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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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幕間 第二十一話 野村幸吉(事故当時90)の場合

 さすがにこの年齢になると身体の各所に目立つ衰えが出てくる。だが、頭もまだはっきりとしているし、歩くことにも大きな支障はない。17歳で陸軍に現役志願兵として志願して二年過ごした直後に再召集を受け、独立混成第十五聯隊所属の上等兵として再出征するときに母親から貰った虎の刺繍の千人針のことは今でもはっきりと覚えている。

 残念ながら成人直前に沖縄戦で捕虜になったものの、若年兵で階級も低かったため終戦後すぐに釈放された。引き揚げて来てから裸一貫で作り上げた商社を後任である息子に譲ってからもう十年以上が経つ。

 八年前に女房を亡くしたが、その年に曾孫が出来た。時の経つのは早いものであんなに可愛かった孫以上に可愛い曾孫ももう小学生だ。今週末には遊びに来てくれるとのことで今からこの上なく楽しみである。今日はその時の為に曾孫におもちゃを買ってやりに新宿のデパートを目指して最近出不精になった身体に鞭打って出てきた。

 家政婦の時子さんに心配されはしたものの、私の体は老境を迎えたとは言えまだ充分に動くし、頭もはっきりしている。曾孫のおもちゃを買いに行くくらいわけはない。

 先頭車両の最後部、四人掛けの優先席の先頭部に腰を降ろす。

 私の座っている前の座席には曾孫よりも幼い子供を連れた父親と社内の吊り広告を見上げている中年のサラリーマンが座っており、私の隣には一つ空席を置いて仲の良さげなアベックが座っている。前の座席の男の子が靴を脱がされ、椅子に登ると窓に手をついて車窓から流れゆく景色を夢中で眺めている。

 昔、まだ幼かった孫を連れて電車で遊園地に行った時にも同じような事をさせたことがあった。当時は私も女房もまだ50代であったが男の子と女の子の二人の元気な孫を連れて遊びに行くということが重労働であることにびっくりしたものだ。懐かしい気持ちになり、小さな男の子の背を見ながら頬が緩むのを自覚した。

 なんと愛らしい子だろうか。男の子の仕草を眺めているだけで新宿までの暇つぶしになる。眠そうな父親を意に介さず、車窓に手をついて夢中で眺める男の子の後ろ姿を見て、なんとなく既に老人と言ってもいい息子の小さな頃に思いを馳せる。

 私にもあの父親のように若かった時があった。隣に座っているアベックのように若かった時があった。彼らもいずれ歳をとり、子を産み、育て、私のように老いてゆくのだろう。私は今の境遇を不幸だとはちっとも思っていないが、彼らが今の私のような年齢に達したとき、自分の人生を振り返ってどう感じるだろうか?

 これからの日本を作っていくのは彼らのような若い人達だ。せめて後悔することない人生を歩んでいって欲しい。男の子の後頭部を眺めながら、そんな取り留めのない思いに囚われていた。

 列車が急ブレーキをかけた。

 派手なスキール音につづき、乗客全員がバランスを崩して前方に向けて浮遊する。目の前でうとうとしていた中年のサラリーマンがハッとしてポールを掴んだところに親子連れの父親が突っ込んだ。サラリーマンはそれでもポールを離さず耐えていたようだが、直後に男の子を抱きとめるためにあっけなくポールを掴んだ手を離してしまった。

 私には横からアベックの片割れの女性がぶつかってきた。彼女と一緒に宙を泳いだのも束の間、私の胸部にどこかのポールが直撃し、私の意識は薄くなっていく。

 かつての上官であった田所分隊長は「お前らのような若過ぎる兵隊が最前線に出てくるようになっちゃおしまいだ」と仰っておられた。田所軍曹は沖縄の県民が立て篭る壕に火炎放射器を放射しようとする米兵に銃剣突撃を敢行し、見事討ち取ったあと、他の米兵からの銃弾を受け、我々若年兵が見守る中、そう仰って戦死された。粗製濫造の銃剣はひん曲がっていた。

