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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第四十七話 ある年末年始休暇

7442年12月29日

 朝、兄貴達がボイル亭に寄ってくれた。昨日模擬戦をしたので帰る日を一日伸ばすかとも思っていたが、予定通り今日出発するとのことだ。次は四月の半ばから終わりくらいには来れるとのことだ。またその時は納品と受注がメインになるが、王都での拠点になるような場所に目星をつけておいて欲しいと改めて頼まれた。勿論そのつもりなので大船に乗った気で任せろと言ったが、ミュンと同じく通じなかった。

 それより、王室向けにと作ってもらったコンドームだが、今回持ってきて貰ったのは50袋もある。いくらなんでも王室もそんなに需要はない。ロンベルティアの貴族や高級娼館に卸す為のサンプルとして使えとのことだった。いろいろ話を聞くと兄貴はまだ改良の余地があるといって品質の改良に取り組んでいるらしい。オースでの俺にはまだ実戦経験がないが「で、どうだった? この前送ったのは前のやつよりはもう少し良くなってると思うんだ。お前も気がついたことがあれば聞かせてくれよ」とか言ってる。

 仕方ないので「途中にいくつかクビレを作ってみたらいいのでは」と言うと非常に感心してくれた。「なんと! クビレか……やはりお前はよく気がつくな。戻ったら早速試作してみよう。型自体新たに作り起こさねばならんが、俺はいいアイデアだと思う」と言ってくれた。正直な話俺のアイデアでもなんでもない。

 前世の衛生用医療品メーカーの方々には頭が下がる思いで一杯だ。俺は彼らの功績を盗み、まるで自分が思いついたかのように言っている。申し訳ないが、これもひとえにオースでの感染症予防のためだ。あ、クビレと感染症予防には因果関係は無いような気もする。

 昼頃まで今後の大まかな計画や現時点の品物の評価などを話し合い、兄貴達は帰っていった。

 その後、ランニングで汗を流し、迷宮に入って魔術の練習を行ったあと、ズールーとエンゲラと夕食を食べてこの日は休んだ。



・・・・・・・・・



7442年12月30日

 今日は大晦日だ。尤も、日本のように大晦日だからといってバルドゥックの街の様子に変化はない。奴隷たちと朝食を摂るとき、念のために今日の晩飯は遅くなるかもしれないと言っておく。俺はまたサンドイッチの弁当を買い、空の水筒を弁当箱がわりに迷宮へと入った。

 今日は、今まで棚上げにしていた部屋の主の復活のメカニズムについて調査するつもりだ。今まで万が一の危険を避けて一人で迷宮に入ったときは部屋まで行ったことはなかった。今日は夜まで半日かけてでも調査する腹積もりだ。

 途中で出会ったゴブリンの一団をさっさと全滅させ、最初の部屋の主だったブラックガルガンチュアリーチを仕留めると、念の為に死体を部屋の隅まで引き摺って移動させ、反対側の部屋の隅にあった石に腰掛けた。勿論死体から魔石は採取は行っていない。現在時刻は午前七時半だ。

 三十分が経過した。何も変わったことはない。

 更に一時間が経過した。何も変わったことはない。

 一時間経過。何も変わったことはない。

 一時間経過。部屋のそばまで魔物の一団らしい足音が近づいてきたようだ。銃剣を手に取りいつでも魔術をぶっ放せる様に用心したが、結局足音は遠ざかっていった。

 一時間経過。丁度昼になった。部屋の反対側で暗闇に埋もれている死体の方を用心しながら昼食を摂った。用心は無駄になった。

 一時間経過。何も起きず。

 一時間経過。便意を催して来た。用心しながら別の隅っこで用を足し、土をかけておく。

 一時間経過。全く変化はない。いい加減飽きてきた。お茶を入れた。

 一時間経過。相変わらず変化はない。

 一時間経過。もう十七時だ。そろそろ時間切れか。

 三十分経過。いい加減そろそろ帰ろうとしたときだ。部屋の中央部に靄のようなものが渦巻き始めた。が、渦巻くばかりで特に何が起きると言う訳ではなさそうだ。靄自体を鑑定しようとしても出来なかった。怖くなったので出来るだけ靄に近づかないようにして部屋を出た。毒ガスだったりしたらまずいからな。

