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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第六十八話 検地 3

7449年9月2日

「領主自ら村を案内してくれるってことは……」

 ラルファはハロス村の領主の館の客間のソファで寛ぎながら、隣で同様に寛いでいるグィネに語りかけた。

「……普通に考えたら見られたくない場所があって、そこに行かないように見張ってるってとこかなぁ?」

 グィネは顎髭を整えながら答える。

「まぁそんなとこだろうね」

 二人としては、元々今日明日は休んでゆっくり過ごすつもりだったのだが、その話をする前に士爵はすぐに応接を出て行ってしまっていた。
 士爵が部屋を出た理由は、村の案内の為に服を着替えるとの事であった。
 応対に出た時は、従士を中心に剣や槍の稽古の途中であったらしく、確かにあまり良い服装とは言えなかった。
 従って、初対面の挨拶をしてから世間話でもしながら今後の予定について話をしようかと思っていたのだが、世間話すら碌にしていない。

「それにしても、なんかそわそわしてたのは稽古用の汚れた格好だったからかな?」
「そんなの私達は気にしないのにね。それに、汚れた格好が嫌なら最初から着替えて来りゃいいのに……」

 二人共、来客を迎えた者が汚れた格好のまま応対に出て来るという事が非常識であることは解っている。
 ラルファも貴族の一員になったとは言え准爵である。
 士爵と比べると格下であるから、待たされたとしてもそれで立腹するようなことはない。

 尤も、ゲーヌン士爵にしてみれば、検地に来たという一行は行政府の木っ端役人共が護衛を伴っているのだろうと思っていた。
 最初は格の違いを見せつけるために敢えて汚れた服装のまま出てきたのだ。
 だが、調査隊は貴族ラルファに率いられていた事を知り、格好の良い所を見せたくなってしまったのだ。

 暫く待っていると応接の扉が開き、メイドが入ってきた。

「お荷物などございましたら、部屋にお運びいたします」

 その言葉を聞いて二人は少し驚いた。
 べグリッツに近いミード村とは違い、ハロス村には一流とは程遠いがちゃんとした宿がある。
 つい二週間ほど前、彼女たちがウィードを出てべグリッツに行く途中で泊まった事もある。
 半年程前にはべグリッツに赴任するアルも泊まっていた。
 宿泊客はそう多くないだろうが、行商人なども毎日のように利用している、それなりに需要の高い宿なのだ。
 そして、宿まではこの領主の館からたっぷり三〇〇mは距離がある。

 このメイドは奴隷なのかも知れないが、かと言ってそんな長距離を運んで貰うのは忍びない。

 それに、荷物など馬のサドルバッグに収めているもので全てである。
 三〇〇mなど馬に乗れば数分で行けるし、そも誰も疲れない。

「ああ、自分で運ぶから結構ですよ。宿は奴隷達も含めて六人で取って頂けました?」

 ラルファは先程の士爵に荷運びを言い付けられたと思しき不運なメイドに微笑み掛けながら言った。

「……いえ、お客様は館の客間にお泊めしろとお伺いしております。お付きの方達は宿を取りましたが……」

 メイドは少し意外そうな顔をして答える。
 館への宿泊はどうやら士爵が命じたことであるようだ。
 ラルファとグィネにしても宿がないのであればいざ知らず、ちゃんと営業している宿があるのだからそこに宿泊するつもりでいたのだ。
 しかし……。

「ああ、そうですか。それは……えーっと、お心遣い痛み入ります」

 心のなかで「宿代浮いた!」とにんまりしながらラルファが答える。
 その脳内では既に貴族家が客人に出す料理や酒について思い描いていた。
 豪華とまでは言えないだろうが、宿の向かいにある居酒屋兼飯屋よりはずっとマシなメニューであろう。

「ありがとうございます。でも、荷物は外の馬に載せているので厩舎までご案内頂ければ……」

 グィネも少し嬉しそうに言った。
 何しろハロス村に一軒しかない居酒屋兼飯屋は、彼女たちが好むラガータイプのビールが置いていなかった(上面発酵のエールタイプのビールしかなかった)ばかりか、焼酎も置いていなかった。

 それに、大好きな肉料理も種類が少なかったのだ。
 少ないならまだマシだが、イモリやサンショウウオのような河川に棲む両生類の肉を出されて、その姿形があまりにグロテスクだったので一口も食べていない。
 鶏や豚などは村内で消費されるか、べグリッツに売るので居酒屋なんかには回って来ないのであった。
 代わりに村の傍を流れる川で穫れるというエイユとかヤメイムと言った淡白な白身魚や、川エビや沢ガニなどを殻ごと擂り潰して具にし、塩で味を調えた汁物などのような、アル(おっさん)が好みそうなメニューばかりなのであった。

