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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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「裏百二十五~百三十九話」

 その朝サージは心地良い目覚めを迎えた。キャシーに腕枕をしていた左腕は少し痺れが残っている感じもあるが、それがサージに確かな重みを実感させている。昨晩はしこたま飲み、浮かれてボイル亭に戻ると何も出来ずにそのまま二人で寝てしまったのだ。

 今日はゆっくりと朝食を摂り、その後二人で神社へと出向いてキャシーの解放と結婚の儀式を行って貰い、その後買い物だ。結婚祝い金としてサージの雇用主のアルから二十万Z、その他ミヅチ、ゼノム、トリス、ベル、ラル、グィネから十万Zずつ、ズールーとマルソー、ギベルティの奴隷三人からはナイフや髪飾り、食器などが贈られていた。昨日戻った迷宮行でのボーナスの残りを合せるとサージの所持金は百万Zを少し超え、キャシーの解放や結婚、来月初日には給料も出るから月末までの宿代や食費など、どうしても必要な費用を差し引いても五十万Z以上も余裕がある。

 サージは腕の中で既に目を覚ましているキャシーにキスをすると寝台から起き上がった。

「さぁ、出掛けよう。まずは飯だな! 今日は忙しいぞ!」

 先々月購入した服に袖を通し、ゴムサンダルを履いた時、ふとキャシーの履物が無い事に気付いた。(ああ、サンダルも買わないとな。新婚旅行じゃないが、買い物がてら何日か王都まで行くのもいいな)自然と零れ出る笑みを隠そうともせずにボロを纏ったキャシーを伴って飯屋へと足を向けた。

「え? 私、ポリッジで充分だよ」

 朝食を一杯の麦粥オートミールのポリッジだけで何故か遠慮するキャシーに、ああ、そういえば俺も……と以前の自分を重ねて思い出したサージは「遠慮することはない。お前が好きな物を好きなだけ食べられるくらいには稼いでるんだ。いずれお前にも仕事をして貰うことにはなるけどさ……お前の旦那は今年だけでもう八百万Zくらい稼いだんだぞ」と胸を張って言ってやり、ベーコンや炒り玉子、牡蠣の燻製のオイル漬け、白いパンなども追加で頼んだ。

「サージは凄いねっ! でも、八百万ってどれくらい? 銀貨十枚くらい?」

 サージは彼女が計算を出来なかったことを思い出した。それ以前に万の単位は知ってはいるものの、それ以上の桁さえ知らなかった。だから多分、何も考えずにさっとイメージ出来るのは九万九千九百九十九までだ。ロックフォル村で農奴として生活を続けるのであれば数万Z以上の買い物なんかまずありえない(それだって奴隷の立場や収入を考えれば数年に一度あるかないかだろう)のでそれで充分と言えるが、今後はそうも行かないであろう。

 分厚く切られて強火で焼き、脂が滴るベーコンを頬張らせ、胡椒を軽く振りかけた炒り玉子と牡蠣の燻製のオイル漬けを白パンに挟んで食べさせてやるとキャシーはいつかのサージのように感動して何も言えなくなってしまった。

 サージは、何かを口にする度に「これ美味しいなぁ!」と一言だけ言ってあとは夢中になって食べるキャシーが可愛くて仕方なかった。話を聞いてみると奴隷商の所に居た間は、いつも野菜スープと麦粥で、たまに麦粥の代わりに黒パンの食事だったらしい。野菜スープにはきちんと大きめの具が入っていたらしいから、それでもロックフォル村での食生活よりはかなりマシだったとは言えよう。

 食事を終えた二人が次に向かったのは今日のメインイベントが待っている神社だ。生後一年前後の、今後の成長が期待出来そうな健康な子供を抱いた両親などが命名の儀式の順番待ちをしていた。その列の一番後ろにキャシーと並んだ。勿論、神社に来る途中で「奴隷の店 ロンスライル」に寄ってきちんと販売証明を貰って来ることは忘れていない。

 列に並んでいると修道服に身を包んだ神社の職員らしい中年の女性が一人ひとりに希望する儀式を訊いて歩いていた。サージの答えは簡単だ。「彼女キャシーを奴隷から解放し、その後自分との結婚だ」と伝えた。それを聞いた職員や周囲の人達から祝福の言葉が掛けられる。

(ああ、なんて気持ち良いんだ!)

 照れて頭を掻きながらも「いやぁ、六月に結婚すると花嫁は幸せになると言うじゃないですか。幸せにしてやりたいんすよ」と、前世の結婚式場の受け売りのような言葉を言ってから「あれ?」と頭を捻った。あれはローマ神話だったか……。周囲の皆も「そんなこと初めて聞いた」というような顔だった。何故か冷や汗を掻きながら「あはは……」と笑ってごまかすサージであった。

 一時間程待った後、無事に二つの儀式を終わらせ、お布施として総計三十五万Zを喜捨したサージはキャシーのステータスを何回も見ていた。

【キャサリン・バストラル/17/6/7445 キャサリン・エンフォール/18/4/7445】
【女性/21/9/7428】
【猫人族・ロンベルト王国ロンベルト公爵領登録自由民】
【特殊技能:夜目ナイト・ビジョン
【特殊技能:小魔法】

(キャサリン・バストラルか……何度見ても良いものだなぁ……)

 サージがそう思ってニヤニヤとすると、キャシーも自分のステータスに加えてサージのステータスまで見て(ああ、本当にサージと結婚出来たのね! 嬉しいな!)とニヤニヤしていた。

 さて、ニヤついた二人が次に向かったのは服屋だ。キャシーは昔から着ていて寸足らずになりかけたボロい服を一着しか持っていなかったので、まずは服を買わねばならない。金はまだ沢山あるから適当な服を一着買い、昼食後アルたちに断って王都に出掛け、一週間くらいゆっくりと過ごすつもりであった。

 二人は服屋でこざっぱりとしたシャツとズボン、下着も数枚購入した。それらを抱えてボイル亭に戻ったサージを待ち受けていたものは、驚くべき契約書であった。見習いを卒業し、休暇が終った後からは報酬が倍になるという契約書にサインして自分の分を受け取ったサージは、サンダルの購入を兼ねて一週間程王都へ遊びに行くことをアルに伝え、意気揚々と出掛けた。

