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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第一部 幼少期~少年時代

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第四十九話 再戦

今回の話に含まれている医学的な話はあくまでフィクションです。
くれぐれもご参考になさらないで下さい。
7440年2月14日

 俺はゴムの採集の係りの護衛として同行していた従士の一人に「魔物がいるな。ちょっと外れて歩く」と言って列から外れた。何か言われるかとも思ったが、この若い従士は俺の言う事をいつも重視してくれるので反対されたところで説き伏せる自信はあった。思惑通り何も言い返しては来ず、俺の希望を受け入れてくれたことに安堵しながら隊列から100m程北側に離れて歩き出した。

 北側にずれたのは木についていた傷がすべて幹の北側にあったことと、例の水場がある場所はここから相当距離はあるものの北にあるからだ。隊列を離れたのは例の咆哮の影響を受ける人数を減らしたかったことと、どうせやるなら一対一で決着をつけたかったことが理由だ。本音を言うと誰か傍にいる所に襲撃を受け、咆哮の影響で恐慌状態になっている人間をかばいながら戦う自信がないだけなのだが。

 とにかく列を離れて歩き出したが数分もすると猛烈に腹が痛くなってきた。むう、これは大きいほうかなぁ、などと考えていたが、すぐにさっさとしてしまったほうがいいと思い直し腰の後ろに手を伸ばす。ゴムプロテクターの腰部分の構造は股間の保護を考えてゴム製のビキニパンツのような形状をしている。そのパンツの内側の前の部分二箇所と後ろの部分二箇所からゴムバンドを生やしそのゴムバンドの先端には薄いフック状のエボナイトを取り付けている。このフックを胴体を保護する腹側と背中側のゴムプロテクターの下部にあるステーに引っ掛けているのだ。

 パンツ状とは言っても前と後ろを保護するようにしているだけでビキニの水着のパンツ部分のように横で紐を結ぶ構造にはしていないので、脱いで広げると寸詰まりの砂時計のような形になり、その上下から二本ずつ先端にフックのついたゴムベルトがちょろっと生えている感じだ。要するにゴムのベルトというかバンドでパンツ部分を吊っているのだ。この吊っているフックを外せば簡単に着脱が可能な構造だ。

 俺は早速後ろ側のゴムベルトを外し、腰部分のプロテクターを股を通して前に持ち上げると、ズボンを降ろせるところまで降ろして木陰にしゃがむ。腿のプロテクターが邪魔になって膝まで降ろすことは出来ないが、腿のプロテクターを外すのも面倒だし、出来るだけ降ろせば用を足すことは出来る。もちろん周囲の安全は確認済みだ。いきむがブツが出てくる様子はない。なんだよ、もう。腹はこんなに痛いのに勘弁してくれよ……。しばらく格闘すると、ちょっとだけ出た。うーん、まだ腹は痛いけどこれ以上は出そうにない感じだ。仕方ない。手近な葉っぱでケツを拭き、ズボンをたくし上げようとしたところで異変に気づく。

 ああ、異変といってもホーンドベアーの出現じゃないぞ。俺の腹の方だ。尋常ではない痛みが走る。そして、その痛みは最初はみぞおちの辺りだったのが今はちょっと移動して右下腹部あたりになっている。みぞおちあたりが痛い時点でなんか変だな、とは思っていたのだが、まさかな。

 俺が産み落としたブツの傍は少量とはいえ嫌な感じがしたので、痛みを堪えつつちょっとだけ移動した。前掛けのようになっているプロテクターをぶら下げ、腹を押さえてケツ丸出しで前かがみになった姿勢は格好悪いだろうな、とか馬鹿なことを考えている余裕はたちまち霧散した。やばい、痛いよママン。自分自身を鑑定すると【状態:病気(虫垂炎)】と出た。やっぱりか、畜生。

 バークッドでもごくたまに虫垂炎から腹膜炎を経て死亡する人がいることは知っていた。俺の知る限りかなり前に一人だけだったが。手術なんか出来ないし、シェーミ婆さんも頑張っていたのだが、治癒魔法をかけても無駄だった。大腸で炎症を起こしているのだから、魔法で原因になっている細菌を多少取り除けたとしても既に膿はあるし魔法で多少免疫力が高まったところで勝手に回復なんてしないだろう。

