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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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「裏八十話」

7444年5月28日

『……ん……じゃあ、そろそろやっとかないとね「っと、言葉を直さなきゃ……」

 リルスはそう呟くと魔法を使った。現世に留まる時間を減らす行為だが、彼女は本当に死ぬわけではない。一時的に別の次元(アザー・プレーン)へと移るだけだ。そこである程度の時間を過ごし、また戻ってくる。戻ってきた時にこちらでどのくらいの時間が経過しているかは彼女にも解らない。数年か、数十年か、百年以上か。

 自嘲とも思える笑みを浮かべ、魔法を使った彼女はぶつぶつと何事がつぶやいていた。

 今彼女が使った魔法は「指図インストラクション」。命令を受け取る側に特殊な儀式を受けていることが条件となるが、それを除けば非常に便利な魔法だ。勿論術者は対象者を条件にあてはまる範囲内で好きに選別可能だ。対象者は一人でもいいし、同時に複数でも問題ない。今回は十人を対象者として選んでいた。

「これで大丈夫かな……私がいない間ちゃんとしてくれてるといいんだけど……私も初めてだからねぇ……あんまり細かいこと言うと煩がられるかも……ああ、戻ったら街がどうなるか楽しみ……あとは……念の為も必要か……」

 決まりごとをどう回避しようか、抜け道はないか、おとがいに右手の人差し指を当てつつしばし考えると、もう幾つか魔法を使ったようだ。

 そして、少しだけ満足そうな笑みに表情を変えて目を閉じる。

 ・

 ・

 数日後、ライル王国の宮殿最奥部にある女王の居室は、その部屋の主人の足が根を下ろしていた穴を残して無人となる。居室を飾っていた貴重な宝物や高価な財宝の数々をそのままに、居室は静かに主の帰還を待つのみであった。



・・・・・・・・・



7444年5月28日

 キンルゥ山の地中、巨大なトンネルを国土とするライル王国。そのたった一つの都であるエルレヘイはいつでも暗い。勿論魔石を利用した照明器具はあちこちにあるが、エルレヘイ全体を照らすには少な過ぎるし、魔石の無駄遣いは厳に戒められている。明かりの灯っていない、街灯の用を成していない照明器具だって珍しくはない。建物は巨大なトンネルの中、各所に土と石で壁を作り、雨は降らないので屋根は布を貼ってあるだけの簡素なものが殆どを占めている。

 山中にトンネルを掘って都としたエルレヘイだが、然程人口が多くないため、スペースには多少余裕がある。とは言え、平均的な家族7~8人が暮らす家屋の面積は通常三部屋、合計30平方メートルと言ったところだ。家族に戦士階級が含まれるともう少し広い家屋が割り当てられ易くなる。

 また、滅多にないことではあるが、結婚し、新たな家系を興すことが許された少人数の家庭には相応に部屋数の少ない、狭い家屋が割り当てられる事になる。

 そういった環境の中、王宮を除けば比較的立派な建物(何と、布製ではない、まともな屋根がある)である行政府の、贅沢にも10平方メートル近い個人の執務室で事務処理を行っていたエルレヘイの若き元老、ファントーヅは頭に響く声に素早く反応し、飛び上がるようにして席を立つと王宮の方角へ向かって土下座した。十年に一回もあれば高頻度と言われる女王陛下からの指示だ。暫く土下座をしていたファントーヅは、頭の中に響く声を聞き終わると立ち上がった。他の元老と相談や調整をしてすぐにも指示された内容について実行しなくてはならない。

 行政府の執務室を出たファントーヅは他の元老と相談すべく、会議室に赴いた。会議室には既に五人の元老が席に着いており、彼で六人目だった。あとの四人もそう間を置くことなくやってくるだろう。

 既に着席している先輩の元老たちの表情は興奮を隠せていない。隠そうともしてないのだろうが。それは自分も一緒だ。元老の家系にある身でも一生に一度聞けるかどうかという、女王陛下からの直接の指示だ。しかも、今回の内容は具体的な指示も含まれており、何より以前指示を受けたことのある先輩の元老から聞いていた時間とは比較にならないくらい長い間、そのお声を拝聴できたのだ。