 鶏か豚が食べられるならそっちの方がいい。

 彼女達二人の脳内ではその一言で完結していたのである。

「あの……申し訳ございませんが、お付の方は宿の方に……。館にお泊めするのは准爵の隊長さんのみだと申し付けられておりますれば……」

 嬉しそうな顔をしていた髭面の女からは能面のように表情が消えた。

『ぷぷ。グィネ、残念ねぇ。ま、マールやリンビー達とみんなで楽しく食事できるからいいんじゃない?』
「……」
『まぁ、私もね? ご領主様のご家族方に混じって食事をするのは肩が凝るわ。でも、私ってホラ、隊長だしぃ? それに貴族だしぃ? しょうがなくね?』

 グィネはキリキリと歯軋りの音が聞こえそうな程歯を食いしばっていたが、どうにか口を開く。

『あっそう。そういうこと言うんだ?』

 その言葉を聞いて、少し調子に乗ってしまったとラルファは反省した。
 表情を改めると口を開いた。

『やだ、怒んないでよ。ここにいる間は私が領主一家を引きつけるからさ。あんたはその間に村人から評判でも聞いておいてよ。前の村のおっさんは小物って事しかわかんなかったしね』

 それを聞いたグィネもすっと冷静な表情に戻る。

『まぁ、しょうがないのは本当ね。いいわ、今晩はみんなにも振る舞ってあげることにする。そういう訳で士爵には悪いけど今日はもう飲む。わかるでしょ?』

 グィネの言葉はラルファにも理解できる。
 検地の調査隊一行だと村人たちに知られないうちに居酒屋に行って領主の評判を聞き出そうと言うのだ。
 宿には調査隊一行だと知られている可能性は高いが、居酒屋に呑みに来る村人がそれを知るまでにはまだそれなりの時間は掛かるだろう。

 ラルファとグィネの間にそれ以上の言葉は要らなかった。

 ラルファは「せっかく村の案内を申し出て頂いたゲーヌン士爵には申し訳ないが、急に伴の者の体調が悪くなったので今日の耕作地の案内は中止にして欲しい。明日以降、改めて一同でお願いに出直す」と伝えて貰うことにして今日から数日間、厄介になることについて礼を述べた。

 グィネの方は一人館を出る。

 宿までの案内を申し出た下男も居たが、「場所は存じておりますのでご案内は結構です」と辞退して館の前で待っていた奴隷四人と合流する。

「あの、ファイアフリード様は?」

 ラルファの姿が見えないので、一人だけ出てきたグィネに尋ねるマール。

「ああ、お貴族様はお貴族様だけでよろしくやるって。ラルの馬だけこの館に置いていくから荷物ごと預けて」

 グィネは無表情に言うと、マールと一緒に障害持ちの子供奴隷を馬の背に乗せる。

「さぁ次、サマンサも」

 相変わらず恐縮する中年女の奴隷もリンビーと一緒に鞍に押し上げる。

「行こう。皆、今日はもうこれで休みにするから。タリスもサマンサも晩御飯は何でも好きなだけ頼んでいいわよ」

 素直に喜んではしゃぐタリスの声にやっと微笑みを見せるグィネであった。
 因みに、アルの戦闘奴隷であるマールとリンビーにしてみれば好きな物を好きなだけ食べるという機会には恵まれているのでこれと言ってはしゃいではいないが、それでも何かにつけて「野菜食え」と言って強制的に大量の野菜を食べさせてくるラルファのいない食事は嬉しそうではあった。



・・・・・・・・・



 その日の夕方前。

 ハロス村に一軒しかない居酒屋兼飯屋では、仕事の途中でこの村に寄ったという五人組が楽しそうに食事をしている風景が見られた。

「あ、これ! 旨いですよ、グィネさん」
「本当! すっごく美味しいですよ!」

 小さなイモリを数匹串に刺して焼いた料理をぱくつく二人の戦闘奴隷。

「マールもリンビーもよく気持ち悪くないわね……そんなトカゲ」

 眉根を寄せて上面発酵の濁った常温のエールを流し込むグィネ。
 グィネは両生類のイモリとトカゲは同じようなものか、兄弟だと思っている。

「ん~、この黒イモリ、本当にうめんすよ。わだすの故郷ふるさとにも居たんで、はぁ」

 どうやら中年女のサマンサは知っているようだ。
 グィネはマールの口からはみ出しているイモリの尻尾を見る。
 骨を噛み砕いた音がした。

――美味しい、の?

