挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

164/509

幕間 第二十三話 二見大介(事故当時30)の場合

(はぁ……戻りたくないなぁ……このまま帰りてぇ……)

 電車のシートに座りながら二見大介は思う。隣のシートには一つ年下の光瀬健二が座っている。その隣には光瀬健二の兄の光瀬良一が腰掛けている。五歳違いだという言うから、良一は大介の四つ年上なのだろう。

 昨日の早朝、大介が勤める会社の取引先の課長が亡くなった。今日は昼前から、亡くなった課長の葬儀に健二と一緒に参列しており、その葬儀の場でばったりと健二の兄の良一と顔を合わせたのだ。流石に葬儀の場でにこやかに名刺を交換する気になれず、挨拶もそこそこに三人で葬儀に参列し、会社から託された香典と焼香を済ませ、三人で昼食を摂ってから新宿行きの急行列車に乗車したのだ。挨拶と名刺交換は食事の場で済ませた。三人ともその場で黒ネクタイを外し、普通のネクタイに付替えを済ませている。全く業種が異なる会社で、接点もなさそうだったので、正直なところ一緒に居たくはなかった。

 大介はあまり初対面の人と仲良くなれる質ではない。だが、営業として最低限のスキルだと割り切ってきちんと挨拶も出来るし、それなりに話も出来る。部下、と言う程では無いが後輩の健二につい先月、担当を引き継いだばかりの取引先の葬儀にも顔を出すくらいの必要性も理解している。

 だいたい、亡くなった課長は自分との付き合いの方が圧倒的に長く、健二に引き継ぎを行った時は入院していたため、現担当者の健二自体は面識がないのだ。入院する前に会った時は病気だなんて思わなかった。

(癌というのは恐ろしいな。ほんの数ヶ月間で人を殺してしまうのか……)

 昨日、課長が亡くなったということを知らされた二見がまず思ったことだ。確か四十代だったはずで、死ぬには早すぎる。健康には気をつけなきゃいかんな、と思い、普段の自堕落な生活を見直し、改める良い機会だとも思った。思っただけだが。

 とにかく、今日は半日以上、葬儀で潰れることが解っていたので、昨日のうちに出来る仕事は片付けていたが、事務所に戻ったらしなければいけないことは沢山残っている。もういっそ今日は家に帰って寝っころがり、明日から仕事を一生懸命にやればいい、位の気持ちになっていた。だが、そうもいかないことも理解している。今日中に提出しなければいけない見積もりや製品の資料などがいくつもある。

 腕を組んで目を瞑りながら、大介は面倒なことを考えまいとしていた。隣では光瀬兄弟が家族の会話をしている。大介は光瀬健二のことがあまり好きではなかった。正確には好きではなくなった、と言った方が良いだろう。今勤めている会社でようやっと二年目を迎えたとき、ひとつ下の後輩として入社してきた光瀬健二は、少し斜に構えたところもあったが、話しやすく、自分同様に「いかに手を抜いて仕事をし、且つそれを悟られないようにするか」と言う事に励むタイプだったのだ。

 出来るだけ定時近くに出社し、出来るだけ定時に帰る。営業成績も「不可」ぎりぎりの評価に甘んじるが、切られる程悪くはない。自分の楽しみは会社以外の場所にあり、休日を謳歌するため、生活の糧を得るためと割り切ってのみ仕事をする。勿論、一生懸命に仕事をする奴だっているが、出世してどうなるというのか。課長以上の管理職になったら残業代も出なくなる。別に残業が嫌だというわけではないが、残業代を稼ぐよりその時間を使って人生を楽しみたいだけなのだ。自分は今の仕事と年収にはそこそこ満足しているのでガツガツ残業代を稼ぐことに意義を見いだせないだけだ。

 入社当初、光瀬健二も同様の考え方をしていた。特別親しいという訳ではなかったが、同じ部署でもあったし、入社年次も一年しか違わない。どちらともなくお互いの考え方に共感を覚え、それとなく融通し合ったりもした。