 部屋の外から観察しているうちに靄がだんだんと濃くなっていくのがわかる。これが部屋の主の復活なのだろうか。今近寄るのはごめんだが、もう少し様子を観察しても良いだろう、俺を鑑定しても健康状態に変化はないようだしな。

 靄はどんどん濃さを増し、渦の中心部は深い霧のように濃い白色になっている。だんだんと白色部分が大きくなってきた。既に靄に気がついてから五分近く経っているだろうか。

 と、渦の中心からぱっと明るい白い光が漏れた。そう強いものではない。そうだな、30~40Wくらいの蛍光灯程度だろうか。光はすぐに消えた。光が消えたと同時に霧も晴れた。そして、いままで渦を巻いていた霧の中心部には魔物がいた。スカベンジクロウラーだ。出現したばかりでぷるぷると震えている。

 これが魔物の復活なのか!?

 いきなり成体で、部屋に出現するのか!?

 とするとゴブリンやオークなんかは通路に出現するのだろうか?

 ぽかんとしたままぷるぷる震えているスカベンジクロウラーを見つめていたが、すぐに我に返り『アイスジャベリン』二発で始末した。最初に仕留めたブラックガルガンチュアリーチと共に魔石を採取し、麻痺と解麻痺の薬の原料になる口のそばに生えている四対八本の触手を根元から切り落とし、ゴム袋に入れるとさっさと迷宮を後にした。

 今回は部屋の主を殺してから復活(?)するまで半日弱の時間がかかっていた。

 部屋の場所や階層、元の部屋の主や復活してくる主の種類によって時間は変わるのだろうか? それとも一律か? 変わるとしたらその条件は? 疑問は尽きない。

 尤も、このような形で復活しなくても、例えばどこかから新しい主がやって来るなどでも余計疑問は残るので、少なとも一つだけは確実に疑問が解消されたことに満足しておくべきだろう。

 いつの間にか修復される罠。

 いつの間にか復活するモンスター。

 ひょっとしたら宝石や金属の鉱床もいつの間にか復活するのだろうか?

 一攫千金を夢見る冒険者達を何百年も連綿と飲み込んで来て、近年では五層までしか誰も辿り着けないと言う巨大な迷宮。復活のサイクルはそれぞれ異なるにしてもこのバルドゥックの迷宮には元々一定の「形」があり、その「形」が崩されたとき、元の「形」に戻るように何者かによって手が加えられているか、自動的に戻るような機能が組み込まれているとしか思えない。

 勿論、これは俺の妄想だ。根拠はない。あるのはたった一つの「モンスターが成体で復活してきた」と言う証拠サンプルだけだ。今回たまたま見ることが出来たが、これが必ず起きる事なのか、それとも今回限りの不思議な事象をたまたま俺が目にしたのかの判断もつかない。

 いずれにせよ性急な判断をしても仕方ない。今後も今回のように少しずつ証拠サンプルを収集していって判断の根拠となる材料を揃えるしかないだろう。

 その晩、遅い食事の時、思い切ってズールーとエンゲラに今日あった出来事を話してみた。すると二人揃って激昂してきた。内容は危険な迷宮にたった一人で潜るとは何事だ、大事なご主人様に何かあったら奴隷としては一大事だ、という事だった。

 その大事なご主人様というのは俺の事で、俺の行動が俺自身を危機に陥らせるものであることに納得が行かないらしい。俺が死んだらお前たち、自由になるんじゃねぇの? なんでそんなに怒るの? と思って詳しく聞いてみた。

 すると、奴隷を所有したまま持ち主が亡くなった場合、奴隷は財産なので誰かに相続されるのだそうだ。この場合、バークッドの両親か、兄貴が士爵位を継いだ場合、俺は自動的に法的には兄貴の次男になる。「グリード士爵家次男」だしな。今まで当主だった親父は元の身分である「グリード士爵家三男」になる。母ちゃんは変わらず「第一夫人」で義姉さんも「第一夫人」だ。

 田舎の貧乏貴族であるうちの場合、士爵位の襲爵に伴って命名の儀式を行うのは親父と兄貴だけで、その他の人はそのまま放って置かれる。これが複数の爵位を持つ貴族であればまた事情は異なる。まぁ今は関係ないのでこれについてはまた機会を改めて話そう。

