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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第三十一話 矢沢郁子(61)の場合(前編)

お気に入りや最新話から来た方へ。
本日この前にもう一話投稿済みです。そっちも例によって幕間ですけど。
 一昨年の年末で六十歳を迎え、大学卒業以来三十八年間に亘って勤めてきた会社を定年退職した郁子は持病の受診のために電車に乗っていた。郁子は造船技師であった。就職当時、女性の造船技師は珍しく、色々な苦労もあったが才能に恵まれていた彼女は生涯現役で設計の最前線に携わることが出来た事を誇りに思っている。

 彼女の勤めていた会社は入社以来事業の縮小などの煽りを受けて何度か営業譲渡や合併を繰り返し、それに伴って社名も何度か変更され、リストラが行われた事もあった。しかし、優秀で実績のある郁子はそれらを全て乗り切って来たのだ。海技士資格こそ保持しては居ないが、自分が設計に携わった船の試験航海には設計部門の代表者として必ず乗船し、どんな異常も見逃すことはなかった。

 経験のない若い頃は数十tクラスの機帆船程度しか設計させて貰えなかったが、社内でもいち早くCADソフトを使いこなしたことから設計主任として積載重量六万tを超えるパナマックス(パナマ運河を超えられる最大サイズ)の撒積ばらづみ船を設計したこともある。嘘のような出世だった。また、短期の遠洋漁業を行える大型漁船や沿岸用の小型船まで多数手掛けてきた。そうした大型船から、帆を必要とする機帆船までの幅広い実績が設計者である郁子の名前を輝かせていた。

 いつしか艦艇船舶事業部船体基本設計部のホープとして内外に知られるようにもなっていた。

 しかし、どんな人生にも終焉は来るように、社則で決まっている定年という枷から逃れる事は出来ない。嘱託として会社に残る道もあったが、設計の最前線で仕事をすることは叶わなかったし、何より健康について不安も出てきたので郁子はきっぱりと未練を断ち切って退職したのであった。また、長年連れ添った五歳年上の旦那も同時期に勤め先を定年退職になったことも理由の一つとも言えた。

 従業員時代の健康保険は保険料を払っている限り退職後も有効であり、健康診断もかなり安価に受けられる。加えて、退職後に購入した神奈川県の田舎の家から、久々に都会に出られることもあって少々楽しみでもあった。

 流石に寄る年波には勝てず、健康診断の判定欄にはC判定やD判定もある。前回の健康診断の結果に「専門医の診察を要する」という判定がなされていたために都内の病院に月に一回通っているのだ。勿論、この病院も会社から産業医として指定されており、自己負担額が少ないこともある。

(今夜の晩御飯は何にしようかしら?)

 そう思っているうちに乗車していた列車は事故を起こしてしまった。



・・・・・・・・・



 矢沢郁子はデーバス王国の西端にあるメトカーフ伯爵領の、アヴという村の領主であるハニガン士爵家の長女として、クリスティーナと名付けられて誕生した。アヴ村は海岸からかなり離れていたため、潮の香りは感じられない。

 別に裕福な訳ではないが、長子である兄に万が一の事があればクリスが家督を継がなくてはならない。そのため幼少時から戦闘訓練にも参加させられた。しかし、彼女が成人する頃に三歳上の兄が結婚し、その二年後には長男である甥が誕生。更にその一年後に甥は健康体で育っていたため、正式に命名されたうえ、兄嫁は第二子を授かっていたことで彼女が家督を継ぐ可能性は極端に低下した。

 今まで戦闘訓練ばかりで農作業を知らない彼女に選択出来る道は限られている。適当な従士に嫁入りして従士家の妻になるのが現実的な選択だったが、クリスはそれを拒んだ。

(私、木造船も作って見たかったのよねぇ)

 クリスは転生後の人生を振り返って思う。この世界オースの文明がなかなか発展しない理由だ。それは海運が殆ど発達していないからではないのか? 流石に内燃機関エンジンについては通り一遍の知識しか持たないのでどうしようもないが、機帆船を設計した経験、大型船を設計した経験を活かせばちゃんとした帆船を作れるのではないか、と考えていた。

