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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第五十一話 領主ご立腹 1

7449年4月18日

 そろそろヘンリエッタの監視を交代しようかという時のこと。

「ぼーっとしてても仕方ないからちょっと様子を見て来るわ」

 すっかりぬるくなった豆茶を飲み干すとミヅチが立ち上がりながら言った。
 あれ? 籠手が……?
 あ、こいつ、鎧、胴体しか着てねぇ。
 サドルバッグはそうそう変形しないから気付かなかった。

「様子を見るって……? 偵察に行くってことですか?」

 ビンスが「今余計なことをする必要はないだろう」とでも言うように声を掛ける。
 俺も同感だ。

「ん。まぁね」
「おい、見張りはしっかり付けているんだし、もっとはっきりした動きがあるまでは……」

 事も無げに返事をするミヅチを引き留めようとした。
 無駄な動きをして、肝心な部隊編成パーティーゼーションによる命令を送れないってことは避けたい。

「ん~、会話を聞けた方が良くない?」
「それはそうだが……え?」

 会話を聞く?
 唇の端を吊り上げて不敵な表情になりながらミヅチは続ける。

「ヘンリエッタも含めてべグリッツにあるましな宿の構造は全部覚えたから大丈夫」

 え? い、いつの間に……って市街見回りの時しかありえない。

「構造? 間取りが判っていたところで廊下で鉢合わせでもしたら……」

 カームも「止めとけ」というような感じで言った。

「大丈夫。そんなヘマしないから。でも、男爵や士爵の会話を聞くのは大切。それに、たとえ三人揃って全員寝ていたとしても、それを確認するだけでも意味はあるわ」
「おい、お前……」
「忘れたの? 忍び込みはお手の物よ。良からぬ相談をしているようなら……何もしないですぐ戻って来るわ」

 天井裏にでも潜り込むのか?

「わかったよ。気を付けてな」

 別に忘れちゃいなかったが……忘れてた。
 ミヅチはゆっくりと夜の闇に溶け込んで行った。

「心配ないよ。寝てりゃ寝てるで俺の読みが外れたってだけの話だ。そん時ぁお前らの従士にも俺の奢りでたらふく旨いもん食わせて謝るよ」

 うん。
 反抗するつもりが無いのならそっちの方が良いに決まってる。
 反抗して来るつもりなのであれば、どんなに小さくても、少なくても情報は欲しい。
 本気になったら俺にも気配を読ませないミヅチだ。
 ならば万が一にもあの親子に見つかるようなヘタは打たない。

「それはそうとして、見張りを交代しようか。今はロリックが表、ゼノムが裏を見ているんだろう? 次はトリスが表、カームが裏を頼む」



・・・・・・・・・



「……ではフォロンゾ。我らもそろそろ……」
「わかりました」

 コーヴ士爵は忠実な従士であるフォロンゾに話し掛けると腰の剣を確かめて席を立った。
 従士も腰に佩いている剣を確かめて士爵の後に続いて部屋を出た。
 勿論、その動きを見逃すミヅチではない。
 音もなく天井裏を移動し、二人が向かう先を確認した。

――尾行せよ。

 一〇分程前に見張りを交代した直後のトリスの脳内に命令が届く。
 アルに対する命令だけは全員に領主(VIP)の動向を知らせる意味もあるので全員に対してアルを特定する暗号を付加した上で送っていたが、トリスにだけ送ったのは命令を送ることの可能な回数に上限がある以上、それを節約する為だ。

――表口から出てくるってことか……。

 具体的な命令にごくりと唾を飲み込み、僅かに腰を浮かせるトリス。

 すぐにコーヴ士爵が従士を伴って堂々とヘンリエッタの表玄関から姿を現した。

「あれか……」

 トリスと彼が連れてきた二人の従士は物陰に潜みながらその姿を確認する。
 因みに裏口の方はカームと彼女の従士が見張っていた。

「背格好から言ってコーヴ士爵と従士だな。ってことは男爵はまだ中か? ……まぁいい。俺が後を付けるからお前はこの事を連絡に行け。お前は待機だ」

 囁くようにしてトリスは命じた。

「わかりました、お屋形様。ですが、この距離でよく見えますね」

 従士の一人が了解の意を伝えながらも感心したように言う。

「ふふ。毎日薄暗いバルドゥックの迷宮で過ごしてたからな。鍛え方が違うさ」

 軽口を叩きながらもトリスは赤外線視力インフラビジョンを持つ従士のレベルアップも急務だと感じていた。
 トリスのレベルだと彼の赤外線視力インフラビジョンによる視力は優に六〇m以上の長距離を見通すことが可能である。

