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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第七十二話 次代の可能性

7449年9月10日

 ロンベルト王国王都ロンベルティアのある民家。
 その一室では今まさに一人の女性が出産を終え、我が子をその手に抱くところだった。

「うふふ。元気に泣くわね」

 四つん這いに近い姿勢で、天井からぶら下がる太い縄にしがみつくような格好をしていた女性は、床に敷かれていた毛布にごろりと横になると赤子を抱いた助産婦に手を伸ばして言う。

「大変お疲れ様でした。さぁ、抱いてあげて下さい」

 産湯から上げた赤子を清潔な白布で包んで、中年の助産婦はにっこりと微笑みながら母親に赤子を差し出した。
 母親が受け取ったのを確認すると、助産婦は素早く母親の背中側に回り、用意してあった別の毛布を丸めてクッションのように母親の背中に差し込んだ。

 赤ん坊は男の子であり、小さな両手で拳を握りながら元気に泣き声を上げている。

「ああ……!」

 子供を受け取った母親は疲れや倦怠感を感じさせない、輝くような笑顔を浮かべて我が子の顔を覗き込む。
 未だ真っ赤な肌で、大口を開けて泣く顔つきは、まだ母親が小さな少女の時分に誕生した弟によく似ている感じがした。

――アルと違って、まぁ~良く泣くわね……。

 短く、ふわふわとした短く薄茶色の髪の毛の生えた頭をそっと撫で、相変わらず元気な声を上げ続ける赤ん坊を抱きながら、母親は僅かに苦笑を浮かべ、次に少し不安そうな顔つきで助産婦を見やる。

「大丈夫。元気なお子さんですよ。今晩辺りからおっぱいをせがむと思いますので、そうしたら左右交互に飲ませてあげて下さいね」

 ベテランの助産婦は新米の母親にそう助言すると、脱力して弛緩した母親の足を広げて股間の間にしゃがみこんで血液や羊水の汚れを濡らしたタオルでさっと拭き取る。
 次いで、「我が身体より新たな母の身体に魔素を捧げる、新たな生命を生み出した者に癒しのお恵みを、治癒キュアー」と呪文を唱えながら息子に夢中になっている母親の下腹部や外性器の周囲を壊れ物にでも触るかのように優しく触れた。

 暫くして助産婦の手は動きを止め、薄青い魔術光を宿す。
 その手が触れるとまだ大きく拡がったままの産道はゆっくりと収縮を始める。
 再び助産婦が呪文を唱えて母親に触れると、次は胎盤が剥がれた痛みがじんわりと和らいでいく。

 驚嘆すべき助産婦の魔術の技だ。
 しかし母親の方はそれどころではないようで、ただひたすらに慈しむような表情を浮かべて息子の泣き顔を眺め、小さな指を開かせると自らの指を握らせるのに夢中になっていた。

 その間に助産婦は汚れを拭き取り、母親の下半身に毛布を掛け、テキパキと全ての片付けを終わらせるとおもむろに部屋の扉を開く。

「さぁ、生まれましたよ。元気な男の子です」

 扉の向こうには元気よく泣く子供の声を聞いてなお、不安そうな顔つきのままでいた男と、その両親らしい年嵩の男女が立っていた。

「お、男の子か……ミルー! やったな! 俺にも顔を見せてくれ!」

 男は早口に叫びながら子供を抱いている妻に駆け寄った。

「うふふ。元気に泣いてるわ」

 母親は子供の頬に指先を当てる。

「ステータスオープン……えへへ」

 ステータスを見て、自らの家名と長男であることを確認する。

「お……おぉ。小さいな……どら、ステータスオープン……」

 父親らしい男も床に跪くとそっと赤ん坊の腕に触れてステータスを見る。
 その目に映るのは至って何の変哲もないステータスだが、自分の指数本分の太さしかない我が子の腕の感触に、男は何故か涙があふれるのを止めることはできなかった。