 今年で元老生活十年目になる最長老とでも言うべきウェブンド元老が議長となり、全員が集合した時を見計らって口を開いた。

「皆、何も言わずともよく集まってくれた。感謝する。もう皆も聞いたであろうが、リルス陛下より、ご神命が下った。これより、ご神命の遂行のため、任務を割り振りたいと思う」

 全員がウェブンドを見て頷いた。その顔には女王陛下の直接の命令を遂行出来る喜びしか浮かんでいない。

「まず一つ目、食用菌類の増産についてだ。陛下の仰る通りこれから一年以内に生産量を2%以上増加させないといつまで経っても人口が増えん。報告と改善策を……

 ・

 ・

 ……それと、各戦士階級の育成だな。一位は良いとして二位、三位の質が落ちてきていることをご心配されておられたじゃないか……今年は三位で既に二人も死者が出ている。確かに由々しき問題だと言えよう」

「しかし、二人のうち一人は新しいトンネル工事のチェック中の落盤事故ですし、もう一人は獲得階級の販売護衛中の大鬼人族オーガの襲撃ですよ!? 魔法を使うオーガメイジも混じっていたとの報告です……。私などよくそれだけの被害に抑えられたと感心したくらいです」

 戦士階級を纏める任についているファントーヅは反論した。自分の先輩で、同じく戦士階級などの軍事や治安維持を担当するヨーレットにも援護の論陣を張ってもらいたいところだ。彼は続けて、

「これ以上戦士階級の実力を上昇させることは難しいと思いますが……」

 と不満を言った。それを受けヨーレットは、

「ならばその責は販売護衛の長が受けるべきであろうな。あの時は誰だったか……ああ、チズマグロルか……護衛任務はあの時が初だったか。経験も少なければ失敗もあろう」

 と突き放すように言った。ファントーヅはその口調と内容に我慢できなかった。まだ三十前、今年から元老入りした最若手の元老として慎むべきところではあったが思わず反論の為に口を開いてしまった。だいたいチズマグロルは護衛任務はあれが初ではなかった。もし初めてであればオーガなど出ない行程を任務にしているはずだ。

「ヨーレット殿、それは一体どういう意味でしょう? 一位戦士階級であるチズマグロルに責を負わせろと仰るのですか? イワガネ(エレサデー)六十八期はもう彼女しか一位はいないのですよ。それでなくとも現役の一位は僅か二十九人しかいないのです。無駄に磨り潰すのは避けたいところです」

 この人は何を言っているのだろう、と思い、我慢できなかったのだ。

「ファントーヅよ、一位の若手一人に責めを負わせ、ずっと数の多い二位や三位の綱紀を締めるのは全体のことを考えると有効ではないかね? 確かに、リルス陛下は一位は良いと仰られた。しかし、二位、三位については憂慮なされておいでだったではないか。大体、一位戦士階級は全元素魔法が使えるというだけの暗殺者ではないかね。特別に優れているというわけではあるまい。種別に数字が混じっているから勘違い……おっと、これは陛下がお決めになったことを批判するつもりではないが……」

 このヨーレットの言葉を聞いたファントーヅは、

(あんたは三位戦士階級にもなれなかったからそう言うんだろうがな……)

 と不満に思った。

 確かに元老としては異例なことではあるがヨーレットは幼少期に戦士階級育成コースに乗ったことがある。ヨーレットには上に兄がおり、元老はその兄が継ぐものであると思われていたためだ。ヨーレットは残念ながら魔法の技への適性は低く、元素魔法を一種しか習得できなかった。その為、僅か二年の訓練を経験したのみで早々に戦士階級育成コースから外され、奉仕階級としての生をまっとうするかに思われていた。

 だが、ヨーレットが成人する直前、まだ元老になっていなかった五つ上の兄が三位戦士階級の国土周辺討伐の視察中に魔物の毒を受けて死亡してしまったのだ。元老を経験していない、将来元老になるべき人は成人前、十三歳くらいから誰か現役の元老の下について経験を積み、将来の元老を目指す修行を行うのが習わしなのだが、兄が付いていた元老がその日たまたま視察を行い、それに付き従っていたヨーレットの兄が急に襲撃してきた魔物の毒を受けてしまったという、完全に不幸な事故であった。

