挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

171/510

「裏七十九話」 

7444年5月29日

 午前四時過ぎ。まだ陽の光も差さない早朝のこと。

 ロンベルト王国の国王直轄領であるバルドゥックの南東の街外れに一騎の騎影がある。ほどなくしてその影に近づくもう一つの人影。騎乗した人影は近づいてきた影を認めると馬から降り、近づいてきた人影と一つになった。しばしの間一つに重なっていた影が二つに別れ、一人と一騎に戻ると、騎影はバルドゥック外周を覆う外輪山へと街道を進む。

 外輪山の山頂まで直線距離にしておよそ1.5kmはあろうか。街道は斜めに山頂に向かっているから実際に山頂まで馬が歩く距離はもっと長いだろう。南東からほぼ真東へ、斜めに山頂を目指す街道をほぼ一定のペースで騎影は進む。20分程かけて山頂に登った頃、ようやっと昇った朝日が正面から騎影を照らす。

 陽の光を浴びた騎手は眩しそうに太陽を見ると、一度だけ振り返った。先ほど別れた人影は別れた場所に立ったまま、いつまでもこちらを見送っているかのようだ。再び前を向いた騎手の顔には未練で歪んだ表情が浮かんでいた。ぱちんと両手で頬を叩き、表情を改めた騎手は、しっかりと前を見据え、陽の光に照らされた坂道を下っていく。

 朝日に照らされた騎手は只の人ではないことが分かる。珍しいが無くはない黒髪はいいとして、その顔や手を覆う肌の色はちょっとありえないような薄紫だ。どんな人種なのだろうか。一目見ただけで判断するならこのオースにはいない人種だろうとも言える。濃い紫色の肌であれば一部からはデュロウとも呼ばれる闇精人族ダークエルフと言えるが、その騎手の肌の色はとてもダークエルフとは呼べない。もっと薄い、若干青みがかった紫色なのだ。無理やり当て嵌めるのなら精人族エルフと言えなくはない、と言ったところか。肌の色以外はしっかりと、ダークエルフの元になった種族であるエルフの特徴があるのだから。

 朝日に照らされた街道を降りていく途中、騎手は微妙に震えていた。その目からこぼれる涙を見れば、泣いてしゃくり上げるのを堪えての震えだと知れる。

 何が騎手を悲しませたのだろうか。先ほどの人影との別れだろうか。しかし、騎手の表情は悲しみに彩られている訳ではない。その顔に浮かぶのは、一種喜びとも言える表情であった。だが、同時に混乱したような何とも言えないような表情も浮かんでいる。はっきり言って不気味だ。



・・・・・・・・・



「はぁ……まだ慣れないなぁ……」

 ミヅチは独りごちた。彼女の中で一昨日から発生した大きな混乱が収まっていない。今まで──生まれてきてから経験してきた人生の記憶の他に、前世とでも言うべき記憶の封印が急に解かれたことによる混乱だ。確かに自分の人格はこの一つだと言い切る自信はある。しかし、前世の記憶の中の自分は今の人格よりはもう少しマシな気がする。

 前世の記憶の封が解かれたことで、ミヅチの頭の中はぐちゃぐちゃだった。記憶の封が解かれたとき、頭に突き刺さるような鋭い痛みが走り、思わずしゃがみこんでしまった程だったのだ。それは、魔力切れの症状が出ていたとは言え、幼少期から鍛えられていたはずの一位戦士階級のダークエルフでも耐えられないような程の強烈な痛みとショックだった。そして、一気に解放された前世の記憶を一瞬で理解した。これもまた、確かに自分が送ってきた人生なのだと。

 恐らく、今までのミヅチの人格も多少は記憶に影響を受けて変容したであろうが、その根本のところは変わっていない。あの時は混乱が大きく、楽な方、つまり前世の記憶とそれに付随する椎名純子の人格に流されてしまった。それもむべなるかな、あのような大きな精神的混乱に晒されたのは初めての経験だったし、その混乱に対してミヅェーリット・チズマグロルの人格が恐怖し、殆ど防衛本能のような感じで椎名純子に主導権を明け渡したと言ったほうが正しいだろう。

 その後、失った魔力を回復させるために休息を挟んだ後の一時間程で椎名純子とミヅェーリット・チズマグロルは解放された記憶の整理並びに人格の統合と摺り合せを行った。その結果、二人のほぼ中間の人格と、解放されたばかりのある意味で新鮮な日本人の記憶を持った少し特殊なオース人となった。勿論これは意識して行ったことではない。自然となされたことだ。故に、実際には椎名純子とミヅェーリット・チズマグロル、それに、その中間のミヅチとでも表現すべき三つの人格を短時間で経験したことになる。当然のことではあるが彼女に複数の人格を認識できるはずもなかった。