 だが、三~四年程前から健二は変わった。急に仕事に邁進し、社内のコミュニケーションも取り、休日には上司のゴルフに付き合うようになった。最初は部長や役員連中の間で行われるゴルフコンペに顔を出す程度だった。その時は単に「ああ、ゴルフが好きなんだなぁ」程度にしか思わなかった。それから暫くして精力的に仕事に打ち込み、あれよあれよという間に営業として独り立ちを果たし、立派な中堅社員と化していた。

 大介たちの会社では三十歳で自動的に主任になり、その四年後に課長代理になる。それ以降は実力で昇進を掴み取る必要がある。昔から大手の金融機関などではよくある昇進方式が未だに機能している稀有な会社だ。健二は課長以上を目指しているのだろうかと思ったが、結婚して子供が生まれたことで家族に対する責任感がそうさせているとは思わなかった。大介自身は結婚はおろか、彼女もいない生活を送っていたため、そこまで考えが及ばなかったに過ぎない。

 上役達と上手に会話をし、女子社員達からの受けも良い。元々の顔の作りだって良い方だった健二はたちまち部署の中心人物になりおおせた。彼が企画するキャンプやスキーなどのイベントはいつも申し込みが殺到する。女子社員達は声を揃えて「光瀬さんが行くなら私も行く」と言って憚らない。

 上司と一対一で飲みに行き、大介を含む同僚とも一対一で飲み、女子社員とも一対一で飲みに行く。勿論四十近い独身のお局様とだってにこにこといい顔をしながら一対一で飲みに行く。上手に会話をし、聞き役に徹する時は相手の話を遮らない。営業成績も急上昇し、いつの間にかスーパーサラリーマンになっていた健二に対して、大介自身は別段含むところはない。自分のポリシーを理解してくれていると思っていたし、実際に話せば軽妙で瀟洒な会話は充分に楽しかった。ただ、今まで仲間意識を感じていただけに、なんとなく近寄り難い存在になったというだけのことに過ぎない。

 今日会った光瀬の兄の良一も弟同様にスーパーサラリーマンの匂いをさせていた。葬儀の場でこそ神妙に口数少なくしていたが、食事の際に交わした挨拶や世間話、大介を気遣う話題選択など、どうしようもなく自分の心の妙なところを突いてきた。

(最近、光瀬に苦手意識があったが、この兄貴も相当なもんだな。俺とは住む世界が違うようにしか思えない)

 そう思い、今後も付き合いがあるわけでなし、電車に乗り込んだら寝たふりをして時間を潰すことに決めたのだった。別に寝られるようなら本当に寝てしまっても構わなかった。

 こんなことを感じていたのは、彼が本当に意識を手放す二十分くらい前のことだ。



・・・・・・・・・



 どうにかこうにか、この世界でやっていけるだろうと思ったのはいつだったか。五歳の頃か、もっと前か。二見大介改め、ヴァルデマール・ナバスカスは鍬を土に振り下ろしながら額に浮かんだ汗を首に掛けた手ぬぐいで拭いた。今、彼は満年齢で八歳を少し過ぎたところだ。

 先日の晩、畑仕事を終え、夕食を摂って就寝してからすぐに不思議な夢を見た。夢の中で神を自称する存在に語りかけられた。それまで半ば夢だと思い込むようにしていた前世の生活が本当にあったことで、自分は事故を機にこの世界に生まれ変わったことを理解した。唯一、自分が他の人々とは違うという認識を繋いでいた、思考力や過去の記憶が正当なものであったこと。相談しても嘘をついていると断定された固有技能のこと。それらが本当にきちんと自分のものであり、尚且つ、成長力はこの世界一般の人達を大きく上回ることを理解した。

 ヴァルは、生まれ変わってからの人生を思い出す。生まれ変わって暫くはなにがなんだか解らなかった。暫く経ってようやく生まれ変わったことを受け入れ、農奴の子供として生まれたことを知り、一時は愕然とした。特に自分を含め家族全員の手足の指が四本づつしか無かった事は衝撃に思えたが、どうやらそういう種族に生まれただけで、別に不具者というわけではないらしいことは安心した。しかしながら、実際の生活を知るにつれ、これはこれでそう悪くはない、と思っていた。