 しかし、ヨーレットは自分が三位戦士階級にすらなれなかったことを恥じ、それを裏返しに事あるごとに戦士階級に辛くあたってきた。元老になった時期は四十半ばであったが、最初から戦士階級の担当に強く立候補したのだ。

 ファントーヅは言いたいことを堪え、別の切り口で論戦を張る事にした。相手が話している途中で口を出すことは失礼であることは解ってはいるが、年の離れた先輩とは言え、建前は同格の元老同士だ。そう失礼には当たらない。

「予算と時間、それに優秀な教官を始め貴重な人員を大量に投資した一位戦士階級は我が国の宝です。それに、戦士階級では唯一外貨を稼げる存在ですぞ。それを簡単に……」

 必死に反論するファントーヅを横目で見遣りながらヨーレットは口を開いた。

「一位も三位も戦士としての実力にそう大きな開きはないと思うがね。魔法がいくつか多く使えるという程度だろう? そこまで拘る事でもないと思うんだがね……」

 これは事実ではない。確かに初期訓練生を含む二位三位戦士階級の訓練カリキュラムでもきっちりと魔法や白兵戦技の教練を受けてはいる。但し、絶対的な訓練時間には大きな隔たりがある。休日は別にして、一日約五時間程度の訓練だ。そのうち魔法の講義時間は朝六時の訓練開始から四時間程経過し、十時くらいから一時間弱の講義。講義後には即魔力を使い切らせ、眠り込む前に無理やり早めの昼食を摂らせた後に四時間ほど睡眠を取らせてから家に帰される。

 しかし、一位の訓練カリキュラムに移行した場合は基本的に休日を除いて全寮制となる。一日の訓練時間は延べ十六時間にも及ぶためだ。訓練時間全体のうち魔法の講義時間は四時間程度で残り十二時間は地獄のように厳しい戦技訓練の時間だ。睡眠時間は真夜中くらいから朝六時くらいまで。それ以外の時間は三交代の教官によってマンツーマンとまではいかないが非常に濃い訓練時間を過ごすことになるのだ。教官は引退した元一位戦士階級のベテランが担当することが多い。

 配属後の実戦の機会は一位や二位より領土の魔物退治のパトロールを行う三位戦士階級の方が圧倒的に多くなるので、一見すると三位の方が能力的に上位に思えることもあるから全く事実に相反しているという訳ではないが……。

 議論が堂々巡りになりかけたのを見て議長のウェブンドが口を挟んだ。

「もうよい、どちらの言にも見るべきところはある。職掌を超えるがここは私が口を出させて貰おう。長を務めていたチズマグロル本人に申し開きをさせ、我らでその指揮が妥当であったか判断すればよい。各位階の戦士長も同席させ、彼らの意見を参考にすればよかろう。チズマグロルはエルレヘイに居るのか?」

 ウェブンドの問いかけにファントーヅが答える。

「チズマグロルは現在、甲四種の任で単独行動中です。現在はロンベルト王国のバルドゥックの迷宮に居るかと……」

 その答えにヨーレットが補足した。

「甲四種は下級貴族の暗殺です。目標が事故死、またはそれに準ずる形で暗殺されたことを周囲に悟られないようにしなければなりません」

「そんな事は知っておるよ。で、期限はいつまでだ?」

 ウェブンドの再度の質問に、またファントーヅが答える。

「依頼を受けて半年ですから……七月一杯ですね」

「成功しそうなのか?」

「……相手はカンビットの侯爵の息子で冒険者です。仲間も居るでしょうし、バルドゥックの迷宮に居るらしいですから……魔物も出るでしょう……困難であると言わざるを得ないです」

