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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第三十一話 矢沢郁子(61)の場合(後編)

7447年10月7日

「王太子親衛隊の素養ある者を連れて参った。お取次ぎ願いたい」

 メトカーフ伯爵騎士団の副団長が王都ランドグリーズの中心に聳える王城ガムロイの門番に話し掛けた。クリスをここに送るために伯爵は領内随一の商会の隊商の出発を一ヶ月も早め、護衛に騎士団の三分の一に当たる正騎士十二人と正従士二十人、更には徴用従士からなる輜重兵六十人という、百人近い大部隊を付けてくれたのだ。因みにメトカーフ伯爵はクリスの誕生日と黒髪黒目であるという、ただそれだけで彼女の事を本物の素養者であると信じてしまっただけの話である。

 商会の隊商とは王都に入ってから別れてはいるが、先触れを出していたため大きな混乱を招く事なく彼らはガムロイ城内部の土を踏む事が出来た。

「こちらへ……面接があります」

 クリスのみがガムロイ城の奥へ招かれた。護衛達とはここでお別れのようだ。ここまで護衛して貰った事に対して丁寧に礼を述べたクリスは彼女を迎えに来た係の者の後に付いて行った。

 通された待合室のような一室でおとなしく待っていたクリスは思う。

(面接……まぁ、当たり前か。……さて、王太子殿下とやらは海運の重要性についてどの程度理解を示してくれるか……)

 当然、面接で撥ねられる事などこれっぽっちも予想していない。日本人を集めていながら彼女を撥ねるなど有り得ないと思っているからだが、その予想は正しい。

 数十分も待たされて、流石に苛つきを抑えられなくなりそうな頃、やっと部屋の扉が開いて帯剣した三人の男が部屋に入ってきた。全員が黒髪黒目であり、懐かしくも彫りの薄い顔立ちであった。

 三人の男は二人が普人族ヒュームで一人は山人族ドワーフに見えた。ヒュームのうち一人はなかなか上等そうだが実用的なデザインの服に身を包み、軽薄そうな表情を浮かべているが、そこそこ体格もよく、引き締まった体つきだ。ドワーフの男は軽薄そうなヒュームと同じデザインの服を着ていて、こちらは全くの無表情だった。

「えーっと、ハニガンさん? メトカーフ出身の?」

 少し軽薄そうな表情を浮かべた男が尋ねた。少し長めに伸ばした髪を頭の後ろで纏めている。

「はい。クリスティーナ・ハニガンです」

 クリスはそう言いながら起立して右手を差し出した。

「ステータスオープン……確かにハニガンさん本人のようだ……ほう? 元素魔法三つか……」

 彼女の手を取ってステータスを確認した軽薄男は着席し、彼女にも座るように促す。クリスはたった今気が付いたが、この軽薄男は左胸に何かの徽章を付けている。その意匠はかなり凝ったもので、ぶっちがいになった槍の上に剣を咥えた鳳凰フェニックスをあしらったものであるようだ。

 そして、彼の左側に着席した髪を短く刈り込んで黒々としたこわい顎鬚を生やしたドワーフの男も同じ徽章を胸にしていた。力強そうながっしりとした体格は非常にドワーフらしく見えるが、同時にシャープさも感じさせる。この二人は服のデザインや徽章が共通なのでひょっとしたら騎士団関係者かも知れない。

 右側の男はそういったものは身に着けていないようだが、真円のように半球状に磨かれた小さなルビーのブローチが控え目に自己主張をしており、その輝きが印象的だった。三人の内では一番バランスよく均整の取れた引き締まった体つきのなかなかの美男子だ。しかし、個性を感じさせない無表情を貫いており、服装は多少こざっぱりとしたものであるというだけでそれ程高価そうではなかった。

『さて、本格的な自己紹介と行こう。俺はミューネイル・サグアル。ミュールでもサグアルでも好きな方で呼んでくれ。で、こいつはツェット。反対側に座ってるのはヘックスだ』

