第四位の試験突破者でも早い方ではあるがそれほど異常でもないらしい。要は暗記範囲が増えただけだからだ。ここまでは多少早いがいなくはないし、頭がよければ別段驚くには値しない。オースでは頭がいい、というのには暗記能力が高いという意味が多分に含まれる。だが、次からはそうも行かない筈だが?

・その後一月で第六位階第二位の試験に合格した。この時点で騎士団関係者から注目を浴び始める。

 第二位の試験から実技が入る筈だ。今までの説明からそう推測できる。だいたい、ミルーは馬に乗ったことも無いはずだ。二月の半ばに入団し、恐らく三月の半ばには第四位、夏前と言うからには六月くらいには第三位になっている。そして七月か八月頭くらいに第二位だと? 入団して半年かそこらで可能なのか?

 今度は従士アムゼルが答えた。

「第二位の試験は総合的なものです。今までの試験内容に加えて戦闘試験が行われます。現役の騎士を相手に20人連続で相手取り模擬戦を行います。各模擬戦の勝敗は評価には影響しないと言われておりますが、今まで全勝したという記録はありません。グリード卿は騎士団の記録上初めて全勝しました」

 な、なんだって!? いやいや、嘘くせぇ。俺も最近では銃剣を使えば負けはしないだろうが、20戦を連続でなんてやったら多分5~6人目くらいで負け始める自信がある。多分10人目くらいからは全敗だ。威張れることではないが当たり前じゃねぇの? 他の皆も俺と似たり寄ったりの事を考えたのだろう、疑念のこもった目で彼を見た。

「いえいえ、嘘でありません。あ、皆さんはグリード卿の魔法の技量を良くご存じではないのでしょうか? グリード卿は魔法と魔術において比類ない程の実力者です。それがこの試験で改めて確認されたのに過ぎません」

 ま、まさか、攻撃魔法を使ったのか? 生身の騎士相手に? あの無茶な『ファイアーボール』とか? 殺しちまうぞ。俺と両親は戦慄したように青い顔をしたが、ミルーのまともな攻撃魔法についてあまり見たことの無い兄夫婦はしたりと頷いている。シャーニ義姉さんもミルーの魔法の技量が優れていることについて理解し、納得したのだろう。だが義姉さん、その理解は充分ではないよ。とにかく、従士アムゼルの言葉は続いた。

「グリード卿は最初の数人は馬を狙い炎を出して馬が怯んだ隙を狙って脚に『フレイムアローミサイル』を撃ち込んで転ばせました。模擬戦で騎乗していた場合、落馬の時点で負けです。その後は誰も騎乗しませんでした。グリード卿も相手が騎乗しないのを見て馬から降りました。その後は『フレイムアローミサイル』の魔術で最初に一撃を加え、それで怯んだ相手には二撃目の魔術で勝ちを得ました。

 白兵戦だと攻撃が二回、明らかに命中した時点かどちらかが降参した時点で勝敗はつきます。怯まない相手にはわき目も振らずに距離を取り、再度『フレイムアローミサイル』の魔術を命中させ勝ちをもぎ取りました。勿論、騎士団にも魔術を使える程魔法の技能が優れた騎士も何人かはおります。

 彼らを相手にする場合はもっと簡単でした。相手が魔術を使うときにはその発動よりも早くグリード卿の魔術が相手に命中するのですから。恐らく騎士団内部にはグリード卿より早く魔術を発動させられる団員はおりません。ですから、相手が魔術を使うのを確認した後に動けない相手に対して先に魔術を確実に当てられます。その時点で相手の魔術は発動を阻まれます。

 その後は同様に距離を取って確実に当てられる『フレイムアローミサイル』の魔術で勝負をつけました。こうして十人以上の騎士と四頭の馬に傷を負わせて勝ちました。最後の五人は異例にも各中隊長と副騎士団長と騎士団長です。彼らは全員魔法が使えます。中には風魔法で自分を弾き飛ばすことすら厭わない剛の者すらいらっしゃいます。

