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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第一部 幼少期~少年時代

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第四十四話 ミルー

7438年10月6日

 翌日からはファーンとシャーニの結婚の宴会に参加する予定のウェブドス侯爵一行の宿泊所の確保にてんやわんやとなった。当家の客間と応接を開放しても侯爵夫妻とその息子でシャーニの両親である騎士団長夫妻を泊めるくらいしか出来ないし、シャーニの弟妹達はまだ成人していないものが殆どだから当然同行してくるだろう。長男は既に騎士団に従士として入団しているので今回は参加しないそうだ。また、護衛も当然ながらいるはずで、彼らの宿泊施設も確保せねばならない。

 当家の従士達の家も急な来客のためにだいたい一部屋は空きがあるのでスペースは大丈夫だろうが、侯爵直系の孫達や護衛の兵士たちにもそれなりに身分の高い隊長クラスもいるだろうから寝具や調度品にも気は抜くことは出来ない。

 早速足りない寝具やこの際に買い換えたり買い足したりするものが出てくる。ゴム製品の納品もあるから早々に馬車を出すことは確定しているのでヘガードは従士長のベックウィズに命じてそれらのリストを作成させていた。また、高位の貴族から嫁を貰う立場なのでその実家に対して結納にあたる相当額の金も用意せねばならないらしい。尤も金貨で50枚くらいが相場らしいので今の当家であれば何とか捻出出来なくもない金額なので金の問題は取りあえず置いておいても差し支えない。

 常々思っていたことをこの際なのでヘガードに進言してみる。

「父さん、せっかく納品に行くのだから、この際です、父さん以外の人でも今後ゴム製品の納品が出来るように出兵する人以外からも連れて行ってはどうですか? 今後しばらく交代で何人か連れて行って事務手続きの方法や、先方への面通しなどをしておけば今回のように出兵があっても安心できますし、父さんや、今後の兄さんの負担も減らせるでしょう」

「お? 確かにそうだな……。従士の若手たちからも何人か連れて行くか……。見聞を広げるのにもいいだろうしな。ん……だが今回はやめておこう」

「え? なぜです?」

「いや、ゴムの納品は俺も当然継続してやるが、暫くしたらファーンとシャーニが中心になるだろう。どうせならあいつらから紹介させたほうがいいだろう。それに、まだゴム生産の専従にする家は考えていないのだろう? それが決まってからゆっくりやればいいだろう」

「なるほど、わかりました。そうですね」

 へー、世代交代を印象づけるように考えたのかな? 俺はどちらかというとビジネス的な実利に思考が傾きがちだ。貴族同士の付き合いや、この世界の商売による結びつきについての機微には欠けている。俺の考えとしてはどうせ担当者を設置するのであれば紹介は早いほうがいいし、その担当者も経験を積めるから早く使い物になるだろう、という即物的な考えがメインになりがちだ。ゴムの生産だって現時点で生産や採集の担当は全員従士かその家族だが、能力さえあれば農奴だって別にいいと思っているくらいだ。

 勿論、オースでも能力が優れているのであれば農奴や奴隷階級から脱出し自由民や平民にだってなれる。だが、やはりそれはあくまでひと握りの相当に優れた者だけに与えられるチャンスらしい。この貴族だとか平民だとか奴隷だとかの身分制度についてはやはり未だに違和感を覚えることも多い。それぞれが所属する階級によって明確に権利が規定されており、それが社会秩序の基盤になっていることについてもそうだ。

 どうもまだ日本人気質が抜けきっていないらしい。まあ、今の所大きな問題にはなっていないし、俺の考え方がオースでは特殊であることは確かだが、悪いわけではない。俺だって人は皆平等だ、とか平等であるべきだなどという寝言については前世から否定的な見解だったが、どんな人にも定められた義務を果たす限りにおいて権利というものは存在し、それは他人が侵せるものではない、という考えは根底に根ざしている。その「権利」という言葉の定義内容の基準が俺(と言うよりも現代日本といったほうが良いかも知れない)とオース一般とではだいぶ違う、というだけのことだ。

 分かりやすく説明するためにいくつか例を挙げてみようか。例えば出産だ。妊娠した母親が出産時に産婆などの介添えをつけられるのは自由民以上の階級だ。農奴を含む奴隷階級は出産時の介添えは認められない。当然逆子や異常妊娠などの場合、介添えを付けることが出来ない奴隷階級の人間は母体共々危険な状況に陥ることが多いし、死ぬ場合だってある。だが、自由民以上であれば出産時の介添えは問題ないし、治癒魔法の使い手が介添えをすればよほどの異常妊娠でもない限りは出産に失敗することを考える必要すらないだろう。

