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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第二百三十八話 The Un-Dead 1

7447年7月14日

 あーっ、もう、くそっ! 久々にいいとこだったのに何だよ!?
 そもそも宿泊客以外が勝手に部屋の前まで来るってどういうこった!?
 カームやキム、ロリックですらフロントで止められるんだぞ?
 宿の従業員はちゃんと働けや!

「放っとこうぜ」

 ミヅチの顎を持ち上げる。

「大丈夫? 出た方が良くない?」

 少し心配気な顔でミヅチが言う。
 すっかり冷めちまった様に見える。くっそ。

「何かあったのかも」

 そりゃそうだ。用がなきゃ来ないだろうし。

「ねぇ!? 居ないの!?」

 少しだけ乱暴になったノックの音と共に再び扉の外からアンダーセンの声が聞こえてきた。
 なんか切羽詰まっている感じもする。
 なお、ほぼ同時に「お客様、おやめ下さい!」とか「おい、お前、止めろよ!」とか「む、無理に決まってるじゃないですかぁ~」とか言う宿の支配人や従業員、小僧の声も聞こえてきた。

「仕方ねぇ、ちっと出てくるわ」

「うん、そうした方がいいと思う」

 椅子から立ち上がり、扉へ向かった。



・・・・・・・・・



「……と言う訳なのよ。謝礼は親父と彼女の両親に吹っ掛けてあげるからさ、手を貸してくれない?」

 テーブルに両手をついて頭を下げながら上目遣いで俺を見ている濃いピンク色の髪をした年増女を見下ろしながら、つい小さな溜め息が漏れた。

 さっき扉を開けたら、鋲を埋め込んだ革鎧に胸甲を着けてクロスボウまでぶら下げた上、腰には剣を佩いて完全武装、切羽詰まった表情のアンダーセンが居たのだ。ボイル亭の従業員を金魚の糞のように従えてね。俺が面倒くさそうに顔を出したらアンダーセンを含めた全員の顔に安堵の表情が浮かんだのが見えた。仕方ないので彼女を部屋に招き入れ、ミヅチと一緒に応対する事にしたって訳。

 彼女は最初から「隠し事無しで全部話す」と前置きした上で語り始めた。

 先週の水曜(つまり、七月九日だ)、王都から休暇中だという十四人もの騎士団員がやって来た。それぞれ四、五人づつのグループが三つだそうだ。なお、この集団は全員が現役の騎士団員だそうで、騎士団におけるそれなりの役職者も混じっていた。全員、騎士団からは長期の休暇を取っていたらしい。

 これを聞いた俺とミヅチは嫌な予感しかしなかったのは言うまでもない。

 予想通り嫌な予感は的中しており、三つのグループというのはそれぞれ、ノイルーラ・ジーベクト、ヨリーレ・レファイス、ミマイル・フォーケインに率いられていたのだ。三人共国王の庶子だ。彼女たちは家臣団とも言える実家の従士を連れてきており、その全員が彼女たち同様に王国第三騎士団や第四騎士団の現役団員であったそうだ。実家の従士の中でも選りすぐりなのかも知れん。

 それはそうと、彼女たちがバルドゥックまでやってきた目的は共通していた。国王と繋がりのある緑色団ベルデグリ・ブラザーフッド黒黄玉ブラック・トパーズに同行して貰い、迷宮でモンスター相手の戦闘経験を積み、冒険者としての力を付ける事だ。

 アンダーセンの姐ちゃんが言うには冒険者である俺の役に立てる人材でなければいけないからだそうだ。そらまぁ、将来的には領土の治安維持のためにモンスターを狩るなんて事も必要だから、言わんとする所は解らんでもない。新任領主は領民の人気取りも必要だろうし、退治に依頼料を必要としない国の軍隊がモンスターを狩ってくれれば誰だって歓迎するだろうからね。

