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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第五十話 前夜

7449年4月18日

 べグリッツの表通りにある品のない酒場の一角に、すっぽりと全身を包む長めのローブを被ったミヅチが現れたのは二二時を少し過ぎた頃だ。
 裁きが終わったのが二〇時過ぎ。その後一度宿に帰ったゼノム達が行政府に戻ったのが二一時前のことである。
 ミヅチはドレスを着ていたがそのまま騎乗する訳には行かないので、行政府で乗馬用の服に着替えてから帰るから時間的にはあまりおかしくはない。

 簡単なミーティングだけでアルとミヅチはズールーを伴って怪しまれないようにゆっくりとコートジル城に戻ることになっていた。
 しかし、彼らの後を付けて来る者はおらず、アルの命によってミヅチは一足先にゼノム達と合流し、先方の動きに対応する事になったのである。

 部隊編成パーティーゼーションによってゼノムとロリック、カームらが固まっているのを確認したミヅチはまず人数の多い方と合流すべくこの店に来たのだ。

「随分早かったですね……」

 いつの間にかテーブルの脇に立っていたミヅチに少し驚いた顔をしてロリックが言う。
 ミヅチが近づいていた事は部隊編成パーティーゼーションで理解していたものの、店に入ったと思って部隊編成パーティーゼーションから意識を逸らした僅かな隙。
 誰にも気付かれずここまで接近されていた事に、いつもながら驚きを隠せないまま彼女の為に椅子を引いてやるロリックであった。

「ありがと。今はトリスとビンスさんが?」

 ロリックの隣に腰を降ろしながらミヅチが問うのは勿論、対象の監視に出向いている者の名である。

「ああ。ヘンリエッタって宿は二街区(ブロック)先なんだろ? 表をトリス、裏をビンスが見てる筈だ。それぞれ連絡役に二人ずつ付けてる」

 ミヅチの質問に答えながらゼノムはミヅチの方へ手を伸ばした。

「すまんが酒を抜いてくれ」
「あ、私もお願いします」
「悪いけど私もいいかな?」

 ゼノムの頼みを聞いてロリックとカームも解毒リムーブポイズンの魔法を掛けてくれるように頼んできた。
 トリスとビンスもこの魔法を使うことは可能だが、MPの回復時間を考慮して彼らは自分自身にしか使っていない。
 その為、まず酒の抜けた彼らが見張りに行っているのだろう。

「従士達は?」

 この場には彼ら元殺戮者(スローターズ)しかおらず、彼らの護衛を兼ねてべグリッツまで同行してきている筈の従士の姿は一人も見えなかった。

「残りの従士達はジンジャーが全員纏めて土地勘のある奴に周辺を案内して貰ってる」

 元殺戮者(スローターズ)の領主たちはミヅチの部隊編成パーティーゼーションによる恩恵があるため、最悪の場合でもべグリッツについて多少なりとも知識を持つミヅチが指示を出すことは可能であるので、適切な判断であると言えるだろう。



・・・・・・・・・



「確かだな?」

 ゼノムは従士の一人に確認した。

「はい、確かです、お屋形様。あいつはフォロンゾって奴で、ゾンディールの従士の一人に間違いありません」

 ゼノムが見張りに立っている時、ヘンリエッタから一人の男が出て来た。
 そして、周りを気にするようにランタンのシャッターを絞ると、こそこそと裏道に入って行ったのである。

「よし、お前は後を付けてどこに行くのか確かめろ。バレないように明かりは使わないで赤外線視力インフラビジョンだけにしとけよ」
「分かりました。お屋形様」

 ゼノムに命じられた小人族ハーフリングの従士は、さっと靴を脱ぐ。
 彼の裸足になった足の裏にはハーフリングの特徴である短くて濃い毛がびっしりと生えている。
 音もなくその場を離れていくその様子は、端から見るとフォロンゾよりも更にこそこそとしているように見えた。

