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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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幕間 第三十四話 両津那波(25)の場合

 新宿行きの列車に揺られる那波の脳裏では、ほんの数日前の休暇直前に上司から言われた言葉が何度も再生されていた。

「ちっ……本当に使えない奴だな」
「全て国民の税金なんだぞ? これだから官品(親が自衛官である人)でもないU幹はよぅ……意識が低いんだよ!」
「これで何度目だ? ああん?」

 この上司は一〇年ほど前に陸曹からSLCを経て幹部となった、いわゆる現場叩き上げだ。
 同時に、若く、任官したてのA幹部を苛めることで有名な男でもあった。
 勿論、その対象は防衛大学校出身(B幹)であろうと一般幹部候補生出身者(U幹)であろうと分け隔てはない。

 まず、彼の方が階級が高く、自衛官としても何十年も先任であるので苛められる初級幹部は口答え一つ出来ない。

 加えて、現場が長いので実務処理にも精通しているが、新任の幹部で細々とした実務処理を最初から理解している者は非常に少ない(稀にはいる)。

 そして、彼ら新任の幹部が彼を追い越して高い階級になる頃には、彼はとっくに自衛官の若年定年で退職している。

 今いびったところで仕返しされる訳がないのだ。
 定年も近いために他に楽しみがないのだろうと言われていた。

 那波はそこそこのレベルの国立大学の法学部を卒業し、一般幹部候補生として自衛隊に入隊した。
 かなり倍率の高い試験だったが、当初はなんとか滑り込めたのは自分の実力でもあると自負していた。

 しかし、福岡県久留米市にある陸上自衛隊幹部候補生学校に入校してすぐに、試験に通ったのは何かの偶然が重なっただけだと思い知らされた。
 何をやっても成績は低空飛行で、自衛隊から放り出される寸前の成績で卒業したのである。
 その後、体力的にもきつい普通科に配属される初級幹部課程をなんとか無事に終えて、一年ほど前から今勤務する駐屯地に配属された。

 職種は需品科である。
 本当は衛生科を希望していたのだが、どういう訳か需品科に配属となった。
 ここでも何かの運が働いたとしか思えなかった。
 需品科はそれなりに人気のある職種だからだ。

 因みに需品科とは、糧食や燃料、衣服に始まる需品器材の補給や整備、その回収が主な任務だ。また、駐屯地や災害派遣先などの給水や入浴周り、洗濯等も行う。
 要するに陸上自衛隊における補給部隊的な性格の職種である。

 そこで那波はちょっとした失敗を繰り返してしまった。
 本人としては当然落ち込む。
 そこをネチネチと上司に責められ、ちょっと疲れてしまっていた。

 演習の都合でたまたま連休が取れたこともあって、実家に帰っていたところだったのだ。
 久しぶりに両親の顔を見ることが出来、心機一転、再び頑張ろうと心に誓って羽田空港に向かっていた。

――えっと……ヘルメット(テッパチ)は来月88式2型(プラパチ)が入ってくるから、ウチの中隊の古い66式(テッパチ)はあの倉庫に……

 心の中で事務処理について考えを巡らす。

――あー、私、向いてないのかな……幹候の成績も下から二番目だったし……それもギリギリ。

 自衛隊では将来の出世コースと言われるA幹部だが、那波の勤務成績だとどう頑張っても2佐どまり。あまりにミスばっかりしていると3佐で定年を迎える可能性すらある。

 因みに、陸上自衛隊幹部における出世順や階級上限は幹部候補生学校の成績が良ければ良い程有利になる。各種学校に入校するにも同期の間での席次がモノを言うことが多いのだ。なお、防衛大学校や一般大学での成績は全く関係ないとは言えないが、あんまり関係ない。
 更に、特定の階級に進級するには、以前の階級での最低勤務期間というものがあるので、少しでも若いうちに高い階級になっていないと、自ずと上限が見えてしまう。

 要するに幹部名簿に記載されている並び順が大切なのだが、幹部候補生学校の成績が良いと2尉になった時点からある程度上の並びに入ることができるのである。
 なお、3尉だけは幹部名簿もあいうえお順に記載されているので、「り」で始まる那波は本当に最初から後ろの方だった。と言うか、後ろから二番目だった。彼女の後ろは和田という名字の同期最上位の成績の男だった。彼は防大出身だったが、意外なことに防大での成績は中の上であったという。