 とにかく、俺が死んだ場合、俺の財産である彼ら二人の奴隷は親父か兄貴のどちらかが相続することになる。常識で考えて田舎の貴族が戦闘奴隷を所有することは希だ。普通はその貴族に仕える家臣たる従士達が戦闘者である兵隊を兼ねているからよほどの事情がないと戦闘奴隷は飼っておいてもあまり意味がない。

 近々戦争へ出兵するなど特殊な事情があるか、近隣の魔物が何らかの事態により急速に増加し人里を襲うなどという事情でもない限り穀潰しに近いので歓迎はされない。人手が足りなければ農奴としての労働力にしても良いかも知れないがそれは勿体無い。

 そうなると奴隷商に販売して現金化することが普通だ、という事になる。販売された戦闘奴隷は次に購入される主人を自ら選ぶことなど出来よう筈も無いので、現在の主人である俺以上に待遇の良い主人に購入される可能性について考える。そして、俺の待遇がそこそこ良いことが彼らの心配の種になる、という事だ。

 そこまで聞いて俺は口を開く。

「じゃあどうすんだよ。お前ら、休日も俺にくっついて迷宮に入るか? 連続して迷宮に入って緊張感に耐えられるのか? 翌日からの通常の迷宮探索に支障を来たさないか? こう言っちゃなんだが、昔ならいざ知らず、今の俺は一層でなら殆ど緊張なんかせずに魔物と出会っても全滅させられる。部屋の主と一対一で戦っても問題なく勝てるぞ」

「ですが、ご主人様、万一ということもあります。せめて我々のどちらかをお供に付けて下さい。そうでないと奴隷として安心できません」

 ズールーが強い口調で主張してきた。むぅ、奴隷に安心感を与えるのも主人の務めだろうな。だけどなぁ……俺、攻撃魔術の練習が殆どだし。ああ、こっちの方は結構上達しているからまぁいいか。これから暫くは迷宮の仕組みの調査にかけるつもりだったんだよな。基本的には待ち時間が殆どになるはずだ。誰か傍にいれば話し相手には事欠かないか。

「ん……まぁいいか。わかったよ。次からどっちかを連れて行く。……じゃあ、水曜はズールーで土曜はエンゲラな。でも翌日以降、ぼーっとしてたら許さねぇぞ。いいな」

「「はい、わかりました」」

 二人揃ってほっとしたように返事をしてきた。

「まぁ明日から三日は俺も休む。迷宮には行かないよ。だから次は一月六日の土曜からな。最初はエンゲラからだ。いいな」

 そう言って話を切り上げた。あと、今日は奴隷たちの給料日だ。ズールーに50000Z(銀貨五枚)、エンゲラに40000Zと、今月分の給料を払い、解散した。明日は正月だし、餅代でもやろうかと思ったが、オースにそんな習慣はないので止めた。癖になっても困るしな。



・・・・・・・・・



7443年1月1日

 あまり意味はないと思ったが朝飯を食ったあと、ランニングの前にバルドゥックの神社に初詣に行き、賽銭として10000Z(銀貨一枚)を喜捨してきた。鳥居の前などで礼をして柏手なんかを打っている俺を神官達は変なものを見るような目つきで見たが知らんもんね。そもそも初詣とかお参りとかいうことも一般的じゃないし。普通は神社なんて命名の儀式か両替くらいでしか人は来ない。

 ちなみに、銀朱以上の貨幣はこのあたりだとロンベルティアの神社でのみ鋳造されている。どうやって鋳造しているか、完全に秘密のベールに包まれており、それを暴こうとして神社の敷地に足を踏み入れた者には物理的に天罰が下る。

 神社間での貨幣や魔石の遣り取りのための専用の荷馬車に攻撃をかけた者も同様だ。天罰は人だとか魔物だとかの区別無く襲いかかる。神社の荷馬車の傍なら安心だとコバンザメのようにくっついてきても同様に天罰が降りかかる。一時的に交差するとか追い抜くとか追い抜かれるなんてときは問題ない。

 天罰は空から雷が落ちてくる。唯一、神がこの世界に存在する証拠と言える。銀や金、白金、魔石を神社に持ち込むと貨幣の材料になるので買い取ってくれるが、レートは低い。ましなレートで買い取るのは神社が認めた王家だけらしい。

