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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第十五話 力の差

7448年9月17日

「さて、帰るぞ。トリスもいい加減元気出せ」

 高い可能性で自分の領地が攻撃目標になるだろうと聞いて、げっそりとしたままのトリスの背を叩き、声をかけるゼノム。

「……元気なんか出る訳ないじゃないですか……」

 僅かに恨みがましい目付きでゼノムを見るトリス。

「あれだけの軍隊が出たんだから、そこまで心配しなくても大丈夫じゃないの?」

 ジンジャーもトリスを慰めようと声を掛ける。

「そうだ。デーバスが動く前に前兆を掴めているんだし、むざむざと奪われるようなことにはなるまいよ」

 ビンスもそう言ってトリスを慰める。

「あんたら……そんなんで慰めになるかよ……」

 トリスに負けず劣らず、気が気じゃないというように焦燥感を滲ませてロリックが言う。
 そう言えばロリックに任せるラッド村もトリスのガルへ村より少し北西にある程度だ。
 デーバスの作戦いかんによってはターゲットはガルへ村ではなくラッド村、ということも考えられる。
 勿論、カームに任せるベージュ村にしても同様のことが考えられる。

 カームは……?

 駄目だ。口からエクトプラズムでも出てしまったような呆けた顔をしている。

「しゃっきりしなさい! トリケルス・カロスタラン士爵! 貴方がそんなでどうするの? ベルにそんな情けない顔で報告するの? 奴隷たちはなんて言うかしらね!?」

 腰に両手を当てたミヅチがトリスの目の前に立って気合を入れなおす。
 勿論、その視線はトリスだけでなく、ロリックやカームに向けてもいる。

 うん。お前が言わなきゃ俺が似たようなことを言っていただろう。

「ゼノム。帰ったら全員をムローワに集めてくれ。少し話をするから」

 俺たちはバルドゥックへの帰途についた。



・・・・・・・・・



「……という状況になった。また、今回の件については俺達が迎撃のために動く事はないからそこは安心してくれ」

 ムローワに全員集合させて話をした。

 当然俺の叙任式に始まり、トリスたちも目出度く貴族の席に収まったことなどを話し終わった。当たり前だがここまでの間、特に質問などはない。そして今、デーバスの侵攻部隊の情報を掴んだところまで話は進んでいる。

 ジェルやミースなど、質問をしたそうな顔をしている奴らが何人もいるが、まだ話は終わっていない。この後の話を聞いてもまだ何か聞きたいのであれば後でゆっくり聞いてやるからもう少し待っててくれ。

「ヘンリー、メック。……それからビルサイン。お前らの意見が聞きたい。まず三人ともボンダイという街は知っているな?」

 彼らは三人とも元々デーバスの騎士出身なので、俺も彼らを購入した時には知る限りの地理情報を吐き出させている。しかし、彼らはズールー同様に全員デーバス王国でも地方の出身者らしく、国境近くの地理についてはよく知らないようだった。それでもある程度の教育を受けている騎士だけあって、地理情報についてはベルなど他のデーバスの出身者よりは幾分マシな知識を持っていた。

 なんとか三人の知識を繋ぎあわせてダート平原南部の大きな街や、彼らが行ったことのある村の位置などについては大体のアタリを付けている。その中にはボンダイという街もあったが、当然正確な位置も判らないし、三人の記憶でも大体この辺だろうという程度であり全く当てにならない。それぞれが示した場所はン十㎞単位で全然違っていたのだ。

 頷く三人を見つめながら、言葉を継ぐ。

「王国ではリーグル伯領が最優先目標になるだろうと言われていた。その予想についてどう思う?」

 俺がそう言うと、他の皆も興味津々という目付きで三人を見た。

「……申し訳ありません、ご主人様。ボンダイの街はダート平原の西の方だという程度しか存じません。ですが、西の方ですからその予測は正しいかと存じます」
「私もそう思います」

 ヘンリーとメックが言う。
 お前らが謝るような事じゃない。
 いや、正確に予測出来ないことについて謝ったのかな?
 どちらにせよ、責めるつもりは毛頭ない。

「私は……先日の戦の折、王国ぐ……デーバス王国軍はラコルーシの街に集合致しました。ですので、ラコルーシは先日の戦……ランセル伯領への侵攻時の拠点となっていました。ラコルーシもダート平原の南部では西の方らしいですが、ボンダイからはそれなりに離れていると聞いています。ランセル伯領はリーグル伯領より東なのですよね? ですのでラコルーシより西にあるボンダイに集結しているのであれば……その……私もリーグル伯領が目標である可能性は非常に高いと存じます」