 まずいぞ、まずい。これは危機的な状況だ。ホーンドベアーに匹敵する。いや、考えようによっては魔物なんかよりずっとやっかいだ。痛いわ、畜生。声も出せないくらいだ。脂汗が気持ち悪い。いやいや、汗かいて死ぬわけがないからどうでもいい。ああ、冷静にものが考えられないくらい痛い。落ち着け。

 整理しよう。

1.確実に虫垂炎を起こした。鑑定もしたしこれは間違いない。
2.前世でも俺は虫垂炎をやって手術によって治療した。
3.俺には前世も含めて手術した経験なんかあるわけない。
4.自衛隊の講義の衛生の授業で簡単な手術は習ったが銃創の処理や出血に対する対症療法くらいだ。怪我を負った兵隊はモルヒネを打ってさっさと後方に送るのだ。
5.今俺は一人。痛くて大声なんか出せない。出そうと思えば出せるが、産み落とすのに数分かかっているし、その間に更に距離も離れた。とても届きそうにない。
6.このまま放って置けばいずれ腹膜炎になり死に至る可能性が高い。
7.動けることは動けるが今なら亀に負ける。

 うん、まずいよね。
 昔俺が虫垂炎を患ったのは小学生低学年の頃だった。ものすごく痛くて泣き出したのを覚えている。病院に連れて行かれ局所麻酔で手術をした。ものの10分程で手術は終わり、手術してくれた担当医が切り取った虫垂を変な器具でぶら下げて見せてくれた。黄色く膿のまとわりついた4~5cmくらいの細長い物体だったような気がする。1970年代でもあんな短時間で手術が出来るのだ。局所麻酔は無いがここは一発腹をくくってやるしかないだろう。どうせ何もしなくても死ぬのだ。いや、死なないかもしれない。でもやっぱり高確率で死ぬだろう。どっちだよ。そうだ、これはいつか訓練しようとした状況だ。今まさにその状況を強制的に行うのだ。

 思わぬところで自分の腹を割くことになった。地魔法で背をゆったりと起こせるような手術台をつくった。ああ、別段可動にしたわけじゃなくて背もたれが異様に傾いたようなリクライニングシートみたいなものだ。昔読んだ有名な医者が主人公の漫画で自分自身を手術する話を思い出す。確かあの時は鏡を使っていたが今はそんなものは無いし、代用になるものもない。持ち物を確認しよう。

 銃剣、でかすぎる。いらん。
 ナイフ、こいつはメスの変わりに使えるだろう。確保。
 プロテクター、邪魔にしかならん。ボツ。
 服、上のシャツは汚いがなにかに使えるかもしれない。一応確保。
 他には……何も無い。

 俺は簡易手術台(?)に寄りかかり何とか足以外のプロテクターを全部外し、服も脱いだ。ズボンも出来るだけ降ろした。縮み上がったあまりにも粗末な物が見える。どうでもいいわ。

 ナイフを取り出し刃に火魔法をかける。消毒だし百度くらいでいいだろう。次に水魔法で冷やす。魔法で出した水には雑菌なんかはいないと思うのでこれでいい。念のため治癒魔法をかける。ちょっとだけマシになった気がする。よし、俺がやることを頭に叩き込んでおかなきゃ。まず、右下腹を切り裂く。皮膚の下には筋肉層があるので内臓まで傷つけないように筋肉も切り裂く。傷口に手を突っ込んで……ああ、手の消毒を忘れた。水で洗うくらいしか出来ん、まあいい。手を突っ込んで大腸を探し当てる。多分太いだろうから指で触ればわかるような気もする。出来ればそれを引き出す。出来なければ指先だけの感覚で虫垂を捜すしかないから引き出したほうがいい。そして虫垂を切除。切除したら魔法で水を出して切り口を洗う。その後大腸に治癒魔法。すぐに腹に戻して治癒魔法。

 要するに炎症を起こした部分を切り取って単なる怪我にする。で、治癒魔法をかける。万事OK。OKなもんかよ、糞が。これで駄目なら治癒魔法をかけながらなんとか誤魔化して移動を続けるしかない。だがそれだと結局は助からない可能性が高い。前世の俺の手術痕は長さ5cmくらいだった。だがあれは傷口を見ながら指を突っ込んで虫垂を切り取って切り取った跡を手術用の糸で縫い、切り口を縫っただけだろう。今回はその倍は切らなければならないんじゃないか? 麻酔もなしで。

 俺は適当な木の枝を咥え、マウスピースの代わりにすると、思い切ってナイフを右下腹部の昔手術痕があった辺りにあてがい、力を入れて少しだけ差込み、すっと引いた。

「ふんごっ!!!」
(いってええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!)

