挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

488/509

第九十六話 絡め取り

7449年12月18日

 席に腰を下ろしたアルは平然とした風を装ってはいたが、その実少し困惑していた。

――なんだってこの人はこんなに俺の顔を見つめてるんだ?

 ネルは正面に座ったアルの顔を凝視している。
 何らかの感情を感じさせる表情こそ浮かべてはいないものの、じっとアルを見つめていた。

『……』

 暫しの間、沈黙の時があった。

――嘘看破ディテクト・ライとか、魔術を使っている訳ではなさそうだが……。

 アルにしても相手の意思や希望を確認する前からそういった魔術を使うつもりはない。

『あの……? ネルさん、どうしました?』

 沈黙に耐えられなくなったのか、サージがネルに声を掛けた。

『え? あ、いえ……その……グリードさん、いえ、リーグル伯爵アウル閣下ザムとお呼びした方が……?』

 ネルは何とかサージの言葉に反応ができた。

『呼びやすい方で結構ですよ、ノブフォムさん』

 アルは微笑みつつ鷹揚に返事をしてテーブルの上で手を組んだ。

『あ、すみません。グラスを……』

 アルのグラスがない事に気が付いたサージは席を立ち、厨房へと向かう。

『あの、どこかでお会いしましたか?』

 未だにアルの顔を見続けているネルに対して、不思議に思ったアルが質問をした。

 アルにしてみればネルは初対面であり、間近でその顔を見ても何も思うところはない。
 ただ、同じ日本人の血が濃いだけあって薄い顔だなぁ、と思うだけだ。
 勿論、使用には接触しなければならない人物魅了チャーム・パーソン仄めかし(サゼッション)などという魔術を使ってもいないので、アルにとってネルの反応はどうにも居心地が良くなかった。

『どこかでお会いしていませんでしたか?』

 アルの言葉を聞いて少しだけ不思議な感じになったのか、殆ど同じ質問で返すネル。

『ええっと、少なくとも私の方では覚えが……ああ、私の昔の名は川崎武雄といいました。都内に本社のある商社に勤めていたんですが、その頃でしょうか?』

 苦笑を浮かべながらアルが言う。
 確かに今生で会っていないのであれば前世しかない。

『あ、私は上野、上野真由里といいます。四葉食品という、漬物メーカーの営業部にいました。あ、四葉は四つの葉っぱです』
『四葉食品、四葉食品……四葉食品ねぇ……』

 組んだ手を外し、顎に手をやりながらアルは既に頭の片隅に追いやっていた古い記憶を掘り返している。
 なお、四葉食品は漬物専業メーカーとしてはそれなりの規模であった。

『大量生産の漬物を作っていました。らっきょうとか福神漬なんかです……商社……失礼ですけど、会社のお名前は?』
『帝国食糧といいます。国内品や輸入の食材を扱っていました。メーカーではないし、従業員もテンポラリーまで含めて一〇〇〇人に満たない中堅なので一般の知名度はそれ程でも……』

 アルが勤めていた帝国食糧は一時雇用者テンポラリーを除けば五〇〇人程度の会社なので大企業に属すると言えなくもないが、株式の公開もしておらず一般的にはごく普通の中堅商社と言えるだろう。

『あ、ウチの会社、略称で呼ばれる事の方が多かったかも……業界ではヨンショクって呼ばれてました』

 ネルも幾つか昔の事を思い出したようだ。

『ヨンショク……ヨンショク! ああ、知ってる! 思い出した! らっきょうのラッキー漬けとか! あれ、かなり売れましたね。でも私は営業だったからあんまり接点はなかったと思うんだけど……』
『私も思い出しました。テーショクさんはウチの最大顧客で、私も担当の末席だったんです……って、テーショクの川崎さん!?』

 上野真由里ことネルはアルの前世の顔と名前を知っていたのだ。

 ネルによると帝国食糧の川崎という男は、四葉食品の社内ではかなり有名だったようだ。

 それまで見向きもされなかった食品が川崎が企画したことで日の目を浴び、ヒットした事もある。
 特に四葉食品の製造したラッキー漬けという商品名のらっきょうは帝国食糧の川崎が大手の総合スーパー(GMS)と組んでかなり大きな仕掛け(キャンペーン)を成功させてもいた。
 それに伴って帝国食糧から四葉食品への発注量も鰻登りになり、以前は青息吐息だった四葉食品の経営状態が大きく改善されてもいた。
 また、川崎は食品の見本市会場のセミナーブースで会社を代表して講演をした事もある。
 本人に自覚はなかったが、そういった事もあって業界紙の取材なんかもちょくちょく受けていたために、業界内ではそれなりに名を知られる存在でもあったのだ。