「あぁ……ああ! 柔らかいな。お、俺にも抱かせてくれ!」

 妻の腕から貴重な珠でも抱き上げるかのように、慎重な動作でそっと赤ん坊を受け取った男は全く泣きやまない我が子の顔を正面から見た。

「軽い。でも重い……」

 クシャクシャと顔を歪め、涙を流しながら男は赤ん坊を抱いている。

「ほらほら、すぐにお母さんに返してあげてくださいね」

 助産婦の声を聞いて我に返った男は、後ろ髪を引かれるような思いを断ち切りながら泣き叫び続ける赤ん坊を妻の腕に戻した。

「元気そうないい子じゃない」
「ああ……そうだな」

 部屋の戸口に立ったままその様子を眺めていた男の両親も嬉しそうに話している。
 赤ん坊は彼らにとっても初孫であった。

「どれ、俺も抱いて……」

 そう言って一歩を踏み出そうとする中年の男の腕をやんわりとその妻が掴み、ゆっくりと首を振る。

「だめよ。あとでゆっくり、ね?」

 妻の方もそう言いながら興味深そうな目つきで息子夫婦と初孫を眺めていた。

「それよりもあなた……」
「あ、ああ。解ってる。だが、この声なら三軒先まで聞こえてるさ」

 腕を掴んだままの妻の手に自分の手を重ねながら、中年の男は答えた。
 今この家は厳しく監視されており、付近の通行をすら制限するためにゴロツキを装った複数の男女が巡回していた。

 彼らの息子もその状況は熟知している。
 また、助産婦も彼らが所属する組織が用立てた、組織で一番助産経験が豊富な女であった。
 家の傍には念のためと、治癒魔術が使える者も数人が待機していたが、結局は無駄になった。



・・・・・・・・・



 王都の一角にある家には数人の男女が詰めている。

「五体満足で生まれたか。貴様にとっても初孫だし、めでたいな、ハミル」
「ええ。有り難い事です。お頭」

 ハミルと呼ばれた中年の男は、同じく中年の獅人族ライオスの男の言葉に頭を垂れた。

「それで、グリード卿は来年の春に訓練に戻り、夏には東北か……」
「そうなると聞いております」

 今行われているのは、将来この組織を束ねることになるかもしれない子供の誕生の報告である。

「……しかし、流石に生まれながらに魔法の特殊技能は持ってはいなかったか……」

 誰かが呟いた。

「うーん。あのグリード姉弟きょうだいの血を引くのであればもしや、とも思ったがな」
「それは無いでしょうよ」
「ええ、生まれつき魔法が使える者など、魔物にもいないと聞きますからねぇ。バルドゥックの魔物なら生まれながらに使える奴もいたって話ですが……」

 ガヤガヤと喋りだした集団だが、お頭と呼ばれた男が静かな目で睨むとすぐに押し黙った。

「魔法の方は仕方がない。ハミルやマーティーが聞き出したところによると、あのグリード卿とて母親に手解きを受けたそうだからな」

 お頭はそう言うとジョッキを傾けた。

「だが、高い魔力量は受け継いでいるやも知れん。よしんば、あの子がそうでなくとも、二子、三子に現れることも考えられる。グリード卿も二子だと言うし、リーグル伯も三子だしな」

 そう言ってお頭はジョッキの中身を空け、言葉を続ける。

「ところで、最近話してないから知らんのだが、エンブリーの方はどうなっているか誰か知らんか?」

 その言葉に数名が顔を見合わせるが、すぐに何人かが進み出て話し出す。

「結構苦労してるみたいです。でも、何とか取引は始められたようですがね」
「あいつら、最近はすっかり豚の世話に掛り切りになっちまって……」
「おう、たまに買い出しに来た奴と会うと臭ぇよな」
「臭いが染み付いちまったんだろうなぁ」
「マクダフの旦那もすっかり豚に掛かりきりなようですよ。東北に行っちまったスペサイドの旦那もそれを知ったら笑うでしょうがね」

