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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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「裏百十六~百二十四話」

 四月の下旬のある日、サージェス・バストラルは一人で安物の昼食を掻き込むとボイル亭に戻った。今日の午後は何度か魔法の練習をして、その後槍の練習で時間を潰そうと思っていた。彼は最近の充実した人生が楽しくて仕方なかった。密かに計算しているが、彼の借金は次の迷宮行で返済が完了する筈だ。その後の収入は全て自分のもの。今のペースであれば二ヶ月もしないでかなり貯められる。故郷のロックフォル村に残してきた愛しいキャシー、キャサリン・エンフォールを買い、奴隷から解放してやれるのだ。

 飯も食ったし、稽古用の木槍を持って街外れの空き地に行こう。後で槍の師匠であるグィネも顔を出してくれるはずだ。前世、彼女はサージより十も年下の女子高生であったが、現世では同い年で冒険者の先輩だ。槍を教えてくれる師匠でもある。と言っても槍の腕は彼の雇い主であるアルや、貴族のトリス、元兵士だったというアルの戦闘奴隷のズールーの方が彼女よりも少し上ではあるようだが。

 このところ、雇い主の貴族、アルからよく言われている「肉体レベルの上昇について意識しろ」という事もなんとなく納得してきた。最初のうちはおっかなびっくり皆の後を追うだけで精一杯だったのが、最近では積極的に戦闘に参加出来るまでにはなっていることがその証左であると言えるだろう。

 サージは(とにかく、今は午後の稽古も気合を入れて頑張ろう)そう思って宿に戻ったが、客室の並ぶ上階の廊下の手摺から外国出身の貴族、ベルナデットがサージを見つけて手招きしたのに気づいた。

 招かれた先は彼の所属する冒険者パーティー、殺戮者スローターズの前衛の柱である山人族ドワーフのゼノム父娘の部屋だった。雇い主でリーダーのアルが不在の時は何かあると皆大抵この部屋に集合する。家族用の部屋だから少し広さに余裕が有ることもその一因だろう。

 部屋にはゼノムの他、トリスがいた。ベルとサージを合わせても四人だ。もう一人の部屋の主である、ゼノムの養女のラルとグィネ、勿論リーダーのアルやその彼女であるミヅチの姿も見えなかった。きっとまだ食事中なのだろう。

「どうしました?」

 サージが尋ねると驚くべき返答が帰ってきた。

「ファルエルガーズとヒーロスコルのパーティーな、日光サン・レイに吸収されたぞ」

(ああ、彼らも一流パーティーに入れたんだな、良かった)

 サージから見れば彼ら二人は恩人にあたる。半ば無理矢理に近かったが農奴階級から解放して貰えたのは彼らのおかげだ。出会いの状況があんまり良くなかったからか、ヒーロスコルの方はアルに対して何か含むところでもあるのか、あまり折り合いは良くないようだが。

「転生者を日光サン・レイに取られたのは痛いわね……」
「ああ、アルさんも余裕持ち過ぎていたみたいだな。先に取られちゃったか……」
「そんな事言ってもな……。俺はどうもあの二人は好かん。ラルファやグィネに騙されてると言ったんだぞ? しかも俺の前でな。お前らも聞いてるだろうに」

(ああ、そうだ。騙されて利用されてるだけだ、なんて言ってたっけ……。詳しくは知らないにしてもあれは酷いよなぁ。ま、俺は例え騙されているとしても殺戮者スローターズに入れて貰えて大満足だ。ここじゃなきゃ絶対にこんなに稼げなかった……)

 そうこうしているうちに残りの四人の転生者も合流してきた。どうもラルとグィネがまだ食事中だったアルとミヅチを強引に引っ張ってきたらしい。

 その後の話し合いでどうやったらあの二人を取り込めそうか考えることになったが、来客があったようだ。サージが応対に出ると緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドからの使いだった。そこでリーダーのアルとミヅチが抜けた。

 その際にこの件についてはトリスやゼノムたちに一任するからとりあえずどうしたら良いか皆で考えてみろと言われた。まず話し合われたのはどこまでを目的にするかと言うことだ。

「最低でもあの二人を仲間にしたいな」

 自然と議長のような立場に立ったトリスが言った。彼の髪は綺麗に刈り上げられており、深い緑色に染まっている。

「そうだね。あと、いちいちガタガタ言われたら嫌だから向こうから入れてくれって言うような状況にしたいよね」

 長い髪を綺麗な金色に染めたラルが髪を揺らしながら付け加えた。

「だとすると何らかの形で恩を売ることが必要よね」

 背中の中程まで伸びた髪を深い青色に染めたベルが少しだけ建設的なことを言った。

「恩を売ると言ってもな……」

 ピンク色の髪と豊かな髭を蓄えたゼノムが言った。

「冒険者なら命を救って貰うとか、そういう事ですかねぇ。私だってトリスさんには恩を感じていますからね」

 肩くらいの短めの髪を黄緑色に染め、髭は黒いままのグィネが言った。微妙な顔でベルがグィネを見たが誰も気が付かなかった。と、言うよりグィネは気が多いタイプなのでいつも誰かに憧れているのは既に周知の事実だったからいちいち誰も気にしないことにしていた。

 サージはつい先日、殺戮者スローターズの床屋であるベルに刈って貰った紺色に染めたモミアゲ(?)を触っていた。なんとなく、恩人を陥れるような気がして気が引けていたのだ。勿論、嫌な訳ではない。合流してくれればいいな、と思っていた。また、既にあるべき位置に耳が無いことには慣れているが、ここまで丁寧に髪を刈られたのは今生で初めてだったので広いモミアゲの触り心地にこの数ヶ月夢中になっていた。

