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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第四十話 領主の日常 2

7449年4月10日

「……素晴らしい図面です。これは一体どなたが?」

 べグリッツにある工務店、アイアンボイル商会の商会長兼親方である山人族ドワーフのバックス・アイアンボイルが目を丸くしながら言った。

「私よ」

 俺の隣でミヅチが言う。
 ミヅチはこの一週間ほどは夜更かしをしてまで一生懸命に図面を引いていた。

 勿論、俺もミヅチも建築については素人だが、地震の多い日本でもないし、柱も太く、壁の厚みもそこらの家屋や行政府の建物と比較しても充分に厚く取っているので重量に負けて崩れるようなことはないだろうと思っている。平屋だし。

 当然、図面に指定されているのは各部屋の間取りや収納スペースなどの位置、各部屋の内寸、部屋と部屋の間を仕切る壁の厚み、柱の太さ程度のもので、日本の工務店が見たら腹を抱えて悶絶するほど笑うであろうことは疑いの余地はないだろう。

 しかし、俺は昔、ゴムの作業小屋を一から建てるのを見ているばかりか実際に関わっている。
 当時の、今ミヅチが見せた図面よりも余程いい加減なものでも感心され、それを元に立派に建築が出来た事も知っているので問題はないと判断していた。
 また、ミヅチは「あの工務店、大工は五人も居るらしいし、奴隷も一〇人いるらしいから半年もあれば作れると思うよ」と言っている。

 俺も記憶を元に二人で人月計算をしたところ、ざっくりと九〇人月と出た。一五人の作業員が居れば建築期間は半年くらいと考えて妥当だろう。勿論、かなり多目に見ている。
 確かバークッドの実家の厩舎の増築とゴムの作業小屋の建設には一月も掛かっていない。

 現代の日本の家屋のように地面を掘り返し、基礎工事を行い、詳細な図面と寸分たがわない程丁寧に作られている訳でもないし、極論を言えば地面の上に穴を開けた適当な石を置いて、そこに柱を差し込んで壁を張り、屋根を乗せただけだからね。
 でも、普通はそれでも充分だ。
 あの作業小屋や厩舎は十年以上経った今もしっかりと使えているし。

「奥様が!? それはそれは……少しご質問をしても?」
「どうぞ」

 アイアンボイルは水回りの辺りがよく理解できなかったようで熱心に聞いている。
 ミヅチも熱心に答えているが、その辺り、八割、いや、九割は俺が設計したんだけどな。
 結婚一周年を迎え、新居の間取りについて業者と嬉しそうに相談する嫁を見るというのも乙なものだ。
 豆茶が美味い。

「ああ、言うのを忘れていた。費用は無理に値引きを考えなくて良い」

 俺がそう言ったのを聞いて、アイアンボイルの顔に喜色が浮かぶ。
 ま、普通の農村の家屋(例えばバークッドの従士の家族が住むような、部屋数五~六くらいの平屋)が数百万から一〇〇〇万くらいだから、三〇〇〇~四〇〇〇万も見ておけばいいだろ。
 部屋数にして二〇くらいだし。

 金額の見積もりや工期についての報告は二・三日で出るそうだ。



・・・・・・・・・



7449年4月11日

「……なるほどね。わかった」

 クローとマリーに騎士団の帳簿を見せながら話をした。
 帳簿自体は年の初めに騎士団のオーナーである領主(今後は俺のことだ)からその年の経営予算が支給され、それを使って給料や必要な物を購入した経歴が記入されている、謂わば、子供がつける小遣い帳のようなものだ。

 当然、俺や転生者にとっては充分な内容ではない。
 何月何日に騎士団の建物が手狭になったので、幾らの費用を掛けて増築した。残金は幾らと書いてあってもそんな情報で資産管理なんかまともにやるのは難しい。
 小遣い帳には簿記で言う収益と費用しか書かないからだ。
 計算しないと純利益は出てこないので損益計算書にはなっていない。

 例えば、先の例に出した増築費用にしても騎士団の設備としての購入なので減価償却が発生するはずだ。
 普通に使っていたら二〇年程度は問題なく使えるし、場合によってはもっと保つこともあるだろう。
 俺たち転生者の常識では耐用年数までは資産として計上する。毎年その価値は減るけど。
 この時点で簿記で言う資産と負債、それに資本が登場してくるので貸借対照表バランスシートが書ける。
 俺も理解がし易い。

 尤も、支出ばかりで収入が無い、又は期初の最初だけしかないなら小遣い帳方式でも遡って全部見直せば、まぁ判らんでもない。いちいち計算しなくちゃならないから面倒臭いことこの上ないけど。

 だが、領主である俺がなぜそんな面倒な思いをしなければならない?
 騎士団の運営は領地の経営においてかなり重要だ。
 その重要な騎士団の経営状態の内容について俺が理解し、納得しない限りは大きな決裁なんか出来ないし、また、するつもりもない。

 俺の思うように、俺に面倒を掛けることがないように周囲が心を砕き、努力すべきだろう。
 複式簿記の考え方についてはできるだけ早く領内に浸透させるべきだ。
 数多ある商会からきちんと税金を取り立てるのに便利だし、領主が交代した折でもあるから、あまり大きな商会が出来る前の今こそがそのチャンスであるとも言える。