 ファントーヅはそれでもチズマグロルならやれると判断したのだろう。自信を持った顔つきだった。

「報酬は?」

「一億五千万Zです。勿論前金で受け取っております」

 それを聞いたヨーレットは鼻先でせせら笑うようにして言う。

「ふん、それっぽっちか。我が国の外貨収入は年間二百億Zに登ります。そのうち一位戦士階級が稼いでくるのは僅か6~7%、平均して十三億Zにしか過ぎません。余剰魔石の販売によって得られる売上の五億Zよりは多いですが……。にも関わらず、戦士階級育成の予算は年間三十億Zを超えております。我が国の収入の大半は奉仕階級が作った作物を獲得階級が売り歩いて稼いでいるのです。この際です、一位から三位までの全ての戦士階級の人件費を削るべきです。一位が二十九人、二位が四十八人、三位に至っては百九十三人も現役が居るのですぞ。合計二百七十人。全ての階級から二割くらい減らして奉仕階級に回したほうが余程稼げると言うものではないですか」

 ファントーヅは(なんでヨーレット殿はそこまで戦士たちを目の敵にするのだろう)と改めて疑問を抱く。今年から元老になった彼は、最初の仕事が国家の軍事と治安を司る戦士階級の担当になったことに誇りを持っていた。

 しかし、ヨーレットはヨーレットで思惑もあった。勿論、戦士階級に対して劣等感コンプレックスを抱いていない、と言ったら嘘になる。しかし、それよりも彼が考えているのはライル王国の経済の拡大だ。先の数字を例にとると、一位戦士階級のうち常に十人強は行商の馬車の護衛隊の隊長をしている。同様に二位からも十人強、三位からは八十人程度が護衛として常に国を離れていることになる。これは仕方のないことだろう。

 残った十五人強の一位戦士階級と三十五人前後の二位戦士階級、百人以上いる三位戦士階級のうち、絶対に必要なのは門番をしている二位戦士階級の三十人弱と五人組で領内のパトロールをしている三位戦士階級が十二~三組、六十~七十人くらいではなかろうか。休みを考えるともう少し多くてもいい。勿論、少ないながらも折角外貨を得られるのだから一位戦士階級だって十人弱は必要だろう。

 因みに、人件費だが、一位戦士階級の平均は年間八百万Z程で、これは元老達よりも倍ほども多い。二位で急に落ち、百八十万Z程度になる。三位だと百二十万Zにまで落ち込む。しかし、奉仕階級の場合、平均年収は六十~七十万Zくらいだ。ほぼ自給自足が成り立っているライル王国ならではの収入と言えるだろう。購入するのは服飾品や武器を含む金属製品が主体で、一部贅沢品や嗜好品もあるがこちらは非常に少ない。

 ヨーレットとしては、人口の大半を占める奉仕階級の収入を1Zでも増やしてやりたいのだ。可処分所得が増えればそれだけ国内で金も回り、経済規模が大きくなるのだから。その為には生産基盤を大きくしなければいけないところだが、戦士階級から奉仕階級へ力のある大人を移動させられるのであれば人数以上の生産力を発揮してくれることであろうと読んでいる。何しろ、ライル王国3,842人の行く末をたった十人の元老で舵取りしなければならないのだ。力に余裕のある戦士たちがトンネルを掘ったり、力仕事を分担し、菌類の苗床を増やすことは大切な生産増に直結する。

 彼は彼でそう言った志を胸に秘め、戦士階級の担当を行っていたのだ。

「ヨーレットよ、その辺りにしておけ。そなたら二人の意見が違えるのであれば、我ら全員で判断すべきことと言える。チズマグロルの帰還を待ち、再度年頭の護衛時の報告をさせるべきだろう。その上でチズマグロルに責があるならば引責させるべきであろう。だが……」

 ウェブンドの話はまだ終わっていない。

「「だが?」」

 とファントーヅとヨーレットは声を揃えてその先を促す。

「私には一位戦士階級にある人物がそれほど劣っているとは考えにくい。ヨーレットが元老になる前は私も戦士階級の担当を行ったことがあるから、それなりに知っているつもりだ。彼らは揃って我が国(ライル王国)に対する忠誠心も高く、非凡な能力を有している……。ふむ……最後の議題でもあるし、時間を気にせんでもいいだろう。ザーゲルフォルを呼べ」