 その後数時間かけて話し合ったがなかなか結論を見なかった。途中でミヅチが戻ったもののリーダーのアルは少しだけ顔を出し、またどこかへ出掛けて行った。

 夕飯の時にトリスがアルに説明をしていた。サージはどこか遠い世界のことでもあるかのようにそれを聞いていた。

「まず、目的ですが、あの二人を取り込むことが目的です。そして、それに付帯する事項として、向こうから頭を下げて我々に参加を要望させることが理想だと考えます」

 ビールを一口飲んだトリスは饒舌に説明を開始した。

「そのために大まかな作戦として私かベルを日光サン・レイに潜り込ませます」

 それを聞いたアルは食事の手を止め、続きを促した。

「先日得た情報で日光は神社の札で詐欺かそれに近い行為をしていることが解っています。それを暴き、恩を着せるのです。ミヅチさんから聞きましたけど、アルさんも手口とか予想していたらしいじゃないですか。それによると実行は少人数では不可能でしょう。また、日光サン・レイ内部に協力者がいると考えた方が自然ですね。ゼミュネルとかフーミズとかその辺りじゃないでしょうかね? なんにしろ潜り込んで調べない限りこれ以上の情報を集めるには物凄く時間が掛かってしまいそうです」

 アルは難しい顔で聞いている。

「当然、殺戮者スローターズを上手く抜けないといけません。また、抜けるのは一人でないと警戒され見抜かれるおそれもあります。一番良いのはサージなんですが、流石にサージだと万が一の時に不安が残ります。また、絶対に避けなければならないのはリーダーであるアルさんとグィネです。理由は説明せずともお解かりでしょう。
 また、ゼノムさんも不自然です。従ってラルも適任ではありません。それに、グィネやゼノムさんであれば日光サン・レイ以上に煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)が放っておくとは思えません。ズールーやマルソーは一度アルさんが売らないといけませんし、それを買うのが日光サン・レイとは限りません。おそらくトップチームで奪い合いのようになってしまうことでしょうから彼らもダメです。それ以前に彼らが納得するとはとても思えません」

 いつの間にか他のメンバーも食事の手を休めて聞き入っていた。当然報告されている内容について知ってはいたがアルの顔色があまり良いものではなかったからだ。

「残りは三人。私、ベル、ミヅチさんです。万が一の戦闘を考えるとミヅチさんが適任ですが、ここは言い出しっぺの私かベルが立候補します。お陰様で私もベルも魔法はかなり得意としていますし、生身での戦闘力もそこそこあると自負していますから大抵のことは切り抜けられると思います。我々が喧嘩をして別れた形を取れば自然と怪しまれることなく抜けることが出来るのもその理由です」

 アルの目に少し感心した光が灯ったがすぐに無表情に戻った。

「去年の夏、ミヅチさんが合流する直前に日光サン・レイは二人戦力を落としています。ファルエルガーズさんたち六人が加わったとは言え、彼らだと五層や六層での戦力にはならないでしょう。ですので、またパーティーを二つに分けて迷宮に入るのではないかと思います。まぁ、六層を中心に活動する一軍と、せいぜい四層までの二軍でしょうね。それに、このところの迷宮行を見るに、日光サン・レイは六層にかなり執着しているように見えます。尤も、その先の七層に行きたいんでしょうけれどね。ですから今二十人ですが、七層経験者である私かベルが抜けたら即声が掛かる可能性が高いと思います」

「声が掛からなかったら?」

「その時は仕方ありません、頭を下げる格好で戻るしか無いでしょう。もう一度策を練る必要がありますが、おそらくそんなことにはならないと思いますよ」

「自信がありそうだな」

「勿論です。こと、この部分についてはまず間違いなく声が掛かると思っています。それに、新入りのサージ以外の我々のうち、誰が日光サン・レイに入っても当然一軍でしょう。リーダーであるリンドベルたちの傍に居られる機会も多いと思います」

「で、上手く潜り込んで証拠を掴み、それを彼らの前で暴露するのか?」

「はい。その時はタイミングを見て邪魔の入りにくい五層や四層の部屋なんかが良いと思います」

「わかった。それも上手く行った。その後ファルエルガーズ達もそれを知った。でも、果たしてそれで俺達の所に来るかな? 日光サン・レイからリーダーを含む数人を追い出して終わりにならないか? その時はお前かベルという、迷宮で頼りになる奴も日光サン・レイのメンバーなんだぞ?」

 アルはそう言うと、皆で作った案を却下した。

「分かりました。では、もう一つ、以前からベルやゼノムさんとも考えていた案を付け加えます。潜入後、六層に行くようになるのは当たり前でしょう。その時、七層にも連れて行きます。当然、そこは全力でサポートします。彼らもトップチームですから私が同行しても時間を掛けて魔力を回復させつつ、少しずつ進むようにすれば七層に行くことはそう難しいことではないと思います」

「で?」

「七層のオーガメイジの部屋に誘い込みます。道中のオーガについては痺れ薬を使えばこれも難しくありません。その際にオーガの本当の強さを誤認させることが出来ればより良いと思います。で、オーガメイジの部屋には必ず十匹前後いますから、簡単に危地に陥ることでしょう。そこを傍で待機していたアルさんたちが颯爽と現れて助けます。我々の戦闘力を思いっきりアピールしてやればいいのです。
 そうすれば、日光サン・レイの一軍にも入れないファルエルガーズたちはショックを受けるでしょう。その時得たオーガの魔石の価格を知れば必ず我々が羨ましくなるに決まってます。あの二人がそう思わなくてもクミールとサミュエルガーは必ずそう思う筈です。そこを勧誘してやれば一発でしょう。そして、七層で役立たずだった日光サン・レイを見限る形で潜入した奴も頭を下げて戻ればそう不自然には見えないと思います」

「なるほどな……ゼノムやベルも同意見か?」

「ああ」

 アルに聞かれたゼノムは即答した。

「私はより確実を期すためにもう少し練るべきだと思ってます」

 ベルにはまだ案があるようだった。因みに、その案はもっとえげつない、聞いた全員がアルを含めてドン引きするような内容であった。

「いや、お前……そこまで……っつーか、あの二人を仲間に引き入れるだけならもう少し時間を掛けて親しくなって、向こうが心を開いてくれるまで待ったっていいんだぜ。今すぐに欲しい訳じゃないしさ……」

