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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第二百三十話 混乱

7447年6月29日

 ラルファが怯えたような声を上げ、身を竦ませた事まではなんとか判った。

 しかしすぐに、目に映っていた光景がみるみるうちに不定形となり、まるでカンバスにぶち撒けた絵の具が混じりあうように融け合って、ぐにゃぐにゃの極彩色の景色へと変貌していく。
 俺の手も、足も、体までもが不定形となって崩れ、付近のモノと融合して前衛芸術の絵画か何かの一部と化し始める。

 同時に、
 “うわぁぁぁん”という羽虫の大群のような音、
 ガンガンとハンマーでコンクリートを叩くような音、
 ぽわぽわするような軽い音、
 “バーン”と鍵盤を無造作に叩いたみたいなピアノのような音、
 “ビヨ~ン”という弦楽器のような音、
 自動車のエンジンが回ってるような音……。
 全てを表現なんか出来っこない程多種多様な音が流れ込んでくる。

 吐き気が酷い。

 瞬間的に危機感を覚えた。
 とにかく最低限必要な命令を出さねばなるまい。
 様子のおかしくなったラルファをまず何とかしなければ。

「ラルファナイン!」

 自分の声すら妙な雑音に邪魔されて全く聞こえない。
 だが、俺の喉は確実に叫んだという感覚を伝えて来た。

 目の前にいきなり花でも咲いたかのように、真っ白い同心円のような模様が広がる。広がりながら遠ざかっていくうちにどんどん透明度が上がり、あっという間に拡散しきって消えた。

 景色は不定形に崩れたと思ったが、いつの間にか何もない真っ黒な宇宙空間のように変貌を遂げていた。そのあちこちに極彩色の小さな円だか球だかの集合体が生まれては高速で移動し、消えていく。耳にはあまりにも多種多様な雑音が流れ込んで来るが、それぞれの音についてはその方向や音量について不思議と聞き分けは出来る。

 しかし、クワガタ巨人が居た辺りを見ようとしたら大音量の羽虫の音が急速に正面の位置に移動した。同時に、目と耳から暴力的に容赦なく流れ込む、かつて経験した事のない色と音の奔流に曝されて余計に気持ちが悪くなり更に吐き気が強まった。

 糞っ!

 何が何だか解らんが、右手に掴んだままの銃剣の感触はしっかりとその感触を感じられる。

 俺の脇から真っ赤な同心円が幾つも重なって移動して来て、俺を通り抜けるとやはり拡散して消えた。

 あちこちから黄色の、緑色の、青色の同心円がいくつも重なりながら高速で移動しつつ拡大し、すぐに透明になって消えていくのが見える。

 進行方向に対してだんだんと広がっていく輪ゴムが幾つも重なっている感じ、と言えばいいだろうか?

 それとも、空中を広がりながら進む波紋かね?

 ちょっと違うような気もするがそんな事はどうでもいい。

 地面があったと思しき低い位置の各所からも薄茶色い色の同心円が発生し、こちらは大した距離を進まないうちにすぐに消えている。

 ヤバい薬を摂取してラリったかのような感じだろう。

 しかし、頭の奥底は冷えている。
 急に引き起こされた訳の解らない事態でも、何とか物は考えられる。
 話に聞く薬がキマッた時のような多幸感は全く感じない。
 薬なんかやったこと無いから知らないけど。

 ラルファを戦場から引き離せと命じた今、とにかく目の前の巨人をなんとか牽制しなくてはなるまい。巨人から一度距離を取って仕切り直しをしたいのは山々だが、彼女はつい今しがた妙な声を上げて様子がおかしくなった。ラルファを退避させに来る奴らの援護をしなければ!

 しかし、雑音が五月蝿くて気が散るなんてもんじゃない。
 目に映る光景は極彩色の訳の分からない円だか球だかのようなものばかりだ。
 本当に何が何だか解らなくて混乱するわ。
 ラルファもこうなったのだろうか?