 要は俺に対して持参金代わりにすぐに使える部下も用立てました。ついでに自分もモンスター駆除の先頭に立つ事が出来ますよとアピールする為なんだろう。領主の配偶者が戦場に立つことも珍しくない、こんな世の中じゃそれも必要だろう。まして、少なくとも四、五年に一度くらいデーバスとの戦闘が発生するようなダート平原じゃ必須だとも言える。

 とにかく、対モンスター戦闘に慣れたいが為にわざわざバルドゥックまでやってきた十四人は、まずヴィルハイマーとアンダーセンに接触し、割の良い報酬とともに自らを冒険者として鍛えて欲しいと依頼したそうだ。簡単に言うならガイドとして雇われたって事だ。

 庶子の事情についてはアンダーセンだけでなくヴィルハイマーも承知していた。そう言えば、楡の木亭に逗留していたヨリーレお嬢様に招かれた時にヴィルハイマーに出会ったが、あれは偶然じゃなかったって事か。人払いを受けていたからなんだろうなぁ。それ以前に、バルドゥックで国王の間者としても働いていた彼らには断れる筈もなかったんだろう。

 また、間者云々とは別に、緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドは重傷を負ったメンバーたちの治療や療養もあってここ暫く活動休止を余儀なくされていたため、結構高額な報酬に釣られたという側面もあるのかも知れない。五層に行かなきゃリハビリには丁度良いだろうしね。黒黄玉ブラック・トパーズの方はアンダーセンが庶子三人娘の一番下のミマイルとは以前から結構懇意にしていたらしいから、数週間程度なら購入したばかりだという戦闘奴隷を放り出しても喜んで雇われたんじゃないかな、とは思う。

 ノイルーラと彼女の従者四人をヴィルハイマー以下五人が受け持って合計十人のパーティーとし、ヨリーレと彼女の従者四人を緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドのサブリーダーのバース以下四人で受け持ってこちらは合計九人のパーティーとした。アンダーセンはミマイルと彼女の従者三人を連れて十人パーティーで、翌日の木曜日には迷宮に入ったそうだ。

 連れて行くからにはそれなりに腕も立つ事は当然きちんと確認された。現役の騎士団員なんだから一流の冒険者とは行かなくとも二流程度は期待出来る。三人の庶子本人もなんだかんだで騎士団で鍛えられている為にそれなりの腕もある事については疑う余地もないとは思う。

 勿論、緑色団ベルデグリ・ブラザーフッド黒黄玉ブラック・トパーズのメンバーには劣るだろうが、冒険者として練達した彼らの指揮を受ければ、一流冒険者の援護もあるのだからして四層程度ならなんとか戦えるだろう。

 はっきり言ってモンスター相手の戦闘で腕を磨くにはアンデッドが交じる四層が最適だ。アンデッドは攻撃魔術も結構効き易い上に特に火魔法に弱いみたいだからね。気持ちの悪い外見をして麻痺や毒など気の抜けない攻撃手段を持っていながらも結構動きは鈍いのが多い事も重要だ。度胸や根性も付き易かろう。

 それに、一層や二層より罠の種類も増えているし、三層と異なり通路や部屋は湿っている自然の洞穴だから足場が悪い事もあるから、そういう状況下での戦闘経験も積める。不意打ちを用心するのにも丁度いい。壁をほじくり返す場所だって多い。当然その分危険は増えるが、四層では冒険者の基礎から応用までの全てを実践可能なのだ。ここで学んだ事はそのまま屋外での行動にも転用し易い。

 とにかく、緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドはヴィルハイマーを筆頭に五人。バースを別働隊のリーダーとした四人の二組に別れ、黒黄玉ブラック・トパーズはアンダーセンを筆頭にした六人に加え、各隊に担当の庶子を連れて迷宮に入った。

 そして、今月十一日、金曜日の夜には三層の転移水晶に到着する。一層と二層については既にグィネの地図を入手していた彼らは最初の一日で二層の転移水晶までは踏破していた。そして、翌土曜日からはいよいよ四層へ転移を行う。