 皮膚を切っただけだ。切った皮膚を左手で広げる。そしてまたその切り口にナイフを持って行き、また切る。釣った魚は前世から無数に捌いている。俺の刃物使いは職人芸だぜ。うそ、涙がにじむ。木の枝の脇からよだれが垂れる。ああ、鑑定忘れた。HPが減っている。多少出血はあるが腕や足に思い切ってナイフを突き立てた時ほどじゃない。あのあとシェーミ婆さんにチクられて親父にぶん殴られたのは無駄じゃなかった。あんな馬鹿な真似をした甲斐もあったってもんだ。痛みに耐性がついたからな。ごめん、またうそ。ものすごく痛いよ。

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……」
(痛い痛い、止めときゃよかったかな、畜生)

 なんとか10cmほどの切り口が出来た。多分このあたりだろうと適当に当たりをつけてナイフを傍の葉っぱの上に置き、左手で切り口を拡げ、右手の指を突っ込む。自分の内臓を触るのなんか勿論初めてだが、ここで躊躇しても仕方ない。思い切って指をぐりぐり動かして奥のほうに進めると、すぐにぷるんとした触感の器官に当たった。直径6~7cmくらいで結構太い感じだ。あれ? 俺はてっきり小腸を掻き分けないと大腸まで辿り着かないと思っていた。だが、この太さは小腸ではありえないだろう。そいつに指を当てながらゆっくりと慎重に腹の中心部の方に向かって指をずらして行く。切り口の終端ぎりぎりになって途切れる感じがする。

 ああ、このあたりが終端で盲腸なんだろう。とするとこの終端に虫垂がぶら下がっているはずだ。また慎重に指で腹の中を探る。するとしぼんだ水風船のようなものがあることがわかった。HPはゆっくりと減っておりそろそろ残り三分の二くらいだ。治癒魔法を掛けたくなる心を抑え、そいつを腹の中にあるまま切り取れそうか確認する。

 うーん、出来ないことも無いだろうが、難しいな。他人のだったらまず問題なく出来そうだ。よだれが顎をつたって首、胸くらいまで垂れているのに初めて気がついた。痛みは物凄いが慣れて麻痺したのだろうか、なんとかなりそうだ。

 仕方ない、引き出すか。思い切って盲腸部分をつかみ引き出した。引き出したと言っても、完全に腹から飛び出させているわけではないぞ。切り口から少し出っ張っている程度だ。だが見える。これで切除には充分だ。鑑定しても虫垂だけ光らせることは無理だろうし、切り取ってからそのかけらを鑑定すれば正解だったかはすぐにわかる。

 俺は震える右手をナイフに伸ばし、ナイフを包丁のように持つと左手で虫垂を引っ張った。出来るだけ根元に近いあたりで一気に切った。別段痛くは無かった、と思う。魔法を使うとき以上に極度に集中していたからだろうか……。まぁ今はどうでもいい。切り離した虫垂候補を左手でぶら下げ目の前に持って来ると祈るように鑑定した。

【虫垂】
【普人族の大腸】
【状態:炎症】
【加工日:14/2/7440】
【価値:0】
【耐久値:0】
【普人族の大腸を構成する一器官】
【摂取すると虫垂炎を発症する可能性がある】

 正解だ。ほっとして虫垂を投げ捨て、ナイフも傍に放り投げ急いでむき出しのままの腸にちょろりと水魔法を掛け血と膿を洗い流す。勿論腹に水が入らないように気をつけたつもりではあるが多少入ってしまうことは避けられないし、毒じゃないから少しくらいはいいだろう。そして治癒魔法をかけながら腹に押し込んだ。連続して治癒魔法を掛け、切り口も修復した。HPが元の値まで回復し、状態も良好に戻り、一安心だ。