 戦時の繰り上げ任官で小隊長として指揮を取っておられた九州帝大の学生であったという吉野少尉も衛生要員の女子学生達が立て篭る壕の前に仁王立ちになったまま戦死された。壕の入口を自らの体で塞ぎ、家宝であったという軍刀を地面に突き刺して両手両足を広げ護国の鬼のようにかっと目を見開いたまま弁慶の立ち往生であった。

 小隊長は「とにかく生き延びろ。これからの日本人を産み育てる女性を守り、恥を忍び、耐え難きを耐え泥を啜ってでも生きろ。捕虜になってでも生き延びて日本の未来を守り育てる男になれ」と常々仰られていた。その小隊長が戦死なされるとは小隊の誰も予想していなかった。

 かつての私の上官たちが共通して仰られていたのは「若い奴がこれからの日本を作っていくのだ。だから貴様らは何としても生き残れ」という事だった。最終的に我々若年兵が恥を忍び米軍に投降したのはそのお言葉を守るためだ。私は彼らに胸を張って「自分は頑張りましたよ」と言える人生を送れたのだろうか。



・・・・・・・・・



 一体なにが起こったのか? なぜ私は生きているのだろう? 事故だろうか? 混乱することしきりだったが、どうにかこうにか事情を飲み込むのにかなりの時間を要した。私は赤ん坊として生まれ変わったらしい。若い頃占領軍の主計科将校と交渉するために必死になって覚えた英語も多少は役に立った。

 赤ん坊として生まれ変わった私の頭は非常に柔らかく、新しいことを覚えるのにも然程の苦労は必要なかった。それこそ乾いた砂が水を吸うが如く新たな知識を吸収していける。若いとはそれだけで素晴らしいものである。命名の儀式を経てあらかたこの世界の言語を喋れるようになるまで二年もかからなかった。

 親の目が離れ始める三歳くらいまで成長してやっとわかってきた。大昔の西洋のような土地だが、いろいろ変なところもある。まず、私の生まれたゴーバン村にはいろいろな人種が住んでいた。地球の人類にあたる普人族は最大勢力であることは間違いがないらしく、全人口の四割近くいる。その他、精人族エルフ山人族ドワーフ矮人族ノーム小人族ハーフリング兎人族バニーマン犬人族ドッグワー、ドッグワーの亜種の狼人族ウルフワー。それから、猫人族キャットピープル、キャットピープルの亜種の獅人族ライオス、私の種族である虎人族タイガーマンなど、沢山の亜人がいた。

 建物などは茅葺きや板葺き屋根で土壁と大昔の日本を彷彿とさせる作りが多い。無人だが立派な鳥居を備えた小さな神社まであった。着物はシャツやズボンなど西洋風の物が多いが、前開きの着流しのような物も無い事はない。食物は和風のものはなく、全てが洋風だった。米がないのが地味にきつい。

 ただ、私には重要な秘密もあることに早期から気付いたのは幸運なことであったろう。生後一年半程で命名の儀式を受け、そこで本格的な意味を知った「ステータスオープン」のおかげで私は自らの特殊性に気付くことができた。【固有技能:根性ヴァリアンス】。使い方もイマイチ不明だがわざわざ【固有技能】なんてついているくらいだから、私だけの技能で、且つ技能と言うからには使い方があるはずだろう。ヴァリアンスと言うくらいだから根性とかド根性のようなものだろう。

 私の知る限り他に誰も持っていない固有技能とは異なり、種族の技能である【特殊技能:夜目ナイトビジョン】と【特殊技能:剛力】は別段珍しくもなんともない。タイガーマンは頭の上に丸い短い毛の生えた耳があり、頭髪と同色と黒での縞の尻尾(私の場合、頭髪も黒いので尻尾は全体が真っ黒となる)を持ち、体格こそ普人族とあまり変わらないものの、概して力が強く、且つ俊敏な種族だ。

 隣の家の二つ上のライオスのトミーと喧嘩するときに「うわぁぁぁ」と叫びながら「ここで引いたら舐められる、根性を出せ」と思った瞬間、体が軽くなった感じがして、全力のパンチを何発かトミーに叩きつけたところで、猛烈に腹が減り、集中できずにいいようにやられた。家に駆け込んで余っていた朝食の残りのパンを貪り食うとそのまま倒れこむようにして眠ってしまった。