 アンダーセンの言によると、少なくともミマイルと彼女の従者三人は非常に素直に黒黄玉ブラック・トパーズの言う事を聞き、一生懸命にノウハウを学ぼうとしていたらしい。まぁ、ミマイルはアンダーセンとも縁があったようだし、そもそも超一流の冒険者の指導を直接受けられる機会などそうそうは得られない。例え第一騎士団の正騎士でも一生懸命に吸収しようとするだろう。俺だって日光サン・レイから学んだ事は結構あった。

 四層に挑戦し始めた最初の二日間である土曜と月曜は特に問題もなく順調だったそうだ。決まった時刻には両パーティーともきちんと三層の転移水晶の間に戻り、しっかりと休養を取っていた。当然小さな失敗などはあったものの、超一流の冒険者に引率されての迷宮行だからして、致命的な問題に発展する前に全てフォローされていた。問題は月曜の夜、つまり昨晩から始まる。

 三層で野営を行う以上、不文律とも言えるルールを破る訳にはいかない。つまり、多少なりとも居心地の良い角地や壁際は早い者勝ちで、他のパーティーの領域については尊重するという事である。

 勿論、お嬢様やその臣下たちも最初は文句も言わずに我慢していたそうだ。だが、流石に金属製の高級な鎧を身に着けている一団は目立つ。二流三流の冒険者共には不心得者だってそれなりに多い。鎧の着脱や着替えの際に品の無い野次を飛ばす輩だっていない訳じゃない。

 そして、布で隠していても多数の冒険者が見つめる中、体を拭いたりするのは貴族出身の若い女には辛いだろう事もヴィルハイマーやアンダーセンにも理解出来る。何より庶子とは言え、高貴な血筋でもある。まかり間違えて冒険者共に玉の肌を見せてしまう可能性は減らしたい。それはアンダーセンの姐ちゃんも同様ではあるが、彼女については今更だし、この際年増はどうでもいい。

 我慢しろと言いたいがそういった事情もあって流石に憚られる。冒険者たちに見るなと言ってもねぇ、そんなの誰も取り合う訳はない。幾らヴィルハイマーたちが超一流の冒険者だとは言っても縁もゆかりもない冒険者たちへの強制力なんかある訳がない。注意されたらその時はそっぽを向いたり、下を向きはするが、すぐにこそこそ隠れて見る奴が大半だ。

 臣下たちが人の壁を作ったって限界はあるし、結局は布一枚隔てるだけで体を拭いたりしなければならない状況だ。こうして臣下たちも不満を持ち、なんとかして欲しいと要求してくる。そして遂には、不潔な冒険者共がひしめく転移水晶の間で連続して野営を行う事に嫌気の差した三人のお嬢様方は野営地の改善について口を揃えて進言してきた。

 仕方ないのでヴィルハイマーとアンダーセンの二人は野営地を四層の転移水晶に移す事を相談した。

 まぁ、面倒だが悪い話ばかりでもない。騎士達は予想以上に慎重に行動し、傲る事もなかった。そして指導にはよく従っていたのは事実だった。戦闘時もかなり慎重でありながら時には大胆に戦っており、それなりに鍛えられている事を感じてもいた。四層を通り抜けるくらいは充分に出来そうでもあったことも大きい。

 流石に五層は無理にしても四層の転移水晶に野営地を移せば転移する事なく指導する事が出来る。二流から一流半のパーティーに荒らされる事の少ない四層奥地の方が何かと指導の効率も良いだろう。何より、四層の転移水晶の間をベースキャンプとするのであれば、総勢三十人程の大パーティーも組める。安全係数も飛躍的に跳ね上がる。

 また、本来の狙いも当然にある。普段から四層の転移水晶を使っているのは彼らの他に煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)殺戮者スローターズしかいないのだ。双方とも通り抜ける程度で四層で長期に亘って野営する事も少なくなっている。極稀に一流半のパーティーが顔を出す事もあるが可能性としては無視出来る。

 根絶者エクスターミネーターズも今じゃ五層をホームにして五層を中心に戦闘を繰り返している。やっぱりシャワーがあって、ちゃんとした台所の設備や寝台があるのは大きいからね。だから煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)殺戮者スローターズも居ない可能性が高い。居たとしても一晩でいなくなる。