 紹介された二人は毛の一筋程も表情を変えず、名前が呼ばれた時に目礼をして来たのみであった。てっきりステータス確認のために手を伸ばされて来るかと思っていたクリスだが、そのたびに目礼を返す。少し拍子抜けした。

『ふむ。もう解ってるとは思うけど、何か喋って貰えるかな? 多分、想像通りだと思ってるけど、一応、ね。ああ、そうか、いきなり何か喋れと言われても言い難いよな……。じゃあ得意な事やしてみたい事、して欲しい事、そこらあたりからにしようか』

 軽薄男のミュールが言った。

『当然、日本語で、って事ですよね? 理解出来ます。私が望む事を言う前に、一つ質問をしてもいいですか?』

 彼女が返事をした瞬間、三人の男たちは一様に安堵の表情を浮かべ、次いで相好を崩した。

『うむ。予想はしていたが、これだけ効果的だとはな……』
『しかし、最初からこんなに上手く行くとなんだか怖くなって来るな』
『日本地図の簡略図にして正解だった。やはり漢字じゃあ途中でどうなるか解ったもんじゃないって事だ。ああ、質問だった。何でも聞いて下さい』

 クリスも三人の男達の顔を見た時から薄々予想はしていた。やはりこの三人も生まれ変わりなのだ。質問を許可されたのでクリスは口を開く。

『日本人を集めようとしているのはすぐに解りました。理由もなんとなく想像がつきます。それは置いておいて、皆さんはオースの、いえ、デーバス王国の文明がなかなか発展していない事についてどうお考えです?』

 クリスの質問を受けた三人は一度だけ顔を見合わせる。いちいちつまらない会話をしなくてよさそうなのは助かるが、いきなりの突っ込んだ質問に誰が代表して返事をするか相談しているかのようであった。

『……難しいご質問ですね。確かにハニガンさんがご指摘のように文明の発達は多少歪だと思っていますし、その発展速度は地球と比較してかなり遅いと思わざるを得ません。でも、それは伝えられている歴史が正しいのであれば、という仮定の上に更に幾つかの仮定を乗せてお返事をする場合です』

 ブローチ男が答えた。最初にヘクサーだと紹介された美男子の男だ。髪は中途半端に伸びている。

『このデーバス王国にしても千年という歴史があると伝えられておりますが、本音を言えば眉唾だと思っています。地球でだって同一の政体が千年も続いた例はありません。ローマ帝国や日本が例外的に長く続いた政体であると言えましょうが、その二つにしても表向きはともかく、内実は途中で何度か変遷しています。
 それに、こんな状況じゃあ伝わっている歴史について正確であるという保証なんかどこにもないでしょう。地球でも「この国はン千年の歴史がある」と根拠や証拠もなく主張する政体は沢山ありましたからね』

 そこまで言ってヘクサーは左手で右耳を掻いた。

『地球の歴史はともかく、まずは魔法がある事。次に鉱物資源の産出、いや、鉱脈の在処に規則性がないと思われる事。あ、これはまだ規則性が発見されていないだけかも知れませんが……。そして、魔物が居る事。最後に牛馬が大変な貴重品と言える事の四つが主な理由でしょうね』

 クリスが沈黙したままであるためヘクサーは再度喋り始める。

『治癒の魔法があるために医学の発展は結構遅れているみたいです。と言ってもそれは外科的な方で、内科的な方面では秘薬などで多少恩恵もあるみたいですが、古代から中世の地球に毛が生えた程度でしょう。もしハニガンさんに医術の心得があれば厚遇はお約束出来ると思いますよ』

 クリスは黙って首を横に振る事で返答をした。
 それを見たヘクサーは僅かに肩を竦めて了解の意を伝えると続きを口にする。

『同様に火魔法があるために冶金技術はかなり低いままです。合金の作り方は工房で一子相伝に近く、製錬はともかく、精錬についてのレベルが低いままであることがその証左であると思います。殆どの金属製品は鋳造で、丈夫な鍛造製品にまでなかなか至らない理由でもあるかな、と思います。当然加工技術も未熟なままなので細かな形状をした部品の製造もかなりの熟練職人でないと無理です』

