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男なら一国一城の主を目指さなきゃね 作者:三度笠

第二部 冒険者時代 -少年期~青年期-

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第四十六話 ウェブドスの黒鷲

7442年12月28日

 団長と兄貴の模擬戦はお互い激しく動き、白熱した。木剣と木剣を打ち合わせ、躱し、所々で「エイッ!」「ヤァッ!」「ツェェェイ!」「むうん!」「トォッ!」と二人の気合がほとばしり、左腕の簡易盾で相手の打ち込みが威力を発揮する前に踏み込んで弾き、弾かれた方はすぐさま飛び退って距離を取り、再度激しい技の応酬がある。団長はゴムプロテクターを着たのが初めてとは思えないほど使いこなしている。

 兄貴は滅多に見せない奥の手の二連突きまで披露したが、団長は一発目を右手の木剣で受け流したあと一瞬だけ驚いたように顔を歪めただけで、二発目を左腕で払うなど初見にも関わらず見事な対応をした。俺がそれを出来るようになったのは兄貴に稽古をつけて貰ってから一月近くかかったのに……。

 一度両手で木剣を保持したあと、どちらの手に持ち替えるかわからない、兄貴の両利きの技にも見事に対応してみせた。剣術とはここまで練り上げられるものなのか……呼吸すら忘れて見入ってしまう。

 しかし、兄貴も勝てなかった。俺同様に粘りはしたものの、結局団長に苦杯を嘗めさせられた。しかも兄貴と同じ二連突きに負けた。突き出す時の型に若干違いはあったので元々団長も使えたのだろう。速度は団長の方が上だった。

 続いて兄貴と第三中隊の中隊長のケンドゥス士爵との対戦だ。団長との対戦で疲れているだろうが、副団長を相手にした時と同様に重ね札の鎧(スプリントメイル)を着込んだ中隊長を翻弄し、隙を作り出すと二連突きを二発とも決めてあっという間に勝ってしまった。すげー、流石だ。

 姉ちゃんと中隊長はいつもやりあっているのだろう、お互い相手の手の内を知り尽くしているようで、最初はなかなか動きがなかった。そのうち、痺れを切らしスピードに乗り翻弄しようとする姉ちゃんをどっしり構えて迎え撃つ中隊長の図になった。だが、技では中隊長の方が上のようだが、どうしても姉ちゃんのスピードに負けてしまうようで、結局姉ちゃんと一本ずつ取ったところで十分くらい経過し、引き分けと判定されてしまった。

 次は姉ちゃんと団長だ、と思ったら団長は一回休憩すると言い出した。そして、驚いたことに姉ちゃんと団長の前に俺と中隊長の再戦だそうだ。そりゃ最初のアレ、無効だよな。あれで負けってあんまりだ。確かに胸を借りるのだからと礼をした俺が悪い。

 でも、あれは模擬戦とは言えないだろ。確かに俺はいくら胸を貸してもらうとは言え、模擬戦時には礼をする必要はないこと自体は知っていた。しかし、姉ちゃんの直接の上司に当たる人に失礼な事は出来ないと思って深く考えずにやっただけで、大丈夫だろう見逃されるだろうという甘えがあった。いかなる時でも模擬戦時には挨拶や礼など必要ないと勉強にはなったが、それだけだ。その程度流石に口で言えばわかる。中隊長の方は何一つ得るものがなかったはずだ。

 なんとしても、何をしても、奥の手を使ってでも勝つ! もし卑怯と言われたって構うもんか。姉ちゃんはOKと言ってくれたんだ。姉ちゃんと引き分けた中隊長に勝てば……まぁそんなことはいいや。今は戦って勝つことだけを考えろ。

 俺は今までの対戦時のように訓練場に入る前に一度しゃがんで手の平に土をつけて滑り止めにする。そして、少し休憩を挟んで演習場で俺を待つ中隊長と木剣を構えて向き合う。やはりまずはスピードで翻弄すべきだろう。俺は一気に距離を詰めると左手で木剣を突き入れる。