 目の前の各所から炭酸飲料の泡のように小さな焦げ茶色の同心円が湧き出す。
 同時にその辺りが発生源だと思われる羽虫の大群の音は少し移動したようだ。
 巨人は丁度その辺りに居た筈だ。

 耳に“キンッ”と澄んだ金属音が届いたと同時に、物凄く大きな七色に輝く同心円が一瞬にして辺りを埋め尽くしたと思ったらすぐに消えた。

 何なんだよ一体!
 吐き気は相変わらず酷い。

 ほぼ同時に俺のすぐ左脇にピアノのような音が発生し、そのまま俺の前方に移動してきた。
 しかし、俺の前にまで音が移動する直前にその音の発生源から粟粒の程の小さな赤い同心円が俺に伸びてきてその同心円やピアノの音に突き飛ばされ、同時に俺の胸のあたりから大きな赤い同心円が広がった。

 まるで通り抜けざまに誰かに突き飛ばされた感じだ。
 俺が今まで居た辺りに、急に音量を上げた羽虫の群れが通り過ぎた。

 右膝を地に着いただけでなんとか倒れずには済んだ。
 完全に転ばずに済んだのは幸運だったのか、それとも……。

 !?

 ああ、畜生!
 そういう事かっ!

 今のピアノのような音と赤いのはミヅチだ!

 羽虫の音は巨人だ!

 視覚と聴覚が入れ替わりやがったっ!

 同心円に見えていたのは音だ。
 雑音に聞こえていたのは俺の目に映っている筈の景色だ。

 落ち着け、俺。
 と、言うことは、だ。
 何らかの魔術か特殊能力に囚われてしまったのだろう。

 ならば。

 まずは鑑定を試すべきだ。
 鑑定の固有技能を発動した途端、目の前から聞こえる羽虫の音が少しだけ高くなったように感じた。
 これは、鑑定で輝度が上がったという事だろうな。

 ならば!

「魔法が使える筈だ!」

 目の前が真っ白な同心円に埋め尽くされるほど大声で叫ぶ。
 同時に目の前の巨人についてはミヅチに任せ、俺は奥で網に捉えれている方の巨人から始末をつけるべきだろう。

 うろ覚えの方向を見る。
 ……ぅぁぁぁぁぁ……目の前よりもかなり小さな音だが確かに別の羽虫の音が耳に届いた。
 同時にその発生源で焦げ茶色の小さな同心円らしきものが僅かに……。

 あそこか!

 あの辺りには誰も居ないはずだ。
 俺と、その遠くの羽虫の音との間に別の音が聞こえる感じもしない。
 間に障害は無いという事だ。

 よし。

 また“キンッ”と澄んだ金属音がしたと同時に、物凄く大きな七色に輝く同心円が一瞬にして辺りを埋め尽くしたと思ったらすぐに消えた。

 ……これは、エンゲラのライフル銃だろうか。あの澄んだ金属音は発射光マズルフラッシュなのか?

 右膝を地に着けたまま左手を開いて遠くの羽虫の音へと伸ばす。

 ストーンバリスタミサイル!

 あまりの吐き気に集中力を高められない。
 焦っていた事もあって魔術の発動には永遠とも思える長さを感じたが、それでもせいぜい三、四秒というところだったろう。
 同時に五つ発生した“キィィィィン”というジェットエンジンのような甲高い金属音はあっという間に遠ざかり、羽虫の音の辺りに紺色の同心円が発生してすぐに消えた。
 魔術の命中を確信すると同時に遂に我慢の限界を迎え、一口だけゲロを吐いた。

 酸っぱい。
 臭い。

 味覚と臭覚は正常のようだ。
 一口ゲロを吐いたせいもあるのか少しだけ楽になった気がした。

 あちこちから色とりどりの同心円が発生しては消える。
 右手に掴んだままの銃剣をしっかりと握り直すと銃剣の辺りから“ぽわぽわ”と言う軽い音がする。
 俺の視界に入った銃剣の音か。