 頭の中には設計図もある。
 オースでは知られていないであろう四分儀や六分儀の知識もある。太陽と月だけだろうが、世の中にはその運行表もある……だろう。正確であるという魔道具の時計があるのだから月が出ている時期であれば陸地を見ない航海も可能な筈だ……晴天なら。

 そして、それらを有効に活用することが可能であると思われる固有技能、【磁力体マグネティック・ボディ】。その効果は体に磁気を帯びさせる感じであるとクリスは認識している。固有技能に気が付いた最初の頃は南北の方角が何となく判る程度だったが、固有技能のレベルが上昇するにつれ自分の体から磁場を発生させ、その磁力線や磁界までをも自由に操れることが判明した。

 まるで魔法のようだ。その魔法についても彼女は成人するとともによく学び、実践した。他の人より魔力が多めだったらしく、彼女が十九歳の誕生日を迎える頃には使用可能な三種の元素魔法のレベルはどれも二に達し、無魔法に至っては三という高レベルを誇っていた。一般の常識から言って、この年齢ではちょっとありえない程高レベルである。

 まあ、それはそれとして実は四分儀も六分儀も存在し、活用もされている。透明に近いガラスを利用した鏡が必要な為に非常に高価なことからクリスが知らないだけである。でなければ山の高さも測れないし、大きな建造物を作るのもその開発過程で三角関数が知られていなければ無理な話である。外洋航海術が発達しなかった理由は方角の測定が困難であったからに過ぎない。何しろオースの採掘可能な場所には磁性を帯びた鉱物、つまり磁石マグネットは産出しなかったのだ。地磁気はある。羅針盤コンパスが無いだけの話であった。

 そんなある日、彼女は予てから両親と話していた件について口にする。

「お父さん、私、水と火と風魔法が全部二レベルになりました。キュアーライトの魔法を学ばせて下さい」

 彼女の父親であるハニガン士爵も全元素の魔法を使いこなす優れた魔法使い(マジシャン)であり、領主という立場の傍ら村の治癒師でもあった。魔法はかなり得意な方であるが、よわい四十二にして元素魔法のレベルの中でも得意な水魔法がやっと四になるという状況であった。治癒師はキュアーライトが使えて一人前である。中でも水魔法の使い手であればその効果は高く、どこに行っても食うには困らない。

 そう、クリスはまず治癒師として生計を立てつつ、大きな街や、場合によっては領土を持つ上級貴族に取り入って資金援助を受けて外洋航海が可能な船をつくろうと目論んでいたのである。

「そうか、クリス。おめでとう。よく頑張って修行したな。しかし、その年で元素魔法が三つとも二レベルか……大したもんだ」

 感心しつつもクリスが治癒師として食べていけるのであればそれはそれでハニガン士爵としては大歓迎である。このアヴ村にはハニガン士爵の他にも治癒師が一人いるのでクリスの席はないが、治癒師を欲しがる村や街は幾らでもある。従士の家だって余っている訳ではないから彼女が村から出ても自活出来る事は親である彼にとっても願ったりである。勿論、娘が手元からいなくなることは辛く寂しい事ではあるが、娘の幸せを願うのであればここは喜ぶところだった。

「では今日の午後から早速始めようか……」



・・・・・・・・・



 クリスがキュアーライトを習得するのに大した時間は必要なかった。士爵のレクチャーが始まってから二週間程度でしっかりと覚え、既に熟練している。今はあれから半年以上が経過しており、彼女は伯爵領の首都であるラーコンへと移住の準備中であった。ラーコンであれば人口は一万に満たないものの、治癒師は幾らでも欲しい筈だ。