 痛み自体は無くなったが、物凄い倦怠感と多少の吐き気はある。吐き気は無視しても構わないだろうが、倦怠感はいかんともしがたく、もう暫くは動きたくない。どのくらいぼーっとしていただろうか。倦怠感はまだ重く体にのしかかっているが動けないほどでは無いくらいまでは回復しただろう。うわっ俺、チ○コ丸出しだったわ。結局シャツは使わなかったので思い切って全部脱ぎ、シャワーを浴びた。その後風魔法で乾かしてから服を着てプロテクターを身に着けた。ナイフを鞘に戻し、転がったままの銃剣を拾い上げる。

 ゆっくりとした足取りでゴムの採取地へ向かう。うん、倦怠感は依然として残っているが、歩けるし、どこも痛くない。手術痕もきれいに塞がり、前と見分けがつかないはずだ。垂れた血でズボンが多少汚れているが、これはもうしょうがない。状態は良好のまま、特に変化は無い。よし、俺は大きな危機を乗り切った。上手く乗り切ったのだ。ついでに、兼ねてから目標の一つにしてきた自分の胴体への治癒も行えた。やっと満足感が溢れてきた。

 倦怠感と満足感で周囲に対する警戒が疎かになっていたのだろう。また、自分を手術したことで血が漏れ、その臭いが撒き散らされたのだろうか。大仕事をやり遂げ、危地を脱した安心感ですっかり油断していたのがまずかった。ふと気がつくと俺は六匹のコボルドの集団に包囲されていた。

 あー、くそ。何て馬鹿なんだろう。コボルドが相手とは言え、こんな最悪な体調だと苦戦しそうだ。周囲にばらけているから魔法を使うのも難しい。とりあえず一匹は魔法で始末しとくか。俺は『ライトニングボルト』の魔法を使い、左側に位置していた奴を一瞬で殺した。すぐに銃剣を構え、戦闘態勢を整える。

 正面から突っ込んできたコボルドの粗末な棍棒が俺を捉える前にそいつに銃剣を突き込み蹴っ飛ばすと同時に銃剣を右方向に抜くようにして銃床、と言うか石突を右側から寄って来たコボルドの鼻先に叩き込み昏倒させる。そのまま右前方に走り抜け、包囲を脱した。

 十数メートルを走り、くるりと振り返りざまに銃剣を振り回し追ってきた三匹のコボルドを牽制する。倦怠感に疲労が重なり俺の顔色はかなり悪いのだろう。きっとコボルドは俺のことを手負いの獲物だと思っているのだ。ズボンの右腰のあたりに血もついているしな。

 油断無く銃剣を構える俺の前方で三匹のコボルドは威嚇するように吠え声を立てる。うるせぇよ、犬野郎供。どうやら俺から見て左端の奴がリーダーっぽい。残りの二匹に対して「オラ、行けよ」みたいな感じで吠え、握った棍棒でジェスチャーをしているようだ。俺はこのリーダーをやれば残りの二匹は逃げると踏んだ。

 いくら俺の攻撃魔法のいくつかは一秒とかからず発射できるとは言っても距離が近すぎる。ここで使っても目標以外の奴から一発食らう気がする。逃げながら使いたいところだが、あいにくとまだ走りながらの魔法行使は出来ないのだ。もう少しで何か掴めそうな気もしているのだがな。この三匹は白兵戦で倒すしかないだろう。リーダーの安易なけしかけに乗ってくれるほど馬鹿では無いようで、残った二匹は俺を包囲すべくじりじりと右方向に流れていく。くっそ。

 もう一度包囲が完成する前に戦場を移動しなければならない。包囲されれば相手がコボルドでもこちらが不利だ。負けるとはさらさら思わないが、今日はもう痛い思いなんかしたくないのだ。包囲の完成を待って適度にバラけたところをまた突破してみようか。運がよければそこでもう一匹くらい仕留められるだろうしそれがリーダーであれば言うことは無い。

 俺は油断無くゆっくりと大きく息を吸い込む。いきなり真ん中の奴が棍棒の構えを変えた。今だ! 俺は右側の奴を銃剣で牽制しながら真ん中の奴と右側の奴の間をすり抜けようとした。今回は倒せそうに無い。もっと走って距離を取ってから魔法で片をつけようと目論んだのだ。