 言葉に詰まるアルに対してベルが言う。

「でも有効な手段です。これなら場合によっては似たような手法で緑色団ベルデグリ・ブラザーフッド黒黄玉ブラック・トパーズさえも潰せるかも知れません。その練習としても最適ではないですか? それに、今回の件については私達に任せると言って頂けましたよね? 機会は有効に活用すべきですから私は有効に活用したいと思ったのですが……まさかとは思いますが、アルさんは他の冒険者たちに対して仲間意識なんて無いですよね?」

「流石に仲間だなんて思ったことは一度もねぇよ。良くて競争相手、実質的には潜在的な敵だろう?」

「良かった……そう言ってくれて安心しました。流石はアルさんです……いえ、失礼しました。当然のことでした。では、私の案で進めたいと思います」

「ん……一度任せると言った以上、おおまかな方針には口を出すつもりはねぇよ。但し、条件がある。まず、ズールーたちも含めて全員を納得させろ。それから、今回の件について任せる以上、お前らが潜入するのはダメだ。だいたいそっちの策がベースだと危険が多すぎる。潜入するのは俺の役だ。方法は考えろ。俺の外聞を気にする必要はない。あ、いや、ちょっとは気にして欲しい。出来れば能力が足りないから皆に三行半みくだりはんを突きつけられる程度にしてくれ。それなら後で幾らでもリカバリー出来る。あと、任せる以上おおまかなところ以外は俺に説明する必要はない。俺を駒だと思って使いこなしてみろ」

 アルはしつこいくらい「任せる以上」と言う言葉を口にした。

「ありがとうございます。トリスも私もこういう小さなところからでも指揮をする経験を積んでおきたいのです」

「ああ、分かった。確かにそれも大切なことだな……」

「では、細部について詰めたいと思います。ベルを除けば俺とゼノムさん以外は今の話は知らないだろうからもう一度説明するが、それは宿に帰ってからだな」

「分かった。じゃあ、この件はトリスに任せる。でも、急ぐ必要がある訳でもないし、あんまり酷い事やり過ぎんなよ」

「それは勿論です」

 トリスの返答によってこの話は終わった。

「ベル、あんた、本当に顔に似合わず強烈よね……」

 ラルがドン引きしながら隣りに座るベルに小声で呟いていた。

「そう? 皆、もっと真剣に考えて欲しいと思うんだけどなぁ……そりゃ私だってこのやり方が良いとは思わないよ。でも有効だわ。あんたもいつまでも子供じゃないんだからつまらない意地やプライドも考え直した方がいいよ。今、ラルはどこに生きてるの? これは本心からの忠告。二度は言わないわ。時間を掛けても良いからよく考えなさい」

 ベルも小声で言い返していた。

 夕食の後、宿に戻ってからアルを除く全員が説明された内容は、簡単に言うと七層のオーガを利用して日光サン・レイの一軍を数人だけ残して(残すのは一人が理想)壊滅させると言うものだ。大筋では日光サン・レイのリーダー夫妻の後ろ暗そうなやり口を暴き、その証拠も掴むことはこの場合重要ではないとされた。二義的な目標だ。壊滅させたあと目撃者兼生存者に殺戮者スローターズの戦闘力と壊滅の仕方無さを証言してもらう。

 パーティーの上位の約半数を失った日光サン・レイはファルエルガーズたちの実力がそう高くないであろうことも相まって二流パーティーというポジションになるだろう。そうすると残った数人の実力者は一流半程度のパーティーに移る事を考えるのが普通だし、一流半程度のパーティーからの勧誘もある筈だ。一人抜けたら怒涛のようにいなくなる可能性も高いと思われる。

 もし、あまり動きが無いようであれば一人二人、使えそうな奴に殺戮者スローターズが声を掛けてやってもいいし、二義的な目標である既に死んだリーダーの悪事の証拠を掴んでいたのなら、ここでそいつにだけ口止めせずにばらしてもいい。なんだかんだ言って殺戮者スローターズはバルドゥックではかなりの注目を集める超一流のパーティーだ。殺戮者スローターズが声を掛けた相手には勧誘は即激化することが予想される。

 そうなったらそっちの方はもう放っておいてファルエルガーズたちに、ついで程度に声を掛ける。彼らはかなり心細くなっていることが予想される。何しろトップチームに入ったと思ったら大して時間も経たないうちにパーティーの上位陣が殆ど迷宮内で死んでしまったのだ。

 本当に全滅の危機を救ったのは圧倒的な戦力を擁する殺戮者スローターズだ。幾らヒーロスコルに含むところがあろうと馬鹿じゃない限り飛びついてくるだろう。むしろ、わざわざこちらから声を掛ける必要すらないと思われる。そしてサージが加わった時、あれほど契約書を強調していたのだ。当然正式な契約を締結させ、しばらくは彼らの意思では抜けられなくしてやればいい。その間に殺戮者スローターズでの報酬を知れば靡かない訳はない。

「でもさ、お金では靡かないかも知れないよ。ほら、世の中お金じゃ買えないものもあるって言うじゃない?」

 ラルがそう疑問を呈したが、全員に鼻で笑われた。

「でも、靡かない理由として、ファルエルガーズさんはあのファルエルガーズ伯爵の長男だと言うじゃないですか。お金は沢山持っているんでしょう? 殺戮者うちの報酬で足りるかな?」