 【剛力】の特殊技能を使わなかったのは、力を出しやすくなる分、踏ん張りが必要となり、俊敏に動くのが難しくなるからに過ぎない。ライオスの【瞬発】とは異なって、喧嘩や戦闘には使いにくい技能なのだ。昼過ぎに起きた時、なぜトミーのような幼児の行動にあんなに腹を立てムキになって喧嘩したのか不思議だったが、結局トミーとはつまらないことを原因に何度も喧嘩する間柄になった。

 こんなことが何度かあって初めて気がついた。「根性を出せ」とか「全力で行くぞ」などと考えながら気合を込めた叫び声(雄叫びとでも言うのか)を上げると【固有技能:根性ヴァリアンス】の技能を使えるのだ。だが、ものの数秒程度でド根性は切れる。しかしながらその間、私の身体能力は驚く程上昇する。それこそライオスの種族が持つ特殊技能の【瞬発】など児戯にも等しいほど身体能力が向上する。感覚が鋭くなるわけではないし、勘が良くなるわけでもないが、力や俊敏さ、無限に湧いてくるかのような体力を感じ取れるほどだ。それは火事場の馬鹿力とでも言う方がしっくりとくる。

 【固有技能:根性ヴァリアンス】は喧嘩以外でも使えることも解った。何か行動するときに気合を入れ、心の中で「行くぞ!」とか「やるぞ!」と覚悟を決めればいい。だが、非常に体力を使うのか、体力を前借りするのか分からないが、何回か使うと我慢が困難なほど眠くなることが多い。無性に飢餓感を覚え、口に入りそうならそこらの雑草ですら食いたくなることもある。使いどころが肝要だ。

 そうしているうちに日本語を喋る神を名乗る存在と遭った。やはり、列車の事故で私は死んだのだという。私を含め事故の犠牲者は39名にも登る大惨事だったそうだ。最後に中年のサラリーマンに抱きとめられた男の子は無事だといいのだが……。順番として年寄りから死んでいくのが正しい世のあり方だと思うのだ。

 夢の中のような得体の知れない場所での神との会見で、もう自分は死んでおり、日本には帰れないことを理解した。最後に曾孫に会えなかったことが心残りといえば心残りだったが、今では十一歳になり、体も歳の割には大柄で元気に成長しているらしい。

 私はもう一度別の世界で人生を一から送れるらしい。ならば今度は笑える人生を送りたいものだ。かつてのように常に何かに追われるような、追い求めても手の届かないものに手を伸ばすような、張り詰めたようなものではなく、心の底から笑える人生を送りたい。その為には記憶を保ったまま生まれ変わった私はそれだけでかなり有利だろう。

 この世界はおとぎ話であるかのように魔物が棲み、なんと魔法まであるという。年甲斐もなくわくわくしてきた。よく話を聞いてみると私と一緒に亡くなった38人の人達も同じく記憶を持ったまま生まれ変わっているとのことだ。まずは彼らと出会うことも考慮に入れておいたほうが良いかもしれない。

 常々から疑問に思っていた事も聞いてみた。時間や暦、通貨や食物、身分や人種など聞くことは沢山あったが、僅か十数分という限られた時間ではそれらを聞くので残念ながら時間切れとなった。

 目が覚めたとき、目の前に浮かぶ「ステータスオープン」のような窓を消しながら浮き立つ心を抑えがたい事に苦笑し、朝飯を食べる。今日こそトミーと決着をつけるのだ。



・・・・・・・・・



 それから更に数年が経った。私、フィオレンツォ・ヒーロスコルは立派な少年に成長していた。我がヒーロスコル家はファルエルガーズ伯爵領のゴーバン村の領主であるイーガルド士爵家に仕える従士である。ヒーロスコル家の三男として生を受けた私はそれなりに楽しそうな人生を送れる選択肢は多い。このまま別の従士の娘と結婚し、入り婿としてその家を継ぐか、何か手柄を立て、新たな従士の家を独立して営むか、別の村でそれをやるのか、はたまた努力して騎士団に入団し、そこで認められ軍人として過ごすか、または騎士団で実績を上げ、どこかの従士長になるべく地方領主への人脈作りをするのか。金を貯めて商売を始めたっていい。