 それに、初歩的でも数学を解する者の数は増えた方がいい。
 何しろ今のところ領内には二号の商会は三つしかないのだ。
 細かく仕分けさせてきっちりと搾り取らねばなるまい。

 そのやり方が解らないのであれば解る奴、つまりクローとマリーに指導させればいい。

 それはそうとして、今までのリーグル伯爵騎士団であれば小遣い帳でも良いと言えば言えないこともない。

 しかし、今後は違う。

 俺の騎士団も自領が攻められた時は勿論、他領が攻められた時にも持ち回りで戦争には参加する。
 すぐにはないだろうが、恐らく二年から四年くらいのタームで参戦の機会はあるだろう。

 そして、俺が指揮を執れば必ず、執らないにしてもミヅチを始めとする転生者が居れば非常に大きな確率でそれなりの収入が発生する事になるはずだ。
 勿論、獲得した捕虜の身代金や奴隷として販売した売却益である。
 併せて身代金を獲得するまでの捕虜の食費などの生活費や戦死者遺族への一時金などの支払いも必要になるだろう。

 つまり、本当の意味で経理で言う貸方と借方が発生し、売上高だの販管費だの何だのかんだのが出てくるのだ。
 そうなると小遣い帳での管理なんかしていられないだろう。
 身代金も捕虜全員の分が一括で支払われるとは限らないし、奴隷として売却するにしても、そのタイミングにはズレが発生するだろうから小遣い帳へ記載する勘定項目の時期もズレ、伴って備考などに記載しなければいけない項目も増える。比例して見辛くなっていく。

 今までのリーグル伯爵騎士団は戦場に出ても碌な働きをして来なかったらしいので、捕虜による収入なんかは参戦してもゼロなんて珍しくなかった。
 尤も、これは彼らの責任ではなく、防衛なり侵攻なりの司令官を担っている第一騎士団の誰かの采配の結果なので仕方のない事ではある。

 しっかりと捕虜が得られるのであれば、騎士団単体で利益を生むことすらも夢ではなくなるかも知れない。
 ……傭兵団みたいだな。もしも可能ならそれもありっちゃありだろう。スッゲー先の話だろうけど。

「要するに、俺が見た時に手間を掛けることなく解りやすい資産管理をして欲しいってことだ」

 戦争で手柄を上げ、相対的な被害も少ないのであればあるほど参戦のタームも短くなることが予想される。
 その度にいちいち小遣い帳をひっくり返してられないってこと。

 きっちりとしたデータがあれば経営状態の把握や分析も楽に出来るし、何よりも俺の死後に受け継ぐ奴もそれだけ楽が出来る。

「いいよ。大体の事はウェブドス騎士団の時にやったし、要は騎士団について『財務諸表』を作ればいいんだろ?」

 小遣い帳から顔を上げないままクローが言った。

「ま、私も手伝うから大丈夫でしょ。これでも『簿記二級』持ってるから」

 マリーもそう言って笑ってくれた。
 しかし、『二級』ね。日商か全経か全商かで微妙に違う気もするが、そこはどうでもいいや。

「どうせ俺は『三級』だよ」

 クローが拗ねて言うが、俺は少し驚いた。
 こいつ、高校一年で死んだとか言ってなかったけか?
 俺、日商簿記三級取った時はいい大人だった。自衛隊辞めて数年後かな?……通信教育だけどさ。

「んあ? ああ、事故に合う直前に『日商三級』には受かってた。俺の『高校』、『商業高校』だったし。一緒に受けた奴の半分以上合格してたと思うけど……。流石に細かいとこまでは覚えてないけど、基本的なことは大丈夫だから問題ないと思うよ」

 へぇ、商業高校だったのか。
 納得した。

「そうか。じゃあ頼むわ。最初はバランスシートとピーエルだけでいいから、なるべく早く頼む。俺の方はミヅチと一緒に行政府の『財務諸表』作んなきゃいけないからさ」

 安全保障費用が税収の三割と決まっているからにはしっかりと支払うつもりだ。
 その根拠となる書類に抜かりがあってはいけないだろう。
 小遣い帳だと俺のグリード商会の収入や騎士団の捕虜収入も行政府の税収と一緒くたにされかねないし、一銭も間違わずに申告してやるさ。