 中隊長も俺の突きを木剣でいなして返す刀で斬り付けてくるが、さっき団長と対戦したばかりの俺にしてみればかなり余裕を持って躱すことが出来る。団長と違い、足技を使う余裕もある。だが、中隊長はやはりゴムプロテクターを着けている人との模擬戦をやり慣れているのだろう。正統派の剣術を行っていたであろう第一騎士団としては外道のような足技だのについては戸惑いもあるようだが、木剣での攻撃はほとんど完全にいなし、受け止めてきて、確実に反撃までしてくる。

 俺は少し飛び退って4m程距離を開け、仕切り直しをするように見せかけた。中隊長も腰を落として構え直し、いかなる攻撃も受け止め反撃する心積もりのようだ。俺は短剣格闘の左脇構えのように右半身になって右足を前に出すと木剣を持った左腕を引き同時に木剣を握ったままの左手を左腰に近づける。上体を限界まで左方向に捻った俺の体が邪魔になって、中隊長からはまるで右肩と捻った上体で俺が剣先を隠しながら力を溜め込んでいるようにしか見えないだろう。

 俺の左腰には奥の手がDリングにゴムひもでぶら下がっている。

 木剣の柄ごと奥の手を握り右腕を剣に添えるかのような動きで握ったまま体の前を右から左腰の方へ移動させていった。木剣を握りながらDリングのヒンジを曲げて奥の手をしっかりと剣の柄ごと握る。

 右手はそろそろ限界まで左腰の方へと伸ばされている。

 そっと散弾スリングショットの内部に右手に握りこんだままだった土を流し込んだ。

 流し込んだ右手でコンドーム型の先端の緒を掴んだ時、一気に上体を戻し、左手を突き出す。引き伸ばされた散弾スリングショットの緒を離し、スプーン大さじ一杯より少し多いくらいの目潰しを中隊長の顔目掛けて撃ち放った。

 中隊長は一体何が起きたのか俄かには理解できなかったろう。勢いよく射出された目潰しは狙い違わず拡散し、一瞬のうちに目の部分だけに網の貼られたヘルメットを通り抜け、俺が想定した通りの効果を発揮した。俺は発射と同時にスリングショットも木剣も手離すと中隊長目掛けて右に弧を描くようにして距離を詰める。

 滅茶苦茶に木剣を振り回しているが、流石にそんなものに当たるわけはない。彼の右膝辺りに内側から蹴りを入れ、体勢を崩すと一本背負いの要領で右腕を掴み(スプリントメイルの腕部分の内側は革製であり、掴む事自体は問題ない)「チェェイストー!」と大袈裟な掛け声一閃、右腕を肩に担ぎながら腰を落としつつ左回転すると、中隊長の太ももにケツを当てて肩ごしに投げた。そして、メリケンサック付きの篭手のままヘルメットに突きを放ち、寸止めする。

 副団長を相手にしたとき同様、頭部へ好き放題メリケンサックを打ち込める。

「グリード君の勝ち!」

 勝ち名乗りを受けた俺はすぐに中隊長のヘルメットを引き抜くと魔法でシャワーのように水を出し、目潰しに使った土を洗い流した。勝てた嬉しさでシャワーの加減を失敗し、手袋の内側にもちょっと水が出てしまったのはご愛嬌だ。

 よし、姉ちゃんが勝てなかった中隊長に勝てた! 嬉しさのあまり小躍りしたいくらいだったが、我慢した。でも、中隊長といい、副団長といい、もう一回やったら多分剣で勝負する限り勝てないだろうな。そう考えると何度も戦っているのに一本取った姉ちゃんはすごい、と改めて思うが、絶対に口には出さない。

 その後、満を持して団長と姉ちゃんがやった。驚いたことに団長は姉ちゃんに魔法を解禁した。俺たちは出来る限り離れて模擬戦を見学する。埋めこそしなかったが、『ウォーターボルトミサイル』(攻撃力ほぼゼロ)で簡単に決着がついた。二発目が当たる前には団長も魔法まで使って必死に迎撃しようとしたようだが、精神集中の間もなく魔法が実体化する前に姉ちゃんの魔術の直撃をくらって負けた。いくら鎧が軽くなっても姉ちゃんに魔法を解禁させたらそりゃ無理だろう。