 右側の奴を上手く牽制し、真ん中の奴の棍棒の振り回しを腰を落とし、地を這うように回避する。そのまま一度前転し、勢いのまま立ち上がると全力で駆け出した。結構走ったつもりだが、コボルド達の息遣いと足音、吠え声が数メートルくらい後ろから聞こえてくる。ちっ、そういやこいつら犬だった。走るのと群れるのは得意ってわけだ。

 とっくに三匹を始末したあたりを通り過ぎ、既に虫垂炎の手術をしたあたりまで戻ってきてしまった。うーん、このままマラソンをして村まで逃げても良い。普段通りの体調ならコボルドがこれ以上スピードを上げなければそれも可能だろう。しかし、体に纏わりつく倦怠感がそれを許しそうに無い。数分走った頃には俺は多少殴られても仕方ない、とコボルド三匹を相手取っての白兵戦の覚悟を決めた。

 俺は適当な木の幹の傍で振り返ると銃剣を振り回し、コボルドがうかつに近寄れないようにした。確かにあの棍棒で殴られれば痛いだろうが、頭の急所にでも当たらない限りは一発昏倒はありえないだろう。頭には簡易的なゴムヘルメットを被っているがこれはまだ試作品でラグビー選手が着けるような形のインナー部分だけしか装備していない。まさに何も無いよりはまし、と言うところで頭にだけは攻撃を食らわないようにしなければならない。覚悟を決め、適当な相手に踊りかかろうとしたその時、俺の視界の隅、30mと離れていないところに奴が映った。



・・・・・・・・・



 コボルドは三匹も健在で目の前にいる。余計な足手まといになりそうな人間が周囲にいないことだけが唯一前回と異なるところだが、コンディションのことを考えると前回より分が悪いのではないか。この距離ならあそこから一発咆哮をかましてコボルドを無力化してくれるほうが有難い位だ。そうすれば土で埋めるのは距離が近すぎて無理だとしても一発くらいは魔法をぶち込めるだろう。

 いや、コボルドにぶん殴られるのを覚悟して今からでもぶち込んでやろう。俺は魔法を使うべく左手をホーンドベアーに向けた。コボルドが隙と見て俺に突っ込んでくる。

「グオォォォォォォ!!」

 一瞬でコボルドが腰砕けになり、俺の前に倒れ伏した。俺は反射的に体の硬直に備えたが、魔法はキャンセルされなかった。どうやらあいつのレベルを超えたらしい。しょっちゅう狩に行っていた甲斐があったと言う物だ。

 左手から稲妻が迸り空気を引き裂くような音を立ててホーンドベアーに届いた。俺の得意な魔法『ライトニングボルト』だ。さっきも使ったから知っているだろう? 電撃がホーンドベアーの体に纏わりつく。これで奴の筋肉は収縮し、動きが鈍ったはずだ。次の魔法『アイスジャベリンミサイル』を用意すべく再度魔力を練り上げる。一秒くらいで電信柱を作り出しそれを加速のために後方に移動させ……確かに動きは鈍ったが期待したほどではない! もう10mくらいしか距離は無い!

 あわてて魔法をキャンセルし、銃剣を構え直すがもう目と鼻の先だ。奴は恐慌状態のコボルドの一匹を踏みつけながら接近してくる。また俺に体当たりをかまそうと言うのか。それともその額の角で突き上げるつもりか。

 反射的に再度銃剣から左手を離し風魔法を使う。そう、風魔法だけを使う。何かと組み合わせて使う訳ではないので発動まではほんの一瞬だ。毎日毎日伊達にゴムの乾燥をしていたわけじゃねぇ。俺の左側、つまり木の幹と俺の体の間に圧縮された空気が発生し、爆発的に膨張する。そのおかげで俺の体は右方向にずれる。しかし、ぎりぎりでホーンドベアーの体当たりは俺の体を掠めることに成功した。多分空気の膨張に巻き込まれてあいつも右にずれたんだろう。俺のほうがより空気の発生点に近かったからずれる度合いが大きかっただけだ。