 自由にやりたいことを己の才覚で出来るのだ。いろいろなしがらみのある貴族ではないし、かと言って制限の多い自由民や奴隷階級でもない。何か好きなことをやるにはこの平民の階級は便利なことこの上ない階級だ。両親も家を継ぐ人材である兄さえ立派に成長してくれたらそれ以下の子供達については好きにしろと公言している。

 何をするにしても先立つものは金だし、体も資本と言える。従士家族の義務とも言える軍事訓練にも熱が入ろうというものだ。元々私は剣も槍も使えはしないが昔の兵隊時代を思い出して熱心に稽古に打ち込んだ。この頃には固有技能なんかに頼らなくてもそこそこな腕になっていた。十歳を迎え模擬戦を行うようになってから、実力のかけ離れた大人たちを相手にするような時に少し使うくらいだ。

 領主のイーガルド士爵は私には才能があると褒めてくれた。

 十三歳という若年で領内のパトロールにも随行を許可され。初めてゴブリンを仕留めたのもこの頃だ。ひと月に一~二度あるパトロールの際に何度も手柄を上げた私は、一歳繰り上げて十四歳で伯爵の騎士団に推薦を受けた。勿論推薦を受けただけで入団できるほど甘い代物ではないが、この世界では騎士の叙任を受けることは人生で大きなアドバンテージを得られることと同義だ。私に否やがあろうはずもなかった。

 領内各地から選りすぐられた年上の入団希望者を退けて入団試験を突破できたのは勿論固有技能のおかげとも言えるだろうが、地力を高めるのに積み重ねた努力が実ったとも言えるだろう。話に聞いたところでは平民出身者が正騎士の叙任を受けるのは早くて三年、平均すれば四年程だという。だとすると私は平均だとしても十八という若さで一人前のエリートになれるということだ。なぜなら騎士団とは前世で言う、中学校から大学、士官学校の全てを兼ねていると言って良い、ほぼ唯一の高等教育機関だからだ。

 うん。それだけ若ければ騎士団を辞めてからも何でもできるだろう。普通は正騎士の叙任を受けると給金はいきなり跳ね上がるのですぐには辞めないで暫く続ける人も多いと聞く。だが、私は従士の間も無駄遣いする気はないし、しっかりと貯金をしておくつもりだった。裕福なファルエルガーズ伯爵家の騎士団では武器も防具も貸与してもらえるので最終的には剣の一本も購入するだろうが、それ以外、生活必需品以外に金を使わなければ従士の給料でも四年もかければそれなりに蓄財も可能だろうと思った。

 それから風来坊とでも言うような冒険者をやりながらちょっと世の中を見て回り、自分が納得の行く仕事を見つければ良い。そう考えていた。



・・・・・・・・・



 騎士団に入団したところ、驚くべきことがあった。生まれ変わったこと自体驚くべきことではあるし、固有技能や亜人、魔法なども驚くべきことだろう。だが、初めて自分以外の日本人に出会えたのだ。これを驚くべきことと言わずして何と言えばよいのか。

 ロートリック・ファルエルガーズ。ファルエルガーズ伯爵家長男。次代の大貴族とでも言うべき男の子は私と同じ事故で生まれ変わった日本人であった。長姉のマリーネンは彼よりも十六歳も年上で、十年程前にロンベルト王国の現国王陛下であるトーマス・ロンベルト三世陛下に嫁いでいる。最初はお互い、やけに日本人みたいな顔つきだな、と思っていたのだが、勇気を出して日本語で語りかけたのが決め手になった。

 ロリックはこの世界オースがイヤでイヤで堪らなかったらしい。彼は私より一年早い十三歳で伯爵家の特権を使って騎士団に入団していたとのことだが、成績は低空飛行を続けており下から一二を争うような酷いものだった。ロリックは彼の同期の中では座学はトップだった。しかし、ファルエルガーズ騎士団では座学はあまり重要視されていないのか、評価に占める割合はかなり低いので彼の成績自体良くなかったのは専ら戦闘技術での評価が最低だったに過ぎない。もともと争い事は嫌いな質だそうだ。だが、私が騎士団の入団前既にゴブリンを何匹も仕留めた話をしたり、ゴブリンやノール程度なら結構簡単に倒せる事を教えてやると興味を持ったらしい。