 サージは乗合馬車に揺られる王都への道中で、まず始めに行く場所を考えていた。

(サンダルを買うのにグリード商会に行くのは絶対だが、それよりも先に行きたい所があるんだよな……良くは知らないからこっちは後回しでもいいか……)

 サージはまず、グリード商会へ寄るとキャシーの紹介がてらゴムサンダルを購入しようとしたものの、番頭のロズラル・リョーグは代金を受け取らなかった。

「私達からの結婚祝いだと思ってくれ。存じ上げなかったとは言え、アル様のご友人のご結婚に何も出来ませんでしたからね。どうか気にしないで欲しい」

(なんだか、たかりに行った感じになっちゃったかな? そんなつもりはなかったんだが……)

 また、従業員のレイラ・ヨトゥーレンが小声で聞いてきた。

「鞘はお持ちですか?」

「ええ、アルさんから結婚祝いに分けて貰っています。そちらは大丈夫ですよ」

 サージも小さな声で返答した。キャシーはハンナやカムナルと遊んでやっていた。同じ猫人族キャットピープルと言うこともあってすぐに懐いたようだ。

 サージはレイラに貴金属店の場所を確認し、グリード商会を後にした。ぶらぶらと珍しい大都市を見物しながら教えられた貴金属店を目指すサージたちは、程なくして目的の店に到着した。貴族の間では結婚指輪マリッジリングを贈る習慣もあるが、あまり裕福でない貴族以外の人たちにはそんな習慣は殆どと言って良いくらい浸透していない。

 しかし、サージはどうしてもキャシーに指輪を贈ってやりたかった。勿論あまり高価な物は無理だが、何か記念になるような物を贈りたかったのだ。流石に白金や金の指輪は無理だが、銀なら大丈夫だろう。アレルギーが出たらその時はその時だ。もう一度買ってやればいい。そう思って貴金属店に堂々と入るサージの後をおどおどとキャシーが付いて行った。

 貴金属店で目も眩むような装飾品を目にして恐縮するキャシーに六万Zの銀の指輪を贈ってやった。ほんの安物だが、サージにとっても今はこれで精一杯だ。

(そう言えば給料の三ヶ月分とか聞いたことがある。俺の場合は六十万Zか……あれ? それって婚約指輪だっけ? まぁいいや。しかし、六十万か……なんだ、それくらい迷宮一回で稼げるじゃないか。また来てやってもいいな)

 無事に結婚指輪をキャシーに贈り、ぶらぶらと数日王都の名所巡りをするが、一軒の店が目に入ったサージはそこに吸い寄せられるように入っていった。楽器店であった。弦楽器を慎重に品定めをするサージの目つきは余人を寄せ付けない厳しいものだった。店員に断って少しばかり鳴らし、舌打ちをしたり首を捻ったりして時間が過ぎていく。食事も取らずに半日も店で過ごしたサージに文句ひとつ言わず付き従うキャシーは妻の鑑であると言えよう。

 結局、サージは二十三万Zという大枚をはたいてリュート(ギターに似た楽器)を一つ購入した。



・・・・・・・・・



 一週間後、王都から帰って来たサージは、キャシーと二人で王都からゆっくりと流れる時間を楽しんでいた。朝起きて軽く走り、その後シャワーで汗を流してから新妻と二人で朝食を摂り、涼しい湖の畔まで出掛け簡単な文字から教えていく。キャシーは文字を覚えるのが相当早かった。サージは(お、俺より早い……だと?)と驚愕すらしていた。

 昼に食事を挟んで午後は初歩的な算数を教えながら、優雅にお茶を楽しむ。ただ覚えればいい文字に比べて算数はちょっと苦手なようだ。その後街外れで少しばかり槍の訓練を行ってから二人で旨い肴を摘みつつ酒盃を傾ける。勿論、王都に行った際に購入したリュートを奏でたりもする。その後、宿に戻って結婚祝いとして二袋貰ったゴム製衛生用品を消費する。

 ゴム製衛生用品を使用するにあたってサージはなんとも言い難い気持ちになった。今生では豚の腸すら使ったことはないし、比較対象が無かった。以前使った時は王都の超高級娼館という、雰囲気が日常ではない場所だったので使用感までは覚えていなかった。いざ使ってみると彼の記憶に残る前世のものよりかなり品質が低いと感じた。ついでに少しばかりサイズも小さいのが辛いところであった。しかし、有るのと無いのでは天地の差であることは理解出来るので文句は全くなかった。

 因みに、とっくに防腐剤候補は届いていたが、流石に新婚早々二人で挽き肉を作るためにまな板の上で肉を包丁で刻み、叩いたりはしたくないので『ソーセージ』作りは暫くの間忘れることにしている。

 そうして数日を過ごすと皆が迷宮から戻る日がやってきた。日付を勘定して今日戻るという日の昼過ぎから入り口広場周辺でぶらぶらと過ごして皆の帰りを二人で待っていたのだ。夕方近くなって入り口から殺戮者スローターズのメンバーが顔を出すとサージたちはすぐに駆け寄っていく。

「お帰りなさい、アルさん」

 キャシーの腰に手を回し、挨拶するサージ。
 真新しい指輪を見せてはにかむキャシー。
 それを見て口々に囃し立てるメンバーたち。

「おう、今回も大漁だったぞ。皆、行こうか」

 ぞろぞろといつもの魔道具屋に向かい、迷宮で得た魔石を換金する。今回も五千万台後半の稼ぎを得たようで、重畳な事だ、とサージは思った。同時に(俺が居ても居なくても稼ぎは変わらない……か。もっと頑張らないと!)と思っていた。

 勿論、迷宮行に参加しなかったサージにはボーナスは支給されない。慶弔休暇は有給休暇でもあるが、きっちりと毎月の給料は出るのだから当たり前だ。その日の夕食はサージとキャシーが王都で見聞きしたいろいろな事物を喋ったり、サージが王都で購入したリュートを奏でたりして時間が過ぎていった。



