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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第七十八話 地上

7444年5月28日

 砕け散った水晶球の残滓を見つめながら、しばしの間黙考していた俺は、思い出したように「アンチマジックフィールド」を使ってみる。俺の頭とミヅチの頭双方とも手に灯った青い魔術光は些かも衰えることなく光り続けていた。

『まぁ、その、なんだ、俺が言うのも変だが、済まなかったな』

 光の衰えない手を見せながら言った。

『……いいんです。こうして生きてますから……それに、私は奥様の気持ちも判りますよ。詳しくはお話ししていただけませんでしたけど、1300年も前の時代に転生して……。結婚して子供が生まれてもすぐに外国から軍隊が侵攻して来て家族もきっとその時に失ってしまったんでしょうね……。それから何があったのか……数百年も生きて、更に亜神デミ・ゴッドへ……。そしてまた何百年も。そんな時に自分のすぐ傍に私が転生してきたら、最初はちょっと確認くらいの気持ちで覗いて見ても、貴方が記憶にいたんです。きっと、懐かしくて、いろいろな感情が急に吹き出してきて貪るように全部見ちゃったんじゃないでしょうか』

 それはそうなんだろうが、それで直接的な被害を受けていたのはお前だろうに……。

『私にはそんな人生を歩んできた経験なんかあるわけないですから、本当のところなんか解りませんけど……。でも、きっとそうだったんだろうなぁって思っています。無理ないよなぁ、仕方ないなぁって。私の記憶を全部見たのであれば、そのうち貴方も転生していることは想像がついたんでしょうねぇ。一人一人探してたって仰ってたじゃないですか。大変だったと思いますよ』

 そりゃあ、気の遠くなるような手間だったろうことは想像に難くない。そして、何年もかけてやっと俺を見つけたんだろうな。

『……』

『……』

『そう思ってくれてありがとうな』

『いえ……』

 ミヅチは目を伏せた。ああは言ってくれたが気持ちはきっとぐちゃぐちゃなんだろうな。

 俺にはもう何を言う資格もない。意図せずとも十六年前に別れた相手だ。まして、美紀は1300年も経っているんだろう、俺の事を気にかけてくれたり、覚えていてくれただけでも正直なところ嬉しかった。

『ところで、美紀は……リルスはちゃんと王様やってるのか?』

 特にどうしても今聞きたかったわけじゃないが、話題を変えたかった。

『陛下のお顔やお姿を拝したのは初めてです。私が聞いた話では最後に元老たちが……元老と言うのは、ライル王国の大臣のようなものですが、お会いしたのも随分と昔の事らしいです。今の元老ですら直接お会いした事は無いと聞いたことはあります』

 やってなかった。いや、それで国の運営がうまく回っているのであれば問題は無いのか。

『ふうん……ライル王国の話とか聞かせてくれよ。俺もロンベルト王国の話とか解る限りはするし……



・・・・・・・・・



 恐らく二~三時間は更に話してしまった。いい加減に腹の虫が悲鳴を上げ、地上に戻ることにした。今は昼過ぎくらいだろうか。きっと皆を心配させてしまっている。

『お前、国に戻るんだろう? どのくらい離れてるんだ? いつぐらいに戻って来れる?』

『エルレヘイ……キンルゥ山はここから1000kmは、そんなにはないですかね。でもかなり遠いです。馬で順調に行っても四週間近くは掛かるのではないでしょうか。山道が結構ありますしね』

 遠いんだな。話の途中だがふと気になって尋ねた。

『お前、馬はあるのか? もし無いなら『大丈夫です。馬はあります。今は宿に預けています。国に帰ったら頂いた魔石を処分して……退職して……兄の容態を確認して、良ければすぐに戻ってきたいとは思いますが……』