 確かに農作業は重労働だが、一般的に言って大多数の人が奴隷階級であり、字面からイメージされるほど扱いも悪いものではないことも知った。どちらかというと日本の昔の農民そのもの、という生活だった。不本意に売買の対象になることも無いではないが、実はそういったことも滅多にないことであるということもじきに理解できた。ごく普通に生活し、結婚し、子を成すこと自体もそう難しいことではない。次男三男、それ以下であれば多少難しいと言えるかも知れないが、自分は一応この家族の長男として生まれたのだ。

 運良く病気一つせずに成長できたし、食生活だって、確かに質は過去の記憶にある日本のそれと比べるべくもないが、労働に必要なカロリーは充分に得られる量を支給される。自分の家族の持ち主の平民の従士一家だって悪い人たちではない。村の領主である、ボフィット士爵一家も圧政を敷いて苛烈な取立てなどを行っている様子も見られない。

 ヴァルは現在置かれている自分の境遇や、これから得られるであろう報酬にそこそこ満足していた。確かに休日が殆ど無いのは業腹ではあるが、こんな文明レベルの低い世界で農作業に従事するからにはそれも仕方ない。それに、農業もやってみると面白く感じられもした。世話した分だけ、きちんと成長し、時期が来ると実を付け、作物となって返ってくる。そういった意味ではやりがいを感じなくもない。

 惜しむらくは自分に農業関連の知識が殆どないことだ。勿論、漁業や林業、狩猟など、一次産業に関わるような知識などほぼゼロだった。幼少期こそ未開の低レベルな生活に甘んじている土人共、と思って見下したりもした。だが、結局自分がこの世界で生きていくには、その知識や考え方などで彼ら未開の土人共の足元にも及ばないことを嫌というほど思い知り、結局は受け入れ、受け入れられるように執心したのが功を奏した。

 今では多少頭の回転の良いだけのごく普通の農奴の子供と思われている。実は農機具についても改良や新たなものの製造をしたいと挑戦したことは幾度となくあるが、そもそも農機具と言ったら鍬と鋤、鎌以外の何ひとつ知らなかったことに愕然とした。その他に知っていたのはトラクターやコンバインといった農業機械であり、害鳥よけの目玉風船や案山子くらいのものであった。

 目玉風船は、その代替として麻袋に目玉マークを描いて棒に突き刺して立てているが、実際にどの程度効果があるものか知れたものではない。案山子なんかはもともとあったので今更何も出来ることはなかった。鍬や鋤、鎌に使う金属もどうも知っているものとは異なってはいるが、村にまともな鍛冶屋など無く、こちらも今以上にどうしようもなかった。牛馬について、農作業に活用していないのは不思議だったが、余りにも高価であることを知って納得したくらいだ。

 そうして四~五歳位になったとき、初めて「ステータスオープン」なるものを知った。下の弟が命名の儀式を受けたあと、母親に「ステータスオープン」で確認されていたのだ。ヴァルはこの世界の言葉にいくつか馴染みのある英単語が含まれていることは知っていたが、それにしても「ステーテスオープン」には驚いた。同時に興味もあって、母親の真似をして弟に「ステータスオープン」と言って触ってみた。

【ミッチェル・ナバスカス/25/3/7433】
【男性/19/12/7431】
【矮人族・ラッブ家所有奴隷】
【特殊技能:傾斜感知インクリネーションセンシング

 浮かび上がった青いウインドウを見て、ヴァルは目を丸くして驚いた。
 ついでに自分にもやってみた。

【ヴァルデマール・ナバスカス/3/4/7429】
【男性/14/2/7428】
【矮人族・ラッブ家所有奴隷】
【特殊技能:傾斜感知インクリネーションセンシング
【固有技能:耐性(腐敗・吸精ドレイン)】

 当然というべきか、自分の情報が出てきた。だが、最下行に暗い赤い字で余計な一行が加えられていた。【技能】という言葉は聞いたことがあった。【傾斜感知インクリネーションセンシング】という言葉自体も聞いたことがある気がする。だが、この、固有技能とは一体なんだ? ヴァルは少し考えてから母親に尋ねた。

「ねぇ、お母さん。特殊技能ってなに?」

 ヴァルに尋ねられた母親は赤ん坊をあやしながらニッコリと微笑むと、

「あら? 前にも言ったでしょう? 私達ノームに備わった生まれながらの技能よ。どんな場所でもどんな状況でもその場が傾いているか、傾いているならどのくらいかわかるのよ。【傾斜感知インクリネーションセンシング】を心の中で強く思ってみればわかるわ。ヴァルはまだ子供だからそんなにながくは感じられないと思うけど、後で坂道なんかで試してみるといいわ」