 覚悟していたとは言え、いきなり大量の空気の膨張に晒された俺の12歳の体は全身の骨がきしみを上げるほどの速度で右にずれながら奴の左肩口に跳ね飛ばされた。また10メートル程を飛ばされごろごろと地面に転がった。改良されているプロテクターとインナーヘッドギアのおかげで致命的な傷を負うことは無かったし、いつかのように肺が押し潰されることも無かったが、それなりにダメージはあるだろう。奴もふらふらしているようだ。妙に落ち着いた俺はさっさとHPだけでも回復しようと治癒魔法を掛けた。

 うむ、さっきの手術の経験もあるのかも知れない。いつもと変わらず一秒程で俺は回復できた。すぐに奴の脇腹目掛けて銃剣を構えて突進する。ずぶっという俺にとっては小気味いい音と共に銃剣は奴の脇腹に刺さる。こいつはかなり重傷を与えられただろう。

 俺はすぐさま銃剣を引き抜こうと力を込めるが、奴の筋肉が引き締まったのか、先ほどの電撃で引き締まっているのか、抜けなかった。くっそ。ならばと蹴っ飛ばして足の力を借りて抜こうとしたが奴は左腕を振り回してきた。こいつを喰らうわけにはいかん。仕方なく銃剣から手を離し、飛び退った。同時に腰からナイフを抜くが、ホーンドベアー相手にはいかにも心もとない武器だ。刃渡りは10cmくらいしかないしな。ホーンドベアーは脇腹に銃剣を突き立てたまま、息を吸い込んだ。

 今だ! 必ず来るであろう咆哮の際に銃剣を取り戻す! 果たして咆哮は上がり、俺はその隙にナイフを捨て落とし、銃剣を取り戻すことに成功していた。奴に表情があれば自分の咆哮が効果を及ぼさないことに愕然としたはずだ。けっ、ざまぁ見やがれ。銃剣を取り戻せたことで俺は更に落ち着き、鑑定をする余裕すら出来た。

【 】
【女性/11/1/7434・ホーンドベアー】
【状態:切創】
【年齢:6歳】
【レベル:8】
【HP:69(100) MP:2(4)】
【筋力:24】
【俊敏:10】
【器用:5】
【耐久:18】
【特殊技能:咆哮】

 ふん、あの突きと最初の電撃で三分の一くらいはダメージを与えられたらしい。俺が銃剣を取り戻したことでこいつも多少用心深くなったようだ。一つ残っている右目で俺を睨みながらも低いうなり声がその口から漏れ聞こえている。

 おそらく、今俺が魔法を使おうと隙を見せれば奴は瞬時に飛び掛り、魔法を喰らいながらもその体重でろくに動けない俺を押しつぶすだろう。また、咆哮はもう効果がないことを学習していないのなら俺のチャンスだ。学習していれば咆哮はもう使っては来ないだろうから俺にチャンスは無い。

 こいつと白兵戦か。小便をちびるくらい怖いはずなのに俺の心は妙に落ち着いていた。回復魔法を瞬時にかけたり咆哮のタイミングを上手く読み、銃剣を取り戻せたことが自信に繋がったのだろう。お互いに相手の目を睨みつけ隙をうかがう。

 どのくらい時間が経ったのか解らないが、俺は銃剣を構えたまま、奴は半身を起こしいつでも振り下ろせるように左腕を構えている。右腕が地面に着いているので左腕を振り下ろさない限りは次の行動に移れないだろう。じりじりと足をずらして距離を取るが奴は脇腹の傷が気にならないのだろうか。あれから10ポイントほどHPが減少している。

 俺がそんなことを気にして微妙に視線をずらしたことに気がついたのだろう。奴は全身をばねのようにして左腕を振り下ろしながら飛び掛ってきた。上手く右側にかわしたつもりだったが俺の左腕に奴の左腕の爪が当たる。肘に取り付けていたプロテクターが耐え切れずゴムバンドをちぎりながら奴の爪にさらわれた。俺の体に直接ジャンピングレフトフックが命中したわけではないが、左肘のプロテクターが引きちぎられるのに引きずられて体勢も崩れてしまう。丈夫なゴムバンドを引きちぎるほどのフックだ。体勢が崩れるのも当然と言えば当然だ。