『お兄さん、悪いのか? 美紀に、いや国王に看て……って死んじまうんだったよな……』

『……私はできるだけ早く戻ってきたいとは思っていますが……』

 ミヅチは少し深刻そうな顔で、沈んだ声で言った。

『俺はまだ当分ここ(バルドゥック)にいる。一年やそこらじゃ今いる場所にすら来れないかも知れない……ここが何層かはわかんねぇけど』

『……』

『だから、気にすんな。お兄さん、良くなるといいな』

『……はい……でも、やっと会えたのに……わ、私の、都合で……』

 そんな顔すんなよ。

『いいんだ。俺のことより今はお兄さんの心配をしろ……ぃよっし! 行こうか!』

 少し沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように明るく言って立ち上がると俺はミヅチに手を伸ばした。ミヅチの手は剣ダコで硬かった。



・・・・・・・・・・



「我らを戻せ」

 今ので何回目の転移だっけ? ひぃふぅみぃ……。

『ん? 【部隊編成パーティーゼーション】っていつから切った? おかしくないか?』

 ぼーっと、作業のように繰り返し上層への転移を行っていて気が付かなかった。

『あれ? 言われてみれば……』

 気が付くといつの間にかミヅチの【部隊編成パーティーゼーション】が切れていた。
 ミヅチも気が抜けたのかな?

『まぁもう出るからいいけどさ』

『は、はい……でも、あれぇ? もう一回掛け直します』

『ん、まぁいいや。行くぞ、「我らを戻せ」』

 多分一つ上の階層に転移した。見覚えがある。さっきの転移の水晶の間は七層ってことか。

『ここは……何回か来たことある。六層の転移の水晶だ……あの棒で転移すりゃ次は五層のはずだ』

『……と、言うことは、私たちは十四層まで落とされた、ということになるんですか?』

『多分な。その気になりゃ地図はあるからまた三層から行けるだろうが……魔力切れは懲り懲りだ。十三層から転移すりゃ魔力切れにはならないのかも知れないけどなぁ。あそこはな……』

 メンバー全員で食料抱えて三層から落とし穴(ワープホール)に突っ込んでも、きっと大乱交が始まるだけだろう。他の奴らはともかくゼノムとラルファにそんなことさせられるか。自殺しちまうかも知れん。

『とにかく、さっさと地上に出て、飯を食おう。皆にも紹介するからさ』

 ミヅチは少し項垂れると口を開く。

『……いえ、今はここで別れましょう。私はここで少し休んで時間を潰してから地上へ向かいます。皆さんへのご挨拶は私が戻った時に改めてきちんとしたいです。私は明日の朝早く東の街道からバルドゥックを出ます』

 ……。

『そうか、解った。万が一お前が戻るのに時間がかかるようで俺が既にバルドゥックにいなかったときは、隣の王都にいる第一騎士団に俺の姉貴がいる。名前はミルハイアだ。忘れるな。あと、さっきも言ったが王都には俺の商会がある。衛兵を見つけてグリード商会の名を出しゃ場所くらい教えてくれるようにはなってるようにしておく。どちらでもいいからそこで、これを見せて俺の名前を出して頼れ。俺がここを離れる時にはどちらにも必ず行き先を告げて行く。明日の朝、夜明けくらいに東の街道の入口に行く。見送りくらいさせてくれ』

 そう言うと肌身離さず身につけていたウェブドス侯爵のプレートをミヅチに渡した。侯爵の署名の彫刻と発行された日付(7442年4月13日)が彫ってある。それと、刃の欠けたナイフを渡した。バークッドの人ならこのナイフが俺の持ち物だとわかるだろう。品質は別に優れているわけではないが、昔、自分自身の盲腸を切り取る前から使い続けていたナイフだ。

 大切そうにそれらを懐に仕舞い終えるのを見たあと、もう一度軽いキスをして俺は一人で転移した。

 ……これが階層をまたいだ時の【部隊編成パーティゼーション】の感覚か……。確かに急に方向や距離があやふやになり、同じ構造物内に居るのだろう、というようなことしか解らなかった。