「ピーエル? ピーエル……なんだっけ?」

 クローの返事を聞いてずっこけた。

「『損益計算書』よ」

 マリーがフォローしてくれた。



・・・・・・・・・



7449年4月12日

「四二〇〇万Zになります」

 恐る恐る、といった表情でアイアンボイルが言う。

「あの……ご指定の建材であるキュグレスですと、どうしても……それに、柱もかなり太いですし、壁の中にも柱がある設計になっておりましたもので……」

 アイアンボイルは少し怯えているようだ。
 僅かに汗を掻き、心なしか少し早口になって見積金額の根拠を述べている。

「だめ?」

 ミヅチも心配そうな表情で俺を見た。
 ダメなわけ無いさ。

「ん、わかった。四二〇〇万だな。おい」

 後ろに控えていたズールーに声を掛けるとズールーは手に持っていた袋を俺に差し出した。
 念のためと思って五〇〇〇万持ってきておいてよかったぜ。

 金貨を四二枚、アイアンボイルの前に積み上げてやり、全部ステータスを検めさせた。
 勿論、販売証明はしっかりと受け取る。

 生活するのに絶対に必要な住居だが、現在のリーグル伯爵領(まだ法改正を行っていないし、今後もこれについて行う予定もない)では一二〇〇万Zを超える“住居”は贅沢税の対象となる。
 これがあれば四二〇〇万のうち、一割の四二〇万Zについては後々アイアンボイル商会から回収できるのだから……まぁ、そのうち三割に当たる一二〇万ちょっとは国王に取られるとも言うんだが。

 俺がちょっと豪邸を建てるだけで、何もしない国王の懐には一二〇万以上が転がり込む。
 専制君主とはなんと儲かる仕組みなのだろうか。
 全く素晴らしいよね。

「ところで、工期はどのくらい見ておけば良いか?」

 これは確認しておかねばなるまい。

「これだけの図面があれば、そうお時間は掛かりません……八ヶ月ほど見て戴ければ充分かと」

 黄金色の現金を手にしたアイアンボイルは揉み手をせんばかりの笑みを浮かべて言う。

「八ヶ月!? 年越えちゃうじゃない! もう少し早く出来ないの?」

 ミヅチが憤慨するように言っている。
 俺も彼女と全く同じ気持である。
 工期が多少延びてしまうのは仕方がないが、せめて年内には新居に引っ越しを済ませ、新年は新しい家で迎えたいものだ。

 ミヅチが大きな声を出したためにアイアンボイルは少し萎縮気味だ。
 俺はそんな彼を安心させるため、大まかな工事日程を聞くことにした。
 どこの部分に時間が取られるのかが判れば何か手助けできる可能性もあると思ったからだ。
 それにあんまり急かした結果、どこかの工程に手抜きでもあったら嫌だしね。

「落ち着け、ミヅチ。……アイアンボイルよ。なぜ八ヶ月も掛かる? 俺たちは建築については素人だが、甘く見るなよ? ……いや、まぁいい。訳を説明しろ」

 建築に関して俺たちは大した知識など持っていない素人なんだし、納得出来る理由であれば仕方がない。

「そ、その、この図面ですと地面のあちこちをかなり掘り下げないといけません。これはいいとしても、柱の基部に大きな石を埋めねばなりませんし、その石に柱が入る穴も開けなければなりません。これに三ヶ月を見込んでいます。なにしろ、そういった作業について手前共は慣れておりませんし……」

 アイアンボイルは真っ青になりながらも説明を始めた。
 彼の説明によるとまず第一に地面を掘り返し、柱を深く打ち込み、幾層にも砂利や土で埋める基礎工事について経験がない。当然基礎部分の石材加工も外注になるし、その後の微調整も必要になるのでかなり余裕を見た日程になっているのが判った。

「人手が足りないのであれば俺の奴隷を貸してやってもいい。穴を掘るくらいなら誰にだって出来るだろうからな」

 勿論貸し出す奴隷はその分の人件費は頂くつもりだ。
 と、言っても、相場だと一人一日あたり一〇〇〇Zくらいで、俺の奴隷はガキが多いからせいぜい数百Zだ。そんくらい奢ってやってもいいか。

「それと、土は掘り出した物を使えばいいが、柱の基部に埋め込む石や砂利なんかは一日あれば俺が全部用意してやる。それも石には正確に穴を開けた奴をな」

 どうせ屋根には風呂桶みたいなプールを幾つか作る。
 その為に基礎工事をしっかりと行い、太い柱を何本も埋め込むんだから。
 風呂もそうだが、水洗便所も俺が作るし、厨房にも簡易的な水道を引くのだ。
 家令やメイドなど使用人達の分もあるので結構大変だし、傍を流れるドブまで引く下水管も土魔法を使って石で作るつもりだったからさ。なぁに、ついでだ。
 因みに下水管は週に一回くらいドカンと水魔法で押し流してやればかなり長い間詰まるようなことにはならないだろうと思っている。

 そんなこんなで三ヶ月を見込まれていた基礎工事の日程は半分以下になった。
 穴を掘るのばかりは魔法じゃ効率が悪すぎるからねぇ。

 で、翌日から早速工事が始まった。
 焼け残っていた柱とか壁とか崩れかけた屋根とかは全部派手に燃やしてやっても良かったのだが、大した量でもないし、元々高級な木材を使っていたから使える分は使い回した方がいいので燃やすのも馬鹿馬鹿しい。体力の余っていそうな騎士団の下っ端を総動員して僅か一日で片付けは終わった。
 ん? トール? あいつにはもっと大切な事をやらせてるからそんな暇はない。

 で、更にその翌日から地面をほじくり返し始める基礎工事が始まったんだけど……。
 敷地の一角から妙な物が掘り返されたと連絡があったのは俺とミヅチが行政府に詰めているある日の午前中のことだった。

 
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