 皿に残っている串焼きに手を伸ばすかどうか迷うグィネ。
 だが結局、エイユの塩焼きをつまむ事にした。

「こっちのおっきいトカゲもすっごく美味しいれす。こんなに美味しいお肉食べたの初めてれす!」

 タリスは少し舌足らずに言う。
 グィネがタリスの方を見ると、口の周りを脂でベトベトにしながら、トカゲのような両生類の太い尻尾の輪切りを頬張っている。

――あれなら……あれなら原型がわからないし、一口くらい……。

「ん~、じゃあ私も一つ」

 思い切ってサンショウウオの焼き物に手を伸ばしてみる。
 直径一〇㎝近い尻尾を四㎝くらいの厚さに切って、塩胡椒して焼いただけのものだ。
 皮も残っている。

 一口食べたグィネはあまりの芳醇さに目を見開く。
 柔らかく、噛むとじゅわっと脂がしたたる骨の周囲の肉。
 黒っぽい皮自体も表面はカリッとしていながら皮とその下五mmくらいを占める、ねっとりとしたゼラチン質の多い皮下脂肪は単純な味わいながらも旨味が強く、変わった歯ごたえとも相まって珍味と呼んでも良いだろう。

「んんんっ!?」

 口中に溢れる脂も獣臭いものではなく、どちらかというとマグロなどの大型魚のそれに近い感じがする。
 後味が残っているうちにビールで流し込むとさっぱりとして幾らでも食べられそうだ。

「いける! これいいね!」

 感心したように言うとまたかぶりついた。

 そして、時刻はいつしか夕方になる。
 この店にも村の平民か、元平民のような農奴にしては高給取りの連中が顔を出し始める。

 グィネ達のテーブルの隣も数人の中年男性のグループが占領した。
 彼らもエールを頼みサンショウウオの足の煮物を頼んでいる。

 彼らの話に加わろうと、グィネはこの店ではトップクラスに高価なメニューである尻尾ステーキを皿に幾つか乗せ始めた。
 マールとリンビーには小声で「情報取るから。余程のことがなければ放って置いて。あんた達は楽しそうな食事を続けて」と言うと、椅子の上に座ったまま振り向いた。

「あのぉ、ちょっといいですかぁ?」

 すぐ後ろに座っていた三〇過ぎに見える山人族ドワーフの男に声を掛ける。

「ん? あんだね?」

 ビールのジョッキを持ったままのドワーフはグィネを無視しなかった。

「私ぃ、グィネっていうんですけどぉ。お兄さん方が食べてるそれ、足? ちょっとだけ食べたいなぁって」

 シナを作りながらグィネは左手で尻尾ステーキの乗った皿を持ち、右手は男の膝に置く。
 そして上目遣いで見上げながら言った。

――今、今こそ私の美貌が輝く時! やるわ!

「もちろぉん、ただとは言いませんよぉ? ほぅら! これ、皆さんで召し上がってぇ」

 男の前を、左手を伸ばして尻尾ステーキを乗せた皿を彼らのテーブルに置く。
 右手は男の膝に置いたまま、少し体重を掛ける。

――あら、赤くなっちゃって。カワイイ!

 皿がテーブルに置かれる寸前、右手を膝から離すが人差し指だけは膝に当てたままだ。
 テーブルに皿を置くと右手の指で膝の上に「の」の字を書くようにする。
 同時に上目遣いのままそっと舌を伸ばすとゆっくりと上唇を舐める。

――ほうら、セクシーでしょ? ラルと練習したんだから。

 男は少しグィネに気圧された様子だった。

「お、おお?」
「あんだぁ?」
「こら、尻尾ステーキけ?」

 男と一緒にテーブルを囲む男たちもグィネの様子に思わず声が漏れてしまったようだ。

――ふ。こんな田舎モン、私にかかればチョロいチョロい! 後は巧みな話術で……。

 得意絶頂になるグィネ。

「俺ぁ、カカァが怖いんで、そういうのはちょっと。でも、これは有難く頂いておくわ」

 ・
 ・
 ・

 その日の晩、村の男衆には居酒屋に「金持ちらしいが男に飢えた気の毒なドワーフ女が現れた」という情報が駆け巡った。

 
また前後編となってしまいました。
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