・・・・・・・・・



 迷宮を出ると時刻は十六時くらいになっていた。税吏の護衛をしていたチャーチさんは俺の姿を認めるとあからさまに驚き、きっとわざとだろう、大声を上げた。

殺戮者スローターズのグリードさんじゃないか! 無事だったんだな!」

 うわ、なにその宣伝。

「え? 死んだんじゃ?」
「モンスターに殺られたって聞いたぞ」
「ああっ! 本当だ!」
「道を、道を空けてくれっ!」
「ピンピンしてるじゃねぇか。誰だよ大怪我したとか言った奴」
「ご主人様!」
「くそっ、死んでねぇじゃねぇか!」
殺戮者スローターズ! すげぇ!」
「俺らにも希望が持てるよな!」
「おい、どうなってんだこりゃ!?」

 そう人出が多くない時間帯だったのであまり大騒ぎにはならなかったが、それなりの人に囲まれた。

「グリードさん、お仲間は今朝早くに戻られていますよ。皆さん、戻られたらすぐに宿に来て欲しいと伝言を預かっています。大変だったみたいですね」

 この人はそれを俺に伝えるためだけに昼までの勤務シフトを延長していてくれたのだろうか。

「チャーチさん、ありがとうございます。早速宿に向かうことにします」

 俺は返事をしながら彼に差し出された手を握ると、丁寧に頭を下げた。頭を上げ、もう一度目礼をして踵を返すと、宿への道を歩き始めた。遠巻きにしていた群衆が道を空ける。

 開いた道の先には、ズールーとギベルティが立っていた。彼らはやっと空いた道を俺の元に駆け寄ってきた。

「「ご主人様!」」

「心配かけたようだな。すまなかった。全員無事か? ズールー、怪我はもう大丈夫なのか?」

 俺の前に跪く二人を見下ろして言った。

「はい、全員……無事です。私はコーロイル様とラルに治癒していただいたそうです。もう大丈夫です」

 ズールーは感極まったのか、声を詰まらせながら言った。しかし、お前、大丈夫なもんか。ベルはまだ「キュアーシリアス」を覚えたばかりで発動までに時間がかかるはずだ。「キュアーライト」を重ね掛けして誤魔化してるだけだろう。HPだって92しかないじゃないか。

「どら……」

 ズールーの前にしゃがみ込み「キュアーオール」を掛けた。既に治癒魔法が掛かっているからHPは満タンまで回復する。

「腹減ってんだ。行こうか」

 そう言って二人に笑いかける。

 ズールーは心の底からホッとしたような顔を向け、ギベルティもかなり嬉しそうだった。

 宿までの道すがら、二人にあれからどうなったのか聞いてみた。俺は屋台で豚の串焼きを四本買い、むしゃむしゃと頬張りながら滋養たっぷりの肉と脂を腹に入れる。

「ご主人様が罠に落ちたあと、私も強烈な一撃を食らってしまって、伸びてたんです」

 申し訳なさそうにズールーが言った。じゃあ、どうやってあのフランケンを倒したんだ? 最後、ギリギリでトリスに治癒の魔術(キュアーオール)を掛けたとは言え、トリスは手足に骨折を負っていた。当分、少なくとも半日は痛みでまともに動けないはずだ。グィネがやってくれたのか? それともベルが矢襖にしたのだろうか? そう思ってギベルティに聞いてみた。こいつは檻の外側にいたはずだから冷静に見れていたはずだ。

「ご主人様が穴に落ち、ズールー様も昏倒されてしまいました。大怪我を負ったばかりのカロスタラン様も動けず、魔法も効果がない。斧を投げてしまった上残っている武器は有効打になっているかどうかも怪しかったコーロイル様の弓だけでした。我々はグィネに声援を送るくらいしか出来ませんでした。しかし、そこで、カロスタラン様は「おおおっ!」雄叫びを上げるとご主人様の残された短槍を拾い上げ、グィネと一緒にフレッシュゴーレムを攻撃したのです!」