 トリスの奴隷頭であるビルサインも苦渋の表情で言う。
 今年の頭の戦にはこいつも参加していたのだから、記憶はまだ新しい筈だ。
 そのビルサインもがリーグル伯領が目標であろうと言うのであればまず正しいと思う。

 俺も王城で見せて貰った地図を思い出す。

 その地図にはトリスのガルへ村からほぼ真南へ、三〇㎞ほど下った位置にボンダイの街が記載されていた。また、ラコルーシという街はボンダイから五〇㎞以上も東にあったと記憶している。
 あの地図がそこそこ正確なのであれば、ガルへ村かその周囲の村が目標であろうことに疑いの余地は少ない。

「そうか……」

 頭の中の地図を眺めながら呟くように返事をする。
 あとは、時期か。

「今回、デーバス王国の侵攻部隊だと思われる軍勢がボンダイの街に入ったのは、今からおおよそ一ヶ月くらい前だそうだ。攻めて来るのはいつ頃だと思う? なお、侵攻目標はガルへ村。ボンダイの街からガルへ村までの距離は最短距離で三〇㎞と考えた場合でいい。侵攻部隊の練度はお前らの知るデーバスの軍隊の標準くらいで構わない」

 この質問には三人ともほぼ同じ答えを返してきた。

 曰く「標準的な部隊であれば展開訓練に約十週間。ボンダイからガルへ村への攻撃圏内への移動は碌な道がないだろうから約三日間」との事だった。
 つまり、多少短く見積もっても大体二ヶ月程度はかかる計算だ。

「ロリック、クロー、マリー。君らはどう考える?」

 念のためロンベルト側の騎士出身者にも確認してみるが、ヘンリーたちの意見とそう変わらなかった。

 予想される結論としては、デーバス王国軍は来月の半ばくらいにはガルへ村近傍へと到着するだろうというものである。
 王城で聞いた情報については概ね正しいと言えるだろう。

「王国軍の本隊はもう出発したんだろ? 輜重部隊は別行動なら……一ヶ月あれば間に合うんじゃないか?」

 クローが言う。
 以前、グィネを連れてバークッドまで里帰りした際に作成された地図。
 そして、クローとマリーがダート平原の視察からバルドゥックまで来る間に通った道から作成した簡略地図や、到着した日程などを考える。
 特に王国軍は天領内であれば非常に行き届いて整備された街道を利用可能だし、その南のカンデイル地方からダート平原北部の主要な街に掛けても街道自体はきちんと存在している。

 冷静に勘案してもクローの意見は正しいと思われる。

 グィネ曰く、「直線距離で六〇〇㎞程度ですから、全体の道程を八〇〇㎞として考えても一月あれば……まぁ何とかなるんじゃないですか」とのことだし、まず間に合うんじゃないかね?

 そもそも第一騎士団からバルキサス卿が先発している。彼らには輜重部隊が帯同しているが、その輜重部隊も完全に馬車が採用されている専用の高機動部隊だ。しかも採用されている馬は荷馬ではなく、訓練を行い戦闘にも使役可能な軍馬だから、戦闘部隊の軍馬に問題が起きた時には馬具の交換だけで即座に替えることが可能だしね。
 バルキサス卿の方は平均時速十km、一日の移動時間合計を七時間と見積もっても二週間もあれば着いちゃうだろ。

「……なら、ガルへ村の防衛は大丈夫?」

 ベルが心配そうに言う。
 普段冷静なベルも、どうしても気になって仕方がないのだろう。

「デーバス王国軍がボンダイの街に集結を完了させ、展開訓練を開始したのが先月の半ばというのが本当なら大丈夫だと思う。防衛軍司令官となるバルキサス卿が率いたのは第一中隊の精鋭二個小隊らしいし、その中には第一王子のリチャード殿下が隊長を務める小隊も含まれていると聞いてるからな」

 それに、今はウィードの街にザーム公爵領の郷士騎士団のうち、ダート平原派遣部隊が休暇と訓練を兼ねて駐屯しているはずだ。兵力は二〇〇人程度らしいが慎重なバルキサス卿ならガルへ村へ向かう途中で彼らを指揮下に組み入れて当面の防衛兵力として活用するだろう。