 そういった理由を話し合った末、四層に野営地を移す事を決定した二人は、今日丸一日を掛けて四層の転移水晶の部屋まで移動する事にした。

 朝、いつものように緑色団ベルデグリ・ブラザーフッド黒黄玉ブラック・トパーズはそれぞれ四層へ転移した。そして、アンダーセンたちは予想されていた時間通り午後四時前には四層の転移水晶の部屋に到着した。バースに率いられたパーティーは既に到着していたそうだ。しかし、ヴィルハイマーに率いられたパーティーは予定時間を一時間超過しても到着しなかったのだ。

 とは言え、実力は高いものの迷宮初心者を五人も引き連れている。ヴィルハイマーたちは転移運が悪く、安全のために多少遠回りをしている可能性も高い。それに、四層という事もあってあまり心配はしていなかったそうだ。だが、アンダーセンたちが野営の準備を行っている最中、レンバール・コールマインというバニーマンの槍使い(アタッカー)に率いられたノイルーラと彼女の従者二人だけが四層の転移水晶に辿り着いた。レンバール以外の全員は大なり小なり何らかの怪我を負っていた。

 慌てて事情を聞くと、ヴィルハイマーに率いられた彼らは昼前に四層の転移水晶まであと二㎞もないという場所でモン部屋に行き着いた。その部屋は一年ほど前に緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドも通り抜けた事があるらしく、当時はグールが巣食っていたそうだ。地図もあるし、そこまで結構順調に進んでいた為、この調子なら四層の転移水晶の間までは二時くらいには到着出来るだろうと見込まれていた。

 慎重に部屋の中の様子を偵察したものの、主は発見出来なかった。

 大方煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)殺戮者スローターズが通った直後なのだろうと当たりをつけられた。そうなるとこのどちらかのパーティーが転移水晶の間にいる可能性はあるが、今日は広々とした場所であまり人目を気にせずゆっくりと休めそうだという事が予想された。

 そして、部屋を通り抜ける最中に惨劇が起きた。

 いつの間にか部屋に敵が居たのだと言う。

 出現に気付かず完全に不意を突かれ、最後尾を歩いていたノイルーラの従者の一人がやられた。

 そいつが倒れる音が警告となったお陰で襲撃に気が付いた。
 即座に戦闘態勢を固めたものの、相手はモンスターには見えなかったそうだ。
 別の冒険者だと思われるとレンバールやノイルーラ、その従者たちは口を揃えて報告したそうだ。

 ヴィルハイマーや盾持ち(シールド・ホルダー)のサラ・パチーク、もう一人の従者らが詰問しつつ剣を向けたものの、その冒険者の魔術攻撃を受けて従者はあっさりと倒された。魔術は近距離から瞬きする程の高速で放たれた。とてつもない練度に度肝を抜かれたそうだ。

 この時点でヴィルハイマーはレンバールに予備の地図を投げ渡し、即座に黒黄玉ブラック・トパーズや残りの緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドとの合流を目指すか撤退しろと命じたそうだ。

 部屋を半ば以上横断し終えていたことと、転移水晶の部屋までの距離のほうが圧倒的に近かったため、レンバールは迷う事なく合流を選んだそうだ。

 残っているのはヴィルハイマーとサラ・パチーク、ドワーフの薙刀グレイブ使いリザーラ・レッドフレア、エルフの弓使い(ブラスト・バック)ロックウェル・マロスタロンの四人である。

 冒険者の一団に四人で相手じゃ、ヴィルハイマーのおっさんも流石に無茶が過ぎると思ったら、その冒険者というのはたったの一人だったそうだ。そして、そこで初めて冒険者の外見を聞いて納得した。

 裸だったそうだ。

 裸で、驚くほど高速に魔法を放って来る、人そっくりの……。

 一つだけ心当たりがある。

 出現した階層も同じ第四層。

 確か以前は一発で塵にしてやった。

「救出には?」

「バースをリーダーに残りの緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドと私以外の黒黄玉ブラック・トパーズが全員で向かっているわ。騎士達は私と一緒に地上に戻って貰った。私はその足でここに……」