 お互い日本人ということもあって、すぐに私と彼はすっかり仲良くなり、どこへ行くのも一緒だった。私同様に稽古に熱を入れ、私同様に大いに人生を楽しむことにしたようだ。日本時代の話や身の上話もした。電車の中で向かいに座っていたらしいことも判明した。尤も、これは私が気にかけていた男の子が彼の息子らしいことからの推測に過ぎないのだが。

 老人であった私と違い、当時彼はまだ三十という若さであった。日本人ということでお互い丁寧に喋っていたが、私の年齢を聞いて驚いた彼はそれから私に対して敬語を使うようになった。身分が違うので不自然だから止めた方が良いと言ってやっと直った。だが、日本語で喋る時は相変わらず敬語のままだった。日本語の時は日本人だからと彼はそこは譲らなかった。私も悪い気はしないのでそのままにしておくことにした。

 こうして日本人に会えるということも解った私たちは、いつしか「他の日本人を探したい」と思うようになるまでさほどの時間はかからなかった。だが、彼には立場がある。伯爵家を継いで次代に引き渡すという役目もある。正騎士の叙任を受け暫くしたら騎士団を離れ、伯爵家の跡取りとして騎士団とは比較にならない高レベルの領地経営などについて学ばねばならないだろう。

 お互いが十五の春を迎える頃、彼の成績も急上昇を遂げていた。と言っても最低だったのがどうにか及第を超えるというくらいではあるが。そして、二歳下の彼の弟が騎士団に入団してきた。彼の弟のベルサイアスは優秀な子だった。出来の悪い兄(勿論、私はロリックのことを出来が悪いとはちっとも思っていない)を侮るようなこともせず、常に一歩下がって頭でっかちと揶揄されている兄を立てる発言をしていたし、座学は勿論、剣や槍、騎乗技術等でも初年度としては優秀な成績を修めた。

 私? 私は固有技能のおかげもあり、同年の入団者は疎か、一年次上の者たちと比較しても上だった。座学も正直なところ日本で学んだ下地があればどれもこれも片手間で出来る程度だ。暗記に多少毛が生えた程度の内容だ。数学など小学生低学年程度の四則演算で止まっているし、物理や生物なども同様だ。社会科(専ら歴史)や農業科学(科学なんて殆どなく、基本的には領地経営の為の農業知識程度に過ぎない)の方が我々にとって馴染みが薄い分苦労する程度だった。

 但し、魔法についてだけは私もロリックも熱心に学び、教官である魔術師が閉口するくらい質問攻めにしていた。最初は小魔法だけだったが成人してからは本格的に魔法の修行もカリキュラムに入り、毎日灯りの魔道具と睨めっこする時間が続いた。睨めっこと言っても、目は閉じる。二人一組になり上半身裸で相手の上半身にサーチライトのような明かりの魔道具を当てたり逸らしたりする。顔には光を当てず、体だけ照らす感じだ。そのうちに魔法の光を皮膚で感じ取れるようになる。

 光が当たった部分がなんとなく、鳥肌が立つような感覚、とでも言えば良いのか、とにかく魔法の光が当たっていることを目を閉じたまま感じ取れるようにするのが魔法の特殊能力を得る手段なのだ。魔法修行専用に光が拡散しないよう、長い筒の奥に仕込まれた魔道具でペアの体を照らす必要があるので二人一組での修行が推奨されている。

 こうすると魔力検知の小魔法キャントリップスが使えるようになる。次はこの魔力検知の小魔法キャントリップスを使って再度光を感じる事を繰り返す。ここまで来ると着火の魔道具の小さな炎でも構わないが、魔石の消費量を考慮すると灯りの魔道具の方がコストパフォーマンスは良いらしいので不便ではあるが二人一組での修行が推奨されているのだ。