 宿から出てきた二人が充分に離れたことを見て取るとトリスは二人の尾行に、従士のうちの一人はギャブレットに待機しているアル達への報告に動き始める。

「ところで若。私はともかく、若の具足についてはあいつに言ってありますか?」

 小さなランタンをぶら下げて夜道を歩きながらフォロンゾがコーヴ士爵に尋ねた。

「うむ。お前の武具についても勿論頼んである。おい、そんなに急がなくてもいいぞ。足元が暗いからもっと注意して歩け。……あいつも漸く到着したかどうかという時刻だろうし、時間はまだまだあるんだから……」
「へへ。急いでるつもりはなかったんですがね。どうにも気が急いて」
「緊張しているのか?」
「緊張? 冗談じゃありません。ちょっと興奮しちまっただけですよ」
「……まぁいい。北のタバコ畑で落ち合う手はずになっているから……おい、きちんと足元を照らせ」

 二人の後方五〇m程の位置をついていくトリスの耳にはその会話は届かない。



・・・・・・・・・



 ギャブレットで待機していた俺たちの下へトリスの従士が報告にやってきた。
 報告によるとコーヴ士爵と従士は連れ立って北の方へ歩いて行き、それをトリスが追ったと言う。

「ってことは、宿には男爵一人か?」

 ロリックが少し驚いたように言う。
 戦術的には頭が一人になっているのはチャンスだ。
 反抗の意思を明確に示したわけではないから衝突すると決まってはいないので戦術的も糞もないが。

 なお、部隊編成パーティーゼーションにはヘンリエッタのあたりでミヅチとカームが急接近している。
 何かあったのなら命令を送ってくるはずだし何もないならカームと合流なんかせずに素直に戻ってこなきゃおかしい。

「それはそうとして、何でミヅチとカームは――」

 一緒にいるんだ?
 そう言おうとした時。

「閣下。皆さんもこちらへ」

 カームの従士の一人が店に入ってくるなり跪いて言った。

「奥様がお呼びです」

 呼んでる?

 従士は続けて「お二人は少し前に宿の中に入られました」と伝えてきた。
 士爵と従士が出て行ったとしても宿には男爵が残っているはずだ。

「どうしたんだ?」

 そう聞いても従士もとにかく呼んで来いとしか言われなかったらしい。

「トリスが尾行しているみたいだし、行った方が良さそうね」
「ここの勘定は精算しておくから皆はさっさと行った方がいいだろう」

 ジンジャーとゼノムがそう言ったのでお言葉に甘えてぞろぞろとヘンリエッタへと向かった。



・・・・・・・・・



「か、閣下! 申し訳ございません! 息子が、エストンが、申し訳ございません!」

 ヘンリエッタに着くと、俺達はすぐにコーヴ男爵親子が宿泊する部屋に通された。
 部屋に入った俺を見るなり男爵は跪いて涙を流しながら謝るばかりでまともに話も出来ない有様だった。

 それでも訊き出したところではコーヴ士爵とフォロンゾという従士が共謀して男爵に麻痺薬を飲ませ、男爵の行動力を奪ったらしい。
 コーヴ士爵は俺の裁きが気に食わず、貴族から平民となることについてどうしても受け入れ難かったようだ。
 何もせずに明後日の裁きの日を迎えてしまえば予定通り裁かれて平民になってしまう。
 そこで一発逆転のシナリオを立てた。

 しかし、男爵は穴だらけのシナリオはともかくとして、ドラゴンスレイヤーである俺に立ち向かう無意味を説いた。
 父親に諌められてもコーヴ士爵は意見を曲げなかったばかりか、飲み物に麻痺薬を混ぜて邪魔な父親を無力化した。