 グィネが王都出身の事情通っぽいことを言った。しかし、それも鼻でせせら笑われた。

「ラルさん、グィネさん。確かにロリックは沢山お金を持っていた。でもかなり目減りしてるはずですよ。あんな凄そうな戦闘奴隷を、装備ごと二人も買いましたし、経済感覚も薄いのか王都でつまらない賭け事に熱くなり過ぎたりもしていました。それに、断言出来ますが金で転ばない奴は世の中に存在しません。アルさんがあの二人の親の仇でもない限りはね。中途半端な額ならそういうこともあるでしょうが、殺戮者スローターズの報酬は文字通り桁が違います」

 サージは噛んで含めるように話し始めた。

「私も数ヶ月バルドゥックで過ごしただけなので大きなことは言えませんが、私はともかく皆さんの収入はトップチームのリーダーにも引けは取らないと思いますよ。あの二人は若くして正騎士の叙任を受けていますから実力はそれなりなんでしょう。でも、そのために少なくとも……確か二年だか三年だか……忘れちまいましたが何年か従士として騎士団内で生活をしていたと聞いています。それ以前は親に庇護される子供だったんですよ? しかも一人は何不自由ない上級貴族で、もう一人も生活に余裕のある平民だったそうです。
 きっと、今頃は初めて世の中を見ていろいろ知った頃じゃないかな、と思います。全寮制で、ただ勉強と稽古さえ真面目にしていれば自動的に食事と給料を貰えた騎士団じゃないんです。今頃はそれを理解している筈ですよ。同時に金の有り難みもね」

 きっとサージは半分は自分に言っているのだ。皆そう思ったが同調するように頷いただけだった。

「まぁ、魔法の品(マジック・アイテム)なんかもあるから流石にトップチームのリーダーには及ばないとは思うが、それでも普通のメンバーよりはずっと多いだろうな」

 ゼノムが腕を組んで言った。

「ちょ、ここにはロマンを追い求める人は居ないの? 絆とかさぁ……」

 ラルファが呆れたように言ったが、顔は笑っていた。どうやら先程の言は単なる問題提起であり、彼女自身の主張という訳ではなかったようだ。それを聞いて、サージはまじめに答えた自分が少し恥ずかしかった。

「多分……元『日本人』という部分くらいでしょうね、お金に代え難いのは。それだっていろんな人が居ますから一概にどうとは言えないでしょう。極端なことを言えば、日本人同士の付き合いを幾らで売れるか? ってことにも通じますしね。人によっては金貨一枚で売る人だっていてもおかしくはないと思います」

 グィネがそう言うと、サージは一年程前の自分を思い出した。あの時は故郷のロックフォル村で得意の絶頂だった頃だ。既に薄れ、忘れかけた記憶を漁って頭を絞り、何度か失敗しながら千歯扱きをつくりあげ、領主や持ち主から非常に褒められていたのだ。金朱一個と一番ひとつがいの鶏で有頂天になった。あの頃の俺なら、特に付き合いのなかった日本人との交際なんかより金貨一枚を優先させていただろう。そう思って笑みを浮かべた。それに、自分を奴隷階級から解放してくれたあの二人を蹴って金に目が眩んだのも自分だ。ある意味で自己弁護だったのかな? でも、俺は自分の選択は間違っていなかったと胸を張って言える。サージは開き直ってそう思える自分が愉快だった。



・・・・・・・・・



 翌朝、いつものランニングに行くが、すぐにサージはアルに歌を歌えと命じられた。ブリティッシュ・ロックに傾倒していたサージはこんな時に歌う歌なんか殆ど知らなかったが、小学校の遠足で歌った歌を指定されたのでなんとか歌うことは出来た。ところどころ歌詞について不安な部分もあったが皆がフォローしてくれた。走りながら歌うことについては肺活量のトレーニングになるので否やはなかった。そもそも、このバルドゥックの街でならサージも殺戮者スローターズの一員として多少傍若無人に振る舞ったところで誰も文句なんか言ってこない。早朝の迷惑も顧みずに腹の底から大声で歌うことは楽しく、爽快ですらあった。

 その晩、アルの奴隷三人を集めて昨晩の概要を説明した。三人共一時的にでも所有者が移ることに難色を示したが最終的にアルが命じたため、渋々と従った。

 取り敢えず最初の一手としてズールーとマルソーの二人が普段行かないような店でくだを巻くことにした。最近奴隷の仕事が増えたことについてちまちま文句をいうのだ。

 しかし、彼ら二人共にあまり上手く演技が出来た感じはしなかった。自分の主人について文句なんか何一つなかったからだ。普通の戦闘奴隷並には扱って貰っていたし、食事について朝晩だけとは言え、好きなものを好きなだけ食べられると言うのは幸せなことだ。その割に支払われる給料は若干高めの金額だった。別のパーティーから分捕ったものではあるが、ズールーには高級な金属帯鎧バンデッドメイルも支給されており、マルソーにはフッグス剣商製の非常に高品質な段平ブロードソードが支給されていた。どちらも一介の戦闘奴隷ごときが使うには勿体無い代物しろものだ。

 しかし、そのご主人様より命じられた大切な仕事であるからには手を抜く訳にも行かず、二人共心にもないことを言うしかなかった。そんな二人をそれなりの人数が目にしていた。



・・・・・・・・・



 迷宮内でアルの評判を落とすチャンスがあった。丁度良い事にここは五層の転移水晶の部屋だ。しかも、相手は日光サン・レイである。ゼノムに目配せされたラルファは必死に頭を絞り、アル以外の誰にも判るように取り決めてあった左手を自分の左膝に置くと、つまらない事を口にし始めた。日光サン・レイの食事に栄養価の低いきゅうりが含まれていることを彼らに聞こえない程度にバカにしたのだ。すぐに気がついたベルやミヅチが反応する。マルソーまで忠実にツッコミを入れてきた。案の定、アルにキレられた。