 また、武装の権利もそうだ。奴隷階級の一部である戦闘奴隷以外、通常、奴隷は武器を帯びることは出来ない。化物や怪物がうろついているような世界で何を馬鹿な、と思うがそういう決まりになっている。勿論対戦している敵国の軍が侵攻してきたりした場合や、たまたま魔物に襲われ、身を守るために既に戦って死んだ貴族の死体から武器を拝借したなどの非常事態は別だが。雨具の使用だって身分階級ごとに使用の可否などが決まっているし、衣服の材質だってそうだ。まぁ衣服の材質は特殊で貴族だからといってどんな材質でも良いかと言うとそうでもない。例えば貴族階級は麻を使用した衣服を纏うことは許されていないが、平民は何を着ても問題ない。

 こんなもの、俺に言わせれば馬鹿の極みだとは思う。それで一体誰が得をするのかとすら思う。だが、似たような規則は地球でも過去にいくらでもあった。つまり、俺の考えている「権利」は幅広くどの身分階級でも認められる範囲が広いが、このオースでは身分によってかなり細かく規定されている、というだけだ。しとしと降る冬の雨の中、蓑を纏うことも許されず濡れそぼりながら農作業をする農奴の隣で平民の農民は蓑を纏い、厚手の服を着ていられる。作業効率を考えれば、暖かい服や雨具があった方が良いのは確かなのに誰もそれを不思議に思わない。買う金がないのであれば仕方がないが、そう言う問題ではなく、単に許されないのだ。

 そんな事を質問しても「そう決まっている」と言われるだけだし、そう決まっている理由を訊いても「それが常識なのに、そんな事を気にするお前が変だ」と言う、素っ気ない回答が帰ってくるだけだ。まぁ他人の権利擁護のために今の俺が苦労するのも意味がないので、この件に関してはもう思考するのを止めた。



・・・・・・・・・



 俺とミルーはまだ成人もしていないし、一応領主の子供でもあるので宴会のための面倒な仕事には関わらずに済んだ。うろうろしていても邪魔になるだけなのでランニングを兼ねて走りながらの魔法の修行のために村の畑の畦道を二人縦列で走っている。折角なので昨日両親と話した内容についてミルーに伝えたあと、俺は昨日から行われていたファーンとシャーニの特訓(?)の内容についてミルーに聞いてみた。

「姉さん、昨日の修行はどうだったの? やっぱり騎士団の訓練は厳しかった?」

 ミルーは息を荒くしながら答える。

「そうね……。昨日やったのは普通の組手だけだったけどそんなにシゴかれなかったかな。最初だから多少優しくしてくれると言っていたしね」

「ふーん、そうなんだ。じゃあまだどんなもんかは解らないね」

「うん、でも多分それなりに辛いとは思うのよね。でも、私は絶対に第一騎士団に入るわ。このチャンスをものにしないとね」

 14歳にして何と言うハングリー精神。まぁミルーも俺も家を継げる訳じゃないし、普通に考えれば適当な婿なり嫁なりと結婚してバークッドの従士になるくらいが関の山だ。もともとミルーはそれが嫌で冒険者を目指していたしな。

 オースの常識と言うか、ロンベルト王国の常識と言うか、どう言ったら適当になるのかは判らないが、地方の士爵家の次男以降なんて世継ぎが決定したあとは素直に平民になるのが一般的で、それ以外は冒険者になって名を上げ、最終的にどこぞの貴族家の私兵部隊でそれなりの役職にでも取り立てられるか、金があるなら平民として家を出て商売でも始めるかくらいしか選択肢はない。特殊な例だと新たな村を開墾してそこの領主として新たな士爵家を興す、というのもあるにはある。また、それよりは多少可能性の高そうな進路はミルーが目指しているように適当な騎士団に所属してそこで軍人としての出世を目指すくらいだ。

 そういった意味ではミルーに与えられた選択肢は極上のものだ。国王の騎士団は常設で四つあって、それぞれ特色はあるのだが、騎士、と言って大半の人が思い浮かべるのは第一騎士団だ。鎧兜に身を包み馬に乗って槍と剣で武装し、敵に対して突撃する、まぁ絵になるってやつなのかな。その割には四つの騎士団の中で一番規模が小さく、人数は僅か500人程らしい。その中で戦闘要員は騎士100人程と従士が4~50人くらいのこじんまりとした構成だ。