「うーん、この鎧なら魔法も躱せると思ったんだがな……だが、確かに良い鎧だ。軽くて動きやすい。重さの割に防御力も高い。気に入った」

 団長が言ったことを聞いて全員が呆れている。身軽に動けるくらいで誘導の魔法が躱せたら誰も苦労しないよ。誘導されているミサイルを無効化するには幾つか方法はあるが、全て結構困難なものばかりだ。

1.射手の誘導圏外に逃れる
2.誘導中の弾頭が目標に命中するより早く射手の集中力を乱す
3.射手の視線を遮る
4.目標到達前の飛行中の弾頭を消す
5.弾頭が命中する前に『アンチマジックフィールド』で弾頭自体を飲み込んで消す

 このうち最初の方法は速度差の問題からまず無理だ。もともと誘導射程圏ギリギリの所にいるか、せいぜい10mくらいの場所から自分の脇に高位の風魔法でも使って自分自身を誘導射程圏から弾き飛ばすくらいでなきゃ無理だ。それに、相手の誘導圏内か圏外かなんてそう簡単に判断できるはずもない。余計にMPを込めて多少射程を延長することだって出来なくはないのだから。

 二番目も普通は難しい。魔術が発動したあと、距離や魔術にもよるがコンマ数秒からせいぜい数秒程度の時間で射手の集中力を乱すのは非常に困難だ。相当熟練した魔術師でもない限り、そして飛来してくる弾頭より圧倒的な速度差で反対に魔術弾頭を相手に到達させられるような魔術を使えなければ無理だろう。更には誘導終了後も最後の飛行ベクトルは残っているからそれを躱す必要がある。弓矢やクロスボウを使うにしても予め狙いを付けてでもいない限りは速度の問題もあってまず無理だ。

 三番目が一番実用的だ。大きな遮蔽物に隠れたり、魔法が使えるなら土壁でも出してそれに隠れてもいい。目標が見えない以上、射手は勘で狙う以外の方法は取れない。弾頭が『ファイアーボール』のように破裂するタイプだと勘で狙っても被害を免れることは困難なので絶対ではないが、有効な方法ではある。盾でだって熟練の技で防御すれば弾頭の種類や威力にもよるが物によっては受けたり逸らせられないことはない。これは相当難しいが。

 四番目は次に実用的だ。消すと言ったが正確には何か別の物に当てて実質的に無効化すると言ったほうが良いだろう。二番目と併用することが一番多いケースだろうが、飛んでくる弾頭によってはあまり意味がないこともある。確実なのは同じようなミサイル系の魔術で迎撃することだが、困難なのは想像に難くないだろう。

 最後のはまず無理だ。出来るのは俺くらいだろ。『アンチマジックフィールド』は魔術の中では低位だが、全元素魔法も必要だし少なくとも飛来してくる弾頭以上にMPを込めなければ貫通される。一度しか使わないつもりでギリギリまでMPを込めて『アンチマジックフィールド』を張ってもいいが、相手がどれくらいのMPを込めて撃ち込んできたのか不明な以上、分の悪い賭けでしかない。

 いずれにせよ俺達三兄弟――と言うか、今回の場合姉ちゃんか――の場合は、ほぼどんな防御を行われてもそれを貫通または有無を言わせない大威力で防護ごと吹っ飛ばすことが出来る。団長だってそれなりに魔法が使えるようだからこのくらいのことは解っているだろうにと思わんでもない。

 これで模擬戦は終わりか。俺が二勝一敗(中隊長との最初の一戦は見逃して貰えたようだ)。兄貴も二勝一敗。姉ちゃんは二勝一分。うおっ、勝った。俺の二勝って実は剣なんか碌に使ってないので如何なものかと思うし、同じ手がもう一回通用するとはとても思えないが、俺を抜いても勝ちだ。特に兄貴は正々堂々、剣技だけで副団長と中隊長に勝っている。