 そして、話は冒頭に戻る。
 俺と一緒にため息を吐きながら雰囲気を変え、何か言おうと口を開きかけたミヅチに「おい」とだけ声を掛ける。ミヅチはすぐに俺の言いたい事を汲み取ってくれたようで席を立った。この辺りの切り替えは俺より早い。流石だと思う。
 その間に俺は時間潰しの世間話だ。

「でも、相手は一人なんでしょう? 最初こそ不意を突かれたとはいえ、ヴィルハイマーさんたちは四人ですし、なんとでもなるでしょう?」

 ミヅチが音もなく部屋を出た。俺もアンダーセンに語りながら立ち上がって部屋の隅に向かいつつ、ミヅチ同様に精神の戦闘モードへの切り替えを行う。いらいらした顔でアンダーセンが俺を見て返答する。

「……本気で言ってるの? 迷宮で素っ裸ってだけで充分異常だし、急に部屋の中に現れたってのもおかしい。それに、話を聞く限りではあなたみたいに魔術の技倆は相当なものだわ。多分、他に仲間が通路か何処かに潜んでいて一気に襲撃を掛けている筈よ」

 まぁ、即座に救出隊を送り、足手まといの連中はさっさと撤収させている事から相当な危機感を持っていた事は解ってるさ。でも、流石にモンスターだとは気付いていないようだ。実際に見ていないし、無理もないけどさ。普通は油断を誘うために素っ裸で襲撃を掛け、別の方向から本隊が襲い掛かるって思うのは当たり前だろう。

「……ちっ、私も随分と舐められたものね……仕方ないけど」

 別に舐めちゃいないさ。どういう認識を持っているか確認しただけで他意はない。

「で、報酬ですがね。どの程度期待してもいいんですかね?」

 スパッとシャツを脱ぎ、ベッドに腰掛けると靴と靴下も脱いだ。

「……最低一千万は約束する。但し、ノイルーラの従者の遺体か、魔石の回収が条件となるから。それと、ヴィルハイマーを生きて救出が出来たら報酬は倍を約束する」

 四層という階層を考えればかなり高額で割が良いと言える。
 だが……。
 きっと……その報酬を手にする事は無いだろう。
 恐らく今頃あのおっさんは、ドワーフのおばちゃんやバニーマン、エルフ達と一緒に四人仲良く殺されてると思う。
 ノイルーラの従者たちについても裸の大将が吸血鬼であれば魔石も変質している気もする。

 いや、ひょっとしたらおっさんたちが勝ってる可能性もあるけどさ。

「前払いは?」

 シャツを放り込んだ洗濯物入れの籠に脱いだ靴下もポンポンと放りながら言う。
 アンダーセンは椅子に腰掛けたまま俺をじっと見つめていた。
 今まで履いていた靴をベッドの下に押し込むと新しい下着を取りに行こうと立ち上がった。

「前払いが欲しいの?」

「出来ればねぇ。そりゃあそうですよ」

 俺もミヅチも報酬なんか前払いも含めてどうでもいい。
 正直、救出自体は時間が経ち過ぎていて無理そうだから冗談のようなもんだ。
 熱くなりかけた心を冷やす為に軽口を叩いているに過ぎない。
 第一俺はバルドゥックでナンバーワンを張っているのだ。
 それに相応しい行動はしなければなるまい。

「そ、そう……。そういう、ま、まえばらい……か」

 アンダーセンは何やらブツブツ言ってる。
 前払いなんか断ったって別にケチ臭ぇとは思わないけどさ。
 上半身裸のまま新しい靴下を履き、ズボンも脱いだ。
 ベッドの傍の壁に掛かっている鎧下の中からこの前新しく仕立てた奴をハンガーから取る。