 目の前の羽虫の音の先から小さな黄色い同心円と黄土色の同心円が発生してゆっくりと遠ざかっている。耳には何かがぼよんぼよんと跳ねるような音とアブラゼミの鳴き声のような音が同じように遠ざかっていくように感じた。
 どちらかはラルファでどちらかは彼女を引き摺るかしているグィネかバストラルあたりだろう。

 殆ど同時に滅茶苦茶に鍵盤を叩くようなピアノの音が羽虫の音と混じり合うかのように聞こえてくる。ピアノの音に合わせて赤い同心円もその発生源を移動しつつ幾つも生まれている。
 ミヅチが何か叫びながら戦っているのか。

 そこにピンク色の同心円を伴いながら錆びたフレームが変形して歪む時のような“ギシギシ”という音が近づいてきて一緒に混ざるように動き始めた。足元らしき辺りからは茶色い小さな同心円が発生している。足音は共通らしい。

 ベルか。

 何か甲高い音が羽虫の音に吸い込まれるようにして来たが、接触したような辺りで緑色の同心円が発生した瞬間に甲高い音は方向を替えた。
 トリスあたりの攻撃魔術が弾かれたのか?

 更にはガンガンという音やエンジン音、何かの弦楽器のような音もそれぞれ近づいてきた。

「ダメだ、来るな! 全員距離を取れっ! ベルも退却しろっ! エンゲラは撃ち方止めっ! ゼノムだけは援護頼むっ!」

 俺みたいになっちまうぞ!
 多少なりとも知識があり、それなりの前衛戦闘力を備えたミヅチに任せた方がいい。
 あの大顎をすら断てるような剣も持ってるしな。
 それに、奴は既に手負いでもある。
 “ギシギシ”という音は離れていった。

「ミヅチッ! 合図から五秒後かっきりでお前は伏せろっ! カノンでぶっ殺してやるっ! 全員でカウントダウン! 行くぞ!」

 そう怒鳴って今度は近い方の羽虫の音に左手を向けるが、相変わらず自らの怒鳴り声は全く聞こえず、先程同様に目の前には真っ白い同心円が広がって消えただけだ。この光景が気持ち悪さを助長している気もするよ。怒鳴りながらもタイミングが合うよう、慎重にストーンカノンミサイルの精神集中を始めている。

「五!」

 同時に各所から色とりどりの同心円が広がっては消える。
 皆、声を合わせてのカウントダウンかね?
 余裕があるのは良い事だ。

「四!」

 チーンという仏壇の鐘、りんのような音が羽虫に吸い込まれ、そのまま鳴り続けている。

「三!」

 ゼノムの斧だろうな、ありゃ。

「二!」

 魔力を練りながら慎重に羽虫の音に左手を向ける。本来見えているからだろう、羽虫の音の場所についてはしっかりと把握出来る。

「一!」

 そして魔術は完成した。

 俺の左腕の先端からアフターバーナーを焚いたF/A-18E戦闘機のような特大のエンジン音が放たれた。
 ミヅチなら万が一にもタイミングを間違えることはあるまい。
 信じてる。

 羽虫は目と鼻の先だ。
 一応ミサイルは付けているが外しっこない距離。
 羽虫の音のど真ん中を駆け抜けるF/A-18E戦闘機(スーパースズメバチ)

 直後に羽虫の音は幾つかに分散した。
 そのどれもが地面の上から聞こえてくる。

 やったか?