 サグアルとツェットの二人は腕を組んで話を聞いている。もう何度か同様の話を聞いていて今更感があるようだ。

『この金属加工技術が未発達なもう一つの理由として、先ほど挙げた鉱脈の件があります。堆積岩である砂岩層の中に青銅鉱石の鉱脈があるかと思えば泥岩層から銀鉱石が採れたり、更には花崗岩層から純度の高い鉄鉱石やはんだ鉱石、ピュータ鉱石が出て来たりもします。玄武岩層から俗に言う刃物鋼の鉱石が産出する事もありますし、大理石の中からジュラルミン鉱石が採れたこともあるらしいです。合金の鉱石の産出量は僅かですが、その存在が確認されているのでわざわざ合金を作ろうとする考えに至りにくかったんでしょう。冶金技術は合金を作ろうとしたからこそ発展したのですから』

 この件についてクリスは初耳であり、驚きもあったがヘクサーの話を聞いてなるほどと納得した。

『そして、魔物がうろついているという事は異なる文化や文明間の交流を阻害しやすい事に直結します。飼い慣らす事も難しく、その殆どが肉食で凶暴な性質を秘めています。村や街の領域がはっきりとして広がりにくい原因でもあるでしょう。人の数と比較して個体数が少ない事が唯一の救いと言えますかね。まぁ肉食なら大量にいないのも頷けはしますけど』

 クリスが頷きながら聞いていることを確認したヘクサーは更に言葉を継ぐ。

『牛馬が貴重品であることはもう、大変な事です。一つは食糧事情が悪くなり易い事。食肉は豚や鶏などでカバーできますが、乳製品の少なさがそれを物語っているでしょう? もう一つは交通網がなかなか発展しない原因に直結です。大量輸送がなかなか発展しませんから、商工業も発展しません。せっかく生まれた産業も大きくなり難く、小さいままで廃れてしまう事もままあったと思います』

 クリスはこれだ! と思った。やっと話も終わったようだし、ここからはクリスのターンだ。

『確かに陸上輸送だけじゃ限界があると思います。でも海上輸送でかなりカバーが可能な筈でしょう? 少なくとも沿岸部はその恩恵を充分に受けられるのでは?』

 だが、ツェットが割り込んできた。

『外洋航海が出来ない。沿岸だと大きな船の操船が難しいから結局小型船でごく短距離の輸送に終始して終わりだ』

 難しい顔をしたサグアルもその後を継いで口を開く。

『六分儀に似た道具で四分儀ってのはある。アホみたいな値段だけどな。だけど、肝心のコンパスがない。磁石が存在しないんだよ。海上で方角を確かめる術がない。陸なんかすぐに見えなくなっちまうし、そもそも動力が風まかせならそれでもうお手上げだ』

 ついに来た。クリスの予想していた内容だが、そうか。四分儀はあるのか。だが、磁石がないというのは何よりも致命的だ。地球でもまともなコンパスが出来たのが十世紀以降。それまでは単に水の上に磁石を浮かべて大まかな方位を測っていたに過ぎず、船の上ではまともに役に立たなかった。ニヤリと笑みを浮かべてクリスが言う。

『貴重なお話をありがとう。じゃあ私のして欲しい事を言うわ。私は造船技師だったの。海運が出来るような大きな船を作ってあげるから人とお金を出して頂戴』

 自分の技術うでは高く売れそうだ。口調も変えてみた。

『しかし、あんた。ハニガンさん。最初からいきなり金を出せとは大きく出るな』
『いやいや、それこそ自信の裏返しだろう。聞いたろ? でかい船を作れるって、これは凄いぞ』
『造船技師か……でも船だけ作れてもなぁ……』