 ザーゲルフォルとは、名前をエドマリン・ザーゲルフォルと言い、現在の一位戦士階級の長で、今年三十五になろうとするベテランの戦士である。雪のように白い美しい髪とほぼ黒色に近い、濃い紫色の肌を持ち、瞳は妖しく輝くラベンダー色という、理想のダークエルフだ。当然、戦士としての実力も相応に高い。

 十分ほどで会議室にザーゲルフォルが現れた。任務も無いというのに紺色に染められたレザーコルセットアーマーに身を包み、背中の中程までの短いマントを羽織っている。一般のダークエルフより背の高い、185cmになんなんとする偉丈夫だ。

「元老諸氏達よ、お召しにより参上いたしました」

 そう言って礼をするザーゲルフォルにウェブンドが声を掛ける。

「ザーゲルフォル、そなたにチズマグロルなる一位戦士階級者について説明して欲しいと思ってな。皆にチズマグロルについて説明せよ。そなたに先入観を与えたくないので理由は後で説明する。まずは、忌憚のない説明が聞きたい」

 最終任期に入った元老に命じられ、ザーゲルフォルはその魅力的な口を開いた。

「は……。チズマグロルは私の……えー、私がウズ(ウロボリデー)九十七期だから……十九期下のイワガネ(エレサデー)六十八期教育訓練過程を卒業し、二年前に見習いから正式採用した女性です。確か教育訓練課程では常に首位だったと記憶しております。今まで単独任務は二回、共同任務は三回、護衛任務は……確か六回ほどこなしていたかと記憶しております。このうち、共同任務一回と護衛任務二回は見習い中のことです。その仕事ぶりは非の打ちようはなかったかと……。
 人柄は、内向的で一人を好みますが、これは初回の単独任務で暗殺がかち合い、同期を殺さざるを得なかったことによるものと推察しております。しかしながら、任務には全く支障をきたしておりません。魔術の技量は平均よりやや上、と言ったところです。現在の年齢である十六歳にしては、という但し書きが付きますが。無魔法は5レベルですから、そんなものでしょう。
 また、修行に関しても熱心で、非番の時も常に修行を怠ってはおりません。通常の白兵戦技はそこそこやりますが、経験の問題もあり、現役の一位戦士階級の平均よりは劣ります。肝心の暗殺技術の方は充分に高く、既に平均以上と言えます。勿論、まだ私ほどではありませんが。
 なお、給金の殆どは病弱な兄の薬代に消えている模様で、本人は最低限の装備と生活を送っているようです。兄孝行のいい娘だと思います。まぁ、髪は黒く、肌の色も薄いので私の好みではないので手を付けようとも思いませんがね」

 ザーゲルフォルの説明を聞いたウェブンドは、少し驚いたように言う。

「ほう、なかなか高評価だな。それに、チズマグロルはまだ十六であったのか……ああ、イワガネ(エレサデー)六十八期と言っていたな」

 他の元老達も顔を見合わせ小声で話し合っている。

「あの、チズマグロルが何か……?」

 恐る恐ると言った体でザーゲルフォルが質問した。

「うむ、年頭の護衛任務の時にチズマグロルが指揮する護衛部隊で三位戦士階級の者が命を落とした件について、指揮者である彼女の力不足の責を取らそうという意見が出てな……」

 そう答えたウェブンドに対し、ザーゲルフォルは慌てたように言う。

「ばっ……何を仰いますか!? きちんと詳細な報告を受けておりますが、あれは不可抗力です! 谷を通過する際にオーガの群れに襲われたのですよ!? 中にはオーガメイジも含まれた、総数五体のオーガですぞ!? いくら一騎当千の一位戦士階級とは言え、被害なしでは済まされません。あの時、チズマグロルは元素魔法が4レベルになったばかりで、充分に使える魔術はアロー系がせいぜい、ジャベリンの発動には五秒近くかかっていたはずです。ましてアーバレストに至っては使えるとは言え数分は必要だったはずです! そんな状況下で積荷や部下、獲得階級の方をお守りしているのですぞ!? 部下だって、熟練者がジャベリンをどうにか使える程度だったはずです! それに、肝心の積荷と獲得階級の方には何の被害も出ておりません!」