 俺が体勢を崩している間に着地し、今度は右腕を振り回してきた。まずい、クリーンヒットを貰ったらそれで大勢が決してしまうかもしれないし、当たり所によっては一発死亡も有り得る。必死に体勢を立て直し、銃剣を盾のように構えようとしたものの、今度は左前腕に喰らってしまった。

「~~~~! 痛てぇ……」

 だが、籠手プロテクターに仕込まれている金属棒を超えて俺の左腕に爪を叩き込むには至らなかった様だ。しかし、殴られた勢いは強烈な物で、左腕には殆ど力が入らない。腕をもぎ取られたも同然だ。奴は「ハッ、ハッ」とまるで大型犬のように息をして再度用心深く身構えている。

 このラウンドは奴に取られたようだが、次は見てろよ、糞野郎! 俺は動かない左腕は一時諦め、銃剣をしっかりと右脇に挟みこむ。用心深く槍を構えているように見せながらその実、魔法の機会を窺っていた。きっちりと銃剣が脇に挟み込まれたことを確信すると同時に銃剣から右手を離し、再度単体の風魔法を俺と奴の間に発生させる。

 吹き飛ぶ俺だったが、覚悟の上だったし、奴には完全に不意打ちに近かったろう。風魔法に吹き飛ばされながら一瞬で治癒魔法をかけ、銃剣を手に転がりながらもなんとか着地する。だが、距離は稼げた。地魔法と風魔法を使って土煙を巻き上げる。そしてまたやつの左脇から周り込むようにして銃剣を構えつつ吶喊する。

 一時的な土煙と左目が潰れていることで俺を見失ったのだろう。奴は立ち上がり両腕を振り回している。左腕を振り切ったタイミングに合わせて銃剣を奴の左脇腹に突き込むことに成功した!

 今度は突き刺さったまま抜けない等という無様を晒さないよう、あまり奥まで突き刺すことはしなかった。すぐに抜き取り、また距離を取って油断なく銃剣を構える。無理に攻めを継続する必要は無い。既に奴は手負いなのだ。油断なく立ち回り、可能な時だけダメージを与えられればそれでいい。

 また5m程の距離を置いてお互いに睨み合う展開となった。くっそ。こっちは体調が悪いんだ。さっきはあんな格好いいことを考えたが、長期戦は嫌なんだよ。倦怠感はまだ残っているし、治癒魔法をかけたとは言え、左腕は痺れが残っている感じで充分に動くとは言い難い。

 そうして睨み合ってからまたどの位の時間が経ったのだろうか。既に俺は体中から脂汗を吹き出している。奴のHPもじりじりと失われ、40ポイントを切った。俺は体調が悪いとは言え、傷は回復しているし、奴も本音は退却したいのではなかろうか。だが、俺に背を向けた途端に魔法で攻撃されることくらいは理解しているのだろう、油断なく俺の一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけてくる。

 その時、遠くから「アル~~!」という声が聞こえてきた。あれは兄貴の声だ!! まさに天佑とはこのことか、俺はニヤっとしたと思う。ドッ、ドッ、ドッ、と軍馬の力強い蹄の音が俺の後ろから聞こえてくる。もう数十メートルくらいまで近づいているのだろう。

 俺は、これで勝ちだ! と思い、突き出していた銃剣を少し引くようにして突撃姿勢を取ろうとした。だが、そこが俺の油断だったのだ。数十メートルまで近づいたとは言え、ファーンはまだ戦場に到着していない、俺を巻き込んだりすることを避けるため、魔法も使えないだろう。俺はファーンが戦場に到着してから突撃姿勢を取るべきだったのだ。

 たぶん、本気で突撃するつもりがないことを見抜かれたのだろう、銃剣を引き姿勢を変えようとしたその時、ホーンドベアーは一気に俺に突進し、その腕を振るった。何とか爪を右肩のプロテクターで受けられたものの、木っ端の様に吹き飛ばされ、左に生えていた木にぶつかった。左腕からボキッだかバキッだかという嫌な音がし、また左腕が使い物にならなくなった。余りの激痛に目の前が真っ赤になった気さえした。

 俺に一撃をくれたあと、ファーンが到着する寸前にホーンドベアーはくるりと振り返り、退却していったのが見えた。そして、俺は意識を失った。

 
ちょっと今回の話は長いです。
あと数話で第一章も終わります。
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