 那波だって自衛官になったばかりの頃は「女性自衛官初の幕僚長」を夢見た時期もあった。

――ふっ、あの時は私も若かったわ。

 彼女の同期のうち、席次の上位は防衛大学校出身者が多かった。
 これは過去の教育状況から言って当然なのだが、一般大学出身者もかなりの数が上位に食い込んでいた。
 彼等は那波のような普通の人とは頭の構造が違うようで、以前に学んだことは全て完璧に覚えているのではないかとすら思えた。

 しかし、これはよく考えて見れば当たり前のことで、そういう人物でないと十万人を大きく超える組織の上澄みにはなれないし、任せられないのであろう。

 受験や試験のテクニックはそこそこに上達していたが、本当の知識や身になった記憶は彼等と比べて少なかっただけの話である。真剣さの違いであろう。
 何しろ、那波は自分の好きなアイドルグループのメンバーの名前や誕生日は勿論、出身地や趣味は疎か、ブロマイドに写った写真一つから撮影された時期やその場所などについてはかなり詳細に記憶できていたのである。
 能力自体は持っていたのだ。ただ、趣味に掛けるのと同じ様な熱意や興味を、勉学や訓練に対しても持てなかっただけだとも言える。

――あ゛ー、もういいや。終点までまだあるし、寝ちゃおう。電車じゃなくてバスにすれば良かったかなぁ……。

 うとうとと眠り込んだお蔭で苦痛らしい苦痛を感じなくて済んだ事だけは、彼女にとって不幸中の幸いと言えたかもしれない。



・・・・・・・・・



 両津那波こと、エセル・カニンガムは出生地こそロンベルト王国の中央部にほど近い、天領の東部にある小さな村の()であるが、立派なカンビット王国の民である。

 村の傍という表現には少しばかり理由がある。
 彼女のは母親はカンビット王国のある貴族に所有されていた奴隷であった。

 その貴族が息子に箔を付ける為に、お隣のロンベルト王国に対する外交団の一人として息子をねじ込んだのが始まりであった。
 息子の身の回りの世話をさせるために奴隷を付けたのだが、事もあろうにその息子が奴隷を孕ませてしまったのだ。

 息子は人の良さと呑気さが同居したような性格だったのだが、そのせいもあったのだろうか?
 妊娠した奴隷女を妻にするとも、思い切って売り払うとも決断できないまま任期が切れてしまった。
 流石に臨月の腹を抱えた奴隷女を歩かせなかったのは人の良さが上手く働いた部分であろうが、そういう状態の女性を馬車で移動させたのは呑気な部分が下手に働いてしまったからであろう。奴隷女には自分の希望を主張する事もできない。

 何にしてもエセルの母親は故郷へと向かう途中で彼女を産み落とした。
 奴隷の出産に対して誰も手助けしないというのは、ロンベルト王国だけの因習ではなく、カンビット王国でも同様の因習があったため、母親は衆人環視の中で産まざるを得なかったのであるが、エセルは五体満足に生まれて何一つ障碍は持っていなかった。

 しかし、戻ってきた二人、いや、三人を見て息子の父親である貴族は激怒した。
 何しろ奴隷女が産んだ娘の耳紋は息子の、引いては自らのそれと瓜二つとも言える特徴を持っていたからだ。
 貴族は、カンビット王国の中央にほど近い大貴族であるがゆえに冷静になればきちんと分別を持って考える事のできる男であった。

――奴隷女が息子を誘惑したというのは考えにくい。万が一にもそういう事が無いように人選したのだから……。と、なると息子の方が無理に手篭めにしたか。

 ほぼ正確な真相を見抜いた。
 しかし、だからと言ってまだ独身の息子に最初に奴隷女を娶らせるなど以ての外である。
 彼の政敵であるローキス侯爵家に侮られる元にもなりかねない。

――いや、きっと侮られ、謗られる。

 それは彼のプライドが許さなかった。
 奴隷女と娘を殺して処分したとしても、カンビット王国内に入ってから多くの目撃者もいるであろうし、それだけのことで奴隷女の方はともかくとして、嬰児を殺したという情報はあっという間に王国内を駆け巡ると思われる。
 何しろ、息子は白昼堂々、馬車の荷台に奴隷女と新生児を乗せ、その二人に寄り添って王都の中央通りを帰ってきたのだから。