 こいつ、役者の才能でもあるのかよ。身振り手振りを交えながら臨場感たっぷりに感情を織り交ぜて報告してきた。面白い奴だ。しかし、なんと。あいつ、最後に俺が治癒魔術を掛けたとは言え、手足を骨折していたはずだ。その痛みを押してよく動けたな。トリスの精神力も大したものだ。

「すでにフレッシュゴーレムもかなり弱っていたのでしょう。二人の突きが前後から刺さるとそのまま倒れて動かなくなったのです。その後は、カロスタラン様は痛みで精根尽き果てまともに動けなくなっていたようでした。ズールー様も気を失っておられたままでした。グィネが狂ったようにゴーレムに槍を突き入れ、コーロイル様もほとんど半狂乱のていで矢を打ち込んでいるうちに檻がガラガラと引き上がったのです」

 そうだったのか。

「コーロイル様とラルがすぐにズールー様に治癒の魔術を掛けて治療したのですが、ズールー様は意識も取り戻されず、気を失ったままでした」

 ふぅむ。二回も殴り飛ばされたズールーは大きな怪我を複数負っていたため、きっと完全には治癒できなかったんだろう。仮に治癒できたところで意識は関係ないけどさ。

「その後、ゼノムさんの指揮でご主人様を救出すべく、縄を集めました。体重の軽い女性のうち一番に志願したマルソーに腰縄を付けて落とし穴を探索させようとしたのですが……そのぅ……」

 少しギベルティが照れくさそうに赤くなった。ははぁん。

「私は気を失っていましたので見てはいないのですが、マルソーがおかしくなったそうです。ラリーが宥めたと聞きました」

 ズールーが代わりに答えた。無難な答えだが、想像はつく。きっと俺も魔力切れで大変な目に遭ってただろうことについて皆も想像はついているだろうしな。

「ギベルティ、ご苦労だったな。まぁ役得だったと思っておけ」

 俺がニヤニヤしながら言うと、ギベルティは照れくさそうだったのが少しにやけた。

 穴に入ったエンゲラは魔力切れの症状で大騒ぎした。慌てて彼女を引き上げたもののギベルティが部屋の隅で相手をさせられたらしい。満更でもなさそうな顔をしたギベルティをからかいながらも次を促すと、本当に驚いたことにあの落とし穴と魔力切れを関連付けられなかった皆は再度救出隊を募ったそうだ。と言ってもその当時は俺が穴に落ちたことで皆慌てていたんだろうし、怪我人もいた。一発で気付く方がおかしいよな。

「私が、その、マルソーを宥めている間に次の人選が行われました。一番小柄で体重が軽いグィネが志願したのですが、万が一穴の中にモンスターがいたら彼女の槍は使えないだろうと強硬に言い張り、ラルが志願して、最終的にゼノムさんがそれを了承しました」

 その後のギベルティの話によると、ベルも自分が行くと志願したらしい。しかし、ラルファは胸の差で自分の方が軽いはずという謎理論を主張し、無理やり皆を納得させたが、ラルファを吊り下げた落とし穴の中から怪しげな声が聞こえ始めた時点で、落とし穴からの俺の救出は打ち切られたそうだ。慎重にラルファを引っ張り上げた皆は、ゼノムに頬を張られてラルファが昏倒しているうちに縛り上げてしまったそうだ。

 その後はズールーの意識の覚醒(五~六時間くらいかかったらしい)と眠り込んでしまったラルファとエンゲラの目覚めを待って、動けないでいたトリスを担いで三層の転移の水晶棒まで辿り着き、仕方なく脱出したとの事だった。