『業界紙のスクラップ作り、入社してから二年間もやらされてたんで、お名前とお顔は存じ上げていました……当時のお顔だったのですぐには結びつきませんでした。上司や先輩からも「テーショクさんがあれだけ売ってくれなけりゃウチも続いていなかった」と聞かされていましたから……』

 以前のネルにとってアルは営業として遥か遠くに見える存在だったのだ。

『ふうん……』

 アルには感知範囲外の事であったが。

――間接的にでも以前の俺を知っていたのか……やりにくいな。下手な事をしたら後でミヅチに何と言われるかわかったもんじゃない。

 アルにしてみれば、大して長くもない今回の王都滞在期間中に処理しなければならない課題は山のようにある。
 また、それだけではなく、姉の配偶者の真の職業という厄介な問題も抱えている。

 確かに転生者には、転生者というそれだけでオースの人々とは比較にならない広範で高度な知識やそれに伴う高い能力が期待できる。
 非常に魅力的な存在だ。

 だが、現在のリーグル伯爵領の経営は細々とした問題はあるものの、幸運なことに転生者以外の人材にも見るべき人は何人もいたために初年度にしてはそこそこ上手く運んでいる。
 どうしても今すぐに新たな転生者を迎え入れなければならない訳ではないのだ。

 そもそもアルとしては今の人材でこの先どうやっていくかという思考が主になっており、不確定要素が大きく絡む「新たな転生者」の獲得については特に考慮に入れていなかった。
 勿論、チャンスがあれば見逃すつもりなどなかったが、運良く出会う可能性は極小であるために当面の構成要素には含めていなかったというだけの話である。

 従って、当初はネルの意思や希望がアルの意に沿わないものであると確認されたのであれば、ステータスを見るついでに精神に影響を及ぼす魔術を使って一気に取り込もうと考えていた。

 しかし、前世のアルを知っていたという言葉に興味を惹かれた。

『ええと、じゃあ私と同じ会社で営業をやっていた女性で……椎名とかもご存知ですか?』
『いえ、すみません。テーショクさんで存じているのは購買の……なんとおっしゃいましたっけ? あの、少し頭の薄い方で……』
『ああ……! えーっと、ナカ……ナカノ? 違うな。ナカぁ……』
『思い出しました。中西さんですね』
『そうそう、中西でしたね。因みにあれは薄いのではなくて禿げ上がってると言った方が……』
『うふふ』

 表面上は笑顔を絶やさないサージを他所に、二人以外にはどうでもいい話で盛り上がっている。



・・・・・・・・・



『それで、ノブフォムさん』

 しばらく歓談していた二人だが、遂にアルが表情を改めて言う。

『前世、私と貴女はそれ程近い関係ではありませんでした。ですが、この広いオースで私の店に寄っていただいたのです。これも何かの縁だと思いませんか?』
『ん~、まぁ、そう言えなくも……』

 アルの言葉にネルの表情は僅かに曇った。

『私はこの出会いが偶然だと思いたくありません』
『そんな……』

 アルはごく自然な感じで言うが、ネルの心には大きな印象を与えた。

――じゃあ運命だとでも……? あ、この人、指輪が右手に……? そう言えば聞いてなかったけど、結婚はしていないのかしら……。

 ワイングラスを弄ぶアルの右手に注目したまま、顔を赤らめるネル。
 金製らしいが、磨かれていないらしく鈍く輝く指輪には小さな赤い宝石があしらわれているが、表面は特に装飾もない。

――飾り気もなくて古い感じだけど随分と存在感のある指輪ね……。はっ、もしや……?

 ネルは即座に魔力感知ディテクト・マジックを使って確かめる。
 アルの右手に嵌められた指輪からは確かに魔法の力が感じられるが、あまり強いものではない。

『ンンッ!』

 その様子を見たアルは口に手を当て、少し顔を背けて咳払いをする。
 嘘看破ディテクト・ライの魔術を使ったのだ。
 一瞬だけアルの目に薄青い魔術光が宿るが、店内が明るいのでネルを含めて誰も気が付かなかった。
 噂に聞く魔法の指輪を初めて目にしてそちらに気を取られていたからというのもある。