・・・・・・・・・



 七月の初日、朝から奴隷も含めて全員集まった殺戮者スローターズはランニングもせずにベルの立てた策について最後の確認を行っていた。今日はこれから神社に出向きズールー、マルソー、ラリーの三人をアルがトリスに売るのだ。そしてアルはボイル亭を引き払い別の宿に転居することになる。

 アルが殺戮者を離れている間の連絡や、予想される日光サン・レイからの勧誘のための接触や連絡の日取りなどを確認し、最後に今月の給与が手渡された。予定通り全員で神社に向かったのはそろそろ午前九時になろうとする頃だ。

 昨日の昼頃から予め噂として流してあったので神社には既に数十人に登る野次馬が詰めかけていた。今をときめく殺戮者スローターズからリーダーが離脱するのだ。もしそれが本当なら是非自分のパーティーに参加して欲しい。集まった人数のうち半数くらいはこう考えている別の冒険者パーティーのメンバーで、残りの半数は噂の確認や単なる野次馬だ。

 アルが居ない間、彼の部屋は当然空き部屋になるが、ミヅチが代金を払い続けることで部屋は確保され続けることになっていた。但し、表向きには秘密にし、ばれないようにミヅチがアルの部屋を使い、ミヅチの部屋にはその間キャシーが住む形を取る。

 さっさと宿に帰った殺戮者スローターズはゼノムの部屋に集まり、早速協議を行っていた。と言っても抜けがないかもう一度確認する程度であり、そう時間はかからない。当面はアルが上手く日光に潜り込めることを祈るしかない状況である。

 翌日は本来であれば迷宮に入る日だが、アルからの第一報が来るまでは殺戮者スローターズは迷宮には入らないことにしている。これについてはリーダーであったアルが抜けたため戦闘時の連携について確認や訓練をしたりする必要もあると見られる公算が高いであろうと予測したため、あまり不自然ではないだろうと考えられていた。午前中に街外れまで行って訓練に汗を流し、午後以降、街中に居るときはミヅチとラルファは小康状態ではあるが相変わらずつまらないいがみ合いを続ける風を装った。

 それらからあぶれているサージは仕方ないのでキャシーを伴って街中をぶらつくか、湖まで出掛け、キャシーに算数を教えて時間を潰していた。その時、ふとサージは気付いた。

(そういやこいつ、文字を覚えるのはかなり早かったが、算数は理解が遅いな……俺の教え方の問題も有るのかもしれないが……だが、文字はあれほど簡単に覚えられたんだから地力は有るはずなんだよな……)

 そこまで思った時、閃いたことが有る。

(ステータスの情報は俺には日本語で見える。だが、キャシーにはどう見えているのか? そもそも、結婚の時に彼女こいつは自分や俺のステータスを何度も見ていた……文字の読み書きは殆ど出来ない筈なのに……)

「なぁ、キャシー。お前、結婚した時ステータス見てたけど、字、読めないはずだよな?」

「うん、それがどうかしたの?」

「字が読めないならステータス見ても意味ないだろう? ってか、ちゃんと字が出てきてるのか?」

「え? そりゃあそうだよ。でも、自分の名前とかは形で解るし、数字くらいはうちの親も知ってたからね。大体意味は解るよ。と言っても自分のだけね。誰も教えてくれないしね」

「そうか……だから結構覚えが良かったんだな……」

 サージは納得したが、これなら人口の大多数を占める奴隷や自由民に文字を教えるのだけは楽そうだ、と思った。また、人口比率の低い平民や貴族が文字をなかなか教えないのは下の身分の者が利口になられても困るからだろうと推測した。そのあたり、自分の国を作ると公言しているアルはどういう方針なのだろうか、と思い、今度機会があれば聞いてみよう、と考えた。

 それはさておき、昨日、あれから既にアルに対する熾烈な勧誘合戦が始まっている。ある程度熾烈なものはあるだろうとは予想されていたが、ここまで多くのパーティーから声が掛かるとはアル自身も含めて殺戮者スローターズの誰も予想していなかった。トップチームから始まる二流くらいまでのパーティーはともかく、それ以下の有象無象とも言える程度の冒険者までが彼に声を掛ける機会を窺って周囲をうろついている。

 お陰でかなり距離を置いて観察している状況だと誰が近づいているのかまで判らない始末だった。



・・・・・・・・・



 数日後、殺戮者スローターズはアルからの連絡を受け取った。首尾よく日光サン・レイからの勧誘を受け、日光サン・レイに所属することが出来たとの事だった。また、日光サン・レイは今月六日から八日間、二十日から八日、もしくは九日間の予定で迷宮に入ることや、日光サン・レイ構成員メンバーで魔法が使える者とその者が使用可能な元素魔法とその種類、僅かな時間だが訓練を共にすることで理解出来たおおよその実力などが詳細に記載してあった。尤も、戦闘能力の方は訓練で実力を隠している可能性もあるのでもう少し高めに見積もったほうが良い、とも書かれていた。

 また、重要な事だが、今月十八日に副月のネイタリが満月を迎えるが、その日は休みであることも書かれていた。言外に調査せよという感じだ。この報告書を読んだミヅチは、調査については伝手があるので問題なく出来るだろうと請け合った。その様子を聞いていたサージは(あの治療院の闇精人族ダークエルフにでも頼むのだろう)と思った。

 とにかく、明日から八日間は日光サン・レイの全員が迷宮に入っている。今のうちに出来る事をすべきだろう。そう考えた殺戮者スローターズの暫定リーダーのトリスは迷宮行きではなく、メンバーそれぞれに仕事を命じた。サージに割り振られたのは『ソーセージ』の開発であった。

 以前試作品を披露していて以来、休み休み、数度ではあるが『ソーセージ』の中身について試作を行っていたサージであるが、既にある程度完成度を高めてはいた。市販の塩蔵品の豚肉では塩抜きのために水に漬けても塩辛くてとても食べられたものではない。