・・・・・・・・・



 迷宮から戻り、獲得した魔石を換金に行くと、アルはサージの借金について全ての返済が終了したことを宣言した。サージにも笑みが浮かぶ。とても信じられないほどの短期間で五百万Zという大金を返し終わったのだ。しかも、給料や端数についてはきっちり受け取っていたのでこの四ヶ月ほどでサージが手にした金額は六百万Zを超えている。高級な宿の代金や必要な物を購入したりしては居たので手元には殆ど残っては居ないものの、サージにとって予想以上の短期間での返済だった。

 ふわふわと浮かれていたサージを他所に、また目聡くチャンスを見つけたラルは魔石を換金しに来た冒険者に絡んでいた。冒険者の稼ぎを馬鹿にしたようなラルファの声を聞いて、サージが秤の上に乗っている魔石をみると、確かに可愛い魔石だった。いつも獲得しているオーガの魔石と同じくらいの大きさだったが、色はもっと黒ずんでいる。

(へへっ、来月からそんなもんじゃ効かいなくらい俺も稼げるんだ。その程度で偉そうにうちのラルさんに文句つけてんじゃねーよ。あ!)

 ラルに目を戻すと左手を左腰に当てていた。立っている時の合図だ。それに気がついたサージは慌てて何か言おうとしたが、店の親父に追い出されてしまった。



・・・・・・・・・



 その晩の食事の時もサージは大失敗をした。いつも通りではない、サージの借金解消の祝いを兼ねた酒宴の最中、アルが少し席を外した。サージは旨い魚の煮付けの骨から身をしゃぶり取るのに夢中になり過ぎていた。目玉の周りの肉を猫人族キャットピープルの少しざらついた舌でこそげ取る。

(う、旨い! なんて旨いんだ! こんなに魚が旨いなんて! もうバルドゥックに来てから何度同じことに感動してるか知れないな。ここに来るまでは内陸に居たから魚なんか食べたことなかった。やはりキャットピープルだけあって魚が合うのだろうか?)

 怒号が店に響き渡ったのはそんな時だった。

 左手を腰に当て、立ち上がったミヅチがラルを見下ろして怒鳴りつけたのだ。今回こそは、役に立つことを言わなくては。

「あ、あの、お、お二人共、や、やめてください! やめてくださーい!」

(ふむ、真に迫った良い演技だったと思う。慌てた感じも出ているだろう。俺だって役に立つときは立つんだ。七層のオーガ相手にも怯まずに槍を突き込める様になったしな!)

 サージは意気揚々と宿に帰ると全員からダメ出しをされた。ついでにリーダーであるアルにも使えないので今後の計画に支障を来す可能性を慮り、計画から外すとまで報告されてしまったようだ。

 落ち込む他はなかった。

 何か役に立てないだろうか?

 考えなければ。千歯扱きの時のように頭を絞るサージ。しかし、すぐに思い出した。昨年末、奴隷から解放して貰った直後に行った娼館でコンドームを使った時に考えついたことだ! 幸いなことに殺戮者スローターズはゴールデンウィーク休暇に入る。

(多少なら金もあるし、キャシーを買うにはあと何度か迷宮に入った後じゃないと流石に全然足りない。この金は使ってしまってもいいだろう)

 そう思ったサージは限られた予算でどの程度の事ができるのか頭を捻り始めた。



・・・・・・・・・



 翌日からサージは中身だけだが早速試作品を作り始めた。しかし、上手に挽き肉にするのは非常に難しく、且つ骨が折れる。なかなか上手く行かなかった。作っているうちになんだかせっかく買った豚肉も変色してきた気がする。そして、思い出した。防腐剤がない。O-157とかヤバイ。

 豚肉を購入した肉屋に聞いてみてもそんな魔法のようなものは知らないと言う。生肉が保つのは季節にもよるが精々一日。二日経てばお腹の弱い人なら下痢をする。冷蔵庫に入れてしっかりと氷を補充すれば更に数日は保つらしい。肉の購入や加工などの時間を考慮すると、冷蔵庫内で作業が出来ないのであればもう少し余裕が欲しい。この商売が上手く行かなければ皆の役に立てないばかりか、ついでに思い出した楽器を作ることも趣味の範囲で終わってしまうだろう。

 そう思ったサージが迷惑がる肉屋に齧りついているところに通り掛かったミヅチが何をしているのか理由を訪ねてきた。斯く斯く然々と話す内容を聞いたミヅチは顎に手を当てて考えていた。

「サージさんの参考になるかどうかは判りませんが、心当たりは無いこともないです。私の国ではいろいろなキノコを栽培しています。『地球』にもあったものも多いですが、おそらく無かった物も多くあるでしょう。その中にソルホッグというキノコがあります。ソリラーという毒の元になるキノコなんですが、その毒を作る過程で白い粉が出ます。その粉に触れたネズミなんかの死体はかなり長い間腐ったりはしないみたいです。ひょっとしたら防腐剤なのかも知れません」

 それを聞いたサージは飛び上がって喜びそうになるが、まだ本当の防腐剤とは限らない、安心は早い。しかし、一歩前進と考えても良いかもしれない。喜んだサージはミヅチにいろいろと相談を始めた。作戦から外されたサージを哀れんだのかも知れない。皆の役に立ちたいというサージの考えにほだされたのかも知れない。しかし、サージとってはどちらでも良い事だった。

 なお、サージは作戦から外されていたので当分の間、食事は一人とかアルの奴隷たちと食べることになっていた。



・・・・・・・・・



 その日の晩、王都に出掛けていたアルが居ない間、今度はグィネがズールーに絡んでいた。

「ズールー、手を使わないで『箸』でもフォークでも使いなさいよ! 見てて嫌な気分になるわ。使い方ももう知ってるでしょ」

 椅子を引いて、よく見えるようにした上で左手を膝に当てている。それを聞いたゼノムやマルソーも急に箸やナイフを手に取った。

「ご主人様に好きなように食べろと言われてる。グィネに言われる筋合いじゃないね」

 ズールーはどこ吹く風とでも言うように皿の上に盛られている肉野菜炒めを左手で掻き集めると口に運び、汚いテーブルクロスで指を拭っていた。ズールーにしてもこの件で突っ込まれるとは予想外のようで、少し煩わしそうな顔つきだった。