 坂道を下り切ったミヅチは顔を上げてしっかりと前を向き、手綱を握り直すと馬の腹に踵を当てた。サドルバッグには仕事着のほか、細々(こまごま)とした武器類をはじめとした荷物が収められ、背には小型の弓と矢筒を背負っている。その肢体は革鎧レザーアーマーに包まれ、上からフード付きのローブを羽織っている。借りたプレートは不用意に無くさないよう、鎧の下の服のポケットに入れ、ナイフはベルトで右の太腿につけている。

(しっかし、この鎧のデザイン、ダッサ……)

 前世の記憶にはもっと格好いい、見栄えのする鎧が沢山あった。妙に露出度が高いものも多いので、流石にそういうのは如何なものかと思うが、それにしても今着ている革鎧のデザインは野暮ったい。勿論、記憶解放前からそういった物品の記憶はあったが、そういった見栄えのことなんか今まで一切気にも留めてこなかったのだ。丈夫で、安価で、且つ長持ちするような品物しか使ってこなかった。

 彼女ミヅェーリットには彼女ミヅェーリットの事情があるのは当然理解しているし、仕方のないことだとは思う。しかし、彼女(純子)は(女でしょう? もう少しマシな格好をしないと)と言うのだ。両方の事情に精通し、理解している彼女ミヅチは冷静に(今はこれしかないし、しようがない。でも新しい鎧くらいは作ろう。どっちみちそろそろ傷んで寿命に近いんだし)と考えることしか出来なかった。

 一人馬の背に揺られ、彼女ミヅェーリット彼女(純子)の記憶を整理していた彼女ミヅチの表情は、笑ったり、泣いたり、悲しんだり、微笑んだり、吹き出したりと大忙しだった。単純に言って彼女ミヅチ彼女ミヅェーリット彼女(純子)が混ざっただけの人格なので、前世の親や親しかった人、常識などを新鮮なものとして受け入れていた。彼女(純子)が拘るある男についても違和感なく憧憬の対象となっていた。

 憧憬? いや、既に憧憬ではない。昨日自分はその男を手に入れた。その男と情を交わし、深い満足感を得ることが出来た。さっきも抱きしめて貰い、その体温を感じたばかりだ。彼女(純子)は(もう良いじゃない、今からでも戻ってあの人と一緒にいるべきだわ)と言っている。しかし、彼女ミヅェーリットは(兄には私が必要なんだ。とても放っては置けない)と言っており、平行線だった。

 ともあれ、ミヅチは(なるようにしかならないな)と思っている。何にしてもたらたらとのんびり故郷を目指すつもりは微塵もない。通常なら四週間以上かかるであろう道のりを一日も早く踏破し、受け取った魔石を金に換えてその金を叔父夫婦に預け、職を辞すのだ。そして……一日も早くバルドゥックに戻りたい。しかし、兄を放って置くのか? 葛藤は残る。

「奥様も奥様だよ……ひどいよ、あんまりだよ」

 言ってみただけだ。同時に昨日見た女王陛下の御姿を脳裏に思い浮かべ、馬に跨ったまま平伏しそうになる。なんとか頭を下げただけで済ませた。落ち着いて冷静に考えてみると、記憶が封印されたのはそれ程悪いことではなかった、かも知れない、とミヅチは思った。

(記憶が残ったままだったら、私は絶対に失敗していたろうな……一位戦士階級なんかには絶対になれなかった……。生きていたとしても今頃は奉仕階級でキノコを作っていた生活だったろう。下手したら戦士訓練で死んでいてもおかしくはなかったかも……)

 ミヅチは思い返す。椎名純子だった頃、取り立てて運動は不得手というわけではなかったが、得意な方でもなかった。標準的な体力だったと評してもいい。しかし、あの程度の運動能力と体力では一位は疎か、三位でも戦士階級に所属するのは絶対に無理だったと断言できる。それどころか、単純な戦闘者として考えても、最低の奉仕階級の更に低位の人達にも大きく劣ると言える。そんな日本人の、椎名純子の記憶を持ったまま育っても、待っていたのは七歳の頃の最初の訓練で命を落としていたという、いささか情けない運命であろうことは想像に難くなかった。

「うへぇ……やっぱり頭が上がらないかも……」

 また自然と言葉が口をついた。同時に思い出した。敬愛するリルス陛下はあの人との間に子供を作ると良い、と言ってくれたのだ。認めてくれたと解釈しても問題はあるまい。顔がにやける。同時に下腹部が熱を持ったかのように熱くなったのを意識した。

「にゃはは」

 自然と顔を撫でた。左手に頬傷を感じ、しゅんとした。

(傷のことは何にも言わなかったな……)

 ついでに額に走る傷にも触れ、

(流石にこの傷はどうよ?)