 こんなことを言うと神社に認められなければ国家建設など出来ない、と思えるがそれは違う。例えば、オーラッド大陸西部を例にとると貨幣を鋳造している神社を持つ国はロンベルト王国、グラナン皇国、スイーサーグ帝国、コーラクト王国にしかない。中でもスイーサーグ帝国には貨幣を鋳造できる神社が二箇所あるらしい。バクルニー、カンビット、デーバスには貨幣を鋳造出来る神社はない。

 確かに貨幣が鋳造されている国はそうでない国と比較して豊からしいが、結局はそれだけの違いでしかない。貴金属や魔石をそれなりの価格で換金可能かどうか、という程度のことだ。特に魔石は正規の王家が持ち込んでもレートはかなり悪いらしい。魔道具屋に売ったほうが余程金になる。貴金属も正確に貨幣の価値に対する等価ではないらしい。まぁ、レートを無視すればどこの神社でも貨幣と交換してくれるので、別に貨幣を鋳造できる神社は絶対に必要というわけではない。

 鋳造する際に魔石に何らかの処理をしてそれも加えているので、銀朱以上の貨幣はステータスオープンで名前が出てくる。普通に鋳造している銅貨とか大銅貨とかは金属の名前が出るだけだ。従って高額の貨幣の偽造はまず出来ない。銅貨類や賤貨類を偽造しても殆ど旨みがないため誰もやらない。

 過去には神社に軍隊を派遣して鋳造技術を得ようとした輩もいたらしいが、尽く天罰によって滅ぼされてきたとのことで、ここ千年くらいは伝説を信じようとしない阿呆が盗みに入ろうとして雷に打たれ、黒焦げ死体になる事件がたまーにあるくらいだ。神社に務める神官や司祭、巫女なんかも邪なことをやろうとすると容赦なく天罰が降りかかるので、神社には絶対といって良い信頼が置かれている。

 だからと言って原始宗教みたいに崇め奉られているわけでもない。ごく普通に生活に密着しているのだ。神官や司祭も結婚するし、子供も生まれる。神社から官職に応じた給料を受け取って生活を営んでいるのは市井の人達と同じだ。但し職は相続ではないので子供に継がせられるとは限らない。

 その分多少その地域の平均的な収入よりはましな給料が払われているらしい。神社で働く人はその身分的な出身を問われない。但し犯罪歴は考慮されるらしく、一度でも何らかの犯罪に手を染めた人であればそれが公になっているかいないかは問わず採用されないとも聞くが、これは眉唾らしい。

 大体の場合、子供の時分にお告げのようなものを得て、それで神社に行く。そして採用されるのだ。極希に大人でもそういう人もいるらしい。嘘を言ってお告げを受けたと申告しても天罰が下るらしい。神社の職員の採用は狭き門なのだ。中には職員が採用されないまま無人になってしまった神社もないことはない。そういった場合、上級の神社から人が派遣されてくることが殆どだが、上級の神社でも人手が足りない時などは暫く放って置かれたりする。

 そんな神社でも盗みに入ろうとすれば天罰はあるし、数年もすれば誰かやってくるからあまり問題にはなっていない。天罰を与える神もそれ以外では寛容なようで、神社に直接手出しをするような無法でも働かない限りはどんな重犯罪者でも裁きは人の手に委ねられている。

 まぁこのように流通する貨幣の量のコントロールを神社(=神)が行っているのでインフレやデフレはあまり心配しなくてもいい。似たような事態が起こっても一時的なものですぐに収束してしまう。それこそ迷宮から魔法の品物なんかが出てきたとしてもせいぜい数百億Zだし、そこまで高価な物などン十年に一個出るかどうかだ。一国の経済がそれでいきなりどうにかなるなんてことはない。だって、貧乏なバークッド村ですら元々の税収は1億8千万Zもあったんだ。可処分所得はその二十分の一くらいだったけどさ。

 正月早々ランニングしながらこんなことをつらつらと考えていた。捕らぬ狸の皮算用と言われても経済は大事だからな。いつか国を作った後に慌てて調査したりなんかしたくない。普段から地道に調査と言うか情報収集は必要だ。

 正月ばかりは一斉に休日になる。役所も商店もどこもかしこも必要最低限しか営業していない。普段から月曜日は休みにしている店が多いのは正月のためか。今日出勤するものは代わりに明日休む。だから今日明日はあまり営業している店は多くない。飯屋は普段通りやっているのでそこは救いだが、客と比べて店員の数も普段より相対的に少ないからてんやわんやの状態だ。