 また、香草と一緒に塩蔵したものも同様であったため、塩蔵の豚肉を使用することは既に諦めていた。やはりここは肉の挽き方が大きな問題であろう。細切れにし、包丁で叩くのは非常に骨が折れる。どうしても挽き肉機が必要であった。しかし、前世の挽き肉機の構造が解らなかった。

 歯車に肉を通すのであろうか? または細かい包丁の下を何度も潜らせるのであろうか? どちらにしても今すぐにはどうしようもない。取り敢えずは出来るところから挑戦するしかあるまい。中身はやはり生の豚挽き肉に僅かに塩や香草を練り混ぜるのが一番だろう。その時に加水すると良い事はアルから聞いていた。方法はかき氷を混ぜることである。

(かき氷! かき氷か……鉋のような刃の固定されたかき氷器なら豚肉を凍らせれば挽き肉も行けるんじゃないか? ……だが、かき氷なんて見たことも聞いたこともない。やっぱり自分で作るしかないのかな……)

 サージは袋小路に入ってしまった気がした。手先の器用さには多少自信があるが、彼は千歯扱きを作る時点で相当苦労したことを思い出した。鋸は高価だが今の彼に買えないことはない。また迷宮に潜れば問題なく購入できるだろう。と、なると今はケーシングの方に力を注いだ方が良いとサージは考えた。

 早速、豚の腸を買いに行くことにした。

 肉屋で聞いてみると、豚の腸を加工してコンドームを作ることは肉屋の副業であったらしい。アルの販売しているゴム製のコンドームは使い捨てであるのに対し、豚の腸のコンドームは何度か繰り返して使うことも出来るようだ。販売価格自体はゴム鞘と大して異ならないので、豚の腸の方が何度か使える分、お得といえばお得だった。しかし、あまり気分が良くないことも確かであり、大抵の人は元々使い捨てで使っており、何度か繰り返し使うのは貧乏人くらいのものであった。

 腸膜は六十度くらいの少し熱いお湯で湯がいた腸から冷める前に慎重に剥がすことで得られる。勿論、腸膜以外の大部分は可食部だ。豚の体で食べられない部分は殆ど無い。

 サージは四mほどのコンドームに加工する前の腸膜を買うと、早速持ち帰って中身を入れてみた。出来たものは……なかなかいける。しかし、やはり肉の挽き方はとてもサージが満足出来るものではなかった。キャシーにも食べさせてみると好評だったが、キャシーはポリッジ以外、何を食べても旨いと言うので、彼女の発言はこと食べ物についてはあんまり当てにはならないと思えたので、試作を繰り返してはラリーや自分で食べて味を調整して行くだけですぐに何日も経過してしまった。

 その間、殺戮者スローターズのメンバーは王都に行き、神社の位置やその規模を調べたり、王都の複数の肉屋にまで行って豚の腸の価格がバルドゥックとは異なってかなり下落していることを確認していた。当然『ソーセージ』を試作中のサージを引っ張り出してアル抜きの連携訓練を外輪山の山中で繰り返すことも忘れていない。

 また、スカベンジクロウラーを狙って三日も迷宮一層を彷徨い歩いたすえ、合計五匹のスカベンジクロウラーの触手を持ち帰り、薬品を扱う店に卸したりしていた。勿論、カモフラージュのため、かなり高価なものも含めて対オーガ用の痺れ薬も購入していた。半数近くはアルの宿に適当な袋に下着なんかと詰め合わせ、忘れ物だと言って宿の支配人に押し付けたりもしていた。

 一層で得た魔石については販売価格を頭割りしようかという案もあったが、ゼノムが強硬に「リーダーを務めたトリスが半分以上得るのが当然だ」と言い張ったため、その通りに分けることにした。合計でも百万Z程度なので全員どうでも良かったというのが本音でもあった。

 ただ、その後宿に戻ったトリスだけは(食料の経費や入場税とかは最初に俺が出してるから別にいいけど、頭割りだと計算が面倒だったな……)と少しホッとしていた。戦闘指揮についてはここ一年近く五層までパーティーを割っていた経験から然程の問題もなかったが、なんとなく初めて指揮を任された時の緊張感を思い出していた。

 そして、(これで毎月身分に応じて税金の計算をしてその額を月一回徴収し、記録をつけ、年末に一人ずつ伴って行政府で計算書と共に税を収めさせてたんだよな……表計算ソフトもないのに、全部手作業で……アルさんの部屋にはいつも沢山紙があったわけだ)と少しアルに感心していた。そして、決して安くはない紙や契約書なんかでもその購入費用について触れられたこともないことを思い出していた。

(それに加えて皆の訓練も見てくれてた……自分の魔術の練習のためにミヅチさんやズールーとも休みの日まで迷宮に行ってたし……商会のことまで考えていたはずだ。あっちの経理状況まで把握してなきゃ経営なんか出来っこない。失礼だけどリョーグさんたちに出来るとは思えないしな……)

 トリスはまだアルには程遠いことを理解した。出来る出来ないで言ったらトリスにも可能だろう。しかし、実行可能な能力を持っていることと、実際に実行していることでは雲泥の差で、そもそも比較することすらおこがましい。それを何年も継続し、休まずに続けることの困難さに思い至ったのだ。

 休みの日に、朝のランニングと数時間おきに適当に魔法を使う程度で、あとは決められた時だけ訓練していればよかった、それで満足していた自分をトリスは恥ずかしく思った。同時に、自分の夢を叶えるために継続して努力を続けられる精神力に感心した。そして、ファルエルガーズやヒーロスコルが何も知らずにアルの夢を馬鹿にしたことについて悔しい気持ちが湧いてきたのを感じた。

(そりゃあ転生者は優秀だ。仲間に欲しいし、居れば心強い。しかし、彼らの言い草には腹が立つ。って、俺も人のことは言えないか……休みだからと言ってだらだらと時間を潰していたことが多すぎたしな。でも、もう理解したんだ。最低でも今のアルさんと、いや、今のアルさん程度、楽々超えなきゃ伯爵なんて夢のまた夢だ。アルさんが安心して爵位を与えるようにならなきゃ……今回の件が落ち着いたらベルにも相談して今後どうするか話し合った方がいいな。俺達も遊んでる暇なんかないぞ)