「お前は表にいるロリックにこの事を伝えてすぐに戻れ。ロリックには一人を報告に行かせるように言うんだ」
「分かりました。お屋形様」

 ゼノムに命じられたもう一人の従士は尾行用にと貸し与えられていたゴムサンダルのベルトをしっかりと締め直すと伝令のためにその場から立ち去って行く。

「さて……アルの予想通り動いたか。あんな歩き方をする奴は何か良からぬことを考えているもんだ……」

 フォロンゾが宿を出て行って数分後。
 ゼノムは自慢の顎髭をさすりながら誰に言うともなしに独り言を呟いていた。

「お屋形様、ファルエルガーズ様にお伝えいたしました」

 伝令に出した従士が戻ってきた。

「ご苦労。……ん? あれは……?」

 監視していた宿の裏口に再び灯りが出てきたようだ。
 同時に何やら物音もする。

「お、お屋形様。あれは馬の用意をしているようですね……」
「ちっ、馬か……。まずいな。おい、この事を……待て。馬じゃないな……馬車か?」

 物陰で身を縮めながら監視する二人には馬の気配と馬車を用意し始めたらしい物音が聞こえた。

「どうしますか?」
「今のうちに行け。急いでミヅ、奥様にこの事をお伝えするんだ」
「はっ」

 従士が物音を立てないように走り去ってしばらくすると、宿の裏口から二頭立ての馬車が引き出され、馬も用意された。馬車にはランタンとしてはかなりの明るさを誇るブルズアイランタンが二つも装備されている。
 どうやら夜道を走ってどこかに向かうらしい。

「それでは若、朝までには必ず全員連れてきます。お屋敷の馬車を使ってもいいんですよね?」
「うむ。頼んだぞ」

 御者台には一人の男が座り、馬車の傍らに立つ男と二言三言、言葉を交わすと御者は馬に鞭を振るって馬車を発進させた。

 ゼノムが今あの馬車を止めるべきかどうか迷っている間に馬車は発進してしまった。
 ゼノムの迷いはまだ決定的な何かを言った訳でも、アルに対して敵対的な何かをした訳でもないためである。

――笑え。警戒せよ。

 ゼノムの頭にミヅチの命令が届いた。
 何らかの動きがあったことをアルに伝えるためであろう。



・・・・・・・・・



――笑え。警戒せよ。

 ズールーと一緒にコートジル城に着いたと思ったら部隊編成パーティーゼーションを使用しっ放しのミヅチから命令が届いた。
 この命令を受け取れるようにミヅチの部隊に所属している者は俺、トリス、ベル、ゼノム、ラルファ、グィネ、ロリック、ビンス、カーム、バストラルの一〇人だ。

 丁度良い事にラルファは今迷宮の中なので命令は届かない。
 彼女たち第二陣を迎えに行っているベルに対しては最初の命令である「笑え」の暗号により彼女に関係の無い内容だということは理解してくれるだろう。
 グィネやバストラルも同様に何かあったとは思うだろうがあまり気に病むことなく無視してくれる筈だ。

「ズールー、鎧を着けろ。何か動きがあったらしい」

 すぐにズールーに命じると馬の手綱は迎えに出た奴隷たちに任せ、俺も着替えに走った。
 俺の声が聞こえたのか、ベンとエリーもすぐに兵舎に引っ込んだようだ。

 上着を脱いで帯を解くとそのまま放り出す。
 ブラウスも脱いで、その場に落とす。
 どうせすぐに奴隷が片付けて洗濯をしてくれる。
 背中からベッドに倒れ込むと同時にかぼちゃパンツも脱いでタイツから両足を引っこ抜く。

 ハンガーに掛けてある鎧下を被るように着ると、二人の奴隷が部屋の外から声を掛けてきた。
 鎧への着替えを手伝おうという事らしい。

「俺の着替えはいい。それよりミヅチの鎧を馬に積んでおけ」

 二〇分後、兜を小脇に抱えたままこ汚いローブで全身を隠した俺が表に出ると、俺の軍馬には膨らんだサドルバッグが装着されていた。
 だが、ズールーやベン、エリーはまだ用意が整っていないのか居なかった。

「おい、ズールーには行政府に行って警備を固めろと言っておけ。それからベンとエリーには動かずにここで待機しろと伝えろ」

 ウラヌスの手綱を握っていた奴隷ガキに命じると愛馬の背に飛び乗った。

 コートジル城からウラヌスを全速力で飛ばして数分後。
 べグリッツに入り、ウラヌスの速度を落としてミヅチの居るところを目指す。

 本当はまず騎士団を目指したいところだが、相手の動きの内容がよく解らないので取り敢えずミヅチと合流し、情報を整理すべきだろう。



・・・・・・・・・



「意外と早かったな? もう少し手間取ると思っていたぞ」

 ヘンリエッタに戻ってきたフォロンゾに声を掛けて労をねぎらうコーヴ士爵。

「いえ、あそこの主人、まだ起きてたんで……。これです」

 薬屋の主人を叩き起こすことなく入手出来た麻痺薬を差し出すフォロンゾ。

「それと、これをどうぞ」

 すぐに薬缶も差し出した。
 中には熱湯が入っている。

「ん、用意がいいな。さすがはフォロンゾだ」
「ありがとうごぜぇます。麻痺薬は数滴でオークを麻痺させるらしいですから、あまり沢山は……」
「ああ、解ってる……こんなもんか」