 仕方なく、遠縁の適当な子女を第一夫人として息子に嫁がせ、奴隷女は第二夫人として娶らせることにした。
 しかしながら、子供は結婚の日付よりもだいぶ前が誕生日である。
 結婚前の庶子だけは法的になかったものとせねばならない。
 王国西部に領土を持つ縁戚関係のある伯爵家に仕える士爵に養子として押し付けた。



・・・・・・・・・



 それから数年後。

 エセルはカンビット王国ガリオン伯爵領にあるヘジェック村で生活していた。
 ヘジェック村は僅かにある畑を耕作し、基本的には狩りや木材の切り出しや鉱石の採掘などを主産業としている。
 その位置は王国の北西部、ロンベルト王国リーンフライト伯爵領との境にほど近い場所に開かれた人口七〇〇人程の山中の村である。
 尤も、領境など曖昧なもので、誰もが碌に気にしていない。
 ロンベルト王国とカンビット王国を結ぶ街道はもう少し北の方にあり、そこには両国の関所が存在するが、関所破りなど本当に極稀にあるだけだ。

 村の領主であるカニンガム家に養子として押し付けられたエセルは肉体的に問題なく成長していた。
 しかし、彼女が受けた印象としては、どうにも家族として認められてはいなようであった。
 一応、王国中央の大貴族の血縁ということもあって、養育費はそれなりの額が払われていたので、粗雑に扱われたりするようなことはなかったが、家族の一員として温かい家庭で育った訳ではない。

 救いと言えば、エセルは転生者であったことだろうか。

 当然の如く、当初は混乱したりしていたし感情を制御することもできずにいたエセルだった。
 だが、元々高度な思考能力や判断力を備えていたこともあって、彼女はある程度の年齢で家族の一員としては扱われていない事を理解した。

 その当時こそ多少のショックは受けたが薄々予想していたこともあって、精神的に不安定になる程ではなかった。
 勿論、一晩二晩は子供達のうちで唯一与えられていた個室のベッドに顔を埋め、とめどなく溢れる涙を枕に吸わせたものだが。

 更に数年が経ち、七歳になった頃からは士爵家の一員として武術の稽古も始まった。

 エセルは自衛官時代に銃剣術も学んではいたが、64式小銃よりも数センチも短い89式小銃に加え、銃剣自体も88式は旧型の64式銃剣半分ほどの刃渡りしかない、ナイフのようなものであるため、彼女が学んだのは銃剣術というよりも、ほぼ突きしか技のない銃剣道に近いものだ。
 従って彼女が好んで稽古したのは一般的な歩兵用の剣と槍、そして弓であった。

 残念ながら、飛び道具の威力や優秀さについての理解はあっても、銃の仕組みは疎か、黒色火薬の製法すらも覚えていないエセルには、それらの品々については如何ともし難かったのだ。

 しかしながら、今生では真面目に稽古に取り組んできただけあって、成人する頃にはその実力はかなり高い水準に達していた。
 勿論、転生者の肉体的なアドバンテージもそれを後押しした要因となったであろうが、大部分は彼女自身の努力の成果が実を結んだと言うべきだろう。

 そして更に一〇数年。

 彼女よりも年長の子供がカニンガム家の跡継ぎとして内定しているためか、騎士団にこそ入らなかったエセルだが、立派に村の一員としてパトロールの中核戦力となり仰せていた。
 村の従士やその家族も含め、合計二〇人程の前衛として、凶暴なオークやホブゴブリンの集団を蹴散らした事もある。

 なお、魔法については才能がなかったのか、集中して修行することが苦手だったのか、単に興味を持てなかったのか、はたまた、村で最高の魔術師と言われた治癒師ですら無魔法のレベルが三レベルと低く、良い師匠に恵まれなかったからか、とにかくとっくの昔に習得は諦めている。

 村の一員として周囲に溶け込むことに成功していたエセルだが、この村で一生を終えたくはなかった。

――気のいい人も居るけれど、やっぱ考え方から何から、全てが遅れてるのよね……。教育って大事だわ。

 とっくに結婚適齢期を迎えているが、村の中には誰ひとりとして彼女のお眼鏡に適う男はいなかったのである。
 エセルとしても今後の身の振り方について、真剣にならねばならない時期だが、どうにも決心がつかなかった。