 餅食いてぇな。雑煮でもいい。でも餅米はおろか米もないから仕方ない。結局いつもと同じようなメニューの昼飯を食いながら、今日は一日どうしようかと考えた。いい機会だからついに今まで使っていなかった『鞘』を実戦に使用しようかと思ったが、正月は休みだった。仕方ない。正月早々迷宮に潜るのも嫌だし、このところサボりがちだった性病チェックでもしようか。人通りは少し減ってはいるが調査に支障はない。

 ボイル亭から筆記用具を持ち出して道行く人に次々と鑑定を掛け、状態をチェックする。もう延べで一万人くらいは調査した。当然同じ人間にも鑑定している可能性は高いが、繁華街を歩く人の調査だから別にいい。明日は一日使って統計を出そうかな。



・・・・・・・・・



7443年1月2日

 日課のランニングを終え、昼飯までちょっと剣の型のトレーニングを行った。昼飯を食ったあと、晩飯までは今まで調査した内容について集計だ。

 サンプルは一万二千人くらいあった。そのうち半数は良好だが、残りの半数は何らかの怪我か病気だ。病気も感冒とか気管支炎とか大したことない物を除いていく。性感染症はなんと1661人もいた。

 内容まではわからないが少なくとも性行為を感染源とする諸症状であることは間違いないだろう。繁華街をうろつく人のうち14%近くが性病に感染しているのか。恐っそろしいな、こりゃ。多分毛ジラミなんか鑑定ではわからないだろうからそれも入れるともっと多いだろう。

 ピレスロイドシャンプーとかパウダーとかないし、せっかく生え揃った毛を剃るのも嫌だ。性感染症にはコンドームは絶大な威力を発揮するが、毛ジラミには無力だ。そして毛ジラミは90%近くの高確率で感染うつるはずだ。戦闘中や息を潜めている時に股間が痒くなったら命に関わる。うーむ、ヤル前にいちいち陰毛をチェックして卵がないか観察するのもアレだしなぁ。

 確かピレスロイドは蚊取り線香の原料の除虫菊のはずだけど、菊なんか見たことない。作るのは困難だろうなぁ。また棚上げかなぁ。王都に行けば貴族を相手にするような高級店もあるかな。そこなら安心かも知れない。ああ、くそ。この年代の健康体が恨めしい。

 そういえば俺も昔、中高生の頃は性欲にまみれていた。隠していたはずのエロ本の位置が微妙に変わっていた時には母親の顔をまともに見られなかった。高校生頃にはビデオもあったので友達に借りたビデオを家族がいない間を狙って見ていた。防大生徒になってからは……言いたくない。

 俺、これから暫くこんな感じなんだろうか? 不安になってくる。本能に根ざした欲望だし、抑え付けても限界はあるだろう。下手したらラルファに土下座して頼んでいるとか嫌だ。それくらいなら思い切って一か八か王都の高級店で楽しむか、今まで通り自分で何とかするかした方がマシだ。

 毛ジラミは別にして、きちんとコンドームを着けていれば9割くらいは安全だろう。単純計算で感染確率は1.4%か。これが多いか少ないか。あ、いや、既に発症していれば断ればいいんだからもっと確率は低くなる、のか? 潜伏期って感染するんだっけ? まぁどちらにしても可能性は高くても数%というところだろう。

 一体俺は命に関わるわけでもないことにこんなに熱心になって何をやってるんだ? 正月早々道行く人の性病チェックをして、今日はその集計だ。それで導かれた性病の感染確率は多く見積もっていいとこ2~3%程度。

 大丈夫な可能性は高い。明日にでも行くか。どうせ明日はコンドームの納品に出向くつもりだったし、そのついでにちょっと遊ぶくらいいいだろ。いや、遊ぶわけではない。王家の紋章を入れたゴム製衛生用品、サンプルの性能を試さねば他の貴族など高貴な方々にお薦めする事は出来ぬ。これは商会長としての義務だ。



・・・・・・・・・



7443年1月3日

 朝飯を食い、そそくさと身支度を整えると王都へと出発した。今日は鎧は付けていない。念の為剣だけは腰に下げているが、貴族ですよと言っているようなもので、あんまり意味はない。このあたりに魔物なんか出るわけないしな。