「アルさんは関係ない。私が嫌な気分になるって言ってるの!」
(ズールー、ごめんね)

「俺はご主人様とお貴族様にしか従わない。グィネの言うことを聞く筋合いはないな」
(次はどう言って来るのかな? あれ? なんだか少し楽しいぞ)

「な! アルさんが帰ったら言いつけてやる!」
(注目は集めたし、もういいかな)

「勝手にしろ、俺は好きな様に食べるさ」
(子供か! グィネも俺より年上って聞いてたんだが……)

「あそ、じゃあ勝手になさい。アルさんは上品なことが好きですからね。ご自分の奴隷が下品な食べ方をしていてそれで周りの人の気分を悪くさせることに我慢できるかしら?」
(この際だし、ズールーもちゃんと食器を使って食べる習慣を身につけさせたほうがいいかも)

「ぐっ! 最初はグィネだって食器使ってなかったじゃないか!」
(痛いことを言ってくれるな)

「でも私はアルさんの考え方に共感してちゃんと今では上品に食べてるわ」
「もう止せ、俺達もちゃんと食器を使って上品に食べようじゃないか。ズールーもそれでいいだろう?」

 ゼノムがとりなさなければもう少し口論は続いていたかも知れない。

 翌日の午前中、ベルとグィネが雑貨屋の中で言い争いを始め、その日の夕方には大通りのど真ん中でラルとミヅチがまたつまらない事で言い争いをしていた。

 更にその翌日の昼間、ゼノム、トリス、ラル、ズールーの連合とミヅチ、グィネ、マルソー、ラリーの連合が飯屋で何やら言い争っていた。

 その日の晩にはまたもラルとミヅチがお互いの髪型に難癖をつけていた。

 もうすっかりラルとミヅチが不仲であることが冒険者たちの間で知れ渡っているようだ。

 彼らとしてはいろいろなケースを想定した口論をしていたつもりだったのだが、ラルが絡むのはパーティーメンバー以外を除いてはミヅチばかりだった。そのため、自然とラルとミヅチの言い争いの回数が増えていたためだ。

 そして何日か経過した後、王都に行っていたアルが戻り、サージは内心でおそるおそる『ソーセージ』製造についてアルにお伺いを立てたが、特に問題もなく認めて貰えたことに一人胸をなでおろしていた。

 その日の晩「ペギーズ」と言う一杯飲み屋で夕食を摂るときにサージは渾身の試作品を持っていった。少し味付けが濃すぎたようだが、それでも皆からの評判は上々だったサージは嬉しかった。今後は殺戮者スローターズ荷運び(ポーター)にしてコックのラリーも自由に使っていいとまで言われ、気合を入れ直して『ソーセージ』を作ることにした。

 それから何週間かが過ぎた。周囲にラルとミヅチの不仲が広まっていたため、そちらに焦点を当てることになった。リーダーであるアルの管理能力の不足を装ってパーティーを追い出す形で抜けさせ、日光サン・レイに潜り込ませる。それを聞いたアルは少しだけ呆れたような顔つきをしたが、結局は一度任せたことだからと唯々諾々として頭を下げる皆の計画を受け入れた。

 勿論、戻るときは目立つ場所で皆で頭を下げ「やっぱり貴方でないとダメです。帰ってきてください」と言う。そうすることでラルとミヅチという暴れ馬を今までどうにかこうにかでも御せていた事を強調するのだ。当然、ラルとミヅチの争いはアルが抜けて暫くしたら再燃させ、リーダー役のトリスの手に負えないことをもっと強調する必要がある。機会を選んで一層あたりの危険の少ないモンスター相手に、彼女たちの争いが原因でわざと上手に怪我をしているところを誰かに見せ付けるくらいの事は必要であろう。

 五月中旬に入ったばかりの頃、去年から殺戮者スローターズが売りに出していた魔道具がかなり高値で売れたらしい。サージと奴隷を除く全員が金貨二枚半程に登るボーナスを手にしていた。サージは契約に魔道具の売却益は含まれていないため指を銜えて見ていることしか出来なかったが、そもそもあの魔道具を獲得したときには、彼はまだ畑仕事をしていたのだ。それに、今でも十分過ぎるほどの報酬を得られている。

 贔屓目に考えてもサージは本来であれば駆け出しに過ぎず、未だ半信半疑のレベルアップとやらについての知識も得られていなかったのだ。欲をかいてはバチが当たる。そう思うことにした。



・・・・・・・・・



 五月の終わり頃の休日、殺戮者スローターズはアルを置いて王都へと遊びに出かけた。サージにはミヅチが付き添ってあるところに連れて行ってくれるらしい。行き先はトゥケリンと言う闇精人族ダークエルフの治癒師が経営する治療院だった。トゥケリンは王都でも有名人らしく、ロンベルティアの街中を見まわる騎士団の団員に場所を聞いたところすぐに正確な位置の答えが帰ってきた。

 ミヅチの言によるとその治療院は彼女の出身国の出先機関を兼ねているらしい。だが、彼女自身はその正確な位置を知らなかったので騎士団に尋ねたとのことだ。患者が沢山いる待合室に入ると、こちらを見た矮人族ノームらしい職員が奥に引っ込んでいった。暫くそのまま待っていると職員の一人らしいダークエルフが来てミヅチのステータスを確認し、なにやら古めかしい言葉でヒソヒソと話した。彼女がトゥケリンなのだろうか?