 と言って命名の儀式を終えたばかりのマイクをあやし始めた。

「じゃあ、固有技能は?」

 再びヴァルが尋ねた。

「固有技能? なぁにそれ?」

 不思議に思った母親は小首を傾げてヴァルに聞き返した。

「僕にステータスオープンしたら、【特殊技能:傾斜感知インクリネーションセンシング】と【固有技能:耐性(腐敗・吸精ドレイン)】っていうのがあるんだ」

 ヴァルの返答を聞いた母親は、

「ええっ? どれ……ステータスオープン……何言ってるのこの子は、そんなことないじゃない。【傾斜感知インクリネーションセンシング】しかないじゃないの」

 と呆れ顔だった。そして、

「もう、マイクのおしめを替えてあげなきゃ……ヴァル、縄でもなってらっしゃい」

 と言ってすっぱりと会話を切られてしまった。しかし、確かにヴァルのステータス最下には【固有技能:耐性(腐食・吸精ドレイン)】と書かれている行があるのは確かだ。食い下がったが、取り合っては貰えなかった。その日の晩、父親にも言ってみたが、同様に確認されたものの、結局は「嘘を吐くな」と叱られてしまった。

 その後も何度か話しては見たが、幾度となく「ステータスオープン」で見られても他人には最下段は見えないということが判っただけで、結局【固有技能:耐性(腐敗・吸精ドレイン)】についての答えを得ることは出来なかった。

 それから数年、ヴァルは「確かに自分には見えるのに」と、不思議に思いながらも、いつしか固有技能のことなど頭の片隅の方で埃を被っていた。

 両親はヴァルの事を嘘吐きとまでは思わなかったが、固有技能など聞いたこともないし、耐性(腐敗・吸精ドレイン)と言われても何の事か解らず、嘘ではないにしても馬鹿なことを言う子だ、くらいに思っていた。だいたい、嘘を吐くというのは何か目的があっての行為であり、ヴァルが言った事が嘘だとしてもそれでヴァルにはなんの得もないし、誰かが損をするわけでもない。ヴァルには「それ以上もうその話はするな」と釘を刺しておけば充分だと考えていた。

 ヴァル自身も馬鹿ではないのでこれ以上意味のなさそうなことに関わっても仕方ない。大体、腐敗だか吸精ドレインだかに耐性があったところで何ら重要そうな意味も見いだせないので、確かにこれ以上騒いで嘘吐き呼ばわりされてもたまった物ではないので黙っていることにした。

 そして、冒頭の通り、神に会った時に聞いてみた。すると、確かに固有技能は存在し、しかも耐性(腐敗・吸精ドレイン)の固有技能はこの世で自分だけしか持っていない、特別な物である事を教わる。使用自体はそういった自分にとって不都合な攻撃を受けた時に自動的に働く物であると聞いた。また、使用するのに何か代償は必要なのか聞いてみると、使用の度に魔力を使うとも聞いた。

 魔力について質問しているうちに質問時間が切れてしまったのは痛恨だが、訓練することによって魔力量は増加するらしいことも判った。この情報は今まで自分が得ていた情報と一致する。すなわち、【特殊技能】の魔法のレベル上昇に伴って魔力が増大するということでいいのだろう。

 同時に、ヴァルは満足も不満もあった。神との出会いはどうやら今回の一回こっきりらしい。生まれ変わってすぐとか、数年程度のうちに出会わなかったことは幸運であり、出会いを予期できず、質問内容を纏めた上で会見に臨めなかったことが不運であると思った。

 生まれ変わって早いうちに出会ってしまったら、固有技能のことなんかまず聞かないだろう。なぜ生まれ変わったのか、ここは一体どこなのか、どうやったら元の世界に戻れるのか、そんなことで質問時間を使い果たし、会見自体から得られるものが激減してしまったことだろう。勿論、それらのことは最初に説明をされたのだが、聞かずには居られないだろうし、確認のために何度も同じ質問を繰り返してしまった可能性が高い。