 しかし、グリード卿は『フレイムアローミサイル』の魔術を使ったと見せかけて防御態勢を固める相手に『フレイムアローミサイル』ではなく、無誘導の『フレイムアロー』を撃ち放ったまま即座に走り込んで切り付けるという強引な手法で勝ちました。今まで攻撃の魔術は『フレイムアローミサイル』しか使っていなかったので、誘導中は動けないと踏んでいた相手の意表をつく勝ち方でした。

 更には『フレイムアロー』だけでなく、小さな『ファイアーボール』すら使い、その爆発範囲に巻き込んだり、魔法を使わないと見せかけて近寄ってきた所にいきなり『フレイムスロウワー』でダメージを与え、距離を取ったところに『フレイムアローミサイル』で止めを刺したりしていました。風魔法を使う相手には開始直後に自分の前に土山を出し、突っ込んで来るのを読み勝ったりもしておられました。

 副騎士団長には模擬戦では初めて火魔法だけでなく『アイスコーン』を使ってダメージを与えると共に氷の粒を舞い散らせて視界を塞いだ瞬間に魔術の維持をやめ、氷の粒がまだ舞い散っている僅かな時間で死角に回り切り付けて勝利しました。最後に騎士団長が相手をしたときには全員がグリード卿に全力を出させていなかったことを悟りました。

 開始の瞬間、氷魔法を大規模に使い騎士団長を氷漬けにしました。範囲が広すぎて回避のしようが無かったと思います。恐らく5m四方は氷漬けになったと思います。放って置けば確実に団長は窒息しますのでその瞬間に勝負は決しました。グリード卿はすぐに氷を水にして団長を救い出しました。そして傷を負った騎士達や馬に治癒魔法をかけたのです」

 従士アムゼルは自分で話しながら興奮してきたのだろう。その顔は少し紅潮し額には汗すら浮かんでいた。確かに『フレイムアローミサイル』の魔法は威力を絞ればMPを7しか使わない。どうもミルーは省エネで戦ったようで、20人を連続で相手取っても使ったMPは200も無いだろう。その後の治癒魔法だって充分に大丈夫だったはずだ。だが……。いや、今はいい。

 従士グロホレツが後を継いで言う。

「当然試験は誰も文句がつけようも無く合格です。何しろグリード卿に攻撃を当てることに成功した騎士すらいなかったのですから。つまり、複数なら兎も角、一対一でグリード卿に勝利できる騎士はいまの第一騎士団には居りません。その後は大騒ぎでした。魔術の技量が優れていることは皆ある程度知っていましたが、これほどの使い手とは思ってもいませんでした。

 その技量は充分に魔術師と呼ぶにふさわしく、王国の筆頭宮廷魔術師のダースライン侯爵をすら技量・魔力量ともに上回るだろうと団長は仰っておられました。確かに剣の技量はまだまだでしょうが、グリード卿はまだお若く、現役の騎士では最年少です。これからいくらでも修練出来るはずですし、まだまだとは申し上げましたが、我等第一騎士団の訓練にしっかりと付いて来ておられます。並みの騎士よりは腕も立ちます」

 手放しのベタ褒めじゃねぇか。これじゃあ幾ら年上だとか先輩だとか言ってもミルーの下風に立つのも良しとするしかないだろう。

 従士アムゼルは

「その後、やはりダースライン侯爵が騎士団までおいでになり、グリード卿の魔術の技量を見たいと仰せになられましたが、団長も引抜を警戒したのでしょう、きっぱりと断られておいででした。そのおかげで我々も希代の天才魔術師のご指導を賜れております。こんなに嬉しいことはございません」

 と言って説明を終わらせた。

 俺とファーンは顔を見合わせるとミルーの顔を見つめた。それに気づいたミルーは少し恥ずかしそうに俯き、ゼットとベッキーをあやしている。え? なんだこれ?