「勿論フレッシュゴーレムの魔石は採ってあります。今はゼノムさんが持っています」

「そうか、苦労をかけたようだな」

「いえ、私は大して……」

 照れくさそうにギベルティが言った。そりゃそうか。彼らが地上に帰還したのは今朝四時過ぎらしい。その後二時間交代で二人づつ俺の帰りを待っていたそうだ。最初はゼノムとグィネが。次はベルとギベルティが。その次はラルファとエンゲラが。そしてトリスとズールー、以降はズールーはずっと、残りはギベルティとエンゲラが交代しながら待っていたそうだ。



・・・・・・・・・



 途中、奴隷たちを逗留させている「シューニー」に寄ってエンゲラを拾う。部屋で革鎧の手入れをしていたエンゲラに声をかけると、今まで見せたことのないような笑みを浮かべ俺の前に跪いた。尻尾を振るかと思っていたが全くそんな素振りもなく、ピクリともしない尻尾を見て「無駄な器官だよな」と思っていた。

 しかし、エンゲラが俺の生還を嬉しそうにして笑ってくれたのは嬉しかった。こいつにもこんなに感情あったんだな、と思い、

「心配かけて済まなかったな」

 と言うと、

「いえ、ご主人様に限って心配など無用とは思っていました。ですが……ですが、よくご無事で……」

 と言ってふにゃふにゃっと顔を崩したのを見て、少し申し訳なく思った。

 エンゲラはギベルティの事を意識しているかとちょっと心配になったが、表面上は問題なく普段通りに見えた。今更人のことを言えた義理ではないが、奴隷たちに余計な波風は立って欲しくなかったので満足した。そう言えばズールーにも女がいるようだし、エンゲラもギベルティもいい大人だ。少なくともエンゲラにはコンドームを支給しておくべきではないだろうか? こいつだってたまには男娼を買って発散したりもしたいだろう。

 それはともかく、俺は奴隷三人に先に飯屋に行って席を取っておくように命じると「ボイル亭」へと足を向ける。早く知らせて安心させてやらないとな。



・・・・・・・・・



 「ボイル亭」の前では小僧が夕方の掃き掃除をしていた。俺に気がついてびっくりした顔で挨拶をしようとしたのを制し、そっと扉を開けた。目の前のフロントカウンターに座っていた支配人と目を合わせ、口の前に指をたて、しっ、というジェスチャーをする。俺のニヤついた顔を見てすぐに合点が行ったのか、支配人は微笑みを浮かべてロビーの階上を指さした。全員部屋に居るんだろう。

 抜き足差し足、忍び足。抜き身のトリスのロングソードを持ったままなので強盗に入るような感じだ。ゴムプロテクターにヘルメットまで被って黒ずくめだしな。自然と笑みが溢れる。ラルファから脅かしてやろうか、それともベルとトリスのウザカップルか。グィネもいいな。ああ、グィネとラルファは一緒の部屋かも知れない。

 そっと三階まで上がり、グィネの部屋の扉の前に行く。中に居なかったらバカみたいなのでそうっと扉に耳を当てる……。何も物音はしない。ここじゃないってことは、グィネがゼノム達の部屋に行ってるってことだろう。二階に戻る前にトリスとベルの部屋に行ってみようか。

 足音を立てないようにトリスとベルの部屋の前に行き、また耳を当てようとした。だが、まてよ。二人が今何かしてたら俺、単なる出歯亀じゃねぇか。こいつら迷宮から帰った後はいつもくっつきっ放しだからなぁ……。馬鹿馬鹿しい、やめた。

 一度ロビーに戻って俺の部屋の鍵を受け取りに行くのもなんだか妙な感じだ。普通に階段を下りて、ゼノムとラルファの部屋に歩いていくとノックをした。そもそもゼノムは俺の救出を指揮してくれ、帰りを纏めてくれたはずだ。やっぱりどう考えてもまずはゼノムのところだ。無事に戻ってきたことで浮かれすぎていた。

「なんだ?」

 ゼノムの声がする。俺は扉を開けようとハンドルに手をかけた。部屋の中で誰かが走って来る音がしてバン! と扉が開いた。扉の向こうに立っていたのはグィネだった。

「アルさん!」

 グィネは俺の姿を見ると大声を上げ、俺に飛びかかって、もとい、飛び込んできた。小柄な彼女の体は想像していたよりも少し重かった。っつーか、トリスのロングソードを抜き身で持ってるんだ。危ねぇよ!