 クワガタだか何だか知らねぇが、俺の最強の攻撃魔術だ。
 羽虫如きが超スズメバチ先輩に勝てる訳ねぇだろ。

 命中したのであれば殺せたとは思うが、わかんねぇから油断は出来ん。

「殺せたかっ!? もういいなら誰か俺の手を握って起こしてくれ」

 ピアノの音とフレームが歪むような音が近づいてきた。
 伸ばしたままの俺の手がピアノの音に包まれるのを感じた。
 やったのか……。
 思わず安心してピアノの音に凭れ掛かってしまった。
 一瞬だけミヅチじゃなかったらどうしよう、と思ったけど、この感触はミヅチだろう。
 自分の体を見ても、各所から灰色っぽい粟粒のような小さな同心円がたまに発生するのが見えるくらいで殆どは透明なんだよ。
 ピアノの音は抱きしめ返してくれた。

 どうやら他に脅威は無いらしい。

「ラルファの様子はどうだ? 俺と同じかも知れない。生きてるなら手を握ってくれ」

 目の前に色とりどりの同心円が発生しては消えていく。

「まっ!? 死んじまったのかっ!?」

 目の前に色とりどりの同心円が発生しては消えていく。

「くそっ!」

 強く手を握られた。

「大丈夫なんだな?」

 また強く手を握られた。

「ああ、悪い。見えるし、聞こえるが、眼と耳をやられた。あと、気持ち悪い。吐きそう」

 既に一回吐いてるけどさ。
 目の前に色とりどりの同心円が発生しては消えていく。
 あ、水出して口をゆすいどこう。
 エチケットは大切だ。
 今更だけど。

「すまんが何か喋っている、という事は解るが内容までは全く解らん。みんなが立っている位置は見れば解るがどんな表情をしているかまでは解らん。眼と耳の感覚が入れ替わったようだ」

 目の前に色とりどりの同心円が発生しては消えていく。

「ラルファも同じようなものかも知れない。誰か手を握って安心させてやれ」

「ミヅチでも誰でもいいが、俺に魔力感知ディテクト・マジックを掛けて見てくれないか? もし反応があれば怪我はないと思うけど何か治癒の魔術を頼む」

 とかビビりながら喋っている間にすぅーっと吐き気は去り、同時に感覚も戻った。
 心の底からほっとした。
 ミヅチは目を真っ赤にして泣いていた。
 他の皆も俺の事を心配してくれていたようだ。
 自分を鑑定しても特に大きな問題は無かった。
 どうも魔法の反応はあったらしいが、キュアー系や知っている限りのリムーブ系の治癒魔術は全て、何の成果も上げなかったらしい。
 効果時間切れってところかね?

 改めて話を聞くと戦闘時間自体はミヅチがネット・ランチャーを発射してから一分も無かったらしい。俺がおかしくなっていた時間は十分以上も続いたようだが、ラルファは四、五分で回復していたという。

 彼女は回り全ての人物がアンバー・ゴライアスも含めて前世の同じ人物に見えたそうだ。彼女が幼い頃、肺癌で苦しみながら亡くなる所を見てしまった祖父だったために取り乱してしまったとのことだ。一種トラウマのようになっていたのだろう。身内の話なので詳しくは聞かなかったが、どうも断末魔の状況に見えて、聞こえていたようだ。怖かったろうな。

 ミヅチによるとアンバー・ゴライアスの混乱の効果は大抵の場合このように、過去に見知った人の幻覚を見てしまうようだ。または、運が悪いと周囲の人全員をアンバー・ゴライアスと勘違いしてしまい、間違えて攻撃してしまうこともあるらしい。俺のような症状は聞いた事がないそうだ。どこまで運が悪いんだよ、俺。

 また、俺が二匹目のアンバー・ゴライアスを仕留めた瞬間にいつも通りにライトニングボルトの檻は消えたとの事だった。

 なお、この状況で判る通り、当然の事ながらストーンカノンは見事に命中しており、クワガタ巨人の胴体は上半身と下半身で泣き別れになっていた。これについても過去に一度も見せたことのない強力な魔術であったため、見ていなかったラルファを除く全員が興奮したように語っていた。