 すぐにミヅチだけが奥の一室に通された。ミヅチが暫く部屋で待っていると、五十代のダークエルフが部屋に入ってきた。

「トゥケリンさんですか?」

「ええ、私がトゥケリンです」

 そう言うと右手を差し出してきた。トゥケリンの右手を握りながらお互い同時にステータスを確認する。フルネームはバイヅォンス・トゥケリンと言うのか。噂通り引退した一位戦士階級の者らしく、全ての元素魔法の技能を有していた。

「一位戦士階級のチズマグロルです。今日は幾つかお願いに参りました。話をする前に、こちらをご確認ください」

 そう言うとミヅチは腰から曲刀シミターを抜き、目の前のテーブルに置いた。見事な剣を目の前にしたトゥケリンは何か思うところでもあったのだろうか、おそるおそる剣に手を伸ばし、ステータスを確認した。

「お、おお……これは……何とも素晴らしい剣ですな……しかし、これが一体?」

「一介の戦士が持ち歩いて良い剣では無いことはお解り頂けると思います。その剣を私に下賜なされたのはリルス陛下です」

 事も無げに言ったミヅチのセリフを聞いたトゥケリンは目を見開いて仰天し、凍りついた。

「なんと! ……畏れ多い……しかし、陛下がご所有であったと言うのも納得だ……と言うか、確かにそれ以外考えられん……はっ!? チズマグロル殿は陛下にお目通りしたのかね!?」

 やっと再起動を果たしたトゥケリンの声は震えていた。

「ええ、昨年の夏、陛下にお目通りし、直接この剣を賜りました。なんでも陛下が昔、ご愛用されていた剣だそうです」

「おお、おお! この剣は陛下のご愛用の品であったか!」

 トゥケリンは再度震える手で刀身を撫でた。

「その際、陛下より特殊任務を命じられました。今はその関係でバルドゥックで冒険者として過ごしております」

「それを私に話しても?」

「ええ、この程度は問題ありません。ですが、これ以上はダメです。今日はその関係でトゥケリン殿のご助力を頂きたくお願いに参りました」

「なんでも言ってください。出来る限りのことを致します」

「ありがとうございます。ここにソルホッグはありますか? そしてそこからソリラーを精製出来る方は居らっしゃいますか?」

「ソリラーをご入用ですか。勿論御座いますよ。定期的に獲得階級の方々から補充を受けておりますれば。大して多くの量はありませんが、全てお渡ししても構いません」

 女王陛下より直接命じられた任務に協力出来る栄誉に、涙を流さんばかりの嬉しさを顔一杯に湛えたトゥケリンは身を乗り出して言った。こうなるであろうことを想像していたミヅチは心の中でだけ詫びると丁寧に頭を下げ、感謝の言葉を述べる。が、必要なのはソルホッグからソリラーを抽出する過程で生み出される廃棄物の白い粉の方であると言った。

「し、少々お待ちください。今確認してまいります」

 そう言うとミヅチを置いてトゥケリンは慌てて部屋を出て行った。そして、すぐにトゥケリンと同年代の女性を伴って入ってきた。さっきミヅチのステータスを確認していた職員のようだ。

「妻のロヅォーグです。彼女も一位戦士階級の訓練課程を受けていたのですが、最後の見極めで漏れてしまいましてな。二位戦士階級に居ったのですが、結婚と同時に戦士を退き、奉仕階級として家庭に入ったのです。子供も二人生まれ、下の子の成人を期に私も引退しました。丁度前任が里心を出してエルレヘイへの帰参を希望したこともあって十年以上ここで夫婦で治癒師をやっております」

 ミヅチと握手をしたロヅォーグは柔和な笑みを浮かべて挨拶した。簡単に事情を説明し、夫と同様に驚きと感動に打ち震えるところを宥めて入用の物をロヅォーグに伝えると、彼女はすぐに理解したようだ。だが、現在ソルホッグは僅かしか無いとの事だった。次の獲得階級からの補充は秋になるらしい。仕方ないのでそれで結構なのでソリラーへの生成を頼み、白い粉を貰い受けることをお願いした。勿論ロヅォーグも二つ返事で了承してくれた。

 治療院を辞する際に、場合によっては今後大量に必要になるかも知れないのでその際にはまたお願いに上がるかもしれないことや、他にも協力お願いするかも知れないことを伝えることも忘れなかった。

 その間サージは待合室でおとなしく待っていた。

「少しだけど貰えることになったわ。二週間位で届けてくれるって」

 ミヅチの言葉を聞いたサージに笑みが浮かんだ。



・・・・・・・・・



 そうして六月の中旬を少し過ぎ、かなり気温も上がってきた頃。

「バストラル、しっかり貯金してるか? 無駄遣いしてないか?」

 迷宮から帰る段になってアルがサージに尋ねた。結構真剣な顔つきだった。

「ええ、勿論です。今んとこお金を使ってるのは『ソーセージ』の試作品くらいですねぇ」

「そうか。今どの位貯まってるんだ?」

「百五十万ってとこですね。今回も五十万くらいあれば二百万行きます。あの……それで、私からのお願いもあるのですが……」

 どうやらアルはサージの懐具合を心配していたらしい。忘れられていなかったんだな。サージは少し安心した。

「休暇だろ。解ってる。次の迷宮行は休んでいい」

 しかし、帰ってきた言葉は無情なものだった。それだと合計二週間(本来の三連休プラス迷宮行の一週間、そしてその後の三日間の合計十二日間、二週間だ)しか休みが取れないではないか! ロックフォル村までは馬でゆっくり行って二週間。乗合馬車に追加料金を弾んで頑張ればもう少し早く着くがそれじゃ間に合わない。

 真っ青になったサージを見てアルが笑う。楽しんでいるのだろうか? サージの心に黒いものが広がった。

「そんな顔すんな。二週間で充分だ。ああ、皆も換金した後付き合え。あ、これ命令な」

 どんよりと落ち込んだまま魔道具屋で魔石を換金し、ボーナスの五十一万Zを金朱二つと銀貨一枚で受け取ったサージは言われるまま、皆の前で先導するアルの後を暗く落ち込んだまま最後尾から付いて行った。

 二十分程歩き、辿り着いた先はよくわからん家だった。いや、家ではないのだろう。戸口の上に小さな看板が掛かっていたが、それを読む余裕はサージには残されていなかった。アルは少し外で待てと皆に言い残し、一人でその店に入っていった。隠れ家的なレストランか何かだろう。皆と食べる食事は農奴であったサージにとってどれだけ回数を重ねても夢の様なものであったが、この日ばかりは気分は沈んでいた。

 暫くして顔を出したアルに命じられるままトボトボと中に入ったサージは懐かしい声に出迎えられた。

「サージッ!」

 夢か、幻か。店に入ったサージを認めるなりキャシーが彼の胸に飛び込んできた。

「キャシーッ!」

 飛び込んできた彼女をしっかりと抱きしめ、顔を上げさせる。もっと良く顔を見せてくれ。もっと強く俺を抱きしめてくれ! もっと!