「今戻った。ゼノム、話は「アル!」

 部屋に設えてある椅子に腰掛けていたゼノムも立ち上がり俺を見て大声を上げた。

「心配させて「良かった! 良かったです! アルさんなら大丈夫だと! 私! 心配で!」

 俺に抱きついたままのグィネは下から俺を見上げて感極まって叫んでいる。目から涙が溢れている。階上でどたどた言う足音も聞こえた。ベルとトリスも気がついたようだ。俺はグィネの肩に手を置いて「心配させて悪かったな。ありがとう」と言ってゼノムの部屋に入った。

「ゼノム、ズールー達から聞いたよ。俺を助けるためにいろいろ骨を折ってくれたんだって……。どうもありがとう」

「礼なんか言わんでくれ。大事な雇用主の危機を救おうとするのは当たり前のことだ。それより、こちらこそ助けられなくて申し訳ないと思っているくらいだ。すまなかった」

「そんなのこそ気にしないでくれ。……もう解ってるとは思うが、あのままあの罠に入っていたらとんでもないことになってたんだ。俺も大変だったよ」

 笑いながらそう言うとゼノムも笑ってくれた。

「ちょっと着替えてくる。トリスにロングソードも返さなきゃなないし。……ところで、ラルファは?」

 そう、ラルファの姿は部屋になかった。

「ラルは、その……」

 何故かグィネが言いにくそうに声を濁した。

「ラルファは「ラーベイ」で飲んだくれてる。ズールー達から聞いたのなら知ってるだろうが、ラルファを殴りつけてふん縛ったんだが、目を覚ましたら暴れてな。今は絶賛親子ゲンカ中だ。すまんがアルの槍もラルファが持って行っちまった。リュックサックは回収してここにある」

 ゼノムは部屋の隅に置いてある俺のリュックサックを指さしながら言った。あらら……それはそれは。

「「アルさん!」」

 開けっ放しだった扉からトリスとベルが現れた。ゼノム達同様に二人共既に平服に着替えていたようだ。いや、単に着たのか? しかし、いくらなんでもこの短時間でここまできっちり着るのは無理だろう。俺がこうして厭らしく邪推しているだけで元々着ていたのだろう。俺を見る二人の顔には溢れんばかりの笑みが浮かんでいた。

「やぁ、心配かけたようですまなか「よく無事で! ね、大丈夫だって言ったでしょ!」

「ああ、本当にそうだな! 怪我はありませんか?」

 ベルとトリスは俺のもとに駆け寄ってきて手を取って喜んでくれた。

「大丈夫。ああ、そうだ。トリス、剣を返す。おかげで助かったよ」

 結局、モンスターに対しては地に落ちた目玉野郎に対して一回しか振るわなかったが、役に立ったことは確かだし、俺の心細さを大きく軽減してくれたことも確かだ。落ちてすぐ、真っ暗闇でこの剣に触れた時の心強さは今でもよく覚えている。