 私たちは熱心に魔法の修行に取り組み、お互いに5ヶ月という驚異的な速度で無魔法の特殊技能に目覚めることが出来た。小魔法キャントリップスは日に何度も使えるものではないので、騎士団の訓練や任務、座学の勉強をやりながらの修行であったため、二人共一年はかかるだろうと覚悟していただけに拍子抜けすらしたものだが、嬉しい誤算であったことに間違いはない。



・・・・・・・・・



 そうして私の騎士団生活二年目が過ぎていった。三年目に入り、二人共十六歳になったある日、私たちに出征の命が下った。遥か南のデーバス王国とのダート平原でのよくある小競り合いだ。今回はファルエルガーズ騎士団が戦力の中核を担うらしい。指揮官はファルエルガーズの騎士団長であり、ロリックの叔父でもあるコンレール卿が執るのかと思ったが、王国中央からバルキサス卿という騎士と数人の彼の部下が派遣されてきており、コンレール卿率いる我らファルエルガーズ騎士団はバルキサス卿の指揮下に組み入れられた。

 我々二人が想像していたより遥かにのんびりとした戦争だった。確かに数度あった合戦は想像通り激しいものではあったのだが、両軍の下級兵士や従士達の士気はあまり高いとは言えず、戦死者もそれほど多くはなかった。なんとなく雰囲気で合戦が始まり、いつの間にかどちらかが戦線を後退させ合戦が終息する。勿論相手を出し抜こうと少人数の偵察部隊を複数送り、敵の様子を探ったりもしているのだが、めぼしい成果も上がらず、戦闘時以外では士気の低さが露呈していた。特に今回の紛争ではロンベルト王国側は開拓村の防衛であるので積極的に討って出ることをしなかったことも理由の一つではないだろうか。

 そうした中で数少ない合戦の度に少しずつ手柄を上げ、私は合計で三人の敵兵を討ち取る手柄を上げた。ロリックも一人だけではあるが敵兵を討ち取った。私と出会った頃、あんなに戦闘に対して腰の引けていたロリックも成長したのだなぁ、と感慨深い思いだった。村の周囲に防衛線を張ってから二ヶ月程がたったある日、敵部隊の後退が確認された。これからひと月程、念の為に駐屯し、特に問題が起こらないようであれば引揚げだ。

 数少ない戦果のうち私の上げたものは敵兵三人ではあったが、確実な死亡が確認された敵兵の数は70人弱であり、戦果のうちの約5%が私個人のものだった。全部隊で個人では最高の戦果だった。おかげで叙任も早まるそうでこれは非常に嬉しい。ロリックも手柄を上げていたのでやっと正式な叙任が見えてきた。

「これでベルスにも格好が付くな」

 とロリックが言っている。兄の面目が果たせてホッとしているというところだろうか。続けて私に、

『ノムさんは叙任を受けたらどうするんです? 騎士団に残りますか? それとも以前から言われていたように、冒険者として出て行かれるのですか?』

と聞いてきた。因みにノムさんと言うのは私の本名の野村を縮めたものだ。

『うん、江藤くん。私はそうしようと思っているよ。せっかくだからね。オースを見て回りたい。私はこの人生を楽しみたいんだ』

『そうですか……。羨ましいなぁ。本音を言えば私も一緒に行きたいですよ。でも、私の叙任はもう少しかかるでしょうしね……。ノムさんに会って私も大分変わったと思いません? 感化されちゃったんでしょうね。昔は自ら戦うなんてイヤでイヤで仕方なかったのに……今回の戦争では結構落ち着いて戦えました。それで周りを見回して解ったんですよ。俺には貴族なんて向いてません』

『……。』

『戦争で指揮を取ることなんて出来そうにないです。魔物は殺せても、人を斬るのは辛かったです。それに、もう領地と屋敷に篭って外に出ないなんて生活もどうかと思っていますよ。確かに、俺はあの時死んだんです。佑太もちゃんと成長しているようですし……正直な話、未練はありますがね』

『そうか』

『息子に会いたいです。抱きしめてやりたいです。生まれたばかりでまだ二回しか抱いていない娘に会いたいです。もう……十六か……今の俺と同い年だから、高校生ですかね? 女房に似ているといいなぁ……。それらと比べたらファルエルガーズの領地を相続することなんか俺にとって何の価値もありませんよ』