 あれ? でもゴム鎧を着た団長に勝ったのは魔法を使った姉ちゃんだけで……副団長や中隊長も重い鎧を着てた。言っても詮無いことだが、同じ条件なら兄貴ですら勝てたかどうかというところだろうか? 重い鎧を着ていた副団長や中隊長にすら二回目は勝てないだろう俺は、彼らが俺と同じゴム鎧を着ていたら小細工を弄する間も無く団長のように一方的にやられたんじゃないだろうか。

 皆が口々に俺達の事を賞賛してくれるが、俺は一人浮かない顔付きをしていたのだろう。

「これグリード、そなたは第一騎士団の副団長と中隊長に模擬戦とは言え勝ったのですよ。もう少し素直に喜んでも良いのですよ」

 ユールが俺に言った。

「そうですよ、大したものです。あなたの兄上も流石、優れた騎士ですね」

 マリーンもそう言って褒めてくれた。だが、俺は……

「はっ、ありがたきお言葉、感謝致します。しかしながら、私が勝てたのはこの身軽な鎧のおかげですし、剣技は全く通用しませんでした。二度目は勝てないでしょうし、実質は負けです」

 そう言って頭を垂れた。すると、

「まぁ、そう卑下したもんでもない。お前さんは年の割には相当強い。剣技だってそう劣ってはいないぞ。うちの入団試験を受けても合格できる。それに、うちの正騎士だってお前さんに負ける奴は大勢いると思うぞ。今からでもうちに来ないか? どうだ?」

 副団長が笑いながら言ってくれた。

「そうですよ、グリード。そなた、何か勘違いをしてはいませんか? 十六、七でそれだけ剣を使えたら立派なものです。まして今日戦ったのは我が国で最高の使い手の三人と言っても言い過ぎでは無いのですよ」

 ユールが微笑みながら言った。

「は、ありがとうございます。それと、お誘いは大変嬉しいのですが、私はバルドゥックの冒険者ですし、商会もあります。あと、私は再来月に成人を迎えますがまだ十四です」

 俺、そんなに大人っぽい顔かな? 東洋人の特徴もあるし、俺の常識なら年より幼く見えると思うんだが。まぁお世辞もあるんだろ。表情とか、言ってることなどからは確かに十四には見えにくいだろうしなぁ。それにモリーン以外は俺のステータスを見てないし、正確な年齢を知らないのも無理はないし、仮にステータスを見ていたからといっていちいち覚えちゃいないだろ。俺も団長達の年齢とか細かい鑑定内容なんか覚えてない。

「あら? そうでしたか。話からもっと年上かと思っておりましたよ。ならばもっと喜びなさい。十四で第一騎士団に誘われること自体異例です。そなたら兄弟は優秀ですね」

 ユールがそう俺のこと、俺たちのことを褒めてくれた。

「妃殿下方、私の言いたかったことをご理解頂けましたでしょうか? 言い訳は致しませぬが、私とて次にグリード君とやりあえば負けるつもりは御座いません。ですが、今回私は負けました。戦場に二度目は御座いません。これが戦場であれば私はグリード君に仕留められていたのです。確かに驚く程実力は高かったですが、まだ十四歳の正規に騎士の訓練を受けてもいない彼に負けたのです。それはケンドゥス卿も同様です。今回彼に勝てたのは新型の鎧を着けていた団長だけです。これが何を意味するか、賢明なる妃殿下方にはご理解頂けたと思っておりますが……如何でしょう、朝の私の言葉が全く正当なものであったと言うことを「ああ、よいよい、そなたの言いたいことは解りました」

 ビットワーズ準男爵の言葉を遮って、ユールが言った。

「そうですね。有効な鎧だということは判明しました。先を争って手に入れたがるのも無理無き事ですね。ローガン団長、騎士団の戦力を鑑みて今後は公平に発注するようにしなさい」