 と思ってしまう。

(若かったな……あんな顔だったんだねぇ……一目で解ったけど)

 思い出す顔は先ほど別れた男の顔。多少オースの普人族の特徴が混じり、赤毛になってはいたが、彼女ミヅチが、いや、彼女(純子)が見間違うはずのない、特別な顔。別段取り立ててハンサムというわけではない。彼女(純子)の美的感覚から言ってももっと魅力的な顔立ちの人は数多くいるだろう。だが、彼女にはあの顔が一番なのだ。

 さて、今日はレンビスの街までは移動しておきたい。ロンベルト国王直轄領で道はそれなりに整備されているから多分行けるだろう。



・・・・・・・・・



7444年5月30日

 レンビスの「我が家亭」を早朝に出立する騎影が一つ。勿論ミヅチのものだ。あまり起伏のないなだらかな土地が続くが、ごくわずかに上り加減になっている。今日の昼はトーレイ村まで行けるだろうか。その手前のトーバイ村で昼食を摂った方がいいだろうか。ミヅチはそんなことを考えながら馬を進めた。

 そろそろ朝日が完全に顔をのぞかせ、瑞々しい青で彩られた畑を照らす頃、丁度いい小川を見つけたので馬に水をやることにした。小休止だ。水を飲ませた馬は元気を取り戻す。40~50分置きくらいにはちょっとでも休ませたほうが効率がいい。

(こんなことも知らなかったんだね、私)

 ミヅチはそう思って再び馬に跨ると、街道を進んだ。



・・・・・・・・・



 お昼を少し回った頃、トーレイ村の食堂でオートミールと豆のスープ、僅かばかりの豚肉の炒め物の昼食を摂ると店の主人に料金を払う。金を受け取りながらミヅチを見た主人は、

「あんた、ダークエルフかい? それともエルフかい?」

 と、気さくに話しかけてきた。実は二ヶ月ほど前、この村で食事を摂った時も同じ質問をされた。

「自分ではダークエルフのつもりですが……なんでか色が薄いんですよ。すみません、解りづらくて」

 申し訳なさそうに答えるミヅチに、主人は、

「苦労してそうだな……これ、持ってけ」

 とパンを押し付けてきた。

「ありがとうございます。でももう慣れてますから」

 とミヅチも軽く答え、パンを受け取って店の前の杭に繋いでおいた馬のサドルバッグに入れた。ここまで二ヶ月前と全く一緒だ。

 別にダークエルフは嫌われている訳ではない。国を出て普通に生活している人もいるし、戦士として外国の地方領主のもとで働いている人もいる。金銭で請け負う暗殺を生業としていることを知っているのはどちらかというと上流階級の人だけだ。それだって別にダークエルフだというだけで嫌われたり蔑まれたりと言った事はない。消えていなかった椎名純子の知識の中で、ダークエルフは嫌われ者、というのがあったが、別にそんなことはなかったのは一位戦士階級の初仕事で先輩の女性と一緒に仕事をした時に知った。

「そういやあんた、ちょっと前に見たよな。故郷くにに帰るのかい?」

 ミヅチは主人に覚えられていたことに驚きながら、

(まぁダークエルフは珍しいしね)

 と納得した。同時に、

「ええ、仕事が終わったもので……」

 と答えて微笑んだ。

「ああ、行商か。じゃあ、気を付けてな」

 と主人から返答された。 

 一般的に言ってダークエルフに対するイメージは商人だ。彼らが育てたキノコ類はいろいろな秘薬の原料になる。それを秘薬に加工したり、加工する前のままある程度規模の大きな街(上級貴族領の首都クラス)を移動して商っている。仕入れるものは布や一部の食料品が中心だ。また、武器なども仕入れている。このあたりはその土地々々で生産している農産物や鉱物に違いがあるのでダークエルフに限らないから全く不思議なことはない。