『で? どうなの? 人とお金を出してくれるなら外洋を航海出来るような船を作る事は出来るわ』

『そう焦りなさんな。金を出すにしてもそもそも俺達に決定権は無い』
『でも、軍船が作れるなら……』
『うん。認めて貰える可能性はあるな』

『じゃあ決定権のある人に会わせて貰えない?』

『すぐに会えるさ。だが、その前に色々確認させて欲しい』
『ああ、そうだな。まず、ハニガンさんの固有技能について聞かせてくれ』
『……』

 それを聞いたクリスは予め考えていた事を実行しようか少し迷った。ことここに至れば隠してもあまり意味は無いので、隠す気は最初から無い。

『……私の固有技能は【磁力体マグネティック・ボディ】というの。体に磁気を纏わせることが出来るわ。簡単に言うと人の形をした磁石になれるようなものね。だから、羅針盤コンパスは私が船に乗り組んでいる限りいらないわ』

『……また格好いい名前かよ……畜生……パラライジズ・トレランスとか……くそ』
『ふうん。それで、レベルは?』
『……』

 クリスは一人沈黙を保っているヘクサーをチラリと見たが、特に気にはしなかった。

『七よ。ところで、親衛隊っていうのは方便なんでしょうけど、実際には何をすればいいの? 私だって自分の好きなことだけ出来るだなんて思ってないわ』

『七! おっと、失礼。それが解ってるなら話は早い。助かるよ。ここには居ないが王太子殿下も日本人だ。他にも何人かいる。単刀直入に言うが、俺達に協力して欲しい』

 軽薄そうな表情を改めてミュールがクリスに言った。

『協力するのは構わないわ。私に出来る事は何でもやるつもりよ』

『……何でもね。では一つ質問だ。ハニガンさん。あんた、身分制度をどう思う?』

 再び表情を殺したツェットが尋ねた。

『……個人的には納得しがたいわ。でも、必要でしょうね。特にこんなご時世だと秩序を保つ方策の一つとしてはかなり有効な施策であるとは思う』

 クリスは三人の顔つきを見て少し考えてから口を開く。
 三人は僅かにお互いの顔を見合わせると頷いた。

『いいんじゃないか?』
『そうだな』
『……異議なし。ところで、最後にもう一つ確認だ。魔法のレベルを教えてくれ。全部だ』

 ここ暫く黙っていたヘクサーがクリスを値踏みするかのように言った。

『水と火と風魔法が全部二よ。無魔法は三』

 クリスは僅かに胸を反らして言ったのだが、それを聞いでも三人は些かも動じなかった。普通ならかなり感心されるところである。これについてはクリスは僅かに不満を感じたが、沈黙を保った。



・・・・・・・・・



 更に城の奥に通されたクリスはそこでやっと残りの日本人と面談が出来た。

 まずは王太子のアレキサンダー・ベルグリッド。王子らしく素晴らしく上等な服を着て、髪はオールバックに撫で付けている。あんまり似合ってないが自然に滲む洗練された所作が高貴な人であることを感じさせた。クリスを歓迎するという事を述べると、驚いたことに『俺達だけの時は丁寧に話す必要はない。堅苦しいのはコモンで話す時だけにしてほしい』と気さくに言ってサグアル達から報告を受けた。皆はアレクとかアレックスと呼んでいるようだ。

 次は名門ストールズ公爵家の御曹司、センレイド・ストールズ。彼も王子に負けず劣らず貴族然とした振る舞いが板についている。王子と同じオールバックにしている髪型だが、こちらはよく似合っていた。しかし、単なる顔の造作で言えば王子の方が余程美男子だ。彼も気さくな感じがして、その点はクリスを安心させた。皆はセルと呼んでいた。

 そして宮廷魔導師コート・ウィザードのレーンティア・ゲグラン。宮廷魔導師コート・ウィザードというのはつい先日出来た役職らしい。なにをする役職なのか、クリスにはさっぱり想像出来なかったが、どうも彼女のためにわざわざ作ったものであるらしい。

 少しウェーブのかかった長く美しい髪、その下に輝く優しい目つきが印象的であった。クリスの印象通り、優しい喋り方をするが、同時に一本筋の通った気丈さをも感じさせる。皆から彼女の話を聞くとすぐに宮廷魔導師コート・ウィザードというのが伊達ではない事を理解した。彼女と比べたらクリスの魔法の技倆など天地の差であった。レーンというのが彼女の短縮名だった。