 だが、この騎士団は王国でも最精鋭で鳴らしており、以前にも言ったが入団試験を受けるだけでも大変名誉なことだ。入団試験を免除される例もあるが、これはあくまで特例で、王位継承権一位の王子か王女だけだそうだ。それだって騎士団長になれる訳ではなく従士としてスタートするという徹底ぶりらしい。また、入団試験を受けて合格した騎士もこの騎士団に入団するにあたっては騎士の位を返上し、一介の従士からのスタートとなる。元々の爵位は騎士団に所属している限り関係無くなり、万一貴族家の当主であるならば領地経営には代官を立てるか本人の配偶者、場合によっては息子や娘か親が存命であれば親が領地経営を行うことになる。勿論騎士団を辞めた場合には元の階級に戻れる。

 王国の他の機関や騎士団とは異なり、完全に実力主義で過去に何人もの王子や王女が所属したことはあるらしいが、騎士団長になれた者はいないとのことだ。それだけ実力主義が徹底しているらしいので、実はもしミルーが入団出来さえすれば辺境の士爵家の出身だからと侮られたり苛められたりすることもあるまいと安心しているくらいだ。尤もミルーの性格ならそんな事態に陥ったとしても何とかしそうではあるが。

 この騎士団で正式に叙任を受けた騎士は、上級騎士と呼ばれてただの騎士よりも格上になるのだそうだ。また、この騎士団は騎士が100人位の所帯なので僅か三個中隊編成にしか過ぎないが、中隊長は士爵に、副騎士団長は準男爵に、騎士団長は男爵に封ぜられる。この貴族階級は一代限りではなく、同格の貴族よりは小さいながらも領地を与えられることになるという。また、役職のない一般の騎士でも円満な辞職後は死ぬまで年金が出る。本人が騎士団に所属している間はこの貴族階級は意味を成さないが、辞職する時に褒賞として下賜されることになる。尤も、元々それ以上の貴族階級であればこの褒賞は意味を成さないので省略されるが。

 つまり、元々家を継ぐことの出来ない貴族の子弟や、場合によっては平民や自由民の生まれですらも貴族への道が開けていることになる。最初に適当な騎士団に入り、そこで騎士の叙任を受けなければ入団試験すら受けられないが、騎士ならば誰でも受けられるというものでもない。試験を受けるだけでも有力貴族や騎士団長の推薦や第一騎士団の中隊長以上の認定が必要になるのだ。本来、受験資格には推薦や認定さえあれば良く、騎士である必要は無いらしいのだが、長年の慣習で騎士の位を持っていることが条件であるとの認識が広まっているとのことだ。

 騎士団に入団した後は従士としての生活が待っているが、これもまたすこぶる厳しいものだ。馬の世話は必要ないが先輩騎士の武具の手入れや身の回りの世話から始まり、騎士としての各種心得や初級とは言え領地運営に関わる各種学問の履修、品行方正さなどの道徳など殆ど寝る暇もないほどの勉強もある。当然一番大事な戦闘訓練についても手を抜くなどあってはならない。

 こんな生活を数年(他の騎士団よりも多少長く、平均して四年ほど。また従士のまま十年が経つと騎士団を退職せねばならない)続けてやっと騎士の叙任を受けてもその後一年以内に大規模戦闘の指揮や統率などの勉強を修めなければいけないらしい。もともとの入団自体が普通ではないので十代の正騎士など殆どいない。なにそのカリキュラム、防衛大かっつーの。

 だが、ロンベルト王国ではエリートコースの一つであり、社会身分的な成り上がりの殆ど唯一の道でもあるため、目指す人間はそれこそ星の数ほどもいるし人気も高い。毎年20人程が入団試験を受験し、合格して入団するのは約半数の10人前後だ。退職者も10人前後いるので規模は殆ど変わらないらしい。入団試験に不合格であったとしても、例えばウェブドス侯爵の騎士団などであれば諸手を挙げて歓迎されるレベルだ。

 入団試験を受けることの出来るチャンス自体がよほどの努力で勝ち取るしかないため、ミルーはそれこそ宝くじに当たったくらいの幸運を掴んだことになる。そりゃ意気込みもするだろう。俺としても是非合格して欲しい。俺は転生してまであんな窮屈な暮らしとか冗談じゃないので冒険者でいいや。歳をとると考えが楽な方に楽な方に流れるよな。いや別に俺は外国で冒険者やるつもりだからなんだけどね。言い訳くらい言わせてくれよ。