 第六位階第一位の試験を受験するには第二位で最低一年間の経験が必要になるらしい。だが、一年が経過したときミルーは実技は剣と乗馬だけになり、模擬戦は免除された。あとは面接で合格になったそうだ。従士のうちは乗馬の試験もあまり厳しい内容ではないらしい。本来従士は馬に乗れないからな。ミルーはそこでも決して奢ることなく謙虚な態度を崩さずにいて、騎士団の面々からも好感を持たれているとのことだ。

 そして、第六位階第一位の従士からは実戦への随行が言い渡される。当然ながら第一騎士団の従士は第五位だろうと騎士としての優れた実力を備えてはいるが、第一騎士団の所属として充分な働きをする、というのは第一位の従士からなのだそうだ。なにそのエリート志向。レンジャー持ち以外は人にあらずで展示降下に参加させてくれないという噂の習志野第一空挺団かよ。

 昨年、ミルーは二つの紛争に参加したらしい。年の頭と年末だ。紛争の頻度を考えると二戦連続参加ということになる。そして魔法で活躍したとのことだ。ゴムプロテクターをしていることから「黒い魔女」と呼ばれたとか呼ばれないとか。なんだそれ、三流の悪役か。ミルーは困ったように笑っていた。

 その活躍を受け、年末の紛争終了時に騎士団長の推薦を受けて正騎士の叙任となったそうだ。そして、故郷に錦を飾るべく、休暇を貰えたということだ。いささか長くなったが俺達の知らないミルーの一面を知れたのは良かった。俺達は疲れているところに説明をさせてしまった二人の従士に礼を述べ、今日は休むことにした。

 ミルーは部屋が無いので俺の部屋で一緒に寝ることになった。仕方ないのでウォーターベッドをミルーに譲り、俺は土間になっているが、床にゴムシートを敷いて寝ようとしたら、ミルーに一緒に寝ようと言われたのでお言葉に甘えることにした。狭くて寝辛かったが、ミルーはしきりとウォーターベッドに感心していた。王都でもゴム製のウォーターベッドについては最近噂が出回っているらしく、存在は知っていたようだが、使ったことは無かったそうだ。仕方ないので、

「姉ちゃんは水魔法も使えるから問題ないだろうし、これ、持って帰っていいよ。試作品だから出回ってる奴より多少寝心地は悪いけどさ」

 と言ったら嬉しそうに喜んでくれた。

「それよりも、魔力量が多いこと、何と言って誤魔化したの?」

 重要なことだ。こればかりは確認せねばなるまい。

「え? ああ、魔法の技能レベルが高いから、って言ったわ。レベルは風魔法は使えないけど全部相当高いですって言ってある。勿論レベルについては教えてないわよ。でも50レベルくらいを匂わせてはいるわ」

 思わず噴出した。大嘘もいいところだ。いくらステータスで見られる特殊技能のレベルは本人にしかわからないとは言え、50は幾らなんでも滅茶苦茶だろう。だいたい特殊技能も固有技能と一緒でレベルの最大は9のはずだ。俺も無魔法が一番レベルは高いが、まだ9にはなっていないので本当に9がMAXかは知らないけどさ。多分一緒じゃね?

「ええっ? それはいくらなんでも……そんなの信じられてるの?」

「どうかなぁ? 宮廷魔術師のダースライン侯爵も無魔法のレベルはやっと私と同じ7になったばかりらしいわ。あの人、もう60歳超えてるらしいし、これから先頑張ってもどうせもうすぐ死んじゃうから。この先の時間も知れてるでしょ。多分ばれないわよ」

 何を言ってやがる。だが、まぁ理屈としては合っていると言ってもいいのか? 風以外が全部50レベルならそれだけで魔力量(MP)は200ということになるし、頻繁に魔法を使っているところを見られたりどの魔術を何回使ったかとか数えられていない限りはそうそう魔力量の推測も出来ないだろう。MPかそれに準ずる、魔力量を数字として捉える概念が無ければいいのか? いやいや、昔、母ちゃんは俺たちの修行を見てほぼ正確にファーンとミルーの魔力量を推し量っていた。数字の概念ではないにしても、どの魔法を何回、というように数えられる可能性もある。