 そんな折である。王太子から国内各地を治める上級貴族を中心にあるお触れが発行された。お触れは早馬を利用して瞬く間に各地を治める上級貴族に届けられた。

 以下はその内容の抄訳である。

 王太子アレキサンダー・ベルグリッド殿下の親衛隊徴募。王国宮廷魔導師、レーンティア・ゲグラン准爵閣下の大魔法により、素養を持って生まれた者が反応する図形を送る。素養判別資格は以下の通り。
1.7428年2月14日生まれ
2.黒い髪、黒い目
3.合言葉を言った者
 合言葉は同封された図形の名前である。この図形を可能な限り正確に写しとり、配下の町村を治める貴族に送ったうえ、必ず上記1と2を満たす全階層の全人民に見せること。身分階級性別人種名無しを問わない。そしてこの図形を言葉にさせること。素養がある者であればそれだけで合言葉が浮かぶ。

挿絵(By みてみん)

 合言葉は「ニホン」または「ニッポン」。及びその発音が含まれる何らかの言葉である。この資格を満たした者が現れた場合、領主はいかなる困難をも排し有資格者を王城まで送り届けよ。有資格者であることが確認され、親衛隊として採用が確定した場合、その費用は相当額が国庫から支給される。また、合わせて報奨金が支給されるであろう。なお、万が一有資格者でなかった場合でもその責は問わず、二人までは費用相当金額と同額を支給する。

 まだ他に報奨金などの細かい諸条件や項目が記載されていたがここでは省略する。

 お触れを受け取ったメトカーフ伯爵は早速合言葉に必要な図形を配下の町村の数だけ作成し、騎士たちに届けさせた。そのうちの一つがアヴ村に到着したのだ。

 騎士からお触れを受け取ったハニガン士爵は早速クリスにそれを見せた。士爵がよく知る二月十四日生まれの黒髪黒目は自分の娘だったからだ。

「クリス、これを見てご覧。なんだか解るかね?」

 図形を見せられたクリスの体を衝撃が走り抜ける。

「えっ……これ……ニッポン……?」

 クリスは図形と父親の顔との間を何度も視線を往復させた。
 なぜ父さんがこれを?
 勿論、今まで日本の話題が出たことは無い。

「う……む。まさか、お前が素養者だとは……いや、しかし……」

 ハニガン士爵も驚いたが多少は思うところもあった。クリスは武芸こそ十人並み程度だったが何かにつけて優秀な子であった。

「なん……で? これ、どうしたの? どうしてこれをお父さんがっ!?」

 詰め寄るクリスに目を白黒させながらもハニガン男爵は落ち着きを失うことなく告げる。

「王太子殿下からのお触れだそうだ。合言葉を言ったのだし、良いだろう。読むかね?」

 父親から提示されたお触れの書状をひったくるようにして受け取ったクリスは内容について食い入るように読んだ。そして笑い出す。

「っふ。んふふふ。なるほどね。王太子殿下の親衛隊ね……」

 クリスとしては手放しで喜びたいところではあったが、用心を忘れる事も出来なかった。
 王太子殿下が日本人ならば良い。
 しかし、日本人を配下に持ってその配下からの入れ知恵である可能性も捨て切れない。
 例えば、ここに書かれている宮廷魔導師コート・ウィザード
 クリスの知っているオースの知識であれば宮廷魔術師コート・メイジに相当するのだろうか?

 だが、大きな、非常に大きな伝手になることは間違いがないと思われる。
 クリスが望む船を作るには非常に多くの金を必要とするであろうことは自明であった。
 彼女は今後の人生全てを掛けて一隻作れれば良いと思っていたのだ。

「お父さん。私、王太子殿下の親衛隊の素養があるみたい。行くわ」

 治癒師なんかより余程安定して高収入を望め、場合によっては士爵程度なら貴族位すら望めるチャンスかもしれない。ハニガン士爵がそう思うのも無理は無い。彼にしてみれば娘の前途が開けたように感じてもいた。

「そうか。行って来なさい。協力は惜しまんよ」

 クリスが王都であるランドグリーズに到着したのは一ヶ月後の秋口であった。

 
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