「いえ……アルさん。こいつ(ベル)だけでなく、私も貴方に返せない恩が出来ました。アルさんは俺の命の恩人です。本当に、本当にありがとうございます!」

 痛いほどしっかりと俺の手を握り締めてトリスが言った。

「気にすんなよ。それよりギベルティ達に聞いたぞ、あれから立ち上がってあのフランケン野郎をグィネと仕留めたんだってな。凄いな。よく立ち上がれたな。立派だよ」

「そんな……あの時は必死だっただけです。実際よく覚えてないんですよ」

「そう謙遜すんなよ。誇っていいことだ。結局誰も死人が出なかったのはトリスとグィネのおかげだろう? 俺の方こそありがとうだ」

 そう言ってトリスとグィネに礼を言った。

「フランケンって、なんだかぴったりですね。魔石を取る時にステータスを見たら「フレッシュゴーレム」になってたので、私たちはゴーレムって呼んでました」

 ベルがそう言って笑った。ゼノムだけはよくわからない顔をしていたが、すぐに俺たちの前世のネタなんだろうと思い当たったようだ。

「それよりアルさん。ラルのところに行ってあげてください。「ラーベイ」に居るはずです。誰も近寄らせないでお昼から一人でずっとお酒を……」

 ベルが言った。トリスとゼノムは顔を見合わせ、グィネは何とも言えない表情で俺の手を握ってきた。

「行ってあげてください……。私が何を言っても煩がって……」

 グィネが俺を見上げて言った。シャワーを浴びて着替えたかったがそうも行くまい。

「「ドルレオン」に席を取らせてるから皆先に行っててくれ。俺もラルファを拾ってから行くから」

 そう言ってヘルメットを外し、少し身軽になると。「ラーベイ」へと向かった。

 途中でミヅチを感じる方向や距離の感覚が急に戻った。今迷宮を出たのだろう。全く心配はしていなかったが、なぜかホッとした。



・・・・・・・・・



 「ラーベイ」に着くと阿呆が一匹、店のど真ん中のテーブルを占拠して、一人蜷局とぐろを巻いていた。ウェイターがさっと俺の所に来て「本日は、その、あちらのお客様の貸切になっております」と言って来た。この従業員は俺の顔を知らないらしい。新顔なんだろう。

「大丈夫、知り合いですから、もう連れて帰りますのでご心配なく。それと、あの客の精算は済んでいますか?」

「え? そうですか……」

 ウェイターは俺の言葉を聞いてホッとしたように言い、そして、

「お支払いはまだです」

 と言った。

「じゃあ、精算してください」

 そう言って俺は蟒蛇うわばみまで歩くとすぐ後ろに立った。

 八人はゆったりと飲み食いできそうなテーブルの真ん中で酒を煽り、ラルファは右の片膝を立てて長椅子に座り俺の銃剣を抱いていた。相変わらずだらしねぇ奴だな。

「アル……なんで……大丈夫……死ぬはずない」

 こいつなりに俺のことを心配してくれてはいるのだろう。だが、それならズールー達みたいに入口広場に居ろよ……。こいつらしいけどさ。

「おい、『アル中』。「ドルレオン」に河岸を変えるぞ」

 そう言って肩に手を置いた。

 若年性アルコール依存症患者はゆっくりと振り向き、俺の顔を確認する。

 涙と鼻水でグチャグチャだった。よく見たら左側の地面(店の床は土間になっている)に吐瀉物もあった。

 苦笑いをしながら同じ長椅子の右側に方向だけ逆向きに座った。

「アル!!」

 声でかいな。

「なんだよ」

 胃液の混じった酒臭い息を吐きながら、酔っ払いは立てていた右足をずらして床に下ろし、長椅子にシーソーに座るようにこちらを向いて座り直した。同時に銃剣をテーブルの上に載せた。