『単刀直入に申し上げますが、私の従士になっては頂けませんか? お望みであれば必要な奴隷も無償でお貸し出しします』

 アルがそう言うと隣に座っていたサージは驚愕の表情を浮かべてアルの方を見た。
 サージにしてみれば元日本人とは言え、少し納得の行かない大抜擢だからだ。

 ともあれ、大抵の人であればこの提案が魅力的なものであるのはサージの表情が物語っている。
 大貴族に直接仕える従士というのは、それだけである意味「人生のアガリ」と言えなくもない。
 現代的な感覚で言えば、必死に働かなくてもそれなりの暮らしが営めそうであるという点において、親戚の死亡に伴い、いきなり帝国食糧などの中堅商社の株式全てを相続したとか、一等地に建つ大きなビルを所有したとかいうようなものに近い。

『え……従士、ですか?』

 この提案はネルにとっても魅力的に思えた。
 しかし――。

――元日本人というだけで、私のことを碌に知りもしないでいきなりそんな事を言うなんてある? 世の中ってそんなに甘くないわよね……。

 自称抜け目のない一流冒険者(本当はry)のネルにしてみれば当然の思考である。

『ええ。ですが、当然条件はあります』

 穏やかな表情を崩さないままアルが言う。
 サージは溜飲が下がった気持ちがした。
 ネルは「そら来た」と思った。

『私を助け、補佐して下さい』
『助ける……』

 ネルは緊張の面持ちでオウム返しをする。
 サージとしてはこの時点でアルが何を条件とするのか、幾通りかの予想が付いたために再び自然な微笑を心掛け、上等なワインを傾けた。

『ええ。助けてください。なにしろ私は昨年伯爵(コーント)に叙されたばかりの若輩ですから……これでも結構、その、色々と大変なんです』

 軽く肩を竦めながらアルが言う。
 そして、アルもワインを一口飲む。

『具体的には……?』

 ネルも水で割ったワインに口を付けた。

『そうですね。最低一〇年間は私の従士を務めて下さい。そしてその後、もしも私に見切りを付ける場合には半年前にはそれを私に通告して下さい。それが条件です』

――まぁ当然ね。こんなの条件ですらないわ。

 そう思ったネルは視線で続きを促した。
 ネルの視線を受けてアルは続ける。

『期間は未定ですが、当面の間はこのロンベルティアに居て頂くこと。そして、幾つか仕事をして頂きます』

 それはそうだろう。
 中堅商社のオーナーだろうがビルのオーナーだろうが、何の仕事もしないで済むと言う訳ではないのだから。

『仕事の内容は、私と王国との連絡役の他、このラーメン屋を含む商会経営への参画です。勿論、然るべき教育は受けて頂きますし、教育役のオーケーが出ない限りは貴女に責任を負わせるつもりはありません』

 アルは涼やかに微笑んでいる。
 自信に溢れる魅力的な表情。
 恐らくは意識せずとも自然に醸し出される穏やかな雰囲気。
 つい耳を傾けてしまうタイミングでの発言。
 思わず何でもハイと言ってしまいそうになる語り口。

――これがテーショクの川崎さんかぁ……。納得。でも……。

『商会の経営って、私そんな経験……』
『ええ、前世からのお話はお伺いいたしましたから存じています。だからこその教育係です。日本人として基礎的な学問を修めている。それだけで貴女は充分以上に優秀だと思います。本来、教育なんて必要ないほどに』

――ま、まぁ、そうね。

『ですが、商会内の決まりごとや役所との折衝、取引先との付き合いなどは知っている者に教わった方が効率良く習得できると思いまして……ああ、因みに教育係というのはここにいるバストラルです。彼のお墨付きが出れば私も安心して王都での仕事を任せることができますから』

 何故かサージは満面の笑みを浮かべている。

『任せて下さい。私でも何とかなっているんです。ネルさんもすぐに慣れると思いますよ』

 サージは今までで一番いい表情をしながら力強く頷いていた。

――仕事を教えてくれるなら、大丈夫そう……あ!