「うーん、でも、それに安心しないで魔力量は隠したほうがいいよ。戦っているときに、相手が魔法が使えるけどまだ充分な魔力量を保持しているかまではだれにも解らないんだし、何が起こるか解らない。母さんも必ず魔力は使い切らないように残しておけって言ってるじゃんか」

「それはそうよ、私の生命線だからね。魔力切れを狙われたりしたらまずいしね。魔力がどのくらい残っているかわからないから魔法使いや魔術師は怖いんだから。何としても隠し通すわよ」

 そうか、ならいいんだ。これから先、いつかはわかってしまうかも知れないが、そこまでの期間は長ければ長い程いいわけだし。

「あ、それと教えて欲しいんだけど、魔法使いと魔術師ってなにか違うの? 従士の人たちも魔法と魔術って言ってたよね?」

「ああ、一緒よ。私達は『フレイムアローミサイル』の魔法って言ってたでしょ? ああいうふうに、名前が付いて、複数の魔法で構成されている魔法のことを魔術って呼んでるだけよ。で、その魔術を3つくらいかなぁ、そこそこの速さで発動出来る人を魔法使いではなくて魔術師って言うんだって。アル、私達魔術師なのよ」

 なんだ、呼び名が違うだけか。つまんね。

「ふーん、そうなんだ。だからと言って何があるわけでもないんだろ? どうでもいいや」

「魔術師は魔術を極めた人の称号みたいなものね、名乗れること自体が名誉なことらしいけど、どうもここ数年で流行りだした言葉みたいね。元は東の方のグラナン皇国やバクルニー王国とかで使われていた言葉らしいわ。実は私もどうでもいいわ」

 ふーん、外国から来た言葉なのか。
 まぁいいや、そろそろ寝よう。

「なるほどねぇ、それじゃお休み、黒の魔女様」

「ぐっ、やめてよ、もう」

「く ろ の ま じ ょ さ ま」

「次言ったらぶつよ」

 からかうのはこのくらいにしないとな。



・・・・・・・・・



7442年1月15日

 寝相の悪いミルーに蹴り飛ばされて一度目を覚ました。夜中にMPを全解放してから結局床で寝ていたので、翌朝目覚めた時には体中が凝り固まって痛かった。ちくそー。

 とにかくいつものように日の出前、朝五時くらいに目が覚めると、ミルーも起きだしたようだ。すると、ミルーは服を着ると、プロテクターを装着し始める。何をするのかと思って仄暗い中で観察していると、

「ぼうっとしてないであんたも早く準備しなさいよ。朝御飯の前に軽く揉んであげる」

 と来たもんだ。見てろよ。俺も急いで支度すると、木剣を二本用意して家から少し離れた稽古場に行く。ふふん、見て驚けよ。だが、ミルーもにやにやしている。あれは何か奥の手を考えたときに昔からやってる表情だ。考えが足りないので俺に言わせると上手く行った試しなんか殆ど無いのに。今回はおそらく俺をいたぶれると思っているからあんな顔をしているんだろう。

「じゃあ、始めるわ。殺すまではやらないし、怪我したら治療してあげるから」

「けっ、そりゃこっちのセリフだ、血で染めて赤い魔女にしてやるよ」

 俺たちはお互い10m程の距離を取って木剣を構えた。昔の構えよりは洗練されている感じだ。あれが第一騎士団流なのだろうか。まずは一戦。昔のように魔法を使わずやるのだろう。剣の稽古では魔法は禁じられていたからな。

 ……。俺もかなり強くなったはずだ。しかし、ミルーの方が俺を上回っていた。差は縮まっていない。木剣の攻撃をかわした所に肘打ちを食らってだらだらと流れ落ちる鼻血を治癒魔法で治す。それから肘打ちの後、突かれた脚にも治癒魔法をかける。こんな相手に直接攻撃を加える稽古は有り余った魔力の恩恵を受けられる俺たちしか出来ないからな。