 薬缶の蓋を取ると、その中にコーヴ士爵は僅かに麻痺薬を垂らして元通り蓋をした。

「それと、これ。解麻痺の薬です。これを飲んでから一時間は麻痺薬を飲んでも大丈夫だそうですから……」
「うん」

 解麻痺薬を受け取るとコーヴ士爵は一息に飲み干し、懐を探ると金朱を取り出してフォロンゾに握らせた。

「とっておけ」
「え? こ、これ、金朱……あ、ありがとうごぜぇます!」
「良い。それよりこれからすぐに騎士団に向かえ。ドジュールの息子が騎士だから、まずは正式に面会するんだ。あとは……解るな?」
「ええ。分かりました。えっと、ゼロスとマゾルオン、エクラースやザノッティなんかのとこの奴も居るはずですからね」
「そうだ。明日の朝にはゾンディールから援軍も到着する。合流したらすぐに行動だから、しっかりと武装も整えさせておけ。あの伯爵、毎朝九時頃にならないと行政府に来ないらしいからな」
「城を出たところを狙うんですね」
「そうだ。頼んだぞ」
「ええ、行ってきます」

 言うだけ言うと、もう頭を下げるフォロンゾを見やることなくコーヴ士爵は父とともに泊まっている自分の部屋に向かった。
 雑談をしながらお茶を入れ、父の行動を縛る腹積もりである。

 頭を上げたフォロンゾは早速宿を出た。
 今度は堂々と表から、ランタンの明かりを絞ることもせずに騎士団を目指す。



・・・・・・・・・



 ギャブレットという品のない安酒場に居たのはミヅチ、トリス、カーム、ビンスに加え、彼らの従士が二人だけだった。
 ゼノムとロリックはヘンリエッタという宿を見張っており、ジンジャーは残りの従士の中でべグリッツに詳しい者に先導させてそこらをうろついているとの事だ。

「ほう。騎士団にな。そいつは一人で行って一人で帰って来たんだな?」

 彼らと合流して暫くした後、ヘンリエッタの表口を見張らせていたロリックの従士が報告にやってきた。
 ウラヌスはミヅチの鎧を下ろした後でトリスが従士の一人に命じて彼らが泊まっている宿に預けに行って貰っている。

「はい。中に居た時間は一五分もなかったかと……」

 そうか。騎士団の騎士の一人はコーヴ男爵の従士の子供だった筈だ。騎士だけでなく、従士にも何人かそういう奴らは居たと思う。

「アル、それって……」
「ああ。解ってる。だが、今のところ証拠はない。まぁ、今から行って締めあげてもいいが……」

 ミヅチが心配しているのは反乱だろう。
 コーヴ男爵か士爵、又はその両方が麻痺薬を購入したという調べは付いている。
 当然ながら誰かを無力化する為に購入したのは明白だろうが、同時に解麻痺薬も入手しているらしいので無力化した相手を殺すつもりはないのだろう。
 また、ミヅチたちが言うように男爵と士爵の間で意見の相違でもあって、当面の間どちらかが邪魔になったのかも知れない。

「まずはミヅチ。鎧を持ってきたからトイレにでも行って着替えて来いよ」
「ん。わかった」

 鎧の詰まった袋を持ってミヅチがトイレに消えると、カームが俺を見た。

「で、どうするの? 今ならあの宿には男爵と士爵、それから従士が一人居るだけの筈よ? 踏み込むなら今が一番やりやすいと思うけど……どうせあいつらが何か企んでると思ってるんでしょ? なら……」