 マリーンが後を引き継いでローガン男爵に命じた。

「ははっ、殿下のお言葉、肝に銘じます」

 そして、王妃達は訓練場を後にした。彼女達を見送ったあと、男爵が兄貴に言う。

「グリード卿、もう一戦いいかな? 今度は騎乗戦だ。武器は剣で」

「わかりました。馬は私の馬で宜しいでしょうか?」

 兄貴は落ち着いて答えている。

「ああ、勿論構わないよ」

 どうやら兄貴と騎士団長でもう一戦らしい。騎乗戦か。

 兄貴は軍馬に跨り、右手に木剣、左手で手綱を持ち、凛々しい騎乗姿でありながらどこか優美さをも漂わせている。俺も騎乗戦闘は練習したことは練習したが、殆ど出来ない。今度時間を取って騎乗戦闘も練習したほうがいいだろう。あ、いや魔法なら使えるからそれでもいいかな。

 団長と兄貴の間は70~80mくらい離れている。お互いに向き合った状態で同時に駆け出し、最接近した時に木剣で斬り付け合うのだ。落馬したらその時点で負け。いいのを二発入れられても負けだ。そう言えば兄貴はバークッドでシャーニ義姉さんとたまにやっていたっけ。

 そろそろ始まるようだ。緊張感が高まってくるのが分かる。

 どちらともなく馬の腹を蹴った。

 二頭の軍馬がだんだんと加速していく。

 お互いに右手に剣を掲げあげている。

 最接近したとき、軍馬の速度は相当なものに達していた。

 二人共同時に剣を振るう。

 木剣と木剣で打ち合ったようだ。

 演習場の端まで行き、また向き合った。

 今度はすぐに馬を加速させた。

 また、剣と剣での相打ちのようだ。

 傍目で見ていても二人の緊張感がここまで伝わって来る。

 握り締めた拳に汗をかいているのか、それともシャワーをミスった水がまだ手袋に残っているのか、不快な感触だが、自然と強く拳を握っていた。

 お互い高度な技、と言うか、軍馬の加速力も利用して力一杯木剣を相手の急所目掛けて振るっているようにしか見えない。

 三合目。

 四合目。

 五合目。

 決着はつかない。

 そして、六合目が始まる。

 軍馬が走り出し、二人の距離はぐんぐんと縮まっていく。

 兄貴は左から、団長は右から。

 また相打ちのようだ。

 七合目が始まった。

 今まで同様に加速してお互いの距離を縮める。

 走り始めてすぐに、副団長の唸り声が聞こえた。

 よく見ると兄貴の左足は鐙にかかっていない。

 あれでは体重を右足だけで支えることになってしまう。

「全員、よく見てろ!」

 副団長が吠える。

 団長と交差するとき、兄貴は団長の剣を自分の剣で受け、体勢を崩した。

 何とか剣で受けたが体は後方に反り返り、落馬寸前、と思ったのも一瞬の事だった。

 そのまま手綱を手放し、馬の背に自分の背を預ける。

 そして左足を上げ、馬体の上で身を縮めた。

 ここで解ったが、右足も鐙に掛かってはいなかったようだ。

 今まで腿の力だけで馬の胴を挟んでいたのか。

 そして背筋と腕の力を使って倒立から体を跳ね上げたと思ったら空中で体を捻り、団長のすぐ後ろに座っていた。

 ロンベルティアの空に黒い鷲が舞った瞬間だった。

 いつの間にか剣は左手に持ち替えられており、空いた右腕を後ろから団長の右腕に絡ませていた。鞍もない馬の尻の上で、よく右腕一本を団長に絡ませるだけで落馬しないものだ。全員息を呑んで見つめている。それは恐るべきバランス感覚に対してか、一瞬ではあったが華麗なアクロバットを見せた異常な身体能力に対してか、その両方か。

 左手に持った剣で団長の左脇腹に攻撃し放題だ。

 二頭の軍馬の向こうにいる審判の左手が挙がる。

「グリード卿の勝ち!」



・・・・・・・・・



「大道芸ですよ。あんなものは限定された状況でしかそうそう使えません」 

 兄貴が言う。俺も姉ちゃんもあんなの初めて見た。騎士団の人達も度肝を抜かれたようで、口々に兄貴を褒め称えている。

 どうやら知っていたのは副団長だけだったらしい。昔の戦争の時に一度だけやったことがあったとのことだ。シャーニ義姉さんもこんなこと教えてくれなかった。口止めしてたんだそうだ。村の従士達は大はしゃぎだった。俺もそれに混じりたかった。