 そこまで考えたトリスは更にその先へ考えが至った。

(今回、俺は指揮を任されるのが当然だと思っていた。ちょっとリーダーのように計画を立て、それを実行してみたかったし、自分の為にいい経験になるという安易な気持ちでやらせてくれ、なんて言ってしまった。俺がアルさんのことを知っているように彼も俺のことを知っている筈だ。相当勇気が要る決断だったろう……。いろいろ言いたいこともあったろうに、基本線は全て俺達に任せてくれたんだ。自分が一番危険を冒してまで……そもそも、今回の件が上手く運んだとして、アルさんにメリットはどの程度あるものだろうか……)

 トリスは大いに悩み始める。

(あの二人を取り込むことは大きなメリットだ。それは確かだろう。サージから聞いたあの二人の持つ固有技能は大したものだ。特にベルが言うように【耐性(ウィルス感染)】なんて敵に回られた日には悪夢に近い。流行病の患者から剥がした服やその死体の一部でも持って水源に行かれたらアウトになる。逆に言えばそういう切り札は絶対に手の内に加えたい。怪しまれずに病気になることもなく何度も領内のあちこちをうろうろ出来るんだからな……)

 トリスの思考は進んでいく。

(あの、ファルエルガーズを仲間に加える事は大きなメリットだ。だが、落ちた評判はアルさんのデメリットだ。勿論、アルさんの言うようにいずれ取り戻せる程度ではあるが……日光サン・レイを壊滅させられれば殺戮者スローターズを抜けたことすら演技であることは見る人が見れば想像されてもおかしくはないし。逆に評判は高まる可能性のほうが高い。
 これは、あの二人にとっても試金石だろうな。自分たちを得るために危険を冒して日光サン・レイを壊滅させたアルさんを含む俺たちをどう評価するか。騙して壊滅させた事に対して怒るようであれば、そんな甘ちゃんなら今後もきっと役に立たないだろう。戦争なんか出来やしない。どこかで足を引っ張るに決まってる。だが、ベルの言う通り全てを知って、それで認めるようであれば、立派に仲間として受け入れられるな)

 同時に、こうも思った。

(ベルは結構真剣に考えていたんだな……。ちぇっ、俺はまだベルにも劣るということか……。さっさと彼女に恥ずかしくない程度にはならないと振られちゃうかもな。がんばらないと……ああ、そういう事か……)

 トリスは何かに気づいたようで、どこか納得した表情を浮かべたあと、口を引き結んで更に考えに没頭した。シャワーを浴びたベルが戻るまで然程長い時間ではなかったが、真剣な顔で腕を組んでいる彼を認めたベルはそっと扉を閉めて彼を一人にしてやっていた。



・・・・・・・・・



 日光サン・レイとの迷宮行から戻ったアルから再度報告書が届いた。それによると日光サン・レイの迷宮内での行動は、一層と二層を除いてはほぼ地上と同じように朝、出発して迷宮探索を開始し、夕方には定められたキャンプ地に行く、または戻るという行動様式であった。また、その実力はいつか迷宮内でフロストリザードとの戦闘を見た黒黄玉ブラック・トパーズに少し劣るようなものらしい。

「その程度かぁ……じゃあそれで一軍に行けないようじゃあの二人も大したことないのかな?」

 それを聞いたラルがそう評したが、サージはそうは思わなかった。
 ロックフォル村から王都までの道中に現れた十匹近いゴブリンをサージを後ろに乗せた軍馬に騎乗したまま華麗に追い払った二人の手並みは鮮やかで印象深かったからだ。

「たったそれだけの理由で一概にあの二人の実力を推し量るのもどうかと思うぞ。何しろ正騎士の叙任を受けているくらいだからな。大体、人数の多い日光サン・レイに加わってまだ三ヶ月くらいだろう? 連携が十分に練れていないことも考えられるし、日光サン・レイの一軍の方が連携はずっと練られて気心も知れているはずだ」

 そう言ってゼノムが娘を窘めた。

「でも、完全に詐欺とは断定しづらいですね……」
「どうかな? 例えば今月の十八日に誰も調達に動いてないようであれば詐欺と言えると思うわ。ま、その辺りはまだ解らないけど、どっちみちもうすぐ判るでしょ。翌日には報告をもらえる手はずだしね」

 グィネとミヅチは日光サン・レイの一軍の実力には興味が無い、というように御札の件で話をしていた。

「……大体の実力が推測できれば充分よ。この程度であれば七層で複数のオーガ相手に簡単に壊滅させられそうね」

 ベルが薄っすらと微笑みを浮かべながら評し、続いて打ち合わせが行われた。内容はオーガメイジの部屋に誘い込み、オーガ達の攻撃で壊滅寸前の所を殺戮者スローターズが駆け付けてアル以外に証言者として一人、生き残らせるというものだ。ベルとしては、二軍に同様の策を仕掛けて、救援と移籍を交換条件にするのが一番良いと考えていたが、流石にそれは無理なので断念していた。

 想定出来る状況についてかなり話し合った末、アルに
「七層に日光サン・レイを誘い出し、オーガメイジの部屋まで誘い出すように。部屋に行くまではアルの実力をこれでもかというように見せ付け、可能なら少数のオーガに痺れ薬での一撃を与えた上で日光サン・レイに戦わせ、オーガの実力を見誤らせるようにすること。部屋に着いたら、可能であれば最終的に数分でも打ち合わせの時間が取れるように単独行動をして欲しいこと(これはアルが迂回挟撃を提案することで可能性が高まる)。七層の地図を持たないアルの為に誘導用の合図を作り準備を整えること」
などについて指示書を送り、自分達は準備のために迷宮に潜ることにした。

 十八日の夜の調査については既にミヅチから万全であると自信たっぷりに言われているので、もう気にしないことにした。多めに食料を用意し、工作などに必要な時間が計算され、明後日には迷宮に入ることが決定された。