「防衛本隊の第二騎士団からも通常の倍、二個大隊の戦闘部隊が派遣されている。デーバス王国軍も数が多いとは言ってもいつもの規模らしいし、その兵力は徴用された練度の低い、あまり士気の高くない徴兵が主体のはずだからまず問題なく防衛に成功するだろう」

 うん。自分で言っといて何だが、デーバスの戦力についていつもと同じという薄弱な根拠の上に成り立っている意見だ。とは言え、軍隊の戦力なんてそうそう変わるもんでもないだろうから、的外れとまでは言えないだろう。

 それに、デーバス王国の軍隊の練度や士気の低さについてはズールーやヘンリー、メック、ルビー、ジェスと言ったデーバス出身の戦闘奴隷たちや直接剣を交えたことのあるロリック、そして第一騎士団の人たちからも聞いている情報だし、まぁ信頼できる、んじゃないかな?

 相手を過小評価することは避けたいが、必要以上に恐れてもどうしようもない。その上今回の場合は俺たちが直接戦う訳じゃないから皆を安心させる方が大切だろう。

「私が言うのも何ですが、同兵力ならロンベルト王国軍の方が上です。ご主人様、ご安心下さい」

 俺の話が終わった後、ビルサインがトリスに言ってた。
 なお、ここに居るのは殺戮者スローターズが全員と、メンバーに購入され、教育も終了している戦闘奴隷だけだ。その他の一般奴隷たちにはメンバー各員が必要だと思えば話してもいいと言って締めた。



・・・・・・・・・



 その後、俺はトールを監視させていたルビーとジェスに今回の話をすべく、ズールーを伴って奴隷たちの宿であるシューニーへと赴いた。

 別にトールに隠すような話でもないのでルビーとジェスにも簡単に説明し、「今回、俺たちが直接関わる必要はないし、問題は無いだろうからいつも通りに安心しておけ」と話をする。

「トール、作業は順調か?」

 トールの固有技能である【超器用ウルトラ・デフト】については効果時間中にMPが回復するから連続使用しても問題はない。こいつも年齢平均から考えると保有している魔力量(MP)は三も多い七なのが奏功している。

 因みに、今はどの程度手先が器用なのか確かめるために色々な工具を鋳物で作るための型を作らせている。型の材料については迷宮で得たモリブデン鉱石を業者に精製させてインゴットにしたものだ。

 モリブデンで型を作らせているのは融点が高いからということと、硬いから長持ちするだろうというだけで他に理由はない。ああ、普通の鋳造のように砂で型を作らない分、型の製造には手間が掛かるがその分精密な型を作成可能だし、部品の表面も充分に滑らかなものを作ることが可能であることは重要なポイントだよね。

 作らせている型は色々だ。例えば、精密ヤスリとか、挽き肉機のパーツとか、更にはねじ切り機の本体部分の大型部品とかね。こういうのは丈夫なタングステンやモリブデンで作るより、寿命はかなり短くなるが鋳鉄で作った方が大量に生産可能な分、使用や販売のことを考えると便利なのだ。

 勿論、その型だって俺がタングステンなり、ミスリルのような魔法金属で作っちまえば早いんだけど、どうせなら俺は俺にしか出来ないものを作りたいのだ。
 型を削るためののみたがねだけ、各種サイズのものをミスリルで作り与えていただけだ。

「……出来たのは、そこに……あります」

 見てみると、微妙なものが転がっている。
 ヤスリの目自体は精密と言ってもいいが、型の彫りが深すぎる。この型を組み合わせるとヤスリの厚みは5㎜近くなってしまうだろう。もっと薄い方が使いやすくないか?

 俺がそう言ってみると「でも、鋳鉄を流し込むなら湯口にはそれなりの太さが必要ですし……」と言う。言われてみればその通りだ。

 でも、挽き肉機やねじ切り機の大きな部品なんかについてはそこそこいい感じの型が出来ている、と思う。ふむ……この表面なんかかなりつるつるになるだろう。流石に細かい曲面は難しいようだが、平面や大きな曲面なんかは俺の作る物程ではないにしろ、オースの工作精度を軽く上回っているのは確かなようだ。

 ま、当面はこういう使い方をしてみるしかないかな?
 トールは元日本人だけあって色々と細かい説明の手間が省けるのは助かるし、図面にしても簡単な構造図とパーツの図を描いてやるだけで通じるのがオースの職人よりも便利だ。