「いいか、ゴム鎧ならあんなことも出来るようになるんだ」

 団長がそう言っていたが、流石にあんなアクロバットは兄貴しか出来はしないだろ。その証拠に誰も団長の言葉には首肯していない。

「ファーンさん、格好いい! 流石ねぇ」

 ラルファがうっとりとして俺の兄貴を見ていた。

「結婚して子供もいる。変なこと考えるなよ」

「知ってるわよ。そんなこと。第二夫人でもいいから「お前、重婚希望か? 本当に元女子高生かよ。それに義姉さんは凄い美人だぞ。兄貴がお前なんぞ相手にするとは思えんわ」

「え~、でも私もファーンさん、格好いいと思いました。あの馬から飛び移ったの、すごかった!」

 それは俺も否定しないけど、ベルも兄貴派かよ、洋ちゃんに言いつけるぞ。

「ご主人様、流石です。正騎士に二勝です。それに一敗したとは言え、相手は騎士団の団長なのですから、充分です」

 エンゲラ、女性陣で俺の戦果を褒めてくれたのはお前だけだ。俺はいい奴隷を買った。

「ええ、驚きました。あのような戦い方もあるのですね。訓練の時、ああいった戦い方をなされておりませんでしたので意外でした。感服しました」

 ズールーもなんだかんだ言って感心してくれたらしい。

「アル、立派だった。第一騎士団相手に一歩も引いていなかったぞ」

 ゼノムも褒めてくれた。

「チェストー、とか言っちゃって、吹き出しそうになったわよ。あれ『柔道』じゃない」

 皆が俺のことを褒めているので思い出したように俺に向き直ったラルファが言った。一本背負いは柔道の技でもあるが、徒手格闘にも取り入れられているからな。ある意味道着無しでも投げられる数少ない貴重な技だ。

「まぁ似たようなもんだ。今まで魔物相手が多かったし、使うこともなかったけどな。碌に稽古もしていないのによくもまぁ体が動いたと思うよ。自分でもびっくりだ」

 本当に俺自身びっくりだ。自然に体が動いた。しかし、若い頃に叩き込まれた動きはなかなか忘れないものだな。考えるより先に自然と昔のまま体が動いていた。型の反復練習というのは恐ろしいものだ。勿論、一人で出来る稽古であれば可能なときにはちょこちょこやってはいた。だが、投げ技ばかりは一人では稽古出来なかったしな。この分なら絞め技も覚えているだろうな。あとでズールー相手にちょっと稽古してみようかな。

 演習場を後にした兄貴と従士達は一度宿に向かうそうだ。それに合わせてゼノム達も宿にいくとのことだ。俺と奴隷二人は晩飯を皆で食ったらバルドゥックに戻る。取り敢えず兄貴達の宿まで行き、納品用の王家の紋章を入れたゴム袋を受け取り、包装したままサドルバッグに入れ、晩飯までは王都見物だ。

 ズールーとエンゲラはそれぞれ適当に見て回ると言っているし、俺は兄貴と話したいが、まだ従士達とも満足に話をしていない。朝バルドゥックからロンベルティアへ向かう途中、兄姉とは沢山話をしているから、今日はいいだろう。どうせ明日の朝、バルドゥックへも寄ってくれるらしいからな。今日は兄貴をラルファとベルに貸してやろう。

 俺はショーンやダイアン達バークッドの従士達と久々に会話を楽しんだ。ショーンは姉ちゃんの受験の時にもロンベルティアに滞在していた事もあるのでこの中では王都通だ。当時親父達と宿泊した宿や姉ちゃんの合格が決まった時に皆で食事に行ったというレストラン。バークッドへの土産を買ったという露天の商店街などをぞろぞろと見て歩いた。

 いつかキールに行った時の俺のように皆きょろきょろとおのぼりさん宜しく珍しそうに王都の町並みを見ていた。

「アル様、お屋形様が仰られておりました。来年か再来年には村からゴム職人の家族を一家族王都に住まわせ、鎧や販売した商品の修繕をやらせるそうです。職人の家族は数年おきに交代させるそうです。グリード商会の本拠地となるような建物を見繕っておいて欲しいそうです」