・・・・・・・・・



 殺戮者スローターズは七月十九日に六層の転移の水晶棒に到着してからすぐに工作を開始した。七層の転移水晶の部屋の南のオーガメイジの部屋に通じる、既に判明している転移先に目印を付け、更にそれらから部屋まで行く分かれ道にも方向を見失わないように目印を作るのだ。何故南の部屋を選んだかと言うと、転移水晶の部屋から繋がる入り口の傍に大きな岩がごろごろしているため、身を隠しやすいからだ。

 なお、その工作を行っている最中に一つの事件が発生していた。戦闘要員が三人一組となって手分けして転移先を調査している時のことだ。オーガ相手には魔法での遠距離攻撃も有効だが、痺れ薬が最も有効であるため、槍を使って距離を取れるグィネとサージをトリスが指揮し、弓が使えるベルがゼノムとズールーを纏め、もう一人弓の使えるミヅチがラルとマルソーを取り纏めることになった。なお、ゼノムとラルは武器として斧を使用している関係で痺れ薬を塗っても最初の一撃以外大した効果は望めないので分けられていた。

 トリスは弓がない、一番危険度の高い組になることは充分に覚悟していたが、通路で出会うオーガは今までの経験から最大でも五匹であり、痺れ薬さえあれば問題なく倒せることを読んでいたので全く不安を抱いてはいなかった。

 ミヅチは接近戦でも相当に腕が立つのでゼノムと奴隷でも腕の立つズールーをベルの指揮下とし、彼女自身はラルとマルソーを指揮することになった。

 そのミヅチのグループが転移した所、運悪く転移先のほんのすぐ傍にオーガが五匹も居たのだ。丁度その五匹に囲まれる形で転移してしまった。すぐにその内の目の前の一匹に痺れ薬付きの矢を放つミヅチだったが、痺れ薬は即効果を発揮するものではない。続いて隣のオーガにも矢を放つ間にラルとマルソーがそれぞれ一匹ずつのオーガを相手取った。だが、ここで、弓を地に落とし、曲刀シミターを抜いたばかりのミヅチが魔法を使った。ほとんど同時にマルソーも気がついて「危ないっ!」とラルに警告した。

 ラルはすっかり忘れていたのだ。転移の水晶棒は迷宮中央のもの以外はその水晶棒に転移して来た者にしか見ることも、触ることも出来ないことを。地上七十~八十㎝程の高さの台座から一m程伸びる細い水晶棒は、一見すると細い水晶棒はともかく、四角錐の上部を切り飛ばしたような太い台座は立派な障害物だ。

 つい、そちらからの攻撃についてタイミングが遅れることを計算してしまった。

 即座に背中にミヅチが魔法で作り出した大量の空気を受けて吹っ飛ぶラル。しかし、運が良かったのか、ミヅチが計算したのか、数m離れた草地に突っ込む程度で大した怪我も負わずに済んだ。魔法で作られた風を受けてオーガ達も僅か一m程ではあるが強制的に移動させられ、体勢を崩してしまっている。その隙を見逃さず、即座に「ストーンアーバレスト」を放ち、ラルの傍に居た一匹を仕留めた。しかし、ここでミヅチは別の方向に居たオーガの攻撃を完全に躱すことは出来なかった。

 アルと異なり、ミヅチは一般の人の例に漏れず、魔術の発動には極度に集中を割かれ、その間移動も含む殆どの随意行動は取れなくなる。勿論、非常にゆっくりとした亀のような移動は可能だが、そんなもの、何らの意味もなさないであろう。

 それでも魔術の発動の直後に受けた攻撃を中途半端でも躱せたこと自体は驚嘆に値すると言えよう。尤も、その攻撃自体は痺れ薬を受けたオーガであったので、僅かではあるが行動に鈍いところが有ったのかも知れない。

 ミヅチの左肩を掠めたオーガの棍棒はそれでもミヅチに大きな傷を負わせるのに充分であった。しかし、ミヅチは昏倒した訳ではない。即座に残った右腕で落ち着いて曲刀シミターを操り、逆にそのオーガの腕を切り落としたばかりかその脇に居たオーガの片足も切り落とした。

「ごめん、弓が使えなくなった!」

 そう叫ぶミヅチの言葉を聞いたマルソーも痺れ薬の塗られた段平ブロードソードで目の前のオーガに細かい傷を与えていく。

 草むらから跳ね起きたラルは「ベク・ノス・ニムル・フォーン・サイズ・カ・ドレン!」とフレイムアローの呪文を唱えながらミヅチの背に向かおうとしているオーガに攻撃魔術を叩き込みつつ跳ね跳んだ。



・・・・・・・・・



 全てのオーガを葬り、ラルがミヅチに「軽傷治癒キュアーライト」の魔術を二回使っている間にマルソーが転移先の番号を確認していた。どうやらハズレのようだ。

「……助けてくれてありがと……」

 申し訳無さそうなラルの言葉に「どういたしまして」とミヅチは微笑んで答えた。

「私ね、ミヅチのこと、あんま好きじゃないんだ……」

 目を合わせず、傷の様子を見ながらラルは呟いた。治癒魔術は掛けたが、えぐり取られた肩の肉は塞がってはいない。

「あら、奇遇ね。私もよ」

 唇の端を吊り上げながらも痛みを我慢した顔でミヅチが言い返す。

「ん、知ってる……」

 慎重に怪我の周囲の皮鎧をナイフで切り裂きながらラルは言った。

「そ」

「何を言ってるの? 早く戻りましょう」

 マルソーが二人の会話を中断させた。

 六層の部屋に戻った彼女たちはすぐにトリスとベルの治癒魔術の世話になることになった。ベルによる七回の「重傷治癒キュアーシリアス」に加え、トリスからも「軽傷治癒キュアーライト」を五回掛けられてミヅチは魔術への集中力が戻ったことを感じた。あとは「完全治癒キュアーオール」一回で充分だ。