 商売についても近隣のどこの国でもライル王国発行の商会免状、通称闇免状と言う、「ライト」の魔術でのみ文面が浮かび上がってくる真っ黒な免状を見せれば通行は自由に可能だ。この免状同様の効力を持つ免状は諸外国にもある。ロンベルト王国の一種免状や、デーバス王国の青免状、カンビット王国の商会証明など、国によって呼び名は異なるが外国と交易するための認可の証明になるものは多い。

 ミヅチの国、ライル王国では明確な貴族階級と自由民、奴隷はいない。最高位として扱われる元老たちや、獲得階級と呼ばれる商人も全てライル王国平民(ライラック)という、諸外国の平民階級に所属する。女王の方針らしいが、その女王は現人神とされている。

 女王の詳しい事情を知ったミヅチには頷ける。きっと貴族だとか奴隷だとかそういった階級社会を嫌い、単一民族でのみ運営される、小さいけれど階級差の無い社会を作りたかったのだろう。合っているかどうかまでは解りようがないが、ミヅチはそう思うことにした。元老や獲得階級が世襲の理由までは不明だが、大方最初の住民の証明程度なのではないかと思う。また、ミヅチの知る限り、軍人や公務員とでも言うべき役人の権限と貴族階級が重ならないのはロンベルト王国とライル王国の二カ国だけだ。

 デーバスやカンビット、コーラクト、グラナンなどの各国では軍隊の部隊指揮官以上は飛び抜けて優秀でないかぎり貴族でないとまずなれないし、中級以上の役人もある程度、何らかの爵位を要求される。

 馬上の人となったミヅチは手綱を操り、また街道を進んでいった。太陽は中天を過ぎている。あと三~四時間以内には次の村に着いておきたい。ここからだとトンゴード村がある。小さいが宿もあったはずだ。

(部屋が空いているといいなぁ)



・・・・・・・・・



7444年6月17日

 ファルエルガーズ伯爵領を抜け、モンゴート子爵領にはいった。故郷、キンルゥ山のエルレヘイまではもう100km程度だろう。その大半は峻険な山道が続くので最低四日は覚悟すべきだが、いいペースで帰って来れた。ここまで魔物には二度しか襲撃を受けなかった。一度は馬が怯えたので仕方なく馬を降り、魔法で戦わざるを得なかった。相手は豚人族オークだったので一匹倒した時点で先方から退却して行ってくれた。もう一度はつい先日、森を通り抜けるときに「グリーンスラッグ」の大群が移動するところに出くわしてしまった。慌てて馬首を巡らせて遠回りした。

 しかし、ここまで来ればあと一息だ。二日ほど頑張ってエルレヘイの、ライル王国の勢力圏に入ってしまえば魔物についてはほとんど気にしなくていい。三位戦士階級の人たちが熱心に見回りをしているはずだからモンゴート子爵領よりは安心できるくらいだ。



・・・・・・・・・



7444年6月20日

 やっとライル王国の勢力圏に入った。早ければ今日の夜にはエルレヘイへの入口に行けるだろう。それに、この世で唯一、ある程度安心して野営できる地域であるという認識もある。ここまで野営は一度として行わなかった。ここからは魔物に襲われることはあまり考慮しなくてもいいだろう。獣はいるが、肉食の大型獣はいないと言われている。

 安心して道を登りながら数時間、突然の襲撃はそんな時に起こった。

 あの人から借り受けたプレートが身を守ってくれた。傷がついた上、ひしゃげて変形してしまったであろうことは申し訳ないが、鎧の下の服のポケットに入れてあったプレートのおかげで大怪我は免れた。しかし、この場所でダークエルフに襲撃をかけるとは……ミヅチは即座に馬から飛び降りるとサドルバッグから剣を引き抜き、剣の平で馬の尻を叩く。

(盗賊かぁ……エルレヘイ近郊でダークエルフに襲撃をかけるなんて、馬鹿なんだろうか?)

 襲撃を受けたにもかかわらず、傷を負わなかったこともあってミヅチの表情には余裕すら窺える。下手をすれば襲撃者は殺されるより酷い事になるだろう。襲撃者の出身地に対して厳しい賠償金の請求が行く可能性が高い。勿論、魔物の中には弓矢を使うものもいないことはないが、その可能性は非常に低い。

 矢の後、続いて魔術弾頭が飛来してきた。常識で考えて誘導性ミサイルは付加されているはずもないだろう。さっと体勢を低くすると飛んできた炎の矢を躱して道の脇の茂みに飛び込んで身を隠した。ショートソードを地に置いて矢筒クイーバーから弓と矢を引き出した。

 ミヅチの顔には既に余裕の欠片も浮かんでいない。

(相手は……まさか)

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