『でも、私……自分の治療院を開きたいなって……』

 治療院の経営は大都市ならそこそこに儲かる安定した職業の一つだ。
 特に冒険者が多いと言われているバルドゥックなら今更一軒くらい増えたところで食いはぐれはない。
 事実、ネルが滞在したことのあるベンケリシュの街で開業している治療院の経営者は軒並み金持ちだった。

 一回の治癒魔術で受け取ることのできる謝礼は五万Z。
 結構な金が掛かるが、冒険者の多い街なら月に延べ二〇~三〇人は客を取れるだろう。
 いつ何時、怪我人が来るか分からないので夜間以外は休日もなく店舗となる建物に詰めている必要はあるが、中々に美味しい仕事であるのは確かなのだ。
 経費を抜いても月間一〇〇万Zは儲けられるだろうとネルは考えていた。

『彼女、元素魔法は全て持っていましたよ』

 サージが言った。

『なるほど、治療院ですか……では、医術の心得もあるのですか?』

 サージに頷きながらアルが尋ねた。

 バルドゥックやロンベルティアでは、治療院の看板の下に来院するのは治癒魔術を希望する客だけではない。
 治療院とは外傷だけを治すのではなく、総合病院の側面もあり、病気を診たりもする。
 当然その過程で治癒魔術を行使することもあるし、ちゃんとした効果があるかどうかは別にして、薬だって処方する。
 そして、病気の治療の方が外傷に魔法を掛けるよりも金が取れることが多い。
 病気が治ればだが。

『いえ、外傷専門でやっていこうかと。それなら私にも……』

 ネルの言葉を聞いてアルとサージは顔を見合わせた。
 アルにはネルが嘘を吐いていないことは分かっている。

『ノブフォムさん。バルドゥックでなら全く無理とは言いません。あの街には危険な仕事をしている冒険者も数多くいますから。ですが、そういう治療院はもう数多くあります。私の知る限り、バルドゥックにある外傷専門の治療院は三〇以上です。そして、冒険者の数は一二〇〇~一三〇〇くらい。外傷なら自分で治せる人も多いですから、パイの喰い合いになると思いますよ』

 アルは心の底から心配している、という表情と声音で言う。
 更に、打ち身などの治療で治癒魔術を頼む客はまずなく、安価な治療を望まれることが多いため、湿布薬などの知識も必要になることなどを説明する。
 一般的にはどこかの治療院に弟子入りしてある程度の修行を積んでから独立するものなのだ。

『でも、治癒魔術には自信がありますから……』

 そう言いながらネルはどこか自信なさげな表情をしている。
 少し不安を掻き立てられたのだろう。

『うーん。こう言っちゃなんですが、このバストラルもキュアークリティカルは使えます。貴女はどうですか?』

 鑑定によって技能レベルが足りないことを知っているアルだが、敢えて意地悪な聞き方をする。
 アルにしてみればネルの夢について早めに打ち砕いておく方がいいからだ。

『え? キュ……ティカル……』

 ネルは目を見張ってバストラルを見た。
 少しだけ照れたような表情を浮かべている。

『えーっと、確かに私も使えます。でも、伯爵コーントはもっと……』

 何か言いかけたサージだが、すぐに口を噤んだ。

『ま、それはそうと、条件についてまだ全てをお話していませんでしたね。報酬と休暇です』

 アルが話を戻す。

『まず報酬ですが、常識的な額であれば言い値でお支払するつもりです。ノブフォムさんはどの程度欲しいですか?』

――くぅぅ……御社の規定に従いますとか……はっ、何で面接みたいになってんのよ……? ふっかけるという手も……。

 ネルが頭を高速回転させていると見て取ったのか、アルは先を続ける。

『報酬の話は後回しにした方が良さそうですね。それで休暇ですが、王都で勤務して頂く場合、基本的に六日勤務して三連休です。五月と年末年始には連休もあります。また、体調を崩した際には月に一日まで有給休暇も認めています。これは我々が冒険者をしている頃からの伝統です』

 これにはネルも驚いた。
 休日など普通はないからだ。
 まして、この条件だと月のうち一〇日は働かずに自分の時間が持てる。

『ついでに、休暇中は何をしても自由です。バルドゥックに行っても結構です。その際には商会の警備に使っている戦闘奴隷を連れて行って構いません。勿論、迷宮で得た魔石などは全て貴女のものですが、入場税や消耗品なんかは負担して下さいね』

 副業すら認めて貰え、あまつさえ戦闘奴隷まで貸し出してくれるとは、まさに至れり尽くせりである。
 ネルの心は大きく傾いた。

『それで、ノブフォムさんはどの程度の報酬を希望しますか?』

 会話の主導権について、すっかりアルに握られていることにネルは気付いていない。

『え、えーっと……デーバス王国の王室親衛隊は月に一〇〇万出すって言っていましたが、断っています……』

 アルの眉がピクンと震えた。
 今の言葉には嘘がある。
 しかし、どの部分が嘘なのか?

『分かりました、私は倍の二〇〇万出します』

 ネルは今度こそ目を丸くした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