 対して、八歳という、元の生活に未練がない時分に出会えたことは幸運だった。「現在いま」の、そして「今後さき」の生活をする上で疑問に思っていることを聞けたのだ。これを幸運と思い満足できなかったらそれこそバチが当たる。だが、こうなると知っていたら予め質問内容を吟味し、考えられたはずで、もっと多くの情報を得る事が出来たろう。これは不運といえば不運だが、予知能力などあるはずもないので、ここまで望むのは贅沢というものだ。

 正直な話、魔法の特殊技能を確実に得る方法を聞くのが最初だった。もし、確実にヴァルには魔法の才能がなく、技能は得られない、という返答だってOKだ。それならそれでこれからの人生を有利に送るための質問を行えたはずだ。そういう意味では固有技能なんか二の次三の次だった。来年の作物の相場を聞いたり、今、村で作れそうな農機具を聞いたり、日本で知っていた作物の種(例えば米やその他の野菜類だ)の有る場所を聞いたりする方がよほど重要なことだ。

 結局のところ、今後の生活に役立てられそうな情報は何一つ聞けていなかった。僅かに得られた情報を整理しても、耐性(腐敗・吸精ドレイン)という固有技能が役立てられそうな攻撃をしてくる魔物が居るらしい、ということが解っただけだ。そんな情報は生きていく上でほとんど役に立たない。だから何だ。そんな魔物の居る所に近づかなければいいだけの話だ。だいたい、ヴァルは農奴だから戦争にも行かないし、ならず者の冒険者のように魔物退治を請け負うなんてこともこの先有り得ない。

 あの事故で自分以外の犠牲者も生まれ変わってどこか遠くにいるらしいことが解った事と、レベルアップ時のボーナスが普通の人よりも多いという事が聞けたのがその時のヴァルにとって収穫らしい収穫だった。



・・・・・・・・・



 十七歳の誕生日を迎えた数日後、ヴァルは結婚した。相手はヴァルの所有者の従士の三女であったノームの娘で一つ年下だった。農奴にとって結婚をして子を成すことはある意味で義務である。所有者の財産を増やすことに直結するのだから。このナーミン村の人口はそろそろ1000人近くなる。もう街と言っても良いかも知れない。ダート平原の南の端にあると言われ、肥沃な大地に恵まれた豊かな村だ。食べるのに困ることもなく、ロンベルト王国との紛争地帯にはギリギリのところで外れているため、順調に発展している村だ。

 今まで何家族も北の開拓村へと移住していった。殆どが農奴の次男次女以降の家族だ。農奴とは言え、ちゃんとした長男の家系なのでヴァルに移住のお鉢が回ってくることはまずないだろう。だからこそ所有者の従士も自分の娘が農奴階級になる事を知りながらもヴァルの嫁にくれたのだ。花嫁となったミーメンスはいつも笑顔を絶やすことのない、素敵な女性だった。

 ミーメは結婚してすぐに子供を身篭り、長女が誕生した。順調に育ってくれればこの娘がいずれ婿を貰ってナバスカス家を継ぐことになるだろう。農奴なのでステータスには記載されるようなことはないが。すぐに長男も身篭ったが、残念ながら長男は生まれた直後に亡くなってしまった。出産の介添えが出来なかったことが原因の一つだろうとは思ったが、不平不満を述べたところで何一つ解決には結びつかない。だいたい、ヴァルもミーメもまだ十代で若いのだ。子供なんかこれから先まだまだ作れるだろう。

 こう思うくらいにはヴァルも農奴の生活に馴染んでいた。ヴァルの兄弟だって出産直後に一人亡くなっているのだから。そもそもナーミン村で生活する限りにおいては、食うには困らないので、きちんと生まれた子供が死ぬことはこのオースの平均から考えてもそう多くはない。飢えて死ぬことは除外してもいいのだ。病気にだけ気を付け、順調に六~七歳くらいまで生きているのであればまず問題なく大人にまで成長すると考えていい。

 そして、次女も生まれた。その後、長男も生まれた。三人の子供と朗らかな妻に囲まれ、部屋住の弟妹はいるものの、それなりにヴァルは幸せだった。

 それまでは。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