 そんなある日。

 村から少し北西の山中にワイヴァーンが現れた。

 この辺りでは稀にワイヴァーンやオーガなど凶悪な魔物が姿を現す。
 普段はもっと南の山奥の方に居るらしいのだが、稀に餌となる動物や弱い魔物を追って移動して来ることがあるのだ。

 関所破りが殆ど無い、大きな理由でもある。

 ワイヴァーンの出現を受けて、関所に詰めている部隊からヘジェック村にも応援の要請があった。
 前回ワイヴァーンが出現したのは一〇年近く前のことであり、当時は幼かったエセルはワイヴァーン退治に参加することはなかった。

 だが、その時に村の従士を引き連れて参加した養父は、三人もの従士の命と引き換えに、かなりのワイヴァーンの鱗を手に入れ、大金を得ていた。
 大金と言っても、王都の商会に買い叩かれて一億Zには届かず、坑道の整備や新たな井戸掘りのためにすぐに使い果たしてしまっていたが。
 何にしても、稀にあるこういうボーナスがなければヘジェック村はここまで規模を拡大できなかったのは確かである。

「報奨として鱗が得られ、それが一億Zを超えたら、餞別に少し頂けませんか?」

 真剣な顔で言うエセルに、腕を組んで考え込んだ養父は結局頷いた。
 彼女が成人したことで養育費はとうの昔に打ち切られていることもあったし、村の戦力になっているとは言え、所詮は女一人。
 勧める縁談も尽く断ってきたエセルを持て余していたこともあった。

 騎士団から戻っていた彼女の兄が指揮を執り、エセルを入れて総勢一二名の討伐隊がヘジェック村を発った。

 他の近隣の村からも討伐隊が派遣されるらしい。
 また、過去にあった通り、ロンベルト側でもカンビット同様に討伐隊が集められ、合同で退治に当たるという。

 合流地点は両国の関所である。

 
今回の話で言及されている陸上自衛隊の幹部名簿ですが、階級順にリスト化されています。
当然、すごく分厚いです。
2尉の当初こそはほぼ幹部候補生学校の席次順ですが、以降は勤務成績や各種学校での成績、自衛隊内での資格取得状況などによってガンガン順位が入れ替わります。
1尉や3佐あたりから優秀な人は同階級でも前の期の幹部候補生学校の卒業生よりも上に記載されることもあるという、自分や上司、同期の位置が今どのあたりなのか、探す根性(あいうえお順でも年齢順でも入隊年度順でもないので)さえあれば誰でも分かる、あまりに世知辛いものなので、配布などして欲しくないという声もあるそうです。
でも、励みにする方も多いです。

また、感想欄にてご指摘を頂戴致しました○幹部とか○幹という言葉ですが、これは過去の本編とは違う使い方もあるので少しややこしいです。

■以下はアルの時代の陸上自衛隊(医官、薬剤、飛行など少々特殊なものは除く)です。海上や航空だとまた違います。

B幹部(B幹と略すことが多い)
 防大出身で一般幹部候補生を経て任官した者
 ※高級幹部では一大派閥なので比較的出世しやすい。将官になるのは流石に難しい。

U幹部(U幹と略すことが多い)
 一般大学出身で一般幹部候補生を経て任官した者
 ※実質的にBより少し下に扱われていた。将官になるのはBよりも更に狭き門。

I幹部(I幹と略すことが多い)
 部内幹部候補生出身で一般幹部候補生を経て任官した者・叩き上げ1
 ※年齢が若い曹が頑張って勉強してなる。頑張って将官になった人も極僅かながらいる。

3尉候補者過程(SLCと略すことが多い)
 35歳以上50歳未満の下士官(1曹・曹長)などでで一般幹部候補生を経て任官した者・叩き上げ2
 ※普通は2尉どまりで定年間際に1尉になる人が多いが、佐官になる人もいないではない。

上記は記載順に期待度が違い、幹部候補生学校での教育も別々に行われていました。
また、それぞれ幹部候補生学校での教育期間も違いました(U幹部が一番長かった)。

■両津さんの時代(平成19年以降)
A幹部(Aグループ幹部)
 防大・一般大学出身で一般幹部候補生を経て任官した者
 でもやはり防大出身はB幹と呼ばれ、一般大出身はU幹と呼ばれたりする
 ※本当に統合され、教育期間も同じになった。

B幹部(Bグループ幹部)
 上記I幹部にほぼ同じ

C幹部(Cグループ幹部)
 上記SLCにほぼ同じ

という感じです。
+注意+
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