 王城へ登城し、受付を済ませて参内すると指定された場所で妃殿下の誰かが受け取りに来るのを待っていた。まだ午前十時くらいだというのに顔がにやけてくる。いかんいかんと気を引き締めなおすが、しばらくすると俺の心はまた自由の海に漕ぎ出して想像の翼を広げてしまう。

 何回か百面相のようにした頃、やっと妃殿下が来た。なんとか表情を取り繕い、新年の挨拶をそつなく行って納品だ。今回やってきた妃殿下はベッキーだ。

「グリードよ、御足労をおかけしますね。この『鞘』のおかげで陛下の悪癖も収まり、本当にそなたには感謝しております。これからも宜しくお願いしますね」

 彼女は湖のような微笑みを湛えて俺の労を労ってくれた。

「は、レベッカ妃殿下には有難いお言葉を賜りまして、このグリード、心より嬉しく思います。今後共グリード商会をお引き立て下さいませ」

 そう言って頭を下げ、退出した。

 王都に出た俺は、晴れやかな顔でロンベルティアの繁華街へと移動する。
 繁華街の外れの適当な飯屋で豆茶を飲んで一休みするとともに、馬を預かって貰うべく交渉し、ついでに評判のいい店を聞いてみた。勿論店の従業員にはチップとして銀朱を握らせてやる。こういう時にケチケチしても碌な事はないのだ。

「料金は高くてもいい。安心して遊べてランクの高い女がいる店がいいな。貴族なんかがお忍びで行くような店なら言う事はない」

「旦那、そんな高級店、50000~60000Z(銀貨5~6枚)もしますよ。それもでいいんですかい?」

 俺と同年代くらいの普人族の小僧が言う。俺も小僧か。まぁいいや。だが、流石に高いな。勿論今更惜しむような金額ではないが、これではまるで日本の平均的な風俗店の価格だ。下手したらバークッドの農家の月収より高い。

 小僧にいろいろ話を聞いてみると、最低は1000Z(銅貨十枚、または大銅貨一枚)からあり、平均は5000Z(銅貨50枚)くらいらしい。キールの『リットン』は30000Z(銀貨三枚)くらいだから、なるほどあそこも高級店だったのだな、と改めて思う。だが、安全は金に代えられない。ここで僅かな金をケチっても意味がない。どうせ行くなら最高級の店に行くべきだ。そのくらい稼いでいるのだから当たり前だろう。

 俺は「いいからその店の名前と場所を教えてくれ」と言って小僧から場所を聞き出した。ここから歩いて10分くらいのところにあるらしい。ま、そのくらいの距離であれば馬に乗っていく必要はない。道順を改めて聞いて確認すると、財布の中身に目を通し、颯爽と歩き出した。

 うむ、十五になる前に出来そうだ。だが、そんな事よりも休みに入ってから自家発電を我慢してきたのだ。否が応にも盛り上がる期待感に胸を膨らませ、王都の道を歩く。

 数分歩いたところで見たことのあるような集団が目に入った。うわ、見回りの騎士団だ。第一騎士団も見回りのローテーションに組み入れられているのか。ぼーっと歩いてなくてよかった。遠目に見ただけで路地に入ったので俺のことに気がつかれてはいないだろうが、万が一あの中に姉ちゃんがいたらまずい気がする。

 暫く時間を潰そう。

 手持ち無沙汰だが壁に寄りかかって道行く人を眺める。

 ああ、タバコがあればな。俺は前世30歳頃から喫煙の習慣があった。別段ヘビースモーカーというわけではなかったが、徹夜で麻雀をしたり、飲みに行ったりするうちに自然とタバコを吸うようになっていた。転生してからは子供だったし、喫煙自体健康に悪いことは承知していたから吸いたいとも思わなかった。家族も喫煙はしていなかった。尤も家族の場合は高級な嗜好品であるタバコは高く売れるのでそれを吸うのは勿体無い、というだけだったような気がする。

 まぁ、折角健康な新しい体に生まれ変わったのだ。わざわざこれだけの理由で今更喫煙するほどのこともない。だいたい、オースのタバコは紙巻ではなく、葉巻の他はパイプやキセルで吸うのが一般的だから常々携帯して気軽にちょっと一服するというわけにも行かないから、面倒だし、いいのだ。