 ショーンがそう言って俺の注意を喚起した。この話は今朝兄貴からも聞いていた。要するに鎧などの保守拠点兼、直売所のようなものを構想しているらしい。元々は以前俺が書いた手紙でそういったものを考えて欲しいと頼んでいた事だ。人選は親父に一任するから忠誠心の高い奴を寄越してくれるだろう。

「ああ、分かってる。来年の秋くらいまでには交渉も済ませて用意しておくことにするよ。兄さんにも言ってあるけど、春と夏の納品の時に進捗を報告出来るようにしておくよ。いい場所取ってやるからな。期待しておいてくれ」

「勿論、アル様のことです。期待しておりますよ。しかし、この鎧が第一騎士団の方々にあんなに人気があるとは……非常に驚きましたよ」

 ショーンが言った。俺とショーンの会話に従士のジェイミーも加わってきた。

「そうです。三年前に鎧を支給されたときも凄く嬉しかったのですが、こんなに人気のあるものだとは……。第一騎士団の方々が先を争って喜んで購入していらっしゃいましたからね。あ、そうそう、アル様、来年から作業小屋も拡張するんですよ。今は六番の畑からもゴムが取れるようになりましたし、来年の夏前には七番もいけるでしょうからね」

 そうか、もうそんな時期になったのか。

「そうか、そりゃ良かった。今日で判ったと思うけど、この鎧、結構人気だろ? 三~四ヶ月毎に十着くらいの量にしないと収拾がつかなくなりそうなんだ」

 俺がジェイミーに答えると、ダイアンも傍に寄ってきて言う。

「ん~、それなんですけど、アル様、何故もっと注文を受けないのですか? 今ならその倍以上作ることも出来ますよ。まぁその分他の製品に少し皺寄せが行っちゃいますが、出来ると思いますけど……」

 そう遠慮がちに口にしたが、俺は彼女に向かって微笑むと口を開いた。

「うん、それはそうだろう。だけど鎧なんてさ、一度買ったら余程の事でないと暫くは新しいの必要ないしな。だから一気に売っちゃうとその後苦労するんだ。世の中に出回っているうち以外の鎧の量も考えて少しづつ売るんだ。
 理由は二つある。一つはうちが一気に沢山出回らせると他のところの鎧が売れなくなる。そうなると売れなくなった所は仕方ないから値段を下げてくるだろう。それが繰り返されると誰も儲けられなくなる。そうなると今まで鎧を作っていたところはうちを恨んだりして最悪の場合嫌がらせをしてくるかも知れない。
 もう一つは鎧の価格を崩さない程度に量を絞ることによってうちの鎧はあまり出回っていないけどその分高級品として認知されていくようになる。つまり、同じ数を売っても儲けが大きくなるということだ。それから少しずつ、少しずつ量を増やしていく。同時に鎧以外のゴム製品も、こっちは沢山売る。ゴム製品と高級鎧ならバークッドって言うイメージを作るんだ」

 そこまで言うと他の従士も俺の側に寄って来て一緒になって聞いていた。俺は足を止めると、

「道端で話すことでもないな。ちょっと皆で一杯豆茶でも飲んでいこうぜ」

 と言って手近な飯屋に向かった。

 その後小一時間ほど親父と兄貴に送った手紙に書いた俺の構想や、今後予想されることなどを話すと、また王都観光を楽しんだ。

 夕方、予め決めていた待ち合わせ場所に行くと既に皆が揃っており、そのまま夕食を摂る。俺とズールー、エンゲラは皆にひとまず別れを告げてバルドゥックへと夜道を戻った。どうせこの辺りには魔物もうろついていないからとふざけてズールーやエンゲラの頭や尻尾、それに俺の銃剣の先なんかに『ライト』の魔術をかけたりして遊びながら帰った。

 
前回の話を書いたまま今回の話も書いていますので、題名は続きになっていませんが、話としては前後篇になっています。
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