「アル、お腹すいてきちゃった。そろそろお昼じゃない? 戻ってお昼にしようよ。せっかくのお昼が冷めたらソニアに悪いわ」

 全く……、なんでそういうこと言うかね。まだ昼にはもう少しあるっつーの。

「姉さん、お昼にはまだ少し早いよ。あと一往復行こう」

「ええっ?」

 何でそんなに死にそうな顔するんだよ。罪悪感すら覚えるわ。



・・・・・・・・・



 夕方、晩飯の前にファーンとシャーニは従士達の家に挨拶を兼ねて結婚の時の宿泊場所の提供の礼をいいに行くらしい。晩飯までには戻ると言い置いて二人で出かけてしまった。ヘガードはこれ幸いとばかりに魔法の修行の件について再度俺たちに徹底するように言ってきた。だが、ファーンの子供が育ち魔法の修行が始められるようになるまで、魔法の修行はやはり人目につきにくい屋外でやれとのことだった。上手くいけば来年の春にはミルーも家を出ることになるからミルーに対して魔法の修行方法の口外を禁じ、魔力量の秘匿について再度徹底させる意味の方が大きかったのだろう。

 ミルーも神妙な面持ちで聞いていた。また、魔法を使っていい条件についても確認していた。自分や家族の命が脅かされた時。周りに誰もおらず魔法を使ったことが露見しない時。この二つが大原則だ。あとは怪しまれない程度に必要最低限。いつもと同じか。

 だが、この晩は違った。第一騎士団の入団試験でミルーが必要と認めた場合、適切な範囲内で使ってもいい、と言い渡された。これにはミルーも俺も吃驚した。こんなこと、今までなら絶対に言わなかった。あのファーンにですら騎士団に入る前にはいつもの条件だけだったのだ。例え実戦に出てもそれを守るように厳しく言いつけていたと思う。意外な面持ちで沈黙のまま俺たち姉弟がヘガードを見つめていると、ヘガードはおもむろに口を開いた。

「ミルー、これはお前が自分の人生を切り開くチャンスだ。お膳立てはファーンがしてくれたが、それはこの際関係ない。そんなチャンスを迎えた娘にまで秘密を守ったが為に試験に不合格になって欲しくはない。勿論必要以上の魔力を誇示することは絶対に駄目だが、お前の魔力量と魔法の技倆はいつか必ずお前の助けになるはずだ。それが入団試験だというだけのことだ。俺達は今後もファーンを助けてやることは出来るが、ことにミルー、お前は入団試験に合格すれば俺達の元を離れる事になる。もう助けてはやれないんだ」

「そうよ、ミルー。あなたは実技だけとは言え第一騎士団の入団試験を受けられるの。必ず合格するとは思うけれど、もし仮に残念ながら不合格だったとしてもあなたを欲しがる騎士団は多いはず。そうなるともうここには帰って来ないでしょうね……。だから、今ここで許可を与えます。あなたは持てる力を適正に使って全力で自分の道を切り開きなさい。グリードの家名を高めていらっしゃい」

 ヘガードとシャルが口々にミルーに語りかける。ミルーはすぐには答えられないようだ。

「だからミルー、試験までは剣の腕を磨くことは勿論だが、魔法の鍛錬も怠るなよ。シャルに聞いたが、お前はまだ自分の魔力量が高いことに胡座をかいて、適切な魔力を使うことはまだまだらしいな。その点ではアルに及ばないとシャルは言っている」

 確かにミルーはMPを無駄遣いするきらいがある。必要以上に無魔法にMPをつぎ込むことがよくあるのだ。いくらMPが多くても攻撃魔法だって永遠に使い続けることは出来ないんだ。

「ミルー、あなたは充分に魔法を上手く使えるけど効率についても考えなきゃいけないわ。いざという時に魔力が切れてしまうことだってあるのよ。まぁあなたの場合、そこまで心配しなきゃいけないことではないけれど、魔法を使うときに魔力の無駄が多いと試験でだって減点対象になるかもしれないわ。そこのところ、ちゃんと考えて今後は修行するのよ」

 シャルも続けていうが、何となく説教になりつつあるような気がしないでもない。

「わかりました。今後はもっと剣も稽古するし、魔法の修行にも身を入れます。そして必ず合格し、騎士団に入団します!」

 ミルーは真剣な面持ちで宣言した。

 ランプの小さな光を受けて煌くストレートのロングヘアーは美しく、その横顔はやけに大人っぽかった。

 姉の手助けに何が出来るだろうか、またもや俺は悩み始めているのを自覚した。

 
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