 そんな話をしていると一人の猫人族キャットピープルの男が家に入ってきた。
 男は今話題になっているマクダフ・エンブリーその人である。

「おう、結構居るな? ジラードの旦那まで。何かあったのか?」

 テーブルに空いていた椅子を引きながら言うエンブリー。

「……臭いな。確かに」

 ジラードと呼ばれたお頭、ジラード・ザイドリッツが鼻をひくつかせて言う。

「そうか? 気をつけてるつもりなんだが……。石鹸使わないと駄目かね?」

 ザイドリッツに答えながらエンブリーは「俺にもビールくれ」と言って椅子に腰掛けた。

「ん? ハミルの親父じゃねぇか。仕立て屋はどんな塩梅だ? あのグリード卿にカネ出してもらって新しい店になったんだろ? 儲かってるか? ん?」

 注いでもらったビールを飲むとどこか上機嫌にエンブリーは尋ねる。

「はぁ。今日の昼過ぎに初孫が出来ましてね……」

 戸惑いを隠せない様子でハミルが答えた。

「……そう言えばもうそんな時期か。で? どうだった?」

 エンブリーは表情を改めて問うが、ジョッキは握ったままだ。

「そういやお前んとこの奴は今回居なかったな……」

 知らないのも無理は無いと、ザイドリッツは子供が五体満足で生まれたこと、しかし、期待されていた魔法の特殊技術は持っていなかったために、現時点では普通の子供と同様であろうことを説明する。

「ま、そうだろうな。魔法の勉強を始めるのはずっと先だろうから、そん時まではわからんよな。ところで、聞いてくれ。今日な、新しい部位についても取引が決まったわ。バラの脂のノリについて、やっと基準に……なんだ?」
「お前……すっかり牧場主だな……」

 ザイドリッツが肩を竦めながら言う。

「しょうがねぇだろ。普通にやってるだけじゃグリード商会の基準に達しねぇんだからよぉ。それによ、一生懸命に豚を育てるってのも、やってみりゃ案外悪くねぇ。子豚って可愛いんだぜ。……一年後に肉にするなんて……可哀想だけどな」

 ジョッキを呷りつつ言うエンブリーに、ザイドリッツを始めとして大多数の者が諦め顔になる。

「……ま、そういう訳で牧場の方はそれなりに順調だ。グリード商会はともかくとして、それなりの相場も学んだし、何軒かの肉屋も扱ってくれると言ってる。だからそっちはいい。しかしな。俺らも豚の糞にまみれっぱなしで遊んでた訳じゃねぇ」

 エンブリーの雰囲気が変わった。

「あの、リーグル伯爵の冒険者パーティーな、妙な情報を手に入れた」

 先を促す声に従ってエンブリーは更に言う。

「例のバストラルというテンセイシャだがな、誕生日がリーグル伯と一緒なのはいい。だが、調べると伯爵の嫁さんの闇精人族ダークエルフも同じ誕生日だった……それに、ファルエルガーズ伯爵家出身の男も正確に確認は出来んが、ラフローグの旦那が王妃殿下から聞いた話だとどうやら……」

 王都の行政府には国内の上級貴族やその配偶者のステータスも記録としてデータが保存されている。
 目的は誕生日や結婚記念日などに贈り物をしたりするためで、普通は上級貴族家の者にしか開示されない。
 だが、エンブリーはその記録に目を通す機会を得たらしい。
 実はもう一人いる乱波組織の頭、王家の執事の一人であるラフローグの伝手を頼って閲覧出来たのである。

「は?」
「どういうことだ?」

 疑問の声を無視してエンブリーは喋る。

「で、殺戮者スローターズと言われていたリーグル伯爵の冒険者パーティーなんだが、そこには誕生日まで一緒かはわからんが、他にも同い年のメンバーが何人か居たって話だ」

 エンブリーがそこまで言うと、事態の異常さに全員が黙って彼に注目した。

「ってことでよ、今更調べることはできんし、確信があるわけでもない。だが、あの嫁さんや、他の同い年の奴も……事によったらテンセイシャという可能性がある、と睨むぜ」

 家に入って来た時とすっかり雰囲気が変わったエンブリー。

「ジラードの旦那。なんつったっけか? あの伯爵んとこに潜り込ませたあんたんとこの奴。どうにかしてあいつと連絡を取って、その辺り調べらんないかね? あのバストラル以外にキャットピープルは居なかったみたいだからステータスを確認できる可能性はないだろうが、近くに居るなら誕生日の確認くらいできないかと思ってな……」

 エンブリーの言葉を聞いた全員は「面倒な事になりそうな……」と思ったが、もしも彼の予想が的中していたのであれば、国王陛下にとっては有用な情報になる可能性が高い。
 乱波達は誰が連絡員つなぎをするのかの選択をしなければならない。
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