 おいおい。

「乱暴だな、カームは。あの二人が何を企んでいるかはまだ殆どわからない。少なくともこちらに対して明確に反抗の意思を見せるまでは何もすべきじゃないと思う」

 ビンスが豆茶を啜りながら窘めた。

「ん~。確かにそうだけど、私は北に向かったという馬車が気になりますね……こんな夜中にたった一人でゾンディールに向かうというのも……どうなんでしょうね」

 エルフにしては線の太い顎に手をやりながらトリスが疑問を呈する。

「それよそれ。さっきも言ったけど、それって援軍を呼びに行ったんじゃないの?」

 カームが言うが、実は俺もそうなんだろうなぁ、とは思っている。
 尤も、本気でそう思っている訳ではなく、最悪のシナリオを想定する癖が付いているからそう考えるようにしているだけだ。
 それはともかくカームの質問に答えておこう。

「まず、普通に考えるとだな。コーヴ男爵家は准男爵に降格、士爵家の方は潰された。彼らが面白く思っていないのは確かだろうが、俺は妥当な罰だと思っている。これについてはどうだ?」
「軽いと思いますよ。むしろそれで済んで彼らは跪いて感謝すべきですね」

 俺はカームに尋ねたつもりだったが答えたのはビンスだ。
 カームはビンスの言葉に頷いただけだ。
 俺としても彼らが面白かろうが面白くなかろうが、これで我慢してくれるのであればそれ以上何もする気はなかった。

「うん。だけどあの親子、最初は青くなってびびってたくせに、だんだん赤くなって来てな」
「そうね。明らかに裁きの内容に対して腹を立ててたように見えたわね」

 その時の事を思い出したような顔でカームが言う。

「まぁ、そうだろうな。そうじゃなきゃ俺もわざわざ見張れなんて言わないし、お前らだって怪しく思ったから、解散した後に戻って来たんだろ?」
「……あの目つきはなぁ。息子の方は度々アルさんを睨んでいたし……」

 トリスは腕を組みながら相槌を打った。

「目つきと顔色だけで判断するのもどうかとは思うが、まだここに来て一ヶ月も経っていないし、念には念を入れて対応したいと思っていただけだ。皆もそう思ったんだろ?」

 その時、ジンジャーが戻ってきた。

「行政府の周囲、あの宿の周囲、コードジル城へ行く道、だいたい頭に入れた。うちのお屋形様に命じられたから急いで見回ったけど、何か起きたの?」

 自分の疑問を後回しにして、まずゼノムに言われた事をしたか。
 俺の人選は正しかったな。

「これから起きるのさ。今晩は酒は諦めてくれ」

 肩を竦めならビンスが返事をした。
 同時に椅子ごと体をずらしてジンジャーの為に場所を空けている。

 ミヅチも着替えが終わったようだ。
 相変わらずローブのフードを目深に降ろしているので俺と同様、ぱっと見ただけでは伯爵夫人には見えないが。



・・・・・・・・・



 騎士団から戻ったフォロンゾが自室で待機しているところにコーヴ士爵が入ってきた。

「ふふ。親父はもう何も出来ん。首尾は上々だ」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべてコーヴ士爵は言った。

「それは良うございました」

 椅子から立ち上がったフォロンゾが応える。

「お前の方はどうだ? 騎士団からは何人くらいが……」
「それなんですが、カムリには伝えました。ですが……あいつ、意味のないことはやめろとか言って、参陣を断りやがって。すっかりあの伯爵にビビっちまっているようで、情けない限りです」
「何だと?」
「仕方ないので口止めだけして他の奴を呼ぼうとしたんですが……」
「ま、まさか?」
「いえ、口止めだけは何とか応じてくれましたが、他の奴を呼ぶことすら嫌がりましたんで、そのまま帰ってきました」
「ふん、カムリか。奴も正騎士であれば事が済んだら士爵に任じても良いと思っておったのだが、折角のチャンスを棒に振るとは馬鹿な奴だ。……まぁ、お前の言う通りそんな情けない奴なら貴族になど出来ぬわ。明日の朝にはゾンディールから何十人も援軍が来るしな」
「伯爵夫婦と戦闘奴隷が一人でしょう? いくらドラゴンスレイヤーと言ったって、ゾンディールの者達皆でかかりゃあ」
「ああ、苦もなく押し潰せるだろう。褒美は期待して良いぞ」
「ええ、騎士団から参陣する者が減れば……」
「その通りだ。俺がリーグル伯爵となった暁には、数年以内にあの伯爵が連れてきた貴族家も廃してやる。お前はどの村が欲しい?」

 フォロンゾはギラついた目で「ウィ、ウィードなんか、どうですかね?」と尋ねた。

 
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