 それから休憩を挟んで魔力を回復させると転移先の調査は全員で当たることにした。

 その日の夜、六層の転移の水晶棒の部屋での食事が済んだ後、ラルはミヅチに話し掛けた。

「ミヅチ……私ね、まだあんたのこと好きにはなれない。でも、友達にはなれそうだと思うんだ。私にもう一度【部隊編成パーティゼーション】を使ってみてくれないかな?」

 ラルはミヅチに手を差し出しながら周囲に居る殺戮者スローターズ全員に聞こえるように、大きくはっきりと喋った。ミヅチは黙って差し出されたラルの手を握った。なお、この作戦を行うに当ってミヅチの固有技能である【部隊編成パーティゼーション】は必須である。奴隷たちには特別な魔法であると説明している。また、ミヅチの習熟度が低いため人数制限もあるので奴隷二人はまだ加える事が出来ないと言っている。

「……あ……そっか……こんな感じなんだ……ああ、アル、もう迷宮に入ってるのね……何層かは解らないけど……へぇ、ふーん、こんな風に感じるんだね」

 ドキドキしながら見守っていた全員の表情が緩む。全員、ラルが【部隊編成パーティゼーション】に追加されたことを感じ取ったのだ。

「ふ、ふん……私だって好きになれそうにないけどね……意味もなく突っかかって来るし……。まぁ、でも、私と、と、友達になりたいって頭を下げるのなら、してあげても「はぁ!? ちょっと下手に出りゃなに? その態度!? このぽっと出が!「ま、またぽっと出言った! このメスガキ! 色気出してんじゃねーよ!「あんたもガキでしょうに! 調子に乗るな、このド腐れが!「ガキじゃないですう! もう四十超えてますう!「じゃあとっくにババアじゃないの! ふん、若いから羨ましいんでしょ!?「ハッ、せめて私くらい胸が大きくなってから張り合いなさい。このペチャパイ!「ぺ、ぺ、ぺチャッとらせんわ!「あら、あの人はその程度、どっちが背中だか判らないって言ってたわよ!「むきーっ! 嘘つくな! アルはそんな事言わない! だいたいもう知ってるんだからね! その髪の色、黒いと醜いんだって? 白くしてんじゃねーよ、コンプババァ!」

 掴み合いの喧嘩になる前にゼノムが強引に割って入ると引き剥がし、二人を並べてビンタした。二人共女性でなければゼノムは背伸びしなければならなかったかもしれない。

「いい加減にしろ! 二人共! 今そんなことやってる場合じゃない!」

 サージは「ダメだこりゃ」と肩を竦めていた。



・・・・・・・・



 結局転移先の調査には丸二日も掛かった。翌日からは改めて南のオーガメイジの部屋に通じる転移先に転移し、そこから南のオーガメイジの部屋まで移動する。道中の別れ道に目印を付けるためだ。オーガメイジの部屋近くまで行くとまた戻り、今度は別の転移先も含め、考えられる全ての別れ道に合図の目印を作成していく。殺戮者スローターズはこの作業にも丸二日を要した。

 そして、オーガメイジの部屋を壁沿いに迂回して七層の転移の水晶棒の部屋に行くとそこをキャンプ地と定め、南のオーガメイジの部屋の入口まで道中に居るオーガの掃討を行った。掃討は何度か往復し、見落としがないように念入りに行われた。

 アルから迷宮内部の魔物は時間が経つと復活することは聞いていたし、今までの経験から、確実に復活することは理解していたが、その間隔まで把握していなかったことが最終的に計画が失敗に終わることに繋がろうとは、この時誰一人として予想がついていなかった。むしろ、当初予定していた工作に予定の五日ではなく、四日で済ませられたことに満足感すら覚えていた。

 散歩がてら南とは別方向のオーガを倒したりして待機を続け、アルが七層にやってくるのを待った殺戮者スローターズは、七月二十五日の早朝、待ちに待った感覚を受けた。リーダーのトリスが立ち上がった。

「アルさんが七層に到達した。用意をしておこう。アルさんが移動を開始したら俺達も行こう。ラリー、昼食の用意を頼む」

 戦闘要員の全員が無言で装備の確認を始めた。すぐにサンドイッチを作ったラリーから弁当を一人ずつ受け取ると何も言わず彼らの本当のリーダーが移動を開始するのを待った。

 南のオーガメイジの部屋までの道は既に昨日の夕方過ぎに掃討を終えている。一時間とかからずに部屋の入口に到達出来るだろう。かなり余裕を見て出発したため、十時頃には待機場所に到着した。

 用心深く周囲にオーガやゴブリンが居ないか注意し、ミヅチがオーガメイジの部屋を偵察した。「生命感知ディテクト・ライフ」の魔術も併用し、また、気配を殺したままオーガの姿と数を確認したミヅチは皆の所に戻ってくると「十一匹のオーガが居たわ。流石にオーガメイジが混じっているかまでは解らないけどあれだけ居るんだから何匹かは混じってるでしょ」と報告した。

 ミヅチの報告を聞いたベルは「うん、前に通った時と変わってないわね。あとはアルさんが上手く日光サン・レイを乗せてくれて、一人でこっちに来てくれると良いんだけど」と言って弓の弦の調子を見ながらニヤリと笑った。

 そのまま待機を続け、昼に近くなってもまだ日光サン・レイは部屋までそこそこの距離の所に居た。トリスは今のうちに食事を済ませることにして、全員で昼食を取った。今日は正念場だと言う皆の言葉を受け、ラリーが用意したサンドイッチは豪華に牛肉が使われていた。ローストビーフを六層に到着してから用意し始めていたのは全員が認識していたが、いつ出てくるのか楽しみだったのだ。肉汁を吸った白パンがすっかりふやけているが、そんなもの気にならないほど旨いサンドイッチだった。

 ついにアルが部屋のほぼ反対側、南の入り口辺りに到着した。到着後すぐに動かなくなったので休憩をしてるのだろうと思われた。

「さぁ皆、もう一瞬たりとも気は抜けないぞ。全員岩の後ろにきっちり身を隠せ。アルさんが一人で来るとは限らないしな。今はいいけどアルさんが動き始めたら完全に岩の陰に隠れるように固まって居たほうがいいだろうな」