 もう一人、自由民の精人族エルフであるアラケール・カリフロリス。さらりと伸びるストレートヘアが健康的で綺麗なのは勿論だが、クリスが驚いたのはその美貌である。純粋なエルフと比較してもそう劣らない。それどころか、きっと元々の日本人の血も美しかったのだ。それが色濃いためにそこらのエルフより余程美しく見え、同性なのにゾクリとするほどだ。日本の女優? 彼女を夜空に輝くカルタリとすればスッポン、いや、地を這う醜悪なゴミ虫以下だろう。

 なお、アラケール・カリフロリスだけはヘクサー同様の真円のように磨かれたルビーのブローチを身につけていた。この二人は特別な関係なのかも知れない。彼女の愛称はアルコといった。因みにアルコのコは子供の子であり、アル子と言うのだそうだ。自分でマスコットだとおどける彼女を除いてこの国の錚々たるメンバーが日本人であった。

 ここで先ほどの三人もやっとクリスにステータスを見せてくれた。軽薄男のミューネイル・サグアル。その飄々とした振る舞いから予想出来ず、驚いた事に王家に直接仕える従士の家系であるばかりか白鳳騎士団の正騎士でもあったらしい。白鳳騎士団の名前だけは知っていたものの、その紋章などクリスには初見であったので先程は気付かなかった。

 ドワーフはズヘンティス・ヘリオサイド。彼も白鳳騎士団の正騎士であった。この年齢で百人長だそうだ。相当な実力者と見える。なお、王太子と公子もこの二人と同様に白鳳騎士団の正騎士の資格を有していた。

 そして、色々大切な事を教えてくれた印象だった自由民、ヘクサー・バーンズ。彼は普段、冒険者としてあちこちを旅しているらしい。ここ一年程はレーンと共に短期の旅行を兼ねてベンケリシュの迷宮に行く事もあるそうだ。その際にはここにいるメンバーは出来るだけ大勢が都合を付けて同行する事もあるらしい。クリスも噂くらいは聞いた事がある有名な大迷宮である。驚いたことに人数が多い時には最前線である四層にまで到達しているらしい。

 僅か十回程度の挑戦で?
 何度も迷宮に挑戦を繰り返している一流の冒険者並みの実力があるという事であろうか?
 それともベンケリシュの迷宮は言われているほど危険ではないのだろうか?

『まずはこいつだろうな』

 どうやら報告が終わったらしい。皆からセルと呼ばれているストールズ家の公子がヘクサーと同じルビーのブローチをクリスに渡した。

『これは?』

『上級親衛隊員の徽章だ。これを持っていれば王城への出入りは自由だ。だが、このエリアに入る為の顔パスについては自分で何とかしてくれ』

 自由民の二人は親衛隊員という身分を持っていたようだ。

『親衛隊員はここにいる人だけ?』

『いや、一般の隊員も二十名くらい居る。上級にはしないがな。ああ、一応俺が親衛隊長と言う事になってる。公式の場では隊長と呼んでくれ』

『わかったわ』

 そして、クリスの大型船建造の交渉が始まった。



・・・・・・・・・



 船の建造については流石にかなりの費用が必要になるのでまずは外洋航海実証用の中型船(オースの常識から言って充分に大型船だが)の建造から行われる事になった。それだってクリスがざっと試算したところでは乾燥した木材の調達など全てが上手く運び、熟練した工員を揃えられた場合の“最短でも”一年程の時間は必要であろう。アレックスが分捕って来れる予算にはまだまだ限りがあるのだ。

 この外洋航海実証用の船は将来の軍船建造のテストベッドとして国王と財務大臣に捩じ込むらしい。海運を国内のみに限ったとしても海の魔物に対してそれなりの防御力がある事を証明しなければならないし、ゆくゆくは外国航路の開拓も必要だ。しかしとにかく最初の一歩を踏み出せそうな事はクリスにとっても歓迎である。