 一戦目は負けか。

「さぁ、次だ。今度こそ勝ってやる」

「次は魔法有りだからね。また這い蹲らせてあげるわ」

 くっそ、見てろ。俺たちは昔から隠れて魔法(正確には魔術だ。魔法だと一気に埋めたほうが勝ちになるので正直な話、魔力量が多く、魔法のレベルも高い俺が絶対的に有利なのだ)を使いながらの稽古もしていた。そのルールだとお互いにスタートする距離は約2m、思い切った踏み込み一つで相手に剣が届く間合いだ。如何に初撃を躱して魔法を使うだけの時間が稼げる距離を取るかの勝負だ。

 お互いに木剣を構えると相手の目を見る。なんとなくでスタートだ。合図はない。俺は一撃貰う覚悟でいた。その一撃を頭に受けずに避けることだけを考える。腕一本捨てるか。俺の目つきが変わったことにミルーは気がついたのだろう。ミルーの目にも力が篭ったのが見て取れる。

 俺はジャンプして飛びかかる。左手を開いて前に突き出し、右手は剣を握ったまま軽く曲げて剣で頭をガードした姿勢で大きく跳ねた。すかさずミルーの稲妻のような突きが来るだろう。何しろ俺は左手を開いてあたかも左手から魔法を使うかのように飛び掛っているのだから。

 ミルーは俺の誘いに乗った。すかさず右手から剣を離し、右手も突き出す。『ストーンボルト』の魔術だ。石造りの短い矢が俺の右手から放たれると同時に、左手にミルーの突きを受ける。『ストーンボルト』はミルーの左肩と二の腕を守るプロテクターの隙間に突き刺さった。二人共痛みに顔を歪ませる。だが、俺はミルーの「これでもう魔法は使えまい」というような表情を見逃さなかった。

 普通は重傷を負ったりすると集中が乱され、魔法を使うことは困難になる。だがな、姉ちゃん、俺も遊んでた訳じゃないんだぜ。左腕を突かれながら無理やりミルーの右脇を転がりながら通り抜ける。起き上がった時には俺の左腕は治癒魔法によって回復し、直後にミルーが振り返ったときには回復した腕を見せつけるようにして左手から『エアカッター』を飛ばす。

 勝負あった。ミルーは一体何が起きたのかすら判らなかっただろう。確かに自分は弟の左手を突き、一発魔法を喰らったものの、剣を落とし、重傷を負った弟はもう魔法を使う術もなく剣で攻撃することも出来ずに嬲られるだけになった筈だ、とでも思っていたのだろう。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしながら俺の『エアカッター』を足に受けていた。

「はっはっは。いい感じに血が出て赤い魔女になったね」

 棒読みのように馬鹿にした台詞を吐く。

「ちょっと、何よ、今のは……あ、あんた走りながら魔法使えるようになったの?」

 ほう、少しは進歩したようだね。

「いや、まだまだ出来ないよ。たまーにまぐれで使えるくらいだね」

 治癒魔法を使い、傷の治療をしているミルーに多少自慢げに答える。

「じゃあ今のは一体何よ? 確かに左手を突いたはずよ」

「うん、突かれたよ。でも転がりながら脇を抜けていったろ? 勢いさえつけば体を動かすこと考えずに魔法が使えるからね。左手は転がりながら治癒魔法で回復した」

 それを聞いてミルーはちょっと吃驚したようだ。

「はぁ? あんな一瞬で回復したの? そんな事出来るようになったのか……」

「へへっ、回復じゃなければあの時攻撃魔法を使うことも出来たよ。わざと見逃してあげたのにさ。勝った気でいるんだもんな。チャンスを有効に生かせない奴は死ぬって父さんも言ってたろ? 本当なら転がりながらの攻撃魔法と、起き上がってから止めの攻撃魔法で姉ちゃんは真っ赤っかな魔女になってるはずだぜ」