 しかし、その御蔭で鑑定しても【グレート・アンダーグラウンド・ヴォジャノーイの死体】になってしまっている。

 今は俺が回復したことで安心したズールーが魔石を採ろうとしている。
 俺の無事を確認したエンゲラも奥のクワガタ巨人へと歩き始めようとした。
 クワガタ巨人のステータスや混乱だのについて鑑定しなきゃ。
 鑑定でまず見てみたが、こちらも残念なことに【グレート・アンダーグラウンド・ヴォジャノーイの死体】になってしまっていた。
 ステータスの名称に【の死体】がくっついちゃうと鑑定しても殆ど情報が取れないことは言ってある。

「エンゲラ、ステータス見て死体じゃなかったら鑑定の魔術使うからな」

 振り返って歩みを止めたエンゲラに言う。
 エンゲラは了承の返事を寄越すとまた歩いて行った。

「ねぇ、それで、魔法の品(マジック・アイテム)は何だったの?」

 精神的にも混乱からの再建を果たしたラルファが言った。
 混乱から立ち直った直後にこれか。
 流石は我が殺戮者スローターズでナンバーワンの守銭奴っぷりである。

 ちょっと感心したが、俺も含めて全員がすっかり忘れていたのは確かだ。
 そう。お初にお目にかかった守護者と言うことは、魔法の品(マジック・アイテム)を持っている筈だよね。

 全員、ズールーが解体しているアンバー・ゴライアスの上下泣き別れの死体を見る。
 上半身には既にズールーがとりついてゴソゴソやっているから、何か見つけたのであれば報告がある筈。
 無いと言う事は、何も無いのだ。
 下半身はぶっちぎれた拍子に回転しながら十mも飛んで、胴体の傷口をこっちに向けている。
 あれも見た感じ特に何かを装備しているようには見えない。

 次にエンゲラが傍にしゃがみ込んでいる方の死体を見た。

「ご主人様!」

 エンゲラの声がした。
 こっちだったね。
 さあ、お楽しみの戦利品検分の時間だ。



・・・・・・・・・



「これは……地金インゴットでしょうか?」

 エンゲラが魔石採取の為に網を取り除いているアンバー・ゴライアスの死体の腰には大きな革袋がぶら下がっていた。地面に移された革袋の口から地金じがねのような金属塊が見える。

「やったね! 反応があるし、魔法の金属じゃない!?」

 俺よりも早く、ダッシュでここに到着していたラルファは既に魔力感知ディテクト・マジックを使っていた。俺が鑑定の魔術を使えると言うようになってからは呪いの品(カーズド・アイテム)であることを警戒し、正体不明の魔法の品(マジック・アイテム)っぽいものは触ること無く俺の到着を待っている。

 しかし、魔法の金属とな!?
 思わず鑑定しちゃたよ。

そよ風の蹄鉄ブリーズ・ホースシュー
【ミスリル】
【状態:良好】
【生成日:29/6/7447】
【価値:1】
【耐久値:524288】
【性能:通常の蹄鉄と同じ】
【効果:自動修復オート・メンディング
【効果:この蹄鉄を使用するには身体の爪(硬質化した皮膚)一つと蹄鉄の装着面が50%以上接触する必要がある。要件を満たした場合、対象の生物の爪の形状や大きさに丁度合うように自動的に変形して密着する。この蹄鉄を使用状態で爪に装着した生物は使用開始後、連続使用12時間まで移動による疲労はしない上に、本来その生物が運べる荷物の倍の重量まで運搬可能になる。また、波高が装着した生物の体高の一割以下の水上も通常の大地同様の移動を可能とし、更に泥濘などの不安定な地形でも通常の大地同様に移動が可能となる。外す際には装着した者が触れれば簡単に外せる。尚、当然の事だが移動に必要な全ての爪に装着しなければ効果は発揮されない事に留意せよ】