 ミヅチはヘンリエッタに忍び込んで部屋を確認した当初、男爵は既に寝たものと思って、士爵とフォロンゾが居る部屋の天井裏に潜んで注意深く会話を拾っていた。
 そのうちに父親である男爵に一服盛った事を聞いた。
 暫くして士爵とフォロンゾが宿を出たので念の為にトリスを尾行させ、カームを呼び込むと男爵に剣を突きつけさせながら解麻痺リムーブ・パラライジズの魔術を使って男爵を解放したそうだ。

 俺たちを呼び寄せるのに部隊編成パーティーゼーションの命令を使わなかったのは、命令回数を節約する為だろう。
 一度部隊編成パーティーゼーションを解除しない限りは命令回数は限られている。
 命令の残り回数は碌に残っていない筈だ。
 ラルファやベル、バストラルと離れている以上、解除してしまったら彼らの動向は掴めないからな。

 しかし、領主に対する暗殺、反逆を企てても従士が素直に従うとはな……。
 普段、従士長としてゾンディールの従士たちを纏め上げているコーヴ士爵はそれなりの求心力も確立していたようだ。

 それはともかくとして、コーヴ士爵は明日の朝、日課のランニング中か、出仕する途上の俺を狙うつもりらしいと言う事は解った。
 確かに狙うにはそのタイミング以外ありえないだろう。

 っつーか、本気で反逆する気なのか……。

 せいぜいが他の領主たちに頭を下げるかプレッシャーでもかけて、俺の裁きを無くすかもう少し軽い処分にして貰おうと揃って陳情に来るくらいじゃないかと思っていた。

 舐められてるなぁ、俺。

 うーん、本格的に戦闘行為なんかしちゃったら、相手が生き残ったって(そうなるように手加減するのは容易い)処分せざるを得ないぞ?

「コーヴ男爵。そなた、私の裁きに不服があるか?」

 反対したくらいだから無いんだろうが……。

「め、滅相もございません! 寛大なご処置に感謝するばかりでございます!」

 コーヴ男爵は床に平伏している。

「ゾンディールの従士家の数は二一だったか……」
「は、はい! そうです」

 貴族のおっさんが呟くような独り言にも反応しているのは何だか気の毒になる。

「私は私に刃を向けて来る者に対して慈悲の心は持たぬ」

 男爵はがっくりと項垂れたが、瞳を涙に濡らしながらも大きく頷いた。

「こうなった以上、二一家のうち幾つかは諦めろ。それと、そなたの息子もな」

 男爵の涙腺が決壊した。
 まぁ、お前の息子を殺すと宣言したようなものだしな。

「閣下。この期に至っても寛大なご処置、誠にありがとうございます。このコーヴ、ご恩は一生忘れません」

 男爵は決然とした表情をして一言づつ、はっきりと言った。

「沙汰は明後日に改めて申し渡す。……行くぞ」



・・・・・・・・・



「トリスは止まってるな……」

 ついさっきからトリスは動きを止めたようだ。

「……これより反逆者、エストン・コーヴを討伐する。ミヅチ、騎士団に向かってバリュートとクローとマリーを引っ張ってこい。馬車が二台空いている筈だからそれでいい。ああ、奴らの装備なんかいらん」

 ミヅチは一つ頷くと走り去った。

「それとお前、行政府の場所は解るな? すぐに行って俺の奴隷頭を連れて来い。正門の前に居る獅人族ライオスだ。行けば分かるだろう」

 従士もすぐに走り去る。

「ちっ、ムカつくな……」

 トリスが尾行しているであろうコーヴ士爵のいる北の方角を見て一人毒づく。

 領地に赴任して最初に振るう剣がこれか。
 どうにも腹が立つ。

 今回の件は俺が原因でもなければ俺に問題があった訳でもない、多分。
 これも一つの試練だと謙虚に受け止めるべきなのは充分に理解している。

 だが、自分の手で配下の命を絶つという非常に後ろ向きな事態になってしまった。
 こんなのが面白いわけがあるか。
余裕があれば月曜日も更新できると思います。
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