 だが、アレックスやセルとしては別の思惑があった。グダグダと膠着しているダート平原を迂回して数百人から千人程の軍隊を直接ロンベルト領内に送り込めるシステムを確立すればその功績は他の追随を許さない巨大なものとなり、それに伴って宮廷内部での発言力も増す。侵攻作戦の指揮を取ったのがツェットやサグアルであれば彼らの騎士団内部での立場強化にも繋がるだろう。

 ロンベルトはデーバスと同じく常設軍を持っている。デーバスと異なるのは徴兵制を取っていない事だが、それで充分に兵士の数を揃えている。大きな国力の差が如実に現れている部分だ。同時に同様の弱点も包括している。すなわち、前線であるダート平原周辺以外の兵力は必要最小限であり、数百人単位の兵力でも前線以外であれば容易に橋頭堡を築けそうな部分である。

 外洋を航海可能な船はそれを実現する大きな手段であり、人員や物資の高速な移送力はオースには今まで存在しなかったものだ。過去に小型船を大量に揃えて海岸沿いにダート平原を迂回して侵攻戦を企図したことは双方ともにある。例えば、六十年ほど前にデーバスが六十隻近い船を揃えて、総員千二百人ほどで侵攻した際はロンベルト側で言うヨーライズ子爵領の砂浜が上陸地点と定められた。

 しかし、船を徴用したり、新規に建造するなど必要数を用意している段階で情報は筒抜けとなり、ヨーライズ子爵領には海岸沿いに偵察隊が展開して動向が監視されていた。上陸のし易い砂浜は手ぐすねを引いて待ち構えていたロンベルト自慢の精鋭に固められていた。

 海岸沿いであまり速度が出せなかった事もあるだろうし、危険なため夜間は陸に近い岩礁帯などに錨を降ろして停船せざるを得ず、航行が出来なかった事もあるだろう。夜に船体に陸上から火矢を射掛けられたら抵抗など無理だ。更には遮蔽物のない砂浜では弓のいい的であり、馬を連れていけないために上陸直後に騎兵にいいようにやられて一番難しい上陸の際に阻まれる始末だった。

 勿論、上陸作戦の支援のためにほぼ時を同じくしてダート平原の各所でも小競り合いが展開されたが、本命は上陸作戦であると最初から漏れていたのだ。ロンベルト側は決して打って出ず、ひたすら亀のように守りを固めることに終始していた。

 その後ロンベルト側も似たような作戦を決行したこともあるが結果も似たり寄ったりであった。双方ともに大きな痛手を被り、海上侵攻の夢は途絶えた。

 だが、大きな船が建造出来、外洋の航行が可能であれば話は全く異なる。馬を連れて行く事も可能であろうし、上陸後の補給も物資輸送船を同行させれば当面は大丈夫だ。何より、ダート平原に近い場所から出港せず、気取られにくい奥地からの出港が可能となるので完全な奇襲が望める。上陸地点もダート平原を越えたすぐ傍である必要もない。碌に兵隊もいないような奥地に直接兵力を送り込めるのだ。揚陸艦としての運用である。

 勿論、動力を持たないので船体ごと砂浜に乗り上げてバウランプを開いて一気に上陸させるなどという芸当は無理だ。上陸時には、搭載する小型ボートを何度も往復させる必要があるだろうが、大きな街の傍でもない限りはなかなか人目につきにくい場所を選べば上陸時間は充分に稼げると思われた。

 上陸が知られてもそこに軍隊が派遣されるまでかなりの時間が掛かる事は容易に予想がつく。その間に脆弱な地方駐屯部隊を打ち砕いて(まして奇襲なら赤子の手を捻るより容易な筈だ)橋頭堡を築き、場合によっては船を往復させて補給物資なり第二陣なりを送り込む余裕もあるだろう。

『……なるほどね。お金さえちゃんと出してくれて、時間が貰えるならその程度の船、必ず建造出来るわ』

 不敵に微笑むクリスを見てアレックスとセルは秘蔵のワインの封を切る事にした。

 
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