 対してヨーレットは、冷笑を浮かべながら言う。

「ふむ。一騎当千か。だが、オーガ五匹程度に被害を受けるようでは大したことはないのではないか? 一位戦士階級を特別視しすぎではないかね? 戦士として見た場合、一位も二位も、まして三位もさほど違いなどないだろう?」

 それを聞いたザーゲルフォルは柳眉を顰めて反論する。

「ヨーレット殿、何を仰いますか! 確かに一騎当千は言い過ぎでしょうが、本来護衛は二人の戦士によって行われていたといいます。昔は戦士の位階はなかったらしいですから一位戦士階級なら二人、と言い換えることも過言ではないでしょう。それに倣うのであれば一位戦士階級は一人の二位に率いられた六人の三位に匹敵すると言えましょう。その程度を相手取っても充分に戦えますぞ! そのくらい実力の開きがあるのです! だから一位なのです!」

 この言は誇張が多分に含まれている。いかな実力者といえど、まともな戦闘訓練を受けた相手七人を相手取って適うはずはないだろう。頑張って一人、死力を尽くして二人を道連れにできれば上出来と言えるだろう。常識で考えれば七人側に被害が無いことの方が普通だ。

 しかし、ザーゲルフォルは(オーガ一匹がどの程度の強さかも解っていないど素人が!)と思い、売り言葉に買い言葉で反論してしまった。大きな失敗であった。

「ほう? ザーゲルフォル一位戦士長。そこまで言うからには証明して貰おうではないか。チズマグロルはイワガネ(エレサデー)六十八期と言っていたな。では、同じイワガネ(エレサデー)六十八期の二位を一人と三位を六人相手取っても勝てると言う事だな? 勿論全員イワガネ(エレサデー)六十八期で揃えるのは難しかろう。前後のジョロウ(ネフィリディー)百二十四期とタランチュラ(リコサー)八十期も混ぜればよかろう」

 それを聞いたザーゲルフォルを始め、他の元老も色めき立った。

「な!? そんな理由でダークエルフ同士殺し合いをさせると言うのか!? 気でも違ったか!?」
「ヨーレット、そなた、正気か?」
「そんなこと、徒に我が国の戦力を磨り減らすだけではないか!」
「ばかばかしい、幾ら何でも一対七など勝負にもなりはすまい」

 冷ややかにそれら罵声が通り過ぎるのを待っていたヨーレットは返答のために口を開く。

「……勿論、殺し合いなどとんでもない。模擬戦ですよ。真剣を使うので怪我くらいはするでしょうがね。こんなことで命まで取るなど、それこそナンセンスですな。チズマグロルなる者が優勢ならそれで良し、すぐに中止させれば良い。そうでないなら動けない程度にやり込めたあたりで中止させれは良いだけのこと。ですが、その場合、先ほどの私の言の通り、一位から三位まで二割の人数を奉仕階級に回し、食料を始めとする生産力の向上に充てるべきです」

 それを聞いたファントーヅは反論する。

「それこそ何らの繋がりもない。一位が七人と戦って負けたら戦士達を減らす? 意味が解りませんな。陛下のお気持ちはそんな事ではないと思いますが。だいたいそれこそ王道楽土建設計画には兵力とでも言うべき戦士たちは欠かせません!」

「ファントーヅよ、そなたの言いたいことはわかる。だが、陛下のお気持ちを引き合いに出すなど卑怯ではないか。勿論、陛下のお考えなどこの非才の身には推し量ることは難しい。だが、陛下は仰られた。来るべき時に備え、国の、特に食料の増産を行えと。金を稼ぎ、経済を太らせろ、と。我が国には余計な人数など余ってはいやしないぞ。どこからその労働力を引き出せばいいのだ? 戦士階級者は体力もある。魔法だって使える。全部などと愚かなことは当然言うつもりもない。各位階の実力の低いもの、下から二割を奉仕階級に回すだけでも、トンネル拡張の速度は大きく上昇し、それだけ生産力の向上が図れるのだ」