「無事……だったんだね」

 足を広げて長椅子に跨り、股間に両手を突いて目を見開きながら人語を話す酒飲み猿。

「当たり前だろう。俺を誰だと思ってる」

 殺戮者スローターズのリーダー様だぞ。そう簡単にくたばるもんか。

「ばか」

 うるせーよ。バカはお前だ。

「24500Zになります」

 精算を終えたウェイターが俺に声を掛けてきた。財布を取り出し銀貨三枚(30000Z)を渡す。

「釣りは清掃代だ」

 はっきり言ってこのクラスの店だとバカみたいに高いが、貸切にしたのなら安いほうか。

「ありがとうございます」

 代金を受け取ったウェイターは礼を言うと硬貨を持ってそそくさと下がっていった。

「ほら、立て。行くぞ」

 銃剣を肩にかけ、立ち上がった俺を見上げたラルファの目が潤んでいた。心配かけて悪かったな。それと、ありがとうな。

「立てない。おぶって」

 えー、面倒くさい奴だな。だが、放っていくわけにもいかない。迷宮から帰ったばかりで俺だって疲れてるんだが。仕方ない。

「ちっ、ほれ」

 そう言ってラルファに背を向けてしゃがんだ。女とは言え人一人はめちゃくちゃ重い。だが、俺の筋力29を舐めるな。辛いは辛いが酔っ払ったラルファの一人くらいはおぶって歩けるだろ。耐久も29なんだ。

 店を出て十歩で俺の首筋から背中にかけて酒臭い生暖かい液体が流れ落ちた。ゴムプロテクターくらいは外しておくんだった……。全部内側に吐きやがって、気持ち悪いの俺ばっかりじゃねぇか。ってか面倒くさがらずに「毒中和ニュートラライズポイズン」を使えば良かった。クセになるから二日酔いや酒の飲みすぎの時には使わないようにしていたのが仇になった形だ。筋力とか耐久とかどうでも良かったわ。

 その後、すぐに「毒中和ニュートラライズポイズン」をラルファに掛け、仕方なく一度「ボイル亭」まで戻ってシャワーを浴びて着替えた。

 申し訳なさそうにしゅんとしたラルファを伴って「ドルレオン」に行った時は全員既に出来上がっていた。当然ラルファには今晩のアルコール禁止を言い渡し、俺は旨い料理と旨い酒を楽しんだ。皆と酒を飲みながら話をしていて思い出したのだが、明後日は裁きの日だった。そう言えばすっかり忘れていたが、輝く刃(ブライトブレイド)の生き残り、ビッケンスの裁きの日だ。ま、死刑だろうな。

 罠に掛かって十四層にまで行ったことを話した。

「十四層……」

 俺の言葉を聞いた皆は絶句していた。ラルファを除く全員酒に酔って感心した表情だった。ラルファ一人が皆と話を合わせながらも唇を引き結んでいたのが印象的だった。おい、妙な目つきで俺を見るな。俺は細かい内容は酒の抜けた明日にでも改めて話すことにした。



・・・・・・・・・



7444年5月29日

 真夜中まで飲んでいたが、「毒中和ニュートラライズポイズン」と目覚ましの小魔法キャントリップのおかげもあって午前四時前に目を覚ました。銃剣だけ持ってバルドゥックの東の街道の入口へ向かった。

 月に照らされて馬が一頭、轡を握る人影が一つ。

 ミヅチだ。

 俺を認めると馬の背から降りたミヅチを抱きしめ、別れを交わす。

「私も出来るだけ早く戻りたいと思っています」

「ああ」

「貴方も頑張ってください」

「うん」

 どうにも締まらない返事しか出来ない。

「ああ、そうだ。【部隊編成パーティゼーション】な」

「はい?」

「まだ切ってないだろう?」

 おかげでミヅチと迷宮の階層が別れた時の感覚もわかった。確かに迷宮を出て暫くすると、ミヅチも迷宮から出て方向や距離が大体解る様になったので安心していた。

「ええ……切らなきゃダメですか?」

 そう心配そうな顔をするなよ。

「そのままにしておけよ。毎日延長して万が一何かあったら知らせろ。すぐに……とは行かんだろうが駆けつけてやる。万が一、何かの件で誰かを加えなきゃならん時は『加えろ』とか命令を送って、新しく加える奴に俺の認識を切ってやってから加えろよ」

「はい!」

 これでいつでも、少なくともお互いの無事は感じていられる。

「行ってこい。待ってる」

「では……」

 ミヅチがクレーターのような外輪山を登り切る頃、小さくなった騎影を朝日が照らした。一度振り返ったように見えたがすぐに見えなくなってしまった。

 
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