「トール、何だその表情は? 元気が無いな」

 ある訳ねぇけど。

「……そりゃそうでしょう……また奴隷に戻ってこんなところでしょうもない道具作りなんかやらされてるんだから」

 トールの返事を聞いていきり立つルビーとジェスを宥める。

「不満か?」

「不満に決まってる! じゃないですか」

 トールは口惜しそうに言う。が、先輩であるルビーやジェスの薫陶も行き届いているのか、単にバツが怖いのか、語尾は丁寧だ。

「じゃあどうするんだ? 逃げるか?」

「……逃げても、どうせ……」

 暗い表情で俯きながらボソボソと答えるトール。

「ふん。そうか。希望がないのは誰しも辛い。お前、得物はナイフとショートソードだったな……ルビー、ジェス、木剣の用意をしろ」

「何を?」

「ついて来い」

 革ブーツを履くことなく裸足のままであることを確認した。
 一時間程歩いて外輪山の外側にある殺戮者スローターズ御用達の訓練場所へトールを連れて行った。

 そこではマールとリンビーのほか、ベンとエリーが稽古をしていた。

 戦闘奴隷のガキどもは邪魔なのでもう少し隅っこで稽古をしろと命じてトールに正対した。

「拾え」

 木製のナイフとショートソードを放り投げる。
 命じられたままおずおずと拾うトール。

「トール、まだ気ままな犯罪者生活に未練があるようだから一つチャンスをやる。今から俺と模擬戦だ。お前が勝ったら無条件で解放してやる。勿論、お前の家族にも指一本触れん」

 トールの顔に喜色が浮かぶ。

「ついでに、幾つかお前に有利な条件も付けてやる。まず、お前が攻撃して来ない限り、開始から一分間は俺はここを動かない。その間は逃げても追うことはない。逃げ切れると思うなら逃げてみせろ。一時間以上逃げ切れたのなら見逃してやるから、その時は好きにしろ。それから、逃げないでも逃げ切れないでもどっちでもいいが、俺との模擬戦を選択するのであれば、今から一時間以内に俺に一撃でも与えたらお前の勝ちだ。俺はお前を直接傷つけるような攻撃魔術も使わん。また、動きを拘束するような魔術も使うことはない。当然、銃も持ってきていない」

 それを聞いた俺の戦闘奴隷たちは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに納得したような顔つきになった。
 当然のように、トールはすぐに疑り深そうに言って来た。

「それが守られるという保証がどこにある?」

 あらら、丁寧な語尾はどこに行った?
 まあいい。
 ズールーたちも落ち着けよ。

「お前はバカか? 保証なんか俺の言葉以外にある訳がないだろ? だが、伯爵が嘘を吐いたとなればみっともないどころの話じゃない。それに、ここには俺の奴隷たちも七人もいるし、今の話は皆が聞いている。これが保証にならないと考えるのであればこの話は無しだ」

 思い切り馬鹿にしたように言ってやった。

「俺が負けた場合はどうなる?」

「本当にお前はバカか? その時は罰金を払って貰い、家族の行方まで探して貰ったばかりか、伯爵直属の奴隷にして頂いたことに感謝して二度と不満気な顔をするな。お前みたいな犯罪者上がりにはこうした方が自分の立場というものが解り易かろうと温情を掛けてやってるだけだ」

 こういう奴には圧倒的な力の差を見せ付けた方が、素直に従い易いかも知れないという、気まぐれのようなものだ。
 勿論、碌にトレーニングなんかしていないトールに負ける可能性なんて微塵も無いと思っている。

「さて、解ったか?」

「ああ」

「なら、開始だ」

 俺が宣言した直後にトールはくるりと振り返って走り出した。
 方向は外輪山を駆け降りるように、バルドゥックの街から離れるようにだ。
 予想通りか……。

 さて、身体能力の高い獅人族ライオスとは言え、三ヶ月間も碌な運動もせずにいたらどの程度の速度で走り続けられるだろうか。場所は道なき森の中、山の斜面を駆け降りる形だ。

 答えは簡単。
 最初は分速二、三百mというところだ。
 そして速度はすぐに落ちる。

 一分後。

 生命感知ディテクト・ライフの感知範囲を拡大して使用。
 ……ふん、結構移動したな。

 ダッシュ開始。

 すぐに木々の隙間にチラチラとトールの背中が見えた。

 トールが振り返った。

 まだ遠くて表情までは判らない。

 念のため罠発見ファインド・トラップ縄罠及び落(ディテクト・スネア)とし穴感知(ズ・アンド・ピッツ)を使用。

 視界範囲に罠はない。
 そんなもの仕掛けていた暇はなかっただろうけど、念のため、ね。

 トールは少し加速したようだが、すぐに鈍る。

 枯れ枝や落ち葉をゴム底のブーツで乱暴に踏みしめながら最短距離を疾走する。

 またトールが振り返る。

 今度はかなり近づいているので表情も判る。
 驚いてるな。

 トールまであと二十m……十五m……。

 ほらほら、追いついちまうぞ?