 ちらっと見ただけだが、呪いなどの類は無いようなので良し。

 一応中身に触れないように革袋ごと持ち上げる。
 膨らみから想像していたよりはずっと軽いな。
 十kgもあるかどうかだぞ、これ。

 そして袋の底を持って逆さにする。
 すると、長さ七、八㎝、幅一㎝、高さ五㎜程の棒だか板だかのようなピカピカと銀色に輝く金属が幾つもザラザラと転がり出てきた。ざっと見で二、三百はあるように見える。
 なお、革袋は何の変哲もないもののようだ。

 皆が見守る中、小さな金属板の山の前に胡座をかいて座り、光る目(シン・ライト・アイズ)の魔術の為に魔力を練り始めた。

 ……。

「綺麗ねぇ」
「ラル、反応はどんな感じだったの?」
「ん~、無魔法と地魔法、風魔法って感じだったかなぁ……」
「へぇ……なんだろうね?」

 …………。
 ごめんな、待たせて。
 魔術の完成にはもうちょっと掛かるんだよ。

「沢山あるし、少し売っちゃうんですかね?」
「そんなの解らんよ」
「それもそうですね」
「でも、魔法の金属なら剣とか作れるかも……うは」

 ………………。
 そりゃ時間が掛かってるよ?
 ただ見守ってるのが飽きるのは解る。
 けどさぁ。

「ご主人様が集中しておられます、話すならもっと向こうで……」

 エンゲラ、お前は本当に良い奴だ。
 必ず報いてやるからな。
 プラス一ポイントだ。

 ……………………。
 やっと今、目が光った筈だ。
 地面の金属を見つめ続けているからどうせ誰も気付いてねぇだろうけどさ。

「こう見えて蹄鉄だそうだ。【そよ風の蹄鉄ブリーズ・ホースシュー】って名前らしい」

 そう言ったが、俺の傍に控えているズールーとエンゲラの二人だけが感心したような声を上げ、祝辞を述べたのみだ。

 他の皆は少し離れた所で、

「ねぇ、ミヅチ。魔法の金属って高く売れるの?」

 と守銭奴のラルファがほざき、

「相当な値打ちものと言えるね」

 ミヅチもしたり顔で頷いている。

「矢とか作れるのかな?」

 期待したような声でベルが尋ねると、

「鏃に魔法の金属を使用したものはかなりの攻撃力を持つね」
「じゃあ、銃より効果あるのかなっ?」
「うーん、それはどうかなぁ。でも、迫るかも。ベル、どうする?」
「アルさんに頼めば作ってくれそうよね?」

 と、ミヅチと二人で何やら話し込み始める。

「あれだけあれば槍の穂先とか作れそうっすよね?」

 救済者セイバーズ唯一の配偶者持ちが勝手な皮算用を言い始め、

「アルさんなら大丈夫じゃないか?」

 強力な魔法の武具(マジック・アームズ)を二つも装備して余裕のトリスもそれに答えている。

「おいおい、皆勝手な事を言うな。まだ魔法の金属と決まった訳じゃないだろう?」
「そうですよ、全く」

 ゼノム、グィネ。お前ら(ドワーフ)こそが救済者セイバーズの良心だ。

「でもあんなに綺麗なら私ピアス開けようかな? 王都のセイシェンって金細工店のアクセサリー、今すっごい流行ってるんですよね。魔法の金属なら超自慢出来そう」
「お? ピアスか。死んだうちの親父も片耳に開けてたな……」
「え? それ、格好良くないですか?」
「そうか?」
「そうですよ、片耳だけピアスって渋いと思います」
「ふむ」
「しかも魔法の金属ですし、あの輝きですよ?」
「俺も開けようかな?」
「ゼノムさんがセイシェンのピアス着けたら格好良いし、きっと似合うと思いますよ」
「ほほう……でもあれで酒坏でも作って飲んだら美味いだろうな」
「あ! それも……それも素敵ですねぇ」
「だろう?」
「酒坏とお揃いの小皿でも作って、お揃いの楊枝を刺した塩漬けのオリーブ置いても似合いそう!」
「格別だろうな」