 寂しそうに、悔しそうにロリックが言った。

『……だが、それは仕方ないだろう? 今更会いに行くことは出来そうにないしなぁ』

『そうです。もう無理なんですよ。俺、ずっと、夢を見ていたんですよ。成長した息子と娘の夢です。怖がって領地の屋敷に引っ込んでいる俺を情けなく感じている子供たちの夢です。でも、戦争に行ってからはぴたりと止まりました。実は殺した相手の夢でも見るかと思っていたんですけどね……。見ますけど。
 でも、その殺した相手の夢と一緒に、国を守って戦った俺のことを誇らしく思う子供たちの夢も重ねて見えるんです。見えるんですが……』

 ん?

『祐太がね、言うんですよ。顔つきや体つきはすっかり大人なのに、あの頃のままの声で「後悔しないように生きてくれよ」って。ヒナタもね、ああ、太陽の日に向かうと書く日向なんですが、まだ正式に名前決まってなかったんですけど。娘です。若い頃の女房そのままの姿と声で、でも日向だって解るんですがね……神様と逢った日のウインドウの言葉みたいなことを言うんですよ』

 そりゃあ、考え過ぎではないか? あのウインドウの言葉がそんなに印象深かったのだろうか? だから夢の中でも子供達に喋らせているんだろう。私が黙っていると、

『だからね、後悔しないように生きようと思っています。ノムさんみたいにこの人生を楽しんで見るのもアリかなって思うんですよ。だからお願いがあるんです。俺が叙任するまで騎士団を離れるのを待って頂けませんか?』

『おいおい、江藤くん。それはどうかと思うぞ。君は長男で次期伯爵だろう?』

『別に長男が継がなければいけないという法はないですよ。男子である必要すらありません。伯爵位はベルスが立派に襲爵してうまくやっていけるでしょう。あいつは俺と違って出来もいいですし、人当たりもいいから皆からのウケも良い。幸いなことに俺はずっと出来の良くない奴だと思われています。今回ちびっとばかし手柄を挙げられたのは偶然に近いと思われている節さえ窺われますしね』

『だがな……』

『いや、いいんです。卑下している訳じゃありませんよ。確かに俺はあまり出来のいい伯爵後継者とは言えませんしね。【耐性(ウィルス感染)】なんて固有技能も役に立っているんだかいないんだかよく解りませんしね。ああ、十年近く前、高熱が出た時に試しに意識したら嘘みたいに引いていったことがあるから役には立っているんでしょうけど。とにかく戻ったら今の領主である親父に相談します。それまでは待って下さい』

『勿論、それは構わんし……道連れが増えることは歓迎するよ……だが……』

『いいんです。ノムさんと一緒に俺にもオースの人生を楽しませてくださいよ。このままだとオースのことを碌に知らないまま領地の中で死んじまいそうですよ』

 私は幸福なのだろう。私を慕ってくれる若者がいて、一緒に人生を謳歌してくれるのだ。まぁ今は私も若者だが。



・・・・・・・・・



 ロリックが正騎士の叙任を受けたのはそれから半年近く経った年末のことだ。

 ロリックは家を出ることを許された。私が心配していた反対も大きくなかったようで、上等な剣と槍、軍馬まで用意され、かなりの餞別を貰ったらしい。

 私たちは交互に騎乗し、まずは王国の首都ロンベルティアを目指している。一度、大都市を見ておきたかったのもあるし、人が集まるところなら日本人がいてもおかしくはないだろうという目論見もあった。私たちは二人共戦争以外で伯爵領を出たこともない田舎者だったし、正騎士の叙任も伯爵領の首都であるロバモルスで行われたので半分以上は物見遊山の気分だった。

 寒い風が吹き抜ける街道を期待に胸を膨らませ、若者たちが行く。

 
ロリックは邪魔になるので餞別に金属鎧は貰っていません。
フィオ(フィオレンツォ)と同等の革鎧です。
土曜の更新までに本編が書き上げられない場合、また幕間でお茶を濁すかもしれません。すみません。
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