 急速に近づく俺の足音を耳にしたのか、トールが振り返る。
 表情には驚愕と怖れの感情が浮かんでいた。

 あと十m。

 少し木々の隙間も開いたようだ。

 背中に風魔法。

 一気に接近!

 背中にポンとタッチしてやる。

「うわぁっ!」

 叫び声を上げて走るトール。
 ふぅん、模擬戦はしないのか?

 ダッシュして追い抜き、トールの先に回りこんだ。

『鬼ごっこは終わりだ。逃げるのは諦めろ』

「くそっ!」

 方向を変えて走り出すトール。
 諦め悪いな。

 ま、暫く付き合ってやるか。

 ……その後も二回ほど一分くらい自由に逃げさせてやり、すぐに追いついた。
 流石に遊ばれていることにトールも気付く。

「畜生!」

 木剣を構えて突進してくる。
 一合くらいは打ち合ってやろう。

 だが、休憩もせずに全速力で走り続け、体力をすり減らしたトールの打ち込みは軽い。
 簡単にいなして腹と肩にポンポンと木剣で触ってやる。

「くあああっ!」

 叫びながらも木剣とナイフを両手に、なんとか俺へ一撃入れようとするトール。
 その攻撃を躱しざま、足を掛けて転ばせる。
 そこへウォーターアローを連射。
 殺傷能力のない水の矢がトールの背中にバシャバシャと音を立てて命中する。

 地面を転がったまま振り返るトール。

 構わずにその顔面にも次々とウォーターアローをお見舞いする。

「ぐばっ、がほっ!」

 そろそろいいかな?

 木剣を喉に突き付けて「降参するか?」と聞いてやった。

「誰が!」

 気丈にも否定的な答えを返してくる。
 ふうん。
 なら。

 レベル五の水魔法を使って大量の水を出し、押し流してやった。

「ぶふぉっ、げへっ!」

 二回目。

「ぐぼっ! ごほっ!」

 転がったままむせている。
 水が気管に入ったのかな?

「降参するか?」

 左手の掌をトールに向けたまま言う。
 周囲はめちゃくちゃにぬかるんでいる。

「……」

「答えがないってことはまだか」

「解った。解りました。降参です!」

 鼻と口から水を吐き出しながらトールは濁った声で言った。

「そうか。ならば受け入れてやる。今回反抗したことについて一度だけは見逃してやる。俺は優しいからな」

「……」

「今ここで誓え。私は一生涯、貴方に従います。どんな扱いをされても奴隷の本分を弁えて反抗いたしません、とな」

「……」

「言え。今度俺に反抗的な態度を取ったらお前の目の前で親父と……」

 ここまで言わなきゃ解らんかね?

「私は一生涯、貴方に従います。どんな扱いをされても奴隷の本分を弁えて反抗いたしません」

「それでいい。だが、お前にもチャンスをやる。お前の給料だが、月に二万に決めた。また、きちんと仕事をする限り毎年の昇給も約束してやる。働きが良ければボーナスも出す。俺が唸るような出来の仕事をしたら一億でも二億でも出してやる。必死に働いて自分と親兄弟を買い戻して見せろ」



・・・・・・・・・



7448年9月20日

 朝のランニングと朝食を済ませ、着替えて王城へ出掛けようとした時のことだ。
 ミヅチが部屋に飛び込んできた。

「来客よ!」

 ボイル亭の小僧よりお前が先に来るか。

「誰だ?」

 面倒な来客に気付いたのなら断って欲しいもんだ。
 っつーか、そういう類じゃないってことか。

「早く。今、ゼノムさんが応対しているわ」

「だから誰だよ?」

「行けば判る」

 ミヅチはおかしそうに笑って言う。

 ロビーに降りると端のテーブルに山人族ドワーフが二人腰掛けて何やら話している。
 その周りを囲む何人ものドワーフたち。
 テーブルに着いている一人は当然ゼノムだ。

 そして、それを取り囲むようにしているのは……。

 煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)

 
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