「いつも見てたわ! いつも聞いてたわ! でも、見なくなって一週間が心配だった。貴方の姿が見えなかったら、貴方の声が聞こえなかったらどうしようって……」

 サージに抱かれたままキャシーが嗚咽を上げた。

「慶弔休暇は二週間だ。充分だろ?」

 キャシーを抱きしめたままのサージを見てニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらアルが言った。少し離れて遠巻きにしていた殺戮者スローターズの面々も驚きを隠せないようだったが、こんな嫌らしい笑みは誰一人浮かべていなかった。グィネなどはもらい泣きまでしていたし、ミヅチやベル、ラル、マルソーら女性たちも何故かうっすらと涙を浮かべ感動していた。再度アルに目をやったサージはまた嫌らしい笑みを浮かべている雇用主を見て嫌な気分になったが、今はその顔すらも愛おしく感じる自分に猛烈に愉快になった。

 ああ、アルは忘れてなんかいなかった。ちゃんと全てを見通して整えていてくれたんだ!

 有り難い!

 そう思っていたら、キセルを咥えたエルフの女性が

「百七十八万二千Zよ」

 と言った。慌てて我に返るが所持金はさっきの五十一万Zしかない。

「急いで行ってこいよ。走れ!」

 嫌らしい笑みを浮かべたままのアルがサージに命じた声を聞き、弾かれたようにサージは夕暮れ迫るバルドゥックの街を走った。

 ボイル亭の自分の部屋に駆け込み、物入れの底に入れてあった現金の入った袋に受け取ったばかりの五十一万Zを放り込んで、またとんぼがえりだ。ニヤニヤ笑いが止まらない。止まらないが抑えられなかった。アルのような嫌らしい感じじゃないといいんだが……。

 さっきの家に戻ると看板を見上げた。「奴隷の店 ロンスライル」と書いてあった。扉に手を掛けようとしたら、中から「最低!」と罵る声が聞こえた。ミヅチの声らしい。一体この短時間に何があった?

 そう思ったサージは扉に手を掛ける。

「ちぇっ、よく聞けよ。彼女が入荷したのは四月の終わり頃だ。確かに俺はそれを誰にも伝えなかったさ。勿論驚かせてやりたい気持ちも少ぅしあったのは否定しない」

 何だって? 四月からキャシーはここに居たんだって!? 
 糞っ! あの野郎!
 奮然としたサージはさっき愛おしいと思った顔が悪魔に思えた。

「だけどな、よく考えろ。あの時バストラルにそれを伝えていたらあいつはどうなった? 少しでも早く金を稼ごうと焦って死んじまったかも知れないんだぞ?」

「うっ……それも……そうか……も?」

 急速に萎んだミヅチの声がドアの向こうから聴こえた。

 扉のハンドルを捻ることが出来なかった。
 確かに……確かに言う通りだ。
 四月の時点でキャシーの顔を見ていたら自分は相当焦ったことだろう。
 本当に一つ気を抜いただけで七層のオーガは致命的な一撃を放ってくる。
 サージも当初と比較して大分成長したとは言え、他のメンバーと比較したら月とすっぽんであることは変わりない。
 と、言うより当時は今よりも実力は低かっただろう。

「アルの言う通りだ。サージが死んでしまったらなんの意味もない」

 この低い声はゼノムだろうか。

 ……自分が死んでしまったらキャシーに掛けたと思われる費用はアルの丸損だ。
 サージはアルがツケで金は払っていないことには頭が及ばなかった。
 払っていなかったとしてもアルはキャシーを買ったではあろうが。
 それだけのリスクを負い、且つ自分の心情や安全にまで気を使われていたのだ。

「全部伝えることがいい結果に繋がるとは限らないですからね」

 落ち着いたトリスの声が聴こえる。

 キャシーだって奴隷商で過ごしていたのであれば安全に暮らせていたはずだ。
 さっき耳にした言葉から、彼女は既にサージの姿を目にしていたことは理解できる。
 声も聞いたと……歌か! 地上にいる日は毎朝ランニングの時に歌わされていた歌を聞いていたのだ!
 そう言えばここの前の道はランニングの時に必ず通る道だった。
 冬に殺戮者スローターズに加わった頃は街の外輪山の上はともかく、道は飽きるからと街中では一定にしていなかった。いつからか一定の道になっていた。
 あれは俺の姿と声をキャシーに……。

 俺は馬鹿だ。

 アルだってキャシーが入荷したからにはさっさと自分に伝えたかったに決まっている。

 お味噌のような実力にも嫌な顔一つ見せず、貴重な経験をさせてもらった。

 字も教えて貰い、魔法まで教わった。

 槍の稽古をつけて貰ったこともある。

 おまけに実力に不相応な金まで支払って貰っている。

 目の前が涙で曇る。

 しかし、ここで、この意味で泣いてしまったらアルの気持ちは無駄になるであろう。

 涙を流すならキャシーと再会の涙で泣けばいい。

 サージはドアのノブを捻った。

一話でカタつかなくてごめんなさい、次で裏話は終わりです。
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