 暫くするとアルが動き始めたがまっすぐに部屋の中心を目指している。それを感じ取った一同は、すわ、日光サン・レイが部屋に突入したのか? と思ったが、落ち着き払ったトリスに「多分偵察だろう。だが、これで暫くしたら行動が開始される可能性は高まったな。皆、気を抜くなよ」と言われ、納得した。サージはトリスの言う通り、アルが単独かどうかは判らないが、やはり偵察だったらしく、暫くすると元の位置に戻るように移動したのを感じ取った。

 そうして待った暫くの後、ついにアルが壁沿いに動き始めたのを感じ取ったサージは緊張感から唇を嘗めた。
 殺戮者スローターズの全員が弾かれたように岩の陰に移動し、小さくしゃがむ。
 アルは比較的ゆっくりと移動している。

「じれったいわね」

 ラルが独り言を言うが当たり前なので誰も相手にしない。ひたすら縮こまって待つばかりだ。アルの移動を感じ取るためにサージも目を閉じて集中した。結構目を閉じてアルの動きを感じ取っているメンバーも多いようだ。

 あと三百m……二百八十m……二百六十m……。

「結構近づいてきたわね」

 ベルが言ったが判り切ったことだ。皆、意識をアルに集中している。殺戮者は大体三列に並んで待機していた。前列左からエンゲラ、サージ、ベル。中列左からラルファ、グィネ、トリス。後列左からズールー、ゼノム、ミヅチの順だ。前を岩、右は通路の壁が塞いでいるという位置取りのため、本来は左側が先頭になる。

 二百四十m……二百二十m……。

 そろそろ見えるかも知れない。サージが隠れている岩の隙間から部屋の方向を覗こうと身じろぎをした。

「しっ、まだ動くな!」

 ゼノムとトリスが囁くような声で注意をする。瞬間的に身を凍りつかせ、動かないようにサージは努力した。

 その時だ!

『ギオオオォツ!』

 予想もつかないほどすぐ後ろでオーガの咆哮が聞こえたと思ったら「ぐっ!」と言う声を上げ、ゼノムが背中にオーガの棍棒による一撃を受け、壁に向かって飛ばされた。全く動かない。意識を失ったか非常に重篤な状態だ。

「お父さんっ!」

 即反応したラルファがゼノムを庇う位置に立ち塞がろうとしたが地に置いてあった槍を持ち上げようとしたグィネに邪魔されつんのめってしまう。だが、その御蔭で別のオーガの一撃は回避できたようだ。しかし、ズールー、トリスと立て続けにオーガの攻撃を受け、草でも刈るように薙ぎ倒されてしまった。この二人はまだ意識があるようで、藻掻いている。

 殺戮者スローターズはオーガの奇襲を受けて浮足立った訳では無い。一気に三人も打ち倒されショックではあったが、この程度の危機は今まで何度もあったのだ。だが、今度ばかりは全員の体勢が悪過ぎた。

「ミヅチさん!」

 ベルが振り返って顔を引き攣らせながらも弓を引きながらミヅチに声をかける。

 即座にその意図を悟ったミヅチは倒れ伏したトリスを飛び越えていきなり攻撃してきたオーガ達の全面に飛び出しながらその固有技能でアルに命令を送る。同時に倒れたゼノムに再度棍棒を振り上げたオーガの脇を駆け抜けつつその腕をスパッと切り落とした。だが、オーガの数が多過ぎた。五匹もいたのだ。脇を通り抜けてもその奥で更に新しいオーガが待ち構えていた。その中に自ら飛び込んだ格好になってしまった。

 サージとグィネは直ぐに槍を構えることは出来なかったし、それに引っ掛かったラルのお陰もあってすぐには穂先をオーガに向けることすらままならなかった。何とか前面に立つことが出来たマルソーが倒れた仲間の体で足場が悪い中、死力を尽くして粘らねばもっと多くの重傷者が出ていたことだろう。

 グィネもサージもすぐに槍を構え直し、それぞれがオーガを相手取るものの、ゼノムに治癒魔術を掛けようとするラルが前線に立てないのはきつい。

「ラル! 立って!」

 目を狙った矢を放ちながらベルの叱咤が飛ぶ。それが耳に入り思い出したように立ち上がるラルの数m先で四匹のオーガに囲まれていたミヅチが奮戦していた。そのうち一匹は既に倒しているようで地に伏し殆ど動きがない、そして最初に腕を切り落とした一匹も重傷を与えている。だが、多勢に無勢、取り囲まれたミヅチも脇腹にオーガのスイングをまともに食らってしまい、倒れたゼノムの上をバウンドし、隠れていた岩まですっ飛ばされた。

「ミヅチッ!」

 ラルが絶叫する。しかし、治癒魔術を掛けるべく駆け寄ろうとしたところにミヅチを倒したのとは別のオーガが棍棒を投げつけた。それに足を取られ転がってしまう。思わず回転を止めようと手を伸ばした先で掴んだのは倒れたゼノムの革鎧のバンドだった。バンドがちぎれゼノムの革鎧は半分ほど脱げた格好になってしまう。

 同時にベルは【部隊編成パーティゼーション】が途切れたことを感じながらもアルがすぐ傍まで駆けつけていることに希望を感じていた。弓を引き絞る手の震えが無くなったことに気付き、口元が綻んだことを意識した。

 既にサージもグィネも体勢を整えている。ズールーを飛び越えたグィネは一匹のオーガに相対し、その横にサージが並んでたった二本の槍衾を形成し、オーガを牽制し始めた。ミヅチが腕を斬り落としたオーガの目に矢が突き刺さり、オーガは濁った叫び声をあげて倒れた。あと三匹。

 その時だ。石の槍が何本も飛来し、皆の頭の上を飛び越え、オーガ達を牽制した。

 目の前の戦闘に夢中で【部隊編成パーティゼーション】によるアルの接近に気を配る余裕の無かったサージは驚くべき速さで救援が駆けつけたことを知った。
これじゃ第百二十五~百三十九話じゃなくて、第百二十五~百三十三話だよねぇ。まぁいっか。ここで合流だし。
次回は幕間の予定です。
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