 平然とヨーレットは答える。はっきり言って無茶な理屈に近い。彼だって戦士階級の大切さは充分理解している。だが、人手がない。金がない。それでもリルス陛下はこう仰ったのだ。“我が子達よ、王道楽土建設計画は近い。備えよ。食料を作り、金銭かねを回し、産めよ、増やせよ”と。まぁ、この程度の内容は枕詞に近い。「指図インストラクション」があった時には大抵最初に言われる言葉だとのことだ。だが、今回はいつもある一言二言の指示だけでは済まなかった。いつもは先ほどの言葉に続いて“二十二番トンネルの拡張を優先せよ”とかで終わるのだ。

 だが、今回はより詳細で、多岐に渡る内容だった。

 確かにその中に、“一位は……良い。二位と三位の質の低下に対処せよ”との言葉もあった。ヨーレットは質が低下した戦士を奉仕階級に組み入れることで「対処」する事にしようと思っている。残った戦士たちは気を引き締めて訓練に励み、結果として質は向上するであろう。その為に一位から一人くらい犠牲の羊(スケープゴート)がいても構うまい、と思っているだけだ。ついでに実力がちょっと高いだけに過ぎないにも拘らず高給取りで、ふんぞり返っている一位戦士階級に嫌がらせもできる。

 対してファントーヅを始めとした他の元老たちは、訓練時間の義務づけや、内容の見直し、また、教育訓練過程中のカリキュラムの見直しで「対処」すべきだと考えている。

 どちらも大きく間違ってはいない。

 ヨーレットは二位と三位でも力を合わせることで一位戦士階級をも打ち破ることが自信に繋がり、以降の修行にも身が入ることも期待している。勿論単に一位を嫌っているというわけでもない。実力が高いのは確かなのだろうし、それはヨーレットも認めるところだ。だが、これを期にもう少し給金を減らすべきだとも考えている。半分は行き過ぎだが、平均二百万Zも減らすことが出来れば六千万Z近くも浮くのだ。奉仕階級の年収をその分、働くことのできる一人当たり、二万Zも増やしてやることができる。確かに生涯で稼ぐ外貨は一位戦士階級が圧倒的に多い。元老よりも高給なのもいいだろう。しかしながら、些か多すぎやしないか、と常々思っていただけだ。

 また、数年に一人か二人程度ではあるが、エルレヘイを出て外国で暮らすことを選択するものについても苦々しく思っている。そういった人は圧倒的に元戦士階級が多い。護衛などで外の世界を見るうちにライル王国より別の国に魅力を感じるようになるのだ。これも由々しき問題だと考えている。

 しかし、今日のリルス陛下のお言葉には“去る者は追わず、自由にしてやるが良い”との言葉もあった。だから国を去る人については今は言うまい。

 しかし、王国にとって必要なこと、必要だと信じることは主張しなくてはならない。
 利用できる機会は全て利用すべきだ。



・・・・・・・・・



7444年6月1日

 ファントーヅとヨーレットは目の前に並んだ七人に対して訓示を垂れていた。

「……その為、常に用心を行っているべきだと判断する。この目印を巻いた者以外は四合目を通すな。殺さずに捕えよ。但し、隊商は別だ。また、ダークエルフ以外にも危害を加えてはならん。これは本日いまこの瞬間より二ヶ月間、貴様らに対して発令する!」

「「はっ」」

 若い七人から小気味の良い返事が帰ってくる。

 解散した後、ヨーレットは隊長となる二位戦士階級、ジョロウ(ネフィリディー)百二十四期のハルゴゾーンを呼び出し、話をした。

「先程はああ言ったが、一位戦士階級は別だ。相手も相当の実力者だ。殺す気でかからないと貴様らが殺されるかも知れんぞ」

 そう言うと若く、緊張の面持ちで直立していたハルゴゾーンの肩を叩き、見えない角度でニヤリと笑みを浮かべた。

(今、隊商の護衛以外で外に居るのは一位戦士階級が二人か……気の毒だが、死んで、いや……これは不謹慎か……最低でも大怪我くらい負って貰わんとな……)
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