 武器は置いておいてアクセサリーならまだしも……魔法の金属で酒飲み道具作ろうとか、この二人ドワーフこそが救済者セイバーズのガンだったわ。

「聞けよ!」

「「はっ!」」

 ズールーとエンゲラが畏まった。

「お前らじゃねぇよ」

 ぞろぞろとガン細胞どもが集まってきた。
 全員揃ってバツの悪い申し訳なさそうな顔をしているが、約一名のみが頭の後ろで手を組んで「結構早くなってない!? 昨日はもう少し時間掛かってたと思ったけど」とか呑気にほざいていた。

「こう見えて蹄鉄だそうだ。【そよ風の蹄鉄ブリーズ・ホースシュー】って名前らしい」

 改めて俺が言うと、「蹄鉄ぅ!?」とか「これが?」とか「へぇ~」とか「意外~」とか言われた。うん。俺もそう思わんでもなかった。

「多分この広い面、でいいのかな? を蹄に半分以上接触できたら自動的に装着されるようだ。朝から晩まで連続で移動しても疲れを感じなくなるし、運べる重量も倍増する。水の上とか泥の上も移動出来るようになるらしい」

 みんなは驚いて声もないようだ。
 本当を言うと俺もなんだけど。
 ここじゃ試せないけど、地上に戻ったらまずは俺の軍馬、ウラヌスに装着してみよう。

 ところで、なんでこんなもんをアンバー・ゴライアスが持ってたんだろうねぇ?

 何の気なしにエンゲラに魔石を抜かれ、二つの網がぐちゃぐちゃに絡まったままのアンバー・ゴライアスの死体を見た。大顎の小さいこっちの死体はメスなんかねぇ? それとも図体のでかいだけの子供なのかしらん?

 爪先側に二本、踵の方に一本伸びる足の裏には土ですっかり汚れていたがしっかりとYの字状の金属板が貼り付いていた。
 それぞれ切り落とした指先で触れてみると、ポロリと剥がれ落ち、みるみるうちに他の蹄鉄と同様の板状になった。

 革袋の中に入っていた蹄鉄は二百五十二個あった。
 二匹のアンバー・ゴライアスの足の裏から回収した物を併せれば二百五十六個だ。

 馬なら六十四騎もの長距離超高速移動部隊が編成可能である。
 ゴムタイヤとベアリング入り車軸を使った馬車を引かせても物凄いだろうな。
 あ、馬車の方は水の上はダメか。

 
感覚入れ替えの元ネタはアルフレッド・ベスター著、中田耕治訳の「虎よ、虎よ」(旧題:わが赴くは星の群)という1950年台に書かれたSF小説です。この小説では今回の話どころではなく、聴覚が視覚に、色彩が痛みに、動きが聴覚に、嗅覚が触覚に、触感が味覚に、それぞれズレるシーンが有ります。これ以外でも仮面ライダーやサイボーグ009、コブラ、AKIRAなどの設定やストーリーの元ネタになっているとも言われています。でもこの小説の大まかなストーリーについても元ネタがありますけど。感想欄でコブラのご指摘が多かったので念の為。

また、アンバー・ゴライアスのアンバーと言うのは琥珀(Amber)を意味し、琥珀に執着するところから名付けられた徒名です。
決して褐色(Umber)の意味ではありません。
ありませんったらありません。
UとAでは明確に異なります。発音もʌとæで異なりますので。

最後に、「ウラヌス号」は硫黄島の戦いで戦死した、1932年ロサンゼルスオリンピック馬術障害飛越競技の金メダリスト、バロン西の愛称で知られる大日本帝国陸軍大佐、西竹一氏の愛馬の名です。
+注意+
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