「そ、その……急いでるし……じ、時間が掛るのは……」

 ざっと鎧下をチェックしてプロテクターのバンドを通すベルトホールなどに異常がないか確認した。異常なし。
 ベッドの足元の方に置いてあるタンスから洗濯済みのシャツを取り出して着ると、鎧下のズボンを穿き、続けて上の方も羽織った。
 気持ちを熱く滾らせたまま意識を冷やせ。

「そ、それに……わた、わたし、その……あんまり……」

 鎧下を掛けておいたハンガーに一緒に掛けておいた帯をしゅるっと取り、腰元を結ぶ。
 編み上げの戦闘靴に足を通し、鎧下のズボンの裾は靴の中に入れてしっかりと紐を結ぶ。
 つかつかと鎧掛けまで行くと胴回りのパーツを身につけ、ベルトを締めた。
 いつもながらプロテクターを着け始めると引き締まって来る。

「わ、若い子の方が……の、ノイルーラを呼んで来る?」

 腕のパーツを装着し、胸や背中のパーツも装着する。
 腰部に両足を通し、胴回りのパーツに接続する。
 大腿部、膝部、脛当てを留める。
 頭も冷えてきた。

「そ、それとも……ヨリーレとか? み、ミマイルかしら? わか、若い方がいいものね」

 まだ何かブツブツ言ってる。
 さっきの前払いが欲しいってのは冗談だよ。
 ヴァンパイアを倒すのが目的だ。
 必ず目ン玉をほじくってやる!
 ロードじゃないかも知れないが、ここは藁をも掴みたい。

「ああ、そんなの気にしないで下さい」

 腰回りに板状の草摺を固定しながら適当に返事をした。
 肩部のパーツを固定。ヘルメットを被り、しっかりと顎紐を結ぶ。
 肘当てを嵌め、長手袋に手を通し、指をぐっと開閉させる。
 よし、高ぶりつつも、いい感じに冷静だ。
 更には、俺は自ら救済者セイバーズを名乗っている。
 それに相応しい人物であると自らの言葉、行動で証明せねばなるまい。

「え? い、意外と……と、年上がこの、好みなの?」

 最後に籠手を嵌めて、個人用緊急パックを腰の後ろのDリングに装着。
 ナイフを鞘から引っ張りだして刃を確認。異常なし。
 鞘に戻し、右腿にゴムベルトで装着。
 今日も行ける。行けるぞ!

「さ、三十超えてるし、……ひ……久しぶりだし……は、恥ずかし……」

 両手の籠手の千本も異常なし。
 壁に立てかけてある銃剣も確認。
 これも異常なしだ。
 さて。

 えっ!?

 何やってんだ? この姐ちゃん。
 アンダーセンは下を向いて鋲付き皮鎧(スタデッド・レザー)の革紐を解いていた。
 今まで着てたんだから問題ないだろ?
 紐が緩んでたのかな?

「お待たせ、準備は……いいみたいね」

 俺と同様にゴムプロテクターに身を固めたミヅチが部屋に入ってきた。
 弓と矢筒クイーバーを背負い、腰には曲刀シミターを佩いて、しっかりと装備を固め、その表情は俺と同様にすっかり戦闘モードになっている。

「おう、あとは部屋の位置の確認だ」

 俺が鎧を身に着けている間ほっぽっておいたからか、アンダーセンは慌てた様子で革紐を締め直していた。完全に装備を整えている俺達に後れを取って恥ずかしそうに真っ赤になっている。

「部屋の場所は解っているんですよね?」

 四層の地図を持ち出して広げるとアンダーセンに尋ねた。

「へや? あああ、部屋……うん、部屋ね。っも、ももも勿論」

 彼女も自前の四層の地図をガサガサと広げて見せてくれた。
 慌てんなよ。

「……この部屋の筈よ」

 あのあたりか……。俺とミヅチもテーブルに広げたグィネの地図で再度確認した。記入があると言う事は俺達も過去に通っている場所だ。

「ミヅチ、皆は居たか?」

「誰も居なかった。晩御飯には少し早いし……ちょっと探してると時間が……」

「そうだな。まぁ、地図もあるしそっちはいいや。シューニーに居る奴だけで充分だろ。皆に伝言も残しとかなきゃいけないし、食料と例の物(ニンニク)も買っておくからお前はシューニーの奴隷たちを集めて先に行ってくれ」