 爺になって王宮だか王城だかの奥で孫に囲まれる頃幾らでも吸えばいいさ。

 少し時間を潰し、また先程の道に入る。と、路地から今度こそ見知った奴らが出てきた。ゼノム達だ。慌てて道沿いにあった衣料品店に駆け込んだ。そっと様子を窺っていると、彼らは王都観光の最終日を満喫しているらしい。楽しそうに何やら話しながら俺の目指す方向へと進んでいく。

 すると、ゼノムとラルファ達が別れた。なんで? と思ってそのまま様子を窺っていた。ラルファ達は別の路地に入っていく。ゼノムは直進している。頭の中にクエスチョンマークを盛大に浮かべた俺はそっと店を出てゼノムに気づかれないよう距離を保ってついていく。

 ……。

 …………。

 おい、なんでその店にあんたが入るんだよ。さっきまで娘とその友達と和やかに話していたその足で、何故娼館に入れる?

 くそ。

 この店はダメだ。待合室や建物内の廊下で万が一鉢合わせしたら嫌だ。どういうシステムになっているか解らないし、高級店だから別の客と顔を合わせるなんて事がないように気は使われているとは思うけど、なんか嫌だ。大体ゼノムだっていい大人だし、こういう店にだってそりゃ行くだろう。

 わかった。この店はゼノムの縄張りだと認めよう。

 後からのこのこと来た俺の出る幕はない。

 畜生、こんなことなら次点の店の場所も聞いてくるんだった……。一度戻るか。

 さっきの飯屋まで戻り、にやにやと「お早いお帰りで」と言う小僧に恥を忍んで次点の店の場所を聞いてみた。すると、さっきの最高級店は特別で有名だが、それ以外は風俗街みたいなところで固まって営業しているらしいことがわかった。豆茶を飲みながら話を聞く。

 ……ふんふん、なるほどね。

 俺は丁寧に教えてくれた小僧にまたチップとして銀朱を握らせると、残った豆茶を飲んだ。これ飲んだら早速風俗街へ行こう。熱い豆茶をふぅふぅと冷ましながら飲む。何の気なしに外を覗くと通行人と目が合った。ラルファだ。横にベルもいる。ラルファがにこにこしながら服が入っているであろう袋を下げて店に入ってきた。

「どうしたの? なんで王都にいるの?」

「アルさん、明けましておめでとう御座います。今年もよろしくお願いしますね」

 ラルファとベルがにこにこ笑いながら話しかけてきた。

「ああ、明けましておめでとう。今年も宜しくな。……俺はゴム製品の納品で王城に行ってたんだよ」

 俺がそう言うと、

「あ、明けましておめでとう御座います。本年も何卒宜しくお願いします」

 とラルファも新年の挨拶をしてきた。本当にお前は……。

「ところでゼノムは? どうした?」

 白々しく聞いてみた。

「ああ、昔の知り合いに会うんだって。昔ゼノムが王都にいた頃、知り合った人が高級な、その……」

 ラルファが顔を赤くした。

「? 高級な?」

 おいおい、ゼノム、まさかあんた……。

「ちょっと言いにくいですね。そのぅ、女の人が色々サービスしてくれる店を経営しているそうで、挨拶に行くと言っていました」

 うひゃ、ゼノム、本当か嘘かは知らないけど、ストレートに言ったなぁ。しかし、ベルは口調は恥ずかしそうだが、顔は平然としている。まぁ前世では既に成人していたし、こんな世界で今更恥ずかしがる内容でもないと開き直っているんだろうか。

「ん……。そうか。じゃあ暫くはゼノムはいないのか。ちょっと早いけど飯どうするんだ?」

 ゼノムはお楽しみであればそれなりに時間がかかるだろう。さっき小僧から聞いたシステムだと三~四時間は遊べるらしいしな。

「え? ゼノムと一緒に食べるよ。もう店決めてあるし。お昼に『コンスリー』ってお店で待ち合わせしてるよ」

 今、ちょうど十一時位のはずだ。本当に挨拶だけだったのか、ゼノム。なんか勝手に勘違いしていたようだ。

「お、そうか、じゃあ一緒に行くよ。どうせその後宿から荷物取って帰るんだろ? 馬があるから乗せてやるよ」

 仕方ない、今更別れるのも変だし。

「よかったです。私もラルも結構服買っちゃったから。助かります」

 ベルがにっこり微笑んでそう言ってくれた。

 またダメだったか……トホホ。

 
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