「ちょっと、なんですって!? ……次行くわよ」

「まだやんのかよ。剣では姉ちゃんの勝ちなんだし、もういいだろ」

 ミルーはぶすっとして答える。

「もう油断しない。行くわよ」

 仕方ない、俺は落ちている自分の木剣を拾い上げると再度構えた。同時に、こりゃ俺が負けないと終わりそうにないな、と考え、如何に上手く負けるかについて考えを巡らす。多少なりとも吃驚させてやればいいか。どうせ成功はまだしてないんだし、あれを試してみるか。純粋に真剣な模擬戦中に魔法を使おうとするのはファーンと二人の時だけだ。俺が魔法を使おうと少しでも隙を見せると容赦のないファーンの突きや斬撃が飛んでくる。今までは失敗ばかりだが、万が一成功した時のことを考えると兄貴相手にしか出来ないしな。

 今回は負けでいいし、失敗しても構わない。「剣での戦闘中に魔法を使おうとする」だけで、ミルーは吃驚するだろう。俺は平坦な気持ちでそう考えると同時に剣を振る。ミルーは俺の攻撃を剣を寝かせて受け止めた。鍔迫り合いみたいな状況になる。ミルーの顔を見ると綺麗な青い瞳が激しい感情に揺れてこちらを見ている。その瞳に俺の顔が写ってるのがわかった。こんなに落ち着いて模擬戦が出来るなんてな。レベルや性別の問題もあるのだろう、歳はミルーが四つ上だが筋力は少しだけ俺が優っている。

 ミルーの瞳に少し焦りの感情が走ったのがわかる。いや、わかんねぇけど、そんな感じがしただけだ。焦っているのなら今だ。俺は剣の柄に手を当てたまま左手だけ開く。そして、魔法は発動した。『エアハンマー』だ。ミルーの顔が驚愕に歪み、同時に空気の塊が彼女の身体を弾き飛ばした。10m近く転がって仰向けになってやっと止まった。

 実は『エアハンマー』が発動した時には俺も驚愕した。まさか成功するとはな……。あれ? ミルーが起き上がって来ないぞ。打ちどころが悪かったのか!? 慌てて声を掛けながら姉ちゃんに駆け寄る。さっさと治癒魔法を掛けないと。仰向けになったまま寝転がっているミルーの傍にしゃがみ込むと、ミルーは笑っていた。

「何笑ってるんだよ。打ちどころでも悪かったのかと思って心配して治癒魔法でもかけてやろうとしたらこれかよ。ふざけんな」

「ふふっ、くっ、ふふふふっ」

 気でも違ったか? 俺はミルーの顔の前で手を振ってみた。反応はある。

「おい、大丈夫なら傷治せよ、打ち身くらいはあるだろ?」

「……うふっ、え? ああ、そうね……っと、これでよし」

 ミルーは起き上がると「心配してくれたの?」と言ってにっこり微笑みながら俺の頭をぽんぽんと叩いた。

「そりゃそうだろ。倒れて起き上がらないんだからさ。なに笑ってんの?」

「今回も私の勝ちね」

「はぁ? 俺は一発だって貰ってないぞ。だいたい、姉ちゃんを弾きとばしてすぐ追撃も出来たのは分かるだろう?」

「今頭二回叩いた。だから私の勝ち」

 なんだとこのアマ。

「まぁまぁ。それよりあんた、あんなことも出来るようになったのね……。あんたならすぐにでも第一騎士団の小隊長くらいにはなれるわね。でも、悪いことは言わないからあんたはやっぱり冒険者を目指しなさい。そっちのほうが向いてるわ」

 いきなり、訳分かんねぇよ。

 もともとそのつもりなんだし、言われなくてもそうするさ。

 
アルが現役自衛官の頃は自衛隊に特殊作戦群はまだ創設されておりません。
その後その創設くらいは知ったかもしれませんが、ここでは第一空挺にしています。
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