「解った」

 ミヅチに奴隷たちが逗留している宿に先回りをさせた。
 俺とミヅチと戦闘奴隷六人に荷運び(ポーター)のギベルティ、それに加えてアンダーセンも居るから充分だ。なお、十字架や鳥居などはミヅチによると恐らく効果はないだろうとの事なので最初から考えてない。銀の弾丸については試したいところではあったが、生憎と銃は全部八層の転移水晶の間だ。手の出しようがない。

「じゃあ、こっちはこっちで行きましょうか?」

 急いだって到着には明日の朝まで掛かる。俺達は食料を買う方に回るべきだろう。
 なお、今更三人娘には会う必要を感じなかった。



・・・・・・・・・



7447年7月15日

 現在時は……午前二時五十六分か。
 休憩もあと少しだな。
 昨日の十八時頃には入った筈だから、三層の転移水晶の間で小休止を終えるまで九時間。
 アンダーセンやヘンリー、メック、ルビー、ジェスが居るので少し遅めのペースだ。
 まぁ、だからグィネが居なくても通路内で地図を見る余裕もあるんだが。

「奥様……か……」

 順番に用を足しに行っている俺の戦闘奴隷たちを見つめながらアンダーセンがポツリと呟いた。
 昨日、アンダーセンと食料を買って入り口広場に着いたらミヅチが戦闘奴隷たちに訓示を垂れていたのだ。
「……アンダーセンさんは私達より先輩よ。敬意を持って接しなさい」
「「「はい、奥様!」」」
 とか言っていた。

 それからも事ある毎に一々奥様奥様と呼ばせていた。
 ミヅチにしちゃ、アンダーセンを通じて国王だの庶子の三人娘だのに牽制球を放っているつもりなんだろう。
 涙ぐましく、いじましい努力や彼女の気持ちも解っちゃいるが、少し不憫に思うし痛々しさも感じてしまうのは、こりゃどうしようもない。 

 そろそろ時間だ。

「行きますよ」

 皆に出発の合図だ。
 アンダーセンが混じっているからちょっと丁寧に喋っている。

 ここまで氷漬けこそ見せていないが、俺もミヅチもモン部屋ではそれなりに攻撃魔術を使っている。通路で出会うモンスターなんかミヅチとアンダーセンの弓の援護もあって鎧袖一触の如く蹴散らして来た。

 もううちのパーティーが異常とも言える速度で迷宮を踏破している事や、詳細な地図を持っていることなんか隠すつもりはない。
 どうせ長くても来年の春には迷宮とおさらばするつもりなのだ。
 地図だって最終的には欲しきゃくれてやる、のは流石に駄目だよな、うん。

 とにかく非公式でも国王の長子であり、超一流冒険者集団である黒黄玉ブラック・トパーズを率いてきたアンダーセンなら殺戮者スローターズの伝説の語り部として不足はない。

 転移水晶を掴む。

「クドビス!」

 ……ほんのりと腐臭がする。数十分もすれば慣れて何も感じなくなるがいつ来ても嫌な気持ちになる。地図を開いた。

「九十四です、ご主人様」

 転移先の番号を確認したメックが伝えてくれる。
 ……ここか。
 転移をやり直す必要はなさそうだ。
 ここから六㎞程か。
 罠も無く、敵も居ないと仮定してダッシュすれば二十分と掛からずに行けるが、幾ら俺でも流石にそれは危なすぎる。

「こっちだ。行くぞ」

 今までのペースを維持出来るなら目的地まで二時間というところか……。
 二層や三層で野営していた冒険者連中は緑色団ベルデグリ・ブラザーフッド黒黄玉ブラック・トパーズも見ていないと言っていた。

 だからだろう。
 アンダーセンもこのところめっきりと口数が減っている。

 
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